座学室
夕立や皐月をはじめとした駆逐艦たちが席につき、教卓には龍驤が立っていた。
黒板には『深海棲艦と艦娘』と大きく書かれている。
龍驤が教卓から駆逐艦たちに向けていう。
「今日はウチら艦娘と深海棲艦について、
今まで勉強してきたことのおさらいや。」
龍驤は黒板にサラサラと図を書いていく。
そしてもう一度正面に向き直る。
「人と同じように物にも魂は宿る、それは昔戦時中に戦った軍艦などの兵器も例外やない。
その軍艦の魂から生まれたんが艦娘と深海棲艦や。
軍艦の魂は大きく二つに分かれとる。
1つは憎しみや怒りで満ちたもの、通称『悪魂(あくだま)』
もう1つは人間と同じような心、『善魂(ぜんだま)』」
龍驤は黒板に書いた魂の絵を棒で指す。
「この悪魂が具現化して形を成したものが深海棲艦や。
しかもひとつの悪魂から無限に生まれるからタチが悪い。
でもある日海の上に浮かんで深海棲艦と戦う少女が現れた。
目の前で深海棲艦を倒したそいつを連れて帰って取り調べをすると、そいつはこう言った。
「私は駆逐艦の吹雪です。」ってな。」
龍驤はなおも語る。
「普通やったら冗談で片付ける話しやろうけどなんせ海の上に浮かんで戦っとったヤツや、軍もほっとかれへんかった
せやからその少女の体を精密検査すると、
なんと少女の魂は人間と軍艦のそれが混ざったものやった。
しかも持っとった艤装を調べるとボーキサイトや鉄といった資材で出来とった。」
そう、それは正しく奇跡だった。
単体で具現化出来る程の強さを持っている悪魂と違い、善魂の力は弱く普通は具現化などできはしない。
それが海難事故などで亡くなった人間の魂と偶然にも混ざり合い人間の姿になり、
その時に側に偶然流れ着いた廃材となった資源が巻き込まれて一緒に艤装としての形を作ったのだ。
「この結果から軍は軍艦から善魂を抽出して素体となる人間の魂と合わせることで人工的に少女と同じような人間を作り出すことに成功した。
それがウチら、『艦娘』や。」
龍驤は腰に手を当てて言う。
「建造の時に使う資材は艤装を作るために必要ってことや。」
此処で駆逐艦の1人、弥生が挙手する。
「なんや?弥生。」
「あの・・・艦娘の強さは、素体となる人間の強さで上下すると聞いたんですけど。」
「せやな、魂言うんは要は人間1人の情報のすべてやからな。
素体となる人間が強ければ強いほど艦娘になった時、より強くなる。」
「それはつまり・・・艦娘になってからだとどれだけ鍛えても強くなれないということですか?」
そういった弥生に龍驤は微笑んで言う。
「そんな事はあらへん。
艦娘も体は人間や、鍛えればその分強なれる。
けどなぁ。」
龍驤は全員を見渡しながら言う。
「絶対焦ったらあかんで、自分らのペースでゆっくり強なったらええ。」
その言葉を聞いた弥生は。
「私は・・・早く強くなりたい・・・」
そう呟いた。
その言葉を聞き逃さなかった龍驤は、心配そうに弥生を見つめる。
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「んーっ!つっかれたぁ。」
座学を終えた龍驤が、背伸びをして執務室に向かい、扉を開く。
「ただいまぁ〜」
「おかえり、龍驤。」
龍驤が執務室に入ると部屋の中央にあるテーブルの椅子に座っていた隼人が返事をする。
そして、隼人の対面の席にはもう一人の男が座っていた。
「なんや鏡夜、来とったんか。」
「もう少し愛想良くしてくれよ龍驤」
彼は呉第二鎮守府の提督、工藤鏡夜(くどうきょうや)である。
「何しに来たんや?サボりか?」
「ちげぇよ、人をなんだと思ってんだ。
仕事が一段落付いたから暇つぶしに来たんだよ。」
「うちは喫茶店やないんやけど?」
「硬い事言うなよ。」
そんな会話をしていると、コンコンと執務室の扉がノックされる。
「入っていいよ。」
龍驤が返事をすると扉を開いて皐月と卯月が入ってきた。
「どうしたの二人とも、何か用?」
皐月はひと呼吸おくと言う。
「実は、ハヤにぃと龍驤さんに相談があるんだ。」
「相談?」
隼人が聞き返すと卯月が今にも泣きそうな顔で俯く。
「相談っていうのは・・・弥生のことなんだぴょん。」
「弥生がどうかしたんか?」
龍驤の問いに皐月と卯月が答える。
「実は弥生、ここ数日まともに休んでないっていうか・・・」
「時間があれば訓練ばっかりしてるんだぴょん。」
「夜中まで訓練して、一応睡眠はとってるんだけど3時間程度で、朝の5時には起きてまた訓練の繰り返しで・・・。」
「このままじゃあ弥生、いつか壊れちゃうぴょん。」
涙で目を潤ませる卯月の肩に慰めるように皐月は両手を置いた。
「分かった、弥生には俺が話を聞いてみるよ。」
そう言って隼人が立ち上がろうとすると、
「ちょい待ち。」
「何?龍驤。」
「この手のこといつもキミにまかせんのも何やし、今回はウチに任せて。」
「いいの?」
「ウチを誰の嫁や思うてるん?」
自信満々にそう言う龍驤に隼人はフッと笑う。
「そう、それじゃあ任せた。」
「うん、任された。」
龍驤は卯月の頭を優しくなでる。
「弥生のことはウチがなんとかするから、
大丈夫やで。
せやからそないな顔せんといて。」
「龍驤さん・・・分かったぴょん!」
卯月は皐月と一緒に執務室から出ていった。
「そんじゃあちょい行ってくるわ。」
龍驤も部屋を出る。
扉が閉まるのを待って、鏡夜が口を開く。
「いい嫁さんだな。」
「まあね、いい嫁すぎて尻に引かれそうだけど。」
「いいよなぁお前は、ウチは厳しくてよぉ。」
「あれ、君んとこの天龍ってそんなに厳しかったっけ?」
「いや嫁じゃなくて・・・嫁の妹が・・・」
「そりゃあ夫婦揃って真面目に働かないからでしょ?
本当に士官学校の頃から変わってないよね鏡夜は。」
「何言ってんだ、お前だって一緒に女子風呂覗いたりしたろうが。」
「あぁそうだね、無理やり連れていかれて飛鳥(あすか)に首はねられそうになったね。」
「いやぁ、あの頃は若かった。」
「だから今と大して変わってないって。」
隼人はため息をつくと、先程までとは違い真剣な顔つきになる。
「で?ここに来たのは本当に暇つぶしのためだけ。」
「・・・さすがに察しがいいな。」
鏡夜はニッと笑って続ける。
「聞いた話によると、第四鎮守府が奇妙な事に遭遇したらしい。」
「奇妙な事?」
「ついこの間、第四鎮守府の艦隊が出撃中に深海棲艦の群れに囲まれたらしい。
もうダメだと思ったその時助太刀が入ったらしいんだが、なんだと思う?」
「・・・さぁ、別の鎮守府の艦娘とか?」
鏡夜はさらに頬を吊り上げて言う。
「戦艦レ級だってよ。」
「・・・」
「それだけじゃねぇ、側には空母ヲ級、港湾棲姫・・・更には北方棲姫もいたらしい。
そいつらは他の深海棲艦を一掃すると去って行ったらしい。
真偽は定かじゃねぇがもしこれが本当なら・・・」
隼人は少し間を開けて答える。
「イレギュラー・・・善魂が人の魂ではなく、悪魂を媒介に具現化したもの・・・って事か。」
「姿や武器は深海棲艦だが魂は善魂、といってもホントにいるかは分からねぇがな。」
「それで、本部には知らせたの?」
「いや、本部のお偉いさんは信用出来ねぇからな。
だが鬼灯さんには知らせるつもりだ。」
「まぁあの人は信頼できるからね。
・・・で?何考えてんの?」
鏡夜はいたずらを思いついた子供のような笑顔でいう。
「なぁ隼人、この件俺達で探ってみねぇか?」
「・・・正気?」
「おう、いたってな。」
ヘラヘラと笑って言う鏡夜に隼人は呆れたようにため息をつく。
「ハァ・・・いい?鏡夜。
この噂が事実なんて証拠はないじゃん、
第一実例がないんだし。」
「でも原理的には発生しても可笑しくないってずっと言われてきてるだろ。」
「確かにそうだけどさぁ・・・。」
恭也はニヤッと笑って言う。
「おい隼人、いつまでもいい子ぶってんじゃねぇ。
お前だって本当はワクワクしてんだろ。」
隼人は少し話を開けると頬杖をついてフッと笑う。
「ほんと昔っから変わってないね、鏡夜は。」
「ヘッ、お互い様だろ。」
隼人は椅子にもたれて恭也に聞く。
「それで?俺の他には誰を巻き込むつもり?」
「鬼灯さんはおもしろがって乗ってくるだろうから問題ないとして、
飛鳥にも話を持ってくつもりだ。」
「まぁ、あいつなら首突っ込むだろうね。」
「後は幌筵(ほろむしろ)の艦娘チルドレン三人とあと・・・犬神狼牙(いぬがみろうが)」
隼人はその名前を聞くと少し眉をしかめる。
「艦チル3人は大丈夫そうだけど・・・狼牙さんが乗ってくるかなぁ。」
「そりゃあお前の交渉次第だろ。」
「・・・え?ちょっと待って、俺が交渉すんの?」
「お前以外の誰に適任がいんだよ。」
「言い出しっぺの鏡夜がやりなよ。」
「俺に交渉なんてことできるわけねぇだろ?」
「いやだからって・・・」
「あの人動かせんのはお前だけだ隼人。
な?頼むよ」
「・・・ハァ、分かったよ。
乗りかかった船だ、やってみるよ。」
「さすが親友。」
隼人はため息をついて天井を見上げ、楽しそうに少し微笑む。
「さて、忙しくなるぞ。」
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たくさんの的が立てられた演習場で弥生は訓練に励んでいた。
海面上をスケートのように滑って移動し用意された的を正確に打ち抜いていく。
そして最後の的を狙ったその時。
「ーーーーっ!」
急な眩暈が弥生を襲った。
そのままバランスを崩して海面上を転がっていく。
と、ある人物がその体を受け止める。
誰かと思い、弥生が振り返るとそれはよく見知った人物だった。
「・・・すいません、龍驤さん。」
軽空母龍驤、秘書艦にして第1艦隊の旗艦。
この鎮守府最強の艦娘である。
「キミらしくないミスやな弥生。
ちょっと疲れ溜まっとるんとちゃうか?」
「いえ、大丈夫です。
これぐらいしないと強くなれませんから。」
そう言って弥生は立ち上がって歩こうとする。
「あっ・・・」
「おっと。」
ふらつき倒れそうになる弥生を龍驤が支える。
「今日の訓練はここまでやね。」
「・・・すいません」
弥生は落ち込んだ表情で俯く。
「弥生、ちょっと2人で話しよか。」
龍驤は弥生と一緒に艤装を片付けると二人で鎮守府の外を歩きながら話す。
「皐月たちに聞いたで?
なんやいろいろと無茶してるそうやないか。
訓練に励むのはええ事やけど無理したらあかんていつも言うとるやろ?」
「・・・」
無言の弥生に、龍驤が問う。
「なんか理由があるんか?」
弥生は、少し間を開けて話し出す。
「私は・・・強くなりたいんです。」
「・・・なんでや?
あんたは充分強いやろ。
ここまで無理する必要h「まだ足りないんです!」」
龍驤言葉を遮り弥生は言う。
「私は昔、目の前で姉妹を亡くしました。
だから強くなって今度こそ皆を・・・家族を守りたいんです。
たとえ・・・この命に変えてでも。」
弥生は意志のこもった目で龍驤をまっすぐ見つめる。
「命に変えても・・・か。」
龍驤は小さく笑って言う。
「なぁ弥生、キミは艦娘になる前のこと覚えとるか。」
「え?・・・いいえ、覚えていません。」
「せやろな、ウチもそうや。」
龍驤はふと空を見上げる。
「でも、ろくでもない人生やったんは覚えてる。」
「・・・え?」
「ていうか、艦娘になる人間はほとんどそんなもんや、そうじゃなかったら自分の魂を体ごと差し出そうなんて思わんやろ?」
龍驤は昔を懐かしむように語る。
「せやからかなぁ、ここでみんなに会うて、大事な家族ができてホンマ嬉しかった。
せやからウチは、絶対にみんなを守ろうって思ったんや。
それこそ・・・この命に代えてでもってな。」
「!!!!」
龍驤は、先ほど弥生が言った言葉を口にする。
まるで『お前は昔の自分だ』と言うように。
「なぁ弥生、天龍がよう語っとるウチの話、知っとるか?。」
「えっと・・・確か出撃からの帰投中に深海棲艦に囲まれて、龍驤さんが他のみんなを逃がして一人で戦ったうえに全部倒して帰ってきた話・・・ですよね。」
「そう、それ。
でもその話には続きがあってな。」
「続き?」
首を傾げる弥生に龍驤は答える。
「帰ってすぐ隼人に呼び出されてな、こってり絞られたわ。
あんま無茶するなってな。
でもウチは「家族を守るためやったら死んでも構わん」って言うたんや。
そしたら隼人の奴、本気でブチギレてな。」
「提督が!?」
「隼人が本気で怒ったん見たことないやろ?
めっちゃこわいで。」
龍驤は笑いながら続ける。
「でもウチにはようわからんかった。
ほんで怒られて謹慎処分食らった後、不貞腐れながら入居ドックに向かっとった時に一緒に出撃しとった卯月と夕立に会うてな。
めっちゃ泣きつかれたわ、そりゃあもう身動き取れんぐらいにな。」
龍驤は懐かしむように穏やかな表情で言う。
「そん時に思ったわ、自分はなにしてるんやろうって。
いくら家族を守る言うても、その家族を悲しませたら意味無いってな。」
弥生はそれを聞いて俯く。
「なぁ弥生、キミはどうや?」
「・・・ 私は」
弥生は俯いて言う。
「この鎮守府に来て、姉妹に会えました。
それに提督や龍驤さん、みんなが私を家族だと言ってくれてすごく嬉しかったです。
睦月型だけじゃない、みんな私の大事な家族だから、
だからもう・・・失いたくないんです。」
涙を流しながらそう言った弥生に龍驤は優しく語りかける。
「そうか・・・弥生、キミは長い間海の底で悲しんで、苦しんできたんやな。」
だが、一変して凛とした声音で言う。
「でもそれならなおのこと、同じ思いをみんなにさせることになってもええんか?」
「!!!!」
驚く弥生に龍驤は続ける。
「君が沈んだら、君が昔味わった苦しみや悲しみを、他のみんなが背負うことになんねんで?」
「・・・もしそうなっても、しばらくすればみんな立ち直るだろうし・・・。」
「そんな軽いもんちゃうねん!命も家族も!」
急に激昂した龍驤に弥生は驚くが、龍驤は構わず続ける。
「あぁ、もうキレたわ!
あんなぁ!この際言わせてもらうけどなぁ!
もしキミが沈んだりしたらウチ正気保つ自信ないで!?
嫌それどころか追い詰められて隼人と心中するかも知れん!」
「・・・なんで・・・そこまで・・・」
龍驤は深呼吸をして再び穏やかな口調で弥生に言う。
「それが家族やからや、一人でも欠けたら全部壊れる。
それが家族や。
せやから・・・」
龍驤は弥生を優しく抱きしめる。
「たのむから・・・命を懸けてなんて簡単に言わんといてくれ。
お願いやから生きてくれ。
ウチもキミらの為に絶対死なんって約束する。
せやから・・・キミも死なんでくれ。」
その温もりと優しい言葉に弥生は
「・・・はい」
静かにそう言った。
#####
「ただいまー」
龍驤は執務室に戻ってくるなり、ソファーに腰掛けた。
その様子をみて、隼人が言う。
「おかえり龍驤、その様子だと弥生の件は上手くいったみたいだね。」
「まぁなー。
でもやっぱり君と比べると全然あかんわ。
つい怒鳴ってもうた。」
「やり方なんて人それぞれなんだし、気にしちゃダメだよ。」
「そんなもんかなぁー」
「そんなもんだよ。」
そう言って隼人が横に座ると、龍驤は隼人の肩に頭を預ける。
「なぁ、隼人。」
「ん?」
「ウチな、この鎮守府のみんなのこと、大切な家族やと思うてる。
でもな、だからこそ最近よう考えてまうねん、うちらが昔、船と一緒に沈めていった人の中にも、今のウチみたいに大切なもんがあったんやろなぁ・・・って」
「うん・・・そうだね。」
龍驤は過去に思いを馳せるように言う。
「昔沈んだ軍艦の怨念が化物になって・・・そんで艦娘中には過去にトラウマ持っとる子がおって。
ほんま・・・ろくなもん残さんかったなぁ、あの時代は・・・。」
「そうかもしれないね、でもあの時代がなかったら俺達はこうやって出会えなかったんだよねぇ。」
「・・・そう言われると皮肉なもんやね」
龍驤がつい吹き出すと、隼人は言う。
「それにみんなのトラウマもさ、全部一緒に乗り越えてやれば、家族なんだからさ。」
「・・・せやね」
隼人の言葉に、龍驤は微笑んだ。
「そうだ龍驤、鏡夜から面白い話聞いたんだけど、どう?」
「・・・なんやぁ?えらい楽しそうに子供みたいな顔してんなぁ。
ええで、話してみ。」
「そう来なくっちゃ、実はね?」
そうして隼人は龍驤に鏡夜から聞いた話を話したのだった。