東方狂界歴   作:シルヴィ

72 / 97
記憶が無い故に

 紅魔館門前。かつて通ったその道を、シオンは霊夢を揺らさないよう蹴り開ける。

 「ホントに手前で止まってる……」

 それを他所に、フランは門のほんの手前で途切れている斬撃の後を見た。確かにシオンの言った通りだが、どこか複雑に思うのも無理はない。

 「そう狙ってやったからな。できるって言っただろ?」

 「うん、それであっさり信じられるなら、それは狂信と変わらないと思うんだ」

 どこか冷めた眼で見てくるフランから顔を逸らす。逸らした先で霊夢が汗を流し息を荒げているのを見て、シオンは一気に意識を切り替える。

 「霊夢、意識は? あるなら体調を教えてくれ」

 門をくぐり中庭へと入りつつ霊夢へ尋ねる。それから彼女を降ろし壁へ寄りかからせて楽になれるようにする。

 何度か深呼吸をしてから、霊夢は答えてくれた。

 「大体半分くらいは、解毒できたってところ。ただ動くと悪化するから、私はこれ以上戦えそうにないわ。悪いわね」

 「元々こっちの都合だったんだ。霊夢がいなきゃフランが毒を受けて身動き出来なくなってただろうし、そうなったら美鈴と咲夜の二人がかりで来られて負けた。霊夢がいたから、なんとかなったんだ」

 「――ま、魔理沙が来たからってのもあるけどね」

 「そんなことねぇよ。どっちにしろ私が来なくても何とかなっていたぜ、きっと。なぁフラン」

 「うん。きっと今より酷い状況だったと思うよ」

 「わかった、わかったから別にフォロー入れなくてもいいわよ。で、続きだけど」

 立て続けに慰められたからか、青白い頬を赤くして霊夢は話を逸らす。

 「私はこれ以上動けそうにない。でも、美鈴と咲夜を監視する程度ならどうにかなるわ。二人はここに置いて、あんた達三人でこの異変を何とかしなさい。後はレミリア……フランの姉だけなんでしょう?」

 「……まぁ」

 実際は後一人――いや二人程参戦する可能性があるのだが、彼女達が動く可能性は低い。まず一人だけだと考えるべきだろう。

 「だったら、後顧の憂いは断つべきよ。せめてそれくらいは、役立てない身で何とかする。だからあんた達も、前だけ見ていなさい」

 「霊夢らしいぜ。私は言われなくてもそうするつもりだ」

 誰よりも真っ先に答えるのは、やはり魔理沙。彼女はそれこそ誰よりも霊夢の強さを、その存在を信じている。その逆もしかり。だから彼女達は、緊急時に多くの言葉を交わす必要は無い。

 「無理そうだったら私を呼びな。急いで駆けつけてやるよ」

 「はいはい、精々期待しといてあげるわ」

 ヒラヒラと手を振る霊夢。シオンは若干眉を潜めていたが、やがて美鈴と咲夜の拘束を両腕のみでなく、両足にも施した。

 咲夜はともかく、美鈴は足技も驚異的だ。例え両腕を封じられようと、今の体調が悪すぎる霊夢相手なら勝てるだろう。

 「霊夢はきっと、ごめんって言っても受け取らないよね? だから、ありがとう。これが終わったら、私から何かお礼がしたいな」

 「取らぬ狸の皮算用。そういうのは全部終わってからにしなさい。――貰える物は貰うけどね」

 フランを窘めつつ霊夢は笑う。霊夢が付け加えた言葉にフランも小さな笑みを返した。

 お互い冗談を言い合えるくらいには緊張感が解れている。これ以上ここにいても、無駄に時間を喰うだけでいいことはないだろう。

 「さ、行くぞ二人共。霊夢、不意打ちに気をつけて」

 「そんなことわかってるわよ。そっちも、私に忠告したんだから、不意打ちに気をつけなさい」

 小さく頷き、シオンは踵を返して紅魔館の玄関へ向かっていく。その足取りはやや速い。

 (――……やっぱり気づかれてた、か)

 全身を脱力させ、先程よりも遥かに息を乱す。

 霊力による身体の一部のみを強制強化。さらにそれをブーストして毒に対抗し、本来できない猛毒を克服する。聞こえはいいこの言葉だが、忘れてはならない。

 それは単に、自身の限界を超えた事をしているだけなのだと。

 (シオンの内気功もなくなっちゃったし、後は気力との勝負。辛いわね)

 霞む視界。朦朧とする意識。だが眠れない。眠ったが最後、霊力の供給が途切れ、まだ体に残った毒が霊夢を殺す。

 いくら術式の補助(サポート)があろうと、それは補助であって主要(メイン)ではない。霊夢の意識なくなれば、自ずと消えてしまう。

 だから眠れない。眠れば死ぬという緊張感だけが、霊夢をつなぎ止めていた。

 だがすぐに、その考えが間違っていたと気づく。

 確かにこれで実質的な被害を被るのは霊夢だけ。いつもの自分なら『自業自得ね』の一言で済ませるだろうそれを、今だけは否定する。

 (……だって、私は……三人を裏切ることができないから)

 魔理沙は『信じている』と、ただそう言ってくれた。フランは『お礼をする』と、『この後』の事を語ってくれた。全部終わって、何もかも解決した後の事を。

 シオンは――そういえば、シオンだけは何も言わなかった。

 (……アイツらしいっちゃアイツらしいけど、せめて一言くらい)

 ハァ、と内心でため息を吐きそうになりつつ、でも文句は言えない霊夢。ここに来るまで誰よりも霊夢を気遣っていたのはシオンなのだ。これで文句を言えばバチが当たる。

 (せめてここから、祈っていようかしらね)

 何もしていなければ気絶するのなら、想い続けていればいい。

 霊夢の勘では、この異変は()()()()()。より正確に言うのなら、誰もが思い描く幸運な結末(ハッピーエンド)が存在しない。

 だから、霊夢は願う。

 ――あの三人に、幻想(ユメ)現実(シンジツ)にする力を。どうか。

 

 

 

 

 

 見えてきた紅魔館の玄関口にある扉は、かつて見たときより小さい。だが何故だか、あの時よりも遥かに大きく見えてしまう。それだけの圧迫感。

 「なぁ、シオン。私の勝手な想像に過ぎないんだが、これは……」

 「いる、んだろうな。多分――いや、きっと」

 ゴクリ、と息を呑む魔理沙。扉越しでこの重圧感(プレッシャー)――フランの姉、とは聞いていたが、その威圧感は全く違う。あるいはフランが隠しているだけで、彼女もここまでの気迫を持っているのだろうか。

 一歩後ずさりそうになった魔理沙に、シオンは心に伸し掛かる負担を軽くするために言った。

 「魔理沙はレミリアの相手をしないでいい。道中にも言っただろう? 魔理沙が相手をするのはあくまで」

 「『彼女』だって言うんだろ。わかってるよ。でもな、人間にとっちゃ、()()()()()()()、ってだけでも末恐ろしいもんなんだぜ」

 それは――わかる。

 かつて幽香と対峙したとき感じたあの感覚。どうしようもない程理不尽な、勝てないと悟ってしまう絶望。

 「なら、それ以上の『何か』があれば話は別か? なら、そうだな――これが終わったら、魔理沙の新しい装備でも考えるか?」

 「お、マジか!? ああでも、これが終わったらは多分無理だな。色々忙しくなるだろうし」

 「そうか? なら全部終わった後だな」

 「おう。楽しみにしてるぜ!」

 快活に笑う魔理沙。だが対照的に、フランはずっと押し黙ったままだ。先ほど霊夢と話していた面影はない。

 だからこそ魔理沙と談笑して少し明るい雰囲気にしようと思ったのだが、むしろフランの暗さを際立たせるだけだった。

 「不安か? フラン」

 「……うん。勝手に出てきた私を、お姉様がどう思ってるのか。――もし、もしも」

 嫌われていたら……そう言おうとして、口を閉ざす。

 言ってしまえばフランは家出したようなもので、それに心配はすれど嫌うことなどまずないというのがシオンの考えだ。いや、あの妹に対する愛情溢れる(そして溢れすぎた)姉なら、それこそ抱きつきそうなぐらいだ。

 ――時と場面が合っていればの話だが。

 「それはないよ。断言する」

 「どうして? シオンはお姉様の心がわかるの?」

 「いんや、それはない。でもなぁ、どう予想しても、多分レミリアは――」

 そこで紅魔館の玄関に辿り着いてしまう。ここに留まり続ければ、いずれしびれを切らしたレミリアが『グングニル』でもブン投げてきそうなので、話は一旦中止するしかない。

 「レミリアのことだからまずないと思うけど、扉を開けた瞬間の奇襲に気をつけて」

 「シオンの背中にいりゃ多少安全だろ。っな」

 「それ、シオンのこと盾扱いしてないかな? 安全なのは同意だけど」

 これを信頼と受け取っていいのか、それとも本当に盾扱いしているだけなのか、思慮に悩むシオン。

 それでも気を取り直して、扉をグッと開けた。

 ギィィ、と耳を刺激する音が鳴り立てる。これだけの音なら、多少遠くても気づくだろう。

 「あら、いらっしゃい。随分遅かったわね」

 目の前にいるのなら、なおのこと。

 テーブルも何もない、ポツンと置かれた椅子。そこの背もたれの上に座り、翼を出してバランスを取る。足は本来座るべき場所に置かれていた。

 片腕を軽く広げ、レミリアは告げる。

 「おもてなしできる程の用意は無いけれど、どうか楽しんで行って? ……()()()()()、ね」

 かつてシオンが初めて会った時の優雅さや茶目っ気はどこにもない。

 殺気混じりの瞳と声が、彼女の心象を如実に表し、そこに交渉の余地などありはしないと告げてくる。

 シオンはともかく、フランはビクリと慄き、魔理沙は声すら出せない程歯を食いしばる。二人共これだけの殺気を浴びたことがほとんどないのだ。

 ――殺される。

 自分が死体となる、そんなイメージが湧き上がりかけるほどの恐怖心。

 「――と、言いたいところなのだけれど」

 一転、レミリアは殺気を打ち消しパチンと指を鳴らす。

 壁にかかった松明が、遥か頭上にあるシャンデリアに刺さった蝋燭が一人でに火を灯し、夜闇を仄かに照らし出す。

 彼女の重圧から解放されたフランと魔理沙は、顔には出さないようにしつつ全身を脱力させた。それで自分達が極度に緊張していたのだと気づかれた。

 「あなた達は二人を殺さなかった。だからこちらも、一度だけ優しさを見せましょう。――フランを置いて、今すぐここから去りなさい。そうしたら命だけは見逃してあげる」

 これはレミリアにとって最大限の譲歩だった。

 姿は見えずとも、レミリアはここから戦闘の気配を掴み続けていた。その結果、気や魔力の淀みから二人が負けたと悟り、だが死んではいないとわかって安堵した。

 それでも二人をボロボロにした彼らに怒りを覚えないわけがない。今のレミリアはそれをギリギリのところで抑えていたのだ。

 即ち、『彼らはフランをここに送ってくれて、私達はそれを攻撃でもって返した』――と。

 そう思うことで、悪いのは自分達なのだと抑えていたのだ。森を荒らしたシオンに金や武器を要求しないのはそのためだ。

 結局のところ、レミリアにとって『フラン達がいればそれでいい』のだから。

 だがそれを受け入れるのは、最悪の一つ。レミリアは一度無理矢理外に出た――と、少なくともレミリアは思っている――フランを外に出すのを許さないだろう。つまり、フランはまたあの牢獄へと戻ることを示している。

 それを恐れて後ずさったフランを見て、シオンは意識するより先に答えていた。

 「悪いけど、命を喪うのを恐れてここまで来たわけじゃないんだ」

 「……つまり? どういう事なのか、はっきり答えて欲しいのだけれど」

 「断る」

 簡潔な一言。それ故にレミリアはシオンの意思を明確に汲み取り、自身の我慢が無駄だったのを悟った。

 「シオン……」

 そして、最愛の妹が、目の前のシオンとやらを信じていることも。もう一人の魔女あるいは魔法使いは答えないが、返答を聞く意味はない。

 「そう」

 低く、小さな声。

 「あなた達の考えは、よくわかったわ」

 怒りと殺気を滲ませた声は、先ほどの比ではない。

 「そして、そこの人間。私はあなたを――絶対に、許さないッ」

 鋭い爪を持った指を向けてくるレミリアに、ッチ、と小さく舌打ちするシオン。

 ()()()()()()()()――などと愚痴を言える訳もなく。レミリアは既に戦おうと妖力を高め始めている。余計な事を考えている暇はない。

 「魔理沙、手筈通りに! フラン、サポートを頼む!」

 「わかってる! 信じてるぜッ」

 「死なないでね、魔理沙!」

 箒に乗り、魔力を込めたのが合図になったのか。

 シオンの視界を、幻想的な光が埋め尽くす。

 「白夜!」

 全てを打ち消す必要はない。最低限――×の印を描くように剣を振るう。

 切断するという一点において至上の信頼ができる剣は、シオンの知る限りこれのみ。だが相手にとってはシオンが衝撃波――剣圧で打ち消したと思うはず。それでいい。実らなくとも後に繋がる伏線を残しておければ。

 シオンは右に、フランと魔理沙が左に動く。

 椅子から飛び降り斬撃を躱し、壊れた破片を腕で防ぎつつ、レミリアは気配で分かれた事を察した。レミリアは魔理沙を狙って弾幕を放つ。もしここでレミリアが本気で怒り狂っていたのなら、魔理沙を置いてシオンを狙っただろう。全力で。

 しかしレミリアに残った冷静な部分が、狙うべきは魔理沙だと囁いた。例え感じる気配から、取るに足らない存在だとわかっても、そのほんの少しの油断で敗北しては本末転倒。だからこそ魔理沙を狙う。

 「させないよ――『レーヴァテイン』!」

 遠慮なしに炎を噴出させ、その業火でもってレミリアの攻撃を打ち払う。

 シオンとは違い、フランは手札を隠さない。フランがレミリアの手札を知っているように、その逆もしかり。だからこそ、敢えて全力で戦うのだ。

 「魔理沙、今!」

 「おう!」

 魔力総量が少ない魔理沙にとって、少しの飛行でもそれなりの支障を来す。それでもなお箒に跨り移動するのは、それだけレミリアが危険だからだ。

 そう――

 「打ち抜きなさい、『グングニル』」

 一度放てば絶対に相手を打ち抜くという、神槍を持つがゆえに。

 腕をたわめ、投げる。それだけの動作をさせないために、シオンは手札を一つ使う。

 「黒陽、落とせ!」

 同時、シオンとレミリアが膝をつく。

 「お、も……!?」

 いつもなら軽々と振り回せるはずの槍が、途方もない重量を発揮している。仕方なしに槍の先を地面に突き刺して堪える。

 一方シオンもレミリアと同じく、いやそれ以上の負荷がかかっていた。

 身体能力では彼女よりも劣り、耐久力など言うまでもない。その上で彼女と同じだけ増加させた重力の影響を受けているのだ。

 (体が、軋む……! でも、あともう少しで――)

 ミシミシと音を立てる体を無視し、視界の端で魔理沙が地下へ向かうのを見る。

 本来ならレミリアの周辺の重力だけを増加させればいいと考えるだろう。だが黒陽はシオンが扱える以上の力を使うと、力が逆流して使用した本人を苛む。

 そして、黒陽から離れれば離れる程それに伴って必要とする力は増え、反動はキツく、辛いものとなる。だからこそシオンは、黒陽を中心に重力負荷を跳ね上げるしかなかった。

 一時の痛みと、戦闘に支障をもたらす程の傷を負うのでは、前者の方が圧倒的にマシだったからだ。

 「邪魔を、するなぁッ!」

 レミリアが叫び、槍を持たぬ左腕を振るう。

 そこから撃たれたのは妖力をこめた弾丸。軌跡を描いて動くそれは、弾というよりも針、あるいは小さな槍だった。

 「クソッ!」

 狙いは脳天。重力制御を手放し横に転がり回避。だがその一瞬でレミリアは立ち上がり、再度槍を構えなおす。

 「やらせない!」

 目の前に広がる炎の壁。燃え盛るそれによって魔理沙の姿が掻き消え、フランが壁を背に『レーヴァテイン』を構える。

 レミリアの持つ『グングニル』は、フランと同じくレプリカであり、更に力を抑えている。『必ず命中する』というその能力も、そのせいで『相手を視認している』状態でなければその効果を発揮し得ない。

 もう魔理沙は地下へ向かう通路に入ってしまった。二人が足止めをする以上、追いかけられないし追えない。

 この時点でレミリアは、この三人の狙いが援軍を嫌ってだと悟る。

 「いいのかしら? あのひよっことパチェじゃ、才能という一点からしてもかなりの差があると思うのだけれど」

 「否定はできないね、それは。でもさ、あんまり魔理沙を舐めないほうがいいよ?」

 不敵な笑みを浮かべる人間。

 「だね! 魔理沙はすっごいんだよ、お姉様」

 無邪気に笑顔を向けてくる、大切な妹。

 癪に障る。二人の笑顔が気に入らない。どうしてフランは、何故――

 「なんでよ、フラン。どうしてなのよ」

 「……? お姉様?」

 顔を伏せ、肩を震わせるレミリア。先ほどの激昂はまだ心に燻っている。だがそれ以上に、悲しかった。

 「ソイツやあの魔女にはそんな顔を見せてあげてるのに、どうして私にはその笑顔を見せてくれなかったのよ、フラン……ッ」

 「――――――――――――――――――え?」

 一瞬、フランの思考が止まる。明確な隙。そこを狙えば有利になるというのに、しかしレミリアは狙わない。心中に宿る不可解さが、レミリアを動かしてくれなかった。

 「あの時からずっと、ずっとずっと……一日たりともあなたの事を考えなかった日はなかった。私はあなたの、フランドール・スカーレットの『お姉ちゃん』だから。それなのに私は守られて、逆にあなたを暗闇の中に閉じ込めるしかなかった。……そうしなきゃ、あなたは全てを壊して、それを後悔したあなたの心は絶対に耐えられないから」

 四九五年。それだけの年月を、レミリアはスカーレット家の当主として行きながら、同時にフランを外に出してあげる為の手段を探し続けた。

 「あなたが孤独の中でどんどん狂いかけているのを、ただ歯を噛み締めて見ているだけしかできなかった私が、こんな事を言うのはお門違いだってわかってる。でもッ!」

 槍を握り締め、今にも泣き出しそうな顔で、レミリアは叫ぶ。

 「――どうして、あの時に逃げ出したの!? そんなに私の事が嫌いなの!?」

 逃げ出したのには理由がある。もしあの時美鈴と咲夜に捕まれば、フランはシオン達に異変を知らせることができなかった。

 だが、それが――そのことが、レミリアを苛ませていたということに、今更気づかされた。

 フランからすれば、レミリアは自身を閉じ込めた存在なのだ。そしてそれをレミリアが気づいていないはずがなく、それ故彼女は恐れている。

 自分は『姉』ではなく、憎き『怨敵』なのではないかと。

 「……レミリアにとって、フランが外にいることは訳がわからないんだ」

 「シオン?」

 いつの間にか隣にいたシオンは、レミリアを見たまま言う。

 「俺が能力を制御する術を渡したことを知らないから、フランはまだ外に出ることを恐れていると思っているんだよ。なのにフランは外に居て、更に初対面であろうはずの相手と笑顔を交わし、親しげにいる。――お互いの立場を逆にして自分に当てはめれば、どう思う?」

 「……理解、できない。不気味に思う、よね」

 「ああ。そして多分、レミリアはこう思うはずだ」

 小声で話す二人に、いきなりレミリアは槍を突きつける。

 「俺がフランを洗脳したんじゃないか――って」

 「フランに一体何を吹き込んだのよ、人間!」

 シオンはレミリアの瞳を見る。よく見知った色を宿した眼を。

 (憎悪――か)

 「ま、待って! いきなり飛躍しすぎだよ!」

 「この際他のことは抜きにして考えれば、それが一番()()()()()んだよ」

 「納得――?」

 フランが相槌をうった瞬間、レミリアはグングニルをシオンに向けてぶん投げる。真横にフランがいる事さえわかっていないかのように。

 それを交差させた黒陽と白夜で受け止める。衝撃を膝で受け止め数歩分下がるが、グングニルを弾き返せた。

 「人は自分の見たいものだけを見て、知りたい事だけを知りたがる。だから、まぁ――自分が納得できる事を思い込んだって、仕方ないだろう? 暗示みたいなもんだよ」

 「それって……じゃあ、お姉様は――!」

 「妹を騙そうとしている極悪人――とでも、思ってるんじゃないかなぁ、俺のこと」

 もし男性、あるいは女性不信の人間がいたとする。そんな人間がわずか一日で男性あるいは女性と親しげに笑っていたら、嬉しく思うよりもまず不気味に思うはずだ。

 それが重度であれば、なおのこと思う。そしてフランはその重度。狂う一歩手前まで行きかねた程だ。むしろ狂ってなかった事に疑問を感じる。

 そんなフランがあっさりと信頼している様子を見れば、信じられなく思っても無理はない。

 シオンは軽く笑うが、引き攣っているのを隠せていない。

 (予想してたけど、マズい、マズすぎる……!)

 元から期待していないが、話し合いという線が完全に消滅した。しかもあの憎悪。シオンを殺さなければ、アレは生半可な事では絶対に治まらない。

 「絶対に――殺してやるッ」

 シオンに見えたのは、レミリアが足元の床を破壊した軌跡だけ。

 「シオン、危ない!」

 フランはレーヴァテインを構え、レミリアの薙ぎを受け止める。油断していた。戦闘中に考え事をするなど愚の骨頂。

 最近本当に温くなってきていると叱咤しつつ、シオンは段々と押され始めているフランの加勢に入る。

 フランの後ろから、剣と腕を隠して攻撃。フランの脇を通った攻撃は、だがレミリアの手で掴まれて阻まれる。驚異的な腕力は、片手で槍を持ち、片手でシオンの剣を押さえつつもピクリとも動かない。

 (これが……レミリア(お姉様)の本気……!)

 かつてシオンとレミリアは戦った。だがその時、レミリアはここまでの強さを発揮しなかった。手加減されていたとわかっていても、これほどだとは思わなかったのだ。

 剣を持つ手を引っ張り、逆に槍を持つ手を押し出す。シオンはレミリアの方へ、フランは後方へと吹き飛ばされる。

 ちょうど交互に入れ替わるような二人に、レミリアは槍をグルリと回して逆手に持つと、その穂先をシオンへ突き刺す。

 シオンは剣を手放して伏せると、髪を払われていくのを感じながら前へ踏み出し、左手を引き絞って掌底を打つ。しかしレミリアは足を曲げて膝蹴りを繰り出すと、掌底を相殺させた。技後硬直で固まるシオンに、あらかじめ作っておいた魔力槍をぶちこむ。

 それをフランがレーヴァテインの炎で打ち消し、その余波でレミリアを退ける。昔と違い多少はこの程度の小細工ができるようになった。

 仕切り直し、と三人は睨み合う。

 レミリアはフランを傷つけないよう後方へ飛ばし、その間にシオンを狙う。シオンとフランはレミリアを殺さないよう注意しつつ、自分達が殺されないようにする。どちらも本気、全力でありながら制限された状態。

 明確に勝てるというヴィジョンが見えない。

 それはレミリアも同じだった。シオンとフランは、強い。怒りを持ちつつ、だが頭ではそれを理解していた。認めていた。

 だからこそ――許せない。

 フランと共に戦える存在がいるのを。そうできるだけの信頼を築いているのを。

 醜い嫉妬だとわかっていても、感情が理性を踏みつける。

 「絶対……絶対、取り戻してみせる」

 それが何を意味しているのか。

 最早レミリアにさえ、そんな事がわからなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。