東方狂界歴   作:シルヴィ

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『心』のあやふやさ

 「入れ」

 「……わーったよ」

 シオンが紫を殺そうとする、少し前のお話。

 魔理沙は自身の親に連れられて、生家へと戻ってきていた。ここに来るのも一体何年ぶりなのだろうかと思うと、苦い笑いが出てくる。

 玄関をくぐってすぐに周りを見るが、母がいる感じはしない。出かけている、のだろうか。あるいは庭弄りか何かか。流石『あの』魔理沙の母、というべきか、多趣味――というより、かなり移り気のある人だった。正直、何故母が今でも親父一筋なのか、魔理沙にはわからなかった。

 父は靴を脱いで家へあがると、一度どこかに消えた。自分の部屋に行っていろとは残して行ったので、恐らく茶か何かでも用意しに行ったのだろう。

 「ったく、名前通りに厳しい親父だよ」

 魔理沙の父の名前は霧雨(いつき)。近所の人達から総じて『厳しい人』だと言われる程の人間だ。それは数年経っても変わらないらしい。

 「ここで突っ立ってても変わんねぇか」

 一度息を吐くと、魔理沙は家に入る。

 「……ただいま」

 この言葉を言うのも、一体何年振りか。厳の部屋に行く途中でそんな事を思ったが、詮無いことだった。

 「飲め」

 そんな言葉と共に差し出されたのは、予想した通りのお茶だった。ただし、湯気が出ている、という注釈が付くが。

 魔理沙は厳を睨みつける。ガッシリとした大きな体、名前通りに厳しい顔。野獣、とまでは言わないが、初対面で臆病な子供が厳を見たら泣き出しそうな貫録を持っていた。

 「こんな暑い日に熱いお茶とか……」

 「暑い暑いと愚図るから暑くなる。気をしっかり持て」

 「へーへー」

 口ではボヤきつつ、魔理沙はお茶を含む。この暑さのせいで喉が渇いていたのも事実。欲を言えば冷たい方がよかったが、意味は無いだろう。

 正直魔理沙のお茶の方が上手いな、などと失礼な事を考えている間に、厳は姿勢を正し、魔理沙を見ていた。

 「まだ魔法使いになる事を諦めていないのか」

 「――――――――――」

 不意打ちだった。顔が歪むのを止められない。

 「……そうか」

 それだけで十分だったのだろう。厳は眼を閉ざすと、もう一度茶を飲んだ。その態度が、気に入らない。

 「んだよ。言いたいことがあるならはっきり言えよ! いつもいつも頭ごなしに『魔法使いになるのは諦めろ』ってさ。他に言える事は無いのかよ!」

 八つ当たりなのはわかっていた。わかっていても、口が止まらない。

 「理由があるなら言ってくれよ!」

 その叫びを聞いてもなお、厳は泰然としたまま。魔理沙としても『母に会う』という名目でここまで付き合っていたが、我慢の限界がきそうだ。

 怒りか、あるいは他の何かか。震える魔理沙に、厳は珍しく迷った様子を見せた。

 「……話した方が良いか、何度も迷ったが。お前の気持ちはよくわかった」

 「いきなり、なんだよ。なにか、話してくれる気にでもなったのか?」

 「ああ」

 冗談で言った言葉を真面目に返されて、魔理沙は言葉を失った。その間に厳はどこから取り出したのか、電極と――計測器、のような何かを取り出した。

 「それ、なんなんだよ」

 「魔力計測用の機材、と言えばお前にはわかりやすいか? 簡易な物だから正確な値はわからないが、それでも大雑把には把握できる――らしい。友人の受け売りだがな」

 ――待ってくれ。

 一瞬、喉までその言葉が出かかった。何故だか嫌な予感しかしない。聞きたくないと体が叫び始めている。

 「お前が魔法使いになりたいと言い出したのは、確か四つの頃だったか。私はその時友人に頼んでコレを作ってもらった。そして――寝ているお前に、使った」

 まるでコソ泥のようだ。厳も自覚しているのだろう。自己嫌悪に塗れた顔をしていた。それでも使わなければならなかった理由は、何故だ。

 ツツー……と汗が頬を伝う。もう気付いた。だが即座に違うと否定する。もし本当なら、自分は今まで――。

 「結果は、コレだ」

 指し示す針は、何かの目印の四分の三辺りを示していた。目印が何を表すのか、もう魔理沙にはわかってしまう。

 「一度私や、頼み込んで母さんにも使ってもらった。私はこの半分すら無く、母さんはお前の半分より少し多い――といったところだ。それを考えれば、お前は恵まれているのだろう」

 ――ああ。やめてくれ。

 「実際ある程度までの魔法なら使えるとお墨付きも貰ったよ。それがよかったのかどうか、私にはわからないが」

 ――そんな言葉をかけないで。まるで慰めているかのような、そんな言葉を。

 「それでもお前は――魔法使いには、なれない」

 「嘘だ! そんなの親父が、私が魔法使いにならないための方便だ! そうに決まってる! そうじゃなきゃ――」

 ――私が今までやって来た事は、全部独り善がりの、最低な……。

 これ以上、魔理沙は叫べなかった。みっともない八つ当たりだと理解していたし、何より()()()()()()()()()()()()()()()父を責められるほど、魔理沙は子供じゃなかった。

 今まで厳がただ『諦めろ』としか言わなかったのは、それを教えないため。もしも魔理沙が大人しく言う事を聞いていれば、『親父のせい』という免罪符を与えられた。『魔力が足りない』という、魔法使いにとって致命的な事実を知らずに済んだ。それでも厳は、娘を傷つけないための道を選んだ。……一生娘から恨まれるという、代償の末に。

 かつての母の言葉が思い出される。確か自分は、こう聞いたはずだ。

 『ねぇねぇ。どうしてお母さんはお父さんと結婚したの?』

 『え? そうね……確かにあの人は無口で、無愛想で、何を考えているのか全然わからない人だけれど』

 ――誰よりも私達を愛してくれているのよ。

 その顔が娘に向けられるものと少し違う事に、幼いながら魔理沙は気付いていた。だから、少し嫉妬していた部分もあるだろう。その一年後くらいに告げられた言葉を切っ掛けに、魔理沙は家を飛び出した。

 そして独り暮らしを始めて――いや待て。

 (おかしくないか? 何で私は、今の今まで()()()暮らせていた?)

 物を盗む事すら無く、当たり前のように生活できていた。あの霊夢でさえ、日々の暮らしに困窮していたくらいなのに。

 母からさり気なく生活費を貰っていたが、自分はそれ以上にお金を使っていたはずだ。薬や本の類にかかったお金の総額は、考える必要すら無い。

 同時に思い出す。一ヶ月に何度か、という頻度ではあったが、霊夢や紫、藍が魔理沙の家に訪れていた事を。

 霊夢はともかくとして、幻想郷の管理者であるあの二人が、わざわざ何度も小娘一人に会いに来るなどありえない。必ず誰かの差し金だったはずだ。だが相手は幻想郷の管理者。頼むにしても相応の発言力がいる。里からの信頼厚い人間にしか。そしてそんな事ができる相手など、魔理沙には一人しか心当たりが無い。

 よく『厳しい人だ』と言われる厳は、同時に『この人なら信頼できる』とも言われていた。その厳なら、紫や藍にも。

 ギリッ、と歯を噛み締め拳を握りしめる。俯き震える体は怒りに包まれているそれと同じ。だから厳は、魔理沙が涙を堪えているのだと気付かなかった。

 だがそんな暇すら二人には与えられない。突如としてあがった悲鳴。それは二人が即座に行動をするのに十分なモノだった。

 「何があった!?」

 外に面する襖を開け、厳が叫ぶ。

 「厳かッ。今すぐ最低限の荷物を持って逃げた方が良い。あるいは絶対にその場から動くな。そうすれば安全だ!」

 返答はすぐにあった。白髪の髪を揺らし、人を落ち着かせ、誘導できるだけの『上に立つ』人間独特の貫録を持った少女。藤原妹紅。里内でも良く知られるボディガード。

 その妹紅は、上空を睨みつけながら冷や汗を流している。

 「()()()の射程範囲は、多分力が切れない限りは無限だ。下手に集まるより散らばっている方がまだ被害は少ない――と、思う」

 確証は無いのだろう。その言葉は酷くあやふやだ。だが魔理沙は、妹紅の言う『アイツ』とやらが誰なのか、気になった。

 それを考える間すら無く、妹紅は顔を歪めた。

 「――ッチ!」

 妹紅は里の人間を押すと、その掌から炎を噴出させる。咄嗟に出した炎は、それでも人間一人くらいなら焼け死ぬ程の質量。

 ――それすら無意味だった。

 上空から飛んで来た剣閃は炎を消し去り、そのまま射線上にいた妹紅の突き出されていた腕を吹き飛ばした。

 血が噴出する。衝撃で妹紅が吹き飛ぶのが見えた。そしてその血飛沫を間に当たりにする――その寸前で厳が魔理沙の前に体を挟み、襖を閉めた。決定的な場面は見ずに済んだが、それでも魔理沙にショックを与えるには十二分すぎた。

 魔理沙は今まであんな大怪我をした事が無ければ見た事も無い。骨を折った事くらいならある。だが腕を吹き飛ばされた事などある訳が無い。

 ハァ―、ハァ―、と息が荒らぐ。最悪な気分だった。

 「……アレを見ても、まだ魔法使いになりたいと思うか?」

 「ッ」

 魔理沙は、厳の本音を垣間見た気がした。もし魔理沙が魔法使いになれば、いつかあんな大怪我を負う事件に巻き込まれるかもしれない。里に居ても今回のような出来事が起こるだろうが、渦中にいられる事はまずないし、そもそも事件が起こる可能性が低い。

 つまり厳の本音は――魔理沙が大怪我を負わないか、死んでしまわないかと、恐れて、いる?

 それを理解して、魔理沙は、

 「――ああ。絶対になってやる」

 ――それでも己を曲げなかった。

 「昔決めて、今まで努力してきた。確かに将来私は大怪我を負うかもしれない。道半ばで死んじまうかもしれない。それでも『その程度』の事に恐怖して、足踏みして、諦める方が――私はずっとずっと、嫌だ」

 大きな親父の体を見据えて、本音を言う。大きな声はいらない。ただ相手の眼を見て言う。それだけで伝わる。

 ――何故だろう。アレだけ嫌っていた親父を、今は嫌いにはなれない。

 そんな胸中を抱いている魔理沙を見、厳は眼を閉じる。

 「……そうか」

 伝わったのか。伝わってないのか。魔理沙が不安に思う中、温かな声が聞こえてきた。

 「あらあら、久しぶりね魔理沙」

 「か、母さん……」

 襖を開けたそこに立っているのは、魔理沙を大人にして、静謐な雰囲気を加えたような女性だった。何時もとは趣の違う笑みを浮かべるその感情は、読めない。

 「理沙」

 「私は反対しませんよ? 魔理沙の頑固さはあなた譲りでしょうし。娘の好きにさせてあげたいとあの時も言いました。これ以上付け加える事はありません」

 「聞く必要は無かったか」

 わかっていたでしょうに、と笑う理沙に、厳は肩を竦めた。両親のいきなりのやり取りに戸惑う魔理沙を余所に、厳はこの部屋には似つかぬ箒と、八卦炉をかなり小さくしたようなものを持って来た。

 「……コレは?」

 「霖之助から預かっていたモノだ。渡そうと思えばお前が飛びだした時点で渡せたそうだが、私が止めさせた。箒はともかく八卦炉は危険過ぎるからな。……つい最近、両方ともに改善したみたいだがな」

 受け取ると、両方とも手にズシンと来る重さだった。

 「何でも霖之助は河童の友人――の、更に友人から教わった事らしいが。曰く『力が足りないなら他から持ってくればいいんじゃないか』だそうだ。それを利用して、箒は空を飛ぶ時に必要な魔力の大部分を空気中から集める。八卦炉は普通に使えば威力の底上げと消費魔力の減少。周囲に魔力が散布されていれば更に威力を跳ね上げる事ができる……らしい」

 胡散臭い話だ、と顔に書いてある厳を見て、だが魔理沙は気付く。箒と八卦炉に書き込まれた、複雑怪奇な魔法陣を。コレが魔力の吸収と利用ができるようにしているのだろう。

 「で、でも親父。どうしてこれを、私に?」

 「……私だって、本当ならお前の夢を否定したくは無かった。だがお前の安全と、本当になれるのかという現実を天秤にかけた結果がああだった。それでもお前は、なると決めたのだろう? 私がとやかく言ったところで、お前が止まる訳が無い」

 ――お前は私の、娘なのだからな。

 「――――――――――ッ」

 不意打ち過ぎだ。そんな文句すら言えない。

 ――どうして母が親父一筋なのか、今までずっとわからなかった。

 無口で、無愛想で、何を考えているのかなんてわからなくって。自分の夢を否定し続ける頑固なクソ親父だと愚痴を言い続けて。なのに本当は、ずっと心配し続けてくれて。

 コレが親か、と思う。

 (勝てっこ、ねぇよなぁ……)

 不意に、魔理沙の頭が撫でられる。帽子は部屋に入った時点で取っているため、剥き出しの頭を直接撫でられた。グシャグシャに掻き混ぜられる髪。だが久しぶりに感じるこの無骨な手の感触を前に、魔理沙は動けなかった。

 「やるからにはやり切れ。……頑張るんだぞ、魔理沙」

 父親の微笑を、魔理沙はどこかで見たような気がした。

 後に魔理沙はその事を母に聞いた。返答は、このようなものだった。

 『あの人の笑顔? ……そうね。あなたはあまり見た事が無かったわね。あの人は何度も笑顔を浮かべているのだけれど』

 魔理沙が生まれた日。魔理沙が初めて『パパ』と呼んでくれた日。二本の足で立てるようになった日。他にも色々ある。だが、総じてその意味するところは。

 『――本当に嬉しい事があった時に、あの人は笑うの』

 それを知っているからこそ、理沙は厳が好きなのだ。妻と娘以外の前で笑顔になる事などまず無いと、わかっているから。

 『魔理沙が大好き』という意味を悟り、顔を真っ赤にして悶える魔理沙が見れるのは、数年後の話――。

 

 

 

 

 

 「――殺される? 何故だ。シオンの力量ならそう簡単にはやられないだろう」

 即座に問い返したのは、妹紅。彼女は一度シオンの攻撃を受け止めた事がある。不老不死である自分だからこそ気にも留めなかったが、そうでなければやばかったと思うほどに。シオンの攻撃を受け止める手段を妹紅は持たない。だからこそ、一度頭を吹き飛ばされた瞬間に逃げられれば殺すのはまず無理。そう考えていた。

 「この里のシステムは知っているわよね?」

 「当然だろう。私も一応、そのシステムの一部のようなものだしな」

 この里のシステムとは、即ち幻想郷に今でも存在できている術。如何に紫がこの里に手を出すなと言われても、妖怪の性がそれを認めない。一部の妖怪は紫の忠告を無視して襲ってくるときがあるのだ。そのため里の内部に、常に複数低位の妖怪であれば一撃で打破できる程度の力量を持った人物を置いている。

 無論里の外へ薬草を取りに行く時もある。そうしたとき、稀に『危ない』感じを纏った妖怪を見つける時がある。そういった場合は紫に相談してあらかじめ退治してもらっているのだ。退治する前に一応情報収集し、白か黒のどちらなのか判別はしているが、大抵は黒だ。

 そして現在のシオンであるが。まず『里の内部で暴走』した。これだけで一定の不信感が出てくる。加えて『死者を出しかねた』こと。今回は運良く誰も死ななかったが、それがいつまでも続くとは限らない。もし『次』暴走したら、今度こそ……と、里の誰もが思うはず。

 「だからそうなる前に、里の人達に談判された紫はシオンを殺すために動く――と思う」

 「それはないよ」

 「――え?」

 霊夢が振り返ると同時、何故か拳を振り上げ――轟音と共に自分の頭にぶつけているシオンの姿があった。

 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 流石に頭をぶん殴れば痛いのか、頭を抱えて震えるシオン。あまりの奇行に、一体何をやっているのか、という声すら出てこなかった。

 「……な、何やっているのよ?」

 「き、気付け……」

 ――数分後、ようやっと聞けたことの返答はそれだった。気付けにしてはちょっとやりすぎだろうと思わなくもないが、言っても無意味だろう。

 「と、とにかく。紫が俺を殺すことは絶対に無い」

 「なんでそう言い切れるのよ? 自分を殺しかけた相手を生かす理由は無いでしょう」

 「確かに……君が紫にとって『脅威にならない』と判断されたのなら別だろうが……あの反応からして、まずありえないだろう」

 霊夢の反論に、慧音も便乗してか口を挿む。が、それでも無意味だった。

 「戦闘が終わった直後ならともかく、今の紫は気付いただろう。――俺は紫を殺せない。絶対にだ」

 一方、紫は藍に説明をしていた。

 「――シオンは私を殺さない。いいえ、殺せないのよ。胸の内にどんな感情を秘めていても」

 「それは……いえ、説明になっていません。そう言い切れる理由は?」

 「もし俺が何の感慨も抱いていないなら、あのまま藍と、紫を殺していた」

 「でも彼はそうしなかった。何故なら『殺せない訳』があったから」

 「俺がこの世界に来た当初なら、問答無用で殺していた。殺さない理由が無いから」

 「にも関わらず、殺せなかった。そして彼は物に頓着する人間とは思えない。なら残る選択肢は限られている。それは『彼にとって大切な誰か』ができたから。少なくとも、彼がそう思えるくらいの存在ができたはず」

 「太陽の畑の幽香――は、どこに居ても気にしないか。妖怪の山に住む河童のにとり、天狗の文と厄神の雛。永遠亭で生きている師匠、アリス、輝夜、鈴仙、てゐ。紅魔館の、レミリア、咲耶、美鈴、パチュリー、小悪魔、そして――フラン。彼女達は幻想郷で生きている。だから、紫を殺せないんだ」

 「彼は私の能力を知っていた。なら私が、この世界の『管理者』あるいは『神』とでも呼ぶべき立ち位置にいると知っているはず」

 「紫の能力で保たれている以上、彼女を殺せばこの世界は消える。そうすれば、フラン達に大規模な悪影響を与えるだろう。そうなるのを、俺は許せなかった。……そのおかげで、紫に確信を与えたわけだけど」

 「とはいえこれは私の予想。だったのだけれど――シオンが藍を殺さなかったことで、疑念が確信に変わった。シオンは絶対に私達を殺せないと」

 「紫を殺せない。だけどそれは、イコール藍を殺さない理由にはならない。藍はこの世界を作った訳じゃない。殺したところでこの世界は消えない。でも」

 『――藍はこの世界の実務を取り仕切っている存在』

 「あなたが死ねば、この世界の大半は停滞する。そうなれば数年以内に、この世界は()()()()崩壊する」

 「それじゃ紫を殺した結果となんら変わりない。意味が無いんだ」

 「だから私は彼を殺さない。言ってしまえば彼は、自ら弱点を吐露しているのだから」

 「俺は人質を取られているようなものだ。しかも一々眼を付ける必要は無い。だって、俺が自分で自分を縛っているだけなんだから」

 「私達は今まで通りに生活していればいい。それだけで全てが終わって行くわ」

 ふぅ、と、期せずしてシオンと紫の吐息は重なった。

 「……少なくとも、紫は俺をこの世界に呼んだ理由を達成させるまでは、俺を殺す気は無いだろう。本末転倒だからな。逆を言えば、終わってしまえば――」

 「その先は彼次第。変わるのなら受け入れる。それが『幻想郷』だから。でも、もし変わらなければ――」

 ――殺すわ(殺される)

 「大体そんなところだ。何か質問は?」

 「……いえ……」

 それ以外、何も言えなかった。たったアレだけの、傍から見れば戦闘しかしていないように見えたやり取りに、そんな意図が含まれていたなんて想像もしていなかった。慧音と妹紅も、横で唖然としている。

 「さて、と」

 「どうしたのよ?」

 突然シオンが体勢を直し、霊夢に向き直る。

 足を曲げて両足を揃える。両拳は軽く握って膝の上に。背筋はピンと伸ばす。そしてその体勢となったシオンは――頭を下げた。

 「どうか、俺を里の外にある住居に住まわせてほしい」

 ……土下座、していた。シオンが。

 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! なんでいきなりそうなる訳!? 理由を説明しなさい、理由を!」

 「……わかった」

 渋々、と言った様子でシオンは頭を上げる。そして少し躊躇した後、どこか頼りなさ気に言い始める。

 「俺は里でやりすぎた。俺の姿を見た人は何人もいただろう。その人達からすれば、俺がのうのうと里の内部を歩く姿は恐怖にしかならない。『いつまた暴走するのか――』そんな思いを内側に抱えられてちゃ、どんな事をしてもマイナスイメージに傾くだけだ」

 その言葉に最も共感できたのは、慧音と、妹紅だった。

 「……わからなくも、ない。私も最初は半妖だから、と恐れられていた。数十年単位努力し続けて、やっと認められたんだ。里の人達に。今思えば、里の中からでは無く、外から少しずつ説得していけばよかったのではないかと思っているよ」

 「私は、幻想郷ができる前から恐れられていた。年を取らず、怪我を負ってもすぐに治る。常人からしてみれば化け物みたいな存在。一度でも噂になれば終わりだから、一ヵ所には留まれない。それをどうにかするには、離れるのが一番だった」

 つまり、三人はこう言っているのだ。

 ――冷却期間を挟んだ方が良い、と。

 そうしなければ、シオンがどれだけ努力しても良い方向には向きにくい。それ故の、シオンの土下座だった。わざわざ里の案内まで買ってくれたのに、それを足蹴にした挙句別の提案をしている事への。

 ハァ、と霊夢は溜息を吐いた。何度か熟考したが、コレしかない。だからこそ、少し気分が悪くなってしまう。

 「仕方ないわね……うちに来なさい」

 「な、何を言ってるんだ霊夢。男女七歳にして同衾せず。常識だぞ?」

 「いくらなんでもそれは古いと思うんだけど。……ちゃんと理由はあるから」

 ピン、と霊夢は人差し指を立てる。

 「一つ、慧音は里に住んでいるから論外。一つ、妹紅は迷いの竹林に家がある。でも迷いの竹林から出てきたシオンからすれば、余り歓迎できる話では無いでしょう」

 とはいえ、それしか選択肢が無ければ、シオンは文句ひとつ言わずに従うだろうが。

 「対して私の住んでいる神社は適度に里から離れているし、何より紫達とのコンタクトが強い。里の人達も『博麗神社なら……』と納得してくれる可能性が高いわ。そうなれば後はこっちの物。少しずつシオンのマイナスイメージを払拭すればいい」

 反論は? と言ったが、慧音は無理だし、妹紅としても異論は無い。シオンは元々口出しできる立場ではない。

 「なら決まり。ただし! シオンには居候させる代わりに生活費を提供してもらうわよ」

 「それは当然だ。……と、言いたいが、俺はこの世界の通貨を持っていない。どうすればいいんだ?」

 長期滞在したのは紅魔館、永遠亭の二つだが、どちらもシオンに金を要求する事は無かった。そのためシオンは金を持たずとも平気でいられた。だが、居候として生活費を払うとなると、どこかで稼がなければならない。かといってシオンにそんなアテは無い。

 そう思い悩んでいると、

 「……それなら、うちで働くか?」

 慧音が、そんな言葉をかけてくれた。

 「慧音、それは少し無茶なんじゃないか? そもそもシオンは誰かに教えるのを得意としているのかもわからないんだ」

 「それはそれで構わないわよ。最低限、子供達の安全を守ってくれれば」

 「ああ、なるほど。用心棒的な意味でか。それならいいさ」

 「――話が見えないんだが」

 「すまない。……私が寺小屋で子供達の先生をやっているのは既に話しているな?」

 コクリと頷く。慧音が先生をやっているからこそ、今ここにいられるのだ。

 「だが里の子供達全員に教えられているかと言うと、嘘になる。時間が限られているし、私の身は一つしかない。無理なんだよ。全員に教えるのは」

 他にも授業料を払えない程貧困している人達もいるが、それは言わない方が良いだろう。

 「もし、もし仮にシオンが先生となれるなら、教えられる子供達の数も増える。どちらにとっても損は無い。ただ、君が生徒達に勉強を教えられるかどうかが問題だが」

 「一応師匠――永琳に色々教わってるけど、一部は習ってない。歴史とか、そういったモノを」

 「なら教材を渡そう。すぐに覚え――られないか」

 「大丈夫だ。完全記憶能力があるから一度見れば覚えられる。後はどこまで『深く』理解できるかが問題だが、それは一度慧音に確認してもらえばいいだろう」

 「そんな便利な力があるのか。よし、わかった。何日後に来れる?」

 「……明後日、で頼めるか? 今日は疲れた。明日一杯で覚えて来るよ」

 確かに、明日来いと言われても無茶だろう。慧音は頷いた。そしてシオンは妹紅に向き直ると、再度頭を下げた。

 「それと、すまない妹紅。その腕……俺のせいだろう?」

 「え? ああ、いや――特に問題は無いさ。服は修復できる。気にしないでくれ」

 シオンが気付けたのは、妹紅の腕が片方剥き出しになっていて、切れ端部分に血が付着しているのと、そこから微かに感じる力の残滓からだ。

 妹紅は頬を掻きながら返答するが、初対面の時に感じた印象が少し変わったような気がした。

 (正直、不気味だったんだよな)

 まるで石ころでも見るような感覚。相手にそうと悟らせないように、かなり高度に偽装されていたが――妹紅は気付いた。シオンは初対面の人間を、それこそ道端にある石ころの如く『どうでもいい』と思っている事に。その後の対応次第で敵か、味方か、それとも単なる他人かを見定めている――ような、気がする。

 確証は無い。だから妹紅も、それ以上気にするのを止めた。

 「決まりね。それじゃ一度、解散しましょうか」

 その一言とともに、シオンの生活が決まった。

 

 

 

 

 

 もう陽も落ち夜となる時間。

 シオンは博麗神社の境内に座っていた。一応霊夢に神社の中を案内されて、今は使われていない部屋の一つを間借りする事になっている。共同で住むためいくつか規定を作る事になったのだが、それは明日に繰り上がった。

 思い返すのは、里の外へ出るまでの道中。里の者達から向けられる。恐怖と畏怖の視線。そして何より――化け物を見る眼。

 「あの眼で見られるのも、久しぶりだな……」

 いつもいつも同じ事の繰り返しだ。アリスも似たような悩みを抱えていたらしいが、自分だって負けていない。むしろアリスよりも酷いとさえ思う。

 そもそも鬼から逃れるために里に行こうとしていたのに、結局里の外にいる。本末転倒にも程があった。

 「――ん」

 と、そこで黄色い瞳と目が合った、ような気がした。しばらくそちらを見つめていると、恐る恐るといったように、真っ黒な猫が姿を現した。

 「猫……」

 「――じゃないわね。妖怪よ。猫又みたいだけど……大きさからしてまだ子供みたい」

 何時まで経っても戻ってこないシオンを呼び戻しにか、霊夢が後ろから歩いて来た。その手にはお札が握られている。

 「何をするつもりなんだ?」

 「見てわからない? 追い払うのよ。流石に子供を退治するつもりは無いわ」

 「必要無いよ」

 霊夢の雰囲気を察してか、ビクつき一歩後ろへ下がった猫又へ手を差し伸べるシオン。

 「大丈夫。怖くないよ。あなたを傷つける人はいない。だから安心して。ね?」

 その声は、誰に向けられるよりも優しかった。それこそ、フランよりも。

 最初は怯えていた猫も、変わらぬシオンの態度と雰囲気を察してか。少しずつ近寄って行くと、そのままシオンに飛び付いた。

 「うわ、と。危ないなぁ」

 しょうがない子だ、と苦笑を浮かべる。そのまま猫を胡坐をかいた足の間に下ろすと、頭や顎を撫で始める。とても楽しそうに――嬉しそうに。

 それを見た霊夢はお札を懐へ戻す。少なくともこの猫又には殺意が無ければ敵意すら無い。それならまだ何かする必要は無いだろう。そんな霊夢の心情を理解してか、さり気なく警戒していたシオンはそれを解いた。

 が、そのために、霊夢がいきなりシオンの背にもたれて来たのに気付くのが遅れた。

 「霊夢……?」

 霊夢は何も答えない。振り返ろうとしたが、霊夢の手の甲で押さえられた。そのまましばらくの時間が流れる。

 「()()()()()()()()

 唐突に、霊夢が呟く。

 「厳密に言えば少し違うのだけど、シオンはそれを利用して()()()()()()()したんでしょう?」

 「気付いてた――のか?」

 「今の光景を見て気付いたのよ」

 今更霊夢は気付いた。何故シオンが藍と戦っていたのか。

 それは――ストレスを無くすため。

 物に、人に当たれば、大なり小なり苛立ちは紛れる。それを利用して、シオンは自分の中にある感情の爆発を、やりすぎないように抑えた。それでも残った分を、藍に触れて心を癒し――そうして紫の言葉を聞き、現実を受け入れた。

 「シオン。あなた、本当はどうしようもない()()()()でしょ? 理由は知らないけど」

 「………………………………………………………」

 事実だ。シオンはどうしようもないくらいに『動物が大好き』である。永遠亭の初日、フラリと姿を消したシオンが行った場所は、てゐが呼び寄せていた()()()()のところ――そうしてしまうくらいに好きだ。

 どうしてそうなったのか、なんて。一つだけだった。

 「動物は――裏切らないから」

 霊夢の言葉が唐突なら、シオンの言葉もまた唐突だった。

 「人は裏切る。正確に言えば大人は。欲があるから醜く汚い。それに比べれば、子供と接している方が楽だ。言いたい事を言う分わかりやすい。腹に一物積もっている奴より万倍マシだ」

 『心』を持つから色々な事がある。それを理解している。だが、それよりも。そんなあやふやなモノよりも。

 「動物は裏切らない。こっちが真心を持って接すれば、一緒にいてもいいと許してくれる。隣を歩いてくれる。ずっと一緒――とはいかないけど、それだけで十分だ」

 猫又を撫でる手つきは柔らかだ。先程まで震え怯えていた猫又が、シオンの手に体を擦りつけてくるほど。

 「バカみたいな話だけど――俺の初めての友達は、動物なんだ。だから、大好き」

 シオンの位置から霊夢の顔が見えないように、霊夢もまたシオンの顔が見えない。だけど――笑っているのだと思う。誰よりも、優しく。

 「……あっそ」

 何故だかそれが、酷く羨ましく思えた。




書いてて思った。コレシオンより魔理沙の方が主人公っぽいと。

7/1 13:30追記
今回出てきた魔理沙の両親、厳と理沙ですが、原作では存在しているとは言われていても、名前も容姿も何一つ情報がございません。そのため完全に今作オリジナルのオリキャラとなるため、今後出てくる可能性は低くなります。

……要望があれば出すかもしれませんが。
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