東方狂界歴   作:シルヴィ

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うん、書いててどうしてこーなったと悩み中。

一応理由がありますので、「んなわけあるか!」とか言わないでくれると大変助かります。


殺意を抑えて

 シオンが白夜を藍に向けて振り下ろす、その寸前の出来事がいくつかあった。

 まず、ようやっと事態の中心人物の一人であろう元に辿り着いた霊夢が見たのは、何かを尋ねる事を躊躇わせる程焦った顔をした紫だった。

 その視線の先には――シオンと、拘束された藍。

 「んな!?」

 霊夢は博麗神社の巫女。この幻想郷で『唯一』の神社。そこに住んでいる霊夢は、幻想郷の管理人である紫と藍に面識があった。親しい仲、と言われると疑問は残るが、それでもあんな状況に陥って何とも思わないほど冷たい関係ではない。

 しかし――助けられない。それが一瞬で下した霊夢の判断だった。

 (あまりに距離がありすぎる!)

 この距離では自分が行くよりも、弾幕を飛ばすよりも、シオンの方が藍を斬り捨てる方が数倍速い。近接という一点に措いて、剣などの武器は飛び道具などよりも遥かに優位だからだ。

 「藍!」

 自身の大切な従者が拘束された時点で、紫は能力を発動させた。紫の『境界を操る程度の能力』があれば、距離など無いも同然。この場で藍を救える可能性があるとすれば、それは彼女だけだろう。

 だからこそ――対策も立てやすい。

 「え……?」

 目の前に開いた空間の裂け目。それが()()()()()()()。地面に残るのは、小さな、注視しなければわからないほど小さな『斬撃』がある。

 ――白夜による空間を斬り裂く衝撃波。

 実のところ、シオンが戦闘において最も警戒していたのは、『第三者による介入』だった。

 藍は一人で戦う理由が無い。主である紫が真下に居て、状況的に見れば自分の方が『悪』だと考える者もいるだろう。そして一対二になれば、シオンが勝てる可能性は激減する。紫の介入も、彼女に斬撃を飛ばせるよう『位置を調節して』戦っていた。

 白夜ではなく黒陽で藍の尾を防いだのは、この理由が大きい。仮に白夜の力を使って防いでいれば、藍の尾を斬り落とせただろう。『破壊力』という一点では黒陽に劣るが、こと『切断力』という一点に措いては白夜の方が優れているからだ。

 それでもなお黒陽で防いだのは、紫の空間を操る術に対抗できるのが白夜だけだったからだ。

 事実、シオンは藍の攻撃を斬り捨てるのと同時、ほんの微かとはいえ斬撃を飛ばして紫の介入を防いだ。

 ――黒陽で防いだのはもう一つ理由があるのだが……そこは現時点では割愛しておこう。

 そしてその事実は、紫に一つの現実を痛感させた。

 (私はシオンの抑止力になれないの……ッ?)

 紫が躊躇無くシオンをこの世界に呼べたのは、シオンの力が自分よりも圧倒的に下だったところが大きい。当時のシオンは全力で戦っても――いや、死力を尽くして、そして死と引き換えにしても腕の一本か、精々が重傷を負わせられる程度だったろう。これなら仮にシオンが幻想郷で異変を起こしても、紫の手でギロチンを下ろせた。

 それがたった二ヶ月。それにも満たない期間で、紫と同程度かそれ以上の力を手にした。

 シオンが紫と同程度なのにはいくつか理由がある。

 まず一つ目に、紫は近接戦闘が得意では無い――どころか、従者の藍にすら劣る。コレは彼女の戦闘方法が、中・遠距離であるのが原因だろう。長所である後者の力を磨く事はあっても、不得手である前者はまったく鍛えなかったのだ。

 距離を詰められても『境界を操る程度の能力』で空間を移動して距離取れるし、相手を拘束してそもそも動けなくすればいい。その間に攻撃を叩きこむのもアリだ。

 相手が弾幕戦で応対しても一部を空間を通して様々なところから弾幕を張れば、いずれ押し通せる。前面にしか展開できない相手と、前後上下左右どこからでも飛ばせる紫。どちらが有利なのか考えるまでも無い。

 今まで紫はそうやって戦ってきた。それで問題無かったし、問題にならないだろうと考え続けていた。

 それが今、覆された。たった一人の人間の手によって。

 弾幕を全面に飛ばすことは可能だろう。だが自身が空間移動したり相手を拘束したりしようとすれば、シオンは全てを斬り捨てそれを阻止するだろう。

 一対一では、紫は藍よりもシオンとの相性が悪い。能力に頼ってきたツケが、紫に負債を与えてくる。

 ――紫がそんな思考を浮かべたのは、単なる現実逃避に過ぎなかった。

 目の前で斬られる従者に何もできない自分に絶望して、他愛も無い考えを浮かべて意識を逸らしているだけ。

 今ここでやめてと叫んでも、シオンは止まらないだろう。だって、この世界にシオンを呼んで来たのは紫で。その紫に際限の無い殺意を向けていたシオンが、その従者である藍を殺さない理由にはならないから。

 甘く見ていた。油断していた。『自分だけで何とかなる』――そんな考えのせいで、藍が殺されてしまう。

 紫は手を伸ばす。届かないとわかっていても。シオンはきっと、その手を下ろしてくれないとわかっていても。それでも、紫は手を伸ばした。

 今にも泣いてしまいそうな、その顔を、霊夢は見た事が無かった。いつもあやふやとしていて掴みどころのない紫が、一人の従者の死に涙しかけている。

 (紫にも一応、そんな感情があったのね)

 だが――何故だろう。

 ()()()()()()()()()――そんな気がするのは?

 シオンは白夜を振り下ろす。それは渾身の一撃。溢れ出た魔力で腕が覆い隠されるほどの。色の無い軌跡が後を残す。その暴力的な一撃は大気を揺らし。シオンはそれに負けぬほどの声を張り上げる。

 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――ッッッ!!!」

 膨大な、暴力的な力を秘めた一撃が藍に集い。

 藍の体を()()()

 その剣は、()()()()()()()()()()

 そして、霊夢の勘通りに、シオンは藍を殺さなかった。

 ……代わりと言っては何だが、力の行き先が向けられなかった剣が紫のすぐ傍に突き刺さって爆発。紫と、ついでに霊夢を黒焦げにしてくれたが。狙ってやったのなら相当だろう。

 が、巻き込まれた霊夢は堪ったものではなく。

 「何やってくれてんのよシオン―――――――ッ!」

 余計な火種を新たに作った辺り、シオンの運の悪さは筋金入りだった。

 そんな事情の出来事など露知らず。藍は何時まで経っても来ない衝撃と痛みに疑問を感じ始めていた。

 (なぜ何も来ないんだ……? 恐怖感を煽るため、か?)

 もしそうだとしたら、シオンの趣味は悪いと言わざるをえない。未だに眼を閉じている上に、シオンによる何らかの妨害で気配も探れない。藍には周囲の状況を把握する術が無かった。

 見えない、という状況は不安を煽る。眼を開けた瞬間醜悪な笑みを浮かべたシオンに殺されるという光景を見させられるかもしれない。もしそう考えているのなら、その策は成功していると皮肉を籠めて伝えたいところだ。

 そんな思いを胸に、恐る恐る眼を開ける。

 「――……いない?」

 眼を開けて飛び込んできたのは、どこまでも続く蒼穹。そこにシオンの姿はいない。拘束が解けていない以上、どこかにいるのだろうが――

 「――あ、やっと眼を開けてくれた」

 そんな声が、自分の『狐耳』に浸透してきた。自分の狐耳があるのは頭上で、そしてそこのすぐ傍から声が聞こえて来た以上、シオンが居る場所は自ずと一つに限られる。

 ギギギ、と古びたブリキの人形のように藍は首を動かす。だがその途中で、藍は自身の視界全てを『白』に覆われた。

 その感触が何なのか、最初はわからなかった。だが頬に触れるサラリとしたモノ。それと似たようなモノを、自分は毎日触れているような――。そこまで考えて、コレが髪なのだと理解した。それを予期したのか、あるいはただの偶然か。シオンの両腕が藍の首に回される。もしやこのまま首の骨を、と思ったが、それにしてはあまりに触り方が優し過ぎる。壊れ物を扱う時よりも優しいかもしれない。

 それでも油断しなかった藍は、自身を縛り続けていた鎖、その一つが解けたのを知った。

 「何を――」

 片手と両足は未だ拘束されたまま。だが近接戦闘を行うのは尾だ。それを解放するとは、と思ったのだが、シオンの返答はトンチンカンなモノだった。

 「だってさ……こんな毛並みの良い尻尾を拘束するなんて勿体ないじゃん!」

 「……は?」

 幻聴、だろうか。一瞬だが藍は自分自身の耳とそれを処理した脳を疑った。

 「こんなに手触りいいし、毛並みだって綺麗に整ってる。どれだけの時間をかけたのかなんてわからないけど、多少程度じゃこうはならない。努力してるってわかる。だからさっきの戦闘で無駄に傷つけないように注意してたんだよ? 白夜で切断なんて以ての外だし」

 「……………………………………………………………………………………………………………」

 幻聴、などではなかった。

 本気でシオンはそう思っている。手触りも、毛並みも。そして藍がどれほどの苦労をしてコレを維持しているのか。紫の無茶振りによるストレス。(チェン)が時折する突飛な動向の心配。時間の不足による栄養不足と寝不足による疲労。それでも時間をやり繰りして必死に質を保つ苦労。

 「――特に紫様の無茶振りが酷すぎるんですよ。実務の大半を私に丸投げ。結界の維持、妖怪による被害の算出・それをどうするかの検討。勿論私も紫様の苦労はわかっているので文句の言いようもありません。少しでも橙が手伝ってくれれば私達も楽になれるのですが、あの子はまだ遊びたい盛りなのか遊んでばかりですし。せめて一人。後一人いれば……」

 「うんうん。わかるよ、その大変さ。物の調達に、相手が納得できるだけの折衷案。言う事を聞いてくれなければ力技でやる必要があるけど、やりすぎるとただの恐怖支配になる。何より自分達の悪評が広まると良い事なんて何一つ無いからね。常に局地的且つ大局的に行動するから人の統治は面倒だよね」

 ある種異常な光景だった。

 つい先程まで本気で殺し合っていた同士が、片方が愚痴を吐き、片方がそれを受け止め相槌を打っていく。

 藍は拳を握りしめて力説し、シオンはニコニコと笑っている。

 ……ちなみに、藍を拘束していた鎖はとっくの昔に解かれているのだが――藍に気付く様子は無かった。

 「ええ。ええそうなのです! 特に私は妖怪なので、妖怪側の視点で見る事はできても人間側の視点で見るのは難しいので……どうしても問題が出てしまいます。幸いここの人達は優しいので何とかなっていますが、それに甘えてもいられまんし」

 「確かに。人の心程複雑怪奇なモノは早々無いし。今は優しいからずっと優しくしてくれる、なんて考えは甘えだ。それを考えれば向上心を持つのは素晴らしい事だと思うけど――この幻想郷で最も弱い人間(最  弱)の側に立った事が無い藍には難しいと思うよ」

 「そう……ですか」

 「ああ。そうするくらいなら誰か別の奴を雇った方が良い。目には目を。歯には歯を。毒には毒を。そして人間には人間を――ってね。まぁアテがあるのかどうかは知らないけど」

 「現時点ではありませんね。ハァ……また心労が溜まります」

 ガックリと項垂れる藍。心なし尻尾も萎びているような気がする。と、ここでシオンの頭上にピコンッ! と何かが灯った。

 「――それじゃ、リラックスさせてあげるよ」

 「へ? ――きゃぁ!?」

 ヌメリ、とした感触が藍を襲う。時々ピタピタと何かが触れて――と、ここまで考えて、()()が何なのか、悟った。

 「まさか、()()()()――ひゃう!?」

 「にゃはは、綺麗な耳だね。ゴミなんて全然付いてない」

 耳の裏側から擽って焦らす。そうしながら唇を使ってハムハムと甘噛みする。

 「んー、藍は浅いところより奥の方……の、一歩手前辺り、か? 変な場所で敏感だね」

 「へ、変な事を言わないでくれますか! セクハラで訴えますよッ?」

 「その程度で止まるとでも思っているのか? ハッ、甘い! このクセになるような感覚を手放せるものか!」

 「何でそんなところで妙な執着心を……! ひぅ!? ァ、ちょ――そこは! ん、ンンァ」

 遂に耳の奥に舌が侵入してくる。舌のザラザラした部分がペロリと筋を舐め上げ、藍の背筋をゾクリと震わせる。

 だがそれは恐怖故の、悪寒から来る震えではなく――コレは――快、感……?

 「お、おかしいですよ! 耳で、なんて……!」

 「別におかしくはないんだけどね? やろうと思えばどこでも気持ち良くなれるから、ね」

 藍を弄ぶシオンと、シオンに翻弄される藍。その光景は、まるでペットにじゃれつく子供のようだ。

 ――殺せ。

 ――このまま首を捻り折れ。そうすれば一瞬で死ねる。

 ――相手は脱力してるんだから抵抗も無い。それとも少しずつ高度を落とすか? 助かったと思った従者を目の前で殺されれば、紫はきっと――。

 藍は気付かない。いや、気付けない。シオンが藍に当てているのは『手首から肘まで』で、決して『手首から先』で触れようとしないのを。

 触れてしまえば、気付かれるから。ギリギリという音が響きそうなほど手首に力が入り、指先は食い破りそうなほどに掌を抉っている。

 ほんの少しでも均衡が破れれば、手首が壊れるか掌が血に塗れるか。その危うい状態で、シオンは耐えていた。

 ――藍を殺そうが誰にも文句は言わせない。言った奴から殺せばいい。

 ――権利? そんなモノ、必要ない。そんなモノ無くとも誰かを殺せる。

 ――理由? 紫の従者。それだけで十分だ。藍も俺を殺そうとした。お相子だ。

 ――だから、ここで殺しても――いやダメだ!

 シオンは『表面上』遊んでいるように見えるだけだ。マグマの如く激情は全く治まってはいない。治まる理由が無い。

 殺せ、と感情が叫ぶ。殺すな、と微かに残った理性が訴える。ゴチャゴチャとないまぜになった頭が痛い。気持ち悪い。

 このままではいずれ違和感に気付かれると判断したシオンは、更に藍を追いつめに掛かる。体に残る快感を逃がそうと、足とともにのたうつ尻尾の内一本に触り、撫でる。

 最初はかなりのソフトタッチ。だが何度か触れていくと、次第に藍が『気持ちいい』と思う場所をいくつか見つけた。念のために少しだけ強く押してみると、藍の反応がいきなりよくなった。

 シオンは一度耳から口を離して、手の動きを和らげる。

 「意外と反応イイね? ここまでイイ声で啼くとは思わなかったよ」

 「だ、誰がそんな事をしていると思って……!」

 「うん? 俺だね? でも少しは耐える努力をしてもいいと思うんだけど」

 「あ、ああ言えばこう言う――ッ」

 「あ、ごめーん。ちょっと『(ツボ)』を押しちゃった」

 テヘ、と笑うシオンに、しかし藍は反応を返す暇がない。唇を噛み締めて、辱めに耐えている。……耳と尻尾を弄られるのが辱めに該当するのなら、だが。

 と、そこでシオンは目の前に地面が迫っているのに気付いた。どうやら無意識の内に高度を下げていたらしい。横目で紫の居る方を見るが、ただひたすら鋭い眼でシオンを見ていた。どうやらこの『遊び』でも彼女の眼を誤魔化すのは無理らしい。

 藍の耳から口を離し、溜息を吐く――と、それがトドメになったらしい。藍の腰が砕けてへたりこんでしまった。背中から降りるついでに狐耳に付着していた涎を拭った。

 一度紫に背を向ける形になったが、紫は手を出さない。下手に手を出してしまえば、無防備な藍を――言ってしまえば、彼女は人質だ――殺される。だから、正しくは出せない。

 今度こそ降りたシオンは、意外な事に藍から離れて、藍と紫の、丁度中間辺りに移動した。ようやっとシオンの顔を確認できた霊夢。

 「――?」

 そこで霊夢は気付いた。

 ――何か――どこがとは言えないけど――おかしい?

 警戒心に満ちた紫。未だ呆然自失としている藍。戻ってきたが遠巻きに見ている里の人間。そのどれにも当てはまらない霊夢だけが、気付けた。

 「なあ、紫。一つ聞いても?」

 「その内容によるわね」

 「……そ。なら、できれば()えてほしい」

 一度聞こうとして、諦めた事を。今一度、聞く。

 「――俺は、元の世界に帰れるのか?」

 その問いに、紫は一度瞑目した。返答次第では、シオンは恐らくキレる。そうなったら、今度こそ止まらないだろう。

 だが――ここで嘘を吐いたとして。それが見抜かれたら、どうなる? それを考えると、やはり下手な答えは返せない。

 傍から見て数秒。だがその中で何度も自問自答し。

 「……帰れないわ。少なくとも、私の手では」

 「ああ――そう」

 恐らく、予期、していたのだろう。

 シオンは倒れ込むようにして胡坐をかいて座り込む。片手で頭が地面に倒れないように支えつつも、だが深い、深い息を吐く。

 「わかっては……いたよ。貴女の能力は『境界を操る』のであって、何の指針も無い場所に行くための力じゃない。――わかって、いた。それでも……!」

 ――実のところ。

 シオンが紫に向かって行ったのは、何も怒りによるものだけではない。恨みがあったし、憎んでもいた。だが根底にあったのは――『恐怖』だった。シオンを元の世界に返せる可能性があるのは紫だけ。その紫が『無理だ』と言えば、帰れる可能性は、〇に等しい。そしてシオンは、何よりそれを恐れた。

 だからこそ、殺そうとした。聞かなければ『真実(こたえ)』はわからないから。それでも一度聞こうとしたのは――

 「霊夢! シオンは見つけ――」

 その『先』の思考に行きつこうとした瞬間、慧音が現れた。しかしその足も、このよくわからない状況を見て止まった。

 さて、客観的にこの状況を表現しよう。まず藍は何かあったかのように荒い息を吐きつつも恍惚としていて、シオンは落ち込み過ぎているかのように憂鬱そうだ。紫は今までにないくらい鋭い眼でシオンを見ていて、霊夢は何かを考え込んでいるかのよう。

 はっきり言おう。――カオスだ。

 そこで慧音は混沌とした雰囲気の中で唯一足りないモノを察した。察して――シオンの元へと駆けより、肩を掴んだ。

 「シオン、今すぐこの場から去るぞ」

 反応は無い。慧音は眉を顰めると、霊夢を手招きした。

 「どうしたのよ、慧音」

 「霊夢、質問は後にしてくれ。一刻も早くこの場から()()()必要がある」

 「は? 隠れ――質問は後、だったわね。いいわ。ほらシオン、速く顔を上げなさい! ……シオン?」

 耳元で叫んでも反応が無い。霊夢は一瞬悩むと、シオンの前髪をグイッ、と掴んで持ち上げた。視界の端で慌てている慧音が見えたが、恐らく無意味だろう。

 果たしてそこに、眼の焦点が合っていないシオンがいた。

 「やっぱり――この様子じゃ叩いても無駄ね。慧音、引き摺ってでも連れて行くわよ」

 「あ、ああ……」

 あまりの対応に、頼んだ慧音の方が腰が引けている。コレでいいのだろうか……? と思いつつも、シオンの体を抱き起こす。が、予想外の軽さにたたらを踏んでしまった。

 何度か歩き、支障無しと判断すると、霊夢に頷き返して二人は走り出す。

 その背を、ようやっと元の世界に戻ってきた藍が見つめていた。しばらくして立ち上がると、既に去ったシオンらには目もくれずに紫の――主の元へと歩き出す。そして目の前に立つ寸前、藍は片足を地につけ、平伏した。

 「申し訳、ありません。紫様」

 「それは何に対しての謝罪? 負けたこと? 無様を晒したこと? それとも――シオンに、()()()()()()()()?」

 「気付いておられたのですか!?」

 「気付いたのは今さっきよ。あなたらしからぬ戦い方を見て。そして最初の反応と照らし合わせて理解したわ」

 そもそも藍の戦い方は、その並外れた並列思考を用いての弾幕戦。決して九つの尾を使った接近戦をしないとは言わないが、主流は前者。だがそれだけなら違和感を覚えなかっただろう。しかし相手がシオンで、尚且つ尻尾『だけ』しか使わなかったのが、紫に気付かせた訳。

 「――あなたは一度も弾を撃たなかった。誘導としての一発すらも」

 里の被害を気にしていた、というだけなら一度も撃たない理由にはならない。アレだけの、しかも滅茶苦茶に衝撃波を出していたシオンでさえ、全体から見れば十分の一すら里に落ちてはいないのだ。

 「……紫様の考えは正解です。付随すれば、嫉妬と同時に見下していた、というところもあります。戦闘時に気付けたことではありますが」

 「見下す?」

 「はい。正直に申し上げますと、私は『あの』三年間、ひたすらに彼を追い求め続けた紫様に疑念を抱き続けました。『そんな事をしても意味があるのか』……と。見つからない人間を延々と探し続けて、そして見つけてしまった。それに嫉妬した」

 そこまでは、紫の想像通り。

 「ですが私はそこで、一つの結論を出しました。『私が呼ばれた人間に劣るはずが無い』と。それがいつの間にか『彼は私よりも下の存在だ』と見下すようになっていたのです。その結果、『相手の土俵に立って、その上で勝てる』と思い込み、得意の弾幕戦をしようとはしなかった。……コレが全てです」

 最後、藍が心の中で紫に謝ったのは、それに気付いたから。気付いて、そんな自分に失望したのだ。――いつから私はそんな事を言える存在になった、と。

 助かった身の上ではあるが、正直生き恥を晒した気分だ。あのまま殺されていた方が……などと考えるのは筋違いだし、何より紫を置いて逝くことなどできはしない。コレも一つの教訓だと割り切るしかないだろう。

 「――ねぇ、藍」

 「何でしょう」

 「誰にも話さないと、約束できる?」

 何故そんな事を聞くのだろうか、と思ったが、紫の眼を見て考え直す。

 聞くのか、ではない。逆だ。()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 「聞かれるまでも、ありません」

 「……ついてきて。ここで話せる話では無いわ」

 紫は背を向けると、能力を使い境界を歪ませる。開いた場所から見えるのは、自分達の住む家の居間。そこに二人は入って行く。

 後に残されたのは、未だ動かぬ里の人間だけだった。

 

 

 

 

 

 どこから取り出したのか、移動してすぐに紫はお茶の入った湯呑を取り出した。藍はそれを受け取り飲むが、どこか味が劣っていた。

 「……藍、この事を話しても、失望しないでちょうだいね」

 「え?」

 「――私は、シオンを殺すつもりでこの世界に連れて来たのよ」

 「ぇ……は、紫様!?」

 未だ残っていた湯呑を倒しながら、藍は立ちあがる。茶でテーブルが濡れいるのも気にせず藍は身を乗り出し――紫の眼を見て、冷静さを取り戻した。

 その、悔いに塗れた瞳を。

 「幻想郷が変わってから、色々な事があった。それも一つの幻想郷の形。あったかもしれない可能性。そう受け入れていたけれど……でもやっぱり、『違う』と感じてしまう」

 幻想郷は、紫にとって家であり、庭であり、玩具であり――そして全てだ。

 「それが何者かの手によって作り変えられた。違う。こうじゃない」

 ――私の幻想郷は、()()()()()じゃない――!

 「そして、手がかりを見つけた」

 あの、黒衣を纏った少年を。

 「アレが何なのか、最早どうでもよかった。能力を把握してからの説明も、言ってしまえば言い訳よ。だってあの時私は、こう思ったのだもの」

 ――あの人間を殺せば、元に戻るのではないか?

 「でも私達の手では殺せないのは事実。だから外部に協力を求めた」

 それがシオン。

 「適度に強く。私達に刃向かえないくらいの。でもあの人間に勝てる程度の強さ。そしてもしシオンがあの少年を殺したら」

 紫がシオンを殺しただろう。あるべき『幻想郷』に戻すために。

 「私は彼を『駒』としか見ていない。彼はそれを拒絶した。だから私を殺そうとした」

 盤上を操る『神の見えざる手』とも呼ぶべき存在を殺して、迫る『死に手』を回避しようとした。結局は殺さなかったが、それも運でしかない。

 「今は愚かだとわかっているから説教はいらないわ。正直に話して、誠意を籠めて頭を下げてお願いすれば、彼は多分、受けてくれたのに、ね」

 既に冷めつつある茶を揺らして、紫は笑った。

 

 

 

 

 

 「あがってくれ。まぁ大勢が住めるような作りにはなってないから、教室なのは勘弁してもらいたいが」

 「別にいいわよ。今は休めるところが重要なんだし」

 「確かにな。この恰好を見られるのもマズい。一時的にでも人目を避けられるなら、文句は言わないさ」

 寺小屋に着いた三人は、慧音がまず鍵を外し、霊夢が教室の机と椅子をいくつかどかし、最後にシオンを背負っていた、途中で合流した妹紅が入る。

 「よい、しょと」

 「ごめんなさいね。背負わせてしまって」

 「いや、大丈夫だ。シオンは身長の割に軽いし。負担にはならないよ」

 「そんな事より事情説明。わかってるんでしょ?」

 その言葉と共に、三人の視線がシオンの元へ向かう。

 「今のシオンは――下手をすれば()()()()




意外と尺が長くなったので今回はここで途切れます。本当ならシオンが紫を殺さなかった理由とか、藍をモフった理由とか、色々あったんですけどね。

次回は『殺さなかった理由』をテーマにしております。シオンの心境の変化、上手く書けるといいのですが。

最後とか言いつつ。誤字脱字指摘、感想お待ちしております。
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