…。
……。
………。
――ねえ、今度アライズのCD貸してよ――
――やば、スマホの速度制限かかっちゃった――
…ここは、どこだろう。気が付くと私は、どこかの街の、人並みの中にいた。
あたりを見回すと、街並みに見覚えがあることに気付く。ここは、前にカレンちゃんと来たことがある渋谷の街だ。
――聞いてよ! 昨日姉さんにパシリにされてさぁ――
――お前の彼女、水蓮女学院だって聞いたけど、マジ?――
人の話し声が絶えず聞こえてくる。
(これ、夢…?)
私は、カレンちゃんの膝枕で寝てしまった…はず。なら、ここは夢の中なんだろう。
人ごみの中を、あてもなく歩いていく。かなりの人ごみなのに、不思議と、人々は私を避けて通り過ぎていく。
――お前、超能力者の動画見た?――
――CGの編集だろ、あんなの――
街を進んでいると、季節が次々と移り変わっていく。人々の服装が、夏の装いから厚手のコートに。紅葉していた街路樹の葉が散ったと思うと、いつのまにか新緑の葉が生い茂っている。
そして、少しずつ――ほんの少しずつ、人が減っていく。
――昨日のテレビ、ヤバすぎるだろ。頭がパーンって――
――政府も本気で動くんじゃないかな――
聞こえてくる会話の内容に、不穏な単語が混じり始める。そして突然、目の前の人ごみが割れた。幅の広い歩道の真ん中で、男性が二人が喧嘩をしている…というより、一人が一方的に怒鳴り散らしている。周囲の人は近づきたくないのか、遠巻きに様子を見ている。
私からかなり距離があるはずなのに、明瞭に声が聞こえてくる。
「だから、人の足踏んどいて、なんで謝らないか聞いてんだよッ!」
片方の、怒鳴っている男の人は30代前半くらいで、大柄。服は革ジャンにジーパン、耳にはピアス。…正直、かなりガラが悪い人だった。
もう片方、怒鳴られてうつむいている男性は、学生服姿で地味な印象を受ける。あの制服は…私が通っていた、もえぎ高校の男子生徒だ。どうして、渋谷の街にいるんだろう。
どうやら、もえ高の生徒が革ジャンの男の足を踏んで、それが元でトラブルになっているらしい。
(ここ、本当に夢の中なの?)
私が普段見る夢は、捉えどころがなく曖昧なものか、現実離れしたものばかりだった。ここまではっきりと人の話し声が聞こえてくる夢は、見たことがない。
「おい、聞いてんのか!?」
男子生徒はしゃべらずうつむいたままで、革ジャンの男は、今にも男子生徒に掴みかかりそうだ。私は仲裁に入ろうと、人ごみをかき分けて野次馬の前のほうに出る。その時、男子生徒が顔を上げた。
「うるさいな、下等生物」
そう言い放ったと同時に、ふわりと、革ジャンの男の体が、空中に浮かび上がった。周囲の人々がどよめく。
――おい、あいつ…――
――やばいよ、逃げよう――
男子生徒から"圧"が伝わってくる。魔力は感じられないから、間違いなく、あの男子生徒は私と同じ超能力者……念動力者だ。
大勢が見ている中、宙に浮かんだ革ジャンの男の高度が上がっていく。革ジャン男が顔を真っ青にして叫ぶ。
「お前、超能力者――悪かった、悪かったからやめてくれ!」
男子生徒は、無視してさらに革ジャン男の高度を上げていく。
(まさか――落とす気!?)
周囲のビルの5階くらいまで革ジャン男が持ち上げられたところで、男子生徒がつぶやいた。
「わかった、やめてあげるよ」
男子生徒からの"圧"が消え、念動力で持ち上げられていた革ジャン男は、そのまま――
「ダメーーーーっ!!」
叫んで、私は念動力を発動した。人が入れる程の、大きなシャボン玉をイメージ。落ちる男を包み込むように発現させ、空中に静止させる。
(ま、間に合った……)
数秒でも遅れていたら、革ジャン男は路上に落下していた。本当にギリギリのタイミングだった。
不可視の"シャボン玉"を操作して、革ジャン男を地上までゆっくり降下させる。
路面まで十数センチのところで能力を解除……私は、尻もちをついた革ジャン男に駆け寄る。
「あの、大丈夫ですか? …立てますか?」
手を差し伸べる。革ジャン男は呆然とした様子で、私の手を見つめて――
「ひっ…! ば、化け物!」
「あ――」
私の手を払いのけて立ち上がった男は、背を向けて、人ごみの中に走り去っていった。その場には、私と大勢の野次馬、そして騒ぎの発端である男子生徒が残された。
(化け物って……ひどくないかな…)
確かに、念動力者で、さらにクエスターでもある私は、一般人とはかけ離れた力を持っているけど――面と向かって化け物なんて言われたら、傷つく。私と男子生徒を取り囲んでいる、野次馬のざわめきが大きくなる。
――あの子も超能力者なの?――
――あんな女の子が?――
――やべ、俺、タイプかも――
――やめろよ、目合わせんな――
白昼堂々、街中で念動力を使ったら目立つのはわかる。でも、周囲から感じる視線は、好奇より恐怖の感情が強い気がする。
数メートル離れた場所で、なぜか私を見てにやついている男子生徒を問い詰めないといけないけど……正直、この場所から離れたい。
「へー、うちの高校にも能力使える人、いたんだ」
このまま立ち去ってくれないかな、という私の思いを無視して、男子生徒が話しかけてくる。…さっきのことについて、話さないと。
「ねえ、あなた、何年生? …どうして、あんなことしたの?」
先輩の可能性もあったけど、敬語を使う気は起きなかった。
「1年の新崎。渋谷EZ所属。…あんたは?」
男子生徒――新崎君は後輩だった。渋谷EZというのは、よくわからない。
「2年の松原、だよ。さっきの質問に答えて!」
さっき革ジャン男を助けたことも、今、新崎君と話していることも……夢から覚めたら、何の意味もない。そもそも、"革ジャン男"や"新崎君"、周りの野次馬も見覚えがないから、全部私の想像上の人物のはず。
それでも……新崎君を問い詰めずにはいられなかった。
「正当防衛だよ。地面にぶつかる前に止めるつもりだったし。自分のEZで、力を使って何が悪いわけ?」
「正当防衛って……」
仮に新崎君が、革ジャン男が地面に落ちる前に止める技量を持っていたとしても、公衆の面前で堂々と念動力をつかうのは許されないはず。
(そういえば…こんな騒ぎになっているのに、なんで"何も"来ないの?)
さっきから野次馬は集まっているけど、警察も、神秘の隠蔽組織である"連盟"も来ていない。
「そんなことよりさ、松原先輩。他のEZに入ってないなら、僕の彼女になって渋谷に来ない? 僕、一応"トップテン"だし、彼女としてなら怜央さんも警戒しないし」
「か、彼女…?」
新崎君の言っていることがよくわからない。まず、さっきから頻繁に言っている"EZ"が何なのかわからないし、初対面の先輩に向かって"彼女になれ"と言える神経も理解できない。とりあえず、私の答えは決まっている。
「渋谷EZとか、トップテンとか知らないけど…私、もう付き合ってる人がいるから、一緒には行けないよ」
「うちのEZ知らないとか、山籠もりでもしてたの?…てか、彼氏持ちかよ。優しくして損したな。」
(彼氏じゃないんだけど…)
そう思ったけど、面倒なことになりそうだから言わないでおく。
「まあ、いいや。その彼氏にはすまないけど、怜央さんの指示だからさ――」
(……!?)
新崎君から、さっきより強力な"圧"と殺意が私に向けられたのを感じた。とっさに、自分の身体を念動力で覆う。
「――死ねよ」
その言葉と同時に、私の胸元から腹部にかけて、身体を内側から膨張させる強烈な力……念動力が加わった。
「ぐっ……!?」
胴体を破裂させようとする新崎君の力と、それを抑え込もうとする私の念動力が衝突して、周囲に干渉光が発生。余波のエネルギーが体内を傷つけて、夢の中とは思えない痛みが走る。
(……上書きして、打ち消す!)
膨張を抑える私の念動力に、シャードのマナを上乗せする。"優先度"が上がった私の念動力に
「はあっ、はあっ……、新崎君、いきなりなにするの!」
治癒魔法をイメージして体内の傷を治しつつ、新崎君に怒鳴る。…念動力を使った人体への攻撃は、一般人だとまず防げない。マナの補給手段があって、相手の力を上手く抑え込めたとしても、念動力同士の衝突エネルギーが身体を破壊してしまう。私が攻撃を耐えきれたのは、クエスター特有の肉体の頑丈さがあったからで、ただの念動力者なら即死していた。
「なっ…なんで今ので死なないんだ!?」
「やっぱり、殺すつもりだったんだ。どうして……私、なにか悪いことした!?」
いきなり攻撃されるような事をした覚えはない。
(もしかして、さっき念動力を使ったのがいけなかったの?)
新崎君との会話に出てきた"渋谷EZ"や"怜央さん"という言葉。この場所はきっと、私がカレンちゃんとデートした渋谷じゃない。
「新崎君、話を――」
「くそっ、もう一回だ!」
新崎君は私の言葉に耳を貸さず、再び私を攻撃しようとする。今度は、私の頭部に膨張力が働こうとして――即座にその念動力は霧散した。…シャードから供給されるマナが一番集中するのは、意思や思考を司る脳だ。加えて、シャードである髪留めのリボンもすぐ近く。攻撃が来るとわかっていれば、マナの圧力だけで抵抗できる。
「これもダメかっ、なら!」
バキッという音と共に、新崎君から数メートル離れた位置に立っている「止まれ」の標識が、根元から千切れて浮かび上がる。目に見える破壊に、周囲の野次馬が悲鳴を上げて逃げ始める。
「いけ!」
標識が、千切れた断面を私に向けて高速で飛来。私はすぐに、目の前の空気を圧縮して盾を発現し、飛んできた標識を防ぐ。強固な空気の盾に衝突した標識は、新崎君の制御から外れて、明後日の方向へ吹き飛ぶ。
「…いい加減にしてっ!」
さすがに、3回も攻撃を仕掛けてくるなら、戦うしかない。私は、時空鞘から
(ない……銃も盾も、全部ない!)
相棒である
(ここが夢の中だから…?)
シャードがあるから加護は使えるはずだけど、それは切り札。今は、念動力と補助魔法だけで戦うしかない。すばやくあたりを見回す。
(もうみんな逃げた…よね?)
私たちを取り囲んでいた野次馬は、全員逃げ出したのか見当たらない。これなら、全力で念動力を使っても、けが人は出ないはず。
新崎君はすでに二射目の物体――路上駐車していた乗用車を空中に浮かべて、私に狙いをつけている。…今度は、守りじゃなくて、攻めに出ることにした。
(運転手さん、ごめんなさい!)
私も新庄君と同じく、路上駐車してあった軽トラックを空中に浮かべて、射出準備――これは迎撃用。軽トラの影に、路面から剥ぎ取った点字ブロックを隠す。
「潰れろ!」
「行って!!」
新崎君は乗用車、私からは軽トラックが、ほぼ同時に射出される。猛スピードで打ち出された自動車同士が空中で激突、轟音と共にスクラップと化す。新崎君は次に打ち出す車を探すためか、2台のスクラップから視線を外す。
(――今!)
軽トラックの残骸の後ろ――新崎君からは死角になっている位置に浮かべていた点字ブロックを、軽トラを回り込ませるように射出。
「ッ――!」
自分に迫る物体にギリギリで気づいたのか、私の制御する点字ブロックに新崎君の念動力が割り込み、空中で静止。虹色の干渉光が弾ける。
(制御、上書きっ!!)
身体を破裂させる攻撃を防いだ時と同様、念動力にマナを注いで、新崎君の力をはじき返す。ブロックにはヒビが入ったけど、問題ない!
(当たって!)
制御を強引に取り戻した点字ブロックを、速度を上げすぎないように注意して、新崎君の腹部に叩きつけた。小さくうめき声をあげて、新崎君はその場に倒れこんだ。
「や、やった……」
倒れている新崎君に駆け寄って、様子を確かめる。…気絶しているけど、心臓は動いていて、ちゃんと息もある。ブロックが直撃した腹部の衣服を脱がせると、内出血を起こしているのか、肌に変色があった。その部分を中心に、治癒魔法をかけていく。
(…よかった、上手くいって)
私には、新崎君を返り討ちにして、逆に殺してしまうだけの力があった。クエスターと一般人では、それだけの地力の差がある。でも私は、同じ学校、もえぎ高校の生徒を死なせてしまうことだけは、夢の中でも絶対にしたくない。
(私も、成長できてるんだ)
…シャードの力、加護を振るっているだけでは、手加減して気絶させるのは無理だった。自分の、クエスターとしての実力が上がっているのを感じる。
新崎君のケガが全快したのを確認して、立ち上がる。起きないうちにここを離れよう、この夢はいつ覚めるんだろう。そう、ぼんやりと考えていた時だった――近くのビルの窓から、なにかが撃ち込まれてきたのは。
(っ!!――防御!)
飛んできたのは鉄パイプ。防ぐために障壁を張って――その障壁をすり抜けて、鉄パイプが私の胸部に突き刺さった。
「――ぁ――かはっ――」
激痛で視界が明滅して、息ができない……肺に突き刺さっているんだから当然だ。立っていられなくて、地面に倒れこむ。背中に、手を回す。
(――貫通してる――この位置、心臓――ブレイク――)
迷わず、シャードの力を全解放――ブレイクする。でも、いつもと違う……痛みは消えたけど、シャードからのマナの強制供給がなくて、立ち上がれない。
そして……いつの間にか、倒れている私のすぐそばに、誰かが立っていた。
(……誰?……)
目の前に見えるのはスニーカー、新崎君じゃない。力を振り絞って首を動かして、上を見上げる。ジーンズにパーカー…私を見下ろしていたのは、新崎君とそう歳の変わらない、一見普通の少年。ただ、首から下げているペンダントについている宝石は間違いなく――。
「お前と持久戦になるのはヤバそうだったんでな……不意打ちで仕留めさせてもらった」
(…クエスター……じゃあ、今のは……)
攻撃系の加護……私も、2系統を使える。初撃で使うということは、彼はカレンちゃんのように、防御が苦手なのかもしれない。
(あれ……?)
目の前が、立っている彼がぼやけて見える。周りが、暗くなっていく。
「新崎を殺さなかったことは礼を言っておく。手加減して勝てるなんて、お前…松原だったか、本当に強いんだな」
(…………)
意識が薄れて、何も考えられない。周りが真っ暗になって、彼の声だけが聞こえる。
「正直スカウトしたいし、お前の彼氏の復讐も怖い。だが、自分で決めた規則を破るわけにもいかない。……"魔王子"として、処刑する」
(……彼氏じゃ、……ない……)
「さよなら、だ」
何かが空を切る音と、衝撃。――意識が途切れた。
●キーワード
・私立
県内でも有名な名門進学校。勉学・スポーツのどちらかに特化したクラス割や、高校とは思えない充実した設備が特徴。なお「幸福クラス」という独自のクラス割も存在するが、あまり知られていない。
・治外法権地帯(Extraterritorial Zone、EZ)
都内に複数存在する、超能力者による支配下に入った地域。独自の"法律"によって治安は保たれているが、政府は公式には認めていない。どのEZにも"魔王子"または"魔王女"と呼ばれる実力者が君臨する。
・県立もえぎ高等学校
穂乃花とカレンが通っている(いた)公立の高校。共学。県内では、学力レベルは中の上あたり。猛勉強して入学した人、より高いレベルの高校を蹴って入った人、外国からの編入生など、様々な生徒が在籍している。
・首都テレビ
関東一円を放送エリアとするテレビ局。バラエティー番組は「アンノウン・ワールド」「きらら警察24時」、アニメは「まじょっ子ぷりずむ」「怪盗ラパン」などが看板番組。