素晴らしい作品なので是非一度お目を通すことをお勧めします。
冷戦下、核抑止と言えど両大国の人々は大変な緊張と不安を常々感じていたと推測します。核兵器という力は大きな安全を保障しても、小さな安心を守るには大きすぎたのかもしれませんね。人間の倫理は時代を経る度に向上している様に見えますが、今も核の下で生きているという事実を自覚すると、あり得ないと理解しているのに不安が生じます。
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1900年代―――西暦と呼ばれる紀年法にて誕生した地上における近代平年紀 現在、その地上では一つの大きな戦争が終わり、新たに一つの戦争が始まろうとしていた
"相変わらず、地上人は野蛮な者共だ"―――上述部を聞けば、私たちの大半はそう思うだけで、大した関心を抱く事は無いだろう。元より月の者にとって地上とは"そのような対象"に過ぎないのだから。
だが、この時は・・・この年は新聞の端記事はおろか、号外として配布されるべき―――歴史に記録されるべき年と変貌するとは皆思わなかった・・・
月面侵攻より4年
1973年
それは突然の出来事だった。外の―――表の月へ地上人たちが再度やって来たのだ・・・無数のロケットに乗って・・・
突拍子の報せに私の内心は興味と驚愕で一杯。知らぬ間に文化祭委員に任命された時も、突然部隊の取締りを申し受ける事となった時も・・・ここまで驚くことはなかった。
ZIRIRIRIRIRIRINNNNNNN ! ―――
映像を見ながら騒ぐ玉兎の声で覆われた詰所内の照明が一瞬の内に薄暗いまるで血の様な濃赤へと変わった―――非常事態だ・・・
《緊急事態発生!緊急事態発生!地上より国籍不明のロケット多数を確認!総員、戦闘装備にて待機》
天上の丁度正面に位置するスピーカーから大音量で緊急放送が流れる。普段冷静なオペレーターの声からまるで化け物を見てしまったかの様な緊張と焦りが感じられる。まあ、普段冷静な人でもこのような状況ではそれを保てないというのは当然と言ってもいいのだが。
「聞いたわね、B装に着替えて各居室に待機・・・以上、別れ!」
「「「別れます!」」」
一斉に敬礼する私たち。声は大きいがお世辞にも揃っているとは言えない。全員の表情を見る様に小さく顔を動かしながら敬礼を返す中隊長。先程のオペレーターの様な焦りをその声から伺え得なかったが、代わりに表情という目に分かる方法で心境を表してくれた。不安と驚愕、恐らく私たちならより明確に知られてしまうだろう。それを出来る限り抑え、即座に指示を出した小隊長は技術だけでなく精神的にも優れた人なのだなぁと改めて実感する。
B装で待機って・・・本当に戦うことになっちゃうの?―――
バカ!そんな訳ないわ、あっちだってまだ私たちに気づいてないんだから―――
じゃあ何で戦闘装備なんて着けるのよ!?―――
何かあった時の保険よ、保険・・・―――
居室で戦闘装備の準備をしつつ皆で意見―いや感想と言うべきか―を交し合う。やはり皆から感じられるのは恐怖や不安といった目に見えない現状への否定的な感情の誘発だ。"地上人が攻めてきた"―――我々が知り得る既知はこの一行で示せる言葉のみの情報。具体的状況やじ後の詳細については未だ不明。抽象とは対象に対する理解が比較的容易となる傾向にあるが、それが現況では負の方向へと"進軍"している―――曖昧につき、印象が単純肥大するのだ。"攻めてきた"と言われれば、相手がこちらに気付くことなく帰っていく楽観的想像よりも、こちらを標的に侵攻するといった悲観的な絵面の方が想像し易いだろう。
仕返しだよ・・・11年前の復讐だよ、きっと!!―――
何言ってんの?あれは私達の仕業だってバレてないわ!全員帰還してきたでしょ?―――
でもでも、何人か足りなかったって噂もあったじゃん!?―――
そんなの噂に過ぎないわ!いいから黙って装備付けなさいよ!―――
11年前―――1962年・・・地上における大国の一つ、アメリカ合衆国の大統領がテキサス州ダラス市で暗殺された。若くして優秀、何より国民から絶大な人気と信頼を委託された彼の死は、かの国全体に衝撃をもたらすに至った。友人から聞いた話によると、国の威信を掛けた調査の結果、一人の地上人が逮捕されたという。事実かの判定は困難を生ずるが、仮にそうであるならばその地上人はあまりにも不運だ―――国家の象徴を喪失した政府は国の気風に応えなければならない焦りもあったのだろう。全力を尽くしただろうが、誤認逮捕の結果をもたらした
我々の仕業だと知らずに
暗殺の1年前―――1961年・・・後に暗殺されるだろうとは誰もが、本人でさえ夢に見る事は無かったであろう最中、かの大統領は議会演説でこう発言を残した"1960年代中に人間を月に到達させる"と・・・
この事実はその対象たる我々―――月の民の耳に入った。事態を重く見た都の上層部は当声明を地上人による月侵攻の広布と認定、月侵攻を掲げながらも此方への認知は無いと判断し、一部過激派高官により国家全体による総力戦回避という名目の下、最高指揮官暗殺という先制攻撃案が半ば強引に可決された。
具体的作戦内容は現在も知らされていない。我々玉兎がその事実さえ知り得たのは部隊出発後であった。月の使者一名及び精鋭玉兎兵による少数精鋭部隊・・・月人は言及しなかったがその様な部隊が編成されたのは周知の事実であった。出発から数週間後、作戦成功の暗号が発信され、出撃したとされる玉兎兵達が監視役の
還、都は歓喜に溢れた―――"地上人共の愚考を愚行に移す前に見事打ち破った"、帰還した兵士の一人が残した言葉だ。彼等が発言する度に否定的に見れば狂った、肯定的に見れば喜びが浸透した歓声が至る所より湧き立ち、英雄達を歓迎した。
それから4年後、監視の任を自ら引き受けたとされる月の使者が帰還を果たした。長期間に亘る地上滞在によって被った外的"穢れ"を祓う為、その後長らく我々に姿を見せなかったが、議会において登壇する姿がモニターに映り、我々は再び歓喜した。"彼女こそ真の英雄"―――月人を筆頭に撮られた地上攻撃部隊のプロマイドが爆発的に売買されたのを覚えている。何より私もその需要の一つだ。
相手に知らしめずとも、我々の勝利と称しても過言ではなかった。所詮は地上の蛮族、我々に歯向かおうとした愚考の当然の結果・・・多くの月の民はそう確信していた
1969年
潰えたと認識していた彼等の計画は未だその端を残していた。アポロ計画―――太陽神アポロンの名を翳した月面侵攻計画・・・地球の周回軌道をただ回るだけの―――哨戒任務に就く玉兎の遊び道具である人の作りし人為的衛星とは異なる、ロケットを彼等は製作し、遂に人を月へと上陸させた。大気圏外で地上人が宇宙遊泳を楽しんだ状況とは比べものにもならない程の警戒態勢が取られた。多くの玉兎が招集され、着陸する宇宙船をじっと、ある者は獲物を睨み殺すような目つきで、ある者は恐怖に怯えた目つきで、他方で地上に関心を持つような純真な目で見つめ続けた。タラップより地上人―――人間が降りていく映像は今でも鮮明に脳で再生出来る。純白で巨大な、相手を圧倒するような不気味極まりない宇宙服・・・徐々に近づく足跡、偵察部隊に命令が伝達される寸前、彼等が為した行為はある者を呆然とさせ、ある者を安堵させ、他方で笑いを生じさせた。
彼らが行った"攻撃"は―――月面に国旗を立たせる事。あまりの出来事に私はつい目を疑ってしまった。地上人達に攻撃の意思など無かった。彼等は月に自らが降りたったという証明を公示出来ればよかったに過ぎなかったのだ。"愚かにも地上人達は表の月に旗を立てるという滑稽な出来事にうつつを抜かしている"―――私の隣でモニターを見ていた月人が下品な笑いと共にそう口走った。それを見た玉兎達も釣られて笑う"馬鹿め馬鹿め"と・・・
乾いた笑みを浮かべながらも、まるでモニターに気付いてるかの如くこちらを覗く地上人の姿に、私は胸騒ぎを感じずにはいられなかった
《緊急!緊急!未確認飛行物体接近中!全員、屋内に退避―!耳を隠し、伏せろ!》
現状に至ると仮定可能な回顧の最中、またも緊急通信がスピーカーより大音量で浸透する。先程が可愛く思える程の―――落ち着けとつい言ってしまいたくなる情に触れる程の焦りがひしひしと伝わる。だがその内容はその様な思考を中断させるに値する情報だった。
「!全員、ベットの下に隠れなさい!」
慌てて隊員に伝え、自身も同様の行為に移ろうとするが
「あれは・・・」
窓より垣間見えた"何か"、いや、未確認飛行物体。ここからでは微かに視認し得るに過ぎないが、こちらへ向かってくる事は理解出来た。
「え?しょ、小隊長!?」
気付くと私は廊下を疾走していた。誰の姿も見当たらない濃赤の光が照らす平面は地上にあるとされる地獄の印象を彷彿とさせる。何故私は走っている、自問自答するも答えは出ない。恐怖で狂ってしまった?狂気とは自覚可能なモノなのか、自身の戦法の一つを担うというのに今まで知らなかったとは。馬鹿げた思考を浮かばせながらも私は走る。見えてくるのは廊下最右翼の大窓。そこからは廊下が続いているかの様な広大な月の大地を覗かせる。止まると同時に未確認飛行物体が視界に入る。疾走の間に大分全体が見えるまでの距離を進んだようだ。おかしい・・・怖い筈なのに怖くない、逃げたい筈なのに逃げない・・・まるでこれから起こり得る結果を隅々まで観察したいと願う学者の様な心理が作用しているのだろうか。そう思う間にも、未確認飛行物体―――ロケット・・・ミサイルは地表へと滑らかに・・・
「レイセェェェェェン!!」
落ちていったと思われる
VOOOOOOOOOOOOUUUUUUUUUMMMMM !! ―――
誰かによって床に叩き付けられた私は、その痛みを感じつつ、今まで聞いたことの無いような―――まるで龍がその雄たけびを上げるかの如き"悲鳴"を、室内にても実感出来る途轍もない衝撃と共に聞いた。
BISHUN BISHUN ! ―――
波の様に次から次へと起こる衝撃に耐えきれなかったか、照明が断絶し、至る居室から物が落下する破裂音と悲鳴が響き渡る。暗黒と化した周辺に注意しつつ、私を叩き付けた主の顔を見る。暗転したにも関わらず、その素顔が明確に視覚化出来る。その表情は驚きに満ち溢れている。彼女の素顔はこんなものだったのか。意外と可愛い人なのかもしれない。他人の驚愕をその様に捉えるのは初めてかもしれない。
しかし、何故こうも視認出来るのか?彼女に対し照明が集中しているから?いや、この鮮明加減は私にも照明が―――私達が照らされているような・・・自然と光の元―――隣の彼女が見つめる方向へ身体ごと顔を向ける・・・
「・・・な」
どこかキノコの印象を与える中心の巨大な雲、辺りを揺らす波の様な多層の丸を描いた巻き雲
「・・・何・・・あれ・・・」
全てを照らす様な真っ赤な・・・真っ赤な―――光