リアルでテストなどのゴタゴタがあって、それらに時間取られてしまいました。実は先週の話もテスト一週間前の中で時間を見て書き上げたモノなのです。
ですが2週間更新になるのは避けたいため、こうして投稿時間稼ぐ(ための言い訳)ことをしているわけです。
多分@1時間かそこらあれば完成すると思いますので、見ようとして下さる方々、どうかご迷惑をおかけします。
作者が至らぬばかりに、すいません。
P.S更新ミスりました。定時すぎてすいません。
更にP.S 1:03現在更新完了です。1時間で5000文字は辛かった……。
それから、ふたりの間に会話は無くなった。シオンはただ猫又の黒猫を撫で続け、霊夢はシオンと背中を合わせたまま下を向いている。
沈黙。それが苦痛と感じないのは、一体何故なのか。本来なら厭うはずのそれを、今のシオンはこういうのもたまにはいいかもしれない、と思ってしまう。だがその思いすら、生理的な感覚によって消え去った。
「霊夢、本当は俺を呼びに来たんじゃないか?」
よくよく考えれば、今は夕食の時間だ。恐らく霊夢が来たのもそれが理由のはず。なのにこうして一緒に涼んでいるのはどうしてなのだろう。別にこうした雰囲気は嫌いじゃない。嫌いじゃないが……霊夢が付き合う理由にはならない。
「そろそろ食事の準備をしようと思ったのよ。あんまり材料は無いけど、一応シオンの食べたい物でも聞こうと思って探してた」
「その気遣いはありがたいけど、俺は今日、何かを食べる気力がない。悪いな」
本来シオンは一食でも抜くと、その事情からかなり辛いことになる。シオンがその気になれば一度で数十人前食べられるのも、食べた端から消化していくからだ。それでも太らないのは、単純に新陳代謝が高すぎてエネルギーが消費されるのと、運動のしすぎ。
ただ毎度毎度それだけ食べれば食費も凄まじいモノになる。そのため普段は能力を使って新陳代謝をできる極限まで下げ、ようやく『まとも』と呼べるレベルになっている、のだが。その違和感に体がおかしく感じているのか、はたまた新陳代謝が低いイコール栄養が足りていないとでも思っているのか、とにかく何でもいいから食べたくて食べたくて仕方がなくなる。
それでも今日は、口に何かを入れたいとは思わなかった。
「なら、私も今日は食べなくていいわ」
「別に付き合う必要はないぞ? 成長期なんだ、食べたほうがいい」
「あんたが言う? それ。……一食くらいなら大丈夫でしょ。ダメだったらそん時はそん時」
「後で後悔しても知らんぞ。俺は忠告したからな」
「自分の言葉くらいは責任持つわよ。だからもう少しだけ、黙って背もたれになってなさい」
はいはい、と心の中で返事をしつつ、シオンは少し霊夢へと体重をかける。お互いがお互いの背にもたれるような状態になったが、天秤が釣り合っているのだろう、どちらかに倒れるということはなかった。
「……あ」
ふいに、猫又がどこかに行ってしまった。行き先を追うと、逃げた猫又を大きくした黒猫が、そこにいた。二匹は互いに寄り添うと、大きい方の猫又が、小さいの方の猫又の頬をペロリと舌で舐め上げた。その後、大きな猫又は一度だけシオンの方を見ると、ペコリと頭を下げ、どこかに去った。
その様子を振り返って見ていたらしい、霊夢が呟いた。
「あの猫又の親みたいね。はぐれたから探していた、そして見つけて、あんたがあの子猫を保護してくれているのを理解して頭を下げた。そんなとこかしら」
霊夢は気付かなかったようだが、シオンは気づいた。必死に隠していたようだが親の猫又は、かなり息が切れていた。それほどまでにあの子猫を心配していたのだろう。
「親……か」
――自分が最後に親の顔を見たのは、もう何年前になるのだろうか?
そんなことが脳裏を過ぎるくらいの寂寥感が、シオンの心を埋め尽くした。本来であればまだまだ親に甘えたい年頃。だがその甘える相手はもう、いない。
時々こんなふうに、無性に孤独感に苛まれることがある。情けないとは思うが、思うだけならいいだろう、と割り切ってもいる。
「シオン?」
「え? ……あ、ああ。なんだ、いきなり」
「別に、どうとは言わないけど。なんというか……
勘だけどね、という霊夢だが、本当に、彼女の勘は凄まじい。というかよく当たりすぎだろう、いくらなんでも。
「あながち間違いでも無いな。……親に会いたいなと、なんとはなしに思っただけさ」
小さな呟きだが、これだけの至近距離なら聞こえるだろう。だというのに、霊夢からはなんの返答も無い。
ただ、霊夢も小さく呟いた。
「……親、ね」
霊夢には親がいない。父親も、母親もだ。親代わり、とでも言えるのは紫くらいのもので、その彼女も親として区分するなら失格の部類に入る。
だから霊夢には、シオンの感情が理解できない。『親』という存在を知らない霊夢にとって、それは全くわからないモノでしかないから。
「そろそろ戻りましょう。幻想郷の五月は暑いしまだ梅雨には入ってないけれど、それでも夜は冷えるわ。それに時間も時間だし」
「わかった。悪いな、付き合わせて」
「たまにはこういうのもいいわよ。風情があって、ね」
かすかに口元を緩ませる霊夢。二人は部屋へと戻るが、今思い出したとばかりに霊夢が言う。
「そういえば、シオンの背中って妙に硬いわよね。触ってもいい?」
「いいけど、男の背中に触ってもいいとか変なこと聞かない方がいいと思うが」
「あんたなら大丈夫でしょ。外見女っぽいし」
信用してくれているのか、容姿が男っぽくないと貶しているのか。判断に困るような言葉をくれた霊夢だった。
時刻は八時半頃、そろそろ布団でも敷いて寝る準備でもしたい時間帯だが、二人は居間にいた。
「んじゃ、寝そべりなさい」
本気でやるのか、と思わないでもないが、このままごねても霊夢を更に強情にさせるだけで終わるだろう。やるならさっさとやって寝よう。そう思ったシオンは素直にうつ伏せになる。
そんなシオンの背に馬乗りになると、グッとシオンの背中を手で押した。
「うっわ、コレ硬いんじゃなくて凝りすぎてるだけじゃないの!? 一体どうやったらこんなふうになるのよ!」
――シオンの体は、硬すぎた。想像以上に。そして異常なまでに。幼少期に体を鍛えすぎると身長が伸びなくなるとはよく言うが、コレなら伸びなくとも納得できる。
「あんた、いつもどういうふうに過ごしてるのよ?」
一度馬乗りをやめた霊夢の意図を汲んで、シオンは体育座りに近い体勢を取る。普段なら腕の間のところに剣を挟んで肩に立てかけ、いつでも反撃できるようにしているのだが……今は無くてもいいだろう。説明には困らない。
「寝ているときはこんな感じだ。起きているときは背筋を伸ばしているが」
「ああ……もう大体わかったわ。シオン。その寝方はもうやめなさい。というか、今まで止めてくれる人はいなかったの?」
「いや、そもそも人と接すること自体ほとんど無かったからな。それに――油断すれば、死ぬ。寝ている時でも事に備えるのは当然だろう」
そう言い切ったシオンの眼は、あまりに鋭すぎた。触れなば斬れん、そんな言葉が思い浮かんでくるほど。が――霊夢には、意味がなかった。
「いいから、私の眼が届く内は、絶対にその体勢を取らせないからね。いい?」
「……緊急時とかの、有事の際にはやってもいいというのなら、従おう」
「わかったわ。流石にそういう時にまで口出すつもりはないもの」
意外と素直なシオンに、拍子抜けした、と表情に出す霊夢。だが、シオンが素直に従っているのには理由がある。
単純に、シオンは今霊夢の家に居候させてもらっている立場。だから家主の言葉は、それが余程理不尽なモノでない限りは従おうと決めている。コレはその結果だ。
とりあえずこれで寝れるだろう、と思ったシオンは体を伸ばして立ち上がろうとしたが――見通しが甘かった。
「うん、そういうことなら仕方ないわね。だったら私がマッサージ、してあげる!」
それはもう。
今までのイメージからは考えられないほどの満面の笑みを浮かべる霊夢の姿に。
「………………………え?」
途方もない嫌な予感を感じるシオンだった。
「いだ、いだだだだだだ! ちょ、変なツボを押すな!」
「あ、こら動かないでよ! 押す場所ズレるでしょう!」
「その押す場所が間違って――おい待てそこはダメだ! やめ――!」
多分、霊夢は誰かにマッサージをしたことないのだろう。にも関わらず、妙なトコで妙な押し方をしてくるのは、聞き齧った知識を試しているからなのだろうか。どちらにしろ、シオンの今の立場は『霊夢の実験台』だった。
「あ」
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
聞いてはいけない音とともに、シオンの口から声にならない声が響く。
痛みには慣れている。慣れている……はずだった。剣で、ナイフで、レイピアで、サーベルで、銃で、爆弾で、炎で、薬で、拷問で。ありとあらゆる苦痛をこの身に受けた。だが、この痛みはどれとも違う。無防備でいられることを強制させるこのマッサージは、他の何にも勝りかねない苦痛を与えてくる。
「……………………………………………………………………………………………………………」
「あ、あれ? おーい、シオーン。返事できる? ……コレって、もしかしたらヤバい、かも? ――ま、まぁ明日になれば大丈夫でしょ。バレなきゃ犯罪じゃないって、
そんな言葉を最後にして。
シオンは意識を失った。
次の日、シオンは敷かれた布団に寝かされていた。昨日の夜のアレは正直思い出したくもない。永琳から受けたマッサージは気持ちよさ云々よりも効率重視だったため少し痛かったが、アレの比ではない、と思う。
ただ、体の凝り、とでも呼ぶようなそれはない。あんな痛みがあっても、一応やった効果はあったらしい。いつもより体に柔軟性がある。
シオンは居間に移動する。どうやら痛みで気絶したせいもあって、いつもよりも遥かに遅い時間に目を覚ましたらしい。
「……おはよう、霊夢。覚えていて悪かったな」
眼がジト目になってしまうのを抑えられない。シオンが昨夜のことを、しかも最後の呟きすら聞こえていたのを悟ったのだろう、霊夢の顔が引き攣った。
「ま、まぁ初めてやったんだからしょうがないじゃない。小さな事に拘る男は、女の子にモテないわよ?」
「俺は誰かに好かれたいとか思ったことは……一度しかないな。とにかく、だ。聞き齧った程度の知識を使うのはやめてくれ。アレは痛すぎる」
「わ、わかったわよ。ちゃんと専門のマッサージ技術を学んでくるから」
「いや待て。なぜマッサージに拘る!?」
あの痛みが再び、と想像して――完全記憶能力のせいで、その時の痛みすら再現されかけて――シオンは思考をシャットダウンさせた。
シオンは内心で一つため息を吐くと、朝食の準備をしていたらしい霊夢の手伝いをする。
「別に手伝わなくてもいいわよ? これくらい慣れてるし」
「多少はな。それに、斬るのには慣れている」
「そ。ならお願い」
何やら『切る』のニュアンスが若干違うような気がするが、気にしても詮無いことだろう。霊夢は朝食に使う
「……これ、もしかして」
「釣ってきたわ。
魚を見て驚いているシオンに、霊夢は冷静に返す。
霊夢の住む神社は常に金欠だ。そのため山菜や魚などを自分で採取する必要がある。最初の内は食えないモノや毒草に近い植物を食って酷い目にあったが、今では慣れたモノで、食えるモノばかりを取れるようになった。
それでもやはり限度はあるので、多少は里から購入している。それがシオンに手渡した野菜類、という事だ。
想像以上に大変な生活をしているらしい、と理解したシオンは、黒曜で包丁を形作り、手渡された食材の捌きへと入る。
野菜はあまり余計なモノを削ぎ落とさないようにし、皮は他の場所に一纏めにする。次に適度な大きさで切り分けるが、それは通常よりも小さい。
次に魚を切る作業に入るが、魚を捌くのは少し大変だ。生き物である魚は体内で寄生虫を飼っているモノが大半で、モノによっては人体に途方もない悪影響を及ぼすものがある。そのため内蔵などは全て取り、臓器に潜む寄生虫を物理的に排除。それでも残った寄生虫や菌は焼き殺して消毒すればいいだろう。
「終わったぞ、霊夢」
「え? 頼んでからまだ数分も経ってないけど……って、ホントに終わってる。早いわね」
確認してみると、霊夢の予想以上にやってくれている。野菜は霊夢がいつも切り分けているのより若干小さいが、その分数は多いし、何より見た目も良い。魚も内蔵を取っているし、見たところ血抜き作業も終わっているようだ。ゴミに分類される皮も一纏めにして置かれているし、内蔵は別の場所に捨てたようだ。流石の霊夢も魚の内蔵は食べたくない。懸命な判断だ。
「うまいわねー……慣れてるの?」
「言っただろう? 斬るのは得意だ、と」
シオンは一歩下がり、後のことは霊夢に任せることにした。変に介入して味を変えるよりも、霊夢に一任させたほうが確実だろう。
作られた料理は、白いご飯、焼き魚、味噌汁、山菜の漬物。おそらく『日本の朝食』の基本とでも呼ぶべきものが、そこにあった。
味は――うまい。文句なし、掛け値なしに。切り分けられた野菜や油揚げの大きさも、おそらくシオン達の口の大きさに合わせてのモノだろう、食べやすい。何より味噌の味が素晴らしい。コクがあって、だが喉越しがいい。いつまでも飲んでいたいと思うような味と食感。
一度茶を飲んで口の中をスッキリさせたが、コレもうまい。記憶の中にある咲夜が淹れた紅茶と遜色ない。比べるジャンルが違うが、それでもだ。
多分だが、霊夢はこういった溶かす作業が得意なのだろう。……なんとなく、それがどうやって培われてきたのか想像できるが、気にしないこととする。
山菜の漬物は事前に作っておいたモノらしいが、これについては年相応、だろう。こういったモノは技術よりも経験がモノをいう。無論技術も大事だが、お婆ちゃんの知恵袋、という言葉があるように、経験というのはバカにはできない。霊夢は、技術もそうだが経験が足りないらしい。
が、そういったことは抜きにして、だ。
「……うまいな」
そう、うまい。紅魔館や永遠亭の食事もうまかったが――もちろん幽香の弁当も――霊夢のこれも負けてはいない。
「ま、数年一人暮らしで、しかも赤貧生活を送っていれば、嫌でもこうなるわよ。無駄にできる物なんて全然無いんだから」
本人からしてみれば、かなり切実な問題だ。どことなく悲愴ささえ感じてしまう。実際、褒められてもあまり嬉しくはなかった。
「それでも自分が磨いた技術だろう? 身につけた経験は、時に自分を貶める罠になる時もあるけど――それでも、決して無駄じゃないんだ」
「どうしてそう言い切れるのよ? 誰かが言っていたけど、『死んだら何もかも意味がない』のよ」
「意味なんていらないよ」
そうシオンは断言する。
「そんなのは本人がどう思ってるかだ。他人から見た物差しで計られるのは、正直不愉快だ。覚えようと努力するのは、色々な理由から。霊夢だって生きるためにやったんだろう? それは決してダメな事じゃない。だから、まぁ」
――霊夢は自分のやっていることを、誇っていいと思うよ?
あくまで俺の考えだけど、と付け加えるシオン。他人に計られるのが嫌い、正直コレは霊夢としても同感だった。まるで自分が『そうあれ』と強制されるかのような――そんな感覚。
皆自分が『博麗の巫女』である事を強制する。それが嫌なわけじゃない。ただ、里の人達から、山菜を摘んで、魚を釣っている作業を見られたときに、『敬虔な巫女様だ』と言われるのは、罪悪感があった。
――私はそんな人間じゃない。
生きるためにやっているだけだ。博麗神社に祀られている、巫女である自分でさえ知らぬ神様なぞのために、肉を食わず、日々質素な生活をしているんじゃない。全部自分のためで、他のことは気にも留める暇さえなかった。
だけど、シオンは『それでもいい』と、『誇ってもいい』と言ってくれた。
「それに、霊夢の技術のお陰で俺はこうして心から『美味しい』と思えるような料理が食べられた訳だし。お礼の言葉くらいは受け取ってくれると嬉しいな」
先程までは嫌だった、そんな言葉も――今では素直に嬉しいと、そう思える。
クスクスと笑うシオンを見て、霊夢はそう思った。
食事を終えて皿を片付け、ついでに皿洗いをした二人は、居間に戻って新しい茶を目の前に置いて、向かい合って座っていた。
「それじゃ、まずは二人で生活するにあたって、目安のようなモノでも作りましょうか」
「俺は基本そっちに合わせる。俺は居候の身分だしな」
「あ、そう? ならまず一つ。生活費についてなんだけど、コレはしばらく私が負担するわ。お金、無いんでしょう?」
「ああ、そうしてくれると正直助かる。後は寺子屋でいくら給料を貰えるか、なんだが――」
「慧音だし、常識的な判断はしてくれるでしょう。ピンハネした金を懐に入れるようなクズじゃないのは絶対だから、信頼――とまでは言わなくても、信用していいわ」
というか、金をピンハネするような、そんな妖怪が里内で寺子屋など開けるはずもないのだが。里の人間は騙せても、紫や藍もいるのだから。
「それで二つ目に、家事とかなんだけど。コレは全部私がやるわ。料理・掃除・洗濯、その他色々ね。ただその分生活費は多めに支払ってほしいわ」
シオンは頷く。
この提案は、シオンとしてもありがたい。寺子屋の先生をやることになったが、それでも体が鈍らない程度には鍛えたい。そのためには多少の時間が取られるのは避けたかった。それを引き受けてくれるのなら、こちらとしても万々歳だ。
「んでもって最後。お互いの生活テリトリーには無断で近づかないこと」
「よく意味がわからないんだが、どういうこと?」
「要約すると『お互いの部屋に勝手に入るな』ってことよ。自分がいない間に勝手に入られて部屋を漁られるなんて嫌でしょう?」
「そういう事か。俺は部屋に物を置くつもりはないから、こっちはそれが無くていい。勝手に入って掃除してくれ」
「そっちがそれでいいならいいけど……」
霊夢としてはその方がありがたい。掃除の手間が省けるからだ。掃除の度に一々シオンに確認を取るのは、数日ならいいがそれ以降はストレスが溜まるだろう。
「で、霊夢はそれで要求は終わりか?」
「現時点では、ね」
「なら今度はこっちからだ。風呂の時間帯を明確にしておきたい」
「風呂? ……あ」
一瞬疑問の声を上げた霊夢は、即座に理解した。そして自分のバカさ加減に、頭を抱えたい気分になった。
シオンは、外見はともかく中身は『男』だ。もう一度言う。シオンは『男』だ。にも関わらず、裸を見られるかもしれないのに風呂の時間指定を忘れていた。完全に外見に騙されていた。……シオンは騙す気など一切無いのだが、そこは諦めるしかないだろう。
「風呂に入る時間はいつもバラバラで決まってないから、そうね……立札でも作っておけばいいかしら。表と裏を明確にして、入るときに変えればいいでしょう」
「そうしてくれ」
「他には何かある?」
「特には……問題点は、これから見つければいいだろう」
そうして、九歳の男女二人っきりという、世にも奇妙な同棲生活が始まった。
とはいえ二人共そこらの大人よりよっぽど分別があるし、性欲が皆無なシオンと、意外なことにそういった知識をいまだに知らない霊夢の二人は、健康的な生活を送ることだろう。言い方は悪いが、
一度シオンは部屋に戻り、慧音から手渡された教科書や、それを詳しく解説した専門書、更には慧音が独自に書いた解説付のノートを持って居間に戻った。自室でやるのもいいが、どうせなら日当たりがいいところでやりたい。あの部屋が今まで使われなかったのは、位置関係上日が差してこないからだ。
シオンはいくつかの教科の中から、国語を選んでページを開く。
霊夢はまた淹れたお茶を横に置く。そして視線だけを動かして見るが、慧音から貰った教科書の中で、一つだけ抜けているモノがあった。
「シオンは数学をやるつもりはないの?」
「ん? あぁいや、そういうわけじゃないんだが……単に永遠亭でもう学習済みってだけだよ。一応外で言う教授レベル――らしいんだけど、『どこの教授』か言われてないから、詳しくは知らないけど。興味もないし」
軽く言ってのけたが、それはよっぽどではないのだろうか。『永遠亭で習った』というのなら、先生は十中八九永琳。その永琳に習ったのなら、生半可なレベルではない。なんせ永琳は、幻想郷では誰もが知る、そして誰もが認める『天才』だ。
が――なぜ彼女は、数学だけを教えたのだろうか?
シオンに聞いてみると、意外に単純な理屈だった。
「俺が『鍛えてほしい』って言ったからだよ。それで戦闘で重要な能力のうち、戦況を把握したりするための、言わば『演算能力』、あるいは脳の『情報処理能力』の向上。それの一番手っ取り早い方法が数学だった、ってことなんだろう」
実際、そのおかげでシオンは『黒剣技』で出現させられる剣の量が増えた。まぁ完全に制御できるとは言い難いが、十分だろう。
「質問は終わりか? それならこっちに集中させてくれ。なんせ一日しか時間がないからな。やり続けないと終わる気がしない」
「わかったわ。ごめんなさいね、邪魔をしちゃって」
「いや、いいさ。気にしないでくれ。聞かれたことには大抵の事なら答える。だから霊夢も、変な遠慮はしないでいい」
そう言ってくれたシオンだが、量が量だ。霊夢は居間をそっと後にし、自室へ戻った。
昼食は片手間に食べられる物を、と思ったので、パンに切り分けた野菜やハムを挟んだだけの、かなり簡易な物になった。それでもシオンは文句一つ言わず――サンドイッチを貰った時には礼をくれたが――黙って教科書を見ている。
一つ気になったのは、シオンがノートに何も書かず、ただ見ているだけ、という事だ。気にはなったが邪魔をするのも気が引ける。待つしかないだろう。
結局終わったのは夜も七時、夕食の時間だった。
「――ふぅ」
朝から十時間以上も読み続けたシオン。どうやら寺子屋で勉強を教えるのは、外で言う小学六年生、つまり十二歳くらいまでで、それを六歳から十歳の間までに教え込む、らしい。人手の関係上と資金の問題からそうなるのだろう。
シオンは『外』を知らないために『そういうものだ』としか思わなかったが、ほかの人間からすればどうなるのだろうか。考えても意味のないことだった。
「終わったみたいね。ほら、息抜きのお茶」
「ああ、ありがとう。何度も悪いな」
「別にいいわ。茶葉はこの前永遠亭で貰ったものだし。何でも『実験に使おうとして余ったもので――』とかなんとか言ってたけど」
「……そんなものをよく飲む気になるな」
「実際使ってないんだからいいでしょ。――ていうか顔色悪いけど大丈夫?」
「大丈夫だ。多分、きっと。……『実験』っていう単語に悪寒を感じるだけだから」
「いやそれ大丈夫じゃないから」
記憶はなくとも体に植えつけられたトラウマは健在のようだ。
一頻り震えが収まると、シオンは渡されたお茶を飲む、が――。
「――味、薄くないか?」
なぜか味が薄かった。疑問に思ったシオンが問うと、霊夢は「あー……」と唸り。
「それ、実は何回か使った茶葉で淹れたモノだから……」
「はい?」
何度か湯呑と霊夢の顔を往復させる。が、何度見直しても霊夢の顔は変わらない。やがてシオンは数秒考え。
「いいか、別に」
気にしないことにした。
「それでいいのあんたは!?」
その態度に、スルーされた霊夢が突っ込む。が、シオンはそれすら気にしない。
「別に人体に悪影響があるわけでもなし。単に味が薄いってだけだろう? 目くじらをたてるようなものじゃないさ」
ご馳走様、と湯呑を霊夢に返す。
その時、霊夢にこう言われた。
「……シオン。あんた、相当変わってるわね」
「霊夢もだろ。俺は霊夢より酷かったけどね」
その後二人は多少の会話を交えつつ食事を作り、夕食を食べ、特筆することなくそのまま寝入った。
そしてまた、日が昇る。
今日で面接となる。霊夢は多少でも豪華にするため、取っておいた少量の肉を朝食に使った。シオンはそれを、ただ美味しそうに食べる。
「シオン、やれる?」
疑問というよりは、確認の問。
「なるようになるさ。人に教えるのは初めてだから、ちょっと緊張するけどね」
「シオンみたいな人間でも?」
「俺みたいな人間だから、とも言うけどね」
その後シオンは慧音から渡された教材を纏め、それを白夜で作った亜空間に放り込む。
「いつ見ても便利よね、それ」
「どこに閉まったか忘れると取り出せないから、多少不便ではあるけどね」
シオンにはあまり関係ないが、そうでないなら使わないほうがいいような部類の技だし。
「だったらこれをお願い。そろそろ食材が切れそうなの」
手渡されたのは、メモ帳。料理をする上で必須とも呼べるモノもいくつかあった。
「ああ、わかった。帰りに買ってくるよ」
そう言ってシオンは背を向ける。
「それじゃ」
「ええ」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ある意味素っ気ない、だがそれだけで良い言葉を背に、シオンは里へと足を向けた。