東方狂界歴   作:シルヴィ

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ちょっとした提案

 ――懐かしい、夢を見た。

 膝枕をされて、一緒に夜の星を見上げた頃の記憶を。

 『シオンは今、幸せ?』

 『いきなり何? ……幸せだよ。姉さんとこうしてる今は』

 『うん。私も幸せ。シオンもそう思っててくれてるなんて、嬉しいな』

 『なら他の疑問なんていいじゃないか。俺は姉さんが傍にいてくれればそれでいい。他に欲しい物なんてない』

 そう言うと、姉さんは何故か苦笑していた。

 『シオンは知らないだけだよ。いつかきっとわかる時が来る』

 『どういうこと?』

 『あなたの持つ力は大きい。それをどうするかで、シオンの将来は変わっちゃう。それがとても心配』

 答えているようで、答えていない。眉根を寄せたところに、姉さんは人差し指を当てた。

 『ふふ、やっぱりわからないか。……あなたはきっと、色んな人から色んな感情を向けられる。憧れ、嫉妬、羨望、憎悪、恋慕、他にも。シオンの力を利用とする人が』

 でも、と姉さんは言う。見上げた顔は笑っていて。頬を撫でる指は優しくて、くすぐったい。拒むように、あるいは受け入れるように手を伸ばすと、天邪鬼みたいに距離を取って、今度は頭を撫でてくる。

 『あなたを慕う人が、きっといる。それが力なのか、シオン自身なのかはわからない。でもね、もしその人が、『シオン』という人を想って傍にいてくれるのなら』

 その人を、絶対に守ってあげるのよ――

 

 

 

 

 

 ――遠い昔のようで、たった一年くらい前の出来事。過去と現在の中で、最も幸せだった頃の記憶。殺すために力を振るうのではなく、守るために力を使いたいと願っていた頃の追憶。

 目を開ける。見えたのは安らかな寝顔。それが夢に出たあの人との顔とダブる。

 「……姉、さ」

 ん、と言おうとして、その寝顔は違うと悟る。

 金色の髪は微かに揺れていて、真紅の瞳は閉じられ見えない。安心しきったその顔に不安は見えず、まるで母親に抱きしめられているかのよう。

 右手はシオンの髪を、左手は頬に触れていて、撫でていたのだろうかと思ってしまう。そこで気づいた。膝枕をされているのだと。

 人の後頭部は意外と重い。吸血鬼であるフランでも、長時間正座したまま膝に頭を乗せていれば疲れるかもしれない。そんな理屈を抜きに、何故かシオンは恥ずかしがる小さな子供のように急いで、且つフランを起こさないよう静かに身を起こす。

 ――……ありがとう、フラン。

 声には出さず、口だけで言う。

 懐かしい夢を見たのは少しだけ悲しいし辛いが、それ以上に幸せだった。姉さんが『■■■』でから、当時の記憶はほとんど思い出そうとすらしなかったから。

 「少しは立ち直れたのかな。姉さん」

 フランの唇の端にかかっていた髪を手の甲で払う。今の自分はどんな顔を浮かべているのだろうか。笑っているといいなと、心の片隅で思った。

 立ち上がり、周囲を見渡す。気配を探るが、特に驚異となるものはいない。

 ――てゐは、帰ったのか?

 ふと、驚異にならないからと後回しにしていた違和感に近づく。

 念の為に警戒しつつ近づくと、置いてあったそれはなんの変哲もない箱。その上に置いてあった紙を手に取り、開く。罠は無かった。

 手紙には、丸っこい字でこう書かれていた。

 『目を覚ましたら、その子と二人で口直しに食べてね。不味い薬を飲ませちゃってごめんなさい。あと、フランって子を責めないであげてね。私が睡眠薬を飲ませたせいだから。――P.S 病弱だった子のだから焼いたほうがいいかも』

 簡潔なその文章を見て、あの筆舌にしがたい味と感触を思い出す。てゐならきっと変なモノは作らないと信じて飲んだが、終えた後には連戦による疲労と痛みの後遺症による幻痛によって気力が完全に尽き果て気絶した。鈍っていると痛感させられた出来事である。

 とはいえ口直しの食べ物は素直に嬉しい。未だに口の中がカオスなのだ。箱を開ける。

 それと、元々フランが眠っていた事を責めるつもりはない。彼女とて疲れているのだ。特に大切案姉達の変貌は相当精神に負担をかけただろうから。

 中に入っていたのは、子うさぎの死体――を、解体したと思われる肉。見た限り血抜きも内蔵などの処理も済ませてある。

 適当に燃やせるモノを集めようかと思ったのだが、箱の中にそういった物が入っていた。準備して火を灯す。

 燃え広がったら黒陽で肉を適当に切り分け、白夜で適度に穴を開けて作った薄い板のようなモノの上に乗せる。確か焼肉、だったか。

 焼いている間に使い捨ての箸と皿を取り出しておく。

 「ん、んん~~……?」

 と、焼いている音か、はたまた匂いに釣られてか。起きて眠たげに瞼を擦りながら欠伸をしているフランがいた。

 それから数秒。どこか生暖かい眼で見られている事に気づき、先ほどの自分の行動を思い出して顔を真っ赤にするフランが、そこにいた。

 「うぅ~~~!」

 「そう唸ってないで落ち着けって。悪かったとは思ってるからさ」

 「う~う~!」

 全然わかってない! と頭を振るフラン。困り果てたシオンは肉を引っくり返し、ふと思った事で行動に出る。

 「フラン、こっち向いて」

 「う?」

 「ほい」

 「う“!?」

 フランの口に肉を突っ込む。口から箸を出す。即座に文句を言おうとしたフランだが、口の中に食べ物を入れている状態では行儀が悪いと素直に食べる。

 その間に新しい肉を並べ、ついでに焼き終えた物をパクパク食べる。ちなみに味はある。結構な量の塩が付属していた。てゐは気の利く少女(オンナ)である。

 食べ終えたフランを見る度にタイミングを狙って肉を突っ込む。文句を言おうとしては肉を食べさせられ、食べ終えて口を開いてはまた――と繰り返され、最終的に親から食べ物を分け与えられるヒナ鳥のようになっていた。

 羞恥心? そんなもの寝起きのズボラなところを見せられてゴミ捨て場に放り投げられた。シオンには元より存在しない。

 てゐもシオンが起きたあと、気配を探られる前にひっそりと去ったため止める人間もおらず、結果おかしな食事風景となった。

 全て食べ終えるとテキパキと片付け。白夜の効果を消すと、パラパラと焼き焦げが消える。特に問題はないろうから放置。片付けた物を入れた箱は異空間に放り込む。

 フランを見る。レミリアから渡された傘をたて、日差しを遮っていた。

 「フラン、準備はいいか?」

 「いつでもいけるよ。でも、策はあるの?」

 鬼を倒す、あるいは追い返すための作戦。それがなければ無謀もいいところ。もし策が無いと言うのであれば止めるつもりだが。

 「希望的観測に近い策なら、まぁ。それがダメだったら、血みどろの殺し合いになるかな」

 まるで友人の家に出かけるような気軽さで、そんな事を言う。注意しようかとも思ったが、そんな事をしても意味はない。

 シオンにとって殺し合いは日常の延長線上。そこに疑問を挟む余地はない。

 そう、はじめから決めていたことだ。

 (私はシオンについて行くだけ)

 この危うい人を、どうしても放っておきたくないから。

 「ああ、そうだ。うまくいけばの話だけど、フランは基本手出ししないでくれ。話が拗れるからさ」

 「え? それはいいんだけど……シオンは何を考えてるの?」

 「ちょっとした事だよ」

 鬼が交わした誓約と、にも関わらず近づいてきている現状。付け加えて鬼達の嗜好。そこから考えて。

 「――ちょっとした、『余興』だ」

 どううまく煽るかを考えて、シオンは笑った。

 

 

 

 

 

 時刻、正午過ぎ。太陽は中天を過ぎ、今は日暮れを向かい倒れていく。やっと半日が過ぎたところだが、後一日以上も待てなくなってきている。フラストレーションが溜まっていくのだ。朔の話は期待半分以下と言ったところだが、そうでなくとも久しぶりの遊び。愉しみにしていないはずがない。

 持ってきた酒や食い物も限度がある。今はバカみたいに飲み食いしているから我慢できてはいるが、そうでなければ約定を破ってしまう鬼が出るかもしれない。

 (そういった事を考えるのは得意じゃないんだけどねえ……)

 グイ、と常人からすれば大きすぎる盃を傾ける。度数の高すぎる酒が喉を通り、胃の中へ。しかし泥酔はしない。思考は明朗だ。

 いっそ殴り合いでもさせるか、と思う。もう仲間内での殴り合いは腐るほどやったが、やらないよりはマシだろうと。

 「――ッ」

 動きを止める。気のせいかと思ったが、違う。

 ()()

 人よりも化物に近い存在が、すぐ傍に。

 ニンマリと笑みが浮かぶ。確証はない、単なる勘だ。それでも――。

 ――()()ね、最高だ。

 「……何しにきたんだい? ここが鬼の宴会場だとわかって来ているのなら、あんたは愚か者になるよ」

 その声はどこへ投げかけたものか。比較的近くにいた鬼が不思議そうな顔をしているが、どうでもいい。

 まず、歪みが現れる。次いでトン、という音がした。それは靴音。地面を叩いた時に出た音。

 幼い少年。白を纏った少年だ。だがその力は、彼女をして相当なモノだと悟らせる。

 見開かれたその人間の赤い瞳が、彼女を見抜く。

 「気づかれてたか。ま、いいや。どうせ暇なんだろう? だからさ」

 ――ちょっとした『余興(お遊び)』をしないか?

 

 

 

 

 

 奇をてらう事をして気を引こうとは思っていたが、ここまで注目してくれるとは思わなかった。とはいえ狙っていた事でもある。鬼が戦いと宴を好むのは、それが享楽的な事だからだ。ある意味単純過ぎる彼らは、それくらい単純な事を好むのだろう。

 そんな彼らがこの状況を心の底から楽しんでいるとは思えない。特に、目の前にエサがぶら下がっているような状況では。とはいえ驚きもした。白夜で転移したはずの自分を正確に察知したこの女性は。そして、正確に力量を把握されている。

 強者を目の前にした鬼は、自らの欲求を優先する。

 だから、目の前にいる女性は笑う。嗤う。哂う。

 嬉しそうに。楽しそうに。歓喜の声を、声を出さずにあげている。

 フランと同じ鮮やかな金髪。違うのは無造作なロングだということ。見事な角が一本、額から生えていて、何故か星のマークが存在する。目の色は赤。『鬼』という種族は赤目が基本なのか。シオンは知らないが、体操服の上とよく似た服とロングスカート。手足に付けている枷は、何かの暗喩なのか。

 油断なくシオンを睨む彼女の真意は知れない。

 「余興(お遊び)、ねぇ? それは一体何をするんだい?」

 「あはは、そう睨まないでくれよ。すぐに説明するからさ。っと、その前に。お互い自己紹介でもしようじゃないか?」

 「ああ、そういやそうだった。基本的な事を忘れていたよ。その無礼、私から名乗る事で謝罪とさせてもらおうか。――星熊勇儀。それが私の名前だ」

 「シオンだ。――さて、お互いに名乗ったところで説明だ」

 そこで言葉を区切り、周囲を見渡す。突如現れた人間に対して注目を集めている。ザワザワと雑談している鬼達に向かって腕を振るい、大声をあげる。

 「お題目は単純明快、どんなバカにでもわかること。即ち『腕相撲』だ!」

 瞬間、絶句。狙い通り、興味無さげにしていた鬼でさえこちらを見ていた。その中に、ふと見知った鬼を見つけた。

 不敵に、面白そうに笑っているその男。迷いの竹林で出会ったあの鬼だ。

 ――やーっぱりお前か。面倒なことを……。

 内心の思いを押し隠し、シオンは不敵に笑ってみせる。

 「どうせお前ら暇だったんだろう? なら見せてやるよ。魅せてやるよッ。人間の底力って奴をさァ!」

 そして、裏周り。今まで背を向けていた勇儀が背もたれにしていた木を狙い撃つ。掌底、しかしただの掌底では鬼を驚かせるに値しない。

 だから、衝撃(インパクト)を伝える。一点ではなく全体に。

 ――粉砕する。

 粉すら残さず微塵になって消える木。手に持った盃を眺め、勇儀はそこに木の破片が全く入っていないのに気づく。

 「これでもまだ、不足はあるか?」

 ああ、と思う。これは、期待してもいいのかもしれない。

 「いいや? いいね、確かにあんたとなら『余興』にはなりそうだ。でも、わざわざ提案を受けなくても、無理矢理連れて行っても構わないんだよ?」

 「そうなったらさっさと逃げるさ。これだけの鬼が一斉にかかってきても、逃げられる程度の自信はあるから」

 「自意識過剰ってもんじゃないのかい? それとも私達を舐めているのか?」

 「いやいや、自意識過剰でも舐めてるわけでもないよ。――そんな甘っちょろい考えなんて、とっくの昔に捨てたから」

 笑っているが、それは見せかけ。本当に襲ってきたら、一度力を振るってから即時離脱するつもりだ。

 「これは交渉だけど、通帳でもある。最後通帳って奴だ」

 「……そんな御大層なセリフを吐いといて、舐めてない、ねぇ。ちゃんとした理由はあるんだろうね?」

 「あはは、それは貴女の方がよーくわかってるんじゃないのかな?」

 バッ、と片手を大きく広げ、鬼達にわかりやすく示す。シオンが示す先は、食料の置いてある場所。そこにあったモノは、かなりの量が既に消費されている。

 「かなり遠くからずっと観察させてもらってたけど。今残っている食料と、今までの消費量から考えて、持って明日の昼まで。でもフラストレーションが溜まりに溜まってるせいで、消費量はもっと増える。俺の予想だと、今日を過ぎるまで保つかどうか」

 違う? そう言って笑うシオンに、勇儀は内心で苦い笑みを返す。享楽的な鬼は、後先考えない者が大多数。加減しようなんて考えないだろう。

 「戻って持ってくるなんて面倒な事をしたくもない。だから仲間内で殴り合わせようとか考えたんだろうけど、限界はある。いつ暴走するのか、見ものだよ」

 「あーあーあー! やっぱり慣れない交渉なんてするもんじゃないねぇ。こういうのはアイツの専門だっていうのに。いいよ、その提案、受けようじゃないか」

 裏があろうが別の目的があろうが構わない。愉しければそれでいい。その思考からあっさりと前言を翻して受ける勇儀に、内心で安堵しつつそれを押し隠してシオンは言う。

 「そっか。それはよかった。でもさ、思うんだ。ただ力比べをするのは誰だってできる。だからそこにひとつだけ、お互いに賭けをしないか?」

 「モノによるね。私達に不利な条件を吹っ掛けられるのも困るから、先に条件を決めてもらわないと」

 「当然だな。まぁ、単純明快だよ。――今すぐ引け。そして里に来るな。それがこちらから出す条件だ」

 先程までの朗らかさから一変、殺意どころか虚無感すら滲ませている。勇儀を見ているようで見ていない、そんな眼。

 末恐ろしい人間だ、と思わされる。

 周りの鬼の反応さえ気にせず、勇儀が問う。

 「それで。それだけ理不尽な条件を出すんだ。もちろんあんたもよっぽど理不尽な条件を出すんだろうねぇ」

 だから、乗ってみた。どんな提案をしてくるのかと。もちろん中途半端な条件なら蹴り出すつもりで。

 「にゃはは、もし俺が負けたなら、俺が貴女達と戦い続けるよ。十年? 二十年? 三十年はちょっとキツいかな。――で、この回答はご不満か?」

 巫山戯ているようで、その目に宿るのは不倶戴天の意思。負ける気など更々無いと、デカデカと主張していた。

 「く、ふふ……」

 やっぱり、いい。先ほどの威勢の良さを含めて。

 「アハハハハハハハハハハッッ! いいね、最高だよあんた! アホみたいな条件を出すからアホみたいな条件を返してくれるだろうと思っていたけど、予想以上だ!!」

 誰が想像できる! 短命な人間が、あっさりとその半分近くを投げるなど!

 「鬼を相手にしてその不敵さ! 格上相手に『提案』するなんていう無謀さ! そして、私達に勝とうとする、その意思! どれを取っても最ッ高に楽しいよあんた!」

 舐めている? いいや、コイツは一切舐めていない。むしろ油断すれば喉元を食いちぎろうとする()犬だ。

 だが、それをこそ求めていた。退屈な時間を吹き飛ばしてくれる、イった存在を。

 「御託はいい。受けるのか受けないのか。聞きたいのはそれだけだ」

 「ハッ、ますます気に入ったよ。短気な鬼ならぶん殴られてる言葉だ。――いいさ、受けさせてもらうよ」

 「俺としては貴女の上にいる鬼の言葉を聞きたいんだけど」

 「それについては安心しな。私と同格の鬼は、私を含めて四人。鬼の四天王と呼ばれる存在だ。そして私達より上の存在は一人だけ。鬼子母神様だけだ。全ての鬼は鬼子母神様から生まれたとされている。正直私は興味がないけどね」

 この意味がわかるかい、と視線で問われる。

 「その鬼子母神とやらは、放任主義なのか?」

 「近い。どっちかというと子供の自由に任せてるって感じだね。それと忠告だ。私は気にしないけど、呼び捨てにすると鬼子母神様の敬愛者に殺される可能性があるよ」

 「ご忠告どうも。で、肝心の安心の根拠は?」

 「今来るところだよ。――萃香」

 「アレ、呼んじゃうんだ? まぁいいけど」

 どこからか聞こえた幼い声。だがその出処がわからない。周囲を見渡しても、そんな声を放った主など見えない。

 「こっちだよ、こっち。今から『出る』から慌てなさんな」

 緩やかな風が、シオンの髪を揺らす。その先には細かな粒子。そして現れたのは――鬼。

 「さっき勇儀が言ってたけど、私も自己紹介だ。伊吹萃香、鬼の四天王の一人だよ」

 「これが根拠だ。同格二人が進言すれば、他の二人は口出ししにくい。流石に長期間は無理だろうけど、数年単位で大丈夫だろうさ」

 二人で笑い合うが、勇儀は気づいた。シオンが全く笑っていないことに。

 ――勘もいい、か。本当に面白い奴だ。

 ダラダラと冷や汗を流しているシオンは、萃香から目を離せない。

 (……わからなかった。どこから現れたのか、全くわからなかったッ!)

 人間が持つ視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感。そして長い間命に晒されて培った第六感。それら全てをもってしても、彼女がどこから、どうやって出現したのかわからない。

 勇儀は単純だ。恐らく驚異となるのはその異常な身体能力のみ。わかりやすいくらいの脳筋。だからこそ対処しやすい。

 萃香は勇儀よりも身体的に劣っている。代わりに、鬼としても異端の異能を持っている。その力を使ったとき。

 その潜在能力は、一体どれだけのモノになるのだろうか――?

 「おい、あんた! 腕相撲するんだろう? だったら私と遊んでくれよ。な、いいだろ?」

 ハッと息を呑み、一歩後ずさりかけて――止める。憶測でモノを語るのはやめよう。上げていけばキリがないから。

 「悪いが、俺が提案したのは勇儀にだ。貴女にではない。貴女とは、遊べない」

 「ふ~ん……私、耳が悪いのかねぇ? もう一度言うよ。私と遊んでくれよ。じゃないと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 「ん? なんだい、シオン以外にも誰かいるのかい?」

 「いるよ。私にはわかる。なぁシオン、あんたの言葉をもう一度聞かせてくれよ」

 ニコニコと笑っているようで、その実笑っていない。

 ――鬼は、嘘が嫌いだ。

 やると言ったら本当にやる。そしてその標的がどんな『鬼』なのか、シオンは知っている。自分ではなくフランに注目が行くのを恐れて置いてきたのに、これでは意味がない。

 どうする、と考え、だが無駄だと悟った。

 「勝手な行動しないでくれると、嬉しかったんだけどなぁ」

 「フフ、それは無理な相談かなぁ。だってそいつ、『コソコソ隠れる臆病者』だって言ってるみたいだったもん」

 フランもまた、笑っている。笑っていない顔で、笑っていた。クルクルと傘を回し、楽しそうにしている。

 「あぁ、出てきたんだ? 手間が省けてよかったよ。こっちから出向くのも面倒だったからね」

 「ゴメンね? 今日はちょっと日差しが強いから、お肌が荒れちゃうんだ」

 「そういえば日に弱いんだったねぇ。好きに太陽の光を浴びれないなんて、()()すぎる」

 「そういうアナタはお肌、気にしないんだ? ガサガサに荒れても知らないよ? 同じ女に生まれた身として、そのガサツさは()()()()()ね」

 「一人コソコソ隠れていた臆病な()()が、一丁前な事を言わないでくれるかな?」

 「私よりも()()()()()子供にだけは、そう言われたくないかなぁ?」

 「アハハ、鬼にも劣る、鬼とすら名乗る事すら烏滸がましい()()()()()が、小生意気な口を聞いてるのは気のせいかな? アンタ等なんて小虫で十分だよ」

 「そうやって相手を見下してると、足元を掬われちゃうよ? いっつもお酒飲んで酒臭い上に戦いがこの上ない至上なんていう()()()()()さん?」

 「ア、ハハ……ハハハハハ……!」

 「フ、フフ……フフフフフ……!」

 見たくない。あんなフラン、見たくない。

 「その、すまないねぇ……うちの子供(すいか)が」

 「いや、こちらこそ……うちの子供(フラン)が」

 一気に虚しくなったのは何故だろう。頭から冷水を被せられた気分だ。

 気を取り直して。バチバチと火花を放っている二人を放って、ルールを煮詰める。

 「基本ルールは当然腕相撲準拠。他はどうする?」

 「能力を使っても構わないよ? じゃないと私と差がありすぎだろうからね」

 「台はこっちの能力を使っても構わないか? 大概の台は多分最初のでぶっ壊れるだろうし」

 「アテがあるのなら構わないよ。ただし、余計なギミックは入れないで欲しいけど」

 「そういう細工はしないよ。勝負上遊びは公平にやるさ。じゃないと余興にもならないしな」

 ――そして、ルールをお互いに把握し、お互いの相方の元へ行く。

 一度顔を見合わせ、ため息を吐き。相方の頭を、片方は思いっきり、片方は軽く叩いた。

 ドガンッ! という音と、コツンッ、という音で、どちらがどちらかわかるというモノだ。

 「いつまでやってるんだい! ガキすぎるにも程があるだろう!」

 「フランもだ。もうちょっと冷静になれ。最後の方は『バカ』とか『アホ』とかしか聞こえなかったぞ……」

 『だってコイツが!』

 『仲いいのはわかったからお互いに相手を指刺さないように』

 相手の肩を掴みズルズルと引き摺って離す。もう理解した。

 ――この二人、犬猿の仲だ。

 「離せよ勇儀! アイツ殺せない!」

 「あんたが言うと洒落にならないからやめろ!」

 「シオン離して! あの女ぶっ刺せないから!」

 「おい待てそれどっから出したそれをどこにぶっ刺すつもりだ!?」

 ギャーギャーと喚く二人を苦労して押さえ込む。さっきまでの緊迫感はどこに行ったのだろうかと泣き出したくなったのはご愛嬌だろう。

 ……そう思わなければやっていられなかった。

 

 

 

 

 

 「準備ができました。いつでも出られます」

 「そうか。それじゃあ行こうか。不安要素を排除しに」

 「……本当に、よろしいので? もししくじれば、最悪――」

 「どの道今やらなかったらもっと酷くなる。計画を前倒しにするしかないさ。魔力は?」

 「目標の五分の四、といったところです。できれば後一年は欲しかったのですが」

 「その分はあのイレギュラーを殺した後にその死体から吸収すればいい。その術式も用意してあるのだろう?」

 「はい。人が持つ魔力は、その本人が生きている限り、臓器と同じように魔力を生成しようと動き続ける。仮に死んでも魔力が周囲に拡散するまでは回収可能です。もちろん、妨害が無い事が前提ですが」

 「ならいい。殺した後は俺が引き付ける。その間に回収しろ」

 「……了解いたしました。お気をつけて」

 「ああ。――全く、あのイレギュラーが来てから何もかもが狂いだしているよ」

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