東方狂界歴   作:シルヴィ

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借りた想いと力

 どこか楽しそうに、だが黒い笑顔を浮かべるにとり。なぜだか発明をしている時と同じかそれ以上に生き生きとしたその表情を前にしても動じなかったのは、ただ一人。

 「とりあえず()()でどうかしら?」

 前触れもなく懐から取り出し無造作に放り投げたそれは、封筒。にとりはその分厚い封筒を片手で受け取り――受け取った音的に相当な重量のはずなのだが――封を切ると、ペロリと指を舐めて湿らせ手馴れた仕草で枚数を数える。

 そしてホクホク顔で札束を封筒に入れ直すと、一変して真面目(シリアス)な雰囲気を醸し出す。

 「見られたらオシマイなら見られなければいい。要はそれだけなんでしょ?」

 「確かにそれができれば苦労はしないけど、その手段が無いから困っているのよ。魔術的、それに準じた異能力では相手に探知されるだけなのだから」

 魔術や異能ではダメ。その時ふと、シオンの脳裏に過ぎったのは、かつてにとりが発明しようとしていたひとつの『科学』技術。

 「だったら頼らなければいい。そう! 私達河童が持つ、私達の、私だけの発明を!」

 スパン、といきなり襖が開けられる。そこから少年一人が着られる程度の大きさの、光学迷彩。だがこれは一部だけではなく、服のように上下に別れておらず、着ぐるみのように背中から着るタイプのようだ。

 「流石に普通の洋服みたいにするのは、電線とかエネルギー伝導効率とかの問題でまだ無理なんだよね。ちょっと厚手なのもそれが理由」

 「見られないってだけならこれで十二分に果たせる。多少重心が崩れるから、時間をくれないとダメだが」

 ペタペタと触って確かめるシオンは、着ても移動に問題ないと判断。それを尻目に永琳が呟く。

 「……で、いくらなのかしら?」

 永琳は先ほどの金を情報代としか考えていない。永琳一人に伝えればそれは今この場にいる全員に伝わる。だから『それ』込故のあの大金。この光学迷彩とはまた別料金だ。

 察したシオンは眉尻を下げるが現在金を持っていないため払い用が無く、紫は河童の技術をこの短時間では理解しきれず、また信用も薄い事から金を出す程ではないと判断した。

 河童は――というより、このにとりという少女はかなりガメつい。研究費用を得るためならかなり足元を見てくるだろう。

 「え、タダでいいよ?」

 と、予想していたのだが。まさかの無料とは思ってもいなかった。

 だがこういう格言がこの世には存在する。『タダより怖いものはない』――と。一体彼女は何を考えているのか。そう言いたげな永琳の瞳に心外だなぁと鼻を鳴らす。

 「まぁこっちとしても思惑はあるけどね。でも安心して。ちょっとシオンで検証させてもらいたい、ただそれだけだから」

 「検証? 実験ではなくか?」

 「うん。ほら、ずっと前にシオンの生体電流とか調べたでしょ? それでシオンの生体電流以下の出力なら超々微弱な電波が迷彩(ステルス)を妨害しなくなったんだけどさ」

 コンコン、と軽く叩くにとり。その顔は苦く染まり、未だ納得できていないことを伺わせる。そしてこの時点でいくつかの疑問点が浮かび上がる。

 「それ、あくまで()()()()()()状態でのことだよな? だとすると、俺よりも強い生体電流を持ってたら途端にガラクタになるんじゃ」

 「いい指摘! それに動いてない状態だとやっぱり意味がないって気づいたんだ。だから検証が必要ってわけ」

 「つまりその光学迷彩は実験の検証に付き合う代金――ということかしら?」

 「そゆこと。まぁ代案があるなら出す気はなかったんだけど、無さそうだし? だったら無駄になるかもだけど一応の保険に、ね」

 はにかみながら言うにとり。彼女の想いは素直に嬉しい。知らずシオンの口元が緩み、それを見ていた紫は少し安堵した。

 「それで永琳。これは役に立つの? 立たないの?」

 紫にとって重要なのはそこだ。無駄なモノを装備して戦いに赴くなど無意味でしかない。そしてこの道具を最も理解できるのは永琳だろうと聞いたのだが、答えは顎を引くことだった。

 ならいいか、と思い、紫は聞く。

 「それで、これは何で動くのかしら。電気が必要なら充電しないとダメだと思うのだけれど」

 「あ、これに積んである電池に充電しても三十分も迷彩が発動しないから、多分無駄だよ? ないよりはマシだけど」

 無邪気に言うにとりに、シオン、永琳、紫の動きが止まる。その顔はまるで『不良品を掴まされた!』と言っているかのようだった。

 「……クーリングオフって、効くのかしら?」

 「シオン、今からでも遅くないわ。この娘をほっぽり出してちょうだい」

 お金を払ったわけでもないのに呟く紫。

 掌を返すように一気に冷たい反応をする永琳。

 シオンは何も言わないが、だからこそ『にとりは何をしに来たんだ?』と言いたげなジト目が際立っていた。

 三者三様の視線にたじたじになるにとり。珍しく素直に答えたらこれとは運が悪いとしか言えないが、同時に自業自得なので何とも微妙である。

 「だ、だって仕方ないじゃん! 周囲の風景に同化させ続けるって結構電気食うんだよ? 大食らいだよ? むしろ三十分も保たせた私を褒めて欲しいくらいだし。半日とかだと今の倍以上デカくなるんだから!」

 確かにそれは凄い。認めよう。だが実際問題、三十分で敵陣に突入するのは無理がある。索敵しつつ隠密行動し、罠の探知からそれの回避。いくつか挙げるだけでもうキリがない。

 白けた空気になるのを止めたのは、お馴染みの快活な声だった。

 「おうおう、使えないって決めつけるのはちょーっと早すぎるぜ、シオン!」

 「ん? その声は――魔理沙?」

 にとりと魔理沙。全く繋がりが見えない二人が、一体どうしてここにいるのか。その答えは単純にして明快。

 「科学と魔法の融合――それは誰しも一度は夢見ること!」

 「それ即ち! 不可能を可能にすることを指す!」

 ノリノリでポーズを決める二人はただの悪ガキにしか見えない。もう諦観を込めた視線を大人二人が宿す中で、シオンは魔理沙が隠し持っているモノに気づいた。

 「おい魔理沙……貴女まさか!?」

 「ふっふーん。使えるものはなんでも使う主義の私にこれを渡したのは悪手――でもないか。運が良かったな、シオン。今回は妙手になったみたいだぜ」

 ひらひらと手を振る魔理沙の手に握られたのは、小さな石。しかしそこに刻まれた紋様は複雑怪奇。そこに込められた魔力は尋常ではない。

 それを渡したのは紅魔館突入前のこと。てっきり使い切ったのかと思ったのだが、一つだけ残しておいたらしい。手癖の悪いことで。

 もう片方の手には、シオンが細工を加えて八卦炉。そこで紫は気づく。『境界』を操るが故に様々なモノの範囲を知れる彼女は、光学迷彩にポッカリと空いた空間を気にしていたから。

 今にも説明したそうな魔理沙から石と八卦炉をぶんどる。

 「あ、ちょ何すんだよ紫! 返せよおい!?」

 「ここを、こうして……こうかしら?」

 抗議を意にも介さず何故か二重底化されていた八卦炉をパカリと開き、空洞に石を詰め込む。次いで光学迷彩の背中――小さな袋部分に、何度か回転させてはめ込んだ。

 「ぴったりね。魔理沙、これは一体何なの?」

 「説明も聞かずにやりやがったクセに謝罪もなしかよ」

 「……すまない魔理沙。紫の代わりに謝る」

 「しゃーなしだな。シオンに感謝しろよな紫。それでこれは――」

 「電気そのものを動力源にするのではなく、代わりに魔力を使って動かす装置ね」

 「うん、その通り! それで半分正解だよ」

 「花丸が欲しいなら、もうちょっと正確に――」

 「魔理沙得意のマスタースパーク、即ち魔力を電気に精製する機能を持ってるんだろ?」

 「……少しは私に説明させろよ~~~~!?」

 紫に道具を奪われ、永琳に答えを言われ、シオンに詳しい説明をされた魔理沙が遂にキレた。意気揚々と来た結果がこれなのだから仕方ないのかもしれない。

 元々我慢強い少女ではないのだから。

 三人は顔を見合わせ、ついでにとりに目を向けると、彼女は魔理沙にバレないようしょうがないなぁという顔をした。

 「ほら魔理沙、肝心なところをまだ言ってないんだから、それをお願いするね?」

 「う、そ、そうか? ならいいけどさ……ん゛、んん゛」

 と、わざとらしく咳払いを一つ。

 「この光学迷彩を魔力で動かす点で最も重要なのは、『外部の魔力を使用しない』点だ」

 ここにいるメンバーならわかるだろう。気配探知に優れた人間は、周囲の動いている・動いていない魔力の差を感じ取れる。

 つまり八卦炉のみの機能を付けると、微弱な魔力の吸引によって居場所を悟られる。だからこそ魔力を込められる石の出番だ。元々魔力が入った石から直接吸い取るのなら、それはほんの少しの移動にしかならない。気付けるのは迷彩を着た本人くらいだろう。

 そして魔力を電気に変換する機能を備えた八卦炉が、迷彩を発動させ続ける。

 ちなみに石に魔力を込め直せば無限に迷彩を発動させ続けることさえ可能だ。ただし、それができるのは魔力をとどめ続ける魔法陣を扱える人間――シオンのみだが。

 「――合理的ね」

 全てを聞いた永琳の言葉が、全てを表していた。にししと笑うにとりと魔理沙がシオンに近づき手をあげる。

 戸惑いつつもあげた手。そこに魔理沙とにとりが、力強く叩いてきた。

 「私達はお前が何をするのか知らないけどさ」

 「私達も力を貸すってこと、忘れないでね!」

 「ああ……そうだな。忘れないよ、きっと」

 それを最後に二人は部屋から出ていく。立つ鳥跡を濁さずとはよく言うが、彼女達の去り際はあっさりしたものだった。

 残ったのは紫と永琳。先に腰をあげたのは永琳だった。

 「それじゃ、私はこの機械のメンテナンスでもしておきましょう。専門外だけれど、故障しているかどうかくらいはわかるから」

 魔力を使い、光学迷彩を宙に浮かせる。そうしながら永琳は、シオンの頭にポンと優しく手を置いた。

 「私はあなたに、死んでもやり切れ、なんて言わないわ。――頑張りなさい。あなたがしたいように。あなたが後悔しないように。望んだ結果を、勝ち取りなさい」

 一回、二回。髪を梳くように撫でた永琳は、柔らかい笑みを見せて部屋を出る。

 犬猿の仲の紫とシオン。この部屋の主は紫だから、次の出るのはシオンだろう。それでもシオンは一言だけ、言っておきたかった。

 「貴女のためじゃない」

 「ええ」

 「この幻想郷(セカイ)に生きる――俺を助けてくれた彼女達のためだ」

 「でしょうね」

 「……殺せるのなら、殺してやりたいのに」

 「……わかっているわ」

 苛立ちを込めた目を向けても、紫の態度は変わらない。

 「貴女みたいに、何かを犠牲にできる奴は、これだから嫌いなんだ」

 強いから。

 並大抵のことでは崩しきれないから、嫌なんだ。

 「好きになってもらおうなんて、考えていないわよ」

 「あ、っそ。もう寝る。明日は顔を見せに来なくていい」

 見に来たところで喧嘩腰になるだけだ。だったら見ないほうがお互いの為になる。

 お休みの挨拶すらなく、シオンは部屋を出る。その瞬間聞こえた言葉に、()を背けて。

 「――貴女みたいな強さが、欲しかったよ」

 彼女もまた、その言葉から耳を背けた。

 

 

 

 

 

 シオンは自分が寝る場所はどこか、知らされていない。恐らく一番最初にいた部屋でいいだろうと考えているし、別の場所で寝ても文句は出ないだろうと思っていた。

 だから、別段不思議なことではない。

 フランが廊下の片隅で、シオンのことを待っていたのは。

 「明日、戦いに行く……んだよね?」

 「そうだな。もしかしたら、死ぬかもしれない」

 少なくとも勝ちの目も負けの目もある。それに相手が出していない手札を考えると、シオンが殺される可能性は、高い。

 嘘を吐かない事を信条にしているシオンは誤魔化さずにそう言うと、フランは焦燥をあらわにして詰め寄ってきた。

 「なら、やっぱり私もついていきたい。シオンと一緒に、シオンの隣で戦いたい!」

 「ダメだ。フランが出ていけば、全部ダメになる」

 どうして、とは言えなかった。シオンは気づいてる。永琳も、紫も。

 「気づいてて、見逃してたんだよね? 私が前に出ちゃいけないことを、教えるために」

 「わかってるなら、言わせないでくれ」

 フランは悪いことだと理解していて、彼らの話を盗み聞きしていた。気付かなかったのは恐らく魔理沙くらい。にとりは――彼女の反応は差がありすぎてわからなかったが。

 けれどもこの場で最も大事なのは、『フランが出向けば全て終わってしまう』ことにある。

 その理由は、とても単純だった。

 「――……『ありとあらゆる物質を破壊する程度の能力』を持つ私が、万が一、億が一能力(チカラ)潜在能力(スペック)を完全に引き出されたら、この幻想郷(セカイ)だけじゃない。外に連なる地球(セカイ)さえも完全に壊してしまうから、行っちゃダメなんでしょう?」

 フランの能力は強大すぎる。そしてそれ故に、彼女はあの巡り続ける時の回路の中に組み込まれてしまった。

 もしあの黒い人間の能力に巻き込まれれば、その瞬間機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)の如く全てを終わらせてしまうからこそ。

 わかってるなら言わないでくれと目で応えるシオンに、それでもフランは諦められずに言い募った。

 「で、でも! 私、今までずっと大丈夫だったんだよッ。シオンがくれたこの腕輪があったから今まで一度も暴走せずにッ」

 「それは腕輪のおかげじゃない。貴女が、自分の意思で、自分の心で抑えたからだ」

 「え……何、それ――?」

 シオンは一度目を逸らし、まるで罪を告白する罪人のように頭を垂れた。

 「それは半分正しい。でもな。半分は間違いなんだ」

 「シオンが、嘘を吐いた……ってこと? どういう意味なの!?」

 「確かにその腕輪は妖力の抑制をしたり、無駄な流出を避けたりできるように作ってある。能力の制御も、まぁ多少なら力を貸してくれるだろう」

 けれど、大前提として考えてみて欲しい。

 「でもそれには、純然たる破壊の力を押さえ付けるだけの力なんて、持ってないんだ」

 フランの能力を押さえ付けることは、只人でしかないシオンでは、どだい不可能。もしフランがその気になれば、腕輪ごと完全に破壊してその能力を発動させたことだろう。

 「じゃ、じゃあなんで、シオンはこの腕輪を私にくれたの?」

 「……かなり話は変わるが、思い込みって不思議だよな」

 「え?」

 その言葉にフランが眉根を寄せる。話を変えた、というのならわざわざそう前置きにする必要はない。

 つまり、この話はきちんと繋がっているのだ。

 「そう、だな。催眠術とかが一般的な例か? あるはずのないものを『ある』と思い込ませたりだとか、逆にあるはずものを『無い』と見せたりだとか。でもそれは、他人からすればありえないことでも、本人からすればそれは純然たる『事実』になるんだ」

 「……つまり?」

 「フランに腕輪を付けたのは、フランに『この腕輪は自分の力を押さえ込んでくれる特異な力が宿っている』と思い込ませるためだ」

 「!?」

 無意識でギュッと腕輪を握り締める。遂にシオンはフランを見ることなく、廊下を歩いて壁に寄りかかった。

 「実際、上手くいってただろう? そう思い込んだフランは無意識的に能力の発動を抑えていたんだから」

 「それじゃ、シオンがやったのは、本当にちょっとした手助け、だけ?」

 コクリと小さく頷く。ともすればそれが返答だとさえ気付かなかったのは、後ろめたさからか。シオンは自嘲気味に笑った。

 「俺が言った説明、かなり無茶苦茶だったろう? 嘘にならないように、でも信じ込ませるように結構焦ってたんだよ。本当に信じてくれるとは、思わなかったけど」

 あるいは誰もがわかるほどの大怪我をしていたからかもしれないが。どちらにしろ、状況に救われたと見るべきだろう。

 そこでシオンはフランを見る。どこかショックを受けたフランを見て、また苦い笑みをこぼす。それをすぐに飲み干し、フランに告げる。

 「だから、貴女の力は依然として危険なままなんだ。連れてはいけない」

 ポンとフランの頭を叩こうとして――やめた。代わりに肩を叩き、一言。

 「お休み、フラン」

 返事は、当然のように無かった。

 

 

 

 

 

 その日は部屋に置いてあったご飯を食べてから壁を背にして寝た。食べてすぐ横になるのは何かに悪いと見た覚えがあったからだ。

 思い出すのは先ほどのやり取り。本当に伝える必要があったのかと迷い、けれど言わなければフランは隠れてでもついてきそうだと無理に自分を納得させる。思考を強制的にシャットダウンさせて、その日シオンは眠りについた。

 眠っている途中、誰かに責められているような夢を見た。

 『お前のせいで』と、『お前がいなければ』と。言われ慣れたその言葉は、もうシオンの心に波紋を立てる事さえ無くなった。

 悪意を受けるのが日常になったのは、果たして何時のことだろうか。そして悪意の中から救いが来たのは、何度会っただろうか。

 シオンは紫が嫌いだ。復讐する相手のいないこの世界に無理矢理落とした彼女のことを、心底怒り憎んでいる。

 でもそれはただの一面で。

 本当は、少しだけ感謝もしていて――。

 「……夢だとしても気持ち悪いな」

 頭が痛い、と体を丸めて縮こまるシオン。少なくとも誰かに内心を悟られることだけは絶対に避けたかった。

 「ないないありえないから。俺が紫に感謝してるとかどんな()()()()だよ」

 クスッ――。

 「……?」

 ふいに笑い声。だが周囲に誰かがいる気配は無い。

 「シオーン。朝餉がそろそろできるわよー!」

 「わかった、今行くー!」

 遠くから聞こえてきた師匠の声に、シオンは疑問を投げ捨て部屋を出た。部屋を出て朝食にありついたシオンだが、渡されたのは水と、小さなカプセルが数十錠。と、大量の紙束。

 「これが……朝ご飯?」

 「栄養剤ね。これを()()()戦いに行きなさい」

 当然抗議の視線を送ったシオンに返されたのは、永琳のため息だった。

 「紫から伝言。『豪勢な食事が欲しければ勝ってくることね』――だそうよ」

 瞬間、ピキッ、と何かが鳴った。

 「ああそうかい本当に地雷原をドカドカ踏んでくれやがるよ紫はぁぁっぁぁ……ッ!」

 怒りの表情を一転させ、永琳を指差すシオンは叫ぶ。

 「俺も紫に伝言だ。『精々俺を驚かせられるくらいの料理を用意して待ってろ』と!」

 「そ、わかったわ。行ってらっしゃい」

 「行ってくるッ!」

 ドカドカと足を踏み鳴らして行くシオン。その背を口元を緩ませた永琳が見送る。

 「だ、そうよ?」

 「なら頑張らせてもらいましょう。精々ね」

 目の形に開いた空間の奥から声が届く。どちらも素直じゃないと苦笑する永琳だけが、二人の心情を完全に把握している。

 シオンは『必ず勝って戻ってくる』と言い切り。

 紫は『あなたは必ず戻ってくる』と信じた。

 「素直じゃないわね、二人共」

 二人が聞いたら全力で否定することを言って、永琳は隈を作った目をこすりながら部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 部屋を出て少しして見えたのは、蝙蝠の翼。そんな特徴的な翼を持った存在を、シオンは一人しか知らない。

 傘をさして優雅に佇む彼女は、外見不相応の貴婦人の如く。

 「見送りに来てくれたのか? レミリア」

 「そうね。そうなるのかしら。ここにいるってことは」

 「随分迂遠な表現だな。どっちなんだ?」

 「さぁ? 私はモノと言葉を渡しに来ただけだから、どちらとも言えるだけよ」

 コツコツと踵を鳴らしながらシオンに近づくレミリア。体を近づけるとは自ずと顔も近くなる。つまり、レミリアの目の下にある黒いモノがよく見えてしまう。

 シオンの視線に気づいたレミリアは、日陰に来たからか閉じた傘でコツン、とシオンの頭を叩いた。

 「レディの顔をジロジロ眺めるのは、マナーがなってなくてよ?」

 「あ、いやその……すまない」

 「素直に謝ったならいいわ。よろしい、許しましょう」

 どこかわざとらしい言葉遣いで言うレミリアは、クスクスと童女のように笑うとシオンの目の前に立ち、見上げた。

 「一体何があればこんなに背が伸びるのかしら?」

 独り言のように呟き、レミリアはシオンの襟元を掴むと思いっきり引っ張った。

 「うぉ!?」

 強制的に首を絞められる形になったシオンは抗議を唱えようとして、耳たぶの激痛に片目を閉じて耐えた。抗議の音も飲み込んでしまう。

 そして何かを通される感触。右耳にかかる重さからして、イヤリングか何か。触ってみると、わかったのは棒状であり、垂れ下がった方の先っぽが鋭いことくらい。

 「……なんだこれ?」

 「お守りよ。きっとあなたを守ってくれるわ」

 そう言われると弱い。不意打ちの痛みとはいえ痛みには慣れているし、自分を想ってくれてのことは、正直、嬉しかった。

 近すぎる顔を見られているからこそバレているはず。

 顔が熱くなっていることを。

 「それともう一つ」

 「まだ何かあるのか?」

 これ以上されると流石に気恥ずかしさが目立つ。けれどレミリアは悪戯っぽい笑みを浮かべて、シオンの額に顔を近づけ――

 ッチュ。

 「……ふふ、私からの幸運の証よ。お守りと、幸運の願い。この二つがあれば、あなたに何が起こったとしても大丈夫」

 「『運命を操る』能力を持つレミリアからの――か。ご利益ありそうだ。ありがたく受け取っておくよ、()()()

 「私は吸血鬼。女神なんて高尚な存在からは程遠い。冗談でも言わないことね」

 言葉は鋭く、顔は柔らかく。レミリアも彼女なりの冗談を返してきたらしい。

 「ところでフランは? あの子なら絶対に見送りに来ると思ったのだけれど」

 「ああいや、多分フランは来ない。昨日の夜に俺のところに来たから」

 「でも、あの子はあなたのことを――」

 言葉を止める。

 「……そう。わかったわ。あの子を見つけたら、慰めておくわ」

 「察しがよくて助かる」

 「いい女は男の事情に口出ししないのよ。行ってきなさい」

 「ああ、行ってくる」

 シオンがいなくなり、残ったレミリアは傘をさして日向へ出る。

 「寝る前に、もう一仕事、ね」

 涙で滲んだ視界で、レミリアは空を見上げた。

 

 

 

 

 

 シオンが最後に出会ったのは、巫女服を纏った少女。

 「準備はできたのかしら?」

 問うてきた少女の顔はこちらに向いていない。けれどそれでいい。

 いろんな人から借りた想いと力。最後に借り受けることになるのは、この少女からだ。借りる立場の人間が文句など言えるはずはない。

 「いつでも出れる。そっちは?」

 「あんたより先に来た私がダメなわけないでしょ」

 「愚問だったか。――よろしく頼む、霊夢」

 「はいはい。囮は任せなさい。代わりに頼んだわよ、シオン」

 トン、とお互いの拳を叩いて、二人は同じ道を歩きだした。

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