東方狂界歴   作:シルヴィ

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時転回起の結界

 「シオン、お願いッ。お姉様達を助けて!」

 「ちょ、待っ――一旦落ち着けぇ!」

 尻餅をついて倒れるシオンに更に迫ってくるフランに、伸し掛られているせいで圧迫胸がされ、息がしにくい。そうでなくとも一体どういうことなのか説明してもらわなければ対処のしようがない。

 「手伝いはする。そういう『約束』だしな。そうでなくとも恩がある。――でも、行くのは一体何があったのか、それを聞いてからだ」

 「う、うん……ごめん。わかった」

 慌てていただけで、落ち着ければきちんと理解してくれるのがフランの美点だ。まぁ、彼女が吸血鬼である点と、所持している能力の危険性から、進んで言えるのは限られているだろうが。

 チラと霊夢を見やる。その視線に気づいた霊夢は、吸血鬼である目の前の少女はシオンの知り合いなのだろうと警戒心を少しだけ残して切った。初対面の相手を全面的に信じることは、霊夢にはできそうにない。溜息を吐いて居間から出た。

 縁側に行ってくれた霊夢に感謝するシオン。恐らくだが、フランはまだ他人と接するのに慣れていない。それにここ数日間で気づいたことだが、『博麗神社にいる巫女』というのは、妖怪に対してかなりの影響を与えているようだ。主に――『容赦なく滅してくる』という方面で。

 とはいえフランはどう思うのか――とまで考えて、思考を打ち消した。段々余計な方向にまでいっている。人間関係には未だ不慣れなシオンだった。

 「とりあえず座布団――そこ座ってくれ」

 「わ、わかった。……それでね、話なんだけど」

 お互いに座り、シオンはフランの話を聞き始める。

 「何から、言えばいいのかな……お姉様が変なことを言い始めたあたり、からかな……?」

 

 

 

 

 

 シオンがいなくなってから早いもので、もう一月が過ぎた。

 咲夜、美鈴、パチュリーはシオンが残していったアドバイスと技術を自分達なりに研鑽して自らの血肉にしていた。レミリアはまだ外の世界の知識を覚えていないフランのため、自身の時間の中で空いた時間を使い、彼女の教師として様々な事を教えた。

 吸血鬼としての生き方、人間が持つ常識、そもそもとして生きていくための知恵――本当に、色々な事を。

 量は膨大、覚えるのは反復するしかない。大変な作業だ。それでもフランには、あの何もすることがなく、ただ孤独に心を蝕まれていくのよりは楽しいと思えたし、自分の力の危険性を把握できた。そして理解できたからこそ、それを制御できる術を考えられた。

 今はシオンのお陰で周囲に影響を与えていないが、道具は道具でしかない。フランの能力が『物質を破壊する』という一点に特化しているなら、いずれ力が増した自身の能力で、この腕輪は破壊されるだろう。『破壊不能』という能力を破壊して。

 誰にも、それこそシオンにも話していない『ナニカ』の話では、フランの能力はこの世に存在する全ての能力に輪をかけて扱いにくいらしい。理由は教えてくれなかった。あるいは知らないのかもしれない。

 日々努力を重ねていくフラン。話し方を大人っぽく、移動の仕方――今までフランは普通に飛んで移動していたり、最悪壁を破壊するのも厭わなかった――を普段は歩くのに限定したり、更には咲夜に乞うて家事を覚えて。

 そんなある日の事。何時も通り、レミリアに今日の予定を聞きに行こうとした時の事だった。

 「お姉様? 今日暇な時間はいつになりますか? その時間までは食事のマナーの勉強でもしようかと――……お姉様?」

 ノックはしていないが、この時間帯は書類仕事に精を出しているはず。そう思って部屋に入ったのだが――どうにもレミリアの反応がおかしかった。

 動きを止め、目を見開いている。その反応を、フランは何度か見たことがあった。

 アレは――()()()()()()()()()()()、だ。

 フランにはどうして姉がそんな反応をするのか、理解できなかった。だから、レミリアが叫んだ次の言葉を呑み込むのに、時間がかかった。

 「どうして――どうしてあなたが外に出ているの!? それとも……遂に、心底まで狂ってしまったの……?」

 恐怖かそれ以外の何かか。言葉が震えるレミリアに、フランは何も返せない。

 ただ一つわかるのは、()()()()()()()()()()って()()()()、という事だ。

 ダッ、とフランは部屋の外に出る。

 「ッ、待ちなさいフラン!」

 そんな、疑問と困惑と、少しの恐怖が宿った姉の言葉を背後に残して。

 (どうして――何でお姉様はあんな言葉を……)

 ドクドクとフランの小さな心臓が跳ね上がる。息も荒れているが、これは疲労からではなく、レミリアの態度の急変を考えて、その内容が恐ろしかったからだ。

 「どうしよう……誰かに相談する? でも、だけど」

 「フラン様」

 唐突に背後から声を投げられ、ビクリとフランが震える。

 「美、鈴?」

 恐る恐る後ろを振り向くと、両足を肩幅まで広げた美鈴がいた。その美鈴は笑顔で頷くと、フランに話しかけた。

 「はい。フラン様、一体どうなさったのですか? そんなに怯えたように震えて……私でよければ相談に乗りますが」

 「う、ん……ありがとう、美鈴。でもね、私と話すだけなら」

 一度言葉を切ると、フランは羽に力を籠めながら、続きを言う。

 「()()()()()()()()()()()()

 そしてフランが飛んだ瞬間、その空間を美鈴が殴りつけた。縮地での移動。フランが警戒していたのはそれだ。

 「何故バレたのか、気になりますが問いはしません。一度、気絶してもらいます……!」

 「理由もわからずに気絶なんてお断り!」

 駆ける美鈴に、フランはまともに相手をせずに美鈴を見たまま後ろに飛ぶ。紅魔館内部の構造は全て覚えている。後ろを見ずに飛んでも支障無い程だ。

 美鈴の突きを半身になって避け、側面の壁を蹴ってサマーソルトを躱す。近接格闘は美鈴の十八番だ。近づけばやられる。だからフランも弾幕を使っての攻撃しかしない。だが狭い通路ではそれほどの数は作れないし、その程度なら美鈴の足止めにもならない。

 (なるべく情報を集めたい……! 壁を壊して逃げるのは、それからでも遅くない)

 引き際を見誤れば閉じ込められる。一対一を維持している今がチャンスだった。

 「美鈴、どうして私に攻撃してくるの!? 私がなにかしたから? それとも単に私のことが嫌いだから? ねぇ、答えてよ!」

 「……ッ。お教えすることはできません!」

 一瞬言葉に詰まり、顔を歪ませながら美鈴は突っ込んでくる。だがその拳には迷いが見えた。

 (私を攻撃してるのは、自分の意志じゃない……? お姉様の指示? ううん、いくらなんでも早すぎる。私があそこから飛び出して美鈴に会うまで数分も経ってない。つまり美鈴は、()()()()()()()()攻撃してきたってこと――なの?)

 だがこの考えが合っているとすれば、問題は『何故美鈴が攻撃してくるのか』という理由はわからないままだ。

 「ッ!」

 考え事に集中しすぎて目の前が見えなくなっていた。飛んできた拳を交差させた両腕でガードして、殴られた勢いを利用して移動する。

 やっぱり迷ってる、とフランは思う。普段の美鈴なら、フランが交差させた腕を掴んで投げ技に移行するくらいはあっさりとやってのける。それをしないのは、彼女の中でなんらかの迷いがあるからだ。そこを突けば、あるいはもっと情報が引き出せるかもしれない。

 美鈴自身はフランの考えを知らない。だから彼女は自身が情報を渡しているという事実をわかっていない。それもフランを有利にしている。

 ヒュン、という風切り音。ほぼ反射で避けたフランだが、投げられた本数は一つではなく八本。全てを避けきることは叶わず、三本は肌を掠めていった。

 もう少し、もう少しだけ――そう考えていたフランの思考の隙を突いた一撃。そんなことができるのは、紅魔館でも一人だけ。

 「咲夜……いるんでしょ? 出てきたら?」

 どこから出てきたのか、フランの横から現れる咲夜。既にナイフを構えていて、油断なくフランを睨みつけている。

 だがその顔は複雑そうだ。どうしてそんな顔をするのか……直接聞きたいが、答えてはくれないだろう。

 「なんで攻撃してくるの……なんて、もう聞かないよ。答えてくれないんだろうし。だけど、理由もわからずに攻撃を食らうのは嫌」

 「それは……理由を話せば、大人しくついてきてくれると?」

 フランはそれに答えない。

 揺さぶりが効くとしたら、美鈴ではなく咲夜。とはいえその揺さぶりをしたことがないフランとしては、手探りでやるしかない。まぁ、今やるつもりはないが。

 「それとこれとは話が別。どっちにしろ、勝てば無理矢理にでも聞けるんだから」

 「……何故、今になって」

 そんな咲夜の呟きを最後に、ナイフが飛んできた。

 勝てば聞けると言ったフランだが、この二人を相手に勝てるとは思っていない。

 (そろそろ潮時かなぁ)

 などと考えるくらい、余裕がなかった。

 美鈴が前衛として殴りかかってくる。まずは様子見の正拳、それをフランが片手で受け止めるとそのまま距離を詰めての肘打ち。膝で相殺して回し蹴りを入れようとするが、中衛の咲夜がナイフを投げてきたため蹴りを中断し、回転したまま避ける。

 咲夜は絶対に来ない。このままサポートに徹するだろう。これで後衛に収まるだろうパチュリーかレミリアでも来れば敗北は必至だ。

 左右に飛ばされたナイフ。フランを狙ったのではなく、フランの動きを制限することを狙った軌道。美鈴は近づくと、フランの腕を掴み、そのまま床に叩きつける。だが黙って叩きつけられるほどフランは諦めがよくない。床をぶん殴って穴を開けると、腕力に物を言わせて床を抉り、抉った床を美鈴に当てる。

 「う、あぁぁ!」

 叫び、組まれた腕を解く。その隙を狙って飛んできたナイフを避け――られ、ない?

 (あ、れ……?)

 (フラン!!)

 視界が揺らぐ。そして体が勝手に動く。恐らく『ナニカ』が体の支配権をフランから奪い、操作したのだろう。

 「……かなり強力な薬を塗っておいたのですが――流石お嬢様と同じ吸血鬼。効果は余り出ませんか」

 「く、すり……?」

 「ええ。ご安心ください。毒薬ではありませんので。ちょっと眠くなるだけなので」

 視界がボヤくのはそのせいか。意識を逸らせば即座に落ちてしまいそうだ。唇を噛み締める痛みで意識を繋ぎ続ける。

 いつ食らったのか――なんて言うのは野暮だ。初撃のナイフ。アレに薬が塗られていただけだろう。効果が余り無い、というのも事実だろう。

 外に出たばかりの頃なら、もうこれで詰みだ。だけど、今のフランなら――様々な事を学び覚えた『フランドール・スカーレット』なら、どうにかできる!

 (集中――)

 二人共これで終わりだと思っている。警戒心をほとんど解いているのが伝わって来るからだ。だからとにかく意識を落とす。

 (集中――)

 狙いを悟らせてはいけない。何をしようとしているのか知っているのは、自分だけでいい。

 (――今!)

 バキン、と何かが壊れるような音が響く。それはフランの体から響いた。

 (成功、した……!)

 失敗するほうが確率としては高かった。いくらなんでもこの考えは無茶が過ぎたからだ。

 フランの能力は『物質を破壊する程度の能力』なのは紅魔館にいる誰もがわかっている。だが、その『物質を破壊する』定義がどこにあるのかを把握できているのはフランのみ。そしてこの一ヶ月でわかったのは、いくつかの条件。

 フランが破壊を行うための条件は、フランが感覚的に捉えている物質であること、フランが破壊しようと思うこと。そして自分の力で破壊できる物質であること。

 そして今その条件は全て満たしていた。ただ自分の体の中にある『害あるもの』だけを破壊するというのは、強制的に意識を落とさせようとする薬に抗いながらやるのはかなり厳しかった。もう一度やれと言われても断りたい。

 一歩間違えれば自分の体を壊しかねなかったのだから。

 「せめて縄で縛るとかしないとダメだよ!」

 「え!?」

 「――薬の効果を打ち消した!?」

 バッ、と起き上がり距離を取るフランに、咲夜は驚き、美鈴は気の流れからフランが何をしたのか理解し、駆け出した。

 「待ってください!」

 「ごめんね、これ以上いても意味がなさそうだし――来て、『レーヴァテイン』!」

 炎を宿す剣。その力の大半をがんじがらめに封印し、ようやっとまともに扱える神の武器。それを床に突き刺し、美鈴と咲夜を中心に円で覆う。

 「くっ、これでは……!」

 「その炎は私が指定したモノしか燃やさない。私がここからいなくなれば消えるから……ばいばい、美鈴、咲夜」

 壁を能力を使って破壊し、そこから飛び出す。

 延々と飛び続け――だが違和感に気づく。その違和感ごと能力で破壊して、フランは飛ぶ。空は黒い。既に日は沈んでいるのだ。

 (お姉様達皆おかしくなった。理由はわからない。せめてもう少しヒントがあれば、私でもわかるかもしれないのに……)

 あのまま戦い続けても負けは見えている。最悪異変が起こったすら誰にも伝えられなかったかもしれない。

 (他の妖怪には頼れない。そもそもどこにいるのかすらわからない。人間――『博麗の巫女』も多分無理。だとしたら、やっぱり――)

 本当は、まだ会うつもりはなかった。だけどフランが頼れる人は、レミリア達を除けばたった一人しかいない。

 シオンが行ったのは里。フランは地理を知らないが、勘を頼りに里を目指す。時間は余りない。六月である現状、日が昇るのは早いのだ。そして吸血鬼であるフランは、太陽に当たれば灰になってしまう。

 「――それで数時間の探索をして、やっとシオンの気配を見つけたってわけ」

 「なるほどね……」

 話の途中、喉を潤すために渡したお茶を飲み干すフラン。その飲み干した器を受け取ると、流しへ置く。

 「んじゃ、行くか」

 「行くって……どこに?」

 「紅魔館。行くんだったらさっさと行ったほうがいいだろう?」

 「い、いいの? こんな遅くに、迷惑じゃない?」

 「……ハァ。約束したろ。紅魔館に何か起こったら、必ず行くって。恩があるとも。ま、理由なんていらないんだけど」

 そしてシオンはフランに手を伸ばす。

 「ほら行くぞ。早く立ち上がれ」

 「うん……うん! ありがとう、シオン!」

 「ああ。霊夢、留守番は頼んだッ」

 頷き返し、霊夢に向かって叫ぶ。だが戻ってきた霊夢は、何故かキョトンと目を丸くした。

 「留守番って……何言ってんのよ? 私も行くに決まってるでしょ?」

 「え゛?」

 「妖怪に関連した話は博麗神社が何とかする……っていうのは建前。同居人がどうにかしようとしてるのを手伝いたいっていうのが本音ね。ただし!」

 人差し指を突き刺し、ジト目でシオンを見る。

 「ただ働きはゴメンだから、お金かあるいは食材、渡しなさい」

 「……そんなんでいいのか?」

 「サービスよ、サービス。針と御札はもう用意済みだから、行きましょ」

 「そうか。ありがとう」

 どう見てもフランの話の途中で用意していたとしか思えない準備の良さだ。元から手伝う気満々だろう。それを隠しているのは霊夢の性格故か。

 「え、っと。えっとね。ありがとう……霊夢」

 「あんたのためじゃないわ、私のためよ。ま、どうしてもって言うなら受け取っておくわ。どういたしまして」

 シオンの背後から顔だけを出して礼を言うフラン。普通に考えれば敵対関係にある二人だが、今回だけは素直に対応できた。

 「シオン、白夜を使って移動するんだよね?」

 「ん? ああいや、今回は普通に飛んで行くつもりだ。ちょっと――考えがあってな」

 「そうなんだ。なら行こう。太陽が出るまで、後六時間か七時間くらい。急がないと」

 「吸血鬼っていうのも、面倒くさそうねぇ」

 フランの弱点がある現状、留まっているのは得策ではない。

 電気を消したり水道ガスの確認、戸締りをして、三人は紅魔館へ向けて飛び出した。

 飛び出したはいいが、フランが前に出すぎている。

 (早く、早く、早く――!)

 その焦りが、無意識の内にフランが飛ぶ速度を速めている。

 「ねぇ、シオン。一つ聞いてもいい?」

 「なんだ? 霊夢」

 前触れもなく体を、そして顔を寄せてきた霊夢。だが色気など欠片もなく、その目には困惑と疑問があった。

 「あんたが紅魔館って単語が出た時から、ずっと疑問だった。シオンが『本当に』紅魔館の誰かと会っていた、なんて」

 「その発言……まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいな言い方だな」

 「事実おかしいのよ。あんたには黙ってたけど――紅魔館の連中とここ数年、()()()()()()()()()()()んだから。私含めて、誰もね」

 「それは、おかしいだろ」

 紅魔館には紅茶の葉も、食材も、かなりの量があった。買い貯めしていたのだろうと予想できるくらいだ。だが、それでも――数年単位の量を貯蓄できるはずがない。その前に腐る。自給自足できる程の生産性があったという記憶もない。どうあがいても、どこかで供給しなければ飢えて死ぬだろう量しかなかった。

 「だけど、それを知っていたならどうして何もしなかったんだ?」

 「異変が起きてるなんて誰も思わなかったからよ。相手は吸血鬼よ? 言い方は悪いけど、何をしているのかさっぱりわからない。そんな相手のところに行くなんて正気じゃないわ」

 それに、と霊夢は顔をしかめると、更に顔を寄せ、声を潜めて続ける。

 「いくら『博麗神社の巫女』って言われても、基本的に私は異変が起きてからでしか動かない。受身なのよ。だから誰かに連絡されなきゃわからない、動けない」

 「……」

 「紫から連絡されて動くこともあるけど、なんかここ三年くらい、紫が焦ってる……気がするのよね。最近――それこそあんたが来たくらいからマシになってるけど、それでもまだ何かに気を取られているような……」

 勘だけどね、と霊夢は言うが、その勘がバカにならないのだ、霊夢の場合。

 「どっちにしろ、行けばわかる。良くも悪くも」

 「そうね。だけど、戦闘になるでしょう。絶対に。死なないでよ?」

 「わかってる。死なないよ。少なくとも――」

 今は、まだ。その単語を飲み込み、速度をあげてフランの横に並ぶ。

 「もう少し速度を上げるか?」

 「ううん、大丈夫。今の速度が自然に妖力が回復するのと釣り合ってるから――焦ってはいるけど、きちんと状況は把握してる。心配しないで?」

 一月前とは違う、理路整然とした大人の意見に、シオンは感嘆の息を吐く。

 「でも――」

 「?」

 「慌てすぎてもいいことはないってわかってても、やっぱり感情が制御できない。シオンはどうしてるの?」

 「……戦闘するときは、勝手に頭が冷えるだけだ。それ以外では、むしろ酷い」

 「そ、っかぁ。シオンでもそうなるんだ」

 「感情なんてそんなものだ」

 投げやりにシオンが言うと、フランはもう一度そっかぁ、と呟く。

 「それなら、ちょっと雑談でもいいかな?」

 「構わないが、何を話すんだ?」

 「どうして白夜で移動しなかったのか。白夜の空間転移を使えば一瞬で移動できるよね?」

 「ああ、それは私も気になるわ。時間が惜しいのなら、さっさと移動すればいいのに」

 「一応、理由はあるんだけど……」

 フランの話を聞いている途中で、ふいに思ったことだ。

 「もしかすると、紅魔館は『巻き戻ってるのかもしれない』って」

 『巻き戻る?』

 「ああ。時間が巻き戻ってる。それも、二ヶ月と少し前の紅魔館に。それならフランを攻撃した理由がつく。二ヶ月と少し前の紅魔館は――」

 「……私がまだ閉じ込められていた頃。確かにそれなら、私が外にいたことを驚くのにも納得できるけど――咲夜にはそんな力、無いよね?」

 「そこが疑問なんだよな。咲夜が巻き戻せるのはある程度だけだし、その対象もせいぜいナイフくらいの小さなモノだけだ」

 「だけど、それだけなら空間転移しない理由にはならないわよ?」

 「そう。だから一度巻き戻る巻き戻らないは置いて、一つの過程を考えた」

 「過程……どんな?」

 「紅魔館は『何か』に覆われてるんじゃないか、って過程」

 突飛な発想。だが敢えて二人はそれを否定せず、ただ続きを待った。

 「俺が紅魔館から外に出るとき、ほとんど妖怪に出会わなかった。森から一歩外に出たら、かなりの数に出会ったのに。そこから色々考えると、妖怪達は森の内部にほとんどいなかったんじゃないかって思ったんだ」

 この考えは、迷いの竹林に行ったことがあるからだ。シオンは運が悪い。一歩外に出れば一瞬で妖怪に出くわすほど悪い。だが迷いの竹林は内部が歪んでいるせいで天然の迷路と化している。それを理解してか、妖怪達も内部に入ろうとしない。それでも数体程はいるが、数える程度だ。

 もし仮に紅魔館の外に広がっている森が同じ状況になっていたら、何となく納得できる。内部がイカれていて、妖怪達が入ろうとしなかったのだ。

 「基本的にそれがイカれているのはその空間を弄っているからだ。その近くに空間転移したら、なんらかの干渉を起こして変なことになりかねない。特に、空間なんていうよくわからないことなら尚更だ」

 「確定はしてないけど、怪しいから一応……ってことかしら?」

 「そうなる。面倒だけどな」

 「ねぇシオン。仮にお互いが影響を出し合ったら、どうなるの?」

 「そう、だな……全く関係ない場所が斬れたり穴が空いたりしてどっかに移動させられたり……およそまともな事にはならな」

 ッ、とシオンは息を飲んだ。額から冷や汗が流れ、手が震える。

 「シオン、どうしたの?」

 「!!! ……い、いや……なんでも、ない」

 全く大丈夫ではないが、痩せ我慢でそう答える。

 心配そうにしているフランと、訝しげにしている霊夢を敢えて見ずに考えに没頭する。

 (ずっと……ずっと不思議だった。どうして俺が、()()()()()()()のか)

 仮に自分が紫なら、そんな初っ端からベリーハードモードに突入させるはずがない。絶対に本人の意図ではない部分があったはず。

 そしてそれが、紫の能力と紅魔館にある『何か』が干渉しあったというのなら……その結果が、『シオンが紅魔館付近に落ちた』というモノなら、納得できる。これが一度目。

 (だけどそれは、一度目の話。俺は紅魔館から外に出た。()()()()んだ。その時点で多分、俺は()()()()()使()()()()()。これが二度目)

 アリスがここに落ちてきたのは、時期的にちょうどシオンが紅魔館から外に出るとき。根拠なんてない。ただ『その可能性が高い』だけだ。でも――どうしても、その可能性を考える。

 アリスは言っていた。『この世界に来たとき、真っ黒い穴から落ちてきた』と。それは先ほどシオンが言った事と一致する。

 友人と喧嘩したと泣いていたアリス。何も変わっていないと悲痛な叫び声をあげていたアリス。その彼女をこの世界に落としたのがシオンなら――なんと謝ればいいのだろう?

 (紅魔館に辿り着くまでは『かもしれない』で済む。だけど、もし本当なら――俺は、どうすれば……)

 「見えた! あそこだよ!」

 フランの声に、ハッ、と意識を目の前に戻すシオン。

 見た限りでは、何時も通りの森に見える。だが――シオンには、わかる。

 (覆われてる……結界に。それも、かなり巨大な! これだけの規模のモノを、数年間も!?)

 どうして気付かなかったのか――そう思うほどの強大な結界。あるいは隠蔽するための仕込みも入れてこれなのか。それとも『違和感』を破壊したフランのお陰か。

 「シオン、見た結果は?」

 「……嫌な予感が、大当たりだ」

 そう答えるシオンは、目の前が真っ暗になりそうなほどの嘔吐感に塗れていた。

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