東方狂界歴   作:シルヴィ

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一時の休息

 気を失った美鈴が、ドサリと体を倒れ伏す。その真下にいた美鈴は、身長の差と元々の体勢もあってか押し潰れさた。

 美鈴の体は鍛え上げられた者のそれでありながらしなやかさを持っており、女性らしく柔らかくもある。プロポーションも相応だ。彼女にならその下になってもいい、と思う男は相当数になるだろう。

 だが、シオンは別だった。性欲がない、というのもその一助となるだろうが、何より現状がマズかった。

 人一人が崩れ落ちてきた振動が体を伝わり、そして肩を通って腕へ突き刺さる。

 骨が突き破れた、右腕へと。

 走る激痛。反射的に漏れかけた叫び声を、口を引き締めてうめき声にまで堪える。角度的に腕はフランから見えない。体も美鈴の影になっていて状況がわからない。

 まず腕を元に戻す。失ったモノを元に治すのなら相応の代価が必要だが、単に突き破れているだけなら特に問題はない。シオンは体から切り離されたり血を外に流したりしなければ、いくらでも体を治せるのだ。直せる、と言い換えてもいいかもしれない。

 「ッ、ゴホッ、ガハッ! ――。ぃ、つぅ……」

 血を吐き出しかけて、飲み込む。体外でも多少なら操作は可能だが、やはり体内にある方がやりやすい。

 少し内蔵を傷つけたらしい。おそらく腹をぶん殴られた時の衝撃のせいだろう。しかも手刀で裂かれたのも腹のため、多量の血を流したらしい。血が足りなくて少しクラクラする。

 「だ、大丈夫? シオン」

 「あぁ、まあ客観的に見て大丈夫とは言えないかな……すぐ治すから問題ないけど」

 『レーヴァテイン』を消し去り、美鈴の肩を掴んでシオンからどかす。その時シオンの服に付着した血を見て少し目を見張る。

 「本当に大丈夫なの? そんなに血を流して……人間は血を流しすぎると、出血多量で死んじゃうんでしょ?」

 「俺は代替品があるから何とかなる。流石にそれすら無かったらちょっとキツいけど」

 それに、シオンは新陳代謝が高い。血の生成量もそれなりに多い。今の今まで生きてこられたのも、それが理由の一つだろう。

 怪我は大半を治した。外見をマシにするため外傷から先に行ったが、平気だろう。この程度の痛みなら耐えられる。

 「でも、シオンが前に美鈴と戦ったときはそんなに喰らわなかったよね? どうして今はそんな酷いの?」

 ……純粋な瞳で見られると、まるで責められているかのような錯覚に陥るからやめてほしい。

 などとは口が裂けても言えず、シオンは一瞬躊躇ってから答えた。

 「……色々だ。美鈴が殺す気で来てたとか、こっちは殺せなかったから苦戦したとか、言い訳はかなり思いつく。だけど一番大事なことが一つ。二ヶ月くらい前の俺と今の俺。何が変わってると思う?」

 「ん、と……強さの違い? 手間取ってた空を飛ぶのも上手くなってたし、気とか魔力の操作も段違い。黒陽はともかく白夜は使いこなせてなかったのが使えるようになってる。体術も、きちんとやれてるみたいだね。今回は黒陽だけしか使ってないみたいだけど」

 笑っていうフランに、シオンは内心で驚いた。驚くほどに彼女は自分を見ている。そう気づかされたからだ。

 そんな事など気づきもせず、彼女は続けた。シオンが更に驚愕させられるほどに、鋭い洞察力を見せて。

 「あと一番大事なこと。前は全部投げやりだったっていうか、自暴自棄だったような気がするんだけど、今はなんか、芯ができてるような。……あやふや、みたいだけど。まだうまく形になってないのかな。――うん、でも……今のシオンはすっごい()()と思うよ!」

 「――――――――――!」

 ハッ、と息を呑む。

 表情は変わっていない。だけど、内心は別だった。そこまでわかってくれているなんて、思いもしなかった。自分自身、そこまで断言できない。変わっているのはわかっても、それを受け入れるには時間がかかる。

 だから、ほっとした……というのが適当なのかもしれない。

 「そういうフランだってかなり変わってるだろ?」

 まるで誤魔化すようにシオンは言う。内心の照れは見て見ぬフリで。

 「え?」

 「テキトーだった所作だったのに、今じゃ女性らしさが見える。肌だって、食生活が変わったからなのか知らないけど、綺麗だよ、とても。服自体は変わってないけど、リボンとか、ところどころの装飾を変えたり気を遣ってる。――俺が渡した腕輪と、合うように……」

 「う、うん……ありがと」

 真っ赤になったフランはそれだけを呟くと、赤くなった顔を隠すように俯く。ギュッと腕輪を握り締めて、心の中では歓喜が溢れていた。

 気づいた――気づいてくれた――!

 シオンは、鈍い。生来なのかあるいは何か理由があるのか、シオンはとにかく鈍い。あるいは知ってても言わないかもしれない。

 だから、諦めてもいた。努力している部分を気づいて、褒めてくれるのを。

 だけど、本心では気づいて欲しかった。綺麗になったと言って欲しかった。幼なくったって女なのだ。好きな人には――褒められたいのだ。

 「シオンは、その……今みたいな私のほうが、いい?」

 「うん? んー、そう、だな。そっちのがいいと思うよ、俺は」

 ……多分、シオンは気づいていないのだろう。

 異性として問いかけているフランに、シオンは『フラン』として、あるいは一個の存在としてしか見てくれない。

 だけど、今はそれでいい。

 それをいつか、恋心に変えてしまえばいいのだから。

 「う゛、うん。話が逸れたな」

 「あ、確かに。それで、なんだっけ?」

 一つわざと咳払いし、変になった空気を振り払う。

 「今フランが言ったのは俺の内面的なモノだ。それは『勝利要因』であって、ここまで傷ついた『苦戦要因』にはならない。もっと単純に俺を見てくれ」

 「単純っていうと――身長とか?」

 今の今までフランはスルーしていたが、別に気付かなかったわけではない。それ以上の焦燥によって指摘しなかっただけだ。

 暇を見て図書館に行き、パチュリーの蔵書を借りていたフランは、人間のことを知ろうとそれ関係の本を見ていた。

 そしてその中には人間の成長についてもあった、のだが……わずか一ヶ月と少しで五〇センチも身長が伸びる話は聞いたことがない。

 まぁ、シオンだし……と割り切っていたのもあるのだが。

 「もしかして、シオンがあんな地を這う蛇みたいな戦い方をしてたのって?」

 「そ。低い身長を利用するため。美鈴は高身長だから、あの時の俺が普通に立ってたとしても殴るのに多少屈む必要がある。誤差の範囲だから上手くやれば隙を少なくして殴れただろうけど、それがわかっていたからあんな変な移動方法使ってたってわけ」

 元々シオンが美鈴に勝てたのは、相性によるところが大きい。

 最初の遭遇戦は、シオンをただの人間だと思っていた美鈴が、子供であるシオンを殺さないよう極限にまで手加減していたところを突いた。

 二度目の勝負は、低身長故に殴ることが難しいところを利用した。もちろん、シオンがそれで調子に乗れば容赦なく顎を蹴り上げ、正拳突きのコンボに繋がっていただろうが。

 これらに共通するのは、どちらもシオンが『身長が極端に低い』ことだ。

 つまり美鈴にとって、シオンは極端なまでに『相性が悪い』相手だった。

 そして今回、シオンは身長が伸び、少年程度になった。それは手足が伸びたことでもある。

 「美鈴がその気になって俺が隙を見せたら、彼女は関節技か、あるいはそれに準じたことでもして組み伏せてきただろうね。それくらいに彼女は『巧い』んだ」

 ここでおさらいだが、シオンが苦手としている相手はいくつかいる。

 一つ、至極単純に『強い』相手。身体能力で大幅な差があれば、勝ちを拾うのは途端に難しくなる。例えば――幽香のように。

 二つ、技術的に『巧い』相手。自分よりも技術が上ならば隙を見つけるのが難しいし、よしんば見つけたとしてその隙が巧妙に偽装されたフェイクであれば目も当てられない。その相手が、美鈴だ。

 つまり少年となったシオンにとって、美鈴は『相性が悪い』相手に分類される。それが今回の苦戦の理由だ。

 「へぇ~……戦いって、そんなに考えるものなんだ」

 「人による。今回はフランがいたから助かったけど、あのまま一人だったら辛かったな」

 「シオンならそれでもなんとかしそうだけど。でも、どうして美鈴は私が来たのに気付かなかったの?」

 「小細工、してたからなぁ。それに運がよかった」

 シオンの特性を利用した、小狡い小細工だ。そして美鈴のことを知っていたからこそできたことでもある。

 美鈴は武道家として、自身で制御しきれている戦闘狂紛いの思考がある。もっと強く、上へ行きたいと思うのなら仕様がないが、だからこそわかる。

 自身の技を磨きたいのなら――特に太極拳、格闘術を扱う美鈴は、一対多、あるいは多対多の戦闘を、嫌ってはいなくとも乗り気ではないはずだ。

 だからこそ、美鈴はきっと()()()()()()()()()を嫌うはず。より強い相手と戦う時、そんな可能性を頭に入れていては負けるから。

 その代わりに、周囲の気配を探るという形で奇襲に備えている。それでも意識的に行っていることの一割もあればいい方で、シオンの予想だとそれ以下だ。

 「俺の魔力が無色透明なのは知ってるだろ?」

 「うん。シオンに属性の適性が無いのはそのせいだって、パチュリーが言ってたから」

 「どうも気とかもそうっぽいんだよね。だからまぁ、それを利用した」

 先ほど言ったその小細工もその応用。

 「俺の気は無色透明、そしてそれは相手に対して気や魔力を渡しても抵抗がないのと同じ。だから()()()()()()()()()()

 「……? ???」

 少し悩んでいたが、やはりわからないらしい。

 予想していたことではあるので、シオンはフランと手を重ねた。慌てるフランを完全スルーして気を発動させる。

 今使うのは、相手を傷つけることに用いる『外気功』ではない。

 「ん……なんか、あったかいね。これも気なの?」

 「気と一言に言っても色々あるからな。元々の力が生命の根源なんだけど、それを引っ張ってきて形にしているのが気だ。それを攻撃に転換するのが外気功って言うらしい」

 そしてシオンが最初に使っていたのはそれだ。

 シオンの身体能力は、本人の体と釣り合っていないのはフランも承知の上だ。言ってしまえば電車か何かに両手首を紐で括りつけて引っ張られているようなモノ。そこに外気功で身体強化を行ってしまえば、電車が新幹線に早変わり、限界へのカウントはストップ知らずだ。

 「で、今使っているのは内気功。これは人の細胞を活性化させて傷を癒し、心を落ち着けられる技。……後者はその人の心根次第、らしいけど」

 攻撃的な人物程外気功を操りやすく、人を思いやる者程内気功が得意になる。もちろんコレは単なる目安でしかないし、人によってはその波長が気に食わない時もあるから、後者を扱う者はまずいない。

 だがここで重要なのは『傷を癒す』という点だ。

 シオンは内気功を用いて、外気功のせいで傷ついた体を癒している。壊しては癒す、を無限に繰り返しているのだ。

 「……抵抗感、あるか?」

 「ううん、全然」

 「この時点でおかしいんだ。普通、他者とこういった事をすると多少の抵抗力――反発力と言い換えてもいいけど、それが起きる。似たようなモノだけど全くの別物なんだから、むしろ起きない方がおかしい」

 「だけど、シオンはそうならないんでしょ?」

 「ああ。師匠が言うには、何か他の理由もありそうだって事だけど、理由はわからない」

 手を離し――どこか残念そうにしているフランに、話を戻すぞ、と伝える。

 「とにかく、俺は相手に気を譲渡しても気づかれない。だから、直接触れて少しずつ気を送ったんだ。遅効性の『毒』として」

 もちろん殺すためじゃないけどね、と釘を刺しておいて、またフランに気を送り始める。

 「気配探知、してみて。ただし、妖力を使ってだ」

 「わかった。――って、あれ?」

 できない。いや、微かにだが感じはする。でもそれだけだ。こんな頼りなくては、戦闘中に探ることなど――

 「もしかして、これを美鈴にしたの?」

 美鈴は格闘術だけでなく、気の達人でもある。

 それによって生命力を極限まで抑え、シオンの探索から逃れ、奇襲できた。凝縮した気弾を撃てたし、気配を探るのも相手の生命力を見つけたから。

 「そうだ。まぁ、運がよかっただけだ。さっきも言ったけどな」

 「運……?」

 「俺が美鈴の気を乱すために色々細工してたこと。美鈴がフランが近づいてるのに気付かなかったこと。フランが気配を隠して近づいてたこと。そして――それら全てが上手く噛み合ったこと。全部偶然だ」

 気を乱していたと言っても、それはあくまで前段階、潜伏期間だ。あのときシオンは気の流れを多少阻害し、美鈴を、本人さえ気づかないほど微妙に疲れやすくしていただけ。淀みを作っていただけだ。

 フランが来ていることに美鈴が気づいてないとわかったのは、美鈴の反応からだ。美鈴なら、もしフランが近づいてるとわかれば、もっと果敢に攻めてきたはず。それがなかったから。

 そして、フランは美鈴には無駄だとわかっていても隠密行動をしていたこと。いくら気による探索を誤魔化したといっても、普通に五感で囚われれば全て無意味だ。そういう点から見ると、フランの行動は無駄ではなかった。

 シオンの言った『時間稼ぎ』はそれが理由だ。隠密行動をしているが故に移動が遅いフランを悟られないよう必死になった。

 最後は相手を動けないようにすれば、あとはフランが気絶させてくれる、ということだ。

 「……ま、順序立てて説明すればこんな感じだ。さ、そろそろ霊夢達のところに行こう。あっちも終わったみたいだし」

 「それはいいんだけど、美鈴はどうするの? ここに置いておくわけにもいかないし」

 「俺が背負ってくよ。特に重くないしね」

 美鈴を背中に乗せると、フランに頼んで抱っこが安定するようにしておく。間違えて落とした、なんてなったら目も当てられないからだ。

 「ッ……」

 その時腕に走った痛み。そこを起点に、全身が強ばった。悟られてはいけない。だから必死に顔を保ち、走らなければならなかった。

 全身に走る痛み――特に右腕を庇いつつ霊夢達のところに辿り着いたとき、魔理沙が必死に霊夢を揺らしているのが見えた。

 「もしかして……何か、あったの?」

 フランがそういうのも無理はない。それほどまでに魔理沙の顔は切羽詰っていた。

 「霊夢ッ、おい、霊夢! 冗談だろ、さっきまでいつもみたいにふてぶてしく笑ってたのに、いきなりこんな……!」

 ガクガクと揺らし、それでも反応のない霊夢に叫ぼうと口を開いて――

 「れい――」

 「うっさいわ! 耳元で叫ばなくてもふっつーに聞こえるわよ!」

 まったくもう、とブツブツ愚痴る霊夢だが、顔が青ざめているのを隠せていない。

 「霊夢、大丈夫なの!?」

 「何があったか知らないが、無理に起きるな。横になれ」

 「フラン、シオン。大丈夫だった――って、大丈夫じゃないか。それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうわ」

 素直に――いや、あの形ではまるで投げ出すように体を横にする霊夢には、いつもの余裕が見えない。

 「何があったんだ?」

 「毒よ。ナイフに塗ってあったんでしょうね。それも、最初のやつにだけ」

 「毒、って……まさか、私を庇ったあの時に?」

 「あーあー、そういう反応いらないから。私が勝手にやったことよ。あんたにどうこう言われる筋合いはないわ」

 それがフランに気を追わせないためだとわかるから、フランは何も言えなくなる。魔理沙は殴り飛ばされたところから戻ってくると、霊夢に問いかけた。

 「それが何なのか、わかるか?」

 「さっぱりね。通常の毒みたいにも思えるし、全く別のにも感じられる。聞きたいなら咲夜を叩き起こすしかないと思うけど……」

 チラリと咲夜が倒れている方を見る。未だ気絶している咲夜に、起きる気配はなかった。

 「あの様子じゃあ、ねぇ」

 ハァ、とため息を吐く。

 その様子を見て、シオンは幾度か逡巡し、そして決めた。

 「先に謝っとく。すまん、霊夢」

 「は? 何言って――ひゃ!?」

 素っ頓狂な叫び声を上げ、だが同時に、()()()()()ことも悟る。

 そしてシオンは、『脇腹』から指を引き抜くと、微かに付着した血を舐めとった。

 「な、な、な……何してんのよ、シオン!」

 「先に謝ると言っただろう。まぁそれで済むとも思っちゃいないが」

 あっけらかんと答えるシオンだが、額に若干の冷や汗が見て取れた。ジト目でシオンを見るフランと、反対に訝しげな表情を浮かべる魔理沙の対比がわからなかったが。

 フランがジト目になっているのは少しの嫉妬、魔理沙は何となくおかしさを感じてだ。

 吟味するように血を舌で転がす。それがなんなのかわかると、そのまま吐き出さずに飲み込んでしまった。

 「やっぱ美味しくねぇ。で、症状だけど。コレ、単なる麻痺毒だな」

 「美味しいわけないでしょうがッ。それにしても、麻痺、ね――だから触られたのに何も感じなかったのね」

 あの時反射的に叫んだ悲鳴は忘れたい。

 「んじゃ、霊夢はこのままほっといても助かるのか?」

 「いや、死ぬ」

 ピシリ、と魔理沙が固まった。

 「これは確かに麻痺毒だけど、かなり凶悪なモノだ。人間に使うようなモンじゃない」

 「ぐ、具体的な例は?」

 「打ち込まれた部位から全身に伝わると、体中の動き――正確には筋肉の動きを止める。そこから内蔵の動きを止めて、死に至る。元々はフランに使うつもりだったんだろう。その気になればフランは文字通り『全部』壊せるから、それを恐れて。そしてフランなら、このくらいの毒は人間で言う麻酔程度だろう」

 「じゃあどうして霊夢は無事なの!? シオンの話通りなら、()()()に使うつもりだった麻酔なんて耐えられるはずないのにッ」

 「霊力を使ってるだけよ」

 段々と息が荒くなってくる霊夢。肺の活動が弱まり始めているのだ。

 「別に、身体強化をするだけが能じゃないのよ……。例えば新陳代謝を上げて毒に対する抵抗力をあげたり、肝臓とかの特定部位を強化したり……小細工は、人間の十八番なんだから」

 「霊夢、何か手はあるか?」

 今やっていることは、単なる延命措置。悪あがきでしかない。このまま放っておけば、霊夢は死ぬ。

 「そっちは?」

 「……無い。フランに使うつもりだったなら、咲夜は解毒薬なんて持ってないだろうしな」

 「で、しょうね……仕方ない、か。シオン、私の腰辺りにある御札の束を取ってちょうだい」

 言われて、なるべく触らないようにしつつ紙の束を取る。形も大きさもバラバラなそれは、ある程度纏められている、としか言えない乱雑さだ。

 「その中に、二枚か、三枚しかない御札を取って……ちょうだい」

 御札の数は多い。流石に三桁は超えないだろうが、そう思わせられる量だ。その中のたった二枚を探すのは難しい。この緊迫した状況でならなおさらだ。

 それでもシオンは自身の能力を最大限活用し、わずか十秒で目的の札と見つけ出した。

 「これでいいのか?」

 「ええ……それを、私の胸の中心に……服の上からで、大丈夫だから」

 唇の色が冷めてきた。服の上からでもわかるほど霊夢の体が冷たい。しかも――心臓の音が、ほとんどしない。

 「次は?」

 「後は……私の両手を、札の上に……乗せて、くれれば」

 言われた通りに動かす。まるで自らの命を賭して祈りを捧げる巫女のような……そんな縁起でもないことを考えながら、シオンは多少でもマシになるだろうと、内気功を使って霊夢の細胞を活発化させる。

 やりすぎると逆効果にしかならない危険な行為だが、背に腹は変えられない。戦闘時と同じかそれ以上の集中力でもって内気功を使う。

 「他にした方がいいことは何かないか?」

 「今は、特に……数分もすれば、話すのに支障無くなると思うわ」

 ――その言通り、確かに霊夢は数分で体調を治した。

 「三人共、一旦休みを取ろう。流石に体力が落ちているし、このままレミリアのところへ行っても帰り道にあうだけだ」

 一同がホッとし、少し空気が緩んだところでシオンが提案する。

 「むしろそれ以外無いでしょうね。私はダウンしてるし」

 「私は魔力が無いな」

 「特に問題ないけど、私一人じゃお姉様には勝てないから……」

 結局、咲夜や美鈴をどうするのかについても後回しにして、四人は休息を取ることにした。

 そこでフランが疑問点を挙げる。

 「ねぇ霊夢、その御札ってそんなに効果がある物なの?」

 今は木に背をもたれさせて楽にしている霊夢に問いかける。

 「それについては、私よりも――」

 「ああ。私が説明させてもらうぜ。答えは『ある』だ」

 「そうなの? こんなちっさいのに?」

 「大きさ自体はあまり関係ないんだ。要は必要な部分が必要なところにさえあれば稼働するんだからな。御札の形が違うのは、まぁ、わかりやすく区別するためだろ。多分」

 「だけどこれ、俺が知らないモノもいくつか混ざってるんだが」

 「あーまぁ、それは和洋折衷にも過ぎるモンだからな……。私も最初見た時は驚いたぜ? こんな滅茶苦茶なのに効果は一級、しかもちゃんと発動してるときた。その道の専門家からしたら発狂するぜ」

 ちなみに魔理沙曰く、この御札はどんな力にも一定の補助(ブースト)をかけるらしい。

 それのどこが凄いのかを問うと、

 「ん、と……この説明でわかるかは知らないが、この際何でもいい。とにかく『完成したモノ』を想像してくれないか?」

 「それは改良できるような不完全な完成?」

 「いんや、後から付け足す必要も無駄な部分を削ぎ落とす必要もない、『完全な完成品』だ。そうでなくとも、芸術品だって別にいいぜ」

 「美術品なんて見たことがないが……まぁ、続けてくれ」

 「りょーかい。そう難しく考えないでくれよ? 目に見えない完成品。そして私達に出された問題は、その完成品に()()()()こと。それも、()()()()()()()()()()()()、だ」

 『それは――』

 「ああ。不可能、じゃぁないかもしれないが、まず無理だ。でも、霊夢がやったのは『それ』なんだよ。本来不可能な事を可能にする札。しかもこれ、何より恐ろしいのが、あらかじめ強者が力を封じ込めておけば、例えどんな弱者だろうとその一回だけは強大な力が使えるんだ」

 今回霊夢は自身の霊力による強化を一時的に増大させたらしい。その結果、毒が回るよりも早く毒を駆逐しえた。

 だがこの御札はそれ以外にも――それこそシオンの黒陽や白夜にもその効果を発揮するのだから末恐ろしい。

 「しかもこれ、完成したのが偶然でもなんでもなく、単なる『勘』だぜ? マジでやってられねーよ」

 「失礼ね。一応博麗の巫女が読む秘伝書の中身と、あんたに見せられた本の内容を適当に組み合わせてみたらできただけよ。……いくつか勘でやったけど」

 「おい待て霊夢。やっぱ『勘』じゃねーか」

 ボソリと付け足された言葉を、魔理沙は聞き逃さない。

 そんな二人を横目に、フランがシオンに問いかけた。

 「あれ? でもシオンも魔法陣を使ってるけど、それはまた別なの?」

 「ん、ああそれは――」

 「お、シオンも魔法陣作ってたのか? なら見せてくれよ!」

 霊夢との言い合いもなんのその、『魔法』陣と聴いて即座に駆けつけた魔理沙に気圧されつつ、シオンはレミリアと幽香との戦いで使った魔法陣を展開する。

 「ふーん、魔力糸を使って『加速』の術式か……潤沢な魔力を持ってて羨ましい限りだ。まぁそれは置いとくとして。コレ、ところどころ無駄があるぜ?」

 「そうなのか? 実は学んだ期間が少なくってな」

 「少なくてこれか? 天才ってのはどこにでもいるもんだな。ま、相応に努力はしてるんだろうけどさ」

 ぶつくさ言いながら魔理沙は疑問点を挙げ、それに逐一答えるシオン。

 最早周りに目が向いていない二人を眺めつつ、()()()()()()()()霊夢に言う。

 「――やっぱりギリギリ?」

 「正直シオンの内気功が無かったら、三・七で死んでたわね。言っておくけど七が死よ? ま、今も結構辛いんだけど」

 「私に何か出来ることは?」

 「あの二人に――いえ、魔理沙に気づかれないようにして。シオンはきっと、気づいてるだろうし」

 シオンの洞察力を、霊夢は過小評価していない。

 「わかった。二人に質問して意識を逸らすね」

 「……できるの? あの二人が言ってること、専門的すぎて訳わからないわよ」

 「それでも疑問点はあるから大丈夫」

 そしてフランは二人の後ろからこっそりと近づく。

 「この術式、アホだろ。魔力自体を貯めるのはいいけど、それを敢えて暴走させて攻撃に転換するとか……発想自体はいいが、一歩間違えれば自滅の思考だぞ?」

 「遠距離攻撃が殲滅するか全部ぶった切るか効果のない目くらましかのどれかしかなくってな。一時凌ぎでも必要でさ」

 「今は大丈夫なのかよ、オイ? 無茶をする私が言うのもなんだけど、これは流石に『無い』と思うぜ?」

 「一応他人の技を見てそれを利用してるから、それでなんとか――」

 シオンはチラリとフランを見る。だからフランは、魔理沙に背中から飛びついた。

 「うぉ、何だよフラン!?」

 「ちょっとしつもーん! シオンの陣と霊夢の陣、真ん中だけ違うのはどうして?」

 そう。確かによくよく見れば二人の陣の中心部分に存在するところだけは明確に違う。他の部分は、探せば共通点のようなモノが見えるのに、だ。

 一度シオンと目を合わせ、魔理沙が答えた。

 「そう、だな。フラン、技術ってなんだと思う?」

 「技術? ……自分の力を強くすること?」

 「それも一つの解だな。でも私は、『万人が覚えられる技』だと答える」

 それは、ある日魔理沙がふと思い至った考えだ。

 「一定以上の基準と一定以上の努力があれば、練度の差はあれ誰もがそれを使えるようになる。だけど、秘伝の奥義みたいに誰彼構わず覚えられるのが困るってモノは相応にある」

 「私も、それはあるけど……関係あるの?」

 「ある。こっからが本番だから、聞いてくれ。……この陣は、その形を覚えさえすれば、そしてそれを起動させるに足る力があれば誰でも使える。だけど、その内容如何によっては大量破壊兵器になるし、場合によるがもっと最悪なことになる。それを危惧したどっかの誰かが何をどう思ったのか、一つの答えを考えたのさ。――魔法陣を起動させるのに、鍵を付けようと」

 それがこの鍵ってわけだ、と空中に浮かぶ陣の真ん中を指差す。

 「一見するとただの文様だが、実はコレ、魔力の込め方を間違えると不発する」

 「え!?」

 「ちなみに人によってはその場で爆発するような仕掛けになってる。そこまで性悪な人間は早々いないが、自壊するようにはしているだろうさ」

 つまり魔法陣とはその人が考えに考え抜いた『暗号』なのだ。中心にあるモノに正しい順番で正しい量の魔力を込めて起動させる。

 しかも陣に使われる言語は様々な意味を持つ。まるでタロットの組み合わせのように、少し間違えただけで内容が変化する、それが魔法陣。

 「でも、それが中心に置く理由になるの? 端っことかでもいいんじゃないかな」

 「それがそうでもない。また例え話で悪いが、物語の中心って、誰だと思う?」

 「? ……主人公、じゃないの?」

 「そう、主人公だ。物語はあくまで話全体を示す言葉であって、()()()()()()()()()()()()()んだ。いわば軸なんだよ、中心ってのは」

 「軸……」

 「そうだ。どんなモノにだろうと『軸』が存在する。そこが変わるだけで、それ全体に影響を及ぼす程に中心は大切だ。だからこそ私達は中心に全てをかける。周りの奴は単なる付属品みたいなもんだ」

 そこで締めくくると、ふぅ、と魔理沙は息を吐く。熱弁しすぎて少し疲れたらしい。

 と、何やらすぐ傍でパチパチと手を叩く音がした。

 「シ、シオン、何やってんだよ」

 「いや、そこまでは知らなかったからさ……勉強になったと」

 だが、その言葉に一周回って冷え切った思考が魔理沙を襲う。

 「……やめてくれよ、単なる黒歴史なだけだ」

 心底冷え切った声で、表情で、そんな事を言う。

 努力して努力して努力して、その過程で知った魔法陣の存在。()()()()()()()()使()()()と思って手を出したそれは、あくまで手を出せない程の強大な魔法を使うためだったと知った時のあの絶望感を、今でも鮮明に思い出せる。

 いきなりブルーになった魔理沙をオロオロとしながら見るフランに、何故かフォローを入れないシオンに憤る。

 自分のせいでああなったのに、どうして謝りすらしないのか、と。

 その疑問は、次の瞬間消えた。

 「こんのバカ魔理沙ァー!」

 「げほぁ!?」

 霊夢に蹴られて吹っ飛ぶ魔理沙。

 「何すんだよいきなり!」

 「フン、あんたがしょーもないネガティブ思考だから、活を入れてやったのよ、活を!」

 「活入れるなら背中殴るでいいじゃねーか! 何も蹴る必要まではないだろうがッ」

 「霊力で作った()()ぶち込まれないだけマシだと思いなさい!」

 ギャイギャイ言い合う魔理沙には先ほどの知性の欠片もない。霊夢も未だ毒にかかっているとは思えないくらい元気だ。

 「い、いいのかな、アレ……」

 「あの二人はアレがちょうどいいんだよ。俺がヘタに口を出すよりよっぽどマシだ」

 「じゃあ、やっぱり」

 「――はー……ったく、オチオチ落ち込んでもいられやしねぇ。乱暴な奴を知り合いにしちまったもんだ」

 「それくらいがちょうどいいのよ、アンタは。調子戻った?」

 「ハ、あんな活入れられて戻らないわけねーだろ。……感謝は、しとく。ありがとな」

 珍しく礼を言う魔理沙に驚きつつ、霊夢は小さく笑った。

 「普段からそれくらい素直なら、さっさと父親とも和解できたでしょう、に……」

 唐突に力が抜け、倒れる霊夢。地面に倒れる――寸前でシオンが抱き止め、額に触れる。

 「……そりゃそうだよなぁ。副作用くらいあるか」

 熱い。新陳代謝を上げすぎた影響で、体全体が熱を帯びている。

 シオンが危惧したのがコレだ。内気功は細胞を活性化させるが、反面こういった部分に問題がある。本人の体力、細胞を活性化させられるだけのエネルギー、熱に耐えうるだけの精神力。諸々に不安が出る。内気功があまり使われない理由、その最後の一つ。割に合わない、だった。

 「……時間的にそろそろ行く必要がある。咲夜と美鈴をここに連れてきてくれ」

 指示通りに魔理沙が咲夜を、フランが美鈴を連れてくる。彼女達の両手首を合わせると、そこに黒陽を変化させた手錠を作る。美鈴には足枷も付ける。彼女は足技だけでも十分驚異的だからだ。

 「美鈴はフランが運んでくれ。魔理沙は咲夜を。俺が霊夢を運ぶ。ある程度速度は出すが、全力は出さないでいい?」

 「その……霊夢は、大丈夫なのか?」

 霊夢に無理をさせたのは魔理沙だ。そこまでネガティブにならないようにと気を張っているようだが、やはり無理をしている感は否めない。

 「大丈夫だよ。毒が完全に解毒されてないのに動いたからな。すぐに、とはいかないだろうが、収まるよ」

 「ならいい。待たせて悪い、行こう」

 「私が気配探知をするから、シオンは霊夢を落とさないように気をつけてね?」

 最後に冗談めかしたように言うと、フランは翼を広げて飛ぶ。その両手には美鈴がお姫様抱っこされている。次に魔理沙が、前に横座りさせている咲夜を落とさないようにしつつ飛んだ。

 そして、シオンが霊夢を揺らさないように、静かに走り出す。

 目的は、遠く見える紅い屋根、紅魔館。




今回は大半説明会になっております。
こうした理由なのですが、設定の補完が目的の大半です。ぶっちゃけ適当な感じに説明したせいであやふやとなっている部分が結構ありますし、いくつかなんて自分でも何が言いたいのかよくわからないところがあったので。

『外気功』と『内気功』
シオンが美鈴を見て間違えて覚えた身体強化の詳細。シオンが見たのはあくまで『美鈴が気を纏う』姿であったため、内気功の存在を永琳に指摘されるまで気づきませんでした。

『魔法陣の存在目的とこんな形にしている理由』
暗号を作るとか色々あったのですが、その詳細は省いていたので。
魔理沙がすっごく賢く見えますが、原作でも努力をしているらしいので、これくらいは当然かな、と。特にうちの魔理沙は魔力量が足りないせいで色々と苦労しており、それを解消するために手を伸ばしまくってますし。

本当は、たまに魔力を込めるために本人の血を利用したりしていて、それを嫌がるフランの描写を入れたかった(他人が血を流すのと自分が流すのはまた別)のですが、ちょっと時間が足りず断念。

暇があったら入れるかと。
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