東方狂界歴   作:シルヴィ

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小話2.巫女は心配性

 「ふぅ、依頼はこれで終わりかしら」

 目の前で崩折れる妖怪を見下ろしながら、私は確認のために呟いた。

 今日は里の人に頼まれて、森に潜み人を襲う妖怪を退治してくれと頼まれたので、こうして神社を離れここまで来た。

 その依頼も完遂したので後は報酬を受け取れば今日やる事は終わりだ。元々私のやる事なんて少ないんだし。

 悲しくはない。同年代と比べて圧倒的に友人が少ないことを理解しているけれど、だからって自分から増やそうとは思えないのだ。

 自分を理解してくれる少数の友がいれば十分と思える性質なのだろう、私は。

 放り投げすぎた針や、まだ使える札を回収する。これらだってタダじゃない。針は作り直した上で霊力を練り込まなければならないし、札なんて一から墨で書き直しだ。まだ利用できるのなら再利用したい。面倒はゴメンなのだ。

 あらかた回収し終えた時の事だった。

 「わ、わわわ! ちょ、まっ、助け――!?」

 フラフラとなっさけない走り方で駆け下りてくる、見慣れない服装の人間。里の人達が彼を見たなら、多分、彼の正体に気づかなかっただろう。

 「あ、あんた逃げろ! 後ろから狼が、っとわぁ!?」

 あ、私が投げて地面に刺さったままの針に引っかかった。……運動神経が悪いのかもしれない。でもまぁそのお陰? で狼の噛み付きを避けたのだから、運は強いのかもしれない。

 運は運でも悪運だけど、ね。

 なんて呆れてはいるけど見捨てるつもりはない。一応それが私の役割の一つでもあるのだから。

 「頭を下げなさいッ」

 折角回収した札を投げて小規模な結界を作る。これで彼が死ぬことは無いはずだ。少なくともただの狼ではこの結界を破れない。

 「な、なんだこれ? さっきから何が起こってるんだよぉ!」

 ……比べる対象が悪いのはわかってるけど、本当に情けない。

 「男だったらね」

 安全は確保した。

 「もうちょっと根性見せなさいよ!」

 後は、霊力を垂れ流して力の差を見せつけるだけだ。

 ビクリと狼が体を震わす。やがてその瞳に恐怖心が宿ったとき、彼らは人間(エサ)を置いて森の奥へ逃げ去った。

 「た、たすかった……?」

 「そうね、助かったんじゃない?」

 呆れをこめた溜め息を吐き出すと、ようやっと自分の状況を見直せたのだろう。彼は慌てて立ち上がると、私に頭を下げてきた。

 「あ、あのさ。助けてくれて、ありがとう。君は一体?」

 「……博麗霊夢。馴れ合うつもりはないから名乗らなくてもいいわよ」

 「いやでも、名前がわからないと困るだろ、霊夢」

 「気安く名前で呼ばないで」

 なんか、イラつく。

 妙に取り繕ってるのが丸わかりだ。あんなに情けない姿を見せつけたのに、何をどうしようというつもりなのだろう。

 馴れ馴れしいのも気に食わない。しかも私に妙な目を向けてくるのが特に。

 見たとこ特別な力は持ち合わせていない。本当に、偶然迷い込んだのだろう。気に食わないが、それでも助けなければならないのだ。

 ――これが男の意地だというのを、私は知らなかった。ちっぽけでもプライドを持ってると、理解していなかった。

 異性の前で情けない姿を晒せない、なんて。今更だけど。

 「元の場所に帰りたい?」

 「え?」

 「……二度は言わないわよ。帰りたい? 元いた場所に」

 「当たり前だろ。こんな危険なとこにいられるか」

 「あ、っそ。それなら私についてきなさい。帰してあげるから、あんたのいたところに」

 「そんなこと、できるのか?」

 「信じられないならついてこないでいいわよ。私にメリットなんてないんだし。ここで野垂れ死のうが知ったこっちゃないわ」

 そう言うと、途端に困った顔をする。私はさっさと帰って休みたいのだ。来るなら来る、来ないなら来ないで決めて欲しい。

 それでも数秒後、彼は頷いた。

 「わかった、君についていく」

 それが聞ければどうでもいい。背を向けて歩き出す。飛んでいけないのが本当に煩わしい。

 ため息を付きそうになるのを何とか堪え、この厄介者を追い返すのを決めた。

 ……あ。

 留守番してる奴がいるの、忘れてた。なんて伝えよう。

 

 

 

 

 

 「ま、まだ……つかないのか……?」

 「もう少しよ。ここを上がればすぐ。全く、体力なさすぎでしょ」

 「は、博麗が体力ありすぎなんだよ……!」

 口答えするからもっと疲れるのに、なんて思うけれど、私は注意してやらない。精々疲れてしまえばいい。立ち止まったなら置いていくだけだ。

 実際一度休もうとしたこいつを置いていったから、本気だとわかるだろう。そして、そうなればどうなるのかも。

 博麗神社の前にある長い長い坂道を登り終えた私の目に映ったのは、キッチリと巫女服を着こなし、長い白髪を布で一つに纏めて背中に流す少女。

 ザッ、ザッ、と箒で神社の掃除をしていたが、私が帰ってきたのに気づいたのだろう。振り返って柔らかな笑みを浮かべた。

 「――お帰りなさい、霊夢。依頼は終わったの?」

 涼やかなトーンの声。そしてその笑顔は、私には浮かべられない程眩い。その美貌と相まって、美少女と女の私ですら認められるくらいだ。

 「ええ。余計なものまで拾ってきたけど」

 「余計な? よくわからないけど、お風呂とか、料理とか、色々用意できてるよ。して欲しいことがあったら言ってね」

 「ありがと、助かるわ」

 「今日一日、霊夢を助ける約束でしょ? お礼なんていらないから」

 ゆるゆると顔を振り、私に近づいて肩を揉んでくる。

 「うん、疲れが溜まってるみたい。早く休んだほうがいいよ」

 「そうさせてもらうわ、って言いたいところなんだけど」

 ジト、と私が通ってきた道を睨む。あの男はまだ来ないのか、と思ったところで、ヒィヒィ言いながらやっと追いついてきた。

 「も、もぅダメ……疲れ――」

 そんな弱音を吐こうとした瞬間、彼の息が止まった。

 「……?」

 不思議そうに小首を傾げるのを、彼は真っ赤になった顔でニヤけた笑みを浮かべながら近づいてきた。

 「あ、あの、お名前は?」

 どもりながら問われた言葉に、それを聞かれたのが自分だと気づかずゆるりと首を傾げ、

 「えっと、私のこと? 私はね」

 そう言って、『彼女』は告げる。

 「()()()()って名前だよ」

 どこからどう見ても美少女にしか見えない()()()()()()が笑う。

 スッカリ騙されたこいつは紫苑に近づこうと必死だ。

 ……女日照りなのだろうか。

 そんな失礼な思考を展開している間に紫苑と男の会話は続いていた。

 「あ、あの、オレ、霧夜って言います。紫苑さんと呼んでも?」

 「別に呼び捨てでもいいよ? 気にしないし」

 「ならオレも霧夜と」

 「うん、わかった」

 浮かれている男――霧夜とやらは、多分、というか確実に気づいていない。今霧夜に紫苑の正体を教えたらとても面白いコトになりそうだけれど、どうせ消える相手だ。

 最後くらい幻想(ユメ)を見させてあげるべきだろう。辛い現実を教える必要はない。

 同性愛を否定する気は無いけれど、紫苑をそれに巻き込みたくはないし。ちなみに私の本音は後者が大部分を占めていた。

 とはいえ今すぐ返すのも面倒くさい。私は疲れた。それはもう疲れたのだ。返すのは明日。私が決めたんだからそれは絶対。

 「汗流したらすぐに飯よ! 準備しといてね」

 「うん。ゆっくりお湯に浸かって、疲れを取ってきてね」

 ……自分で『こういうふうに振る舞え』と言ったけれど、違和感が凄まじい。

 チャポ、とお湯を手で掬う。思うのは先ほどの紫苑の演技。声の強弱、清楚とした振る舞い、他人にかける気遣い。

 「確か、大和撫子、だっけ」

 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、というフレーズ。それに当てはまるような行動をしている。

 よく紫苑は『やるのなら全力で』と言うが、まさか押し付けられたことにも全力とは。正直恐れいった。私にはできない。いろんな意味で。

 ていうか手渡された時に驚いてはいたけれどそこまで抵抗しなかった理由が気になる。一体彼に何があればあんな風に『わかった、これを着てそれっぽく振る舞えばいいんだな』と快諾できるようになるのか。

 頭が痛い、と自分で押し付けたことを棚に上げながら、私は風呂から出た。

 風呂から出て居間に戻ると、既に紫苑はちょうど料理を終え食器に米をよそっているところだった。

 「よかった、タイミングばっちりだったみたいだね。後はこれをよそい終えたらいただきますができるよ」

 「狙いすましたかのように……」

 「ふふっ、ご飯は温かいうちに食べたいでしょ? 頑張って調節したんだぁ」

 ふんわり笑う紫苑の前に、私は反論する気力を失う。元よりその気遣い、嬉しくないわけじゃないから。

 一方で霧夜はと言うと、私に『さっさと座れ』的な視線を向けてきていた。家主に対する態度かと思うけれど、こいつの心情を察するに紫苑の手料理をさっさと食べたいのだろう。わからなくもない、こんなに美味しそうなのだから。

 ご飯を食べるところは割愛させていただく。霧夜が紫苑の料理を手放しに褒める描写なんて思い出したくもない。あ、料理はとっても美味しかったと追記するのは忘れない。

 食べ終えたあと、自ら進んで食器を一つに纏めていた霧夜の『褒めて褒めて』という雰囲気を一蹴しつつ紫苑は自分の横に置いてあった黒い箱を私に手渡す。

 「何よ、これ」

 悪戯……という線はまずないだろう。紫苑はそんなことをするほど私に恨みとかないだろうし。魔理沙あたりなら別だろうけれど。

 「開けてみて?」

 なんだろう、紫苑がちょっとだけワクワクしてるような気がした。

 ……まあ、いい。開けなければ虎子は得られない。私はさり気なく心中で覚悟を決め、えいやと箱の蓋を開けた。

 開けた瞬間――特に何も起こらなかった。

 「……?」

 ついキョトン、としてしまった私に、紫苑は手で中を見てと指し示す。言われたとおり中を見ると、大量の札と針がギッシリ詰まっていた。

 「今日部屋を掃除してる時に、ね? そろそろ御札とか針とか、色々と足りなくなるんじゃないかなぁ、って思って。霊夢が帰ってくる前に作っておいたんだ」

 言って紫苑はこれが手本にした御札と、無駄にした紙と墨代と告げてお金を卓の上に置く。本当に律儀だ、かかった時間を考えればこちらがお金を出すべきだろうに。

 けれど紫苑はそんなのいらないと首を振る。

 「あんまり余裕無いんでしょ? 依頼が来ても報酬がいいとは限らないんだし、貯金できる内に貯金すればいいの。これは私からのプレゼントだよ」

 「……素直に、受け取らせてもらうわ。ありがと、紫苑」

 つい照れてぶっきらぼうな感謝の仕方になってしまう。こういう素直な好意に、私はとても弱かった。

 さてこの御札が使えるかどうかの確認だ。一枚一枚確認しなければ、とこれから行う作業に欝になっていると、紫苑が私の手に手を重ねてきた。

 「何するのよ?」

 「いいからいいから。ちょっとここに触ってみて」

 紫苑は私の手を引くと、右手と左手を箱の側面に置かせた。

 「そこで霊力を流し込む!」

 言われたとおりに力を入れる。霊力は箱の側面に刻み込まれた術式に力を注ぎ込み、そのまま水を入れるように霊力が入り込んだ御札と針が起動する。

 「ちょ!?」

 けれどその力が発動することはない。あくまで霊力がこめられた状態で維持し続けているだけ。やがて霊力の供給が途切れた御札と針が元の形に落ち着いた。

 「なんなのよ、これ……」

 驚く私に、紫苑がニコニコとしながら告げる。

 「一々御札を確認するのは面倒だよね? だから、沙璃亜に頼み込んで術式を一緒に考えてもらったんだ。その結果できたのが、これ」

 曰く、箱の側面から霊力を注入し、内部にあるモノを起動寸前の状態に持っていく。そうすることで中にあるモノが正常に起動するかどうかを確認できる。

 言ってしまえばそれだけだが、私としてはとてもありがたい道具だった。

 わからない人には例え話をしよう。百枚ほど目の前に紙がある。その一枚一枚にダメな部分がないか、逐一確認していく作業。

 さて、あなたはその作業を嫌だとは思わないか?

 ……誰に向かって例え話をしてるんだろう、私は。

 本当に、思う。これだけ気遣いができる人間がそういるのだろうかと。そういう演技をしているのかもしれないけれど、演技ができる時点で他者を思いやれるのだ。できない人間は演技上でもできないのだから。

 ポーっと紫苑を見ていると、

 「集めてくれてありがと。お皿を洗ってくるね? 霧夜はその間にお風呂入ってきて」

 「お、おう。こんぐらい当然だよ。じゃ、じゃあな」

 照れながら霧夜はささっと居間から出て行く。

 「風呂がある場所はすぐそこだから迷わないでよー! 変なとこ入ったらもぎ取るからね!」

 「何をもぐんだ!?」

 恐々としながら出て行く霧夜に紫苑は苦笑い。食器を持つと台所へ行ってしまった。

 さて、何をしようか。紫苑が御札と針を作ってくれたのでやることがなくなってしまった。ジャーと水の流れる音に耳を傾けながら、私はそっと眼を閉じた。

 「……。……むってば。ほら起きて、寝るならここじゃなくてちゃんと布団を敷いて?」

 気づけば肩を揺すられていた。寝ぼけ眼を擦りながら目を開けると、目尻を下げた紫苑が私を見ていた。

 「ああ、もう……頬に畳の跡がついてる。仕方ないなぁ」

 私の頬を撫でさすり、紫苑は困ったように笑う。

 撫でられる感触が嬉しかった私は、体を倒れ込ませる。紫苑の方に。驚く紫苑なんて気にせず胸元に顔を寄せた私の頭を持ち上げ、膝に落とす。

 外見上は女の紫苑だけれど、体つきはやっぱり男のそれみたい。鍛え上げたが故に膝枕をする太腿は固い方だ。でも嫌いじゃない。それに、いい匂いがする。

 鼻をこすりつける私の頭を撫でながら、紫苑は鼻歌を披露する。七色の声を持つそれは、ただの鼻歌であろうと私の気持ちを落ち着けるには十分過ぎた。

 数分経って霧夜が戻ってきた。服装は簡素なTシャツとズボン。どうせ後は寝るだけなのだからこれでいいだろう。というか普通の服装なんて持ってないのだから仕方ない。

 当の霧夜はその格好に不満はないようだ。これが寝巻きだと理解しているかららしい。ただ、紫苑にこの格好を見られるのは相応の羞恥心があるようだ。

 が、私の体勢を見た瞬間その羞恥心は吹き飛び、どこか羨ましそうに私を見る。微妙な雰囲気が流れるけれど、私は黙殺した。

 その空気を察したのか、紫苑は一度部屋を出て行く。

 「なあ、博麗。どうしてこんな質素なもんしかないんだよ」

 「仕方ないでしょ。ここに男が出入りすることなんてほとんどないんだから。あんたみたいな奴も珍しいし、さっさと帰すことがザラだから用意する必要なんてないの。あるだけマシと思いなさいな」

 「なるほど……って、ちょっと待て。それじゃオレがここに泊まる必要性は?」

 「無いわね」

 「おい!?」

 「冗談よ」

 苦虫を噛み潰したかのように見てくる霧夜。こいつ、気づいてないのだろうか?

 「私があんたをここに連れてきた時点で時刻は五時を過ぎていたのよ。いくら今が夏に近いとは言っても、あんたが戻る場所次第じゃすぐに日が暮れるわ。その場所が森とか山奥だったとして、日が明けるまで耐えられるの?」

 「ぐっ」

 一応これでも考えてあげてはいるのだ。それに従わないでギャーギャー喚くだけの人間なんて知らないけれど、こいつは文句は言いつつ従ってくれるのだし。

 「霧夜、霊夢はぶっきらぼうで愛想なんて無いけど、とっても優しいんだよ?」

 「一言余計よ」

 楽しそうに笑いながら戻ってきた紫苑は、その手に一式の布団を抱えていた。埃が舞っちゃうけど許してね、と事前に告げながら布団を敷いた。

 「すみません、わざわざオレのために」

 「気にしないで? この程度で謝罪されるような事でもないし」

 「では、ありがとうと」

 「感謝なら、素直に受け取らせてもらうね」

 うーん、なんだろうこの感覚。シオンという男性じゃなくて紫苑という女性にしか見えなくなってきちゃった。

 それ程までに違和感が無い。何度でも言おう、違和感がどこにも見つけられない。こいつ本当に男なのか。女なんじゃないの。

 「そろそろ日が暮れちゃうし、私も早くお風呂に入ってくるね。二人共、喧嘩しないで仲良くやってね?」

 言うと紫苑はさっさと部屋から出て行ってしまう。実際もう夕日になっている。日が沈むのは時間の問題だろう。

 日の光りが無くなったら寝る、そう告げようと霧夜の方を見ると、内心ゲッ、と思ってしまう。

 ――ヤバい、こいつ多分覗く気だ。

 それぐらい顔がわかりやすく欲情してる。なるほど女性にモテなさそうなわけだ。

 「霧夜、一つ――いえ、二つ程言っておくわ」

 「なんだ、博麗」

 「一つは日が暮れたらさっさと寝ること。電気はあるけど電気代が勿体ないからね。理由もなく起きてる意味がないのよ」

 「わかった、キツいがなんとか寝れるようにするよ」

 「それと、二つ目なんだけど」

 単に相槌を打ってるだけのこいつを揺さぶる言葉を、私は言う。

 「覗きすると、死ぬわよ?」

 「な――」

 絶句。まさしくそうとしか言い様がないほどバカみたいに口を開けている。

 「な、なんのことだよ!?」

 「あんたのバカ面見てればイヤでもわかるから。誤魔化さなくてもいいわよ」

 「く、くそぉ……」

 ギリギリと歯を噛み締めている霧夜。なんとなく思っていることを想像するに、多分、このことを紫苑に告げられないかとでも思っているのだろう。

 「言っておくけど、紫苑は私より強いわよ?」

 「……は? それ、冗談……だよな?」

 「単なる事実。そうねぇ、もし見に行ったら、あんたの頭蓋骨が粉砕する、と言えばわかりやすいかしら」

 ありえないと言いたげだけれど、私は本当のことしか言ってない。それくらい紫苑の身体能力はぶっ壊れているのだから。

 気とか魔力とか霊力だとかで身体能力を強化している訳でもないのに。

 「とにかく、死にたくないのなら覗きとか夜這いはしないことね。命が惜しくないんだったら行ってもいいけど。私は止めないから」

 私だって死にたくない。まぁ、そもそも霧夜の場合覗きや夜這いをしに行っても見れるというか知れるのは紫苑が男だという現実だけなんだけどね。

 うーうー唸ってる霧夜を放って、私は自分の部屋へ戻るために立ち上がる。

 「水とかなら勝手に飲んでもいいわよ。冷蔵庫の中に入ってるものはダメだけど。なるべく外を出歩かないように。じゃね」

 ひらひらと手を振って、私は襖を開けた。

 ハァ、と溜め息を吐いて私は窓の外を視る。綺麗な満月なのに私の心は浮かばれない。理由はきっと、わかってるからなのだろう。

 ――紫苑は……気づいてないわけ、ないか。

 こうやって無理矢理貸しを清算させて無茶を聞かせているけれど、それでも紫苑の眼の奥に燻った火種は消えない。むしろ平穏な日々を甘受するたびに、それを受け入れまいと炎を燃え上がらせている気がする。

 だからこそ、不安になる。

 ()()()()()()()()()()()、ある意味藍よりも知っているが故に、恐ろしく思う。

 日々を過ごし、目的を騙して濾過した感情の先に、紫苑は耐えられるのか。紫苑の願いはあくまで復讐で、ここで燻っている謂れなど無いのだから。

 あるいは――

 「霊夢、いる?」

 トントン、と律儀に襖を叩く音に、私は心臓が飛び跳ねる思いだった。それでも紫苑に不信感を抱かれないよう、数度息を吸っては吐き出し、息を整え返事をする。

 「いるわよ。こんな時間……って訳でもないけれど、何か用?」

 「あ、うん、ちょっと明日の予定が気になって。明日、彼――霧夜を外に帰すんだよね? だったらお弁当とか持たせてあげたいから、時間を貰えないかなぁって思ったの」

 なるほど、と思う。

 私の言いつけ通りに『世話焼きで気遣いができるとっても優しい巫女さんになりなさい』なんてのを守るからこそのセリフか。あるいは本心かもしれないが、まぁ、いい。

 「わかったわ。その程度の余裕はあるでしょう」

 「よかったぁ。流石になんにも持たせないで外に送り返すのも無責任だし。好みが分かれるかもしれないから沢山おかず用意しなきゃ」

 ムン、とガッツポーズを取る紫苑。今更気にしないが、なんかこう、心にクるものがあるのはなんでだろう。

 じゃあ、と紫苑が背を向けて襖に手をかける。そのまま自分の寝る部屋に戻るんだろうと視線を窓の外に向けた瞬間、

 「――大丈夫だ。どんな結末でも、俺は幻想郷を壊さない」

 ハッと紫苑を見やれば、もう既にその背を見ることは叶わなかった。

 「ったく」

 本当に、紫苑はわかっていない。

 「だから尚更心配になるんでしょうに……!」

 不貞腐れた私は、その日、訳のわからない苛立ちを抱えながら寝るハメになった。

 ――朝。

 私は昨夜の苛立ちを抱えたまま起きるハメになった。目覚めは当然最悪。顔を洗いに来たらしい霧夜なんて私の顔を見た第一声が『っげ!?』だったんだから失礼しちゃうわ。それくらい酷かったんだろうけど。

 そして私をこんな状態にしてくれた当の張本人は、というと――

 「待っててね霧夜。あなたの大好きなおかずを色々詰め込んであるから、楽しみにしてて」

 「は、はい! 本当に何から何までお世話になってしまって」

 「ふふっ、感謝なら霊夢に、ね? なんだかんだ連れてきたのはあの子なんだし。あ、おかずの中に嫌いなものがあったら、なるだけ捨てずに誰かにあげて。味は保証するから」

 「いえ、紫苑の作ったものなら嫌いなものでも全部食べてみせます」

 「ありがとう! やっぱり食べ物は粗末にしちゃいけないもんね」

 昨夜のことなど何も無かったと言わんばかりの態度。その方がいいのは理解している。変に気にしても日常生活で支障を来すだけなのだから。

 にしても、紫苑はいつまであの格好を続けるのだろう。朝食を食べながら回転の鈍い頭で思考を続ける。

 他の事――霧夜が外に出てもなんとかするための装備――に気を取られていたため、私は終ぞ気づくことがなかった。

 霧夜を外に出し、石段の真ん中中央に立たせる。緊張で強ばった霧夜だが、その視線の先にあるのは私ではなく、紫苑。だが当の紫苑は向けられたそれに気づいているのかいないのか、

 「あ、私ちょっと着替えてくるね。先に始めててもいいよ?」

 なんて言葉を吐き出した。

 それを聞いた霧夜は私に『わかってるよな? 始めるなんて言わないよな?』と血走った眼を向けてきた。溜め息を吐きながら私は了承。

 ――あれ、でも、なんで紫苑は着替えを……?

 そこで、ふと思い出す。

 私が紫苑に出したオーダーは、正確には『これを着て()()()、世話焼きで気遣いができるとっても優しい巫女さんになりなさい』というものだったはず。

 そしてその指示を出したのはちょうど、太陽が真上に出るくらいの時刻のは、ず――。

 「……あ」

 「どうしたんだ博麗。何か忘れたことでもあったのか?」

 ある意味、ね。

 「ねぇ霧夜、悪いことは言わないから、さっさと外に出ましょ?」

 「いきなりなんだよ。悪いけど、オレは決めたんだ。例え断られるとしても、彼女にオレの想いを告げるんだって」

 「だから、それをやめなさいって言ってるの。いい、これはあんたのためなの。幻想を見られる内が華なのよ」

 「なんだ博麗、ああだこうだ言いつつオレの事が気になってたのか? でもオレにはもう心に決めた人が――」

 せめてもの幻想を見せてあげようと思ったけど……やっぱやめた。なんか自己陶酔に浸ってるバカに付ける薬はない。こんな奴のために気遣ったのがアホみたい。

 そうこうしている内に紫苑の気配を感じる。

 あーあ、なんて思いながら空を見上げた私の背中から声が聞こえてくる。

 「なんだ、まだ始めてなかったのか」

 「あ、紫苑、オレ、あなたのことがす――」

 ピシリ、と動きを止める霧夜。その顔に汗ではないものがダラダラと流れ落ちる。

 「ん、どうした霧夜。そんなありえないようなモノを見るような顔は」

 多分、紫苑はいつもの格好をしているのだろう。いつも通りの声、いつも通りの眼差し。だけどそれが告げるのは、わかりやすく、霧夜にとってとても残酷な真実。

 紫苑が――好いた人が、実は女ではなく男だということを。

 「あ、あ、う……」

 「う? だ、大丈夫か。意識をしっかり保て、息が荒いぞ」

 ああ、やめたほうがいいわよ紫苑。そんな、『紫苑』の面影を垣間見せるような発言をしたら、現実逃避ができなく、

 「嘘だあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!??」

 あ、もう手遅れだったみたい。

 一瞬で真っ白な灰になった霧夜はガックリと崩れ落ちると、その口から真っ白なものを吐き出して――って、あれ魂じゃないの。確か一度だけ見た記憶がある。

 「まぁ、いいか」

 言うことを聞かなかったのはこいつだ。多少危険だけれど、もうちゃっちゃと送り返すに限る。私は連日厄介事ばかりで疲れた。いい加減気を抜かせて欲しい。

 霧夜の姿が消えると、辺りに静寂が戻る。

 紫苑の役目も終わりだ。元々私の留守を任せていただけなのだし、ここに留まる理由はない。紫のところへ戻ってまた仕事でもしてくるのだろう。

 「ああ、そうだ霊夢」

 「ん、なによ」

 「ちょっとした気分転換にはなった。だから、ありがとな」

 紫苑の眼には、まだ憎悪が残っていたけれど……。

 「どういたしまして。また頼みごとがあるかもしれないから、そのときはまた頼むわ」

 少しだけ、マシな顔にはなっていたと思う。

 ……多分だけどねっ。




小話第2弾。今回は試金石的に一人称で書いてみました、おかしなところがあったら指摘してくれると改善できるのでお願いします。

それと今回終わったら次行くと言いましたが、もう一つ小話を思いついたのでそれが終わってからということで、次回も一人称予定。

(´・ω・)<……これなら前回も一人称にすればとか思ったり思わなかったり

ただ次回のは完全に突発的思いつきなので短くなるかもとだけ。

ではノシノシ
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