東方狂界歴   作:シルヴィ

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紫苑の目的

 「チッ」

 闇を纏い、掛け値なしの全力で戦っている紫苑は一度距離を取って舌を打つ。やはりというべきなのか、幽香の防御を打ち抜いて一撃を入れても致命傷にはならない。芯に攻撃が通らないのだ。しかも彼女は剣と闇を纏った攻撃だけは必ず避けるので、その一点でも攻撃力は下がる。

 こっちは一撃貰えば致命傷。あっちにはいくら攻撃を与えても終わらない。わかってはいたが、理不尽だと思う。諦めるつもりは欠片も無いが。

 どちらにしろ現状勝てる要素は一つもない。勝率ゼロ。彼女の防御を完全にぶち抜けるだけの技を打ち込まない限りどうしようもない。

 ――仕方がないか。

 どうやっても、足りない。かつて打ち込まれた薬で異常強化(ドーピング)された身体能力でも、経験し覚えた技術でも。

 彼女には決して、届かない。

 だから、紫苑は一つだけ『諦める』。自身の『目的』を安全に達成することを。理性を失い暴走する可能性を代償に、更なる力を得ることを。

 幽香が足元にあった拳大の石を蹴り上げ弾丸のように投げてくるのを横に移動し避ける。そのまま接敵してきた幽香の一撃を敢えて避けず、体に受けた。

 「……?」

 なのに、衝撃がほとんど通らない。致命傷となりうる一撃を、如何なる手段か紫苑は防いでみせた。

 疑問に思った幽香は離れようと拳を引き――剥がせない。

 「なに、これ?!」

 いつの間にか自身の手首までを覆う闇。だがおかしい。紫苑の『闇』は半身を覆うのみで、それ以上は普通だった。

 視線を上げた幽香は、紫苑を見る。そして理解した。

 ――捨てたのか、理性を!

 全身を『闇に染めた』紫苑を見て、幽香はそう思った。確かにあった人間としての肌色はもうそこにはなく、黒い肌と瞳、相反する異様に際立った白髪、瞳の中心にある紅。

 本来適正はない『闇』に手を染めた者の、末路。

 それならと幽香は掴まれた腕をそのまま押そうとして、その寸前、顎をかち上げられた。その痛みを覚える前に、抜き手に構えられた手が幽香の眼を抉ろうと迫る。

 動く方の腕を盾にし防御。だが紫苑の動く手はまだある。それをわかっていた幽香はまた包まれかけている腕から力を抜き、その手からパラパラと種子が落ちる。

 それが地面に触れると、まるでコマ送りのように芽吹き、成長し、花となる。その花が更に肥大化し、紫苑を食べる食虫ならぬ食人植物へと変貌する。

 両腕を離し退避する紫苑。だがそれを逃さじと追い縋る食人花に目を細めた紫苑は、纏った闇を打ち出した。

 穿たれボロボロになった食人花は、それでも幽香のためにと蔦を伸ばし紫苑の動きを阻害しようとする。焦れったくなったのか、紫苑は一瞬で接敵すると、食人花の頭か何かを掴み、闇を内部へ侵入させる。

 闇に全てを犯された食人花は数度体を跳ね上げると、完全にその機能を停止させる。

 隙あらば打つ、と狙い定めていた幽香は、花が完全に萎れ枯れていく様を見て、思考を止めた。

 (命を――生気を完全に吸い取った!? あの『闇』は一体)

 生き物が生きていくのに必要な全てを、紫苑は奪い取る。容赦なく、慈悲を与えず。無慈悲な殺人鬼として。

 まだ、何とかなると思っていた。

 まだ、どうにでもなると考えていた。

 甘かったとしか言えない。もしこのまま放っておいたら、幻想郷はこの闇に覆われ、紫苑に全ての生気を吸い取られるかもしれない。そうなったら、終わりだ。

 命を失った世界は、崩壊してしまうのだから。

 気づけば紫苑の体から漏れ出ていた闇は完全に止まっている。不完全な同化は相応の結果しか残さなかったが、幽香によって決意した紫苑によって、その結果は変わった。

 くぐもりひび割れた声が、届く。

 『来、ナイノ……?』

 話しづらそうに、聞き取りにくい声で問う。

 『来ナイナラ』

 ザッと、紫苑の足元から音がした。

 『殺シニ、行クネ』

 静か、だった。

 紫苑の移動は。まるで寄り添うように、あるいは這い寄るように。そこにいるのが当たり前のように、幽香は接敵されたのに気付かなかった。

 その美貌を歪め、回避に徹する幽香。一度でも掴まれれば、また先のように拘束され、今度こそ生気を吸い取られるかもしれない。

 もちろんただの花と幽香では保有する量が段違いだ。しかしやらなくても済むのなら、やらない方がいい。勝ち筋が見えないのだからなおさらだ。

 時間をあげるのも問題なのが、痛い。刻一刻と紫苑の目的を達する時間は迫ってきている。それまでになんとかできなければ、幽香の負けだ。

 こうなったのが紫の責任だというのは聞いていた幽香だが、まさか自らの大切な花畑にすら影響の出る異変にまでなっているとは寝耳に水だ。

 ひたすら逃げに徹する幽香。だがそれも一分、二分と過ぎた頃、少しずつストレスが溜まってくる。元々幽香はいじめられるよりいじめる方が好きだ。もっと言うと、大好きだ!

 だから今の状況が気に食わない。言いように、猫に追いかけられるネズミのような今に、イライラが募る。

 そして当然というか――爆発した。

 「しつ」

 ビキリ、と幽香の足元に亀裂が走る。

 「っっっこい!」

 盛大にブチ切れた幽香が足元を割り紫苑へと拳を振るう。微かに瞠目した紫苑は堅実に防御しようとして、

 「そんなものでっ!」

 闇を巻きつける前に防御を粉砕され、顔面をぶん殴られた。吹っ飛びゴロゴロと転がる紫苑。ピクリとも動かないその姿は、まるで死体のよう。

 『闇で拘束される前にぶん殴る』という力技で突破した幽香はというと、

 「ふぅ、ちょっとスッキリできたわ」

 どこか晴れやかな顔で、そう言った。紫苑を止めるということすら忘れ、己のストレス解消のために紫苑を殴った彼女は、もうその後はどうでもいいとすら思ってしまうほどに、スッキリしていた。

 「何やってるの、幽香!」

 だがそれを咎める者は、ここにいた。やりすぎた幽香を窘め、苦言を申す紫。怒りを顔に宿した彼女に、幽香は鬱陶しげに答える。

 「仕方ないでしょ。うざったかったんだもの」

 「……報酬は減額ね」

 「それとこれとは話が別でしょ?」

 「私は一度でも『紫苑を殺せ』だなんて言ってないわよ!」

 仲間同士のはずなのに言い争う彼女らに絆なんていう高尚なものはない。

 その隙を、突かれた。

 「チッ、あなたのせいよ」

 「さりげなく人に押し付けないでくれます?」

 幽香と紫がその場を飛び退く。けれど集められた闇は二人を付け狙い離れない。執拗に、周到に一撃をお見舞いしようとする。

 だが幽香は地面を抉り、抉った岩を投げて闇を払い、紫は境界を操ってそもそも近づけない。油断せず、周囲を警戒するだけだ。

 闇があるということは、紫苑が健在という証拠。油断する理由は無かった。

 「これで黒陽と白夜があったら手のつけようもないわね」

 「…………………………」

 「それで、紫苑の目的はわかったのかしら。わざわざ時間稼ぎなんて地味な事をしてあげたのだから、少しくらい収穫があると嬉しいのだけれど」

 「…………………………」

 「ダンマリは、わからないと同義?」

 言葉を重ねるごとに紫の顔に苦渋が浮かぶ。それは聞けなかったということではなく、聞いてしまったからこそ浮かぶ色。

 それでも幽香が再三尋ねるのは、単に追い詰めるのが楽し――ではなく、紫苑の目的を知りたいからだ。

 「それは――」

 しかし、幽香の言葉が形になるのは、許されなかった。

 二人の間を襲う一撃。遥か上空から迫る闇の壁が二人を引き剥がし、距離を取らせる。無理矢理引き離された二人は、視線を感じた方を向く。

 「あなたの目的を知る私の口封じ、かしら」

 「私を先に始末して、紫に手を出すつもり」

 そこにいたのは、紫苑の姿。

 ――()()()()()()、紫苑がいた。

 

 

 

 

 

 幽香は周囲を覆う闇を見る。前後左右と上の先が見えない暗闇。漆黒の空間。けれど、彼女はそれに恐怖しない。

 「さて、どうしようかしらね」

 そう軽く呟けるほどには、落ち着いていた。

 ぐるりと動かしていた視線を元に戻し、紫苑を見る。この暗黒に似合わない白と紅を持つ紫苑は目立つ。異端とすら言える白は、ここにいてはいけないと言いたげに光っていた。この空間だからこそだろうか。

 さっさと紫苑をぶちのめして息苦しいここから出よう――そんな危険思想は、真っ先に潰れた。

 「ッ……。ァ……ッ!?」

 首を締め付けられ、声が出なくなる。次いで手、足、胴体と、締め付けられる箇所がどんどん増えていく。

 理由は簡単。ここが『闇』の中だからだ。言い換えればここは紫苑の腹の中。闇ある場所故にいくらでも攻撃手段を確保できる。

 だが幽香は妖怪。肺活量は人間の比ではなく、数分程度で息の根が止まるようなやわな肉体を持っていない。

 だから紫苑は、容赦しない。

 ゴフッ、と幽香の口から吐息が漏れる。

 腹を殴られた衝撃が、声にならぬ声を伴って口から吐き出されたのだ。一度、二度、三度。大した衝撃ではないそれも、息ができず、衝撃を逃せない現状、幽香を追い詰めかけない一撃と化していた。

 けれど幽香にとっても、そして紫苑にとっても。この程度で終わるなんて、これっぽっちも思っちゃいない。

 幽香の目に凶暴な色が灯る。それは刹那の間だったが、その間だけで、木っ端微塵に闇の拘束具を破壊した。

 そのまま紫苑に向かって駆け抜ける。獰猛な獣になっている幽香の上に闇が『降って』来た。大量の隕石に、幽香は真正面から拳をぶつけて破壊する。

 本来の隕石に比べれば弱くとも、その質量をものともせずに破壊する様子は末恐ろしい。幽香の底力を垣間見せるようだ。

 少しずつ、しかし確かな歩みで進んでくる幽香を見た紫苑は構える。それは単に重心を落としただけだが、紫苑にとってはそれで十分なのだと、幽香は理解していた。けれどそんなもの関係ないと、幽香は距離を潰して拳を握り、振り上げて。

 拳を『受け止められ』、裏拳で顎を『打ち抜かれた』。

 「――!?」

 顎に伝わる確かな衝撃。ふらつく頭を抑え脳震盪を封じ込み、素早く距離を取る。グラグラと揺れる視界の中で、幽香は先程の一幕を思い返す。

 (速度と膂力で上を行かれて、一撃で私の防御力を貫いた……?)

 幽香の拳は並みのものではない。それこそ大砲か何かで打たれた砲弾よりも威力は上だ。それを軽々と受け止めるのは、普通ではない。

 しかもどこの装甲だと騒ぎたくなるような防御力すら物ともしない。どう見たって、普段の紫苑ではありえない。

 「一体何が……」

 とまで言いかけて、スンと鼻を動かす。

 そのまま吐き捨てるように舌を打ち、懐から取り出した種子に、手のひらを少しだけ爪で切って流れ出た血を吸い込ませる。

 『自身を苗床に』したのを紫苑に隠したままもう一度近づいた幽香は、殴りかかる直前で手のひらを真下に向けて、

 ――貫きなさい!!

 寄生した植物が即席の槍となり、紫苑の足目掛けて殺到する。それでも反応した紫苑はさすがだが、生憎とこの槍は『生きている』のだ。多少ズラしたところで回避できるはずはない。

 槍で貫かれ、少量の血を吸われるのと同時に、

 紫苑の足から――血が()()()()

 

 

 

 

 

 「これは、私狙いなのかしら」

 近接戦闘力の無い紫を先に始末し、後顧の憂い無く幽香を撃破する。なるほど確かに道理だ。しかもこの闇から外へ出る境界がわからないせいで、逃げることもできない。

 闇と地面の境界がわかったところで、どうしようもないのだから。

 紫はキッと紫苑がいる前方を睨みつける。

 「どうして、こんなことをしたの」

 『………………』

 紫苑の形をした闇は、答えない。

 「私を憎んでるなら、私を狙ってくれればいい。少なくともこの世界に罪はないの。だからこれ以上はやめて。いくらでも謝るから。私はダメな妖怪だったと、蔑んでもいいから」

 『………………?』

 少しだけ、ほんの微かに首を傾げる紫苑。

 紫はそれに気づかず、言い募る。

 「だから、この世界を変えないで。この世界に干渉しないで。もういいの。もう、頑張らなくてもいいの。だから自分を、追い詰めないで」

 『……。……何ノ、話?』

 「――え?」

 『自分デコウシタイカラ、勝手ニシテルダケ。確カニ憎ンデルケド、アイツニ比ベタラソレモ軽イモノ』

 そして一息入れ、

 『終ワルマデ、止マラナイ。『八雲』ヲ捨テサセタ貴女ノ言葉ハ、聞キタクナイ』

 ギリッと歯を噛み締める。

 わかっていた。わかっていたのだ。完全に紫苑はこの目的を遂行するつもりなのだと。それまでは止まらないと。

 例え紫が望んでいなくとも、紫苑はもう、『八雲』ではないのだから、関係がないと。

 「それなら力尽くで、も」

 闇が、紫を拘束する。言葉を吐く事さえ許さないと、伸びた鎖が紫を封じ込める。ガシャガシャと鎖が揺れ、しかし紫の悪あがきでは決して壊れない。

 『チョットダケ、寝テテ。ソシタラ全部、終ワッテルカラ』

 目の前に来ていた紫苑は紫の頭に手を当て、小さく揺らす。

 『サヨナラ、紫』

 呟く紫苑は、少しだけ寂しそうに、笑っていた。

 

 

 

 

 

 まるで蛇口を捻ったかのように、あるいは放水口を窄めたホースのように吹き出す血液。数秒でそれもおさまったが、本来ならありえない減少。

 ――もしかして。

 それを見た幽香は、かつて体験した人間の技を思い返す。

 「『血流の、加速』……」

 詳しい原理は知らないが、身体能力を跳ね上げる技。それによって圧倒された幽香は、倒されかけた事すらもある。

 けれど、結局幽香は負けなかった。

 正確には――その人間が、そのまま死んだだけだ。

 加速しすぎた血流に肉体が耐え切れず、細い血管のある脳に血が流れて死んだ。幽香を圧倒したその人間は、呆気なく事切れた。

 だが紫苑は耐えている。その事に疑問を覚えていると、

 ――パリッ。

 そんな、何かが割れる音がした。

 はじめ小さかった音はどんどん大きくなり、やがて紫苑の背後を割って何かが入ってくる。そこから落ちたのは、二人の人影。

 それは紫と――もう一人の紫苑。

 「紫苑が……二人? っていうか紫、簡単にやられすぎよ」

 呆れと共に吐き出された溜め息。小さく鋭くなった眼が、彼女の心情を表していた。

 今入ってきた方の紫苑が言う。

 『紫ハ確保シタ。後ハ幽香ダケ。準備モ終ワル。紫ヲ『使ッテ』仕上ゲスルカラ、邪魔ヲサセルナ』

 コクリ、と頷く幽香と戦っていた紫苑。そのままもう一度構え、恐らくまだ血流が加速したままで突っ込んでくる。

 ――なるほど、偽物なのね。

 あの紫苑が無茶できたのは、これが偽物だからだ。このままでいれば、あちらの紫苑が紫を利用して何かを成すだろう。

 「なら――遠慮しないでも、いいかしら」

 速攻でぶちのめせば問題はない。

 そう結論づけた幽香は、紫苑を迎撃しようと種子をバラ撒いた。

 一方で二人の戦いを眺める紫苑は、既に意識を取り戻していた紫に向かって独白する。

 『ネェ、ナンデ俺ニ『紫苑』ッテ名前ヲ付ケタンダ?』

 小さく眉を寄せる紫。なんとか能力を使って拘束を外そうとする紫は、次の言葉で頭を空白にさせられた。

 『俺ハ、コノ名前ガ、()()()()

 「――――」

 驚きに眼を見開く紫に、紫苑は続ける。

 『紫苑ッテ、花ノ名前ニアルケド。紫苑ノ『君ヲ忘レナイ』ッテ花言葉ハ、姉サンヲ()()()()()()俺ニ対スル皮肉ナンダトシカ、思エナカッタ』

 完全記憶能力者に与えられた、その花言葉を冠する名前。過去を忘れられず、想いに区切りをつけられず『そこ』に留まり続けていた紫苑にとって、それは痛烈な皮肉にしかならなかった。紫の善意は、大きなお世話にしか、なっていなかった。

 善意だとわかっていたから、何も言えなかった。

 激戦と化している戦闘は、幽香が一方的に優っていた。手札を割られ、打つ手がなく、闇の拘束も無意味で、血流加速の更なる身体強化も打ち破られる。時間はない。

 スッと、紫苑は紫の頭に手を乗せる。

 『貴女ハ俺ニトッテノ家族ニナッテクレナカッタ』

 「ッ……」

 後悔するように紫は顔を伏せる。幽香は間に合わない。あの影は打倒できるだろうが、それでは紫苑の目的が達成される。

 けれど、ダメだ。紫では止められない。止めるための言葉を、口に出すことができない。

 『ダケド、嬉シカッタ。ダカラ』

 「……?」

 最後の一撃が影に振るわれかけて、紫がその光景に息を止め、

 『ダカラ、俺ノ命ヲ、コノ世界ノタメニ使ウヨ』

 ――その拳が、止まった。

 幽香の一撃は影に止まることなく、その一歩手前で完全に停止している。

 『何ヲ……』

 「あなたにしては随分と杜撰ね。いえ、それとも勝手に()()()()()()のかしら、それは」

 影の反撃でところどころ血に濡れた幽香が言う。髪に触れて乱れたそれを整えた。そのまま動かぬ影に顔を向けて、

 「それで――いつになったら素顔を見せてくれるのかしら? 紫苑」

 そう、確信した声で言う。

 「……あーあ、バレちゃった。あのまま振り抜いてくれれば万事解決だったのに」

 そう、目の前の拳に手を触れた『影』――否、紫苑が言う。その声に淀みはなく、いつもの紫苑の小枝。

 「あんなベラベラ悠長に話す人間なの? そんなわけないでしょうに。まさか、最初に闇を纏った時点から入れ替わってたなんてね、気付かなかったわ」

 「仕方がないだろう? あれは一応、俺でもあるんだ。俺がずっと隠してきた、本音。俺の持つ『闇』の部分。だからこそ、幽香を騙せたわけだけど」

 だが、紫苑の目的を知っている紫は騙しきれず、だからこそ彼女の口だけは封じなければならなかった。

 「だから師匠はズルいんだ。俺がやるのを先読みして。紫が師匠のところにいくのを止められなかった時点で、こうなるのは決まっていたのかな」

 「それだけではないわ。紫の態度は、あまりにもおかしすぎた」

 「幽香……気づいて……」

 所詮影は影でしかなく、我慢などということはできない。紫苑が思っていたこと、感じていたことを全て口にしてしまう。

 特に、自分自身が目の前にいると、繋がりが強すぎて止まらないのだ。

 けれど幽香は否定し、もう一つの持論を持ってくる。紫はそれに驚き、紫苑もまた、手で目を覆った。

 「元から可能性は無かったってことか」

 「ええ。あなたの目的は自分自身を囮にしてそちらの影を本物と思わせること。そして影のフリをしたあなたが私に『殺されれば』、それを達成できる、と?」

 「大正解。冷静になって思い返すと俺は『約束』してるから自殺できない。だから、俺を殺しても特に気にしない貴女が来てくれたのは、むしろ大歓迎だったんだけどな」

 結局のところ、殺されなければ意味などない。

 パチン、と紫苑が指を鳴らす。それだけで闇の空間は亀裂を走らせ崩壊し、元の黒と白しか存在しない世界へと形を戻していく。

 「ネタバラシ、してくれるかしら」

 「まあ、もういいけどね。茶番は終わりみたいだし」

 「本気で死ぬつもりなのに茶番、ねぇ」

 先までの殺気はどこにもなく、ケラケラと笑う紫苑に思うところはない。

 なのにどうしてか、その姿は追い詰められた獣のようだ。

 「それでどうしてこうしたのかっていうと――」

 「その回答は、私がしてあげる」

 「……師匠」

 黒陽から解放され、白夜の結界が消えた結果、永琳がこの場に姿を現す。幽香との戦闘の結果大分距離を離したはずなのだが、関係ないようだ。

 「最初から不思議ではあったのよ。紫に対する復讐で幻想郷をどうこうするにはあまりに規模が大きすぎる。あなたなら結界を直接破壊できるのだから。つまり、そもそもの着眼点は『何故あなたがルーミアと契約したか』になるわ」

 そう、復讐に走ったから闇と契約するというあまりにも当たり前な行動。だが、それは力のない人間がするべき行動で、紫苑がするには違和感がありすぎる。

 それが示すのは紫苑は『誰かの力』を借りたかったのではなく、『ルーミアの力』だけを欲しがったということ。

 なら次に考えるべきは、ルーミアの持つ『闇』をどうしたかったのか。

 ここで最初に戻ろう。紫苑がルーミアの力を借りてやったのは、彼女の闇を『幻想郷中』にバラ撒いたこと。

 それは、『そうしなければならないだけの理由』があったから。

 更にもう一つの要素、紫苑の持つ『魂を同化させる程度の能力』を利用したら?

 「幻想郷全てという広範囲、そこにある存在の『魂』に宿る『闇』――『負の感情』だけを抜き取りこの世界にある無数の『悪意』を自分一人に宿して、死ぬ。それがあなたの目的よッ!」

 告げられたのは、今までとは正反対の答え。

 「……ホント、隠せないよねぇ」

 そして紫苑は、隠す気などないと言うように返す。

 「うん、正解。文句のつけようのない。だからこそ、外れて欲しかった」

 もし永琳が『紫苑の目的は幻想郷を壊すこと』だと言ってくれれば――紫の態度に疑問を思わなかった幽香が、紫苑を殺してくれたのに。

 諦めの溜め息を吐き出す紫苑に、紫はならと身を乗り出す。

 「あなたの目的は達成できないってこと、よね? 自殺できないのなら、紫苑はもうこのまま諦めるしかないのだから」

 「……そうなるね。幻想郷中から悪意はほとんど集め切ったし、これ以上闇を広げる意味はないから。さすがに『遠すぎる』ところまでは手を伸ばせなかったけどさ」

 紫の顔に、淡い希望が映る。

 「だけど」

 反して、幽香と永琳の顔は、険しかった。

 「()()()()()()()()()

 心底から吐き出されたその言葉は紫を凍りつかせ、永琳の顔を歪ませた。

 「もう考えたくない。何かをして誤魔化し続ける作業はしたくない。元の世界の帰れないんだったら、いっそ全部忘れて眠っていたい」

 そして、

 「だからさ――失敗したら、決めてたんだ」

 紫苑の目的は一つではない。

 勝ったら、そのまま死ぬことに決めていた。

 では、負けたらどうするつもりだったのか。

 紫苑の体から、眠りこけたルーミアが光とともに現れ、紫苑の手の中におさまる。その彼女を地面に横たわらせると、今度は紫苑自身が光を放つ。

 「『何も知らなかったあの頃に、戻りたい』」

 「紫苑!?」

 カッ! と目も眩むような輝きが、闇から戻りつつあった世界を照らし出す。同時に紫苑から溢れ出した文字が紫苑の体を包み、グルグルと巻きつけていく。その進行が進めば進むほど、紫苑の体が()()()()()()()()

 「なんなのよあれ……? 紫苑の体が、子供に!?」

 「いえ、それだけじゃないわ。多分、あれは」

 紫の驚愕と、永琳の冷静な声が交わる。幽香は冷静に腕を組み、その光景を目を細めて見つめていた。

 時間は恐らく、数分程度。

 光がおさまりチカチカとする目が元に戻った頃。

 「……ここ、どこ? お姉さん達、だれ?」

 この世界に来たばかりの頃の身長。けれど、決定的なまでに『違う』。

 白ではなく『白銀』の髪と、紅ではなく澄んだ海のような深い『青』の瞳。白すぎた肌は日本人のような普通の肌に戻り、鋭い瞳もきょとんと真ん丸になっている。

 紫苑、ではない。不思議そうにキョロキョロと尻もちをついたまま見渡す彼は、決して、紫苑ではない。

 「あなたは……誰なの」

 口から出た声は、枯れていた。しかし彼には届いていたのか、一度首を傾げ、それからニッコリと笑って答えた。

 「おれ? おれはね、雨宮汐(あまみやしお)! お母さんがつけてくれた名前だよ!」




というわけで異変は解決……? と思ったらまた変な状況にしました。

この異変は東方二次始める当初から考えていたもので、子供に戻ることは確定していたのです。

勝てば、死。
負ければ、全てを忘れて子供に戻る。

それが紫苑の目的でした。

さて次回は子供に戻った彼の日常を描いたあと、ずっと書きたかった章に突入です! 多分次の最後に新しい人出せるよ! オリじゃなくてちゃんとした東方キャラだよ!
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