紅魔館の変わらない光景、その廊下を歩く。
(クソッ、地下への道が見つからねぇ。せめて走れれば別なんだろうが)
シオンとフランに道順は聞いた。だが余りにも変わらない、目印の無い紅魔館では、すぐに迷ってしまった。
魔力総量が少ない故に箒に跨って飛ぶ方法は使えないし、年齢的に少ない体力から走れないし、それを補う身体強化は魔力を消費するため本末転倒。だからそのどちらも消費しない、歩くという移動手段しか使えない。
一度懐に手を入れ、そこに収まるモノに触れる。
キリ、と爪で硬い何かを引っ掻く音。数瞬悩み、だが魔理沙は首を横に振ると、手を出す。
(……一度、
鋼鉄の扉で閉ざされた地下への道。少しだけ変な、据えた肉の匂いがしたような――一体なんだったのだろうか。あの道は。
どちらにしろあそこではない。大量の古い本が放つ、その独特の臭気は覚えている。魔理沙はすぐにそこから退いた。
それから既に数分。シオン達の戦いは激化しているのか、たまに強大な力の奔流を感じる。シオンもフランも、そしてレミリアも、魔理沙では想像できない程の力を扱いこなしている。
それに嫉妬を覚えないでもない。だがそこで足踏みし続ける事を自身のプライドが許さない。歩みを止めれば、自身の今までの道程も、やっと和解し、信じてくれた父親の想いを、そして自らの夢を否定する。
頼りはする。だが決して諦めない。それが今の魔理沙だった。
「――ん?」
ふと自分以外の魔力を感じた。シオンも魔力を使うが、この感覚はシオンの放つそれではない。おそらく別の誰か。それも、かなり強大な力を持った誰か。
何故そんな事を――? と思ったが、ふと気づく。
(そりゃこんだけ揺れてればなぁ……)
本棚に入れていても床に積んでいても、倒れて崩れるのがオチだ。それを何とかするために小型の結界か何かで防護したのだろう。その残滓が、魔理沙の感じた魔力。
だがありがたい。道筋はわかった。後はそこを歩いていくだけ。幸いそこはあまり遠くなく、すぐにたどり着いた。そこは何故か階段ではなく緩やかな傾斜だった。情報では喘息の持病持ちと聞いたから、負担を少なくするためと、歩いている途中で休めるようにそうしたのだろう。
そろそろ敵と相対すると理解した魔理沙は、掌に汗が滲んでいるのを見て苦笑する。任せろと自信たっぷりに頷いたものの、本当の意味でこれは魔理沙の初戦闘。緊張しているのまでは誤魔化せない。
「――そんなに怖いのなら、帰っても構わないのよ?」
「いや、そういうわけにもいかないんだな、これが」
やはり、そこにいた。当たり前だ。本を大事にする人間が、図書館で戦おうとするはずがないのだから。
「まぁ仮定の話としてだ。私がここで帰ったら、あんたはどうするつもりなんだ?」
「レミィの助けに行くつもりよ」
「それをしないっていう選択肢は?」
「あなたは親友を助けないの?」
その、質問であり同時に回答でもある言葉に、魔理沙は何も返せない。
だってその質問は、答える必要がないほど当たり前のことなのだから。
「やっぱしそうなるよなぁ……」
「ええ。私としてもあまり時間をかけたくはないの。だから」
――ここで、消えて。
小手調べの弾幕。魔理沙が重傷を追う程度には魔力が込められているそれを、魔理沙は箒に跨り空を飛んで交わす。
魔理沙が空を飛んだからか、パチュリーも応じて宙に浮かぶ。
「とりあえず名乗っとくか。私は魔理沙。霧雨魔理沙! 将来魔法使い志望の魔法使い見習いだぜ!」
「そ。私は『七曜の魔法使い』パチュリー・ノーレッジ。将来の魔法使いさん、七つの色が織りなす幻色を、その眼に焼き付けなさい。そして知りなさい。魔法とは、どんなモノなのかを」
「言われなくてもよーく知ってるよ!」
……まずは日。
極々単純な、超々高温のプロミネンス。自身にも影響のあるそれを、水の魔法で熱を遮断しておく。逆に小さなプロミネンスの熱を真正面から受ける魔理沙は、たった数秒で、かなり離れているにも関わらず大量の汗を掻いていた。
(マジかよ、いきなりコレとか洒落になってねぇ!!)
魔力をそのまま放出するタイプの魔理沙はともかく、パチュリーは詠唱を元に魔法を使う、純然な魔法使いだったはず。ということは、あらかじめ詠唱をし、それからここに来たのだろう。何が『帰っても構わない』だ。戦う気満々ではないか。
魔理沙は心中で叫びつつ、反撃を試みる。だが余りにも高すぎる熱の余波で弾幕は溶かされ、全て無意味と化す。
顔が歪むのを感じる。わかってしまったのだ。パチュリーは確かに魔力量が自身と比べ物にならない程多いが、同時に魔力制御に長けている事が。どちらかが疎かになっても魔法というのは発動しない、あるいは暴発するが、魔力が多少足りずとも魔力制御ができれば、一ランク上程度の魔法は使える。逆もしかり。
つまりパチュリーは、有り余る魔力にあぐらをかかず、努力し続けたということだ。
だから、彼女がこの攻撃をミスるという理由は無い。
「ッチ!」
魔理沙は大きな舌打ちをすると、シオンから手渡された『石』を放り投げる。微かに訝しんだパチュリーは、次の瞬間目を見開くと、咄嗟に後退しつつも温度の遮断に使っていた水魔法に魔力を注ぎ込む。
そして――視界が光で埋まりきった。
「いってぇな、ォイ……威力ありすぎだろ」
魔理沙は懐から取り出した石を見る。ほんの少しずつ漏れ出す魔力はシオンのそれ。
――道中に渡された秘密兵器。それがこれだった。
シオンは既に魔力を貯める魔法陣を開発し、利用している。魔力糸を使えば即座に使える程に習熟したその力を利用し、途中で拾った手頃な石にその陣を刻み込んで魔力を込めた。元々シオンの魔力は無色透明。だから魔理沙の魔力が切れた時に備えての魔力タンクにしておこうと渡してくれたのだが、まさかこんな使い方をするとはシオンも思っていなかっただろう。
そして先ほどの現象、単純に使われた魔力が大きくなりすぎてパチュリーがあの魔法の制御ができなくなり、結果暴発したというだけなのだが……
(魔力込めすぎだぜ、シオン。……石はあと二つ。大事にしねーとな)
流石に道中説明しつつ石に魔法陣を刻み、それに魔力を込める作業はシオンとしても神経を擦り切らせる作業だ。しかも石の大きさはそれぞれ違い、三つともこめられている魔力量が違う。そもそも三つ作れただけでも上々だと本人も言っていた。
道中来る前に使おうかと思ったが、使わなくてよかった。流石に一個だけであれだけの魔法を使える魔法使いと戦うのは分が悪いどころの話ではない。
念の為に一番魔力がこめられた石を投げたが、これからは考えて使わないとマズい。何より重要なのは、この石の数がバレないように振舞わなければいけないことだ。バレればまた力押しのゴリ押しされる。
ふいにタラリと血が流れる感覚。腕を見ると、血が伝っていた。壁や床、天上が爆破した時に出た破片が腕を切り裂いたのだろう。とはいえあのプロミネンス相手にこの軽傷なのだ。御の字というモノだろう。
パチュリーは瓦礫の先に隠れて見えない。魔力も感じない。
「出てこいよ。まだ終わってないんだろう? 終わってたら拍子抜けだぜ」
声をかけるも返答はなし。ふぅ、と息を吐いた、その瞬間。
――ヒュン、という風切り音と、金属の槍が飛んできた。
箒でガードし、だが勢いの乗った攻撃を受け流せず吹き飛ぶ。それでも吹き飛ぶ途中に箒を操作し、ブラ下がりながら旋回する。
「やーっぱ生きてんじゃねぇか。油断した私が悪いからどうこう言うつもりはないけどさ」
「……何を、したの」
「あ? 私が何をしたって?」
聞き返す魔理沙に、パチュリーはどこか苛立っている様子を見せる。最初の冷静さはまだ残っているが、何か妙に気になっていることがあるような……
「ただの石程度で私の魔法を暴走させられるはずがない。一体何の細工をしたのよ?」
話してもいいものか、悩む。話さなければ無理矢理にでも聞こうと攻撃してくるだろうし、話しても奪おうと攻撃してくるはず――あ、一緒だなこれ。
「話す理由があると思うか? 一応秘密道具だぜ、これは」
「……そう、そうよね。だったら――無理矢理にでも聞き出す!」
(うっわー予想通りだなおい。そうじゃなきゃ魔法使いなんてやってられないけどさ)
探究心の塊が魔法使いだ。その心理は理解できる。できるが――。
目の前に現れた木々を見て、思う。
(待て。それを一体何に使うつもりだ?)
どことなーくウネウネしている様に見えるのだが、気のせいなのだろうか。予想できるが予想したくない。
「あなたが懐から石を取り出したのは見えたわ。だったら、
……素直に渡した方がよかったかと、若干後悔した瞬間だった。
「ッチ、うわ、ちょ、どこ狙って――待て、そこは洒落じゃすまないからな!?」
「だったら素直に渡しなさい。そうしたらまともに戦ってあげる」
「そんな気サラサラ無いくせによく言えるなそんなこと!?」
横を掠めていく木の枝を避け、大きく宙返りをして後方と前から来た枝を躱す。と、いきなり天井から生えた木を、体のバランスを崩しながら腕で押しのけて防御。
その瞬間、魔理沙は下方に弾幕を展開。隙を伺っていた枝を吹き飛ばす。
(厄介としか言えねぇ! 大半の枝の強度はクリーンヒットでかなり痛いってくらいだろうが、一部だけは……)
あくまでもパチュリーの狙いは魔理沙の打倒。
だからこそ彼女は、攻撃の中に本物の、『刺さる』枝を混ぜた。
既に何度か体を掠めている。魔理沙は防戦一方に追いやられていた。
服が避けられ、裂かれた場所から止めどなく血が溢れる。この速度では、遠からず血を失いすぎて失神する。
(一個無くなっちまうけど、仕方がないかッ)
魔理沙は箒に片足立ちになり、
「クッソォ!」
覚悟の一喝、両足立になると足を巧みに動かしてグルリと半回転。即座に懐から八卦炉を取り出すと、残存魔力すら気にせず、ただ力を飲み込ませる。
「これが私の全力だッ、喰らいやがれ!」
「……――」
パチュリーは何も言わない。ただ魔理沙の妨害をしようと枝を手繰るだけ。その事に訝しみつつも、魔理沙は八卦炉を持つ手を前に出す。
「『マスタァァァァ―――――スパァァァァァァァクッ』!!」
森を吹き飛ばす時とは遠く及ばない威力。だがそれでいい。あの時と同等の威力を出せば、問答無用で殺してしまう。無力化できればそれでいいのだ。
「……――『
それは油断だった。格上相手に『無力化できればいい』などという思考は愚の骨頂。本来なら殺しにかかってしかるべきなのだ。
パチュリーの手に現れるのは、棒と、その先端にデコボコした球体。『ハンマー』という名称からして何に使うのかは明白。
「おい、まさか……」
八卦炉の先から撃たれる砲弾。その反動を、箒という不安定な立ち位置から必死に押さえている魔理沙は、自身の想像に戦慄した。知らずして汗が頬を伝う。
「……解放――『
ハンマーの持ち方も、それの振り方も、何もかもが滅茶苦茶。
にも関わらず、その一撃は――マスタースパークを消滅させてなお有り余る一撃だった。
「う、おぉ……!?」
マスタースパークですら受け止めきれなかった攻撃、その余波によって魔理沙は箒の上から吹き飛ばされる。
グルグルと回る視界。それでも必死に手を伸ばし、箒だけは掴み取る。地面に落ちる――その寸前で箒を使わず自前の魔力だけで空に浮かぶ。ガリガリと削られる魔力。すぐに箒を通して魔力を使い空を飛びなおす。
小さく安堵の息を漏らし、そこで気づく。
――無い。
八卦炉が、無い。取り落としたのだ。
(アレがないと、
この戦いで初歩の魔法なぞ何の役にも立たない。そして弾幕だけでは攻撃が通らない。アレが無ければそのまま押し切られる。
だがパチュリーは待ってくれない。魔理沙は磨り減った魔力を、最も魔力の少ない石の一つに宿った力、その五分の一程――魔理沙の魔力総量では、一度の回復では使い切れない――を使って回復しながら、飛んでくる炎の
大きい。少なくとも、魔理沙を飲み込んでなお足りない大きさだ。魔理沙は炎逆巻く竜を見ながら後退し、途中途中来るパチュリーの散弾を、竜を盾にして避け続ける。
(どうする――どうする――……どうすればいいんだッ!)
目まぐるしく視線を動かし、何か使えないか、あるいは八卦炉が落ちてないかを探す。だが見つからない。この広い通路の中で、あんな小さな物など見つける暇がない。
(クソッ、せめて散乱してる石が無けりゃ――……石?)
ハッ、と魔理沙は一瞬だけ目線を動かす。そしてパチュリーに見られないよう帽子を深く押さえて滲みでた笑みを隠すと、箒を下に向けて地面に移動する。
自然、竜は魔理沙を追って下へ飛ぶ。巨体を揺らし、舞い降りてくる火の粉。それが微かに魔理沙の顔を焼くが、それを気にもとめずに箒の先をグイと手前に引っ張り、地面スレスレで急停止。そのまま前へ飛ぶ。
竜はその実体無き巨体を地面にぶつけ、炎を噴出させた。
「無駄よ。その竜はぶつかっても決して消えない。あなたを飲み込むまでただ追い続ける」
「わかってるさ、そんなことは!」
魔理沙は叫び返すと、もう一度箒を手前に引っ張る。ちょうど竜が鎌首をもたげ、再度追いかけてくるところだった。
かかった――と、魔理沙は更に笑みを深め、箒にこめる魔力を跳ね上げる。異変に気づいたパチュリーだが、もう遅い。
腕を振りかぶり、魔理沙は亀裂の入った岩――即ち天井に、箒の先端を叩きつける。衝撃と揺れは一瞬。
ピキ、パキパキ……と亀裂が広がるような音が響き――落ちた。大量の岩が。
「私
その岩の大群は大口を開けて今まさに食べようとしていた魔理沙の代わりに飲み込まれ、竜をたたきつぶす。
「なら、私があなたを生贄に捧げましょう」
そんな儚い声が魔理沙の耳に飛び込むのと同時、胴に土が食い込んだ。次いで足、腕、更には首まで。
「ァ……ガ――!?」
「やっと捕まってくれた」
魔理沙が声にならない声で苦悶の呻きを漏らす。その魔理沙の視界に入るようパチュリーが姿を見せた。無防備とすら言えるほど、あっさりと。
「な、んで……」
「あなたを捕まえられたから。普通、術者はこうして相対する者に自らの身を晒す事はない。どうしてだかわかるかしら? ――危険だからよ」
通常、パチュリーのように詠唱を主とする魔法使いは後衛として戦う。詠唱する間は無防備となる時間を、稼いでもらうために。だが一人では全てを自分でこなすしかなく、ある程度なら近接戦闘をこなせるようになったりする。
しかし彼女にはそれができない。喘息という病魔を患っているがゆえに。
「それを改善するための策。その一つが、これ」
パチュリーは、いまだ具現したままの『星の嘆き』を魔理沙に見せる。
「魔法は本来使えば一瞬だけ。自然に干渉し、瞬間的な力で攻撃する。――これはその逆。
前者が一度使えばそれで出し切りの力だとすれば、後者はこめられた魔力が切れるまで具現させられる。
無論、弱点はある。術者が能動的に使うということは、使う場面を冷静に見極める必要があるということ。更にきちんと重さは残っているため、持っているだけでも疲れる。加えて最悪な事に、この魔法、
「私が最初に使った日の『
正確には、もう何年も前から発動しておいたのを放っておいただけだ。忘れていた、とも言い換えられるが、それは教えない。
「――ここに来た時点で、あなたは詰みなのよ。私の具現化魔法は、まだあるから」
これが、研鑽を積んだ、積み続けた魔法使い。『七曜』を操る才能の持ち主。
諦めなさいという意味を含んだ視線を向けられる。
――その差を見て、理解して、それでも魔理沙は諦めない。
(諦め、られるかよ……ッ。こんな、程度でッ!)
歯を噛み締めてパチュリーを睨み、無理矢理弾幕を作って飛ばす。パチュリーは力の差を示すように全ての弾幕を打ち消していった。
ハァ、とため息を吐く彼女。無駄なことを、と思っているのだろう。実際、無駄に近い。それでも時間稼ぎはできる。
(ダメだ……通らない。全部止められる。どこに撃っても、全部)
ふいに、魔理沙は何かが思考の淵を掠めたような気がした。
(……なんだ? 何がおかしい? アイツは私の弾幕を全部受け止めてる。……それを疑問に思っている? どうして? ――待て、そもそも本当に全部消す必要が?)
思えば、魔理沙は意識が半ば朦朧としているせいで全く見当違いの方向に撃っている。パチュリーはそれすら迎撃しているのだ。いっそ清々しいと思えるほど、律儀に。
(もし、合っていれば……間違っていたら、死ぬ。少なくとも逆鱗に触れる)
魔理沙は、賭けた。
この可能性が合っている事を。
「ウ、オオオオオオオオォォォォォォォォオオオオッッ!!」
「な――!?」
無理矢理手首を捻り、懐からもうほとんど魔力が残っていない石を掴み取る。そして魔力を込めて――爆発させた。
極小規模とはいえ、超々至近距離での爆発。相応のダメージを負い――だが枷を外した魔理沙は箒を投げ捨て、弾幕を飛ばしてパチュリーに牽制の弾幕を放つ。
「しまった……!」
パチュリーは自らの失敗を悟る。本当に拘束するのなら、手の位置を変えるべきだった。弾幕に対処しつつ、いつ魔理沙が来てもいいように身構え――そして、勘違いを悟った。
眼中に無い、というかのように魔理沙はパチュリーの横を通る。咄嗟に具現化魔法の一つを使おうとして、だができなかった。
「――っげほ、けほ――……こんなときに!」
持病の喘息。元々体の弱いパチュリーは、『星の嘆き』を振り回すことですら大きな負担になってしまう。そのツケが回ってきた。
魔理沙はもうほとんど残っていない魔力を全力で振り絞って飛ぶ。ただ前に――この先にあるという、『図書館』に向かって。
「……何が狙いなのよ、あなたは」
「いんや、ちょっと気になることがあってさ」
ようやく喘息を整えて図書館へ入ったパチュリーが見た光景は、自身の机の上に腰を乗せ、ペラペラと紙をめくっている魔理沙の姿。
嫌な予感。それに内心で怯えながら、気丈に問いかける。
「気になることって、何かしら」
「簡単だよ。――どうして私の攻撃を全て消していた? 最後のじゃない。
今思えば、パチュリーは決して魔理沙の攻撃を通さなかった。全てなんらかの方法で消滅させているほどの念の入用。
しかもマスタースパークを撃った時なぞ、不利になるのをわかっていて『星の嘆き』を使っていた。何故か。それしかあの攻撃を消滅させられなかったからだ。
「――あの時私の砲撃は、この図書館の一部に当たるような位置になっていた。だからお前は、どうしてもその攻撃だけは受け止める必要があった」
「だから何? アレが一番確実だっただけよ」
「そうか。なら、そういうことにしておこう。……次だ。どうしてお前は姿を現した?」
「どういう意味よ」
「お前がさっき自分で言ってたことだぜ。『普通、術者はこうして相対する者に自らの身を晒す事はない』って、さ。この言葉はお前に――いや、お前だからこそ当てはまる言葉だ」
姿を晒せば、どうにもならない人間だから。
「そのお前が姿を見せた。そうすれば、
つまり、パチュリーの真意とは。
「この図書館に私を
「そうね。そうよ、私の目的はあなたをここに立ち入らせないこと」
もう話を逸らせない。誤魔化せない。それを理解したパチュリーは、素直に諦めた。魔理沙とは違い、彼女は捨て身で戦えるだけの理由がない。レミィを助けに行きたいのも本心だが、感じられる力から見て取って、邪魔になる可能性の方が高い。それに、ここにある本はもう手に入らないモノばかり。全てを天秤にかけた結果、諦めたのだ。
「なら話は簡単だ」
「私が拒めば、ここを荒らす。そう言いたいのでしょう」
それくらいバカでもわかる。
今の魔理沙の魔力残量でも、目の前の紙や腰掛けている机、それに棚にある本を燃やす事くらいは造作もない。
「……それで、あなたがここに来た理由は?」
「ああ、私の目的は」
「――させません!」
『……!?』
響いた声。驚愕に体を強ばらせる魔理沙と――パチュリー。
(なんでパチュリーも――まさか、アイツも予想してなかったのか!?)
完全な不意打ち。予想外の伏兵。
対応する間もなく、魔理沙は両脇から腕を持ち上げられるのを感じた。ついで上体を逸らし、下手に暴れれば『喉元を噛みちぎる』とばかりに首筋に息を感じる。
「だ、れだ――お前は……ッ」
「小悪魔ですッ。パチュリー様の使い魔の!」
目を見開き驚愕する魔理沙。確かに小悪魔の存在は聞いていた。だがシオンは、小悪魔を『戦力にならない』と言っていたはず。フランも同意していた。
だが、忘れてはならない。小がつくとはいえ、彼女は『悪魔』なのだ。その身体能力は人間よりも上。そして『戦力にならない』と判断したのは、シオンとフラン。つまり、どちらも小悪魔程度の身体能力など意にも介さぬ腕力の持ち主。
その認識の差が、この状況を作り出した。魔理沙とシオン達の痛恨のミス。お互いにお互いの能力をよく知らなかったが故の弊害。
「パチュリー様、今です! 私ごとで構いません、撃ってください!」
マズい、と魔理沙は顔を引きつらせる。今は戸惑っているパチュリーだが、恐らく小悪魔に被害を出さないようにする魔法のストックくらいはあるはず。彼女がそれを思い出したら、終わってしまう。
「これで終わりか――なんて言うと思ったか? は、甘いぜ小悪魔。まだ終わっちゃいない」
「は……?」
だから、笑え。騙しきれ。いつもやっていたように、手癖の悪い泥棒紛いのやり方で。
「なぁパチュリー。なんで私が箒も八卦炉もほったらかしでこんなところにいると思う? 道具に頼らなきゃまともな魔法なんてほとんど使えない、この私がだぞ?」
疑問の表情を浮かべるパチュリー。当然だ、敵の話をまともに受け止めるのはバカの所業。だが疑問を浮かべてくれればそれでいい。端っから切り捨てられていれば、それで終わっていたのだから。
「後ろ、見てみろよ。お前が疑問に思っていた、どうやって最初のあの魔法を暴発させたのか。その答えが見れるぜ」
「――……。小悪魔、もっと強く押さえていなさい」
「は、はい!」
「う、ぎぃ!? いだだだだだだだ、容赦ねぇな!」
ギリギリギリ……! と引き絞られる両腕の痛みに思わず叫ぶ魔理沙。だが内心ではほくそ笑んでいた。うまくいった、と。後は『そう思わせられるように振る舞えれば』いい。
パチュリーの視線の先にあるのは箒と、八卦炉。そして――細かな紋様の刻まれた、石。
「アレは……魔法陣? でも、なんであんな小さな石に……」
即座に看破したのは流石というべきか。なんでわかるのかと呆れるべきなのか。内心の思いを封じつつ、魔理沙はニヤリと笑う。
「そう、魔法陣だ。箒と八卦炉は似たような効果があってな? 周囲に漂う微かな魔力を集めて私が魔法を使うのを補助してくれる。んで、石の方はこめられた魔力を、必要な時に応じて必要な量を取り出せる。壊れれば中に詰まっていたモンが外に放出されるって仕組みだ」
「なら、最初のあれは」
「融解した、イコール壊れた事で解放されて、急激に増大した魔力のせいだな」
「付け加えると、石はともかく箒と八卦炉は周囲にある魔力を、周囲の状況に応じて一定量吸い込み続けるって効果がある」
「――まさか!?」
「お、気づいたか? 流石だな」
戦慄するパチュリーに、魔理沙は気軽に応じる。理解できないのは小悪魔だけだ。
「あ、あなたは何を言って?」
「ふむ。なら優しく、わかりやすく言おう。魔力を吸い込む量は、周囲の魔力量に比例して跳ね上がっていく。要は魔力が濃ければ濃いだけその真価を発揮する。まぁ吸い込み過ぎると暴発する可能性があるから、普段は私が制御してるんだがな」
そして今の状況。魔理沙とパチュリーが遠慮なしに魔法を使い続けた事で、そして地下という軽く密閉された空間の中に溢れる魔力は、一時的にではあるが魔法の森に若干劣る程度の濃度となっている。そんな場所に制御が離れたあの二つを置けば、どうなるか。
「私の見たとこ、
「……だからどうしたというの? あそこからここまでかなりの距離がある。ここに届くことはありえ」
「――るんだな。ここに来る前にした『細工』のおかげで」
そう。魔理沙が渋るシオンに頼みこんで付け加えてもらった、とある機能。
「暴発して爆発する魔力に指向性を持たせる魔法陣――それを付けてもらった」
シオンがかつて幽香に使った、そして二度と使うことがなかった、あの魔法陣。本当は『暴発するならせめて被害を抑えたい』と思って付け加えた機能が、こんなところで役に立った。
「そしてあの石。アレが何らかの衝撃で壊れたらどうなるか、なんて――今更言うまでもないよな?」
何故わざわざ箒を投げたのか。その理由が、アレだ。石だけ投げればパチュリーが不自然に思うかもしれない。だから箒を投げて、さも『少しでも移動速度を速めるために投げた』と思わせられるように。
暴発寸前のあの二つに、最後のダメ押しをするためだけに。
「ここで私は死ぬかもしれない。なら、せめて――道連れくらいは増やしてやるさ」
パチュリーは答えない。そして魔理沙の位置からパチュリーの顔は見れない。
「……どうして」
やがてポツリとこぼれた、小さな声。
「そこまで、やるの? そこまでの理由が、あるの?」
「ある」
即答だった。
「……私が今こうして、あんた――いや、
普段は使わない敬称。それは、魔理沙がパチュリーを本気で認めている証だった。
「だからこそせめて、たった一度くらいは恩を返したかった。それで貸し借り無し。私らしく私の道を行けるってね」
これは意地だ。魔理沙の、魔法使いとしての意地。その意地――誇りのために、魔理沙は命を賭けた。
「――そう」
一度上を向き――魔理沙と小悪魔にすら聞こえるほど、大きなため息を吐いた。
「小悪魔、
「は、はいっ! って――よろしいので?」
「いいのよ。もう、決まったから」
振り向いたパチュリーは、仄かに笑っていた。
「――私の負けよ。完敗だわ」
そう見えたのは――気のせいだろうか。
今回疲れました。超疲れました。
というか魔法使い戦とシオン+吸血鬼戦で5000文字ずつ使おうと思ったのに、気づけば11000文字超える始末。どーなってるんですか。
んで、今回パチュリー大暴れ。『七曜』らしく
日――『
月――『
火――『
水――『
木――『茨の森』
金――『金剛錬成』
土――『
とまぁ、全部突っ込んでみました。こうしたからここまで長引いたんだろとかいう突っ込みは無しで。そしてネーミングセンスの無さにも突っ込まないでお願いします。
ちなみに魔理沙の八卦炉の改良(改悪?)は前々回のシオンと魔理沙が魔法陣に議論していた時についでに付け加えていました。いつの間に、と言える程の手際の良さ。流石本家では泥棒(笑)ですね。
認め合った二人のやり取りは次回の冒頭にでもやろうかと。理由?
――すいません、シオンとフラン、レミリア戦の構想が全くありません。
それだけの理由です。マジで。大なり小なり考えていた話の内容のうち、ここだけほとんど丸裸。なんもありません。
……もしかしたら次回は遅れに遅れるかも?
最近資格取得でちょっと忙しいので。