勝つつもりは、初めからなかった。
フランにとっての目的は『相手を殺しきる』こと。その過程で自分が死を避けきれない重傷を負おうが構わない。そんなもの、気にする感情の余地さえ残っていない。
勘違いかもしれない。フランの間違いで何もしていないかもしれない相手を一人、死なせてしまうかもしれない。
だが、彼女に『かもしれないから』なんて可能性で止まることはできない。
フランは炎剣『レーヴァテイン』も、自身の能力である『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』も使うつもりはなかった。少なくともこの人間相手には致命傷だ。
傷を治そうとして能力を使ったシオンが倒れた。それはつまり『能力を使おうとしていなければ意味がない』状態だったのだ。それがキーになる。
だから特殊な力は使わない。使うのは吸血鬼としての
翼を広げる。四肢に力を込める。最も力を入れるのは両手だ。
ビキッ、と音がした。フランがこの力を使うのは久しぶりのこと。だからこの音を聞くのも、久しぶりだった。
伸びる。指先が。そして爪が。鉤爪のように鋭く長く。
「殺す。殺してやる。ううん、違う。シオンを殺したあなたを――殺してあげるッ!」
感情の爆発が、フランの抑えを、枷を外す。かつて初めてシオンと殺し合ったときよりも、ただ速い。
それでも、最初の一撃だけは外すつもりだった。その反応如何で殺す殺さないを決める理性くらいは残っていたのだ。
――片目くらいは、いいよね?
殺しはしないが、そんな物騒な思考は持っていた。下手をすれば目を貫通して脳ごと貫きそうなものを、フランは躊躇を失った脳の命令に従うがまま腕を振るう。
普通はよけられない。ただ喰らうしかない攻撃。
それを、相手は敢えて一歩踏み込んで肘で腕を押さえ込み、隠し持っていた短刀でもって返答とした。
狙いは心の蔵。ここを貫かれたとしても、然るべき休息をすれば生き長らえる。だが、同時にしばらく行動不能になってしまう。背中の翼を片側だけ振動、グルリと一回転して抑えを外しながら攻撃。
五指の爪による攻撃範囲は広い。なのに、当たらない。当たり前のように範囲を読み、攻撃を外させ、フランを恐れず一歩の距離を確かに詰めて、その小さな剣で喉、心臓、鳩尾、それができなければ手足の末端を狙ってくる。
喉はできれば程度のようで、狙う回数は少ない。心臓と鳩尾は例え外れてもその他の部位に当たりやすいほど的が大きい。手足は血を流させることと、強制的に再生させて疲労をもたらすことを目的としていた。
――耐えるしかない。
攻撃している回数は圧倒的にフランの方が上なのに、少ない隙を確実に、堅実に狙ってくる相手に負けている。
シオンはわざと超々近距離で戦ってくれていた。それもフランの叫びを受け止めるために、本来不得手な相手の攻撃を受け止める戦い方で。だから慣れていない。こんな、まるで影を踏むような戦い方なんて知らない。
だから耐え続ける。殺すために。痛みに、屈辱に耐え、ただ一手を探すために。
アリスにとって、そして誰にとっても幸いだったのは、シオンの体が完全に朽ちていない事だった。
確かに彼女は細胞一つ一つに干渉し『ああして欲しい』『こうして欲しい』と願う形で色々な事を起こせるが、その細胞自体にそれを叶えるだけの元気が無ければ効果がない。霊夢がせめてもの供養のためにシオンの体を朽ちさせないよう『保存』しようとし、その上で転移による奪取を暴れて邪魔して永琳達が来る時間を稼いだ。
本人に自覚は無いだろうが、彼女の行動がシオンを救った。とはいえ、このままでは先延ばしになっているだけにすぎない。
心臓を動かす。胸を上下させる。体の機能を取り戻させる。それでやっと『生きている』体に戻れる。
目覚めないシオン。アリスの力が十全でない以上、アリスが離れるか、力の限界が来ればシオンの体はまた腐へと向かっていく。
「映倫様。やはり、これ以上は」
無駄なコト、そうは言えなかった。
アリスのやり方は完璧だった。むしろ本人すら知らぬ内に限界を超えて力を行使してさえいる。それでもなお目覚めないということは、つまり。
わかっていてもやめないのは、諦めたくなかったから。
だって、友人なのだ。
気味悪がって、怖がって、泣き叫び恐れから叫んだ言葉で最悪なコトを言った。それを許し、勝手だが友とさえ思っている。その相手が目の前で死んでいくのを見るのが、嫌だ。
「ええ、そうね。これ以上は『無駄』よ」
なのに、その希望を永琳はスッパリと、そしてバッサリと切り捨てる。
「な、永琳あんた!」
「霊夢様」
いきり立とうとした霊夢を止めたのは、アリスの視線だった。永琳は無駄なことをしない。まして一度、たった一ヶ月の期間であろうと取った弟子を何の理由もなく見捨てる訳がないと、信じていた。
「――アリス。あなたは色んな『サイアク』を見る勇気が、ある?」
「……『サイアク』、ですか?」
「ええ。知りたくもない
「あります。それがなんなのかなんてわかりませんが、堪えてみせる。だって、私が思考停止したらシオンの体が完全に死んでしまうでしょう?」
だったら耐えなければなりません、そう戯けるアリスは、だが怖れも抱いていた。永琳が、月の賢者が『そう』と言ったのなら、それは本当に『そう』なのだから。
アリスの返答にしばし考える永琳。彼女の思考速度は常人の比ではない。数秒で考えを纏め終えると、ずっと気になっていたモノクルを外し、アリスの目に取り付けた。
「――え」
見えてきたモノ。それはなんの変哲もないようでいて。
「あ、な、これ……そ、んな……!?」
最初はわからなかった。理解さえできなかった。なのに『視』えてしまうそれがなんなのか、理解できてしまう。
それは、記憶だった。それは、人格だった。それは、感情だった。それは、ありとあらゆるモノを内包していた。
そして――バラバラに壊れた、『魂』だった。
目を動かす。ギョロギョロと、はしたなく、だが何より忙しなく。
――視える。
石、木、様々なモノの中にある、小さな、だが確かにそこにある『魂』の形。永琳や、心配そうにこちらを見ている霊夢の内側にさえ存在している。
だからこそ、アリスは目を閉じ力の行使だけに意識を集中した。
「なん、なんですか、これ……こんなの、本当に」
見たものは、まさしく『サイアク』だった。見たくもないことを見せられる。それはきっと、生きていく上で想像したくもない事の一つ。
事実から目をそらし、耳を塞ぐ。それは逃避だが、一種の精神保護措置でもある。
「もう、わかっているのでしょう?」
まさしく、今のアリスがそうであるように。
「あなたが『視』たものは、それだけで全てを証明できる」
永琳は許さない。逃げていくことを。
「でも、だったらッ! シオンはもう絶対に助からないじゃないですか!!」
モノクル越しに永琳を見ることさえ厭わず、アリスは彼女を睨みつける。
――ああ、なんて酷いモノ。
永琳の『魂』はとても綺麗で、とても醜い。整っていて、壊れている。あらゆる矛盾を内包し包括し、存在している。
「ねぇ、永琳。話の途中で悪いのだけれど、私は帰らせてもらうわ。ここにいてもわからないことだらけだし、下手に誰かを連れてきても意味がない。『鬼はシオンが追い返した――』それだけ伝えて安心させてくるから」
空気を読み、霊夢は敢えて引いた。実際ここにいても意味はない。できるのはフランの加勢くらいだろうが、あの勢いだと加勢した相手すら切り捨てそうで恐ろしかった。
永琳とアリス以外、誰もいない。
「……答えてください。これでどうやって、シオンを助けるというのですか」
そう問えるだけの余裕が、アリスにはあった。酷く汚い物を垣間見て、それでもまだ信じられたのは、永琳の魂を視れたから。
「今のシオンは、内が壊れた状態にある。元々魂とは無垢だと言われているモノ。そして生まれてから色々なことを経験して、感情を、記憶を、人格を、あらゆるものを宿して、最後は死にゆく体から解放され、どこかへと向かう」
だからこそ、アリスはシオンの魂を、永琳の魂を、そして少しだけだが霊夢の魂でさえ視てしまった。まるで相手の全てをのぞき見るようなそれは、アリスに凄まじい罪悪感を与えた。
「真っ白なキャンパスに色を描き、完成させる。でもシオンは、そのキャンパスが壊れ、作られた全てをバラバラにされた」
だから、体が生きていても動けない。精神が残っていても動かすための燃料がない。魂を喪った体はただの人形に朽ち果てるしかないのだ。
「――アリス。『これ』を
「む……そんなの無理です! 私の能力はそこまで便利ではないのを、永琳様はご存知のはずですよね?」
「わかっているから言っているのよ。あなたはもっと自分を、自分の能力を信じなさい。ただ橋掛かりにさえなれればそれでいいの。後は、彼が自力で戻ってくる可能性に賭けるしかないから」
あやふやでよくわからない言葉。
だけど、信じるには十分。賭ける意義も意味もあるのなら、それでいい。
「私の言うことに従いなさい。まず、これ以上魂がバラバラに崩れるのはマズいわ。包むようにして崩壊を防いで」
「はい」
今はただ、彼女の言に従う以外に道はなかった。
――暗い。昏い。冥い。……
思考できない。記憶がない。そもそも存在しているのかどうかさえあやふやだった。
『自分』がバラバラに壊れて消えていく。そんな自覚があるのに恐怖を感じない。ただそうなるんだという感覚しか胸の内に浮かばない。
願いも、誓いも、約束も。全部が溶けて無くなっていく。
全てが無に染まって零れ落ちるだけ。死ぬことよりも恐ろしいことを、けれど何も感じないのは果たして正しいのか間違いなのか。
ここに残っているのは、本当に重要な、最期の最後。これが消えれば、もう二度と自分は立ち上がれない。
何となく、それもいいかな、と思った。思考できないはずなのに、疲れた、と疲弊しきった精神が嗤う。このまま無に消えて行っても、約束は完全には破らない。
何度も何度も死にかけて、その度にみっともなく生き残った。
『生きて欲しい』――その願いはなるだけ叶えられた。
『幸せになって』――その願いは絶対に叶えられない。
だって、シオンにとっての幸福は、大好きで大切で、誰より愛した『姉さん』と共にあることだけだったから。
唯一できた、初めての友が好きだ。
姉で、母になると言った人が、大好きだ。
そして――気づけば異性として気になっていたあの人を、愛している。
その想いがあるから頑張れた。その想いが強すぎたから、最期の姉さんの願いを絶対に破ることができなかった。
『姉さん』がいたから『シオン』ができた。
……だから縛られる。『■■』にできたことが、『シオン』にはできない。
自分の本当の名前を名乗る機会があったのは、自暴自棄になっていた、紅魔館で、誰に会ったとき、だっけ――?
『やれやれ、キミは僕達との約束を破って消えてしまうのかな?』
いつの間にかそこにいた、自分を見下ろす『
『ああ、この姿? 僕に形はないからね。キミの姿を借りたんだよ、シオン』
そっちのがわかりやすいだろう? そう言って笑う彼は、しかしわかっていない。
自分と同じ顔形をした人間がいれば、最初に思うのは戸惑いだ。それがわからない時点で、この黒いシオンは人間とは全く別の立場に立っている存在だとわかってしまう。
『あの子も怒っていたけど……まぁ、あの子は喋らないからね。僕が代弁させてもらうよ』
スゥ、と息を吸う動作。それは人間らしいが、どこかわざとらしさが見え隠れしていた。
『僕達が力を貸してるのはキミの為じゃなくて僕達の願いのためだなのにキミはいつもいつも好き勝手に振舞ってて僕達の願いはほとんど叶わないいつもいつも似たような光景ばっかり見せられてウンザリしてるんだよ折角
結局のところ、それは単なるグチだった。頼りになる人物に己の心中を吐露するだけの行為。
『でもね? そんなキミだから、僕達は手を貸したんだ』
苦笑いを一つ。その形は、やはりシオンのそれと似ても似つかぬ。同じ容姿で、だが決定的に違うことの証左だった。
『キミは自分を大事にしない。だから自分の欲や周りを欲に振り回されて僕達の力を振るおうとはしない。それが一番重要なんだよ』
また苦笑いをする。それはついつい漏らしたものだった。
『やっぱり、こういう時にかける言葉なんてわからないな。――僕には、無理だ』
彼は一度シオンの頭を触る。撫でようとしたのか、あるいは気付けで殴ろうとしたのかはわからない。
『このままキミが消えたとしても、僕は受け容れる。それがキミの選択だから』
せめて悔いのない方を、選んで欲しい。
そう言い残して、黒いシオンはどこかへ消えた。
また、静寂が戻る。残されたシオンは目を閉じ、全ての情報を遮断した。
――――――――――――――――――――――――――……………………
―――――――――――――――――――…………………
――――――――――――…………………
――――――………………
――お――さ――
………? ―ら――き――
『起きなさいこのネボスケ!』
「――え!?」
ガバリと体を起こす。無に帰そうと、バラバラになって消えかけていたことも、今もなお喪いかけていることでさえ、気にならない。
この声を、聞けるなら。
「ど、どこ? どこ姉さ――」
「こっちよ。どこ見ているのよ」
バッ、と真後ろを振り向くそこに、確かにいた。
雑多に切った肩にかかる程度の黒髪を。舐められないよう敢えて釣り目にしたキツい両目を。不敵に笑うその顔を。
誰より、何よりも知っていた。
パアァ、とシオンの顔が輝く。零れ落ちた大半の記憶の中で、それでも消え去る最後まで残そうと思っていた姉さんとの記憶。
その記憶が示している。この人は偽物でも、最期に見えた幻でもない。本当に本当の『本物』なのだと。
文句を言おうと口を開きかけたその人に、脇目も振らず近寄る。
「会い、たかった……ずっと。ずっと――」
大きかったと思っていたその体は、今のシオンにはとても小さい。それを感じたのはシオンだけではない。
「なんだ……こんなに大きくなっちゃって。あんなに小さかったのになぁ」
感慨深く息を吐く。ただ、腕が勝手に動いていた。
「久しぶりね、シオン。私も――会いたかった」
そう笑って、シオンを抱きしめ返した。
それからシオンは幻想郷に来てから起きたことを全て話した。紫の無茶苦茶な願い、藍の尻尾の艶やかさ、幽香の理解不能さ、てゐの頼もしさ、鈴仙のアリスを想う心、アリスにしてしまったかもしれないこと、レミリアの『姉』心、咲夜の従者としての心構え、美鈴から教わった太極拳とそれを鍛えるための向上心、パチュリーと交わした魔法の議論、そして――そして、地下に繋げられ続けた、とある少女のお話を。
「ここに来た理由はよくわかんないなぁ。なんかされたのはわかるんだけどさ、気づいたら色々バラバラになってたって感じだから」
「うーん、私はシオンが見聞きしたことを知ってるだけだからなぁ。それに私、肉体は持ってないけど精神的な疲弊はあるからたまに寝るし」
一緒になって悩む二人。だけど、シオンのそれはただのポーズだった。一緒にいるだけで楽しくて、こうして他愛もないことを話すのが好きだった。
「それで、次は何を聞きたい? なんでもいいよ! 姉さんといるだけで、俺は」
「シオン」
だから、彼女は『姉』として、『弟』を止めなければならない。
「どうして、私が死んでからすぐのことを話してくれないの?」
「――――――――――」
笑顔が、壊れた。楽しそうな雰囲気が全て凍り沈黙へ導く。もう一度問おうとシオンを見れば、帰ってきたのは擦り切れ切った顔だった。
「……どうしようもなかったよ。死にたくて、死にたくて、何度も死にたいと願い続けて、でも約束があった。だから必死になった。意固地になった。それを支えにした。それを果たすために枷と誓いを作ってそれだけに全力を尽くした」
見てたならわかるよね? そう言ってシオンは姉を見つめる。
「――俺は、もう、生きていく気力が、無いんだ」
目的がない。目標がない。いいや、目標はあるが叶えられるなんて露程も思っちゃいない。叶えられない目標なんて、掲げている以外に意味はない。
「シオン、あなたはここで私といるためなら、他の全てを捨てられる?」
「もちろん。他全てと姉さん一人なら、俺は姉さんを選ぶよ」
「そ、う」
即答だった。躊躇さえ無い。だが。
――それを嬉しく思えても、叱らなければならないのだ。
体をシオンに向ける。そして、覚悟を決めた。
――パァンッ。
「ひとつだけ、私はシオンに謝らなければいけないことがあるの」
泣きそうになって、でもそれを覆い隠す。
「私はあなたを縛った。あなたの私に対する想いを軽く見て、軽く言った言葉を重荷にしてしまった」
本当は、シオンに幸せになって欲しかっただけなのに。それだけを願っていたのに。時間が足りなくて、伝えきれなかった。
「……私はあなたを縛りたくないの。私はもう死んだ人間。生きているあなたを殺して、歩みを止めさせて、あるかもしれない希望を、奪いたくない」
知っている。そんなのは限りなくありえないことを。
けれど可能性はある。ほんのちょっとの、細い糸のような希望が。
「わかってる」
シオンとて、理解はしている。
「それでも俺は、姉さんと一緒にいたかったんだ」
でも。
「まだ『約束』があるから。俺は全力で『生きて』みせるよ」
そう、シオンは完全に死んでいない。なら、先ほど捨てかけた約束を拾い直したって、いいはずだ。
「ねぇ、姉さん。最期に無理な約束を押し付けたんだ。こっちも一個、約束を押し付けたっていいよね?」
「わかったわ。何でも言いなさい」
「俺が死ぬまで生き抜いてみせたら。もう一度、会ってほしい。死ぬ寸前までやり抜いた事を、語り終えるまで聞いて欲しい」
「すぐに死なれたら困るわ。本当に、何日経っても足りないくらい一杯お話を作ってからよ」
バラバラに壊れた魂を拾い直す。今ならきっと、なんでもできる。それくらい、気力が充実仕切っていた。
「あら、誰かの助けも来たみたいね」
それに、姉さんの言うとおり。ずっと、シオンが消えないように、シオンの魂を優しく包んで守り続けた誰かの暖かい気配を感じる。
でも、今は。ただ姉さんに伝えたい言葉を、伝える。
「姉さん。あのときは『さよなら』だったけど。今度は」
「ええ。もうその言葉は、いらない」
「「――『また』、ね」」
消える。消えていく。それを消え去る一瞬まで笑って見送り続ける。
見送って――その場にくずおれた。
「……イヤ。イヤ。本当は、行って欲しくない。傍にいて。隣で笑っていて。あなたの声を聞かせて。あなたの体を抱きしめさせて」
私は、強くなんてない。シオンがいなきゃ『姉』面もできない弱い存在だ。だけど、さっきも言った『縛りたくない』という言葉も本当だった。
どうしようもない二律背反。それでも彼女はシオンの未来を願った。自分の手でその道を奪いたくなんてなかった。
あぁ、でも。悲しい。痛い。また一人。会いたい、会いたい、会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい――。
『……うまくいったみたいだね。でも、あちらを立てればこちらが立たず、か』
真っ黒に染まりきった『
シオンよりも遥かに白いその姿は、余りに白すぎて眩い。
全てを飲み込みそうな『
全てを弾き出しそうな『
全く正反対の彼らは、だが不思議と似通っていた。外見ではなく、中身が。
白は喋らない。黒の後ろにしがみつき、ただジッと彼女のことを見つめている。これは何も今回だけではない。いつものことだ。喋るのは黒で、白はただ見ているだけ。
「来ないでちょうだい。今は、その姿を見ているだけで辛いから」
『彼のことを思い出してしまうから、かい? でも、キミも彼の事は知りたいはずだ。戻れた彼がどうなったのか、とかね?』
それは、弱みを知っているからこそできる顔だ。
『キミは確かにシオンの事を知っている。でもそれは、決してキミの力のおかげじゃない』
「……それは」
『キミは僕達が見聞きしたことを僕達から聴いてるだけで、
――キミは僕達を頼るしか彼を知る方法が無い。
顔を歪める黒の顔は、まさしく悪人面だった。
「シオンの顔で、そんな顔をしないでほしいのだけれど」
『ああ、これは失敬。どうにも顔のつくり方がイマイチでね。これでも試行錯誤してるんだ』
けれど、彼のおかげで気を紛らわせたのも事実。嫌味はあるが、これが彼なりのやり方だ。もう慣れてしまった。
「もういいわ。さっさと外の状況を教えなさい」
『うん、いっそ清々しいまでの二面性だ。シオン以外の前だとほんっと高圧的だよねキミって』
とはいえ、教えるために現れたのだから、特に異論はない。
『――ま、多分何とかなるよ。いつもどおりにね』
「――