東方狂界歴   作:シルヴィ

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紅の来訪

 「――はぁ」

 その日の授業が全て終わり、慧音が帰りのHRをしているのを眺める。そして挨拶を終えて生徒達が各々帰りにつく中で、シオンはその場に残っていた。

 一応最後の授業が終わる寸前、わからないところがあったら質問に来てくれ、とは伝えておいたが、実際来るとは露ほども思っていない。最初に言いすぎたからな、と自分でも原因はわかっている。だからこその溜息。慧音にはああ言ったが、ここで働けなくなればもう金を稼ぐための場所は無くなる。霊夢には言えないなぁ、とシオンが小さく溜息を吐いた時。

 「あ、あの……」

 「ん?」

 おずおずと声をかけたのは、気弱そうな、けれどシオンの記憶には真面目に授業を受けていた男子生徒。

 シオンの反応に更にビクりと怯えていたが、小さな声で言った。

 「わ、わからないところを、教えてほしいのですが……」

 「それは構わないが。どうして慧音じゃなくて俺の方に?」

 そこが不思議だった。確かにシオンは『質問しに来い』とは言ったが、先生は何も一人だけではない。というより、剣呑な雰囲気を滲ませるシオンより、大人の女性、頼れそうな、そして聴きやすそうな慧音に頼むのが普通だろう。

 が、少年は何故か周囲に視線を移すと、言いにくそうに答えた。

 「えっと……慧音先生の方が聞きやすいのは本当だけど、でも慧音先生は」

 さりげなく失礼な事を言いつつ、チラと慧音のいる方向を見やる。当の慧音はサボっていた生徒に説教と、ついでに宿題であろうプリントを叩きつけていた。

 「あんな感じに、授業態度とか成績が悪い生徒を重点的に教えてるから、さ」

 「ああ、なるほど。――そういうことならいいよ。で、聞きたいのは?」

 「ありがとう。今日の授業の大体はわかったんだけど、どうしても歴史だけはダメなんだ」

 「慧音のあんな授業じゃ仕様がないさ。どこから教えればいいんだ?」

 「ああいや、ノート自体は全部とってあるんだ。だから、どこが重要なのか、そこに線を引いてくれればいいんだけど」

 話している内に少し慣れたのか、最初の頃の淀みが無くなってきた。というより、勉強を教えている内に笑顔が浮かんできた、というべきか。どちらにしろ笑顔で教えることを吸収してくれる生徒は教え甲斐があるものだ。

 知らず知らずの内に笑みを浮かべているシオン。その顔を見たからか、一人、また一人と質問をしに来る。やはりまだ精神が熟さない子供だからか、順番を待つ事を知らない。それでも一人一人の話を聞いてアドバイスをする。

 最終的に終わった時間は夕方になる一時間か二時間くらい前くらいだった。単に子供達が帰らなければいけない時間になっただけの話ではあるが、シオンとしてもありがたい。これから霊夢に頼まれた食材の買出しに行かなければならないのだ。

 「慧音、一つ聞きたいんだが、これから買出しに行ってもまだ店は開いているのか?」

 「この時間なら――そうだな。まだ開いているだろう。冬ならもう日が沈んでいるから閉まっていただろうが。運がいいな、シオンは」

 「俺はそう思わないけどねぇ。慧音、頼めるか?」

 「わかっているさ。君一人で出歩かせるのは、まだ早いからな」

 そう言うと、慧音は教室の戸締りをする。シオンも窓を閉めるのを手伝い、二人共外に出たら教室の鍵を閉めて寺子屋を後にする。

 「顔を隠しておいたほうがいいか? 念の為に」

 「ん、いや……遅かれ早かれ君の事は知らせる必要がある。それに、だ」

 慧音はシオンに近寄ると、極自然な動作でシオンの手を握った。

 「こうすれば、シオンの危険性を多少は減らせるだろう」

 「…………………………な」

 小さく呟かれたシオンの言葉。半妖と言えど現状人間と変わらぬ五感しか持たない慧音にはほとんど聞こえない。

 「何か言ったのか?」

 「……いや」

 聞き返してみても、シオンは歯切れ悪そうに答えるだけ。そして何度か躊躇し、一度慧音の手を強く握ると、答えてくれた。

 「こうして誰かと手を握って歩くのは……随分久しぶりだと思っただけだ」

 「それは……悪いことをしたか?」

 「たまにはこうするのもいいよ。懐かしいって感じただけだから」

 なんとなくだが、慧音はその理由を聞くのをはばかられた。理由は自分でもよくわからない。下手に突っ込んではいけないと、本能的に悟っただけなのだろう。

 「おぉい嬢ちゃん! こっちだ、こっち!」

 「ん? あぁ……八百屋か。いきなり叫ばれてなんだと思ったぞ」

 「わりぃわりぃ。嬢ちゃんが誰かと一緒にいるのも珍しいなと思ってよ。それで、その子は……誰なんだ?」

 「今日から私の寺子屋で共に働くことになった、シオンだ。こんな外見でも男だから、相応の扱いをしてほしい」

 「お、そうなのか? こんな外見してるのに、わからんもんだねぇ。――って、待ってくれ、嬢ちゃん」

 何故か、八百屋の顔が引き攣り出し、頬には冷や汗が滲み始めている。

 「白髪、赤目……それに十かそこらの身長の子供。まさか、そいつは」

 「ああ。多分お前の考えているとおりだよ」

 「正気か嬢ちゃん!? こんな奴を里に入れてるどころか、一緒に居て歩いてるなんて。嬢ちゃんもこいつの同類に見られるかもしれんぞ!」

 「そのくらい理解しているさ。大丈夫だよ。シオンはもう暴走しない。少なくとも、理由が無い限りはな」

 「って言われてもな……嬢ちゃんがそう言うならおれぁ信じるが、他の奴は知らんぞ? 少なくとも頭の固いジジイ共とか、臆病な奴とか」

 「その辺りは割り切っている。今は一人でも味方が欲しくてな。安心しろ、少なくとも妖怪の賢者はこちらの味方だ」

 「げっ、紫様がか……つっても限度はあるぜ? 他にも、その、なんだ。協力者はいるのか?」

 「私と後二人。樹と理沙が協力してくれる」

 「あの二人か。それならまぁ多少はイケるか。――わぁった。俺も商売仲間に呼びかける。で、今日の用事はそれだけか?」

 「私の方はな。代わりにシオンが――って、何をやってるんだ、シオン?」

 水を向けてみると、シオンは二人をほったらかして野菜を手に取って吟味している真っ最中だった。妙に静かだと思ったら、真剣に野菜を見ている。授業をしていた時よりも集中しているかもしれない。

 「シオン、少し――」

 「うるさい。ちょっと黙ってくれ」

 「あ、はい」

 ピシャリと言い放たれ、慧音はそれ以上何も言えなくなってしまう。な、なんだこの気迫は……と恐れていると、八百屋が割って入ってきた。

 「おい坊、主? でいいのか? 確かにここにあるもんは、多少の差はあるが、どれも新鮮な物だぞ? ……話聞いてんのか?」

 が、全てスルー。と、シオンはいきなり動きを止めると、緑色野菜のある場所を睨む。そしてその中に腕を突っ込むと、一個のキャベツを引っ張り出した。

 そしてそのキャベツをいきなり分解し始める。流石の八百屋も限界だった。

 「なぁ、嬢ちゃん。いくら普段世話になってるあんたの言でも、これはそろそろ堪忍袋の緒が切れそうだぜ……?」

 「す、すまない。おいシオン。いくらなんでもそれは」

 「ねぇ、慧音。それに――八百屋? これを店先に並べるのは、いくらなんでもどうかと思うんだけど」

 シオンは二人の言葉を遮ると、分解した部分の一つを見せた。それを見た瞬間、八百屋は眉間に皺を寄せた。

 「こいつぁ……そうか。すまねぇ坊主。俺が悪かった」

 「いきなりどうしたんだ? 特に何があるわけでもなさそうだが」

 「そっちからは見えねぇのか。ここだ、ここを見てくれ」

 「ん、ん……?」

 指差されたところを見ると、少しだけ破れたところがあった。だが、慧音にはこれがなんなのかがわからない。

 「これは、虫食いだよ」

 「虫食い? わかるものなのか?」

 「何となくな。つっても、こんな奥まで侵入してると実際に使うまでわからないが。まぁ別に虫食い自体はいいんだが……問題は」

 「中に混入してる虫だよ」

 シオンは人差し指を慧音に見せる。そこにはキャベツについていたのだろう、小さな虫が止まっていた。

 「誰だって好き好んで食用でもない虫を食べようとは思わない。生理的嫌悪が湧き上がる人だっているだろう。クレームもあるんじゃないか?」

 「まだ俺が店を継いだばっかの頃は、よくやっちまったな。気をつけていたんだが、ここまで奥に入られるとわからねぇ。今回ばかりは感謝しとくぜ、坊主」

 「うん、まぁそれはいいんだけど。一々見つけてあげたんだから――ちょっとサービス、してくれるよね?」

 「はぁ、抜け目ねぇ奴だ。しょうがねぇ、多めに見てやるよ。クレームを相手にするよかマシだしな」

 「あ、それと、傷んでいるせいで店に並べられなかったモノとかない? あるなら欲しいんだけど」

 「そんなもん何に使うんだ?」

 片眉を上げた店主に、シオンは告げる。

 「何って――食べるためだけど?」

 

 

 

 

 

 「まさか一軒目でここまで手間取るとは思わなかった」

 「当然だろう。傷んだ物をわざわざ渡すバカがいるか。商人は信用が第一なのだぞ?」

 「俺はクレームとかつけるつもりはサラサラないんだけど」

 「良心の問題だッ!」

 どこかズレているシオンに、慧音は深呼吸して気持ちを落ち着ける。当のシオンは慧音の反応に見当違いな事を考えたのか、大丈夫だよ、と言った。

 「こんな交渉はそうそうできない。アレは偶然あっただけだ。仮にあるとしても、何ヶ月か後くらいじゃないか?」

 「そういうものなのか。私にはよくわからないが」

 「一応専門のスペシャリスト。俺がどうこう言える事じゃないよ」

 ――その発言通り、と言うべきなのか。

 その後怖がられながらも魚屋、肉屋、と一つ一つ順に巡っていったが、店先に並べるべきではないモノ、なんて物は無かった。シオンは当然の事として捉えていたが。

 「さて、こんなところか。頼まれた物は」

 手元にあるメモを眺めるシオン。周囲はもう日も暮れていて、メモにある文字など見えなさそうなのだが、特に問題はないらしい。

 「仮になにか残っていても、この時間だ。店は閉まっているよ」

 「そうか。まぁ、後はここにあるものを全部持って帰れば――」

 言葉を途切れさせると、微かな警戒心を胸に潜めつつある方向を見る。釣られて慧音もそちらを見ると、ボロ布を纏った、男か女かもわからぬ子供がいた。

 「あれは――」

 「……幻想郷にも、貧富の差はある。どうしようもないことだよ、これは」

 そう言う慧音の言葉には、妙に力が籠っていた。どう見ても現状を良しとしていない人間の声。だが、シオンは何も言わない。いやむしろ――

 「飢餓以外に死に直結する要素がほとんど無いんだから、大分マシだろう」

 「何か言ったか?」

 「いいや。何でも」

 そんな事を直接慧音に言っても反感を買うだけだろう。彼女は『貧富そのもの』を疎んでいるのであって、『そこに潜んでいる不幸の差』を知っているわけではないのだ。それに、下手に何かを言って不幸自慢をするのもどうかと思う。紅魔館は例外だ。あの時は前後不覚ととった。忘れたい過去である。

 「今日は付き合ってくれてありがとう。また明日、慧音」

 「あ、ああ、わかった。明日も里の前で集合、でいいか?」

 「その必要はないかな。よ――っと」

 いつの間に取り出したのか、刹那の時間で白夜を持ち、そのまま空間を切断。そして適当に荷物を放り投げると、別方向にまた一閃。

 「それじゃ」

 もう振り返らずにシオンは空間の穴へ入っていく。その後ろ姿が、妙に焦って見えたのは――果たして慧音の気のせいなのか。

 神社へ戻ったシオンは、罰当たりだろうなと思いつつ鳥居に背を預け、ズルズルと座り込む。

 「あぁ、クッソ――」

 先程の少年か少女かの姿。アレが、妙に嫌なことを思い出させる。

 「見たくなかったなぁ……」

 まるで、昔の自分のようなボロボロに擦り切れて、やせ細った体。だからこそ、シオンは何もできなかった。

 昔の姿のままなら――いや、昔の姿でも、一層反感を買っただろう。

 ()()()()()()()()()()()()、という言葉を返されて。

 だからシオンは食料を渡せない。同情するつもりはないと言ったところで信じては貰えないだろう。ただ――なんとなくの共感を覚えただけなのだとしても。

 「かと言って、それ以外に何ができるわけでもないんだけど」

 貧富の差をどうこうしたところでできるわけがない。特に、部外者で、恐れられているシオンでは。紫――は、おそらくどうでもいいと割り切っている可能性が高い。アテにできるはずがなかった。

 「――シオン? そんなとこで何座ってんのよ?」

 「霊夢?」

 なぜか鳥居の入口の方から歩いてくる霊夢。多少汚れた霊夢の巫女服は、彼女が今まで外にいたことを知らしめていた。

 「外に行ってたのか。何してたんだ?」

 「ちょっと妖怪退治にね。ここ最近、妙におかしな妖怪が多くて。依頼が増えるのはありがたいんだけど、ペースが速いと御札とか針とか用意できないから辛いのよね」

 最悪殴ればいいんだけど、という霊夢には気にする様子は無い。そのまま霊夢は、それで、と続けた。

 「あんたはそこに座って何してるの? 今度ははぐらかさないでね」

 「そんなつもりはないんだけど……ちょっと、昔の自分に似た奴を見ただけだ」

 「ふぅん。それだけ?」

 「それだけ、って……反応薄いなぁ」

 「別に私がどうこう言える問題でもないし。それに」

 霊夢は少しだけ顔をしかめると、

 「あんただったら……自分でどうにかするでしょ」

 そっぽを向く霊夢。だがシオンの視力は、霊夢の耳が赤くなっているのを捉えていた。

 何とかする、と言われても、何も思いつかない。今のシオンには、金も、地位も、名声も、何一つとして持っていない。現状で出る結果は、無理。

 だが、もし――もし、金があれば?

 (金があれば孤児院か何かでも作れるだろう。人を雇って――いや、土地が無いか。それならいっそ里の外に……守る人が必要か。アテは――ある。妹紅なら、多分。絵空事に近いけど、できるかもしれない)

 里の中に土地はないが、外になら土地がある。その土地を使ってある程度の自給自足をさせ、一定以上の年齢に達している少年少女は働きに出ればいい。安全面を捨てているため誰かが妖怪から襲われるのをなんとかする必要があるが、それこそ妹紅か、最悪自分が孤児院に住み込めば何とかなる。

 その為に必要な資金はかなりのモノだろうが――できる、かもしれない。

 明日慧音に相談しよう、と思いつつ、シオンは立ち上がって霊夢に言った。

 「ありがとな、霊夢」

 「お礼を言われる筋合いは無いわ。それよりも食材! 買ってきてくれてないと、今日の夜は抜きになるわよ?」

 「そこは抜かりない。ほれ」

 適当に袋の一つを取り出し渡す。霊夢は中身を見ると、ちゃんとメモの通りに買ってくれたと、少し安心したように息をついた。

 「ならさっさと準備しましょうか。ほら、あんたも手伝う!」

 「わかってるわかってる」

 手を叩いてシオンを追いやる霊夢。そのまま神社の中へ入り、飯を食べ、風呂に入り、一日が終わる。シオンの頭の中に、一つの計画を刻みながら。

 「――孤児院の設立?」

 次の日の朝。いの一番に寺子屋に駆けつけたシオンは、昨日考えたことの一部を慧音に聞いてもらった。

 「不可能ではないと思うんだが、どうだ?」

 「私も不可能ではない、と判断できるが、やはり難しいな」

 「難しいって、どの辺りが?」

 「まず里の外に作る、という点だ。里にいる人は誰もが妖怪の驚異を理解している。里の外へ出るという事実も。いくらボディガードのような者がいても、本能的な恐怖はどうしようもないだろう。何人かはついて来てくれるだろうが……」

 難しい顔で腕を組む慧音。だが、そこはどうにでもなった。

 「つまり、慧音が言いたいのは里の外での安全面ってことな?」

 「ああ。そこさえどうにかできれば、あるいは」

 「()()()()

 即答と、断言。

 「何?」

 「――出来るって言ったんだ。里の外での安全の確保」

 聞き間違えかと問い返した慧音の疑問に、シオンは自信に満ちた顔で言った。

 「安心しろ。魔力なら無駄に有り余っている。どうとでもなるさ」

 

 

 

 

 

 その日から寺子屋は臨時休業に入った。まず慧音とシオンで案を煮詰め、その煮詰めた案を厳や理沙に見せる。里に住む、『普通の』人間ならではの視点――常識がないシオンと、半人半妖である慧音では気づかない部分――から見た欠点を教え、更に修正。

 その案を、何故かひょっこり出てきた紫に見せ、資金の援助を頼む。

 「仕方ないわねぇ」

 と呆れながらも頷いてくれた。余計な交渉を省いてくれたのがありがたかった。

 それから厳に頼んで里の代表を全員集めてもらった。案を出したのは、敢えてシオン。シオン自身は話がこじれるから、と辞退したのだが、ついでだからシオンのイメージアップに利用しなさいと、()()()言われてシオンが提出する事となった。

 厳は理沙の言に基本逆らわないし、慧音は元より賛成だ。押し切られたシオンは渋々四人の代表者と纏め役の慧音に案を聞かせた。

 案の定、というべきか。出てきた反対案を、慧音と厳の反論。そして何より――

 「()()()を消すのって、何時の時代でもある事だよね?」

 ニッコリ笑ったシオンの言葉で消えることとなった。呆れている慧音と厳、理沙は無視。

 そうして(無理矢理)通した案を元に、力自慢の男性と建設業を営む職人達を雇い、孤児院の設立に入った。

 材料についてはシオンと紫が大量に持ってくるため問題はない。それを形にするのが職人達。そしてそれを指示通りに運ぶ力自慢の男共。ある程度を運んだらシオンもその剣技を無駄に使いまくり、魔力を使っていくつもの木材を浮かして運んだ。

 最初に会った時には怯えが隠しきれていなかった彼らも、仕事に入り、シオンと共に働いてからは一切の遠慮がなくなった。それどころか、

 「おい小僧! 雇い主が一番働いてるんじゃねぇ! こっちの立つ瀬がないだろうが!」

 「そう叫んでる暇があるなら手を動かせ手を! サボってんじゃねぇぞ職人(笑)!」

 なんて、会話とも呼べない、喧嘩一歩手前の怒号を交わすようになった。

 急ピッチで進められる作業は、本来なら数ヶ月はかかるところを数日で半分以上進める程に至った。途中で寺子屋が休んだことで見に来た怖いもの知らずの子供達――周囲の妖怪については藍や紫、慧音、霊夢らが討伐している――が野次を飛ばしに来たりもした。

 更には理沙を筆頭に女性陣までもが集まり、差し入れを出したりしてくれた。それを奪い合うようにして食べていると、人間不思議なもので、恐怖心が薄れてまともな会話をしてくれる人が多くなった。

 孤児院の大きさを、里内部にいる貧しい人達の人数とこれからどうなるかを大雑把に割り出し、決める。そうすると一日だけ人を追い出し、シオンが地面に魔法陣を書き出した。内容は防御、接触不可を中心にした結界だ。魔力は大部分がシオンを頼っているが、その内孤児院の人間だけで維持できるようにしたい。

 結界ができると、更に作業が捗った。なんせわざわざ妖怪を相手にする必要がなくなったのだ。今まで手伝えなかった彼女達に加え、途中話を聞いてやってきた妹紅が手伝いに入る。もちろん木材を切るのは職人とシオンの仕事だが、運ぶ手が増えるだけでもありがたい。

 そして結界ができたからか、孤児院の近くに作った仮小屋で雑魚寝する事になった。といってもそうするのはもっぱら職人達だけで、里の人は戻っていたが。

 孤児院ができるまで、もう後何日か、という段階になると、シオンと慧音は里中を駈けずり回った。孤児院の存在を知らせるためだ。

 もちろん最初は渋られた。『里の外にある』というだけで忌避感を誘うのだから仕方がない。それでも『一度だけ』ならと、嫌々頷いてくれた。慧音はわからなかったようだが、シオンにはその理由がわかった。無駄な体力を消耗したくないのだ、彼らは。

 大人数での移動は妖怪を誘いやすい。そのためシオン達はその移動方法を工夫し、妖怪が現れてもエンターテイメントに近いやり方で討伐した。血生臭い殺し方より、見ていて『良い意味で』非現実的な光景を見せることで、恐怖心を紛らわせるのだ。

 そして見せた孤児院の反応は、手応えがあった、と言い切れるものだった。彼らのために振舞った料理もそれに拍車をかけたのかもしれない。

 もちろん、完成したあとは彼らの手で努力をしなければならない。だが、これまでは努力してもどうにもならなかったことが、今は努力すればどうにかなる、に変わったのだ。嬉しく思わないはずがない。シオンと慧音は嬉しそうに見ている彼らを見て、笑いあった。

 その日、慧音とシオンは二人きりだった。

 「シオン、ありがとう」

 「どうしたんだ、いきなり?」

 「いや……どうしても伝えたくてな」

 そう言うと、慧音はシオンの両手を握った。

 「今まで、私は『どうにかしたい、どうにかしよう』と思い続けても、結局何もしないしできなかった。だけどシオンは、里に来てたった数日でこれだけの事をしてくれた」

 「別に俺一人でやったんじゃない。紫が金を出して、慧音と厳と理沙が案を纏めてくれて、嫌々承認したのに全力で手伝ってくれた里の代表者のお陰で、職人達が家を建ててくれて、その間彼女達が守ってくれたから……どうにかなっただけだ」

 「それでも全部の始まりは君だ。君が動いたから、皆が動いた。せめて感謝の言葉くらい、受け取ってくれないか?」

 「……そこまで言うなら」

 「ああ。――ありがとう、シオン!」

 「どういたしまして」

 慧音の笑顔がイヤに眩しくて、シオンはついぶっきらぼうに答えてしまう。それでも笑顔を崩さない慧音の顔が見れなくて――

 「それより、そろそろあの時の飯のお礼をしたいんだけど?」

 話を、逸らしてしまう。

 「いいのか? 私は返してもらわないつもりでいたんだが」

 「約束は約束! いいから今日は神社に来ること! いいなッ」

 「そこまで言うなら――御相伴に与ろう」

 そして夜――神社に慧音を連れ立って戻ったシオンは、気配で霊夢が戻っていることを悟った。

 「ただいま」

 「お帰りなさい。風呂なら焚けてるわよ。私はもう入ったから。それとも飯にする? まだ準備もできてないけど――って、慧音が来るなんて珍しいわね。いらっしゃい」

 「ああ、邪魔をさせてもらうよ」

 「で、慧音が来たのは?」

 「お礼。今夜の夕飯は俺が用意するよ?」

 「そう? それなら私はその後の準備をしようかしら。ああそれと、味噌汁は朝の余りがまだあったはずだから、飲みたいなら温めなさい」

 「わかった」

 阿吽の呼吸で二人は各々がやるべき事をやる。シオンが飯を作っている間に霊夢はテーブルを拭き、先に用意ができるご飯をかき混ぜ、食器と箸を持ってくる。その前に慧音を上座に座らせるのを忘れない。

 意外と早く準備できた料理。とても美味いと慧音は思ったが――途中から、その味を楽しめなくなってしまった。主にシオンと霊夢のせいで。

 「やっぱり霊夢の作った味噌汁は美味しいね」

 「当たり前よ。何年一人で作ってきたと思ってるの? 朝の食事に味噌汁は当たり前よ、日本人だったら」

 「俺は色々なスープを食べてきたけど――うん。霊夢の味噌汁なら毎日食べても飽きないと思うな」

 「ッ……バカみたいな冗談言ってないで、さっさと食べなさい」

 「冗談じゃなくて本音なんだけどなぁ。霊夢の作った味噌汁、本当に美味しいし」

 「だからッ。それをやめなさいと言ってるのよ……!」

 ……付き合っているのだろうか、この二人は。

 シオンが言っている事はあの有名な『毎日味噌汁を~』のプロポーズのようだし、それに満更でもなさそうに――あるいは純粋に褒められたからか――笑みが浮かびそうなのを必死に堪えている霊夢。ケッ、と唾の一つでも吐きたい気分になっても、慧音を責められないだろう。

 食後のお茶を霊夢が淹れている間に、シオンは流しで食器を洗う。洗い終えるとシオンと霊夢はさっさとお茶を飲み干し、お茶請けを食べている慧音の疑問をよそにシオンは横になる。それから霊夢はシオンにまたがると、シオンにマッサージし始めた。

 「う……ん、しょ、と。まだ固いわね。今日も張り切りすぎじゃない?」

 「って言われてもね。こうして働いてみると結構楽しいし……それに生活費もあるからな。霊夢の方は稼ぎが微妙だろう?」

 「む……まぁそうだけど。だから家事とか優先してやったり、あんたにマッサージしたりしてあげてるんじゃないの。……痛いところは?」

 「それは感謝してるよ。帰ってくるときには色々準備ができてるのは嬉しいからな。……気持ちいいよ。数日前とは大違いだ」

 「ならいいんだけど。――一言余計、だけどね」

 なんだろう、と慧音は思う。会話の内容が、まるで妻を養うために稼ぎに出る夫と、そんな夫のために口では色々言いつつ健気に尽くす妻のようだ。

 「なぁ、つかぬ事を聞くが」

 『()()()?』

 「君達は、その……付き合っている、のか?」

 『()()()()()()()慧音(あんたは)?』

 呆れ満載で、しかし息ぴったりに答える二人。

 『同棲してる相手なんだから(同 棲 し て る 相 手 な ん だ し)()()()()()()()()()()()()?』

 内容は似ているが多少聞き取りづらいハモりで言う。

 「……ああ、そうか。私が悪かった」

 慧音は諦めて、投げやりにそう答えた。

 二人としてはそれが当然なのだろう。わかりにくいが本当は優しい霊夢と、性根からして優しいシオンの二人は、互いが互いに思いあい、相手のためになることをしている。その結果がこれなのだろう。変なことを聞くほうが野暮だ。

 どこか疲れた様子の慧音を見かねて白夜で寺子屋に送ったシオンは、霊夢と二人で縁側に座り、新しく淹れた茶を飲んでいた。

 「孤児院は後どれくらいでできそうなの?」

 「早ければ三日。遅くとも五日から七日以内。ただ、色々と改良しなきゃいけないから、長めにみるけどね」

 「改良? そんなとこしなきゃいけない場所ってどこにあるのよ?」

 「魔法陣。今のままだと雨とか空気とか……そこらへんも遮断しかねないんだよ。俺が直接操ってる内はいいんだけど、最終的には彼らに任せるわけだし、扱いやすいようにしておきたい」

 「アフターケアは万全ってことね。お優しいことで」

 「やるのなら全力で、がモットーですから」

 クスクスと笑うシオンに、霊夢はやれやれと肩を竦める。その瞬間、ゴトリ、という音が横から聞こえてきた。

 「シオン、どうしたの?」

 「何か来る。それもかなりの勢いで」

 茶飲みを真横に置き、虚空を見るシオン。同時に耳で音を捉えようとする。だが霊夢には何も見えないし、聞こえない。それでもシオンの邪魔をしないように息を潜めた。

 「――来た。って、え?」

 何故か驚きに染まったシオンの表情。

 「シオン? どうし」

 その理由を問おうとした霊夢は、しかし聞けなかった。

 「――オオオオオオオォォォォッォォォンッッッ!!」

 彼方から聞こえてくる、()()()()()()()()()()()()()()()()に。

 「まさか、本当に」

 例えどれだけ離れていても目立つ、()()()()()()()を纏って。

 そして勢いをさらに加速させ――シオンにぶつかってきた。

 何とか受け止め、減速し、だが尻餅をつくシオンを気にせず、彼女は――()()()()()()()()()()()()は、目尻に涙を浮かべて、叫んだ。

 「お姉様が――ううん、皆がおかしくなっちゃった! 助けて、シオンッ!」




今回はダイジェストに近い、ですかね? 本当はセリフ入れようかと思ったんですけど、それだと長すぎるため没案に。
っていうかダイジェストにしたのに余裕で1万文字超える件。ちょっと前に友人と話したんですが、クドいと呼ばれる訳ですよね……

そしてようやっと登場した彼女。ヒロイン再登場させるのに何話使ってるんだろうね私は……
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