東方狂界歴   作:シルヴィ

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ユメを否定する力

 ――物心ついた時から、世界には知識が溢れていた。

 壁に、地面に、空中にさえ。

 ありとあらゆる文字と、ありとあらゆる図形が並べられている光景。けれどそれらが彼女にもたらしたのは、地獄だった。

 眼を閉じても耳を塞いでうずくまっても見えて、視えてしまうその瞳。幼い少女に理解できない陣が脳に直接刻み込まれるのは、好奇心を刺激される云々以前に、眼と脳を襲う痛みで発狂しかける程だった。

 ――幸運だったのは、彼女が生まれたのが巫女の家系だった事だろう。

 特殊な水を染みこませた呪符を包帯として目に、頭に巻きつけ、強制的に眼と脳を外界から切り離した。それによって精神破壊、あるいは精神汚染を免れたが、光を失った彼女にとって、己の運命と世界を憎むには十分過ぎた。

 「でも、今のあんたはそれを付けていないみたいだけど」

 「そう、ですね。その説明もしなければいけませんか」

 外という概念を失った彼女はやがて、内に引きこもるようになった。

 蔑まされるのが痛い。外を見つめるのが怖い。世界から見捨てられたのが恐ろしい。ジクジクと疼きだす胸の痛みに、眼を封じたのは所詮延命措置に過ぎなかったのだと教えてくる。

 だから敢えて、彼女は自ら呪符を取った。ただただ心が腐っていくのを自覚しながら死ぬのを待つくらいなら、せめて足掻いてみようと。

 一体何に対して足掻くのかさえ自覚せずに少女はひたすら陣を見続けた。彼女にできるのはあくまで視認できるだけ。解析は専門外。

 再び眼と脳を襲う痛みと戦い続けた、そんなある日のこと。彼女はふと幾重にも折り重なった陣の一部を理解できた。

 ――そこから怒涛のように彼女が陣を解析できたのは、ある種の才能を宿していたかだろう。

 分析し、解析し、情報を纏め理解し、その結果を頭の片隅に置いて、また新たな陣を理解しようと眼を向ける。

 だが一つの小さな部屋にある陣の数などたかが知れている。得た知識で新しい陣を思い描いたりもしていたが、自分で試す事はできない。

 やがてその『遊び』にも限界が来て、その頃には既に彼女は『知りたい。もっと色んな事を識ってみたい』と思い続けていて、物心ついてから初めて外に出た。

 出て、しまった。

 部屋にいた頃とは比べ物にならない圧倒的な情報量。血涙を流し、けれど一瞬で意識を手放した故命だけはくい繋いだ。

 そして残ったのは、絶望だけ。

 外に出れば死んでしまう。だが内にこもればまた緩やかな死を待つだけ。

 何をする気にもなれず、漫然とした日々で出会ったのは、彼女を救う王子様(シニガミ)だった。

 死ぬかもしれないと敢えて初めに言い。それからうまくいっても彼女の望む結果は得られない可能性が高いと吐き。

 ――それでも生きたいか、と。

 そう呟かれた問いに、少女はただ頷いた。

 万が一の可能性でも、この暗い世界が変わるのならと。

 あるいはただ、死ねるだけの理由を、自覚しないまま望んでいたから。生きるために最後の手段に縋って、それで失敗したのなら、もう十分だろうと。

 「それからどうなったのか――彼の能力を知っていて、今ここに私がいる。それだけでわかりますよね?」

 「あんたには悪いけど、失敗すればよかったなんて思うわ。そうすれば、幻想郷がここまで危険になることもなかったんだし」

 「それについては申し訳ありません。ですが、私は彼に命を救われた」

 だからこそ、彼女は誓ったのだ。

 命を救われたからこそ――ただ一度だけ、何に代えても彼の力になると。

 「これまでの術式は、私が集め続けた陣の集大成。幻想郷に貼られた大結界でさえ、私からすれば幼稚に過ぎます」

 過去と現在。そこに刻み込まれた当時の人々の知恵を掠め取るその瞳を扱いこなせる今、先人達の知恵を更に束ねて己が血肉に変える。

 神代の時代の、幻想が跋扈していた頃の秘術を。

 現在で脈々と受け継がれた一族の秘伝を。

 全て奪い、力へと変えた。

 「私自身に力など無くとも。『世界は私の味方となる』のです」

 ヒントはあげましたよ、と言いたげに笑う彼女に、霊夢は悟る。

 「世界が、味方――まさか、あんた!?」

 地中を睨みつける霊夢の背筋が泡立つ。もし考えたことが本当なら、事実上目の前の術式使いに限界が存在しない。

 夢想天生を持つ霊夢だからこそ無効化できているだけで、霊夢以外なら――物量で負けることになる。

 「霊脈から直接力を吸い取って戦闘に転用させるなんて、一体どんな術式使ったらそんなことができるのよ?」

 「一度大きな桶で水を掬ったら、それを別の物に封じ込めて順次使用しているだけです。この龍は攻撃にも使えますが……どちらかといえば、力を留めるための装置なのですよ」

 「恐ろしい、としか言えないわねぇ」

 「ふふふ。だからこそ私は幻想郷に貼られた二つの結界を操作できるのです。この結界も、根底にあるのは霊脈から吸い上げた膨大な力でしょう? そこに干渉して少し流れを変えるだけで強化も弱体もお手の物」

 だから――()()()()()()()()()()()()()()()()

 「その為の三年間。霊脈を破壊するだけの力を集めるために。その邪魔が入らないために。日陰に徹し、遠回りし続け、そして今日という日が来た。今更止められるなんて、ゴメンです」

 「それを聞いて尚更あんたらを止める必要が出てきたわ。この幻想郷(セカイ)は退屈だけど、皆が生きる世界なの。外に出ればこの世界の大半は死ぬんだから。そんなの絶対、認められない」

 「やはりダメ、ですか。諦めてくれるか見逃してくれるのを期待したのですが」

 「元から敵同士、そんなのあるわけないでしょ」

 「でしたら」

 「ええ」

 ――黙って、もらいます。

 ――押し通るわよ!

 とは、言ったものの。

 霊夢はよく理解していた。夢想天生を両者使ったのなら、もう小手先の手札は無意味だと。弾幕をはろうと自動で回避し、針や短剣を投げても無駄。

 つまり、霊夢達にできるのは単純明快な戦法、即ち。

 近づいて殴る、素手喧嘩(ステゴロ)だ。

 けれど相手は動かない。カウンター狙いかと警戒し、上等とばかりに霊夢は駆ける。その途上で数本、針を投げつつ。

 夢想天生は確かに強力だ。自動回避し、どのような攻撃であれ絶対に当たらない。だがその自動回避が仇になる時がある。

 それが同じ力を使った相手と戦う時だ。

 ドッシリと構えて一撃強烈なモノを叩き込もうとしても、牽制程度の軽い攻撃でさえ勝手に体が動いて回避してしまう。無論、そうなれば体がズレて構えが解けるどころか、体勢が崩れて大きな隙を生む。

 つまりこの戦いは、牽制に牽制を重ね、自動ではなく手動の回避もし、その上で隙を作って相手に一撃を叩きつける方が勝つ。

 (――最初に一撃入れられれば、それだけ私が有利になるッ)

 予想通り、勝手に体が動き針を回避していく。けれど構えとも言えない、両腕をダラリと下げていただけの相手は、大きな隙など生むはずもない。

 だが霊夢は引かない。更に加速し接近する。

 まずはジャブ程度に拳を一つ。霊夢の小さな拳が頬に迫り。

 そしてそのまま、パンッ、という音がした。

 ――え?

 その声はどこから漏れたのか。無意識の内に霊夢は次の動作に移り、グルリと回転してからの裏拳を腹に叩き込んでいた。

 くの字に折れ曲がる相手の体。そのまま足を振り上げ即頭部を蹴りあげようとするも、バックステップで避けられた。

 赤くなった頬と腹を押さえている。同時に理解したと言わんばかりの顔。

 そうか、と霊夢は思う。相手は初めて夢想天生を使った。術式は使えてもその効果を知らない可能性は高かったのだ。

 もしもっと早く気づければ一撃で仕留められた――なんて思考は捨て去る。それは余計なものでしかない。できなかったことはそうと割り切らなければ。

 「油断、しました。まさか夢想天生を使った者同士は殴りあえるだなんて」

 お互いがお互いに浮いている状態。それゆえ接近すると回避行動に出ないのだ。

 『そこにある』と認識できていないのか、はたまた他の原因か。わかるのは『殴れる』ただそれだけ。

 ただ、斬るという行為はできない。夢想天生はまるで磁石の同極同士がぶつかった時のように反発し合うからこそ衝撃が通るだけだ。剣をぶつけても斬撃の代わりに鈍痛がその当たった箇所に来るだけにすぎない。

 どちらが先に気絶するかという耐久勝負でもある。女子がやるような喧嘩ではない。

 と、彼女はパンと手を合わせる。両手に書かれた術式が相互に干渉しあい、そこに収められた武器――薙刀が現れる。

 感覚を取り戻すかのように基本的な動作を行う。その間攻撃されないように警戒しているため、近づきにくい。

 ――行きます。

 トン……と軽やかな動作で舞い踊る。足裏の草履に刻まれた術式が発動し、通常の数倍の速度で突っ込んできた。そのまま右から左へ横薙ぎに一閃、同時に薙刀の棒部分が光輝き、()()()()()()一閃が追加された。

 ×の字に振るわれる攻撃。普通なら困惑するだろうが、あいにく霊夢は普通じゃない。敢えて前に一歩踏み出し、左手で薙刀を受け止めた。衝撃が手から腕へ伝わり痺れるが気にしない。右手首を鳴らしてもう一度腹へ掌底を入れようとする。

 その寸前で跳ね上がった膝が霊夢の顎を狙う。咄嗟に薙刀を掴んでいた手をグイと押してわざと倒れこむ。受身を取って更に距離を離す。

 薙刀に引きずられるように若干バランスを崩したが、まだ膝立ち状態の霊夢を狙うチャンスでもある。再度爆発するように突っ込み、突きを放った。

 今度は刀身が鈍く光り、三叉の槍(トライデント)へと変貌した。三叉の槍を高速回転させてドリルの如き採掘機が霊夢へ迫る。

 どこか引きつった顔の霊夢は針を取り出すが、あんなギュルギュル空気を切り裂いてるドリルをどうしろってのよ!? と内心叫んで受身も考えずに避ける。

 突きが刺さった音は、しなかった。

 ポッカリと空いた地面がドリルの威力を物語っている。不要な部分は一切削らないそれは、つまりそれだけ精錬されているということで。

 末恐ろしい……なんて言葉が漏れかけた。

 薙刀で三叉の槍でドリル。もう訳がわからない。

 しかも普通の薙刀のように振るわれてくるのだが、棒部分に刻まれた術式が発動して上下、あるいは左右から同時に迫ってくる。たまに地面に掠る度にその場所を抉っていくのだ。当たりたくない、と思っても仕方がないだろう。

 逃げて逃げて逃げ続けて。ゴクリ、と唾を飲み込んだ霊夢は覚悟を決めた。

 針を指の間に仕込み、接近。迎撃するために振るわれる薙刀のドリル部分を()()()掴む。当然伝わる衝撃が霊夢の手をボロボロにする。

 「ッ――!??」

 「何を!?」

 押し殺した悲鳴と、驚愕の声。

 その刹那、霊夢は指の間に仕込んだ針を三本、棒部分に叩き込む。これで上下、左右からの同時攻撃は防げる。ドリル部分を掴んでいた手を離し、折れかけた指で相手の胸元を掴んで引きずり込む。身長差を気にもせず霊夢は自分の額を相手の鼻っ面に叩き込んだ。

 「舐め、るなぁ!」

 形振り構わず必死の形相で片手持ちにした薙刀を逆手で振るう。まるで自分に振るったかのような軌跡を描いたそれは、薙刀との間にいた霊夢の背中を直撃した。

 「あんた、こそ――!」

 背中を叩かれたということは、近づいたということでもある。相手の胸元を掴んでいた手をそのままに、もう片方の手で袖を掴む。

 そこから足を相手の股の間に突っ込んで自分のふくらはぎを相手の膝裏に合わせ、刈り取る。いわゆる柔道の内股だ。本来ならここで受身を取らせるが、敵相手にそんな情けをかけるつもりは毛頭ない。

 「デヤッ!」

 しかも頭から地面に突き刺した。そこから叩き込むように蹴りを入れる。吹っ飛んだ彼女に追撃をしようと足を踏み出すが、その必要は無かった。

 ダラリと投げ出した体に意識があるようには見えない。あっさりと結界が崩れる。

 勝った……と思った瞬間、霊夢の体から力が抜けた。ドリルが当たった背中部分の服が破けて真っ赤に腫れ上がった背中が見える。

 その状態で必死に体を動かし、相手の体に動きを封じる札をペタリと貼る。これでよし、と一息ついて、すぐに頭を振る。

 まだ一人残っているのだ。こんなところで暇を売っていることはできなかった。

 「あいつがいる場所は――」

 気配を探った瞬間、霊夢は息を呑んだ。

 「なぁんだ」

 口元が弛み、痛みがジクジクと疼きだす。

 「生きてるんじゃない、あのバカ」

 痛みに耐え切れず、霊夢はその身を投げ出した。

 

 

 

 

 

 フランがシオンに斬られた。そこまではいい。その後どうなったか、それが知りたかった。

 (『そのまま私は心臓を斬られたの。でも』)

 「思考させる暇を与えるなッ。一度でダメなら何度でも殺すんだ!」

 しかし二人の会話は中断させられる。混乱から脱し、シオンに対する警戒心をあげた敵が心なしか増えた黒妖を伴ってくる。

 (フラン、これだけは聞かせてくれ)

 自然体で構えるシオン。そこに押し潰されそうな不安を抱えているなど、誰が想像できるだろうか。

 (フランは、死んで、ないよな……?)

 ただ、それだけ。その事実だけを、シオンは望んでいた。それに沈黙を返すフラン。そのことに不安が恐怖に変わりかけたが、その寸前で、答えを返した。

 (『死んでは、いないよ。死ぬ前に、永琳に助けられたから』)

 (師匠に? いやでも、一体どうやって)

 その疑問が形になることはなかった。真後ろから来た影が、思考を中断させたからだ。人差し指の爪でサクッと頭を貫き、そのまま軽く前方に放り投げる。

 一瞬の隙ができた、その合間に。

 (……この戦いが終わったら、教えてくれ。何があったのかを、全部)

 (『うん、わかってる。私がしたバカなことを何もかも、教える。だから』)

 ――勝って、生きて。

 それがフランの、望みだから。

 答えるようにフッと息を吐き出し、走る。瞬間、光弾が先程まで立っていた場所を撃ち抜いた。シオンの道を塞ぐように複数の黒妖が群れてくる。右手の五指を目一杯広げ、突き出す。細いとはいえ細剣(レイピア)の如く鋭い爪が体を抉り貫く。それでも急所を外れた三体がシオンへ向かって手を伸ばしてきた。

 もういらない、とばかりに右腕を振り、死体と死にかけの黒妖をぶん投げる。一瞥さえくれずに駆けようとして、またシオンの影が蠢き足を止める。

 (この影操作が邪魔すぎる)

 (『魔力を体だけじゃなくて影にも流せば大丈夫だと思うよ? 抗魔力改め抗能力的な感じで』)

 (なるほど……試してみるか)

 ついでに小さな光を発して、影自体を小さくする。結果は成功。影は千切れた上に動かなくなった。それでもどこからか干渉されている気配がするので、気は抜けない。

 だが、その間に一つの巨大な影が近づいていた。

 恐らく黒妖の中でも図抜けてデカい。そんなものが既に拳を振り抜いていた。

 避ける――暇はない。そもそも黒妖を黒妖たらしめている影の拘束、その腕部分が解かれてシオンの周辺を埋め、影の監獄を作り出していた。逃げ場がない。

 受け止めるために吸血鬼の爪を前に突き出す。半身になって足に力をこめた瞬間のことだった。力の制御が離れて足が地面を抉りとっていた。

 (なぜ――!?)

 (『シオン、構えて!』)

 崩れた体勢。それでも直撃だけは避けようと白夜を頭の上に掲げた。ゴキゴキゴキ、と嫌な音が響く。

 拳の直撃だけは避けた。だが代わりに背中を中心にヤスリ代わりに地面に削られた。攻撃が終わった時には左手が折れ曲がって奇妙なオブジェになり、全身に擦過傷ができていた。

 (致命傷は負わなかったが……左腕が使い物にならないな)

 (『大丈夫。吸血鬼(わたし)の力ですぐ再生するから。むしろどうしてああなったの?』)

 (いや、限界値の見極めが下手だっただけだ。次は間違えない)

 左手の指をビキビキと鳴らす。原因はわかっているから混乱しない。

 逆再生のように骨が繋がっていく異様な感触。そのことに感謝するべきか、不気味だと恐れるべきなのか。

 一つ確かなのは、怪我を気にしなくてもいいというのは随分ありがたい、ということくらいだ。

 治った腕をグルグル回す。違和感は無い。

 「お返しだ。試しに実験台になってくれ」

 それは誰に言ったものか。誰の目にも止まらぬ速さでもっとも図体のデカい相手の真上に逆さまになって移動していた。魔力を爪に纏わせ肥大化させる。それは突き刺すためではない。この無駄に大きな頭を掴むためだ。

 添えるように頭の天辺に掌を置き、爪の位置を調節。

 反応する間も与えず――首をへし折る。

 事切れた相手の体が倒れる前に右手に力を込め、()()()()()()()()()()

 周囲の竹も黒妖も考慮せずに我武者羅に鈍器(したい)を振り回し続ける。数十秒経って鈍器が消えたが、それでも踏み潰されたモノは数多い。

 (なるほど――人は妖怪に勝てないなんて言われるわけだ。理不尽すぎる)

 (『シオン?』)

 (圧倒的な身体能力。図抜けた再生力。しかもそこに細かな力もあるんだろ? 紅魔館の時の俺は随分物を知らなかったらしい)

 何度も言うが前言を翻すつもりはない。無いが、諦めたくなる気持ちもわかった。たしかに常人ではキツいを通り越して無理に近かった。

 (『――シオン! 一体どうなってるのか教えてよ!』)

 (え、あ、ああ、そうか、そうだな。すまない)

 別にシオンがやったことは特別な事ではない。

 シオンが元々持っていた身体能力と吸血鬼の身体能力に頑丈な耐久力。そこに魔力強化やら何やらを付け足しただけだ。

 要するに、ただの力任せ。技術もへったくれもありはしない。

 今までのシオンでは、人間の体が足を引っ張って全力など出せなかった。だが吸血鬼の力があれば、仮に体が壊れたとしても最悪治せる。

 (なのに俺はいつも通りの力で戦おうとしてたわけだ。力が強くなったのに感覚が変わらないと思ってればそりゃ制御を間違えるわ)

 地面を踏み抜いたのもそのせいだ。とはいえ。

 (今全力を出して大体わかった。次はもう間違えない、絶対に)

 「さっさと出てきたらどうなんだ? 当たってないんだろ」

 「……油断、してくれればやりやすかったんだが」

 「殺した確信もないのに気を緩めるわけないだ――」

 少しだけ汚れた相手に向けて毒を吐く、瞬間。

 ザッと足を動かし体をズラす。

 「ダメか。不意打ちも」

 「ここまで堂々とされると毒を吐く気にもならないよ」

 頬を撫でた光弾の痕に触れる。既に血は止まり傷も塞がっていたが、なぜかシオンよりフランが慌てていた。

 (『き、気をつけてよね? 心臓は大丈夫でも、頭っていうか、脳を貫かれたらもう再生できないんだから!』)

 (できないのか?)

 (『あくまでシオンがベースだから、再生力が普通よりも低くなるんだよ。少しくらいなら平気だろうけど、完全に吹っ飛んだら、もう……』)

 それならそれで戦えばいい、とシオンは思う。

 羽を広げ、宝石に光を灯す。込められたのは人並外れた膨大な魔力。明滅していた光がやがて煌々と照らし出される姿は幻想的だが、中身は爆弾よりも恐ろしい。

 「全部纏めて、吹き飛びなッ」

 射出されるのは最早弾丸ではない。砲弾、いやミサイルか。地形が変わりかねないほどの威力を伴ったそれを躊躇なくぶっぱした。

 「おいおい正気かよ!?」

 「お前に言われる筋合いは無いね!」

 敵から言われるのは心外だった。黒妖を粉々に吹き飛ばし、竹を粉砕し、けれど本命には当たってくれない。当たる前にあの光弾で弾かれている。

 (ほんっと厄介だよアレ)

 (『そこまで嫌がるものなのかな、あの光って』)

 (速度は銃弾より速いのに銃声も火薬の臭いもなし。死角から撃たれたらほとんど認識できない攻撃だ。よっぽど制御がうまいのか魔力も感じないし……)

 しかも弾の内容を変えられるときた。正直初見殺しに近い。シオンでさえ完全に避けきれないのはそれが原因だ。

 だから、シオンはちまちま撃ち合うのをやめた。

 目くらましにもう一発撃ち、それを迎撃したのを見る前に縮地で背後へ。流れるように背中へ肘打ちを叩き込む。

 だが肘にきた感触は凄まじく硬い物。

 ――仕込んだか!?

 思考する前に体が動き、寸勁、いわゆる鎧通しで衝撃をとおす。骨を折る嫌な音。けれど、それで動きを止めるほど相手は甘くなかった。

 片手をシオンの肩に置き、それから翼に硬い何かで挟まれる。次に起きることを想像して、シオンの顔が引きつった。

 ブチ、ブチブチブチッ。

 「――――――――――!!!」

 翼を引っこ抜かれるのは、慣れているはずもない。

 バランスを崩しながらも肩を押さえて距離を取る。引っこ抜かれた翼の一部に肉片がこびりついていたのは見なかったことにした。

 ペッと噛み付いていたせいで噛みちぎった翼の一部を歯から吐き出す。

 痛み分けに近い。それでも再生能力があるシオンの方が後々有利だ。

 それをわかっているのだろう、魔力で剣を作り、『二振り』の剣をシオンに向けて構えた。

 「ニ刀、か」

 「防御するよりもさっさと相手を殺したほうが、結果的に怪我は少ないからな」

 つくづく似ている。

 ほとんど一色の服しか着ないところが。攻撃されても痛みを気にせず反撃するところが。化物じみた身体能力が。戦闘方法が。

 「なんでだろうな、まるで鏡を見ているようで変な気分になる」

 「んなこと知るか」

 同感だ、と答える前に突っ込んでくる。

 剣と爪なんて変則的な武器でどこまで相手ができるか。

 そう思って警戒、していたのだが、

 (……? もしかして、こいつ)

 逆手に持った白夜で斜めに受け流す。火花が散ったのを利用して着火。小さな炎とはいえ反射的に片目を閉じたのを見やりながら爪を振るう。

 それでももう一方の剣で反撃してきたので親指と小指と薬指で迎撃。人差し指で胴体を狙う。半身になって避けようとしたので中指で人差し指を『へし折って』軌道変更、肩にねじ込んだ。

 「ッ、ァガッ!」

 肺――は貫けなかった。突き刺さった瞬間肉がズレるのを覚悟で逸らしたようだ。それならそれでと人差し指を肉をほじくるように動かすが、強ばった筋肉が爪を拘束して思うようにいかない。

 ドン、と腹に蹴りを入れられる。あえてそれに逆らわず後ろへ跳ぶ。

 (間違いない。こいつは、きっと)

 ついでに足元に時限式の爆弾を置いたが、引っかかってくれず逃げられた。

 (――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 付け加えれば、戦闘技術も随分杜撰だ。

 黒妖や光弾に騙された。あいつ自身の戦闘能力はシオン程高くない。それでもなんとか戦いになるのは、相手の身体能力がシオンを上回っているからだ。

 (『シオンは自分より強い相手と戦ったことがあるの?』)

 (そりゃあるさ。最初っからここまで強かったわけじゃないからな。戦闘ばっかりさせられたせいで無駄に色々知ったよ。でもあいつの場合、まるで体だけ鍛え続けたせいで実戦って言葉をどこかに置き忘れてきたみたいなんだ)

 技術の片鱗は感じられる。けれど動きの大半が力技にしか見えない。チグハグさの原因は、自分と同格の相手と戦ったことがないからだろうと思えたのはそのせいだ。

 さてどうするか、と思う。このまま戦えば十中八九勝てる。だが、シオンの勘が警鐘を鳴らし続けているのがどうにも気になった。

 (なんだ、何を見落としてる。それさえわかれば、多分答えが)

 けれど、その先を考える暇などなかった。

 「時間稼ぎは十分出来た」

 「……何が、言いたい?」

 答えはない。

 代わりに虚空へ生み出した大量の魔力剣を向けられただけだ。迎撃体勢へ移ったが、すぐに違和感に気づく。

 切っ先が、自分に向けられていない。

 パチンと指を鳴らされた瞬間、全ての魔力剣が()()()落ちていく。

 ただ一体でさえ避けようとしない。いや、影を操る主が動かそうとしないのだ。急所を貫かれ絶命する黒妖。

 十体、二十体、三十体。戦闘開始時点からまた補充された黒妖がどんどん死んでいく。

 そして――臨界した。

 フォン、と足元に隠された術式が起動する。それはシオンでさえ知らない数多の文字と記号と図で作られた超々高密度の魔法陣。二重三重ではない。十重二十重に及ぶかもしれない程の陣が重なり仕掛けの意図を見せない。

 けれど、シオンの勘が叫んでいたのはこれだった。

 どうやって隠していたのか、この陣を発動させるには膨大な魔力を必要とする。そしてそれが貯まったから、発動した。

 「自分で妖怪を殺したのはそういう事かッ」

 シオンの死体を回収しようとしたのと同じ理由だ。

 『死体からの魔力の回収』が目的。つまりシオンは知らずして相手に協力していたことになる。だがそこまでするほどの目的が見えない。

 「お前は一体、何がしたいんだ……ッ!」

 わからない。三年もの月日を費やして。楽しさも嬉しさも糧にして。大怪我をしても絶対に止まらない。

 なのに、何故だ。心のどこかで共感し、同時に嫌悪する自分がいるのは。

 「――復讐だよ」

 ポツリと呟かれた言葉に、ここまで動揺するのは。

 「個人じゃなくて、国に対するものだけどな」

 「国、に?」

 「ああ。その国に捨てられた……まぁ、それはいいさ。故郷が無くなったと言っても、物心ついてすぐのことだ。気にする理由はない」

 だけど、とその眼に復讐の憎悪が宿った。

 「命を助けてくれた、『生きる』ことを教えてくれた恩人を殺されたことだけは、絶対に許せないんだよ」

 その言葉だけで、シオンは目の前の人間に言う言葉を持つ術を失った。

 「相手は国家だ。どれだけ人を集めたところでテロのレベルを越すことはできない。中心人物を探るにしてもそれだけでどんな手間暇がかかるか。復讐する前に死ぬ可能性が高い」

 だからこそ、探った。

 武力でも情報力でもなく、また別の方法を。

 「幻想郷を外と繋げようとしたのは、それが目的に近づけるための手段?」

 「ああそうさ。この世界に住む妖怪は強い。しかも人間とは敵対に近い関係だ。うまくやれれば世界に大規模な混乱を生み出せる」

 そう。そのためだけに、歴史を無理矢理改竄させて鬼がいなくなった事実を消し去った。闘争本能が強く、力があり、数もいる鬼の集団を。

 「その間に、復讐をする。そのために死んでくれよ、お前も」

 カッ、と真横から黄色い閃光が叩きつけられる。眼を細めてそれが何かを見た。

 蛇のように細く長い体。枝のように広がった巨大な翼。内包された力。東洋に伝わる伝説、龍の姿。

 ――霊夢の戦いに負けても、龍は消えなかった。

 そう、あの龍の役目はあくまでも一つ。

 『――どちらかといえば、力を留めるための装置なのですよ……』

 それはこの時この瞬間のため。

 理解する。あの龍がこの術式にぶつかれば、爆発する。貯まりに貯まった魔力が臨界点を突破してなんらかの効果を引き起こす。

 それがなんなのかなんてわからない。

 (――そんなこと、させない!)

 ただ、そう思っただけだった。

 (『ダメ、シオン逃げて!』)

 フランの静止の声を振り切って駆け出す。魔力糸を出して前方に幾重もの魔法陣を展開。ありったけの魔力を込めて防御術式を叩き起こす。

 龍が目の前に迫り、

 

 ――呆気なく、壊された。

 

 力の量に差がありすぎた。桶程度の水で、海に対抗することなどできはしなかった。

 (――ダメだ)

 死ぬ。今度こそ死ぬ。アレに喰らわれれば廃さえ残ることが想像ができない。

 相手は既に退避している。ここでシオンが死ねば、悠々と奴はこの世界を壊していくだろう。

 (――そんなの、ダメだ)

 この世界は、小さく閉じている。

 閉じていて、完結していて、多くの不幸と幸福の中で回っている。

 それが壊されれば、どうなるか。

 死ぬだろう。レミリアも、咲夜も、パチュリーも、にとりも、雛も、文も、永琳も、輝夜も、鈴仙も、てゐも、アリスも、慧音も、藍も橙も紫も皆皆皆――死んで、いなくなる。

 そしてその始まりとして、シオンと共にフランが死ぬ。

 「そんなこと――させてたまるかあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」

 足りない。

 気だけじゃ、体を強化する程度しかできない。

 魔力だけじゃ、少し特異な現象しか起こせない。

 霊力と妖力は持っていても使い方さえわからない。

 もっと強い力を、もっと上位の力を。

 どこからそんなものを持って来ればいい。この数秒で。

 (神サマ――)

 厄神様の、鍵山雛。

 人ではない、妖怪でもない。神という幻想。

 『魔神と呼ばれた存在は――人から神様になったみたいですよ?』

 それは、アリスから聞いた言葉。打開策とさえ言えない答え。縋るには弱々しい持論。

 それでも、できるできないはこの際捨てる。

 自分の力は魂に関わる力。だから、するだけだ。人の魂から、神の魂に()()だけだッ。

 もしもそれに名前を付けるのなら。

 「夢幻(ムゲン)

 きっと答えは、決まっている。

 「転生(テンセイ)――!」

 その叫びは、龍の咆哮に飲み込まれて、誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バチバチと鳴る音がする。それが体から響いてると気づいたのは、数秒経ってからだった。ついで感じたのは、膨大な熱。内側から荒れ狂うほどの力の奔流が吹きすさび、壊していく。

 吐き出したい、と思ったすぐの出来事だった。空へ向かって形無い力が飛んでいった。そのときはじめてシオンは自分が地面に倒れているのを知る。

 「生きて、た……?」

 半ば呆然と自分の両手を見る。白夜は手元から吹き飛び、爪は引っ込んで普通の人間の手に戻っていた。

 上体を起こし、体を確認する。土で汚れた以外には傷一つ無い。無傷だった。

 (『――オン、シオン、ねぇ聞いてる? ねぇってば!』)

 不安に包まれた声が内から響く。ハッと我に返り慌てて返答する。

 (い、いや、聞いてる。……大丈夫だ、怪我も何もない。落ち着いてくれ)

 (『ッ、よかっ、よかっだ……シオン、死ななぐって……!』)

 涙で濡れた声に罪悪感が募る。慰めの声をかけようとして、頭に軽い衝撃。それを感じた方を向くと、愕然と焦燥の入り混じった顔が見えた。

 軽く首を傾げると、もう一度軽い衝撃。コツンと軽く叩かれた程度の痛みが額にぶつかる。それが光弾によるものだと気づいたのは、弾が散弾になり、体にぶつかってからだった。

 当然、フランがそれに怒らないはずがなく。

 (『シオン、なんで避けなかったの? 今ので死んでたかもしれないんだよ!?』)

 シオンからの返答は無い。

 妙に思考の回転が鈍い。殺意にも気づけない。けれどそれを表には出さない。まだ内に燻っていた力を手に宿して、前に突き出す。

 それは単なる壁だった。術式による整理も詠唱による想像固定もない。ただの力の暴虐。

 ――なんでこんなに、動きがトロい?

 それはすぐに判明する。

 『成った』シオンの魂が、固定されていないからだ。人から神へと変貌するための元となった魂は、今にも消えてしまいそうなほど儚い。

 そう、外部からの干渉があればあっさり消え散ってしまいそうなほど弱々しい。

 理屈はとても簡単だった。

 シオンは今、生まれた赤子も当然だ。それが原因で身体機能が著しく衰えているのだ。成熟した精神が、未熟な魂に引っ張られている。

 今もなお心の内で叫ぶフランに説明する事さえできない。違和感を悟られればそれだけで不利。確かめるように両手を握り、ただ無造作に前へ突き出す。

 カッ!! と目の前が光に覆われた。

 それは大砲。情も慈悲もなく下された審判は、あらゆるものを破壊して上空へ突き抜ける。撃ったシオンでさえこの威力に唖然としていたくらいだ。

 力の制御ができていない。後先考えずの全力パンチを放つ赤ん坊のようだ。それでも表情を固定できて――引きつって動かなかった可能性は大だが――いたのは僥倖。バレていない。

 (……と、思いたいところだ)

 (『シオン、来るよ!』)

 ボンヤリとした思考に走る警告。ほとんど反射で真横へダッシュ。直後、背中に撫でる熱と風。どこか他人事のようにそれを感じながら、安全圏へと逃げる。

 けれど、距離を取りすぎた。心が思う『止まれ』という意思が体に反映されるのが遅すぎる。戦いの『た』の字も知らなかった昔よりも酷い。

 そして、その違和感に気づかないほどフランは鈍くない。全体的にシオンの反応が鈍く遅いのを察したフランが囁いた。

 (『……私がナビゲートするから、シオンはその通りに動いて』)

 唐突に頭上が陰る。落ちてきたのは幾重に折り重なった竹。絡みついている影から、自分で自分をへし折って――へし折らされて――いることを見抜く。

 (『黒妖がほとんどいないから、間接的な攻撃に変えたのかな? シオン、腕をあげて』)

 言葉に従うまま腕をあげる。

 (『魔力操作は――なるだけこっちでやるから。ただ撃つ事だけに集中してね』)

 なら、後はフランの言うことに従うだけだ。

 だがそれを見過ごしてくれるような甘い相手じゃない。シオンを一度『殺した』切っ掛けとなった散弾が飛んでくるのが見えた。

 やはりそれも当たった瞬間、軽い衝撃と共に消え、熱が灯る。

 (『――今!』)

 細く、刹那的な力が迸る。折り重なった竹の一部に直撃し、ちょうどシオンの立つ場所だけが台風の目のような安全地帯(セーフティゾーン)を作り出す。

 そのとき、頬に笹の葉が掠る。ほんの少し赤い線を作り出しただけだが、だからこそシオンはこの現象を理解した。

 (『跳んで逃げて!』)

 どこに行くのかなんて一切無いオーダー。それでも動いたのは、フランを信じた結果だった。

 そして、先程までシオンがいた場所に叩きつけられる拳。なんの強化もされていない純粋な拳打が地面を崩壊させた。砕かれた石の破片がシオンの体を叩く。

 不安定な足場でバランスを取ると、未だ空中にいるシオンに向かって跳躍。

 (『防御して。今のシオンだと反撃を喰らいやすいから攻撃は最小限にッ』)

 相手の腕が力むのが見える。だから、敢えて前に出た。

 中を蹴って前へ。驚きに一瞬眼を見張る相手を無視して手を前に。拳が最大速を出す前に手を置いて威力を殺す。

 上半身の警戒が高まったと思ったのか、膝が飛んでくる。掴んでいる手を振って半身になって避けたが、今度は伸びきった足が振り子のように戻ってきた。

 シオンは敢えてそれを避けず、ほんの少しだけ手をはさんで衝撃を分散し、蹴られた。やはり身体能力が高いからか、ただの蹴りでかなりの距離を吹っ飛ばされた。ビリビリと痺れる手をヒラヒラと揺らす。

 (やっぱり、これが弱点か……)

 (『? 何が弱点なの?』)

 (純粋な物理攻撃には効果が無いってところだよ。デメリットは存在しないが……いや、あることはあるか)

 ――『夢幻転生』

 それがシオンが使った、新たな力の名前だ。

 効果は単純。

 気・魔力・霊力・妖力を吸収し取り込み己が力と変える。ただそれだけの能力。

 だが、恐らく上限はない。あの龍を受けても許容オーバーをした感覚はなかった。少しずつ固定されていく魂が、教えてくれる。

 あの程度なら問題はない、と。

 (『でも、どうしてそんな力を使えるようになったの? いくらなんでも、無条件に相手の力を吸収するなんて……』)

 (俺の属性が、鍵、だったんだろうな……)

 シオンの属性は『無色透明』だ。白ではなく、色がそもそも存在しない。だからこそ、他の力を受け取ってもラグがない。

 (ほのお)だろうと、(みず)だろうと、(かぜ)だろうと、()だろうと、(ひかり)だろうと、(やみ)だろうと。

 等しく同じで、反発し合うことがない。もしこれでシオンが何かの属性を得ていたのなら、それと相反する属性が弱点となっていたかもしれない。

 (『いくつも重なった偶然の結果……なら、デメリットは?』)

 (遠距離攻撃がほぼ使えなくなった)

 正確に言うのなら、下手に使うと夢幻転生が使えなくなる。

 理由は吸収し、取り込み、己が力へ変える。このサイクルを行うとき、一度必ず同じ力を通さなければならないからだ。想像してみてほしい、体力消費で使う気と、超常の力でもって発現する魔力が同じように扱えるか?

 答えは否。それをしたら下手すれば取り込んだ力が暴発する可能性がある。

 しかも夢幻転生は凄まじく燃費が悪い。長時間の維持は難しいだろう。

 夢幻(ゆめまぼろし)を転生させ、相手へと返す。

 幻想(カミサマ)の存在へ足を踏み入れたのに、夢幻(カミサマ)を否定する矛盾。

 どこまでいっても人らしい、自己満足の愚かな力だ。

 (相手の遠距離攻撃を封じるメリットとしては、夢幻転生を使ってる間は身体能力が異様に跳ね上がるってことくらいか)

 (『……どっちにしろ、シオンは後衛の天敵だね』)

 (俺がまだ知らない弱点があるかもだけど、な!)

 飛んできた小石を跳ね除ける。

 高速思考でのやり取りのお陰か、多少の時間しか経っていない。けれど、それだけで十分。相手も思考を纏めただろう。

 パキン、と下から小さな音。そこから伸びた手が、まるでゾンビのようにシオンの掴んで砕こうと力を入れてくる。力任せに足を振り抜いて地面に潜んでいた何かを引き抜いた。

 いつの間に地面から迫っていたのか。振り回されてそれでもなおシオンの足を掴んでいたのをいいことに、逆にシオンを振り回してきた。

 耐久力が上がっているとはいえこの速度で叩きつけられるのはゴメンだ。直前で手から力を解放して衝撃を和らげる。それでも細かな石のつぶてが裂傷を生み出す。すぐに回復する程度の傷とはいえ、鋭さなんて欠片もない鈍らじゃ痛い。

 まだ掴まれたままの足を引きずられる。ガリガリと背中を削られる痛みが広がった。けれどそんなことを気にしている余裕はない。腕を振り上げた姿が見えたら、このあとの展開なんて誰でもわかる。両手を前に出して逆に至近距離で砲撃を食らわせてやる。

 だが――それでも足を手放さなかった。

 執念か、あるいは別の何かか。溜めに溜めた一撃がシオンの腹部を貫く。衝撃が全身を貫き、口から吐き出された血がその威力を物語る。

 しかしこの程度の痛みで諦めるほど、シオンは柔な精神をしていない。今の今まで隠していた犬歯を剥き出しにして相手の首筋に思いっきり噛み付く。

 即座に振りほどかれたが、多少の血液を吸い、それから毒を送り込んだ。まぁ、効果があるとは露ほども思っちゃいないが。

 それでも首に噛み付かれるというのは嫌だろう。シオンの方も人間の血を自分から飲み込むのは嫌なのだが。

 (『それにしては躊躇が無かった気がするんだけど』)

 (……いや、まぁ、アレだ。その――()()()()()()()()()よなぁ……)

 なんとなくフランが絶句したのを感じたが、努めて無視。目の前の敵に集中。

 それと、相手と殴り合ってわかったのだが、夢幻転生の力の吸収、どうやら触れた相手が纏っている気や魔力などは吸い取れるらしい。あくまで皮膚の接触が前提だが、一刀一拳で戦えば問題はない。つくづく初見殺しの技だ。

 だからこそ、驚いた。

 ()()()()()()速度で、接敵されたことに。

 ――な、に、

 硬直仕掛けた体を無理矢理動かして、正中線狙いの拳を外す。

 ――が起こった!?

 それでも、外れた拳はシオンの土手っ腹を貫通した。ゴフ、と漏れかけた血が唇から流れ顎を伝っていく。

 確かに感じる超常の力。しかし、ここまで触れているのに吸収できない。

 「やっぱり()()は吸い取れないか。なァッ!?」

 確信を込めた叫び。呼応するかのようにシオンの目が鈍く輝き、相手の惨状を目の当たりにしてくる。

 「おま……えは、まさか――」

 相手を蹴飛ばし、翼で姿勢制御。無様に着地を取って再度確認。コヒュー、コヒューと小さな吐息をしながら、呟いた。

 「死ぬ、つもりなのか? ここで!」

 気とよく似ていて、決定的に違う力。シオンでさえ吸収できない、決死の覚悟で扱う力。死戦で使うその力の名は、生命力。

 気は体力を使う。多少無茶をしようと疲労困憊するだけで、限界を超えた更に先へ行ったとしても長期間寝込むだけで命に別状はない。

 だが生命力は違う。焼べるものは、寿命。文字通り命を燃やして使うのが、生命力なのだ。命を削る代償に得られる力は膨大。

 幻想(ゆめ)を否定する夢幻転生では、現実の極地点ともいえる生命力(じゅみょう)を、取り込めない。

 「知るかよ、そんなこと」

 そう。

 「どっちにしろお前を()らなきゃ、チャンスもなく死ぬだけだ!!」

 シオンでさえ、全力の集中力を向けなければ見えなくなる程に。

 身体能力では完全に負けている。

 ――このままじゃ殺される。

 だからシオンは、もう後先考えるのを、やめた。

 夢幻転生につぎ込んでいた気を、魔力を、霊力を、妖力を垂れ流す。この四つの受け皿である神の力――神力を開放できないのは痛いが、無い物ねだりはしない主義だ。

 気を鞭のように伸ばして白夜を回収。そのまま陣を作り魔法を使う。単純な魔法障壁を数枚展開するだけの魔法は、だがそれがあるからこそ相手の位置を少しだけ特定できる。

 霊力は結界だ。垂れ流された力が真下の魔法陣に行かないよう、特別な結界を貼る。霊夢ほど鮮やかではないし、魔法陣の補助が無ければ維持さえできない貧弱さ。それでも、既に臨界点を突破した魔法陣を発動させないための保険は必要だった。

 妖力は――

 「燃え、つくせええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!」

 レーヴァテインではない、単純な炎の波。フランの適正属性の一つ、火をぶちまけた。通るだなんて思っていない。実際相手は生命力の鎧で身を守っている。どころか炎など構わず突き進んでくるくらいだ。

 シオンの目的は一つ。

 逃げること。

 生命力を使い続ければ、それだけ寿命を消費する。時間稼ぎそれ自体がシオンの命を救うことになるのだ。

 だから情けなくとも、シオンは逃げる。

 華麗な敗北よりも無様な勝利。余人から嘲笑われようと、シオンにとってはそれが全て。フランの命を背負っているなら尚更だ。

 障壁を貼り、炎の渦をバラまき、フランのナビに耳を傾け、ただ逃げた。地形が陥没し、竹が燃えつきる。環境破壊なんて言葉が出てくるほどの暴虐。

 二人共――いや、三人共余裕などない。魂だけとなって体なぞ無いはずのフランでさえ息が荒れている。

 シオンとフランは精神的に。相手は寿命……体力的に。

 そしてまたバックステップで距離を取ったとき、トン、と背中が軽く押される。更に翼に絡みつかれる。それが何なのかなんて、すぐにわかる。

 影だ。小さな小さな影が編まれた糸。それが蜘蛛の糸のようにシオンに絡みつき、動きを束縛する。

 この状況で、それは致命的だった。一瞬の隙が死を生む状況で、余りに大きすぎる隙。翼に風を纏わせて影を切り裂いたとき、『それ』は目の前にいた。

 光り輝くオーラ。これ以上無い、と言えるほどに凝縮された決死の一撃。

 ――当たれば死ぬ生き残れない避けろ躱せ躱せ絶対に当たるな――!!

 そんな警鐘がガンガンと頭を叩く。

 もう、後先考えないと決めたシオンは、形振り構わずに叫んだ。

 「切り裂け、白夜――ッ!」

 剣を振ってなどいない。

 なのに、白夜は空間を切り裂いた――否、切り裂きすぎた。

 歪曲し(ひず)(ゆが)みバラバラになった空間。それは両者の間にも現れ、それがシオンの命を救い、敵の決死の想いを踏み躙った。

 その、人間が出すにはどれほどの代償を必要とするかという一撃は何もない壁に当たり、暴発する。下手すれば目の前の壁をぶち破るのではないかという威力。直後、何事も無かったかのように全ての空間は元の形へ。

 繋がった道を、シオンは駆ける。

 手を、五指を、そして爪を伸ばす。強烈な鉤爪となったその一撃を、捨て身で心臓へ振るう。これが届けば、殺せる。

 ――殺せるんだ。

 そうすれば、

 ――生きて、帰れる!

 だが、そこでシオンの瞳が疑問を映す。

 (なんで、片手が懐に)

 拳に威力を乗せたいなら、そんな行動する必要はないのに。

 ゼロコンマで進んでいく視界の中で、微かに見えた『モノ』。

 「あ――あ、ぁ……」

 唇が揺れ、絶望の吐息が漏れる。それでも、思考だけは高速回転させて、叫んだ。

 (ゴメン、フラン。今すぐ俺から離れるんだ!)

 (『ぇ、何言ってるの? もう勝てるんだよ? 今ここで離れたら翼とか、夢幻転生とか、色々切れちゃうんじゃ――』

 (説明してる時間なんてないッ。気になるのなら相手の手を見ろ。わかったら今すぐ離れるんだよ、死にたくないのならッ!)

 疑問を胸に抱きながら、フランはシオンの瞳が映す世界を見る。視界のほぼ全てを映す死にかけの敵。けれどシオンが見ろと言ったのは、その中のほんの一部、手だけ。

 拳を握った方の手には何もない。必然的に見るのはもう片方。

 最初はほとんど何も見えなかった。だがすぐにその手が何かを掴み、取り出しているのがわかった。

 少しずつその全貌を現してくるそれを見て、フランの息が止まる。

 それは小さかった。

 それは銀色だった。

 それは、シオンとフランに馴染みのあるものだった。

 それの名は――銃、といった。

 一発だけしか込められない、護身銃。たかが銃弾。たかが一発。

 だが、捨て身の一撃を与えようとしているこの状況では――致命的だった。

 (初めから、罠だったんだッ)

 噛み締められた唇がブツッと切れ、血が流れる。

 (やられた――俺がやったことを、やり返されたッッ!)

 なぜ相手が指だけで銃弾を撃ってきたのか。

 それはこの護身銃を持っているのを悟らせないため。

 生命力を使ったのはなぜか。

 もう後が無いと思わせるためだ。

 逃げられない、避けられない、完全な直撃コース。夢幻転生は実弾を吸収できない。即ち――絶対絶命。

 だからシオンは、思考を変えた。

 生き延びるための思考ではない。

 ()()()()()()()ための思考を、だ。

 (フラン、今から言うことをよく聞いてくれ)

 (『シオン?』)

 疑問の声音を出すフランを無視して、ただ淡々と説明する。

 (俺はわざと銃で撃たれる。その寸前で魂の同一化を解くから、外に出た瞬間、俺の代わりにこの爪で奴の心臓を抉ってくれ)

 (『な、それって、つまり……ヤ、ヤダ!』)

 (フラン、何を言って――これしか方法が無いんだ。幻想郷を救うには。フランを助けるためには)

 (『ヤダッ。ヤダヤダヤダヤダッッ! シオンが死ぬなんて、絶対にイヤッ!』)

 駄々っ子のように地団駄を踏む――あくまでそんな光景を幻視しただけだ――フランの説得を早々に諦める。そんな時間的余裕はない。

 ならばと、シオンは能力を発動して強制的にフランを外に出そうとして、失敗。

 なんと表現すればいいのか。魂にしがみつかれて、切り離せない。

 焦るしかない。同時にシオンは、同一化はそこまで便利な代物ではないのを悟る。相手の魂を丸事取り込むとはつまり、相手が納得しなければ自分の魂の中で暴れられ、最悪乗っ取られる可能性すらある事を。

 フランが協力的だったからその問題点が浮上しなかっただけにすぎないのだ。屈服させた訳ではないから、自分の意思ではどうにもならない。

 (まずい、まずいまずいまずい――! 死ぬんだぞフランッ。今俺から離れなきゃ共倒れだ。一緒にあの世逝きだぞ!)

 (それでもいいッ! シオンと一緒なら、死んだって構わないッ)

 犬歯を剥き出しに、更に力強く絡みつかれ抱きしめられるような感覚。それにとてつもない温かさを感じて、ほんの少しだけ。

 ほんのちょっとだけ――この温もりを手放したくない、と思ってしまった。

 だがすぐに後悔。フランは本気だ。本気で一緒に死ぬつもりだ。と、いうかそんなのフランがここに来た経緯を思い出せばすぐにわかる。

 頭に突きつけられる銃口の中身が見える。銀の銃身と同じ、銀の弾丸。そこに掘られた緻密な術式は、彼の仲間の術式使いによるものか。余りに細かすぎて効果が少ししかわからない。

 そして、その効果は、銃弾の爆発。うまく撃たれれば助かったかもしれないが、脳が吹っ飛んでは助からない。

 (すまない、紫……ごめんなさい、師匠――)

 幻想郷を想う紫。色々なアドバイスをしてくれた永琳。

 そして何より、フランを愛してやまない、姉。彼女の願いを知っているのにそれを自分が踏みにじるだなんて思ってもいなかった。

 (レミリア――!)

 キン、と耳元で音が鳴った。そして大量の妖力が流れ込んでいく。

 ――チリ、と髪の毛が数本舞って気づけば銃を持った手が吹っ飛んでいた。

 「――あ?」

 それはどちらが発した声なのか。

 わからない。わからない事だらけだ。

 たった一つ、わかったのは――ここを逃せば、勝ちを拾えない事だけだッ!

 「う――オオオオオオアアアアアアアアァァァァァァァッッッ!!」

 ズシュリ、ズチュ、という奇っ怪な音。

 鋭い爪が、心の蔵を、貫いた。




本当はラストまで書き終えたかったんですが、どうにも筆が乗らないのと予想以上に戦闘が長かったため割愛。……言い訳ですねすいません。

霊夢と術式使いの戦闘については短くてゴメンナサイ。
というか両者が夢想天生使うと必然的に近接戦闘になるのですが、二人共あくまで徹底的な後衛。近接戦闘は距離を取るためか時間稼ぎ程度の護身術くらいしか覚えてないので、どうしても短くなるんですよね。
回想で文字稼……ゲフンゲフン。イイエ、何モ言ッテマセンヨ?

シオンの方はちょっと後付けが締まらなかったかなぁと。フランがシオンと同一化できた理由はまた次回。
夢幻転生は夢想天生になぞらえて。人は人らしく、矛盾の塊のような技となりました。一応このお話の初期の初期から考えていたことなので、出せて嬉しいですね。

気も魔力も霊力も妖力も、一切合切無効化にする力。

けれど夢幻は幻想に対してしか効果を成さず、物理攻撃に対して力を発揮し得ない。要するに幽香とか鬼とかの近接戦闘バカには勝てないのは相変わらず。

身体強化の出力が上がったので多少、くらいといったところでしょうか。

生命力についてはこじつけです。これくらいしか思いつかなかった、というだけなのですが。

次回で今回途切れたフランの回想と、ラスト何があったのか。そして一つ、物語の区切りとなるところです。

それではまた次話で。ノシノシ
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