東方狂界歴   作:シルヴィ

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第二ラウンド

 「グゥルルル……ッ」

 喉の奥から搾り出すかのような唸り声。ただ術式から生み出されたにしては妙に生き物臭い龍が睨みつけてくる。

 とぐろを巻いた腹?――胴体が長すぎてどこが腹なのかがわからない――に包まれた彼女の姿はかすかにしか見えない。

 巨大な龍が、まるで自らの巫女を守るかのような姿。攻撃を通すのも一苦労だろう。だが相手も動いては来ない。霊夢を包む異様な力を警戒しているせいだ。

 さてどうするか――自分も、相手も動かない。先手をどちらが取るかというのを読み合う時点で戦いは始まっている。

 霊夢としてはこのままでも構わない。所詮自分は囮。時間稼ぎが本命でしかない。よしんば勝って援護に行くのも一つの手だが、それで囮すらこなせない状況に陥っては本末転倒。状況維持を選んで、好戦的な自分を押し隠す。

 しかし相手は違った。肺か何かを膨らませるように大きく息を吸い込む龍。あわやブレスか、と身構える霊夢に、相手は全くの別方向から攻撃してきた。

 「ィギィヤァアアアアアアアアアァァァァァァァァァ――――――ッッッ!??」

 「んな――!?」

 単純な、吠え声。だがあの巨体が叫ぶのは吠え声では済まされない。一種の音響兵器だ。

 まるで黒板を爪で引っかいた音を数十倍に増幅したかのようなその音に、霊夢は一瞬だけ耳をやられた。

 その一瞬で、龍は本命のブレスを叩き込んでくる。威力ではなく速度重視の雷のブレス。雷速のそれは一秒にも満たず霊夢に届き――()()()()

 「グルゥ……?」

 訝しげな声をあげる龍。本当に生き物――というより、人間臭いと思いつつ、霊夢は未だ反響が残る頭を振る。

 こういった攻撃に対する対処法は今後の課題になるわね、なんて考えつつも、どこに隠し持っていたのか、針を取り出し投げる。

 当然、と言うべきか。いくら術式によって生まれた龍でも、龍の名に恥じぬ堅牢な鱗の前に弾かれる。これでは術者本人に攻撃を当てるのはほぼ不可能だろう。

 逆に言えば、あの要塞の如き防御を構えている限り、動くのは無理に近いのだろうが、この閉じた結界内ではそもそも動く必要性が無い。

 (不動要塞を作りつつ、結界で相手の逃げ場を無くして一方的に嬲り殺す――趣味が悪いというか性格が悪いというか。効果的なのは認めるけれど)

 なるほど強い。こういった罠を仕掛けるのに術式使いというのは本当に最適だ。戦闘中に龍を召喚するほどの陣を作れるその技術にも感嘆するべきだろう。

 ――それでも。

 (私のこの技には、自信があるのよねッ)

 硬い鱗を持った龍に敢えて突進する。かつてない敵の行動に、龍が――あるいはそれを操る巫女が微かに驚いたかのように硬直。それでも思考する前に迎撃行動に移り、羽を広げる。共鳴するかのように震えた翼の前に、大小様々な球体。

 火の粉が落ち、水滴が零れ、雷が迸り、風が震える。砂塵が舞い、氷柱が光を反射し鈍く輝く。節操無くあらゆる属性を内包した弾幕を見て霊夢に浮かぶのは小さな笑み。

 ――当てられるものなら、当ててみなさい。

 声なき言葉が瑞々しい唇から放たれる。それに応えるように小さく吠えた龍が、弾幕を形成。分散して細かな回避場所を埋める炎。動きを抑えようと緩やかに動く水。避けた刹那の隙を狙おうとする神速の稲妻。視認できない鎌鼬。質量を持った大岩。貫き穿つ氷の塊。それぞれが独自に動き各々の役割を果たそうと迫ってくる。

 けれど、それらは全て無意味と化す。

 全ての弾丸が霊夢を物言わぬ骸にしようとし、だが全ての弾丸は、まるでそこに何もいない幻影を穿つかのように霊夢を通過していく。

 「――――――――」

 瞠目し、更なる弾幕を形成しつつ龍が身をよじる。それは自身の危機を察知してではなく、術者をより堅固に守ろうとしたが故だ。

 しかしそれをするには龍があまりにも巨大すぎる。少なくとも、とぐろを巻いた体を、この狭い空間で動かすのは無理だ。中心に守るべき者を置いているのなら尚の事。

 そして、その明確な隙を逃す霊夢ではない。ただ突っ込むだけで弾幕を自動的に回避できる。とは言え、相手にも何か隠し玉が残っている可能性は高い。この世に絶対なんて言葉が無い以上、

 ――狙える内に、狙い撃つッ!

 針、千本。

 まさしくその形容が相応しい量の棘が霊夢を中心にして展開される。相手はとぐろを巻いた龍の内部にいる。それは堅固な要塞だ。

 だがそんなもの、逆に言えば逃げ場のない袋の鼠でしかない。ほんの少しの隙間から侵入した針をどれだけ避け続けられるか、と次の手札を用意しながら投擲。

 幾重にも折り重なった針の剣山。大半は鱗に弾かれて終わりだ。キンキンと小煩い音を立てて地に落ちる針に見向きもせず、ただ押し通す。

 ――通ったッ。

 ほんのちょっと。数ミリの隙間を、通っていった。見たところ彼女の身体能力はそう高くない。あの位置、あの速度からなら――当たる!

 スッ――それは、何にも当たらず『通過』したが故に感じた錯覚。

 ピタリと止まる針の嵐。それは霊夢の勘が、これ以上は無意味だと知らせたから。

 「ホンットありえないでしょ。何が『ほとんど』よ、永琳。『なんでも』の方が正しいんじゃないの!?」

 信じたくない。

 けれど、見たからには信じなければならない。

 「夢想、天生――!」

 わかる。相手が自分と同じステージに立っている事が。

 理解する。けれど別の場所に存在していることを。

 そして悟る。これでお互いの飛び道具は無意味になった事を。

 「……夢想天生、でしたか。この技を模倣されたからといって、そこまで驚く必要があるのでしょうか」

 「あるわ。問題大アリよ。この技は、私の能力を基盤にして使ってるんだから。私だけにしか使えない、秘中の技。それを、何でアンタが使えるの!?」

 叫びに応じるように龍が動き、できた隙間から引きこもっていた女が出てくる。その姿を見ると同時、霊夢の顔が引きつった。

 「ア、アンタ、それ……」

 「ああ、『これ』ですか? 別に体に直接彫り込んでいる訳ではありません。――こういった事を可能にする術式がある、というだけですので」

 特に問題はありませんよ、というように両手を広げる。

 ――彼女の全身には、複雑怪奇な線が走っていた。

 顔に、腕に。見えないが体全体に、その術式が宿っているのだろう。けれど霊夢がおかしく感じたのはそこではない。

 「動力源が、アンタの中から感じない……?」

 「……。中々に鋭いようで」

 そう。どう感じ取っても彼女の中から特異な力が感じ取れない。

 魔力も。

 霊力も。

 あるいは気さえ。

 むしろそれらを代用しているのは――後ろの龍だ。

 おかしい、と霊夢は思う。

 どのような力であれ、代償を支払うのは必然で、当然の事だ。龍を召喚した時点で彼女が術者なのは明白で。けれど現状は、まるで彼女があの龍から力を借り受けているようにしか見えない。

 「何なのよ、そのチグハグさ」

 「自分の事情をそうペラペラと話すのは愚か者の所業なのですが。まぁ、時間稼ぎ程度の戯れに付き合ってくれるというのなら」

 そこまで言って、ピタリと動きを止める。

 その動作を、まるで人形のようだ、と霊夢は思う。それ程までに彼女は感情の起伏が小さい。本当に自分とは正反対。

 そう考えた自分の思考を止めるかのように、小さな呟きが耳に飛び込んできた。

 「()()()()()()――()()()()()()

 「!?」

 白い、少年。そんな言葉を投げかけられる程の『白』を象徴する人間を、霊夢は一人だけしか知らない。

 「私の主が勝った。それだけのことです」

 ああそうだ。言葉にすればとても単純で、わかりやすい。それでも実際に聞くと心に()()ものがあった。

 「さて、これで私達が戦うのはほとんど意味が無くなりましたが。まだ、やるのですか?」

 「そんなの――当たり前に決まってるでしょ!」

 「……解せませんね。例えここで私に勝ったとしても、その切り札が貴方の能力を基盤にしている以上、切り札になるどころか悪手にしかならない。少なくとも、それが使えない状態で主に勝つのはまず不可能だと思いますが」

 確かにそうだろう。単純な身体能力でシオンよりも劣る霊夢。霊力の使い方やそれらを使った術も覚えている。

 それでも彼我の戦闘経験の差は膨大で。霊夢ではシオンに勝てない。殺し合いで勝てる要素が一つも無いのだ。

 「勝てない? ええそうでしょう。でもね、それでも退けない時があるのよ。男であれ女であれね」

 「その、心は?」

 「()()()()から、よ!」

 そう。竹林に入る前に、シオンは確かに言ったのだ。

 『頼んだ』――と。

 「たったそれだけで十分なのよ。じゃなきゃ私は、私を信じてくれた人間を裏切る事になるんだから。だから――諦められないッ。例え本当にシオンが死んだのだとしても、だったら私がシオンができなかった事を成し遂げる!」

 その叫びに、霊夢は今一度気合を入れ直す。それとは反対に、一度目を閉じ、浅く呼吸してから返答した。

 「……わからなくは、ありません。それに敬意を表して、私の秘密を、お教えします」

 言外に時間稼ぎではない、と伝えて、彼女は言う。

 私の能力は、『術式を視る程度の能力』です――と。

 

 

 

 

 

 ズル、ズルと引きずられるシオンの死体。別にそうしろと命じたわけでもないのに掴んでいる場所は綺麗な白髪だった。ブチブチと髪が抜ける音に思わず眉をしかめる。

 文句は言わない。所詮死体だ。心臓を貫かれ、回復する手段が無い以上、生き残る事などまず無理。死後に残った体は肉塊に過ぎず、屍人がどんな扱いを受けようと知ったことではない。

 (なのに、なんでこんな胸クソ悪くなる)

 チッ、と舌打ちを一つ。考えをとめて目を逸らし足元に広がる術式に集中する。

 (やっと、やっとなんだ。下準備に何年もかけたこれも、もう終わる。完成する。今更誰かに邪魔されて失敗なんてオチ、考えたくもない)

 シオンの内部に残留している魔力を使えば一瞬だ。一瞬でこの術式を開放できる。その点ではシオンに、そして彼を連れてきた八雲紫に感謝するべきかもしれない。

 彼がいなければ、年単位で延期することになっただろうから。

 ――ふいに、何故まだ考えを続けているのかと自問する。

 集中している。している、はずだ。なのに取り留めのない思考がグルグルと頭の中を蠢き続けている。

 何故、何故、と迷路に落ちた思考が何度も同じ言葉を吐き出し続ける。それが不安から来たものなのだと気づいたとき、

 ――ザリュ、ブチ。

 それはなにかが切り裂かれた音。そしてその音を、何度も聞いた覚えがあった。

 「何が起こ――。ッ!?」

 視界に広がる、巨大な『鉤爪(クロー)』が、死を幻視させた。

 「ギギャァ!」

 奇声をあげて、横にいた黒妖の一体が道を遮る。けれどそんなものに見向きもせずに五指の爪が体を貫き、それごと突進してくる。

 咄嗟に構えて受け止めた。ミシ、と体から嫌な音が漏れ出る。

 「なんで……生きて――?」

 ギシギシとお互いの体が軋む音がする。視線が交差した、ような気がした。けれど、相手は自分を『見ていない』。

 目の焦点が、合っていない。

 ただ自分を殺すという殺意に突き動かされているに過ぎない。

 ゾクリと背筋が泡立った。意識が無く、何かの意思によって動く。それはまるで、まるで。

 人形のようだと、思ってしまった。

 ほとんど反射で片手を引き、目の前の肉壁を殴りつける。あまりの勢いに肉が抉れて血が飛び散ったが、その汚れを気にする間もなく荒い息が口からこぼれた。

 「何が起きた……どうやって治した?」

 口に出したのは、思考を纏めるためだ。黒妖に遮られてほとんど見えなかったが、シオンの体を確かに貫通していた風穴は全て塞がっていた。

 アレは何かで治したのではない。まるで『再生』だ。

 「再生……あの鉤爪……。ッハ、最近どこかで見たじゃないか」

 そう。あの吸血鬼の女。アレとほとんど同じなのだ。

 まさかの第二ラウンド。彼にできるのは、今度は一筋縄では行かなそうだと溜息を吐くくらいだった。

 

 

 

 ゴロゴロと受身すら取れない体が転がる。けれどその衝撃が、混濁していた意識を取り戻す一助となった。

 ズキズキと痛む頭を押さえ、左手で心臓を押さえる。

 「な、にが……死んだはず、じゃ」

 ゴフッ、と咳込み、血が口の端から流れ出る。例え体は治っても、体内に残った血液がシオンを休ませてくれない。また数度咳込み、ようやっと状態を把握できた。

 ――全部、治ってる。

 ふと、右手に違和感を覚える。地面を掴んでいるはずの右手。だが先程から感じる感触は、地面を掴んでいるというより、抉っている気がしてならない。

 視線を落とす。

 目に映ったのは、自身の顔を覆うほどに巨大化した掌と、そこから伸びる指と爪が一体化した手だ。極最近見たばかりの、手だ。

 「……? !? ッ!!」

 バサリ、と服を突き破って翼が生えてくる。色とりどりの宝石を付けた翼。視界の端に映る髪の色は、()()だった。

 (『――間に合った。間に合ったよ、シオン……!』)

 感極まる、という表現しか当てはまらないほど震えた声。首に回された半透明な両腕、肩にかかるかすかな重み。寄せられる頬。

 決して表には出さず。心の中で愕然としながら、シオンは横目で『彼女』を見やる。

 吸血鬼の妹。

 (フ、ラン……!?)

 麗しき紅、フランドール・スカーレットを。

 ――なんで、どうして。

 光学迷彩? 吸血鬼の能力?

 いいや、違う。それでは説明がつかない。

 なら何故フランがここに、しかも半透明でいる。他の何者かによる能力でもないだろう。あの時あの場所にいた人間で、そんな事ができる者はいない。

 (パチュリー……は、まずないか?)

 かつてなら術式を多少操れるようにはなっていたが、記憶が消えた彼女はあの時シオンと共に話した内容を覚えていない。陣を生み出したのは、シオン一人。それが事実になってしまった。

 フランはシオンに抱きついたまま、その半透明な翼で触診していた。ちゃんと怪我が治っていないかを確認するよう、優しく、丁寧に。

 チラと敵を確認する。まだ攻撃はしてこない。だが相手の目に、フランは見えていない。つまりフランを見れるのはシオンと、フラン自身のみだ。

 警戒心を残しつつ更に考察。外的要因はありえない、とまずフラン以外の全ての要因を排除。永琳ならあるいはと思うが、透明になれて尚且つシオンだけに見える、そんな便利な薬を作っているなんてありえないから。

 フラン自身の力、というのもありえない。彼女の力はとにかく『壊す』一点に向けられていて、補助効果のある力は持ち得ていない。

 (あれ、つい最近こんな事があったような……)

 ふと、シオンは()()()()()見える、という事に注視した。

 同時、顔が愕然と崩れるのを堪えるのに、全身の力を集めなければならなかった。

 (俺、だけ……俺だけが見える。待て、待ってくれ。でも、だけど、もしこれが合ってるなら、フランは――!?)

 叫びたかった。もし『そう』なら、自分はきっと耐え切れない。世界がどうなるなんて気にも留めず、泣き叫んで絶叫する。

 だけど、現実なんてものはいつだって理不尽で。

 (『うん、そうだよ。私はシオンに()()()()()()』)

 フランは簡単に、肯定してしまった。

 (いや、違う。だって、そんな、フランがそこまでする理由が……)

 (『ある。……シオンには言えないけど、一杯ある。シオンの言う、そこまでする理由が』)

 フランは気づいていない。フランが首を抱く腕が力むと同じく、シオンの白夜を握る手が軋み出しているのを。

 ――それは夜が深まりきった後の、妖し達の時間。

 フランはシオンに真実を告げられたあと、ギュッと腕輪を握り締め、俯いていた。

 ――風が身を切るようにフランを包み、どこからか夜行性の鳥の声が聞こえてくる。

 けれどそれは、騙された、という思いからではない。

 ――俯いていた顔をあげたとき、そこに悲壮感など欠片も無かった。

 「関係、無いよ」

 ――あったのは、決意だけ。

 「私は、シオンが好き。それだけが、大事なんだ」

 ――思い出すのは、シオンが起きたすぐのこと。

 『――あなたの能力は、あらゆる魂を受け入れる――』

 ――なら、『妖怪の魂』だって、理論上は可能なはずだ。

 『――私を殺し――向けている感情を抜き取る――シオンの興味――』

 ――フランがシオンに向けている感情。シオンがフランに向けている感情。

 「なら、私が覚悟を決めさえすれば」

 ――私は彼を、救える。

 できる限り気配を同化させる。もしバレれば、シオンはフランが近づききる前に起きてしまうだろう。二度目の挑戦(チャレンジ)は不可能と見てとるべきだ。

 呼吸を止める。妖怪で、吸血鬼。肺活量は人間と段違いだからこそできること。視覚と聴覚を極限まで研ぎ澄まし、足元の床で比較的脆い部分を見抜き、そこを回避して床を軋ませないように神経を尖らせる。

 寝ているシオンの索敵範囲は不明だ。だが、油断してはならない。近づけば跳ね起きるというのはよくわかっている。

 ――あれから何分経っただろう。

 普段なら数分で行ける距離を、ともすれば一時間かけたのではないのかとすら思える程の長い長い時間。

 ふいに汗が出そうになるのに気づいて、歩みを止める。極限状況は、予想以上の疲労困憊ぶりをフランに与えていた。呼吸はしている。だがそれは周囲から聞こえる寝息に合わせて少しずつ吸っていたため、全く足りていない。

 少しの休憩をはさみ、歩みを進める。

 そしてたどり着いたのは、シオンに与えられた寝室。

 そっと襖を横に移動させる。この時どうしても音を立てて――フランの住む屋敷には襖など無いからどうしようもない――しまう。

 息を噛み殺して反応を伺う。だが、目前にある布団に反応は――いや違う。

 (――いない!?)

 それでも必死に息を止める。ここで呼吸を乱せば今度こそバレてしまう。だから必死に必死に息を止め続けて、バクバクと鳴り響く心臓を抑えて、眼だけを動かす。

 右に、左に眼を動かしたそこに、いた。

 壁を背に、右手で柄を握り剣を抱きしめ、膝を立てて座るシオンが。

 体育座りのような格好で寝ている姿に胸を締め付けられた。

 だってそれはシオンが安心して眠れる状況がほとんど無かった事を示していて。今この時でさえ自分は横になれないと警戒心を残している。

 口には出さず、フランの唇が動く。

 ――ごめんなさい。

 気配を同化させたまま、殺意だけを研ぎ澄ませる。一歩で接敵、その途上で指の一本を鋭く伸ばす。それで首を引き裂くか心臓を貫けば、殺せる。

 後一歩。そこでシオンの左腕が飛び跳ねた。ガシリと、この体勢で一体どうやってこんなバカ力を出しているのかと問いただしたいほどの腕力。

 受け止めた瞬間弾き出されたように閃いたのは、左腕という枷が外れた白銀の刀身。逆手で握られているにもかかわらず、その正確無比な斬撃が振るわれる。

 死ぬ。殺される。――それでもフランは避けようとすらしなかった。

 下から迫る剣はフランのハラワタを食い破り、心臓を切り裂き脳まで穿つだろう。

 じっと、スローモーションの視界で剣が迫るのを待つ。だから気づいた。

 ――……あれ……動きが――?

 違和感に気づいたシオンの腕が鈍る。このままでは『シオンが殺した』事にはならない。

 だから、決断した。

 「――――~~~~ッッ!??」

 足から力を抜いて全体重を叩き乗せるッ。

 しかし剣速が鈍ったそれは技術もクソも無く、そこに無理矢理乗ったフランの腹は綺麗に裂かれることなどなくグチャグチャに掻き乱されていく。

 それでも悲鳴をあげず、ただひたすらに腹が切り裂かれる感触を味わって。

 やっとの想いで――心臓を斬ってくれた。

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