東方狂界歴   作:シルヴィ

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狂気の発露

 いきなり固まってしまった男の子に訝しみながら、フランは思った。

 (どうしたんだろう? 何か変なことをしたのかな?)

 しかし、今までの反応とは全く違った。先程来た男はただ泣きながら叫ぶだけで、フランの話を一切聞いてくれなかった。余りにもうるさくてつい殺してしまったフランは、これまでのことを思い出した。今までこの部屋に来た人間は、いつも喚くか、こちらの言うことを無視して何も答えなかったから殺してしまった。

 (この人も、そうなるのかな? 私は、一緒に遊びたいと思ってるだけなのに)

 けれど、今回は違うような気がした。何となく、今までの人間と目の色が違う。今までは、光の灯っていない、死んだような目の色だったが、この男の子は、何かを秘めた目をしていた。

 だから、無意識にもう一度聞いてしまった。

 「私と一緒に、遊んでくれない?」

 そこで、何故か驚いていた男の子は動き出した。

 「あ、ああ、遊ぶのはいいよ。でもその前に自己紹介をしようか」

 「うん、それもそうだね。私はフランドール・スカーレット! フランって呼んで!」

 「わかった。俺の名前はシオンだ。よろしく」

 嬉しそうに言うフランに、シオンは些か拍子抜けしていた。目の前の少女は狂っているように見えないからだ。どういうことか気になったが、今はどうでもよかった。それよりも先にしなければやらないことがあった。

 男の子――シオンと遊べることについはしゃぎそうになるフランだが、男の子が周りを見ているのに気づいて、首を傾げた。

 「どうしたの?」

 「ああ、うん。一緒に遊ぶ前に一つ――いや、二つしたいことがあるんだ」

 「何をするの?」

 「まず、フランの体に付いてる血を拭う。そうしないと俺にも血が付くからな」

 そう言って辺りを見回すが、フランの体を拭けそうな物は無い。と言うよりも、こんな部屋にあるにある方がおかしいのだが。そうやってシオンが悩んでいると、フランが話しかけて来た。

 「ねえ、シオン。私の体が綺麗になればいいの?」

 「え、ああ、そうだが。何か方法があるのか?」

 「うん!こうやればいいんだよ」

 フランが自分の服に視線を向けると、何かを握り潰すような仕草をした。その瞬間に、フランに付着していた血糊が全て綺麗に消え去った。余りにあっさりと消えたのに驚くシオンだが、フランはニコニコと笑っていただけだった。

 「ね! うまくいったでしょ!」

 「あ、ああ。そうだな」

 余りに理不尽過ぎる能力に、シオンは頬が引き攣りそうになった。しかし、すぐにそれは収まった。ある事実を思い出したのだ。

 (フランがこの能力を持っている代償は、ひどすぎる)

 四百九十五年と言う、長過ぎる年月をここで生きる。それがどれだけ辛いことなのかは計り知れない。

 けれどそのことは、今は関係が無い。とりあえず、シオンは今やらなければいけないのをすることにした。

 「もう一つしなければならないものは、この部屋をきれいに掃除したい。……正直言ってこの部屋、臭過ぎるぞ」

 「……それもそうだね」

 五百年近くこの部屋に閉じ込められているフランであっても、この臭いは好きじゃ――そもそも好きと言える人がいるのか気になるが――なかった。最初の頃は余りの臭さに泣いてしまったこともあったフランは、今入って来たばかりなのに平然としているシオンは凄いと思ってしまう。

 「けど、どうするの? この残骸を片付けるのは、かなり面倒だと思うよ?」

 「そうなんだけど……一応考えはあるから、とりあえずこっちに来て」

 「うん!」

 そう言って立ち上がると、フランは笑みを浮かべながらこちらへ向かって走り出した。

 (第一関門は突破か……それにしても、中から外が見えない理由が気になる。一体どうなってるんだ?)

 ここまで何とか冷静に対処していたシオンだが、顔が歪みそうになるのを必死に抑えていた。それほどに混乱していたのだ。

 (まさか、いきなり遊ぼうとか言われるとは思わなかったけど。……いやそれ以前にこの臭いは何なんだ?部屋に入った瞬間に、いきなり臭いが何倍にも増えたぞ?)

 最初にシオンの反応が無かったのは、この二つが理由だった。部屋に入った瞬間に、いきなり臭いが数倍になったかのように感じた。その上、殺されるかもしれないと思ったところにかけられた軽い言葉。この二つで固まってしまったのだ。

 (ここが戦場なら死んでいたな。……死神(バケモノ)としてただ我武者羅に戦っていた方が楽だと思ってしまうってことは、俺も大分狂ってるな)

 シオンは人の体の動きを予測できる程に、観察眼が優れている。けれど、人の顔を見て、その人物の考えを読むというものだけは苦手としていた。その理由は、人と接していられた時間が極端に少ないからだ。何せ、もう殆ど覚えていない三歳の時と、七歳から八歳にまでの、大体一年程度くらいしか、まともに人と話したことは無いと言えるくらいなのだから。

 他にも無い訳では無いが、人の負の感情渦巻く戦場と、もう思い出したくもないあの場所くらいだ。そのせいでシオンは、人の負の感情はすぐにわかるが、それ以外の感情はわからなくなってしまっている。そして、とある人が死んだことによって、人から向けられる好意の感情もわからなくなってしまった。正確に言えば、恐れるようになった。

 けれど今回は、それ以前の問題だ。

 (フランが殺意を持っていないのに、それに気付かないなんてな)

 そんな自分に呆れていると、フランが話しかけてきた。

 「ねぇ、結局これ、どうやって片付けるの?」

 「へ?……ああ、こうするだけだ」

 思考に耽っていたところに話しかけられたせいで、素っ頓狂な声を出してしまう。ほんの少し恥ずかしさを覚えたシオンは、少しぶっきらぼうに言った。

 そして、首に掛けていた剣の形をしたアクセサリーを取ると、その大きさを変えて、一メートルの長剣に変えた。

 その剣を見たフランは、それに魅入られるように小さく声を出した。

 「綺麗……その剣の銘は、何て言うの?」

 「この剣の名前は黒陽。光すら飲み込む黒の太陽……そう言う意味、らしい」

 「らしい? その剣の銘って、シオンがつけたんじゃないの?」

 「いや、この剣は借り物――と言うより、一方的に押し付けられただけだ。俺の物じゃないよ」

 苦笑しながら――どことなく顔が引き攣っているようにも見えるが――首を横に振る。

 (この剣のせいで何回死にかけたことやら……それに、こんな物騒なもの、貰いたいとは思えないな。この剣のお蔭で助かった時もあったけど、それはそれだな)

 シオンが持つ剣は、人間が作った物ではない。とは言え、誰が作ったのかはシオン自身知らないのだが、ある程度の予想はしていた。

 けれど、この剣をただ無作為に使い続ければ、国の一つや二つ簡単に滅ぼせるくらいの力を宿っている。その分洒落にならないくらいに高いリスクがあるが、その点を除けば、使える武器だ。だからこそ、あんな試練があったのだろう。

 アレは、常人なら廃人コース確定の拷問のような――と言うより、拷問よりも遥かに惨いのだが――地獄だった。正直、シオンでももう一度やれと言われたら即効で拒否するだろう。

 嫌な記憶を思い出してしまったシオンはそれを無理矢理頭の奥底に封じ込めると、呟いた。

 「能力解放」

 言い終えると同時に、剣から濃密な闇が表れる。それを確認したシオンは剣を前に突き出した。

 「フラン、ちょっと危ないから、俺の背中に捕まっててくれ」

 「う、うん……わかった」

 頷いたフランはシオンの背中に回ると、そのまま抱きついた。そして、フランは無意識に呟いた。

 「あったかい……」

 「――!」

 「ど、どうしたの?」

 一瞬体を震わせてしまったシオンに、フランは驚いてしまう。けれど、シオンはただ首を横に振るだけだった。

 「……何でもない。とりあえず、始めるぞ。――重力球設置」

 突き出した剣から闇が溢れ出す。そこから丸い、全てを飲み込んでしまいそうな、黒色しか存在しない塊が現れた。シオンはそれを、部屋の中央よりやや奥に設置する。

 シオンたちのいる場所は扉を背にしていて、重力球は部屋のやや奥にある。こうした理由は、そうしなければシオンたちすら巻き込まれないからだ。制御を誤れば、恐らく死ぬ可能性すらある。

 しかし、シオンはそうなる可能性をフランには言わなかった。無駄に怖がらせる必要は無いからだ。

 とにもかくにもそれを設置し終えると、フランはシオンの背中から顔を出し、そして部屋の奥にある黒い塊について聞いてきた。

 「シオン、アレ、何なの?」

 「気にしないでいい。俺が合図したら、しっかり捕まって」

 シオンはその質問をはぐらかして、一方的に要件を告げる。

 「う、うん!」

 その雰囲気に呑まれたフランは急いで頷くと、再度シオンの背中に抱きついた。

 (フランがいなければ、こんな手順を踏まなくてもいいんだけど……仕方ない、か)

 この重力球を設置している今も、シオンはそれなりの集中力を使わされている。これから更に集中力を必要とする作業があるのに、とぼやかずにはいられなかった。

 「行くぞ。解放、方向変化、収束!」

 合図でフランが捕まり、解放で重力球の大きさが増加する。それと同時に、部屋にあった骨や肉の塊が、少しずつ動き始めていた。そして、方向変化でガタガタと――あるいはズルズルと――動いていた物が、重力球の元へと動き出した。最後に収束と告げると、いきなり吸い込む勢いが増した。

 それから数十秒にも満たない時間で、部屋の中に在ったすべての物――勿論、シオンとフランの二人は除いて――が重力球の中に消えると、ゴキ、バキ、と何かが潰れる嫌な音が響いた。そんな中で、シオンの口から声が漏れた。

 「グ……ゥ……ッ!」

 まるで何かに耐えるように歯を噛みしめ、顔をほんの少しだけ歪ませる。そのままほんの少しの時間が経ってから、シオンは右手に持っていた剣を下ろし、重力球を消した。

 重力球が消えた後には、もう何も残っていなかった。

 「ほぇ~……凄い……」

 「……………………………」

 綺麗になった部屋――壁にこびり付いた血はそのままだが――に、フランの口から感嘆の息を漏れた。しかしシオンはそれに一切反応を返さず、その場に座り込んだ。

 フランはそれを見て、焦った口調で聞く。

 「ど、どうしたの?」

 「……ちょっと、待って……」

 自分を心配してくれているフランに、無理矢理絞り出した言葉を返す。フランは、その言葉通りに待った。そのまま座り込んだ姿勢で休み続けて、何とか体力を回復させたシオンは立ち上がった後に、黒陽を元のアクセサリーの形に戻した。

 「少し、マシになったか……」

 「シオン、大丈夫なの?」

 「え? あ、ああ。大丈夫だ」

 「……本当に?」

 何度も心配そうに聞いてくることに、シオンは疑問を覚える。レミリアの話と違い過ぎる、と。

 (狂っているんじゃないのか? どうしてこんなに悲しそうな顔を……)

 考え事に集中しているせいで黙り込んだシオンに、フランは三度聞いてきた。

 「やっぱり、どこか辛いんじゃ……」

 「いや、ちょっと考えてただけだ。だから、そんな顔をするな」

 最早泣き出す寸前のフランの頭に手を置いて撫でる。現状ではシオンの方が背が低いため、年下に撫でられる年上と言う変な構図になっていた。

 (今のフランの泣き顔って、その手のロリコンが見たら鼻血もんじゃ……って、何を考えているんだ、俺は!?)

 いつもなら思わないような、アホそのもののような考えを頭に浮かべてしまったシオンは、頭を振って気持ちを切り替える。頭をなでられているフランは、くすぐったそうに身を捩らせながら、恥ずかしがっていた。

 そろそろ止めようかと思ったが、再度無意識に呟かれた言葉を聞いて、その想いは消えた。

 「やっぱり、頭を撫でられるのは気持ちいいね。前にお母様に撫でてもらったのって、いつくらい前なんだろう。もう、思い出せないや……」

 それは、寂しさの滲んだ声だった。とてもよく聞き覚えのある声。だからシオンは、らしくない言葉を言ってしまった。

 「なら、もう少し続けるか?」

 「うん!」

 嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑うフランに、シオンはつい考えてしまった。

 (本当に狂っているのか? と思ってしまうくらいに純粋だな。だけど……)

 顔には出さず、内心で怒りを表す.自分とよく似た境遇だからこそ、わかってしまう。

 (四百九十五年もこんな何も無い真暗な空間にいて、まともでいられるはずがない)

 そう、こんな風に笑っていられる方がおかしいのだ。絶対に、どこかが壊れているはずなのだ。

 せめてフランの細胞の解析が終わるまでは、その地雷を踏まないように決意した。

 そしてシオンはフランの頭を撫でるのを止めた。

 「とりあえず、これで終わりだ」

 「えぇ、もっとやってよ!」

 ごねるフランに、シオンはやれやれと頭を振りながら言った。

 「遊ぶんだろ? なら、どっちにしろ終わりだ」

 「ぶ~~!」

 頬を膨らませて怒るフランを何とかなだめる。そしてシオンは、どこからか取り出した五十三枚の紙の束を出す。

 「これ、何?」

 「トランプって言う遊びだよ。ルールは――」

 目を輝かせるフランに苦笑しながら、トランプのルールを教えた。ルールを聞き終えてからからはしゃぎ始めたフランを相手にするのは、かなり骨が折れた。

 「ねぇ、次はこのルールで――」

 「む~! シオン! もう一回――」

 「やった、勝った――」

 「ここで、ここでジョーカーが来なければ――」

 かなりの負けず嫌いだったフランを相手にするのは、別の意味で大変だった。何せ、わかりやすいのだ。特にババ抜きなどでそれは致命的過ぎる。

 シオンは相手の顔の動きで大体の感情が読める。迷ってるフリでカードを選べば、フランの微かな表情の変化でその場所に何があるのかわかってしまう。それでもフランが勝てるときがあるのは、シオンが解り難いように、わざと負けているからだ。

 普通ならばつまらないと思うだろう。けれど、シオン自身気付いていなかったが、シオンの顔は緩んでいて、ほんの少しだけ笑っていた。

 そうして二人が遊んでいるときに、チャンスが訪れた。

 「――いたっ!」

 「どうした?」

 「ちょっと指を切っちゃっただけ。気にしないで」

 その言葉通りに、フランの人差し指からは血が流れている。どうやらトランプの角で切ったらしい。こうなるかもしれないと思い、シオンはわざと一部のトランプの角を鋭くしていたのだ。確率が低く、余り成功するとは思っていなかったとはいえ、それを狙っていたシオンからして、このチャンスを逃せるはずがなかった。

 「指、見せて」

 「え……!?」

 いきなり腕を引っ張られて体勢を崩されてしまったフランは、シオンの体に倒れ込み、その体に包まれる。シオンはそれを一切気にせずに指の怪我を見続けた。

 もしもこの時、少しでもフランに注意を向けていれば、気付けただろう。フランの顔が真赤に染まっていたことに。命の危険があるから仕方がないとはいえ、シオンはまだまだ未熟だった。

 フランの様子にも気付かないこともそうだが、下心の無い――シオンが血を見ているのは自分が生き残るためでもあるので、無いとは言い切れないが、元々はフランを助けたいと思っているからしている行動なので、下心にはならないだろう――優しさがもたらす影響に。

 (うぅぅぅ~~~~! 恥ずかしい! 絶対顔赤くなってる!! 怪我を見てくれるのは嬉しいけど、少しは私も見て欲しいのに――って、何考えてるの、私は!? けど、シオンの体はあったかいし、それにそれに~~!?)

 この想いが友情からか、あるいは純粋な好意来るのかわからず、頭の中がグルグル回って訳が分からなくなるフランだが、シオンのこの行動に下心が無いのはわかっていた。

 フランは今まで様々な人間の醜い姿を見てきた。死を恐れてただ震えていたり、その瞳に憎悪を宿していたり、あるいは自分に媚びへつらってでも生き延びようとした人間もいた。その経験のおかげなのか、元々聡い方だったフランは、相手の目を見ればその人間が下心を持っているのかどうかが大体わかるようになっていた。そしてその経験が、シオンに下心が無いのを告げていた。が、それ以上に、異性にこんな事をされたのがはじめてだった。そういった要因が重なったせいで、フランは顔を赤く染めたのだ。しかしそんなことなど知らないシオンは、吸血鬼の再生能力で傷が塞がる前に指を口にくわえた。

 「ひゃぅ!? シ、シ、シオン、何やって……!?」

 その感触に我を取り戻したフランは、その理由を急いで確認しようとその方向をみた。そしてその目に映ったのは、自分の指をくわえているシオンの姿だった。

 「む? ひゃにって、ひょうひょうくひてるひゃけひゃけど?(ん? 何って、消毒してるだけだけど?)」

 「何言ってるかわからないし、それよりくすぐったいからやめ――ひゃ!」

 再度変な声を出してしまったフランは、恥ずかしそうに顔を赤くしながらシオンを睨みつける。どうやら吸血鬼の血を飲ませたらどうなるのかということすら忘れているらしい、そんなことを考えながら、シオンは細胞のデータを解析する。

 (レミリアの血と比べて……やっぱ構成しているデータにそこまでの差異は無いな。姉妹だからか? まあいい。都合がいいのに変わりは無いんだし。……うん、これでよし)

 くわえていた指を離すと、フランは物凄い速さで距離を取る。そしてシオンから十分に離れた――とは言え狭い部屋の中なので、そこまでではないが――後に、背を向けた。そして、そこでやっと気付いた。この行為を客観的的に見ると、かなり恥ずかしいということに。

 (……なるほど、恥ずかしかったのか。でも、姉さんとかは当たり前のようにやってたし……いや、そんなことはどうでもいいか。それよりも、背を向けている今しかない)

 が、フランが恥ずかしがっている本当の理由も、姉がシオンの近くにいたくてやってたことも一瞬で片付けるシオンは、相当な鈍感だろう。

 しかし、今この場にいるのはシオンとフランの二人のみで、突っ込める人はいなかった。

 そんなこんなで、シオンは床に落ちていたフランの髪の毛を見る。そして急いで解析を終えると、何をしていたのかを悟られないように髪の毛を捨てる。それとほぼ同時に、フランがこちらに振り向いて来た。

 「ね、ねぇ! 次は何して遊ぶの!?」

 どうやら先程のことは無かったことにするらしく、フランは笑顔で聞いてきた。

 しかし、シオンはそろそろレミリアに状況報告をしようと思っていたため、それに対して気前のいい返答はできなかった。

 「いや、俺はそろそろ帰るよ」

 「……え?」

 ピシリと岩のように固まるフランを置いて、シオンは続ける。

 「ちょっと行かなきゃいけないところがあるからね。いつまでもここにいる訳にはいかないんだ。……それじゃ、また」

 それだけ言って背を向けるシオンを、呆然と見続ける。まるで足元が崩れていくような錯覚を感じていたフランの心の中で、いつも心が崩れてしまいそうになる寸前に聞こえてくる『ナニカ』の声が響いた。

 (行かせたくないのなら、いっそここで殺してしまいましょう? そうすれば、シオンは私と、私達とずっと一緒にいられるわよ)

 (ずっと、一緒にいられるの?)

 その思いに、もう一人はニタリと笑ったような気がした。

 (ええ、そうよ。ただし、『()()』してはダメよ? そうしたら、一緒にはいられないから)

 (うん……わかった。私は何をすればいいの?)

 異常な思考をするフランと『ナニカ』だが、それを指摘できる存在はいなかったし、フラン自身それを異常とは思わなかった。今のフランの頭の中には、一つの想いしか無かったし、何よりこの声を出している存在は間違ったことを言ったことはただの一度も無かったからだ。

 (行かせたくない。シオンはずっと、ずーっと私と一緒にいるの。いなきゃいけないの)

 シオンは気付くべきだった。いくら人と接している期間が短いとはいえ、フランの狂ってしまっている部分は、わかったはずだからだ。

 (ねぇ、どうすればシオンを殺せるの?)

 フランには破壊する以外の殺し方が殆どわからない。常に力任せだったせいで、力加減がわからないのだ。だからこそ、『ナニカ』に聞いた。

 (そうね……なら、右手を前に出して、妖力の塊を出しましょう。後は、貴女自身でできるはずよ)

 それだけ言って沈黙する『ナニカ』を気にせず、フランは右手を前に出して、自身の体に宿る妖力を集める。そして、それをシオンに向けて放った。

 それとほぼ同時に、嫌な気配を感じたシオンが振り返ると、目の前には何かの塊があった。

 「な、フラン!?」

 それに驚きながらも、体に染み付いた動作を元に、半ば無意識で飛んで来た何かを避ける。けれど、何故フランがいきなりこんなことをしたのかがわからなかった。

 「フラン、どうして……」

 口から漏れた疑問に、フランは答えになってない答えを返す。

 「シオンは私と、ずっと一緒にいなきゃダメだから」

 「は!? ……そうか、そういうことか! 前の俺なら気付けたはずなのに……俺自身気付いていなかったけど、どうやらかなり焦ってるみたいだ」

 ようやく気付けたシオンは自らに対して自嘲した。何故わからなかったのだろう、と。

 そんなことを思っている間に、フランは様々な色をした宝石のようなものが付いた翼を大きく広げた。

 それを見たシオンは、逃げられないと理解した。

 (逃げるのも、戦闘を避けるのもほぼ不可能。なら、後は――)

 そこまで考えてからから、シオンは能力を発動させる。そして、シオンの髪の色が変化し始めた。白色の髪がフランと同じ金色に変わったのだ。瞳の色は元々同じ血のような真紅だったため、変化しなかった。

 「戦うしかないか!」

 右手でアクセサリーの形にしていた黒陽を剣の形に戻し、左手で異空間に放り込んでいた白夜を掴み、勢いよく引きずり出す。

 それを見たフランは、悲しそうな顔をした。

 「やっぱり、シオンも……シオンも、いなくなっちゃうの? お姉さま達みたいに……!」

 手を握り締めて、震える声で言う。そしていきなり顔を上げたかと思うと、怒りの表情で――先程の笑顔は面影は微塵も残っていなかった――シオンを睨みつけながら、悲痛な声で叫び出した。

 「嫌、嫌、絶対に嫌! 楽しかった、嬉しかった、そんなこと思えたのは、この部屋に来てから初めてだったのに!! この一回で終わりなんて! もっと、もっと、私と一緒にいてよ! 一緒に遊んでよ! 一緒にいてくれないなら、遊んでくれないなら――」

 フランは妖力を高め始める。シオンにはフランが集めているそれが何なのかわからないが、今のこの状況が途轍もなくヤバイのはわかる。そして、それと同時に後悔もしていた。

 (せめて、フランが遊び疲れて眠るまでは一緒にいればよかったのか? いや、そんなのは問題を先延ばしにしているだけだ。意味なんてない。だったら、やっぱり関係ないよな。俺は、フランを――)

 二人は同時に叫ぶ。それぞれの思いを込めて。

 「――死んじゃえ!」

 「――助ける!」

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