東方狂界歴   作:シルヴィ

91 / 97
小話3.恋は咲くか、枯れるか

 葉が紅を身に纏い、最後の命を咲かせる頃の事だ。

 私は日を遮るための傘を肩に乗せ、憂いを見せながら、手元にある小さな物を見ていた。それは私の大切な人が大事にしている物。いつか返そう返そうと思い、けれど今の今まで返せてはいない物だ。

 「どうしよう、この指輪……」

 炎で焼け焦げ、衝撃で歪み、それでも持ち続けた物品。込められた想いはきっと、私に想像できない程だろう。

 だから、怖い。彼に返したとき、一体どんな表情を浮かべるのか。それを知るのが、怖い。

 でも私は知ってる。時々浮かべる悲しげな顔を。それは多分、私がいつまで経っても返さないこの指輪を思ってのことだ。

 今更返しても、彼は私を責めず、むしろ感謝してくれるだろう。それくらいのことはわかる。でもそれで返せるかと問われると、頷けない。私はそう単純ではないのだ。

 ハァ、とため息が漏れる。どうしたのかとおばさんに聞かれたけれど、苦笑しながらなんでもないと返した。

 自分で言うのもなんだけど、私はこの里で比較的人気な方だ。吸血鬼ではあれど一度も里の人から吸血行為をしたことはないし、逆に妖怪の暴威から彼らを守ったことだってある。冗談だろうけど、一度息子の嫁に来ないかと言われたことだって。もちろん好きな人がいるからと断ったのだけれど。

 まぁ、この容姿のお陰っていうのもあるんだけど、当の本人がこの容姿に惑わされてくれないので、あんまり意味がなかったり。本命はいつだって手に入らないのだ。

 ふと目に付いた傷がつけられた壁を見つめる。

 (あれ、なんだろう、何か違和感が……)

 数秒見続けて、ふと気づく。

 (……私の身長、伸びてる?)

 そう、数ヶ月前に見た時と違って、視線が上がってるのだ。成長した、と考えるのは容易い。でもわからないのは、『何故私が成長するのか』ということ。

 基本的に吸血鬼の成長は遅い。お姉様だって数百年もの間生きているのに容姿は人間でいう子供のままだ。だから、少なくとも私が成長するのはお姉様の後になるのは当然のことで。

 そこまで考えて、私にはわからないと諦める。私は自他共に優秀だと言える存在ではあるけど、それはあくまで秀才の領域。天才という名のバケモノには遠く及ばない。

 壁から目を離し、私は歩き出す。

 「今日、紫苑はいるかなぁ」

 愛しい人の姿を思い浮かべて、私は笑った。

 ここ最近、私は紫苑に会えていない。前にその姿を見たのは一週間以上も前。それだって話ができた訳じゃない。

 本当は数ヶ月くらい前のお祭りにだって一緒に行きたかった。でも紫苑は『八雲』で、そして八雲はお祭りの運営にも関わっていた。屋台の場所決めや、喧嘩の仲裁。お祭りに参加せず静かに過ごしたい人の事だって考えなきゃいけない。毎年このお祭りを運営するのは中々に大変で、紫苑も当日は当然のこと、準備段階から各所を駆けずり回っていた。

 そんな彼を誘うなんて……できなかった。

 代わりに、お姉様を始め、里の人達――どうしてだか(見た目上で)同年代の男の子が多かったけど――から誘われたけど、全部断った。

 だって、初めてのお祭りは彼と一緒にって、決めてたから。

 だから、寂しくはあったけど、お祭りには行かないって決めたんだ。

 でも、紫苑はちょっとでいいから来て欲しいって言ってくれたの。どうしてだかはわからなかったけど、それでも見に行った。すぐに帰るつもりで。

 それが正解だったのは、里について少し遠くからお祭りを見ていたときのこと。

 いきなり手を掴まれて、私は引っ張られながら歩くことになった。

 誰、と驚く私に、紫苑はからかうようにいいからついてきて、と言った。

 そしてしばらく歩いて辿りついたとき――夜空に花が舞った。

 そこは本当に誰も気づかない穴場のスポットだと、紫苑は言う。運営に関わったのだから、せめてこれくらいの役得は欲しいと。そのためだけにさり気なく各所に配置する場所を誘導したと。

 「どうして私を誘ってくれたの?」

 そんな私に、紫苑は切なげに言った。

 「フランと一緒に見たかったから」

 ……今でも思い出すと赤面してしまう。

 この後紫苑はすぐに行ってしまった。多分、本当にギリギリだったのだろう。私のために――私のためだけに、彼は時間を作ってくれた。それだけで本当に嬉しかった。

 今思うと、私は紫苑から貰うばかりで、何も返せていないのかな。そう思うと、嬉しかった気分がちょっとだけ悲しくなってしまう。

 「もっと……もっと、話したい。会いたいな、紫苑」

 だけど、それを里の人に行っても理解してくれない。むしろ、どうしてあんな奴と、と眉をしかめて言ってくる。

 理由は、わかってる。紫苑はここに来たとき、紫と藍の二人を本気で殺しにかかった。その過程で里の人達を巻き込んだ。

 幸い死傷者は出なかったけど、その時の恐怖が薄まる理由にはならない。八雲になって、紫苑の努力が実を結び認めてくれる人もいたけど、大多数は未だに紫苑を認めていない。むしろ出ていってほしいと厄介者扱いだ。

 たまにあんな奴より自分と一緒にいた方がいいなんて言い出す人もいるけれど、そんな事を言う人をこそ願い下げだ。

 そう。彼の魅力は自分が理解していればいい。他の人なんて知らない。私は彼が好き。そう自分で決めて、だからこそ揺がらない。他の人の悪口で、彼を疑うなんてしたくない。それが、恋することなんだって、思うから。

 それに、紫苑の魅力を知ってる人だっている。

 それは、子供達だ。

 大体十二歳くらいの子が、紫苑を庇ってくれる。たまに悪いことを言う子もいるけれど、それは本心ではなく照れ屋さんだからだ。

 接すればわかるんだって、子供達は叫んでくれる。そこらの人より紫苑はいい人なんだと。

 そしてそう言ってくれる子達と信頼を――絆を育む場を与えてくれたのが。

 今私が目指す、この里唯一の教育の場、寺子屋だ。

 八雲になって仕事が一気に増えた紫苑だけれど、『金を持たない自分を案じて誘ってくれたのは彼女だけだから』と、今でも寺子屋で教師役を引き受けている。

 受け持つのは国語と、算数と、理科。社会というか、歴史だけは慧音さんが絶対に譲らなかったと苦笑していた。他の教科は慧音さんが受け持っているらしい。

 国語は昔の有名なお話だけじゃなくって、敢えて変な表現を入れたものも混ぜたりする、と紫苑は言う。

 「()()()()ことに興味を持つお年頃だからな。まずは話を聞かせる事からってね」

 なんて若干黒く笑っていた。

 逆に算数は100マス計算で基本的な計算処理速度と、集中力の向上を図ったり、その中でも上位四人にはトランプを使って決められた三桁の計算をさせたりする。

 例えば最初に二が出たら二を始まりにして、次に十一が出たら十三。次々に足して言って、先に合計数字が大体三百前後になった人の勝ち。勝った人にはアイスとかのお菓子を進呈。

 「やっぱり欲しいモノがあるとやる気が出るよねー?」

 ちなみに数回勝ったらお菓子じゃなくて制限はあるけど好きなことをしてあげるようにした、と言っていた。

 勝つために100マス計算をやりこんだり、トランプを紫苑から借りて友達と競い合ったりしている子がいる、と嬉しそうに言っていたのが懐かしい。

 そんな風に色々な方法で子供達を指導する紫苑は、好かれていた。頭から言うのではなく、寄り添って、目線を合わせて、出来る子は褒めて、出来ない子は傍にいて、少しずつ教えて。

 子供は正直だ。嫌な人は嫌だと言うし、逆に好きな人には好きだという。

 その子供から好かれる紫苑は、やっぱり凄いんだと実感できる。

 紫苑がいつ授業を受け持っているのかはわからない。でももし、今日紫苑が寺子屋にいれば、久しぶりに話せる――そう思っていたら。

 「あれ?」

 慧音さんと話している人物の後ろ姿。アレは確か、あの時世話になったはずの、

 「八意、永琳?」

 紫苑が師と仰ぐ人物。私も彼女のことは素直に凄いと感服する程の知識と、それを扱いこなすだけの知恵を持った人。

 ここからだと話し声は聞こえない。盗み聞きをするつもりもないし、足音を立てず素直に近づいた。

 「――そう、なら少なくとも紫苑は子供達に好かれ――あら?」

 「む、フランドールか。紫苑に会いに来たのか? 生憎今日紫苑はいないが」

 先に私に気づいた永琳に触発されて慧音さんが答える。

 っていうか、私が何か言う前に答えるって……そんなにわかりやすいのかな、私。

 ――単に里で噂になるくらい私の好きな人が誰か広まってただけだと気づいて悶絶することになるのはずっと後の話。

 少なくともこの時点ではわかっていなかったけど、その回答はありがたかった。

 「そうなの? あーぁ、今日も紫苑には会えないのかぁ……」

 思わず溜め息を吐く私に、慧音さんは不思議そうに答える。

 「いや、そもそも紫苑は紅魔館に行ってるんだが……すれ違ったようだな」

 「つまり私は里に来なかったらもう会えてたの!?」

 ガーン、とショックを受けてしまう。会おうと思ったらこれだ。『ぶつよくせんさー』なる言葉はこれにも効くのか。

 ガックリと項垂れる私だけど、一つだけ確認しておかなければならない。

 「紫苑が紅魔館に行ったのっていつのこと?」

 「わからん。私が聞いたのは今日行くということだけだ。最近の彼は忙しいから、今急いで戻っても白夜で移動している可能性が」

 そこまで聞いて膝をついた私は悪くない。うん、ワルクナイ。

 と、横で傍観していた永琳が懐か何かを取り出した。

 「仕方ないわね――紫苑、今大丈夫?」

 霊力を通した光り輝く札に声をかける永琳。何をするのかと訝しんだ次の瞬間、

 『っと、大丈夫だ。すまない美鈴、ちょっと休憩に入らせてくれ』

 『構いませんよ。紫苑と体術を競うのは楽しいので、すぐに時間が過ぎてしまいますし。今体力を回復させるのは賢明です』

 『ああ、ありがとう。それで、要件は何だ師匠。今日は珍しく何の用事もないから、したいことを消化するつもりなんだけど』

 「邪魔したみたいね。でも一つ聞きたいの。紫苑はいつまで紅魔館にいるつもり?」

 『……。後一時間くらい美鈴とやり合ったらパチュリーに魔理沙と一緒に術式の研究。多分陽が沈む一時間前までだ』

 「つまり、後数時間は確実に居ると?」

 『火急の用事が入らなければ』

 「そう。なら、火急の用事とやらが入ったら私に言いなさい。代わりにやるから。だから、紫苑は絶対に紅魔館にいなさい」

 『は? いやでもそれは』

 「いいから、いなさい。師匠命令よ」

 『……了、解した。その時は頼む』

 ふっ、と札から光りが消える。ポカンと口を開く私に、永琳が言う。

 「時間は確保してあげたわ。これでまた入れ違いになる可能性はまずないでしょう」

 代わりに、と永琳は言う。

 「あなたの時間を少し、私にくれない?」

 私に拒否権は、無かった。

 その後慧音さんに別れを告げた私と永琳は、黙々と里を歩く。たまに家に寄らないかと声をかけられたりするけれど、用事があるからと断って。

 向かう方向は紅魔館だからいいけど、私としてはさっさと戻りたい。ヤキモキしている私に、唐突に永琳が顔を向ける。

 「ねぇフラン。あなたは今でも、紫苑のことが好き?」

 「え?」

 一体なんなのだろう。でも、冗談にしては余りに真剣すぎる。誤魔化すことを許さない、そんな瞳。

 どこか必死さを滲ませていた。だから、素直に言葉がこぼれる。

 「……うん、好きだよ。私は恋してるって、はっきり言えるくらいに」

 ジッと私を見つめる永琳に、私は視線を逸らさず見つめ返す。数秒して、永琳が先に眼を逸らした。

 「本当、みたいね。これがいいのか悪いのか。アリスは喜んでくれそうだけど、私は素直に喜べない」

 漏らした言葉は聞き捨てならないこと。

 「私が紫苑を好きになったのがいけないことなの?」

 「あなたが、ではないの。()()()、紫苑を好きになるのを恐れてるだけよ」

 あやふやで抽象的な表現は、理解できないもの。思わず顔を歪ませる私に、永琳は苦い笑みを浮かべてきた。

 「人によるだろうけど、きっと後悔するだろう恋だから……。紫苑もそれを気にする。お互いが幸せにはなれないだろう恋をするのは、辛いものよ」

 「それを決めるのは、あなたじゃない」

 「確かにそうね。でもね、フラン。あなたは自分が傷つくのは耐えられても、紫苑が傷つくのは耐えられる?」

 「それは――その質問は、卑怯すぎるよ」

 「ごめんなさい。だけどこうでも言わないと、あなたは紫苑の心的外傷(トラウマ)に気づかず告白(アタック)しそうだったから」

 永琳が言っているのは私でも知ってることを再確認させるように教えているだけだ。

 「あくまで教えてくれないんだね」

 「私は推測しているだけで紫苑から直接教えてもらっていないもの。それに、他人の事情をベラベラ喋るのは好きじゃないの」

 だから、教えられない。そう言う永琳は大人として、子供の私を導いているだけだ。年齢的には長く生きていても、心が未熟な私を。

 思わず黙り込んでしまう私に、永琳は願うようにポツリと呟く。

 「あなたの持つそれが恋とするのなら。それがいつか無償の愛になるのを、期待してるわ」

 「無償の、愛? ……それで何が変わるの?」

 「変わるわけじゃない。むしろ、あなたからすれば自ら不幸に身を投げ出すようなことよ。それでも、知りたい?」

 「知りたい。お姉様からも言われたから。『判断材料は多ければ多いほどいいわ。知らないだけで不利になってしまうから』って」

 「そう。あまり話したことはないけれど、あなたのお姉様は賢いようね」

 「へへへ……そうでしょそうでしょ!」

 身内を褒められて、つい嬉しくなってしまう私は単純なのだろう。永琳は好ましいと笑っていたけれど。

 「恋は、燃え上がるもの。相手を好きになって、だから自分のことも好きになって欲しい。会いたい、話をしたい、共に時を過ごしていたい。一概には言えないけれど、共通するのは相手を求め自分を求めてもらうこと」

 それは……わかる。今の私がそんな状況だから。

 でも、それと愛に一体何の違いがあるの?

 「愛は、与えるもの。見返りを求めるのはまた違う。それは打算的なものよ。自分が愛しているのだから相手も愛を返してくれるなんて、おこがましいにも程がある。愛は、見返りを――愛を返してもらうのを求めてはならない。ただひたすらに注ぐもの」

 「それは――……」

 辛い、のではないだろうか。相手を愛しても、相手は自分を愛してくれるとは限らないのに。それでも愛し続ける。それはいつか苦痛になる。あるいは憎悪にさえ成り代わる。

 そんなことができるのは、聖人か、聖女くらいのものだろう。

 ……もしかして。

 永琳は、それを見越していっているの?

 私が紫苑に恋をして。それがいつか愛へと変わったとき。

 それでも紫苑が私に恋をせず、愛してくれないと理解したとき。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――

 殺し合うのは、避けられない。

 見返りを求めてはならないなんて。抱きしめてもらうのを欲してはいけないなんて。それを想像しただけでも泣きたくなるのに。

 ――私は、紫苑を好きになったことを後悔しない。

 ――でも、それで紫苑を殺してしまったら、私は一体どうなるの?

 恋が愛になって、そして憎しみに変わるだなんて、想像したくない。

 イヤだ。

 そんなの絶対に、イヤッ!!

 紫苑が受け入れてくれず、私がそれに耐えられなくなったのなら。

 私が紫苑を殺すのではなくて、紫苑が私を殺してもらったほうが、いっそ。

 でも、それは押し付けだ。そんなの愛じゃない。だから、そうなったら。

 私は私を、殺そう。

 そう決めて顔を上げた瞬間、永琳が私の頭に手を置いた。

 「――ごめんなさい」

 辛そうに、苦しそうに。永琳が私に謝罪する。

 「本当は、紫苑の師匠である私がなんとかしなきゃいけないのに、あなたに押し付けなければならない。それがとても、不甲斐ない」

 「だけど、永琳は将来のことを考えてるんでしょ? だったらそれは、謝るのとは違うよ」

 「……そう思ってるのなら、違うわ」

 否定する。永琳は空を見上げて、驚くべきことを口にした。

 「私はね――()()()()()()()()

 それは、賢人である永琳とは正反対に位置する立ち位置。

 「賢者とまで呼ばれた私はなんでもできる。なんでも知ってる。この先何があるのかという事から――そこで自分ができることを。だから私は、できないことをしようとは思わない」

 「それは、でも……失敗するのがわかってるのなら、仕方ないんじゃ?」

 「そうでしょう。だけど、愚者は違う。愚か者は――バカは、わからないから進むしかない。それは時に、賢者(わたし)でさえ想像しえなかったことすらやってのけてしまう」

 例えばそれは、鳥籠(ここ)から出たいと願ったお姫様(かぐや)のように。

 前へ前へと望んだ誰かは、賢者が得られなかった未来を掴み取ることさえできる。

 永琳は、続けた。

 「だから賢者は押し付ける。あなたには愚直に、紫苑を愛してほしいと。愚者になってほしいと押し付けている」

 だから、謝るの。私はあなたに一生を棒に触れと言っているようなものだから。永琳は私に向かってそう言った。

 「愚者という表現が嫌なら。ただ紫苑だけを愛し続ける聖女になってほしいの。大多数に向けるそれを、たった一人の人間だけに」

 「たった一人に……愛を注ぐ」

 「だけどね。あなたがそれを捨てたいのなら。燃え上がった恋が燃え尽きて、愛にならずに消えるのなら。私はそれを責めるつもりはない。あなたの人生だから、あなたに決めて欲しい。私はただ、あなた達の未来に幸あれと願うだけなのだから」

 「……」

 「フランドール・スカーレット。『その時』が来るまで、私はあなたを支えましょう。その恋が成就するように。本当のハッピーエンドを掴むために。賢者(わたし)の知恵を、あなたのために、ひいては紫苑のために、授けましょう」

 私を呼んだ賢者は、手を差し伸べた。

 これを掴むか否かで、私のこれからは大きく変わる。ここは一つの分岐点。悩むべきなのかもしれない。でも。

 ――永琳は私に、進めといった。

 愚直に、ひたすらまっすぐに。

 知りたいことを教えてくれるアドバイザー? それは一体どれだけ心強いのか。

 なら、悩む必要はない。

 私はこの手を掴んで、望む未来を手に取ればいい。

 紫苑と二人笑い合える、そんな最良の未来を――。

 

 

 

 

 

 紫苑と美鈴が拳を交える姿を、遠くから見守る。

 私の手には二つのタオルと飲み物。汗をかく二人のために用意したものだ。最初は紫苑だけしか用意してなかったけど、それは何か違うと思って二人分。

 やがて二人の競い合いは終わり、礼。それを見て駆け寄った私はタオルを頭に投げ、飲み物を差し出した。

 「はい、二人共お疲れ様」

 「ありがとうございますお嬢様」

 「ありがと、フラン」

 「どーいたしまして!」

 ふぅと一息吐く紫苑を見ていると、

 「それでは紫苑、私はこれで失礼させてもらいますね」

 「ああ、付き合ってくれてありがと」

 「いえいえ。私も拳を交えられるのは嬉しいことなので。ではお嬢様。――頑張ってください」

 「!?」

 最後に私に小さく声をかけて、美鈴は足早に去っていく。その横顔に、ニマニマとした笑みを貼り付けて。

 ――絶対からかってる、あの笑顔は!

 でも気を遣ってもらって感謝しているのは事実。この際これを借りだとは思わないことにした。あくまで偶然だ、これは。

 それにグズグズしてると紫苑がパチュリーのところに行ってしまう。それだけは絶対に避けなきゃいけないことだ。

 「ねえ、紫苑。ちょっと湖まで出かけない?」

 この時期にもなると、湖にまで出かけるのは厳しい。水自体が冷たくなってるせいか、吹き込む風が寒いのだ。まぁ、私は吸血鬼だし、紫苑も特に問題無いからいいんだけどね。

 最悪『レーヴァテイン』の炎でも使えばいいんだし。神剣なのに扱い雑だけど。

 何も言わず紫苑は私についてきてくれる。道中何も話さないのに、それに苛立った様子はない。横顔を見れば、それくらいはわかる。

 サクサクと土を踏みしめる。中には葉が落ちてむき出しの枝を晒す木もあった。半年前に紫苑が来た時は、もっと青々と茂ってたのにな。

 不思議だ。五百年も生きてるのに。この半年は、あっという間に過ぎ去った。

 思い出さないから忘れていたけど、『ナニカ』の声ももう聞こえない。アレは私が生み出した仮想の人格なのか。それとも、また別の現象だったのか。

 ここは幻想郷だし、理屈で解明できないことも多いけれど、ふと気になった。

 だから、聞いてしまった。変な目で見られるかもと思ったけど、知って欲しくもあったから。

 「ああ、気になってはいたけど、そういうことだったのか」

 「……え?」

 帰ってきた答えは予想外にも納得だった。不思議そうでもなく、変な目を向けられるでもなく、ただただ理解したという表情。

 「俺が他者の魂を見れるのは知ってるだろ? 自覚してからはずっと不思議だった。他の人だけはちゃんとした形をしてるのに」

 ――フランの魂だけは、ツギハギだらけだったから。

 ドキリ、と私の心臓が鳴った。

 一体、なんで……?

 やましいことなんて無いはずなのに、まるで図星を突かれたかのような。聞いてしまってもいいのかという葛藤。

 だけど、紫苑は滔々と言葉を漏らす。

 「まるで足りないものを補うようにかき集められた魂。多分、フランが自分の能力を十全に扱いきれないのはそのせいなんだろうね」

 「扱いこなす資格が満たされてない……ってこと?」

 「正確には、剥ぎ取られた感じがするけどね。どうしてそうなったのか。その原因は多分、一つだけ。貴女の前世――貴女になる前の人が、『自分で魂を破壊した』からだと思う」

 私の能力は基本、物質にしか作用しない。でも自分に使うだけなら、魂という目に見えないものを破壊することさえ可能かもしれない。

 なんで前世の私とやらがそうしたのか、なんて――思いつく可能性はそう多くない。

 「絶望した、からじゃない? 壊し尽すだけの人間が好かれるなんて、そう無いんだし」

 紫苑だってそうだった。壊すだけの人間で、自分を好いた人は同類か、それを除けば一人のみ。その一人だって、なんでそうなったのかわからないくらいなのに。

 「でも、だったらなんで私に声を……そもそも、輪廻ってものがあるなら前世の私が消えちゃってもおかしくないよね」

 「さて、そこらへんのことは俺にはわからない。神様に成れはするけどやれることなんて少ないし。破壊されてボロボロになった魂だから例外扱いだったのか。あるいは、フランが自分と同じ状況になるのに耐えられなかったのか」

 俺にはわからないことだらけだ、と言って、紫苑は黙り込む。

 紫苑の言が正しいのなら、『ナニカ』が私に話しかけなくなったのは、私がもう絶望していないからなのだろうか。

 わからない。私にだって正解は見えない。

 でも、一つだけ言えることがある。

 それは、私が今ここにまともでいられるのは、『ナニカ』が話し続けてくれたからってこと。

 だから私だけは覚え続けないといけない。微かに残る、誰からも拒絶され続けた少女のこと。それでも私のことを助けてくれた、優しい彼女のことを。

 「……さ、湖まで後もうちょっとだよ、紫苑!」

 しんみりとした空気を吹き飛ばすために、私は大きな声でそう言った。

 やっぱりというべきか、湖周辺は物凄い寒い。予想以上だ。それならそれで仕方ない、人気が無い場所って珍しいんだし。

 スーハーと数度深呼吸。ちょっとだけ緊張するのは仕方ない。

 バッと振り返って紫苑の顔を見る。そしてここに来るまでずっと手に握り締めていたモノを、グイッと紫苑の胸元に押し付けた。

 「紫苑、これ!」

 目を閉じる私に紫苑の反応は見えない。それでも手を差し出されたのは感覚でわかる。手を開いて握っていたものを投下、紫苑の手に収まった。

 「これ……もしかして」

 一瞬息を呑んだ紫苑の驚きが伝わる。

 怖い。紫苑の反応を知るのが怖い。でも知らなきゃいけない。だから、恐る恐る目を開くと、紫苑はもう戻ってこないものが戻ってきた時に浮かべる顔をしていた。

 即ち、驚愕と歓喜に満ち溢れた顔。

 「もう、無くなったものだと思ってたけど……フランが持っててくれたのか?」

 「う、うん。ずっと返そうと思ってたんだけど、なんか、気後れしちゃって……」

 言い訳がましい私に、それでもと紫苑は嬉しそうに笑った。

 「ありがとう。本当に嬉しい。姉さんとの思い出の品は、ほとんど無いから。こうして戻ってくるだけでも、望外のことなんだ」

 ああ……と感嘆の息を漏らす横顔を、私は見たことがない。ただの、一度だって。

 ふと、気づいてしまう。

 紫苑はもしかしたら――……

 その時私の脳裏に永琳の言葉がよぎる。

 『きっと後悔するだろう恋だから』

 あなたは気づいているの? ううん、きっと気づいてるんだ。だから私にあんな事を言った。

 耐えられない。こんなに苦しいのに。ああ、だから永琳は私を傷つけるような言葉を敢えて言ったんだ。今ならまだ、浅いからと。

 涙がこぼれそうになってしまう。耐えるために唇を噛み締め、拳を握る。

 「なあ、フラン」

 「……なにかな?」

 ああ、今浮かべるこの笑顔がとても辛い。いっそ泣き出したいくらいに。でも、紫苑はきっと気づかない。

 痛い。

 ジクジクと心臓が泣いてる。

 赤い血を流してるみたいに、苦しい。

 今すぐここから逃げたい、そう思ってる私の目の前に、紫苑は指輪を差し出した。

 不思議に思う私に、

 「折角返してもらったんだけどさ、これ……フランが持っててくれないか?」

 「でも、これとっても大事なものなんじゃ。私に渡すなんて」

 思わず言い返してしまった私に、紫苑は笑顔で言う。

 「今まで大事に持っててくれたのはフランだしね。俺が持ってても、いつかきっと壊しちゃうだろうから。だったら信頼できる人に持っててもらいたいんだ。……どうか、これを預かってくれないかな。無理なら諦めるから」

 信じてると告げるその笑顔に、私は弱い。好きな人からならなおさらだ。無意識の内に差し出した私の手に、返したはずの指輪が戻ってくる。

 ……大切な人に、紫苑が手ずから渡した、指輪。

 それを預かるのはいかんともしがたい感情が溢れてくる。だけど、預かった以上はきちんと大切に持ってるのが筋だろう。

 ――まだ、チャンスはあるのかな。

 紫苑は気づいていないんだろうけど、私に指輪を返したとき、本当に一瞬だけ、紫苑は切なげな笑みを浮かべた。

 痛いよ、永琳。恋してるだけでこれなのに、私は紫苑を愛せるの? これを捨て去る前に、紫苑を振り向かせることなんて、本当にできるの?

 私は、紫苑と結ばれる未来を掴み取ることが、できるのかな――……。




単にノロケ話かと思えばそうではないというお話でした。
最初は嬉しさで、次に悲しさ、最後に切なさという具合ですね。

ついでに今までほったらかしてた(忘れかけていたとも言う)フランの正気を保たせていた『ナニカ』さんのネタバレ。前世の彼女(フラン)がもう一度出てくる機会は果たしてあるのか。

それはさておき、この話で全体的に告げたいのは、『紫苑とフランが結ばれるかどうかは定かじゃない』というものです。
恋人同士になるか、フランがただひたすら想い続ける悲恋になるか、あるいは……。

小話はここで終わり。次から新章開始です。
具体的には言いませんが、穏やかに過ごすなんて紫苑らしくないよね? ってことで一話目から不穏な空気ぶっ込んでいく予定。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。