東方狂界歴   作:シルヴィ

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エピローグ

 ドクンドクンと掌に伝わる鼓動。この小さなものを握りつぶしてしまえば、それだけで目の前の敵はあっさり死んでしまうだろう。

 「は、ハハ……なんだ……」

 けれどシオンはそうしなかった。心臓と繋がっている血管を爪で切り裂いておきながら、そこから全く動かさないために栓の役割を果たしてしまっている。

 いつかは死ぬだろう。だがその死ぬまでの時間を極端に引き伸ばしていた。反撃されて殺されるかもしれないよ――そう言おうとしたフランだが、どこかシオンの様子がおかしい。

 「これで、終わりかぁ……何年も時間をかけたんだけどな……」

 そう言うクセに、復讐者の顔は穏やかだった。目的の完遂がもう目と鼻の先。そんな状態で殺されるなんて、普通は嫌なはずだ。

 ピクリとシオンの体が震える。それは言おうか言うまいか悩んでいるようで。それでも彼は言い切った。

 「出会いが違えば、なんて言葉があるらしいけどさ。友達は無理でも、共感し会える理解者くらいには、なれただろうにな」

 「今更だ。本当に」

 「ああ。だからこれは一方的にする約束だ。――殺してやるよ。そいつを。お前ができなかった代わりにな」

 何故だか目を見開き驚いている。

 シオンとしても、ここまでするつもりはなかった。他人の復讐に手を貸すどころか、全面的に背負うだなんて。

 口は勝手に開いていた。

 「俺が自分ですることだから、お前の意見は聞かない。屍人に口無し、だ」

 「自己中野郎が。俺の名前も知らない奴が、俺の代わりなんてできるわけないだろ」

 心臓の鼓動がどんどん小さくなっていく。青白い顔が、死神の魔手がすぐそこまで迫っているのだろ教えてくれる。

 言葉を交わせるのは、多分これで最後。

 「ああ、そうか。そうだな。じゃあ、これが手向けの言葉だよ、()

 今度こそ動きを止めてしまった相手に向けて、シオンは嬉しいのか悲しいのか、色々な感情が混ざったグチャグチャな笑顔を向ける。

 「もう死に急がなくていい。――そろそろ、休んで?」

 その言葉に何を感じたのか。彼は――蛍は、初めてぎこちないながらも笑みを浮かべた。

 「なんだ、そういう……いいぜ。お言葉に甘えて」

 一足先に、休ませてもらう。そう言い切ることなく、彼の体から力が抜けて、背中から地面へと倒れていく。反射的に掴んだ心臓だけがズルリとその体から抜き出された。

 動かない心臓を片手に、シオンはその場で立ち止まる。だがすぐに動き出し、その手におさめられた心臓を、蛍の体の中に戻した。

 「なんというか。ある意味運命とさえ思えるような境遇だよな、俺らは」

 (『シオン?』)

 たった一人だけに復讐することを決めたシオン。けれど、それは生きていくための言い訳を作るためにすぎず、本当は誰かに殺されることを望んでいた。言ってしまえば自分一人だけが死ぬ、内向的な破滅願望を持っていたと言える。

 逆に蛍は誰が恩人を殺そうとしたのかわからない。だからこそ国という単位に被害をもたらそうとした。しかし、内心ではシオンと同じく、死にたいとも思っていた。生きていても仕方がないから、と。大多数の人間を巻き込んで死んだっていいと考えていた彼は、外交的な破滅願望を持っていたのだろう。

 一人を殺し一人で死のうとしたシオン。

 多数を殺し多くの人と死のうとした蛍。

 全くもって正反対だ。共感し理解しあえるところはあるだろうが、やはり友や仲間となるのは無理だったと思う。

 (『ねぇ、なんでそこまで彼のことをわかるの?』)

 「さぁ。多分、心臓を貫いたことが原因。それ以上のことは、よくわからない」

 ふと、シオンは銃を破壊していった物体が何だったのかと思い出す。蛍の件に気を取られすぎて忘れかけていた。

 (『うーん……あれって、きっとそうなんじゃないかな』)

 「……?」

 抽象的な言葉ではあるが、フランはアレがなんなのかわかっているようだ。恐らく飛んでいった方向を見ると、特殊な力を纏い過ぎて周囲の葉をまき上がらせている『槍』が見えた。

 その形、その色。何よりも宿す力。

 シオンはそれを見たことがある。というより、喰らいかけた事があった。

 「神槍……『グングニル』」

 ジリジリと空気を焼き焦がすようなオーラのせいで持ち手が見えにくい。それでもシオンは棒部分に刻まれた彫刻を見て取った。

 (封印術式の強化……形状の縮小化……開放条件……持ち主以外が持つための許可……)

 様々な効果を持った術式。それを開発し刻むまでにかかった時間は想像に難くない。槍に触れようとして近づき、持ち手に触れた瞬間。

 バチッ!! とシオンの手が弾かれ。

 ――そのまま槍は何処かへと消え去った。

 後に残ったのは、ジュゥゥゥ……と、手が焼け焦げたシオンと、やっぱりと納得の息を吐くフランのみ。

 即座に治った手を複雑そうに見つめつつ、シオンは呟く。

 「なるほど、確かに貴女は俺にとっての勝利の女神だったみたいだよ。レミリア」

 その言葉にフランが嫉妬したかどうか、定かではない。

 

 

 

 

 

 一方、日傘をさしてでも外でシオン達の帰りを待っていたレミリア。中で寛ぎ下さいと藍に言われても断り、ひたすらに待ち続けた。

 気づけば隣には自らの無二の親友、パチュリーがいた。

 「勝てるかしらね。シオンは」

 「知らないわ。私は彼と会ったこともなければ話したこともない。そもそも見たことがないくらいなのよ」

 言外に、興味がない、と返したパチュリーは相変わらず冷たい。シオンの記憶から見たパチュリーとは大違いだ。彼は悲しむだろうか。

 「んなこと言ってやるなよ。アイツが負けたら私達の生活は全部オジャンだぜ?」

 「私は今までどおり隠居するだけよ。それ専用の術式でも編めばいいのだし」

 「……うわ、ザ・引きこもり臭がプンプンするぜ。臭いまくってるぜ」

 ドン引きですわーと体ごと後ろへ下げる魔理沙。ピキ、とパチュリーの頭に線が浮かび上がったのは気のせいだろうか。

 てのひらに魔力が渦巻いて見えるのは、もっと気のせいだろう。

 ギャーギャーと騒ぐ二人を無視して、レミリアは不安を押し隠す。フランの姿が見えないのがそれを助長させる。

 もしかして、と思ってしまう。フランならやりかねないのが問題だ。

 恋心とは厄介なものね、と恋を知らぬレミリアは嘯く。

 「確かに、その感情が一番いろんな出来事を巻き起こすものね」

 「後ろどころか全く別の場所から声をかけるなんて、失礼ではないかしら」

 一瞬飛び上がりかけたのは内緒だ。内緒ったら内緒だ。

 優雅に振り返り――あくまでレミリア視点では――紫を睨みつける。が、紫から見れば悪戯された子供が拗ねているように見える。外見というのは大事だというのを教えてくれるいい例だ。

 「いえ、ね。あの二人が喧嘩ですませるようならいいのだけれど、戦闘にまで発展したらちょっと困るから」

 「……ああ」

 忘れてはいけない。ここはあくまで紫の家なのだ。こんなしょうもない理由で壊されてはたまったものじゃないだろう。

 「ところで、フランの居場所を知らない? 朝から見当たらないのよ」

 「わからないわ。私の能力は誰かの場所を見つけるようなものでもないし」

 ふと思い当たったレミリアがたずねる。けれど紫の反応は芳しくない。あくまで『境界線』を操るのが紫の力だ。確かに人選を間違えている。

 「ところで、それがどうかしたのかしら」

 「私の予想通りなら、シオンについていってるんじゃないかと思って」

 「気配探知が一流以上の彼に? 途中でバレると思うわよ」

 「まぁ、そうなるわよね」

 結局のところ答えは出ない。だからレミリアは考えるのをやめ、傘越しに見える太陽の光に目を細めた。

 「……アレは?」

 故に、気づいた。

 「――ちょ!?」

 真上から降ってくる、閃光に。

 カッ、と目を焼くような光りが周囲を覆い尽くし、レミリアの目前で爆発。吹き荒れる風がレミリアの服を荒らしつくす。

 傘の骨が折れかけたが、咄嗟に手放すことでそれを防ぐ。同時に一歩二歩と下がることで己の身を日陰へと移す。一瞬で灰になることはないが、用心に越したことはない。

 風がおさまり砂塵で咳き込んだが些細なこと。すわ敵襲かと思ったが、そこに突き立っていたのは一本の槍。

 即ちグングニル。伝承通り『放たれた後に主の手元へ戻ってくる』という性質上、シオンという媒体を通して放たれたあと、主たるレミリアのところへ帰ってきたのだ。

 が、本来ならこの距離を戻ってくるには相応の力を必要とする。新たに加えた封印術式でそういった能力のほぼ大半が封じられているせいだ。その一部が強制的に開放されている。

 やったのはシオンだろう。膨大な力を注ぎ込まれたせいで術式が歪んだのだ。さり気なく傘を回収してくれた紫に感謝を述べ、傘をさし直し槍へ近づく。

 槍が発動する条件はたった一つ。シオンの危機を対処しろ、ということのみ。だがこれらを設定するのにいくつか限定的な付加をする必要があった。

 一つにシオンが命の危機を明確にしていること。

 一つにシオンがそれに対処できる方法が無いこと。

 一つにシオンが開放術式を発動出来るだけの力を残していること。

 それら以外にもいくつかある条件をクリアしてようやっと使える槍だ。レミリアとしても本当に保険程度の、お守りのつもりでしかなかった。世の中何があるのかわからない。

 「大丈夫、なのよね?」

 しかし逆に言えば、これが発動する、してしまう程にシオンが追い詰められたことを指す。胸中の不安が顔に表れるほどだ。

 槍に近づく。逡巡し、それでも覚悟を決めて、触れた。

 そしてただ一言、レミリアの脳裏に反響された。

 レミリアの口が緩やかな弧を描く。

 「全く……だから私は吸血鬼だって言ってるじゃないの」

 クス、クスクスと堪えきれずに笑ってしまう。麗しき童女の笑みに、何かを察した紫と、爆風に巻き込まれた魔理沙とパチュリーが顔を見合わせる。

 代表して、紫が訪ねた。

 「それで、何があったのかしら」

 「シオンが勝った。今から帰ってくるわよ!」

 それは安堵と、歓喜と、あらゆる正の感情に満ち溢れた顔だった。

 

 

 

 

 

 槍を見送ったシオンは、頭上を見上げるのをやめ、地面を見下ろす。血と肉がこびりついた大地はお世辞にも綺麗だとは言えない。惨憺たる状況だった。

 「なぁ、フラン。一つ頼みごとがあるんだけど、構わないか?」

 (『……しょうがないなぁ。いいよ? 使っても』)

 シオンの問いを先回りし、フランはまるでどうしようもない我が子を見るような顔で答えた。外見にそぐわぬその表情に何故か居心地の悪さを感じつつ、感謝の一言。

 「来い、『レーヴァテイン』」

 シオンが呼び出したのは神の炎を宿した神剣。『お前は俺の主じゃない』とでも言いたげな反発を感じるが、内にあるフランの協力によって無理矢理従える。腕まで燃やさんと轟々とシオンの意に反して燃え盛っていた炎がやがておさまり、渋々従ってくれる。

 それでも『お前に従うわけじゃない』と火の粉が舞うが、それで十分だ。

 「送り火としてはこれ以上無いんじゃないかな。手向けの炎だよ」

 小さな火種が死体と血と肉を廃すら残さず燃やし出す。だがそれ以外の――折り重なった竹や葉を燃やすことはない。シオンの制御がそれを許さない。

 所詮全員死んでいる。残したところで何もない、と言われればそれまでだ。それでもシオンはその死に様をほったらかしにするのを憚った。

 全て燃やし、火を消す。ありがとうと刀身を撫でると、炎を噴出される。まるで感謝される謂れはないと切り捨てられたかのようだ。

 苦笑を残し、レーヴァテインを消し去る。同時にシオンの体が崩折れる。

 (『シオン!? 何があった――』)

 トン、とフランの魂が押され、外に排出される。だがそれはそれで好都合。心臓を押さえているシオンの背中を触れる。

 眉をしかめているシオンは珍しく『痛い』と表現していた。

 「シオン、どうしたの? いきなり心臓が痛くなった、ってわけじゃないよね。蛍に何かされたの?」

 ギリギリと締め付けられるのは心臓ではない。その更に奥深いところ。

 「た、魂……が……」

 神へ成った魂が悲鳴をあげている。神の魂(ソフト)に対して人の体(ハード)がついていかない。元に戻そうとするも肉体との痛みと魂の変質に関する痛みが双方から襲いかかってきて、表情を取り繕ってる暇がない。

 それでも動き出そうとすると、フランが慌てて肩を支えてきた。

 「う、動いちゃダメだって。体は大丈夫でも疲れは残るんだから! 今は少しでも休んで安静にしないと」

 「いや、大丈夫だ。痛み以外にはほとんど影響はないし」

 相変わらず頑固だなぁ、とフランの呆れの視線から逃げる。行きよりも更に遅い歩みだが、フランはこの時間が嫌いではなかった。

 こうしている間は、彼に触れていても何も言われない。好きな人の傍にいられる。何よりも『彼を支えている』実感が湧いてくる。肩にかかる重みがそのままシオンが頼ってくれているのだと思えるのだ。昔の、それこそ出会った頃のシオンなら、肩を貸す事さえできなかっただろうから。

 「その、な。フラン」

 「何、シオン」

 「ありがと。助かった」

 信じられない言葉を聞いたようにフランは目を見開きシオンを見るが、その時には顔を逸らされていて、その顔は髪に隠れ見えない。

 フランは先の言葉を胸に秘めることにした。ポカポカとする温かさも。いつかこの想いを共有できればいいな、なんて夢を見ながら。

 ふと、シオンが小石を蹴り上げ、軽く放り投げる。それは放物線を描く――ことはなく、直線で吹っ飛んでいく。動作と結果がおかしいが、腕の動きか何かだろう。深く気にしてはならない。

 石が飛んだ先には何があるのか。それは飛んできた大きな石が答えを示していた。

 「ねぇこれ、もしかして」

 「寝てたから叩き落とした。直接当ててはいないけどな」

 「当ててないから許されるわけでもないでしょうが! 顔の真横に石が当たるとか、恐怖すぎるわぁぁぁぁ!」

 肩をいからせてくる霊夢。その後ろには両手を札で拘束され、式を使えない術式使いが。どことなく呆れも見えるが、反抗的な様子はない。

 「失敗、したみたいですね。彼は」

 「ああ。蛍の火葬はすませた。野晒しにするのも、な」

 「そうですか。彼に変わり、感謝を。ありがとうございます」

 「ちょっとした感傷だよ。ただの」

 憂いを見せるシオンに、彼女は何かを察したように目を伏せる。フランと霊夢も察しかけたが、わからずじまいだった。

 四人となった一行の間に会話はない。警戒と疲労と途切れる集中力と、様々な要因が重なった結果だ。

 空気を読んだのかあるいはこの四人の実力を本能で察してか、シオンの不運を持ってさえ妖怪が現れない。出たら出たで即消滅だったので、妖怪からしてみれば運が良かったのだろう。

 「ところでさ、フラン」

 「ん、なに?」

 「いや、今さら思い出したんだけどさ。……レミリアに、なんて言うんだ?」

 ピシ、とフランの動きが止まった。今の今まで忘れていたらしい。頭を抱えるフランに、ついシオンは笑ってしまった。

 「私の不幸を笑うなんて酷いよ!」

 「人の話を聞かずに勝手に来るからだ。自業自得だろ」

 「ていうかフランがなんでここにいるのよ? 気付かなかったの?」

 「気づく余地が無かった、というべきか……言い訳か」

 今度はシオンが頭を抱える番だった。傍から見ていた彼女としてはコメディを見ているようだ。全員の表情がコロコロと変わっている。

 「そもそもフランは結局どうやって俺の魂と同化したんだ? そこらへんの説明がまだなんだけど」

 「あー、んー。そういえばそうだったね」

 眉を寄せて、フランは語る。

 「あの時私は確かに死のうとしたんだけど――」

 剣が心臓に当たる、その寸前のことだった。

 グイッと肩を掴まれ、引き寄せられる。内側から刃が引き抜かれる異様な感覚。それが消えると即座に腕に何かを注射される。フランを寄せた影はそのままシオンに近づくと、荒れた呼吸を見計らって口内へ何かを放り込んだ。

 数分して、シオンの呼吸がおさまる。フランの方も、本来あの剣で斬られれば治りが遅いはずの傷が消えていた。薬でこんなことができる人物など、一人しかいない。

 「八意、永琳……」

 夜闇に映える銀髪を煌めかせ、シオンの師匠がフランを睨んでいた。

 「どういうつもりかしら?」

 押し殺した声が落ちる。

 「シオンは自分の大切な人が死ぬのを何より恐れる。あなたはシオンを殺したいの?」

 シオンを殺す。その一言はフランの胸を貫く。

 だが言い分はあった。フランだって何の理由もなくやるつもりはないのだ。

 「で、でも! 相手はシオンくらい強いんだよ? 霊夢がいたとしても、敵が三人だけだなんて限らない。力が強くてもただの人間のシオンじゃ、少しでも隙を生んだら死んじゃう。だから、私の――『吸血鬼』の魂を取り込んで、ほしかったの」

 「だからって方法が間違っているわ。殺されて取り込まれる保証なんて無い。よしんば合っていたとしてもあなたの想像通りになるとは限らない。無鉄砲にすぎるわよ」

 それでも、とフランは永琳を睨む。

 ジッと待つだけなんて、できなかったのだ。

 フランと永琳はお互いの目を見て睨み合う。やがて永琳は視線を外し、てのひらを頭に当てて呆れるように息を吐き出した。

 「恋する乙女を相手にするのは、分が悪すぎね……わかったわ。協力してあげる。私だって、みすみす弟子が死ぬのを見ていたいわけじゃないもの」

 「え……」

 呆けるフランにクスリと笑いかける。

 「私が一体何年暇していたと思ってるの? こういう時に役立つ薬なんていくらでもあるわ」

 そう。先にフランに打った注射や、シオンに飲ませた薬。あれらも永琳が作ったものだ。副作用がありすぎるものは破棄――その副作用を逆に利用できれば別だが――し、そうでないものは友好的に活用する。その膨大な量は最早他人には想像できない程。

 「そんな私が、()()()()()()()()薬とか、()()()()()()()()薬を作っていないと思う?」

 持ち歩ける量に限度はあるため必ず持っているとは限らないが、今回はその二つを持っている。他にも補助的なものがいくつかだ。

 「どうする?」

 まるで悪魔のような囁きが、フランの耳にするりと通る。

 「私の力――必要かしら?」

 キッ、と目に力を宿す。

 「――当然!」

 合格と永琳は目だけで笑い、薬を懐から取り出して並べる。

 「シオンの薬や毒に対する抵抗力はかなりのものよ。今は魂が消滅しかけたせいで抵抗力が薄れているけれど、その隙は数十秒と経たずに消えるでしょう。先に飲ませた睡眠薬はシオンだけの特別製だから、二度は効かない。……覚悟はいい?」

 「それ侮辱? 覚悟がなかったら、死んでもいいような行動なんてしないでしょ?」

 「だったわね。ごめんなさい」

 シオンの口を少しだけ開けた永琳は、まず一つ目を飲ませる。能力を増大させ、強制的に同化を発動。二つ目。能力の強制開放を限定的にするための制御。三つ目は体が壊れないようにするための抑制。

 それからタイミングを見て順次投入。そして唐突に永琳が離れた。

 「来るわよ」

 「え?」

 カッと光ったと思えば、シオンの内側から解読できない文字列が見える。だがその光は内側から漏れているだけで、それ以上出てこようとしない。

 「触れなさい。腕を突き込めば、それだけで十分のはずだから」

 「……。わかった」

 そうしてフランはシオンの魂に触れて――

 「後はシオンの知ってるとおり、かな」

 あっけらかんと言っているが、もしフランをこの手で殺していたらトラウマどころではない。首を吊ると本気で言える。

 ただまぁ助けられたのも事実。だから、怒る役目は他に回そう。

 笑うフランの肩をトントン、と叩く人影。ニッコリと上品に笑う彼女は、しかし激烈に怒っていた。

 「種明かしをありがとう。これで心置きなく叱れるわね」

 「え゛……お姉、さま」

 ネジの切れた人形のように振り返る先には、フランにとっての修羅がいた。

 ――あ、死んだ。

 なんて思ったかどうか、定かではない。

 そんな光景を他所に、紫が鋭い眼差しで術式使いを見る。

 「あなた、名前は?」

 「聞く理由は?」

 「誰を呼んでいるのかわからないのは不便でしょう。それ以外には無いわ」

 「そうですか。私の名前は沙璃亜。天宮沙璃亜です。天の宮、沙華の沙に瑠璃の璃と亜空の亜で天宮沙璃亜です」

 紫は一度シオンを見る。シオンは霊夢を見、その返答が肩を竦めることだったので紫に軽く頷いた。

 「ついてきなさい。ああ、安心して。拷問はしないから。単に事情聴取と、アドバイスを貰いたいだけよ」

 「敗者ですからね、私は。畏まりました」

 境界を切り開きこの場から去る直前のこと。

 「ああそうだ。シオン、帰ったら宴会だから、楽しみにしていて」

 「はい?」

 疑問を言葉にすることさえできずに紫は消える。

 「……宴会?」

 後に残るのは、『宴会』という言葉の意味を知らないシオンと、逆にその言葉の意味を理解して満面の笑みを浮かべる霊夢の、凸凹コンビだけだった。

 

 

 

 

 

 橙が日々整え続けている紫宅の庭。その風情ある場所で、紫主催の宴が行われていた。

 主旨を知る者だけで宴会を行っているため、参加している人数は少ない。いつもの規模からすれば控え目だった。

 シオン、フラン、霊夢、レミリア、魔理沙、パチュリー、永琳、紫、藍、橙、そしてにとりの合計十一人。本当はアリス達や咲夜達も呼ぼうとしたのだが、アリス達はそこまで乗り気ではなく、咲夜達は壊れた屋敷の修繕に忙しいからと断られた。

 鬼を呼ぼうかなんていう案もあったが一瞬で没になった。()()宴会好きな連中を呼んだらどうなるかなんて考えたくもない。

 とはいえ現時点でも変わらない気がする。飲めや歌えやの大騒ぎ。霊夢が当たり前のように酒瓶ごと持っているが、確か日本酒はアルコール度数が高かったような。体は大丈夫なのか。

 主賓なのにわざわざ気配を周囲と同化させて姿をくらますシオンを、だが紫と永琳だけは、一拍遅れてフランが即座に看破した。

 「……なんでこうもあっさり……」

 「こうも近くでやられればわかるわよ」

 「主賓が逃げるなんて、主催者としては遺憾もいいところよ」

 師匠と主催者にそう言われては逃げ場もない。諦めて中央に連れて行かれたシオンは、霊夢からは日本酒を、レミリアからはワインをと無理矢理手渡されては飲んでいく。が、薬や毒を無効化するシオンの肉体に、たかがアルコール程度では酔うどころか顔が赤くなることさえない。

 調子に乗った魔理沙に酒瓶数本を一気飲みさせられてもそれは変わらず皆を驚かせたくらいだ。

 宴もたけなわ、と言ったところで紫が手を鳴らす。

 ホロ酔い加減の今が良いと判断したのだろう。彼女はシオンを見つめ、言った。

 「シオン。あなたは『()()()()()()()()つもりはない?」

 「……。……それは、つまり」

 バカでもわかる。八雲という名前を使う意味など。

 「――家族になって欲しい。私達と共に幻想郷を支えて欲しい。そういうことよ」

 直球だった。真っ直ぐにシオンを見る彼女の目を見て。またシオンの周りにいる彼女らの無言の期待を悟って。

 「わかった。できないことは無理だが、出来る以上のことは頑張ろう」

 「ありがとう。感謝とはまた別だけれど、代わりに一つ贈り物をさせてちょうだい」

 「贈り物?」

 「厳密には物じゃないけれど――名前を、ね」

 コホン、と一つ咳払い。

 「私の名前、『紫』という漢字と、あなたの名前である『シオン』で最も当てはまる名前――即ち『紫苑(シオン)』、それが私が贈りたい物。新しい名前よ」

 「八雲――紫苑」

 「ええ。これからはそう名乗ってほしいの。もちろん、嫌なら諦めるわ」

 「いやいい。どの道呼ばれる名前は変わらない。漢字を当てはめただけだからな」

 ならよかった、と安堵する紫に、シオンは立ち上がって手を差し出す。

 「これからよろしく。八雲紫」

 「ええ、よろしく頼むわ。八雲紫苑」

 こうして幻想郷が崩壊する未来は止められ、シオンという化物並の力を持った少年は八雲紫苑という名を持った。

 ハッピーエンド、大団円。

 けれど、誰も知らぬままに、揺れる瞳を。

 「シオン……」

 か細い声で。

 「無茶、しないでよ……」

 そう囁かれた真意は、まだわからない。




先週はまさかの脳震盪を起こして風邪引いたせいで更新できなかったという。誠に申し訳ありませんでした。

この物語はここで一つの区切りです。次回からは1話か2話程話を挟んでまた別の展開に行く予定です。幽々子とか妖夢とかもそろそろ出したいところ。あんまり風呂敷広げすぎると回収できないからなんて理由で出番が無かったので、その分頑張ります。
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