東方狂界歴   作:シルヴィ

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殺意抱く『人間』と『狐』

 ――見つけた。やっと、やっと、やっと!

 ――忘れない。忘れる理由が無い。忘れられるはずが無い。ある意味で、最も怒りをぶつけるのにふさわしい相手なのだから!!

 ――距離なんて関係無い。居るのはわかっている。だったらそこを最短距離行くだけ。他のモノなんて知るか。

 ――そうしなきゃ、いけないんだ。そうしないとダメなんだ!!!

 霊夢達を置き去りに、シオンは屋根の上を走る。しかしそこに、常の冷静さは無く。屋根を()()()()()突き進んでいる。

 今更言うまでもないが、シオンの身体能力は非常に高い。それでも日常生活を普通に送れているのは、本人が意識して常人の領域まで力を抑えているから。

 では、それが完全に、意識の片隅にすら残らない程シオンが感情的になっているとすれば。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 屋根を壊し、地面を抉り、途中飛んで来た物を素手で消滅させ、だが無意識で人だけは避ける。脳裏に映るのは、彼女の背。人を煽り、言うだけ言って背を向け去った彼女の姿。

 ギリリリリッ! とシオンの歯がかなぎりをあげる。

 そして――見つけた。

 「八雲――紫イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィッッッッッ!!!」

 「!?」

 突如怒声で呼ばれた紫は、尋常では無い()()を感じ振り向く。そこで視界に入ったのは、自身がこの世界に呼んだ、少年。だが記憶に宿る少年の顔と、今の少年では決定的に違うところがある。

 身長? ああ、そうだろう。わずか二か月で五〇センチも伸びているのだから。

 能力? それもある。シオンに宿る力は大幅に強化されている。

 だが、それを差し置いて。何よりも目立つのは――その表情。阿修羅、と言うのもまだ生温い。今のシオンの顔は、誰にも見せられないそれだった。

 本人は意識さえしてないだろう。そんな余裕さえない。今のシオンにあるのは、唯一つ。

 ――コイツを殺す!

 そのためなら他がどうなろうと知ったことじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな物騒な考えが、今のシオンを支配している。それだけの激情。穏やかな海の底に押し隠していた、マグマのような感情。

 だからこそシオンは悪手を取った。気配を紛らわさず、殺気を撒き散らし、名前を叫んで自分に注目をさせてしまった。本当に殺したいのなら、最初から最後まで、凪のように行動するべきだったのに。

 故に紫は焦らない。未だに距離は空いている。視認した瞬間叫んだシオンは、紫との間に一〇〇メートル単位で距離があった。

 紫は目を細める。相手は速い。目標を見定める必要があった。

 残り四〇〇。残り三〇〇。残り二〇〇。残り一五〇。シオンの足は紫に近づくごとにその速度を増していき、それに比例するかのように紫の思考は研ぎ澄まされる。

 残り――一〇〇。

 機は来た。紫は小さく手を振り、能力を発動させる。範囲は狭く。何より相手に無用な怪我を負わせないよう加減をして。

 同時、シオンの動きがガクンッ、と急停止する。手に宿る激痛。咄嗟にシオンが自身の右を見ると、黒い円状の物が手首を拘束していた。前後左右に動かすが、全く移動しない。いや、力を籠めればほんの微かに移動するが、黒い円は移動させたと本人に自覚させてくれない。

 感触は無く、壊せる気もしない。シオンは即座にコレを特殊な拘束具と断定した。

 シオンが拘束を解こうと四苦八苦する、その光景を見て、紫は安堵の息を吐く。シオンと戦って負ける気はしないが、無用な戦いは避けるべき。それが彼女の考えだった。だからこそ――油断、した。

 ゴキンッ!! という鈍い音がして。

 シオンの体が、動き出す。

 「な――」

 驚く紫に、シオンは疑問に思う。

 この拘束具が何であれ、手首を潰さない程度に加減されているのなら、通常の拘束具となんら変わりない。

 だったら簡単。()()()()()()()()()()()。それだけで動けるようになる。

 動きだした瞬間、シオンは右手首を左手ではめ直す。もう一度鈍い音が鳴り響き、ブラリと垂れ下がっていた手首は元に戻った。

 だがその音は、紫にシオンが何をしたのかを悟らせる音でもあった。

 (まさか、関節を外した!? 一瞬の躊躇もせずにッ!)

 しかしそれならそれで対処法はある。手首がダメなら、恐らく足や胴体でも無駄。だったらどこを狙うか。それは一ヵ所のみ。

 ――()だけは、関節を外せない!

 首の関節を外せば、それは死に直結する。その方法は、もう運に賭けるしかない。余りに近すぎるのだ。外せば隙を晒して死ぬ。わかっていてなお、紫はそれを選択した。

 結果として、それは成功した。

 「消せ、白夜アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ―――――――ッッッ!!」

 そして、()()()()()()()

 「――」

 今度こそ、紫は言葉を失った。確かに黒い円はシオンの首を拘束した――した、はずだった。それは、ほんの刹那、シオンを確かに拘束する。

 瞬間、左手を振るったシオンの手にある白い剣が、紫の拘束を砕いた。

 紫は知らない。白い剣の能力が『空間制御』に関するモノだということを。

 シオンは知っている。紫の能力が『境界を操る』モノだと。

 ――だからこそ、対策がとれた。

 紫の能力は、あくまでも『境界』を操るだけでしかない。例えば物に干渉し、腐るまでの時間を伸ばしたり。例えば空気に干渉し、疑似的に炎や水、雷を生み出したり。例えば場所と場所の境界を曖昧にし、空間転移と似たような事をしたり。

 だがそれだけなら『氷』の能力者なら物を凍らせて時の流れを食い止めたり、炎や水、雷の能力者なら直接生み出せる。そちらの方が圧倒的に速いしコストも軽い。

 そしてそれを当てはめるのなら。黒い円は()()()()()()()拘束する。だったら。空間を()()使役できる能力の方が、干渉力は上だ。

 間接と直接。それが紫とシオンの差。事『空間』に関しては、シオンが紫を上回る。

 逆に、『応用』という一点なら、手札という一点なら、紫の方が遥か上。

 だがそんなもの、今の状況に措いて何にもなりはしない。紫の脳裏は停止している。今まで拘束を破壊された事はあっても、こうもあっさり壊された事など一度も無い。自信はあった。実際に成功した。だが失敗した。それが思考に空白を生み出す。明白な隙。

 このまま行けば紫は斬られる。そしてシオンが温情をかける理由は、無い。

 ()()()()()

 シオンは、紫の十メートル手前で、止まった。

 「……何が、したいの?」

 先程までの殺気は本物だった。止まる理由は無いはず。だがそれは、『紫から考えた』モノでしかない。『シオンにとって』はまた別。

 ギリギリと歯を、拳を、全身を震わせて、シオンは無理矢理自分を抑える。今にも斬りかかろうとする自分の感情を捻じ伏せて、理性で持って会話しようとする。

 「聞きたい事が、あるだけ、だ」

 そう告げるにしては、シオンの眼はあまりに鋭すぎた。そして何より、その後の行動――否。()()がダメだった。

 シオンは紫を見つけたその時から、ずっと右手に黒陽を隠し続けていた。関節を外した時は手放しかけたが、それでも気力で持ち続けた。

 だがいっそのこと、手放していた方がよかったかもしれない。

 「聞きたい……こと? ()()()()()を出しながら?」

 「え?」

 それが単なるブラフなら、シオンは引っ掛からなかっただろう。しかし紫の顔にあるのは、恐怖と、そして()()()

 ここでもう一つ再確認しよう。黒陽は、担い手の意志一つでその形を変える。だが言葉と言うのは不思議なモノで、意味合いは違うのに似たような意味を持つ事がある。この場合、意志一つとはそれ即ち『想像力』とほぼ同義。

 しかし人の『想像力』などたかが知れている。完璧と本人が思っていても、ところどころ穴があるように。なのになぜ、シオンは『完全な』剣を再現できたのか。

 ソレを教えてくれたのも、永琳――師だった。

 永琳はシオンに様々な事を教えている途中、微かな違和感に気付いた。そしていくつかの確認をして、その違和感をどういったものなのかにまでこぎつけた。

 『シオン、あなたは物事を考えるのが苦手?』

 『苦手、というか――知人から『あなたは想像ができない』と言われた事はあるけど』

 『……その人、もしかして何か患ってないかしら? あるいは口数が少ないとか、説明するのが苦手とか』

 『持病の喘息持ちらしいから、口数は少ないな。そのせいであんまり人と話さないらしいから、得意じゃないかもしれない』

 『ああ……やっぱり。シオン、それは訂正する必要があるわ』

 『訂正なんているのか?』

 『ええ。あなたは確かに『想像』するのは不得手よ。でもそれを正確に言い表すなら、『想像ができない』のではなく『想像しづらい』の方が正しいわ』

 それに何の違いがあるのか、シオンにはわからなかった。それに気付いたのか、永琳はすぐに説明してくれた。

 『あなたには全ての物事を完全に覚えてしまう能力がある。だから自分が知らない概念を説明されると、頭の中にある記憶――映像が呼び起される』

 例えば海、と言われてもシオンには理解できない。だがそこに『地平線の果てまで大量に水がある場所』と言われれば、川などの風景を無限に広げた光景を頭に浮かべる。

 『ただそのせいで、あなたは荒唐無稽なモノを思い浮かべられない。付け加えれば、あなたの過剰とまで言える現実主義が、見た事の無いものを『今はわからないから』ばっさり切り捨ててしまう。だから『想像できない』というのも、あながち間違っていないわ』

 シオンが悪い、というわけではない。単に生きてきた環境が悪すぎた。余計な()()を浮かべていれば、その間に死んでいる。そんな場所。だから目の前しか見られない。『夢』なんていうバカげたものを見られず、目の前の『現実』しか見る事を許さない。

 シオンは、知らない事を想像できない。

 だってそれは、生きるという一点に措いて、『邪魔』にしかならないから。

 だから、ありえないはずなのだ。常に完成された図が頭の中にあるシオンに。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 シオンはすぐに剣に戻そうとして――だができないのを悟った。

 激情。心の中に燻る、今すぐ紫を殺せという叫びが、集中するのを許さない。良くも悪くも紫にしか意識が向いてないシオンに、黒陽に『想像(イメージ)』するだけの余力が、無い。

 そしてシオンは、諦めた。

 紫と対話するのを。紫を『殺さない』でいる事を。

 ああ――と、シオンは幻想郷に来てからの事を思い浮かべる。

 俺が幻想郷で誰かを殺したいと思ったのは、コレが初めてだな、と。

 『死にたい』とは思っていても、『殺したい』とは不思議と思わなかった。そこらの妖怪を殺した時だって、自分を殺しに来たから逆にそうし返しただけ。いわば作業。

 だから、だろうか。

 「前言は撤回する」

 わざわざ口に出して、そう言ったのは。

 「貴女を殺す」

 足を踏み出し、のたうつ黒陽を振りかぶる。虚を突かれた形となった紫は、先程まであった猶予を無駄にしたのを理解する。

 しかしその顔に、諦観の色は無い。

 落ちてくる『黒』の波。それを眺めながら、紫は言う。

 「藍」

 「御意に」

 その音を表すのなら、どう言えばいいのだろうか。硬い金属がぶつかったような、反対に柔らかい羽毛に包まれたような、よくわからない音。

 その中で理解した、たった一つの事。

 それは、

 「受け止められた、か」

 「紫様を殺させる訳には参りませんので」

 横から振るわれた『尾』を躱すために、シオンは一度距離を取る。だが目測を誤り、頬を掠められた。ツツ――ッ、と血が伝うのを、腕で拭う。その間に目の前の誰かは交差していた四本の尾を開く。

 まず眼に入るのは、鮮やかな金。髪と瞳、そして背後から生えている九つの尻尾。その存在感がありすぎるのだ。その主張されるモノの一つ、金髪には角のような広がりを持つ帽子がある。外見から考えて、あのトンガリは狐の耳でもおさまっているのだろうか。

 服装はどこかの法師が着ているようなモノで、ゆったりとした長袖、ロングスカートに青い前掛けのような物を被せている。一見中華風だが、コレは後ろにいる紫に合わせた物だろう。先程の言動から、紫と彼女は主従関係かそれに近いモノだろうから。

 事実、彼女のシオンを見る眼は、敵を見るそれと似たようなモノだ。威嚇するように九つの尾も蠢いている。何か複雑な感情が宿っているような気もするが、コレは気のせいかもしれない。

 「紫様の式、九尾の狐の八雲藍だ」

 シオンの()()()()()から目礼だけをし名乗る藍。敵であっても多少の礼を尽くすのは、後ろにいる紫の名誉を重んじてのものだろう。そうでもなければ、主を殺しかけた人間にそんな態度を取るはずが無い。

 「……『人外』のシオン」

 だからシオンも、最低限の礼を返す。微かに敵意を減らしたのは、シオンの内心を察してか。

けれど藍は油断しない。

 ――先の一撃。完全に受け止めたかのように見えた藍だが、その実かなりギリギリだった。四本の尾を交差して防御したが、その勢いを両足だけで受け止めることは叶わず、残り五本の尾を支えにして何とか止めることができた。

 その証左に、藍の周囲が陥没している。女性にしては高身長の藍と『頭一つ分の差』しかないのはそれが理由。

 つまり、膂力に関して言えば、藍よりシオンの方が上回っているかもしれない、ということだ。

 「どけ。そいつ、殺せない」

 敬愛する主に対して『そいつ』呼ばわりしたシオンに藍は殺気を向ける。だがシオンにそれを気にする余裕は無い。

 視界がチカチカと明滅する。脳がギリギリと悲鳴をあげる。心臓は跳ね上がり、体全体が軋む。

 こんな状態になった事など、今まで一度も無かった。初めての感覚。だからコレが――『怒りで前が見えなくなる』の少し変わったモノ。いわば『怒りで前しか見えなくなる』だろう。

 「紫様」

 「一応言っておくわ。殺さないで」

 「……畏まりました」

 一瞬の間と、ピクリと動いた表情から、藍が本気でシオンを殺そうとしていたのを察する。だから、油断してしまった。確認する、という隙を、シオンが突かないと思っていたせいで。

 白夜を振るい、シオンは藍の後ろに移動する。そのまま肩を掴むと、もう一度一閃して開いた空間の歪に藍を放り投げ、自分もそこに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 里の遥か上空。

 そこに浮かぶは白と金。

 白は無表情。

 金は苛立ちを、それぞれ宿していた。

 「里に被害が出ないよう、わざわざ上に移動したと? 意外だな。先程までのお前にそんな理性的な判断ができるとは思わなかったが」

 金――藍が苛立っているのは、それ。そんな判断ができるのなら、里に被害が出ないよう、もっと遠く移動する事だってできたはず。だから苛立つ。もしそんな反論をして里に下りられれば、それで割を食うのは自分達(紫と藍)だから、と。だから我慢するしかない。

 白――シオンはその質問に無言を返す。

 その反応に、遂に藍の堪忍袋の緒が切れた。主を狙われ元から限界だったそれは、あっさりと切れてしまった。

 「殺しはしない。だが――死んだ方がマシだと思えるくらいにはさせてもらう!」

 藍の尾、その一つがたわみ――()()()

 単純明快な突き。だが速度は神速。それを敢えて避けず、風圧で木の葉のように舞って避ける。もう一度使えるとは思わない。使う気も無い。

 ただこの一瞬。それだけ稼げればよかった。

 「『黒剣技(ソードアーツ)』」

 黒陽が揺らめき、シオンの手に一つの剣として現れる。だが何よりも眼に入るのは、シオンの背に出現した『四本』の剣。

 シオンの背から一定距離離れた位置に、柄を上に、半円を描くように広がっている。

 手数には手数を。それを選んだ結果だった。

 しかし藍の尾は九。足りない分は、

 「技術で補うッ」

 ドンッッ! と前に飛び出し、二人の間にあった距離を縮める。弾幕は張らない。恐らく迎撃されるだろうし、そもそも自分は遠距離攻撃に向いていない。

 藍の方も迎撃手段として弾幕を張ろうとしない。全て真っ二つにされそうな気がしてならないからだ。

 自然、二人の攻撃方法は絞られる。

 『叩き斬る――!』

 奇しくも声が重なった瞬間。

 剣と尾。異例の二つが、火花を散らす。

 

 

 

 

 

 シオンの姿が見えなくなってから、早十数分。霊夢は慧音達と別れて、シオンを探していた。

 「いない……どこにいったのよ、アイツ」

 ここまでする義理は無い――と言いたいが、後々の関係のためにも多少の()を付けておいた方が都合が良い。だから『里に着くまでの案内』を『里の中の案内』に変更したのだ。

 普段は気にも留めない周囲を見渡す。だからこそ一早く気付いた。上を見上げる人間が、驚きに満ちた顔をしているのを。

 それを切っ掛けに一人、二人と。上空を見る人間は、霊夢の見える周囲全てとなった。

 その光景は、里にいるほぼ全員が見ていた。当然、霊夢にも。

 よく晴れた空に、微かな光が瞬いている。小さく、大きく。チカチカと。常人でわかるのはそれだけ。だが、霊夢だけはわかった。

 「アレは……」

 よっぽど視力が良くなければ見えない、それ程の上空。そこに見知った色を見た瞬間、霊夢は走り出していた。

 けれどその歩みは止まってしまう。

 つい先ほどまで、()()()()()()()に攻撃された斬撃を見るために。もしあのまま止まっていたら――と考え、背筋がゾクリと泡立った。

 何とか我を取り戻すと、霊夢はすぐにできた溝に駆け寄る。

 「綺麗、過ぎる……斬撃」

 つい昨日の事。里の案内を頼んだ時に慧音から言われた言葉。

 『案内するのはいいが――この里は狙われているのかもしれない』

 そして案内された場所は、この溝とよく似た感触の断面を持つ、深い谷。

 「まさか、アレを作ったのは」

 そこまで言いかけた瞬間、周囲から悲鳴が上がる。

 咄嗟に上を見た霊夢は、どこかに斬撃が飛んで行ったのを見た。数秒後、飛んで行った方向に悲鳴が出る。

 その叫びに、霊夢の行動を怯えた表情で見ていた里の人間は、我先にと逃げ出す。

 『何が起こってるんだ!?』『通して! 家に子供が!』『とお、遠くに! あの攻撃が来ない場所に!』『押すんじゃねぇクソが!』『ママッ、どこに行っちゃったの!?』『最低限の荷物を持ってさっさと逃げ――ガァ!?』

 悲鳴、怒声、怪我をして痛みを堪えるような呻き声。阿鼻叫喚の地獄絵図。

 「何やってんのよ――」

 それは、こんな状況を起こしたシオンへの叫び。

 「あのバカは――ッ!」

 霊夢は走り出す。当ては一応、ある。こうなった事情を知っているだろう存在は、霊夢の知る限り一人しかいない。そいつの元へ行くのだ。

 『里の中の案内』が、『あのバカをとっちめる』に変わった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 跳ね上げた脇のすぐ傍を藍の尾が通って行く。即座に一歩分上空に移動し、下から来たもう一本の尾を避け、真正面から来た尾を白夜で逸らす。四本の剣は既に別の尾と斬り結んでいた。

 (『()』の数が違い過ぎる――!)

 押されているのは、シオンだった。

 藍の巧みに操られる尻尾が上下左右どこからでも飛んでくる。長さ自体は調節可能なのか、最初見た時の大きさよりも比べ物にならない程でかい。今のところ長さの限度を見ていないため、伸ばせる限界はわからない。

 どちらにしろシオンに離れるという選択肢は存在しない。弾幕を撃ち合っても自分が負けるだろうと、シオンは怒り狂った頭の中に残る、どこか冷静な部分でそう判断していた。

 「っと!?」

 ほぼ勘を頼りにその場でバク転をする。グルリと回転する視界の中で見えたのは、()()()()襲い掛かる尻尾。

 藍は戦闘開始時から一歩も動いていない。そして今シオンがいるのは藍の真正面。つまり藍は、ほぼ真直ぐに突きを入れてから、即座に折り返して突きを入れた事になる。

 だが、

 (――いくらなんでも構造的に無理があるだろ!)

 今藍がやった動きを人間の腕部分で当てはめれば、肘を九十度に曲げた後、肘と手首の間でもう一度九十度に折り曲げた事になる。それがどれほどのことか、わかるだろう。

 だが藍は全く気にした様子を見せない。

 (マズいッ。今でも手一杯なのに後ろからも来ると想定するのは無理がある! こっちはこれ以上手数を増やせないってのに……!)

 真下から来た尾を蹴り飛ばし、反動で横合いから飛んで来た尾を避ける。ついで体を回転させてもう一つの尾を流す。幅一ミリにも満たない、そんな真横を尾が通って行くのは中々精神的に辛かった。

 その合間にシオンはもう一つの剣を作ろうとして――即座にやめた。

 (脳、の……処理、限界……ッ!)

 一瞬、シオンの無表情が崩れた。藍に背を向けていたからこそバレなかったが、正面あるいは顔が見える状態だったら看破されていただろう。

 「……?」

 それでも動きが鈍ったかもしれない、という事実までは消せなかった。すぐに動きを戻したために気のせい、あるいはブラフかと思ってくれたようだが、ほんの少しでも遅かったらどうなっていた事か。

 やはり無茶はするものじゃないな、と思う。

 そもそも何故シオンが黒陽の剣を複数に増やせているのか。手元から離れた場合、球体になると言っていたにもかかわらず。

 答えは簡単。()()()()()()()()()()からだ。

 黒陽の柄。そこから大妖怪の視力を持ってすら視認できない程の細い糸。恐らくはナノ以下のそれは、この辺り一帯を漂っている。その糸から、剣が()()()いるのだ。

 単なる逆転の発想。手元から離せば形が崩れるのなら、ずっと手元に置いてある状況を作り出せばいい。とはいえコレも永琳のアドバイスから来たものだ。彼女に言われなければこんな方法、思い浮かべすらしなかっただろう。

 が、やはりそううまい話があるわけもなく。ナノ以下の糸の生成・維持だけでも相応に意識を割かれる。最初はコレだけでも戦闘を十分にこなせなくなるほど支障が出た。慣れてくると剣を造りだせるようになったのだが、コレも問題だった。持ち手の問題だ。当たり前だが、剣は振るわれる事で攻撃として形を成す。しかし糸から生えているだけの剣にそんな真似はできない。精々シオンが剣を動かすのに引っ張られるだけだ。

 考え抜いた末に生まれた方法。その方法もまた、かなりの力技だった。

 動かすことができないのなら、()()()()()()()()()。造ればいいだけだ、と。

 要するにシオンは、破壊と再生を同時に行っている。糸から剣を生成、防御し、攻撃する時はまるでシオンの意のままに操っているかの様に見せながら何度も造り破壊し直す。ちなみに鬼に対する奇襲も、糸を地面に刺して網目のように広げ、罠を仕掛けていただけだ。

 だがそれらを行うシオンにかかる負担は並外れたものではない。

 元々シオンは高速思考を持っていても並列思考は扱えない。つまり四本の腕を同時に扱う、なんて真似はできない。それでもなお両手に持っている剣を含めて六本振るっているのだから、その凄さは想像に難くない。

 仮に戦闘をしなくてもいいという条件下なら、『生み出すだけ』であれば十二本まで。動かすというのなら一気に減って七本。

 そして高速戦闘下では――四本。

 もしそれ以上造り出そうとすれば問答無用で気絶する。脳の処理が限界を超えてしまうからだ。

 (こうなったら――!)

 一度距離を取るため、シオンは白夜に力を籠め、ほとんど適当に剣を振るう。全てを切り裂く斬撃を、藍は避けるしかない。受け止めれば尾ごと斬り飛ばされるからだ。だが虚空を行く斬撃は、()()()()()()落ちていく。

 シオンは気付かない。元々限界を超えていた紫への殺意を無理矢理藍の方に向けているのだ。他の事に気を遣う余裕など、残っていない。

 逆に藍は里の方を気遣う。敵が用意した、里の上空で戦うという状況を許容し、且つ自分が最も得意とする遠距離戦――弾幕を封印しているのは、里への被害を防ぐ為だ。

 だからこそ臍を噛む。()()防げなかった――と。

 戦闘中、シオンは何度か白夜を振るっていた。そしてそのいくつかは里に落ち――結果、下は里の人間達の悲鳴と怒声に溢れている。自身の聴覚が、それを捉えてしまうのだ。

 (幸い物以外――人が死ぬまでは行ってないが)

 ほんの一瞬。刹那の隙間、藍は思考してしまった。

 他の事に気を取られる――という、戦闘中に措いて最もしてはならないことを。

 「隙だらけ」

 「なッ!?」

 ボソリ、と後ろで呟かれた言葉。

 咄嗟に反応して後ろを振り向くが、そこにはもうシオンはいない。

 (しまった――! 奴は空間転移ができるのを忘れていた!)

 一度自分を叱咤する。後悔はする。だがそれを気にして縮こまる理由にはならない。藍は一度深呼吸して瞼を閉じる。

 尾から妖力が溢れ出し、帽子の中に隠れた耳がピクピクと動き出す。

 一秒、二秒、三秒――シオンに動きは無い。

 だが、藍は動いた。

 「そこだ!」

 自分を中心に後方三十七度。距離までは測っていない。だが大まかな居場所を探れればそれで十分だった。

 九ある尾の内六本を突き刺す。コレで終わるとは思っていない。事実、終わらなかった。

 ガキンッ、という金属音が数度鳴り響く。重なり合いすぎて何度かはわからないが、尻尾に伝わってきた感触からして五。

 藍が振り向く。視界に入るのは、黒陽の切先を前に。白夜を逆手に持ったシオンの姿。

 突進。全身を一本の槍にして、ただただ愚直に突き進んでくる。途中にあった最後の一つを、逆手に持った白夜で迎撃して。

 方法はわからないが、シオンは四つの剣で五本の尾を受けた。だからこそ一本分――突きを入れるための分は残っていた。

 それでもまだ、届かない。

 残る三本の尾。それを縦横斜めに交差させ、シオンの攻撃を受け止める。

 (重、い――ッ)

 相応の距離から放たれた槍。元々の剣の重量、飛んで来た速度。何より、必ず殺しきるという殺意。それらが積み重なり、藍を追い込む。

 宙に居ても多少は踏ん張れる。それでも押し切られると悟った。

 ()()()

 「え――。ッ! しまッ!?」

 突如、今まで拮抗していた力が崩れ。

 三本の尾を崩し、シオンを『敢えて』懐に受け入れた藍は。

 微かに頭を逸らし――それでも剣が帽子を掠め、そのせいでほとんど破損した――て避け、握った『拳』を引く。

 藍は近接戦闘は得意では無い。唯一尻尾での戦闘ができるくらいだ。

 けれど――大きな隙を晒した相手を、ただぶん殴ることはできるッ!

 「ハァァ――!」

 気合一閃。単純な一拳を叩きこむ。

 妖力と大妖怪の身体能力にモノを言わせた、文字通りの力技。コレを喰らって耐えられる人間など、いない。

 しかし、藍の顔は晴れない。むしろ強張っている。

 「……完全に『入った』と思ったんだが」

 「いいや、ギリッギリだった。貴女が格闘術を学んでいたら――危なかった」

 そう、シオンは直前で防いでいた。技術を持たない藍の殴打には無駄が多く、そのため直前で白夜を目の前に置き、それを左足の膝で固定するのが間に合った。

 代わりに剣を通して伝わった衝撃が膝の骨を折ったが――それを悟らせないよう振る舞う。

 「少しは人間の技術を学ぶべきなのか?」

 「さあね。それは貴女の自由だ」

 肩を竦めるシオンだが、その脳裏には勝利への道筋だけ。

 (コレで『種』は撒けた。後は――勝ちを拾うだけだ!)

 そしてここで、シオンは今まで使わなかった戦法を取る。

 トン、と空を叩き。

 シオンの体が急加速する。

 「は――!?」

 藍の顔に驚愕が浮かぶ。氣・魔力・霊力・妖力あるいはこれらに準ずる力で空を飛ぶ者は相応にいる。だが――空を『蹴って』移動する人間と会うのは、初めてだった。

 ジグザグに動くシオン。今までの婉曲の動きと違い、直線の機動。速さは段違いだった。

 藍はまず三本の尾を使って移動を制限。多少動きが鈍ったところに尾を突き入れる。その尾がシオンを捉える事は無かったが。

 藍の尾の動きは速い。だがシオンの速さはそれよりも上。

 そして、尾とシオンが、藍から見て交わった瞬間、また――シオンが消えた。わざわざ藍の眼に見えないようにして。

 小癪な真似を――と思うが、一定の効果があるのも事実だった。特にあの高速移動ができると分かった今、一刻の猶予も無い。

 (だが、どうせまた後ろに移動するのだろう!)

 そんな思いを抱きながら藍は振り向き。だがそこに、シオンは()()()

 自身の予想が外れた事実に呆然としつつ、けれど気配探知はやめない。

 結果は――真正面から!?

 「バカな!?」

 もう一度振り向き、藍はそこでシオンの姿を見る。

 そこで藍は、シオンの意図を看破した。

 (二度も後ろに転移したのは、私に後ろを意識させるためか――!)

 一度目はここに転移させられたとき。二度目はつい先程。どちらもシオンは後ろに転移し、藍に攻撃を意識させている。

 その理由は死角となるからだと思っていたが――全くの見当違いだったとわかった。

 (だがそれもバレては意味が無いぞ!)

 今度は七本の尾を携え藍はシオンを攻撃する。

 (元々六本を相手にするのが限界だったのはコレまでの戦闘で把握している。仮に突破しても尾が二本あれば立て直しは利く。だから――いや、ここで終わりにさせてもらう!)

 不倶戴天。その意識を胸に抱き、尾を突き入れ――()()()()()()()()()()()

 「――」

 今度こそ。

 今度こそ、藍の思考は完全に停止した。

 「御丁寧に引っ掛かってくれてどうもありがとう」

 停止したからこそ、その声に釣られて藍は振り返る。そこにいたのは、先程貫かれたはずのシオンだった。

 停止した脳がフル稼働する。その脳から導き出された答えは――

 (魔力で作った『(デコイ)』――だと!?)

 藍はまんまと二重の罠に掛かった。裏に行ったと見せかけ表から。ただしそちらは偽者で、本物は下方に待機して藍の視界に入らないようにしていた。

 目の前にある藍の表情、それを見てシオンは内心小さく溜息吐いた。

 (気付かないだろうね――。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんて)

 どれだけ魔力に工夫を凝らしたところで、本人でない以上、バレるのは一瞬だろうとシオンは考えていた。

 その果てが、『魔法陣による気配の偽装』だ。

 シオンは魔力糸による魔法陣の作成を得意としている。一度目は人型に整えつつ効果を発揮させるのに手間取ったが、二度目からは息をするように、数度でほぼ一瞬で作れるようになった。

 そしてもう一つ。コレはシオンが知らず――というより、知っているのは幻想郷内においても極々限られた者――にいる事実。藍はその頭脳を紫の式となる事で手に入れた。長い年月によって蓄えられた知識と、現代にあるスパコン並みの並列処理が可能な頭脳。彼女の思考は並大抵のものではついていく事さえできない。

 それでも。例えスパコン並みの事ができても――()()()()()()()()()()()()()()

 主従共に、魔法陣の運用をここまで効率化できた存在を知らない。だからこそ引っ掛かった、ただ一度のみ通用する罠。

 (まだ――まだだ!)

 まだ尾が二本残っている。それを使えば体勢を立て直すくらいは――とまで考えて。

 「仕切り直せると思ったか? 甘いよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 そんな『甘い考え』を斬り捨てるように。

 ジャラジャラジャラッ!! と何かが擦れるような音がして。

 藍の右手と両足、そして一本の尾に絡み付いた。

 「コレは――!?」

 絡み付いた『鎖』の色は『黒』だ。コレはシオンの持つ黒陽と同じで――本数も一致する。

 「残念。黒陽には『形が無い』んだよね」

 (声をかけた理由は――私にコレを悟らせないためか!!)

 苦し紛れに、藍は最後の一本の尾。そして左手を使って弾丸を形成し、動かせる尾を、シオンに向かって穿ち放つ。

 その一撃を黒陽であっさり受け止めたシオンは、下から斜めに白夜を振るって弾丸を消し、間合いを詰める。どんどんと近づいてくる、大きくなるシオンの姿。

 それを藍は、どこか酷く冷めた様子で視界に入れていた。もう一撃なら弾丸を撃っても間に合うのはわかる。しかし撃たない。どうせ無駄だと分かっているから。

 (残り、二歩)

 それは、シオンが『藍を殺せる』間合いに入る歩数。

 一歩目なら、重傷を負うが生き残れる。

 二歩目なら、心臓か首か頭か――どれかを斬られて絶命する。

 そしてシオンは――『二歩』、間合いを詰めた。

 そこで藍は、何故自分が酷く冷めていたのかを知った。

 (ああ、そうか。私は)

 太陽を反射し、煌めく『白』を見つめながら。

 (紫様、申し訳ありません――)

 藍は瞳を閉ざす。

 そして――




少々長いですが、補足説明をば。

『能力の干渉』というモノが出ましたが、実はコレ、一番影響が出ているのはレミリアの『運命を操る程度の能力』だったりします。
シオンの考察は、実は半分合っていて半分間違っています。
相手の運命に『干渉』して望む結果を手繰り寄せる。それがレミリアの能力の本質です。
例えば相手に『明確な死』を与えようとした場合、相手の運命の糸を手繰り寄せていきます。ただ相手がそれを拒んだら、当然糸は引き寄せにくくなります。要は綱引きみたいなものですね。『同格や格上相手に通用しない』、というのは、相手に与えられる影響力が小さいからです。それでも程度が低い――仮に『怪我をする』くらいに小さな干渉でしたら可能かと。だから一応は通用します。足に怪我を負わせて素早さを奪ったりすればいいのですし。
ですが運命というものは複雑怪奇。相手が拒んだ結果お互いの糸が絡まり合い、そこに第三者が絡めば更に複雑化し、予期せぬ結果を起こします。
レミリアの槍の先から妖力が暴発したのもその一つ。ちなみに『最悪』が起こった場合、穂先で妖力が爆発、最も近くに居るシオンが死亡。レミリアは咄嗟に妖力を使ってガードが間に合ってとして、それでも槍を持つ右手は吹き飛ぶでしょう。まぁ吸血鬼なので、しばらくすれば復活すると思いますが。そして咲夜ですが、彼女は爆風で重傷を負う――か、能力で時を止めて逃げるかのどちらかですね。前者の比重が遥かに高いですが。
かなり使いにくい能力ですが、彼女の能力の本来の使い方は、『能力を使ったサポート』だったりします。『相手が望まない結果は歪な結果しか生まない』のであれば、『相手の望む結果を手繰り寄せやすくする』ことだってできます。
いわば『幸運の女神』というわけですね。まぁ本人の性格上、そんな加護を与えることは早々無さそうですが。
……正直序盤の方を読み返すと、自分でもよくわからない文章になっちゃってるんですよね。書き直そうかとも思うんですが、週一更新くらいが限度なのにそれ以上は――って状態で、手詰まりなのです。せめて能力の説明くらいは差し替えようかなぁとか思ったり。
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