東方狂界歴   作:シルヴィ

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晒された感情

 フランは叫び終えると同時に、高めた妖力を使って数十の塊を作り出す。恐らく先の攻撃で大振りな一撃は意味が無いと判断した結果だろう。そして、フランはそれを一気に放った。

 「これでも喰らっちゃえ!」

 飛んで来た弾幕を見つめながら、シオンは白夜を握り締める。

 「能力解放!」

 叫ぶと同時に剣を振り、()()を切り裂いた。そして、そこに躊躇無く跳び込む。その瞬間に弾幕がシオンのいた場所にぶち当たり、爆発する。

 それを見たフランは一切油断せずに、その場所を睨み続けた。

 けれど、それは悪手だった。嫌な予感がしたフランは一歩右にずれる。そして、フランが先程いた場所に、突きが入れられた。完全に避けきれなかったのか、フランは左腕にほんの少しだけ傷を負っていた。しかし、フランはそれを意識する余裕が無かった。

 「いつの間に、後ろに……!?」

 「戦っている最中に、余計なことを考えている余裕があると思っているのか?」

 訝しんでいると、シオンの声がすぐ目の前から聞こえてきた。フランは意識を目の前に集中させるが、既にシオンは剣を振り下ろしている。

 フランはそれを受け止めるために、自らの炎を召喚した。

 「来て、『レーヴァテイン』!」

 現れた炎はすぐに歪な形をした枝のような剣の形になる。それを真横に倒して、十字のような形で黒陽を受け止めた。

 だが、シオンの攻撃はもう一つ残っている。シオンは黒陽が受け止められる寸前に、白夜を横なぎに振っていた。フランは右手を剣から放して妖力で強固な壁を作ると、後ろへ軽く飛んだ。

 羽を持つフランだからこそ、不安定な体勢から無理矢理後ろに移動出来た。しかし、羽を使った移動は、壁にぶつかりかけたところで止まる。

 そこでフランは、シオンへと一方的に言った。

 「この部屋は狭すぎるから、もっと広い場所に行こうよ!」

 右手を真上に向けたフランは、妖力を最大まで高め始める。そして、それが集まると、妖力の塊を解放した。

 その塊は激しい轟音を立てながら天井を貫き、大穴を開ける。それを見届けたフランは羽を大きく広げ、一度だけ羽ばたかせると、そのまま外へと飛び出した。

 「面倒なことを!」

 叫びながらシオンは走り出す。そして、ジャンプする瞬間に重力を減少させる。シオンの脚力と合わさり、かなりの速度で紅魔館の屋根へと辿り着く。足を屋根へ着けると、上から声が振って来た。

 「ここなら。私の全力が出せる!さっきみたいにはいかないよ!!」

 そして、フランは先程とは比べ物にならない量の弾幕を作り出す。

 「………………多すぎ、じゃないか?」

 シオンは呆れと驚愕をにじませた声を出す。フランが作り出した弾幕の量は、大雑把に見ても軽く千は超えている。

 (……なるほど、人間が妖怪を恐れる理由がよくわかる)

 ここに来た時に言った言葉を若干訂正したくなったシオンだが、そんなことは知らないフランは笑っていた。

 「フフッ、さあ、シオン。これで死んで!」

 「残念だけど、俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ!」

 シオンは再度白夜を使って空間を切り裂き、そのまま飛び込んだ。

 再びフランの真後ろへと移動したシオンは、黒陽を袈裟懸けに振るう。けれど、フランはその場でクルリと半回転すると、真上に飛んでシオンの攻撃を躱す。

 「同じ攻撃何てしても無駄だよ!」

 そう叫びながら後ろに振りかぶり、力の許す限りの威力でレーヴァテインをシオンへと叩き付ける。咄嗟に使った白夜を盾にすることで直撃は免れたが、空中にいたシオンはそのまま中庭へと吹き飛ばされた。

 「グッッ!!」

 途轍もない速度で吹き飛んだせいで風圧が凄まじく、シオンの体にかなりの負担をかける。それを見越してか、フランは先程使わなかった残りの弾幕を飛ばし始めた。

 弾幕が近付いてくるのを見たのと同時に、窓から自分たちを見るレミリアと咲夜の二人と、目が合ったような気がした。

 

 

 

 

 

 時は戻って地下の牢獄の扉の前に二人は立っていた。シオンが部屋に入ってから、既に三十分以上が経っている。

 「お嬢様、そろそろ……」

 「……ええ、わかったわ。入った瞬間には何の音も聞こえなかったし、今も何も起こってないのは気配でわかる。それでも、ね」

 そこで言葉を濁すレミリアの続きを、咲夜が引き継ぐ

 「心配、ですよね。私も同じ気持ちです。ですが、だからこそ私は戻ろうと思っています」

 「それは、何故かしら?」

 「信じているから、です。いつまでもここにいては、シオンを信じていないと言っているような気がしてしまうので」

 そう言って小さく微笑む咲夜は、今までで一番可愛らしかった。その顔を見てしまったレミリアは、こんな表情をさせたシオンに微かに嫉妬しながらも、面白そうに微笑んだ。

 「そう、そうね。それじゃあ、戻りましょうか」

 「お嬢様?」

 いきなり素直になったことに、つい疑問の声を出してしまう。レミリアは真赤になっている顔を明後日の方向へ向けながら、ぶっきらぼうな口調で言った。

 「別に、私がシオンを信じてるから戻る訳じゃ無いのよ? ただ、まだ気絶してるかもしれない美鈴の看病をしに行くだけだから、勘違いしないこと! いいわね!!」

 「クスッ……畏まりました」

 「何を笑っているの!」

 「申し訳ありません、お嬢様」

 今まで見たことが無かった主の一面におかしくなってしまい、つい笑ってしまった。レミリアは更に顔を赤くして怒鳴るが、少しすると自分の反応が可笑しくなったのか、笑い始めた。

 暗い雰囲気を醸し出す地下室にそぐわない笑い声が、少しの時間二人の間に響きわたった。

 

 

 

 

 

 「こんなところかしら?」

 「はい。後はこの布団をかければ、それで終わりです」

 地下室から一階へと戻った二人は、玄関へと行くと未だに気絶していた美鈴を二階にある彼女の部屋へと運び込んだ。そして腹と背中に簡単な治療を施して、今布団に寝かせた。

 「それにしても、どうやって無傷で勝ったのかしら?」

 レミリアの言葉には主語が抜けていたが、何を言いたいのか咲夜にはわかった。

 「私も実際には見た訳ではありませんので、何も言えません。ですが、一瞬だけ動揺したとはいえ、本気で気配を消して隠れていた私を見つけまた彼は、正直底が知れません」

 その点に関しては、レミリアは咲夜を認めている。彼女が本気で隠れていると、余程注意していない限りレミリアでさえ気付ことは難しい。

 咲夜はそれに気付いてはいないが、気配を消すことに関してはかなりの自信を持っていた。

 しかし、それをあっさりと破ってしまったシオンは、そのことを誇ることすらしなかったのだ。

 「そう、ね。それに、運命を操ってまで定めたグングニルの攻撃を、それ以上の力を持って躱した。あの動きだけでも、かなりの手練れだと察することはできるのよね」

 動きが異常に洗練されている、いや、され過ぎていることと、戦いなれていること。それだけならまだしも――あんな動きを九歳児がやると言う時点で既におかしいのだが――あの人としての常識すら捨てているかのような態度が、レミリアは気になっていた。

 「ねぇ、咲夜。どうしてシオンはあんなにも人間らしくないの?」

 「え?」

 目の前の従者も、人としての常識が崩れている部分はある。だが、あくまでも一部のみだ。咲夜は、人が大妖怪には勝つ可能性はほぼありえ無いと理解している。レミリアが本気になれば、恐らく自分は戦う意志そのものが消されるだろう。

 だが、シオンにはその感じがしない。冷静に戦うか、あるいは勝てないと判断して逃げ出すか。どちらかはわからないが、何も行動しない、というのはありえないと思ってしまった。

 (そもそも、人としての常識を持っているのかどうかすら疑わしいわね)

 そんな事を思っていると、咲夜は何かを迷うような顔をしていた。それに気付いたレミリアは、咲夜の心理的負担を減らすために、わざと高圧的に言った。

 「咲夜、これは命令よ。貴女が知っていることを全て、一切隠さずに話しなさい。……シオンに何か言われたら、私のせいだと言っても構わないから」

 「……ありがとうございます、お嬢様。まず私が知っているのは、シオンは全くと言っていい程に人を信用していません。むしろ、嫌っている節があります。そして人間らしくないのは、シオン自身が言っていたのですが『人としての常識を壊された』からだそうです。あの時のシオンの態度は普通でしたが、どことなく怒っているような、悲しんでいるような……あるいは、憎んでいるようにも見えました。私にわかるのは、これくらいです」

 「そう、なの……ありがとう、話してくれて」

 「これくらいなら話しても、シオンは許してくれると思いますよ。……お嬢様、紅茶の用意ができました」

 話している間に用意していた紅茶をカップに注ぎ、レミリアに渡す。それを手に取り、匂いを嗅いででき具合を確認した。匂いを十分に堪能してから、紅茶を口に含んで、飲み込んだ。

 「いつも通り、とても美味しいわ」

 「ありがとうございます」

 そしてまた紅茶を飲みながら、霧に包まれた外を見る。深い霧に包まれた外は、普段ならよく見える中庭の花を覆い隠していた。

 その時、いきなり紅魔館全体が大きく揺れた。

 「な、一体何が!?」

 突然の揺れで皿がやカップが床に落ちて割れ、中身が零れた。それを気にする間もなく、レミリアは立ち上がった。すると、咲夜がいきなり叫んだ。

 「お嬢様、外を!」

 咲夜の言う通りに外を見ると、先程の揺れか、あるいはそれ以外の何かが原因なのか、霧が吹き飛んでいた。

 霧の晴れた夜空に、キラキラと光り輝く宝石に似た翼を持った人影が現れる。その姿は、レミリアにとっては馴染み深いものだった。

 「フラン……どうして、外に……?」

 四百九十五年もの間、ただの一度も外に出なかったフランが外にいる。一瞬幻覚かと思ったが、フランに続いてシオンまでもが現れたことで、その思いは消えた。

 それからフランが何かを叫ぶと、いきなり弾幕を作り上げ、それをシオンへと放った。

 「何故二人が戦っているの!?」

 「どちらかと言うと、フラン様が暴走していて、シオンがそれを止めているように見えますが」

 その言葉を聞いたレミリアは、フランだけを見つめる。なんとなく、普段のフランと何かが違うのを感じられた。

 その間に、シオンは何かに飛び込んだかと思うと、フランの真後ろへと移動していた。またもありえない現象を見たレミリアは、少しだけ動きを止めてしまった。

 「!? シオンの能力は『あらゆる体に作り変える程度の能力』じゃないの……?」

 「転移した、という感じではありませんし、移動する前に剣を振っていたので、恐らくあの剣の力かと」

 だが、疑問は残る。シオンがここに来た時、彼は剣を持っていなかった。どこからか取り出したのかもしれないが、そこがどこかわからない。

 二人が疑問点を言い合っている間に、シオンはかなりの速度で吹き飛ばされた。シオンが吹き飛んでいる途中で、二人は彼と目が合ったような気がした。

 そこにフランが残しておいた弾幕が殺到し、爆発した。

 『シオン!!」

 奇しくも二人は同時に叫んだ。と、そんな時に、今の状況に相応しくない、のんきな声が響いた。

 「いたた……さっきからうるさいですよ……お腹に響きます……」

 声のした方を見ると、体を起こして腹に手を押さえている美鈴がいた。二人は咄嗟にアイコンタクトをする。

 ――咲夜

 ――はい、お嬢様

 そして二人は美鈴の手を掴むと、無理矢理引っ張って歩き出す。流石のコンビネーションと言うべきか、二人の歩く速度と歩幅はほぼ同じだった。

 「え、ちょ、咲夜にお嬢様!? 軽傷とは言え、私は一応怪我人……あ、ああ! 自分で歩きます!歩きますから!! だから、引っ張らないでください――!!」

 美鈴の心からの叫び声が、紅魔館に響き渡った。

 

 

 

 

 

 「……これで、終わったかな?」

 中庭へと着地したフランは、周囲を見回す。中庭はフランの攻撃によって惨憺たる状況になっていた。石や岩は粉々になり、地面はえぐれ、木や花は吹き飛んでいる。咲夜達が綺麗にしていたころの面影は微塵も残っていない。

 「ん~……シオンの死体が残ってないのは嫌なんだけど……」

 どこまでも自分勝手で、そして狂っている言葉を呟きながら歩き始める。ボロボロになっている中庭の中央へと辿り着いた瞬間、足元から手が伸びてきた。

 「ひっ……!?」

 先程までの笑みは消え、怯えながら飛び退ろうとするが、その前に手はフランの足を掴んでしまい、離れることを許さない。そのせいで上半身のみが移動するはめになり、フランは受け身すら取れずに背中を強打する。しかし、それを意識する間もなく暴れ出す。

 「放して! クッ、この! 放してよ!」

 レーヴァテインを使って手を切り落とすか、妖力を高めて身体能力を強化するなど、脱出する手段はあるはずなのに、パニックを起こして何もすることができずにいた。

 生まれてからただの一度も戦闘をしたことがないのだから、奇襲に近い攻撃には弱いのだろう。フランは一方的な虐殺をしたことがあっても、命を懸けた本気の殺し合いをしたことが無いのだ。

 その隙を見逃さず、地面から漆黒の剣が生えてきた。それは、寸分違わずにフランの右翼を容赦なく貫いた。

 「イヤアアアアアァァァァァァッッッ!!!」

 余りの激痛に、訳が分からなくなる。そこで火事場の馬鹿力が出たのか、無事なままの左翼を強引に動かして、無理矢理空を飛んだ。

 「痛い……痛いよぉ……」

 流石は吸血鬼、と言うべきか、徐々に徐々にだが傷が塞がり始めている。それでもしばらくの間、かなりの激痛がフランを襲い続けるだろう。手のあった地面を睨みつける。

 再度手が生えてきたかと思うと、その手は地面を掴んで、その手の持ち主が姿を現した。その人物は、土で汚れてはいるが、無傷のシオンだった。

 「ど、どうして……?」

 目を見開いて驚くフランは、嫌々と首を横に振っていた。まるで、自分に傷を負わせた人物が、シオンだと信じたくないかのように。

 ――あの時、シオンは弾幕が自らに殺到する寸前に、自らの周囲にある重力に干渉し、その重さを増した。

 そのお蔭でほんの数秒の時間ができたシオンは、落ちた時とは逆に重力の影響を和らげ、中庭の噴水近く――この時は気付かなかったが、その場所は中庭のほぼ中央だった――に白夜の空間制御能力で一部を『くりぬいて』穴を作り、その場所に入った。

 そしてその穴に入ると、今度は空間を『断絶』させて小規模な結界を作った。

 空間と空間は持続しているからこそ、その場所に行ける。ならば、そこをズレさせればどうだろうか。崖と崖の間が数十メートル離れていれば渡れないように、断絶させた結界の中に影響を与えられなくなるのだ。

 そうやってフランの弾幕を防御したシオンは、フランが来るのを待ち続けた。それからフランが自らのいる場所を音の反響で把握し、結界を解除してから手を出して、翼を貫いたのだ。

 ――そうしなければ、シオンはフランに勝てないのだから。

 狼狽しているフランに、シオンは眉を寄せて吐き捨てるように言う。

 「どうして、だと? そもそもお前がこんな阿呆な真似をしなければ、俺がお前を攻撃する必要何て無かった。お前が俺を殺そうとしなければ、戦う必要何て無かった!」

 この時シオンは言わなかったがことがある。それは『シオンが本当にフランを殺す気だったなら、先程の攻撃で既に殺していた』ということだ。

 けれど、痛みと驚きの二つの要因のせいで、フランはそれに気付けなかった。

 「だって、だって! 嫌なんだもん! 一人はもう、嫌なんだもん! だから、だからシオンを殺して、ずっと一緒にいようと思ったんだもん!」

 そう叫びながら弾幕をシオンへと打つ。それに対し、シオンは重力球を放った。

 「ハァ!」

 妖力の塊と重力の塊はぶつかり合い、大きく爆発する。それと同時に、突風が吹いた。

 「ク!」

 「キャァァ!」

 シオンは能力を使って体重を増やすと、地面を踏みしめて耐える。しかし、突風のせいで傷ついた右翼を刺激されたフランは、耐えられずに体勢を崩してしまった。その隙を逃さずにシオンはフランの真上へ転移し、黒陽を振り下ろしながら叫ぶ。

 「俺を殺して、どうなるって言うんだ!?」

 振り下ろされた黒陽をレーヴァテインで受け止める。だが、黒陽の力で重さを数十倍に跳ね上げていたその一撃に、フランは膝をつきかけるが、それを何とか耐えた。

 そのまま剣をぶつけ合いながら、シオンは地面へと降り立つ。その態勢のまま、フランは叫んだ。

 「だって、そうすれば一緒にいられるんでしょ!? だから、だから私は……!」

 「死んだら俺はもう二度と動かない! 話もしないし、遊びもできない! そんなのと一緒にいるのは――」

 鍔迫り合いのまま二人は叫び合う。そこからシオンは重力を操作して、フランを突き飛ばした。

 「――たった一人で人形と遊んでいるのと、似たようなものだろう!!」

 「!!?」

 吹き飛ばされたフランは顔を歪めながらも左翼を震わせて勢いを弱め、地に足を着けた。慣性が止まると、フランはシオンの元へと走る。そして、剣を横に振るい、逆袈裟で斬る。シオンはそれを後ろに飛び、体を斜めに倒して避けた。

 「あの部屋に来る人で遊んでくれたのは、シオンだけだった! あの部屋に始めて来た人は、私を殺そうとした! だから、私はあの人を『壊した』の!! それからお姉さまは殆どあの部屋に来なくなった。美鈴もお話しに来ない。最近来るようになった、私と同じくらいの身長の女の子も、ご飯を用意したらすぐにいなくなる。……ずっとずっと思ってた!! 一緒にお話しして、一緒に遊んで、楽しく笑ったらしたかった! そうしようって言いたかった!!!」

 フランの猛攻をシオンは避ける。しかし、遂にその一撃を受け流すしかできない状況にされてしまった。

 逆手に持ち替えた白夜を握り締め、体に力を込める。最悪剣を手放してカウンターを入れようと思っていたシオンは、次の一撃に驚愕した。

 (お……も……!?)

 美鈴の蹴りよりも遥かに重く圧し掛かってくる。ほんの少しでも力を緩めれば、その瞬間無理矢理押し通ってくると分かってしまう程の重さだった。

 剣と剣がぶつかりあっている場所に火花が散り、火を――元々フランのレーヴァテインは燃えているのだが――撒き散らす。

 けれどシオンにそれを意識している暇は無い。受け流している剣の方に問題は無いが、それを扱っているシオンの手が擦り切れ、腕はギシギシと嫌な音を立てる。それを支える足は今にも地面に膝を着きそうだった。

 それでも地面に膝を着くことはできない。もしもそうしてしまえば、そのまま押し潰されかねないからだ。『現在扱える』シオンの武器の一つは回避能力。それを封じられてしまえば、シオンはほぼ確実に負けてしまう。

 しかし、そんなシオンの意地を嘲笑うかのように、意識しているのかしていないのかどうかはわからないが、フランは妖力を使って身体能力を強化し始めていた。受け流そうとしているだけでも限界なのだ。これで受け止めようとすれば、その瞬間に負けが決まってしまう。

 技術が全くなくとも、圧倒的な破壊力を秘めた筋力と、それに伴って剣を振るう速度が増加するという、シオンにとっては最悪な悪循環。

 (なるほど、ね……! 人間が妖怪を恐怖する理由が、わかったような気がするよ……!)

 どんどん振るう速度が速くなっていくレーヴァテインを避けるのは、シオンでさえきつかった。相手の体勢から次の攻撃を読んでも、限界はある。それに加えて、レーヴァテインは燃え盛っているのだ。大きく避けなければ、炎で焼かれてしまう。たった数ミリで避けるという回避技術を封じられてしまっている現状、シオンは途轍もなく不利だった。

 しかし、話す余裕など無いとわかっていても、シオンは叫ばずにはいられなかった。

 「なら、なんでそれを速く言わなかった! 一言でもそれを言っていれば――」

 「怖かったんだもん!」

 シオンの声を遮るように、フランは叫ぶ。剣を振るう速度を更に上げて、駄々っ子のように叫び続ける。

 「もし、もしも断られたら、嫌だって言われたら、私は絶対に耐えられない! 私があの部屋にずっといたのは、お姉様たちに嫌われたくなかったからなの! いつか向かいみたいに一緒に遊べるようになるのを、ただ祈ってた!!」

 フランが叫ぶたびに剣の速度と威力が増していく。それにシオンは対処し切れなくなってきてしまう。遂に剣が左の脇腹を掠め、その場所を焼いた。

 「グゥ……ッ……!」

 悲鳴を押し込み、後ろへと飛び退る。その一瞬で、シオンは悩んでいた。

 (どうする、どうする、どうする! 後先考えずに行けば、まだ戦える。けど――!!

 後ろに下がったシオンを追いかけようと、フランは足を前に踏み出す。シオンはその顔を見て、覚悟を決めた。

 (あんな顔されて、やらないわけにはいかないだろう! 良くて瀕死、運が悪ければ死ぬ。それでも俺は、フランを助けると決めたんだ!!!)

 シオンが彼女を見た時、その顔は今にも目の縁から涙が零れてしまいそうだった。だからこそ、シオンは今出せる全力を出した。

 そしてシオンに追い付いてきたフランは、身を捻りながら、今までで一番重い一撃を振るった。もしも先程までのシオンなら、それを避けることも受け流すこともできなかっただろう。しかし、

 (減少、加重!)

 フランの攻撃を重力の影響を少なくすることで、今まで以上の攻撃で躱し始める。逆に果汁で剣の重さを増加させて、剣を振り下ろした時の威力を増やす。

 普通、細かく重力を増減させれば、細かい動きをするのは難しい。しかしシオンは、そんな異常な状態でありながら、先程までと全く変わらない動きをしていた。

 それによって、シオンはフランと何とか互角に戦えるようになった。そう、これを使っても『まだ』互角なのだ。

 そもそもシオンは人間で、フランは妖怪だ。元々の地力に差があり過ぎる。それでも戦うことができるのは、偏にシオンの強さがおかしいからだろう。

 しかし、一つだけ問題があった。それは速過ぎるフランの攻撃に、スナイパーライフルから放たれる銃弾でも見えるシオンの動体視力でも、霞んで見える程の速度。そのせいで、シオンはまず攻撃を予測することすら厳しい。

 それでも、シオンからすれば戦えるだけで十分だった。戦えなければ、思いを伝えることすらできないのだから。

 「なら、何でそれをレミリアたちに言わなかった!」

 「……ッ! それ、は! けど、だって!」

 「だってじゃない! お前は、嫌われたくないと言ったな!? けどな、言わなきゃ何も変わりはしないんだよ!! それに! フランにとって、レミリア達はそこまで信頼できない人たちなのか!?」

 「――!?」

 大切な人だからこそ言えないこともあるのはシオンも知っている。けれど、こうでもしなければフランは変わることができない。

 (俺だって、あの時ああ言っていれば……。あの時の俺みたいな経験を、フランにはして欲しくないんだ!)

 自分の心の痛みを無視して、シオンは叫ぶ。

 「どうなんだ、フラン!!」

 その心からの叫びに、フランは悲痛な表情で叫び返す。

 「そんなの、そんなの決まってるよ! 私にとってお姉さまたちは、大事な、本当に大切な『家族』なんだから!!」

 その言葉に、シオンは内心で微笑んだ。そう思える相手がいるのは、本当に羨ましいと。

 「なら、手を伸ばせ! 助けを求めるんだ! そうすれば――」

 「それでも駄目なの!」

 「どうしてだ!?」

 剣と剣をぶつけ、舞うように斬り合う二人。更に、その舞いにフランが妖力で作り上げた弾幕をシオンに放つことで、花火が加わった。

 剣と弾幕がまじりあった演武。それらの猛攻に、シオンは顔を歪めた。

 「クッ!」

 「私もそうしようと思ったことがあるよ !けど、私の力は壊しちゃうの! 体も、心も、大切な感情(おもい)も、全部! 私が本当に怖いと思ってるのは、私が全てを壊して、何もかもを失うことなの!!」

 フランの感情が、思いが引き出されるたびに妖力が増し、それに伴って弾幕が増える上に身体能力が強化される。

 それによって、再びシオンは押され始める。反撃することを止めて、全てを防御するのに集中することで、何とか耐えられていた。

 「私だって、もう、一人は嫌だよ……一人は悲しい、一人は苦しい、一人は辛い、一人は……寂しいの」

 「!?  ……グッ!」

 その言葉を聞いて、ほんの少しだけ動きを止めてしまったシオンは、弾幕の一つを喰らってしまい、吹き飛んだ。吹き飛んだシオンに、フランは追撃を入れようと走る

 シオンが動揺してしまったのは、かつて自分も似たような言葉を言ったことがあるからだ。

 (一人は苦しい、悲し、辛い……寂しい、会いたい。父さんに、母さんに、沙羅に……会いたいよ)

 「――!」

 ギリッと言う音を立てながら奥歯を噛みしめる。そして、空中で猫のようにクルリと回転して着地する。

 そして、追撃を入れていたフランの攻撃を黒陽で受けると、ほんの少しだけ距離を取る。そこに、シオンが予想した通りに突きを入れてきた。

 今までシオンはただ防御をしていたのではなく、感情が暴走して滅茶苦茶な攻撃をしてくるフランの攻撃を予想するための演算をしていたのだ。

 突きを入れてきたフランのレーヴァテインを今までのような大振りな回避ではなく、刀身があたるギリギリで避ける。それによってまたも左の脇腹が大きく焼かれるが、それを気にすることなくシオンは左足の膝をフランの手首に当てる。そのせいで太腿の部分が焼かれるが、それを無視してフランの手首に打ち込んだ膝をそのまま上へと押し上げる。そうすることで、手首の痛みと上へと押しやられた時の慣性によって、レーヴァテインを手放してしまった。

 「あ……!」

 素人によくある、手放した武器を見てしまう、と言う動作。この時のフランも、妖力の汲々が途絶えたことで消え始めているレーヴァテインを見てしまう、という動作をしてしまった。そして、その隙を逃すシオンでは無い。

 焼かれた部分のある左足を地に下ろし、前へ一歩踏み出す。更に身を捻り、いつの間にか百夜を手放していた左手を掌底の形にする。それを、フランの鳩尾へと放った。

 「しまっ、レ、『レーヴァ――』」

 再度レーヴァテインを召喚しようとするが、言い切る寸前に掌底はフランの鳩尾へと当たる。かなりの距離を吹き飛んだフランだが、吹き飛んだ距離に反して、何故かそこまで痛みは無かった。

 そのことに疑問を覚えている間に、シオンが叫んだ。

 「俺に使えよ、フラン! お前の力を!」

 「な、なんで……?」

 シオンの叫びに、鳩尾を殴られた衝撃を忘れてしまう。これでは駄目だ、と判断したシオンは、賭けをすることにした。

 「なら、賭けをしないか?」

 「賭け……?何の?」

 「俺が勝ったら何でも一つ俺の言うことを聞いてもらう。俺が負けたら、俺が死ぬまでずっと傍にいる」

 「え……それ、本当!?」

 途中までは呆然としていたが、賭ける物の内容を聞いて、目を輝かせる。シオンが頷くと、フランは凶悪な笑みを浮かべた。けれど、シオンから見ればその笑みは、虚勢を張っているようにしか見えなかった。

 「ゲームの内容は?」

 「簡単だよ。お前が俺に破壊の能力を使って、どこかが壊れたら俺の負け。逆に、俺がどこも破壊されなかったら、俺の勝ちだ。……わかったか?」

 「……うん、わかった」

 何らかの覚悟を決めた顔をしているシオンに何を思ったのか、フランは力を使うのを決意した。

 そして、右手を前に出して、シオンの左腕を破壊する『目』を見る。目ができあがると、フランは躊躇なく握り潰した。それを確かめた後にシオンのいる方を見て、目を見開いた。

 「――賭けは、俺の勝ちだな」

 「ど、どうして……目を潰して、破壊したはずなのに……」

 唖然とするフランを無視して、シオンは毅然とした目で言った。

 「俺の言うことを何でも一つ聞いてもらう。忘れてないよな?」

 「え、あ……?」

 呆けているフランに、シオンは確認するような言い方で呟き、フランの元へと歩き出す。すると、フランは怯えたように――いや、本当に怯えていた。

 そして、一歩後ろに下がった嫌々と首を横に振る。

 「嫌、嫌だよ……また、一人になるの? もう、あんな思いはしたくないの――!?」

 「大丈夫だから」

 フランは目を見開いて硬直する。いきなりシオンが抱きしめてきたからだ。そのままの体勢で、シオンは誤解を解くために優しい声で言った。

 「フランは、俺に貴女の力は聞かない。それに、俺には君の力を抑える方法を知っている。だから――」

 「で、でも、私は!」

 暴れようとするフランを無理矢理抑える。本来なら引き剥がされるのだが、うまく力の方向を逃がすことで凌いでいた。

 それでも力はフランの方が強い。余り時間は無いが、それでもシオンはゆっくりと囁いた。

 「――もう、何かを壊してしまうかもしれないことに、怯えなくてもいいんだ。自分の想いを、願いを抑え付けないで、誤魔化さないでいい。貴女はもう、一人で泣く必要何て無い。俺やレミリア達と一緒に遊んで、話をして、馬鹿みたいに笑って……そうやって、自分のしたいように生きていいんだ。……もちろん、限度はあるぞ?」

 抱きしめていたフランの体を少しだけ離して、フランの目を見ながら最後に冗談を付け加えて、シオンは安心させるように笑う。その顔には疲労が滲んでいたが、それでもその笑顔は美しかった。……男に美しいという言葉は似合わないかもしれないが。

 それでもフランには、シオンの言葉とその意味、そして彼の真意がわかった。

 「……本、当に……しても、いいの……? 私がしたいことを、してもいいの……?」

 「本当だよ。フランがしたいことをすればいい。俺も一緒にいるからさ。……ま、俺もずっと一緒にいるのは無理だけど、必ず会いに来るから」

 「――! う、うぅ……」

 再度微笑むシオンを見て、フランは遂に堪えきれなくなったのか、大声で泣き出した。

 「うああああぁぁぁっぁぁぁん! あああああああぁぁっぁぁぁ! 辛かった、寂しかったよ!私、私は……」

 そしてまた泣き出すフランの頭を、彼女が泣き止むまでシオンは撫で続けた。

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