東方狂界歴   作:シルヴィ

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果たせない約束

 敵がいる場所へ歩む途中、ふと気になり霊夢は口を開く。

 「そういえば、シオンはアイツがいる場所を知っているの?」

 「さぁ、さっぱりだ」

 ……一瞬シオンを殴り倒したくなったのは、秘密にしておこう。

 とはいえ漏れ出た敵意を敏感に察したらしいシオンは、ガリガリと頭を掻いて弁明する。

 「俺が目を覚ましたのは昨日のことで、時間がなかったんだ。相手の居場所よりも自分の能力の正確な理解と、敵の対策を考える方が重要だったんだよ」

 「それはわかるけど、でも居場所を教えるくらい簡単でしょうに」

 「一刻を争うって訳でもないから同意したいところだけど、その『簡単なこと』はもう教わってるんだよなぁ」

 ヒラヒラと渡された封筒を降る。触っている感触からして数枚入っているだろう。封を解いて中身を取り出すと、また封筒が二つ。片方はシオンに。もう片方は霊夢に。

 シオンは霊夢あての手紙を渡す。無言で受け取り即座に開封するのを横目に、自分も宛てられた紙を見る。

 本当に簡素な内容だった。

 敵の居場所。そしてただ一言――生きなさい、と。

 永琳は一体どれだけ先を見ているのか。ただわかるのは、彼女はきっと、誰より優しいということだけだ。

 「確約は……できないかな」

 あの男は、強い。身体能力はもちろん、それを支える精神も。この世界で、味方などほとんどいない状況で三年も抗い続けられたのは、背水の陣の如く。

 だが、人はそこで大別される。

 勝てないと諦めるか。

 負けが見えていてなお、抗うか。

 後者である彼は、何もない状況で抗っている。そんな人間は、強いのだ。自分の命すら作戦に組み込む気概を持っているような者は、特に。

 それを自分がやったことがあるからこそ知っているシオンは、小さく息を吐く。自身の心のさざなみを落ち着かせるために。

 一方で霊夢はまだ紙を見ていた。恐らく文章量が段違いなのだろう。その眼を皿のように細めている。

 シオンの視線にも気づかぬ程集中している霊夢は、もう一度だけ冒頭の文章を読み直す。

 『霊夢、あなたは囮よ。シオンが本命にたどり着くための、生贄』

 普段の霊夢なら憤慨していただろう。ふざけるな、と。いくら博麗の巫女だろうと、許容できる感情には限度がある。

 けれど、今は、今だけは別だ。そうしなければいけないと理解しているからこそ。その囮というものが、この作戦で重要になる。

 『私の予想だと、敵の仲間は最低三人から五人。これ以上いるというのは、隠密行動から考えればまずありえないわ。

  現状判明している敵の中で、あなたと相対するであろう人だけを教えたいのだけれど、彼ら三人の能力はどれも強力で、凶悪なもの。全てとは言わないけれど、頭の片隅にでも残してくれればいいわ』

 そして一行の空白。

 『まず、彼らのリーダー。あなたも会った、あの黒い少年。

  彼は一定範囲にいる人間の、本人でさえ気づいていない潜在部分を強制的に開放し、それを暴走させること。暴走した力がどうなるのか、なんてバカな事は言わなくてもわかるでしょう。

  範囲については恐らく任意操作。そして距離は、余り遠くない可能性が高い。戦闘中彼に来られると、あなたの能力を利用されるかもしれないから、シオンが戦闘を開始したと判断できるまでは決して使わないで。

  あの男は彼らの中で最も幻想郷を知っている人間。自らの足で計画を成す程に』

 だからこそ永琳は気づいたのだろう。リーダーである彼自身が赴かねばならないほど、手足が足りていないのだと。

 シオンと同じ……最前線に立ち続ける尖兵だ。

 『そして彼を支える二人。この二人の情報はほとんど無いわ。

  片や古今東西を問わずありとあらゆる魔法陣を使う、()()|使い。陣は作る

手間暇がかかるからこそ敬遠され続ける技術――でもそれは、その問題点をクリアできるのなら、

何より有用な一つの技術。シオンも、パチュリーも。不便性に目を瞑ってでも使い続けるのは、そ

れだけの価値があるからこそ。

  気をつけなさい。術式使いにできないことは、少ないわ』

 ――恐らく、これが霊夢と対峙することになるであろう存在。

 先の少年が前衛。あの身体能力をシオン一人で突破するのは難しい。その間に永琳でさえほとんど文字通り『なんでもできる』とまで言わしめた後衛が何かをすれば、ほぼ負ける。

 その足止め係故の囮なのだろう。

 後は相手のレベル次第。そう割り切って霊夢は先に目を通す。

 『そして三人目。ある意味では彼らの中で最も重要な役割を成す存在。

  あなたも知っているはずよ。ここ最近の幻想郷で、全身を黒く染めた存在を見つけたことがあるのなら』

 確かに何度か見たことがある。普通のそれよりも多少強くなってはいたが、けれどそれだけの存在だったが。

 『アレが担っている役割は、情報収集の可能性が高い。妖怪に、妖精に、霊魂に、獣に……ありとあらゆる場所に、ありとあらゆる存在へと手を伸ばして。

  全身が黒く染まっているのは、その身を()()|覆われているからよ。実際私が見た者達には影が無かった。

  けれど、それを除けばちょっとおかしな程度。怪訝には思えど進んで調べようとは思わないくらい。

  だから、私達の情報はその大半を知られていると思ったほうがいいわ。

  フランドール・スカーレットが外に出ないよう、封じられたように』

 ハ、と霊夢は頭を殴られたような気がした。自分の情報を知られている――それはどれだけの不利になるか。

 ――最悪、私が使う式もほとんどが……。

 続きを見ようと目を向けるが、そこで一枚目の紙は途切れている。二枚目を取り出し、読もうとして、だがその必要は無かった。

 そこにあったのは、とても単純な言葉(ねがい)

 『シオンのことを、助けてあげて』

 一瞬霊夢の歩みが止まる。

 そこには一体どんな想いがあったのか。柄にもなく感傷に浸り、眉を下げる。顔をあげてシオンを見ると、掌に小さな陣を作り、紙を燃やし尽くしている姿が。

 「ん? ……燃やしたいなら燃やすが、その紙」

 つい見ていたのを見当違いな方向で解釈したシオン。とはいえずっとこの紙を持っているのも面倒なので手渡す。

 魔法陣に魔力を込め、ボッと一瞬だけ燃え上がった火柱が紙を灰へ化す。本来属性を伴った魔法の使えないシオンでさえ、陣を使えば火を起こせる。今から霊夢が相手取るのは、彼らのその遥か発展系。

 小さな肩に伸し掛かる不安。

 「ねぇ、結局場所はどこなのよ?」

 それを吹き飛ばすためか、殊更明るい声を強調して問いかける。

 「霊夢も来たことがある場所だよ。少なくとも一度はな」

 「私が行ったことがある場所ねえ。色々ありすぎてわかんないわよ」

 それもそうか、と息を吐いて。

 「邪魔者が入りにくい場所――つまり、迷いの竹林だ」

 

 

 

 

 

 幻想郷は人と妖怪――人外達が住む異郷だ。程度の差はあれお互いのテリトリーを離れようとしない彼らだが、たまに外に出たいとする好奇心から、あるいは単純な思考からか様々な場所を徘徊する身の程知らずな者は、そこから離れる。

 そして知識の無い者がそうした場合ほぼ必ずする行動が、悔やむこと。

 何故外へ出ようとしたのか。

 何故この道を歩んだのか。

 そして何故――ここへたどり着いてしまったのか。

 この幻想郷には決して行ってはならない場所がいくつも存在する。

 例えば四季とりどりの花々が咲き乱れる花畑だとか。

 例えば圧倒的な力で以て形成された縦社会の山だとか。

 例えば濃密な魔素によって常人ではまともに生きられない森だとか。

 例えば――天然の迷路が入り乱れることで、中に入れば外に出ることさえ難しい竹林だとか。

 そういった情報が出回り、行ってはならない場所が暗黙の了解で伝わっている。その一つがここだった。隠れるにはうってつけ、だからこそ選ばれた場所。

 シオンと霊夢が竹の見える距離まで近づくと、そこで一度立ち止まる。

 「シオン、どう?」

 「結論から言うと、無理だ。俺の記憶とは違いがありすぎて脳内のマッピングは役に立たない。むしろ一度完全に捨てないと足を引っ張ることになりそうだ」

 「ってことは、私の時間稼ぎはそこそこ重要になりそうね」

 「すまない。それと、頼んだ」

 返事をせず、霊夢は空へと飛び上がる。囮ならば相応に派手に行くべきだ。永琳達に悪いとは思いつつも札を取り出し、投げる。

 それがある程度にまで落ちると――起爆した。

 焼け焦げた臭いが辺りに充満する。なるだけ息を吸わないようにしつつ、霊夢は更に札を取り出そうと懐に手を入れ。

 唐突に現れた鎖に腕を掴まれ動きを封じられる。攻撃の前兆さえ感じなかった事に危機感を覚えつつも抜け出そうとしたが、その前に増えた鎖が霊夢の足元で複雑な模様を描き、それが輝いたかと思えば。

 その場から、霊夢の姿が消え去った。

 一方、残されたシオンのほうは。

 空間制御の応用で二次元に叩き込んでいた光学迷彩を着込んでいる真っ最中だった。元々服を着込むことを好まないシオンとしては違和感が凄まじい。それでもこれが役に立つのだからと割り切り、肌が空気からシャットアウトされたのを理解する。

 視界が狭まることに若干目を細め、本当に見えなくなったのかを疑問に思う。

 少なくとも自分の視界では普通に見える。が、それはあらかじめにとりに言われたことで不思議には思わない。

 『相手から見えないのは大前提だけど、だからって自分が見えなくなるのは問題なんだ。私達生き物は『知る』ことの大部分を視覚に頼ってる。そこを封じられると、自分が今何をしているのかさえあやふやになっちゃう』

 それが原因で、にとりは自分だけは自分の姿が見えるように特殊なバイザーを作る必要があったという。シオンの視界が狭い原因もそれだ。

 にとりが言うには『シオンだったら大丈夫!』とのことだったが――それでもデータ収集のために一応取り付けた、とのことで。

 竹林に入る寸前、罠が設置されていないかを首を最小限動かして確認。それから久方ぶりに足を踏み入れた。

 けれど、たったそれだけのことでシオンは竹林の空気が変わったのを悟る。ただの勘だが、それを信じた。実際それは正しく、時に魔法陣が、時に爆弾が仕掛けられ、更には原始的に糸にかかると吹き矢が飛んでくる、なんてものまであった。量が段違いではあったが。

 それら全てを掻い潜る。かつてはレーザーだらけの罠や、もっと冷酷な仕掛けを掻い潜った経験のあるシオンにとって、ここの罠は生ぬるすぎる。

 ――それでも油断しなかったからこそ、シオンは咄嗟に身を忍ばせることができた。

 影から生まれたかのように突如現れた漆黒。その姿を、シオンは今まで何度も見てきた。そして殺し続けてもいた。

 シオンは永琳から相手に影使いがいることを知らない。そもそも永琳でさえ『そんな相手がいるかもしれない』程度の憶測なのだ。それが正しいかどうかさえわからない。

 だからどうでもいい。言ってしまえば罠に加えて巡回する警備が増えただけのこと。これまで以上の警戒心を持って行動すればいい。

 音を、気配を、姿さえ消し、足跡さえ残さない。竹から生えた葉さえ掠らせない。風のようにすぐ傍を横切るだけだ。

 少しずつ近づいていく予感。理由などない。ただ『そんな気がする』だけ。ただ、一応理由付けはできた。どうでもいいと割り切っているだけだ。

 どうせ相対すれば殺し合う。それだけなのだから。

 だから不思議には思わない。

 例え相手が()()()()()()()としても。

 「……遅かったな。もう少し早く来るかと思っていたんだが」

 「今日は珍しく喋るのか。前は苦悶の声さえ出さなかったのに」

 シオンの皮肉に、一箇所、右目だけが不気味に覗く以外は全身を黒で覆った彼は苦笑いを返したような気がした。

 「なるだけ情報を遮断するためだ。これだってそれが理由だしな」

 トン、と手を叩き、同時に黒がスルスルと引いていく。正直不気味だったが、それでもその光景を直視していると、その黒が影でできたことがわかる。

 「――見られてるなら無駄だよな」

 合わせるようにシオンも空間制御で直接降り立つ。同時に邪魔な、そして壊さないために光学迷彩を紫邸

 少年の顔は、整ってはいるがどこにでもいる平凡なものだった。

 シオンにように女顔として整っているわけではない。声だって普通の少年のもの。背丈だっておかしくはない。唯一普通と違うのはオッドアイであることだけ。

 文字通り『どこにでもいる少年』としか言えなかった。

 それでもシオンと彼を見比べたら、恐らく誰もが口を揃えて言うだろう。

 『彼とシオンはよく似ている』――と。

 眼だ。二人の眼はとてもよく似ている。形ではない。宿しているものだ。

 「なるほど他人の気がしない。その眼は?」

 「『千里眼』のコト――を、言っている訳ではなさそうだ」

 なぞるように目の周辺を撫でる。はぐらかすように言ったが、シオンの居場所がわかったのはその得意な眼によるものだろう。

 「何となく察したから別に構わないけどさ。知ってるのか知らないのか。一応忠告だけしておくけど、そこに立ってると――()()()?」

 「そこまで、解るのか」

 歪んだ顔は、彼が望んでそこに立っているのを示していた。

 彼の直下にある魔法陣。それはそこに立つ者の生命力を魔力に転換する効果を持つ。そこにずっと立ち続ける事は、気を使うよりも更に深い部分を損耗し、やがて死に至る。

 けれどシオンが不思議に思ったのは、そこから派生して伸びる魔法陣だ。複雑に絡み合い解析しにくいが、それでもわかる。

 「……そうか。お前の目的は、もしかし」

 「ッチ。行け、()()共!」

 奇しくもシオンの黒陽と同じ名前の異形の怪物。

 「跡形もなく消せ。そいつの存在を。そしてオレの望みの礎になれッ」

 「悪いが断る。俺にはまだ、お土産をあげないといけない相手がいるんでね」

 右手に白夜をダラリと脱力した構え。

 竹から飛び降り上空から強襲を仕掛けた相手を斬り殺したのが、開戦の合図となった。

 

 

 

 

 

 「いっつつつ……乙女の腕を掴んで引っ張るなんて随分と容赦がないのね」

 周囲を見渡し、先よりも色濃い霧が立ち込める竹林の中。強制転移されたということは、つまりすぐ傍にその下手人がいるはず。

 そしてそれは、予想外の声音だった。

 「同じ乙女なら、その点はクリアされると思いますが」

 能面のような無表情をたたえた少女。霊夢よりも若干年上の少女は、霊夢とよく似ていて、けれど決定的に違った。

 腰まで届く黒髪を赤いリボンで一つに纏めて流し、丁寧に整えている。笑えばつい見惚れるような姿を見せてくれるだろう綺麗な顔は、冷たい。反面その黒水晶の眼には温かさが宿っている。

 キッチリと着こなした巫女服は、霊夢のように腋を見せたりすることなど決してない。仮にどちらが『巫女に相応しいか』と問うたのなら、一考する間もなく彼女だと答えるだろう。

 小さく細長い白い指先には、シオンがよく使う魔力糸が編まれている。

 彼女は流れる水のように滔々と言葉を紡ぐ。

 「先に一つだけ忠言をば」

 「するんだったら早めにね。私は余り気が長い方じゃないの」

 「ご心配なく、すぐに済みますので。――この空間は、閉じています。特殊な結界で覆われているが故に、遠くへ逃げてもこの場所へ戻ってくるのみ。あなたの勘も無駄となります」

 「ああそう。つまりあんたは、逃げても無駄ってことを教えたかったのね」

 即頭部を掻き、わかりやすく大きな息を吐き出す。

 「舐めないでよね。その程度で怯えるほど、私は弱くない」

 「だといいのですが。お互い囮を買って出た身。死なない程度に、戯れましょう」

 理解していてなお二人はここへ来た。

 一人は上司の命令と、バカな少年のために。

 一人はかつて救われた恩を返すために。

 「――行きます」

 「――さっさと……倒れなさい!」

 ピアノを演奏するかのように動き出した十の指が踊る。それを阻止しようと投げつけた針は、目の前に展開された陣によって空間が歪み、複雑な道を描いて霊夢へと戻る。

 舌打ち一つ、戻ってきた針を指と指の合間で挟み受け止め、懐へしまう。今度は札をばら撒いて結界に干渉。先に彼女が展開した空間の歪みを強制的に複数生み出す。これで霊夢の攻撃も、相手の攻撃も通らない。

 霊夢の策に眉を潜める。術式使いたる彼女にとって時間稼ぎはありがたいことだ。いかに魔力糸を紡いでも、その速度は近接戦闘を行うものや、通常の魔法使いにさえ劣る。だからこそ手早く自分の『場』を作るのが定石なのだが、それを相手がやると不安になる。

 念の為にいくつか防御の陣を作りつつ、次の攻撃の布石を形作る。その最中のこと。咄嗟に魔力を込めて、作った防御陣の中でも最も堅牢な全身を覆うものを発動させる。

 数瞬後、全身に針が突き刺さる――寸前で、陣に阻まれ止まる。

 無表情のまま、しかし額に冷や汗が垂れるのを自覚。判断が遅れれば、先の一瞬で死んでいた。

 「空間の歪を利用しましたか……しかし、どうやって」

 「そんなの勘でいいでしょ、勘で。適当に投げたら全部当たっただけよ」

 第二、第三の針が投げられる。しかし最初に投げられたように全身に向けてはなく、だからこそ適当に作った防御陣で事足りる。

 「話に聞いてはいましたが、随分とデタラメのようで!」

 陣が完成する。

 複雑に折り重なった陣は、人間が想像する『最強』を召喚した。

 「『乱積龍(らんせきりゅう)』」

 それは東洋で知られる龍の姿。手が数本も生え、胴体が凄まじく長い。一説では龍は九の動物それぞれの部位に似ているというが、確かに似ている部分は多い。

 というより、術者の彼女が敢えて似せて生み出したのだろう。だが何より注意すべきは、かの龍には()()()()()()があること。

 その姿は龍の完全体である『応龍』であることを示す。

 それだけの威容を晒すのだ。生半可な力であるはずがない。

 とぐろを巻く龍の中心。相手は容赦なく全力を出している。ならば霊夢も、それに負けない程度に力を出すべきだ。

 本来ならまだ使うべきではないのかもしれない。だが、ここは完全に閉じきった空間だと霊夢の勘は示していた。

 つまり、あの少年の能力の警戒は必要ない。自身の全力を出しても、問題はない。

 「例えどんな幻想を持った存在だろうと、私に触れることは許されない」

 それは宣言。

 「私は『浮いている』から。故にこの世の全てからあらざる者」

 それは純然たる事実。

 「全ては私の足元に。決して私へは届かない」

 それはこれから起こる現実。

 「『夢想天生(ムソウテンセイ)』」

 遊びではない、本気の霊夢が龍へと挑む。

 

 

 

 

 

 降り注ぐ血液。その温かさは随分と久しぶりだ。しかし開始そうそう血塗れになりたくはなかったシオンは、トン、と足を動かして真横にいた黒妖の脳天を貫く。そのまま死んだ黒妖の首を左手で掴むと鈍器のように振り回し、背後にいたシオンよりも小さな黒妖をたたきつぶす。

 体を回転させた勢いのまま背後へ飛ぶ。シオンの数倍は大きい黒妖が、先程までシオンがいた場所を踏み潰した。

 ――遅いよ。

 言葉にするのさえ惜しいとばかりに内心で呟き、まだ持っていた黒妖を投げながらバラバラに斬り裂く。噴出した血液が目晦ましとなり、刹那の隙を生む。

 「――弱すぎだ」

 飛ぶ斬撃。密集した黒妖の集団へ飛ばしたそれは、一定以下の力しか持たない黒妖を真っ二つにする。

 一気に数を減らす黒妖達。だがわかる。今シオンに攻撃しているのは後先考えず突っ込んでくる愚か者――即ち捨て駒だと。

 実際強者はまだ手を出してこない。

 ――理性が残っているのか?

 あるいは協力者なのかもしれないと割り切って回避と攻撃を続ける。

 シオンの剣を警戒したのか左手側から近寄る相手の足を蹴り、転ばせる。屈んだシオンに隙ができたと感じたのか攻撃してきたのを、曲芸師のように地面を片手で掴み体を捻って避ける。代わりにそれを受けたのは、先ほど転ばせた黒妖。

 同士打ちほど簡単な()()()()()はない、とシオンは思う。

 自分がちょっと綻びを与えてやればあっさり崩れる。息が合い連携した郡程綻びを生み出し広げるのは難しいが、この程度の烏合の衆なら簡単にすぎる。

 片手立ちとなり逆さまとなったシオンに四方から迫る拳。バカバカしいと思いながら片足を振り下ろして一体の腕をへし折り、そのままつま先の力だけで立ち上がって避ける。標的がいなくなりお互いを殴り合う形になった黒妖三体の首を白夜で斬り飛ばし、背後の一体の首は左手で握りつぶす。

 ただ一度もその手を、足を止めることはない。

 止めれば殺されるのを、誰よりも知っているシオンは、決して足を止められない。

 クルクルクルクルと周り、回り、時に殺させ、時に殺す。シオンが最も得意とする一対多は、こんな愚者に対して絶大すぎるほど効果的だった。

 辺り一面が血みどろになっても。

 黒妖化が原因か、未だに残っている肉塊も。

 シオンにとっては慣れ親しんだ光景に過ぎない。

 「物足りなさそうだから、追加だ。『色々』な」

 不意に届いた声。

 半身になると、頬を切り裂く小さな閃光。

 「……弾丸以上の速度を持った単純な魔法か」

 「ああ。銃みたいに構えてバン、ってやるだけだ。簡単だろ?」

 ここからシオンの踊りは加速する。

 弱い者から死んでいくというのはつまり、残るのは強者のみということでもある。殺せば殺すほどシオンは有利にも不利にもなる。

 数が少なくなることで状況判断がしやすくなるシオンと。

 足でまといを捨てると同時にシオンの攻撃方法(パターン)を見抜く相手と。

 どちらも一歩も引かない。本当に一瞬でも気を抜けば飛んでくる弾丸が、少し、また少しとシオンに血の線を引き出す。

 それが当たるのはほとんど手足のみ。というより、手足しか狙われていない。胴体部分はシオンの姉が編み出した服によって防護されると判断し、確実に機動力を削ぎに来ているのだ。

 それでも流れ出る血は全体から見れば極々微量に過ぎず。計算しても全てを殺し尽くしたとしても間に合う程度だ。

 ――本当に?

 このまま終わるなんて思えない。絶対に何かしら企てている。

 ザリ、と足を前に出した瞬間のことだった。

 今まで一発ずつしか打てていなかった相手の弾丸が、ショットガンに変わったのは。

 「ッ!?」

 それでも冷静に腰に巻いていたローブを左手に巻きつけて盾にする。いくつか当たるのはもう割り切った。

 守るべきは頭と、最低限胴体。半身になって的を狭め、屈んで小さくなって更に狭める。それでも守りきれるのは少ない。

 左足の大半が打ち抜かれた感触。左手も衝撃が貫通し、痺れて動けそうもない。

 吹き飛ばされた中で、いつもの現状把握。

 ――損傷具合は左手足のみ。

 ――肩が若干外れかかっている。至急嵌め直しを。

 そんな思考が頭を過ぎる。空中で回転し、うまい具合に左肩から落ちるように設定。着地の衝撃を左肩に集めて嵌め直す。

 ゴロゴロと転がって衝撃を受け流しつつ立ち上がり、剣を握り直す。先ほどの行動で随分と隙ができた。左手足を庇いながら戦うのを考えると、若干どころではない修正が必要だ。

 向かってくる黒妖を前にしてそんな事を考えていると、ガクン、と左腕が落ちた。

 ――()()()()

 落ちているのは、

 ――俺の、体?

 何もないはずの背後を見る。左腕に巻きついていたのは、嘲笑を浮かべる()()()()()

 それだけで全てを理解した。

 ――し、まッ。

 ドンドンドンッ! と撃たれる銃弾。

 いくつかは逸れて胃と、肺と、その他の臓器に当たる。それだけでも致命傷だが、それ以上の重要部位を撃たれた。

 『心臓を、撃ち抜かれた』

 ――ダ……しんぞ――死――再生――しょう、めつ……?

 能力を使えば、体は生きられても魂が消滅する。

 ドサリ、と倒れ伏すシオンの体から、血が流れる。血は地面を汚し、やがて取り返しのつかない量を染みこませた。

 ――ごめ……フラ――ン――。 

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