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ハジマリ
「さむっ……何で四月に入ったのに気温一桁なんだよ……」
そう呟くために吐き出した息が白く、冬のような寒さを思わせる
手揉みをし、冷え切った手を暖めなければ凍えてしまいそうな程気温が低く、空はまるで雨でも降りそうな灰色の雲に覆われている
そのせいなのか、薄い霧がかかり靄のように辺りを包み、朝靄とでも言うべきであろうか、その霧が周りを満たしていた
「しかもこんな寒空の中外に出ないと行けないとか……拷問か」
愚痴を零しても取り合ってくれる人がいないのだが、朝早くに呼び出され無理やり連れ出された身になってみれば、愚痴の一つなど仕方ない事だと思うであろう
「そこ五月蝿いわよ。今日は我ら秘封倶楽部の活動だと言うのに」
「俺はメンバーじゃないんだが」
「さ、メリー現場へと向かいましょうか」
「おい、無視か」
「そうね、蓮子行きましょう」
「マエリベリーまで!?」
たった今流れるような会話を繰り広げた二人
金の髪色にふわっとした帽子を被る、まるで絵本から出てきたかのような美少女マエリベリー・ハーン、皆にはメリーと呼ばれている
……と言っても俺自身は知り合ってそれ程経っていないため、マエリベリーと呼んでいるが
そして今回の元凶、濃い茶色の髪に肩までに掛かるか掛からない程度であろうミドルヘアーであり、白と黒のツートンカラーの帽子や服装を身につけているのは
この気温のせいか二人とも暖かそうなコートを着用し、マエリベリーに至っては手袋やマフラーという完全防寒の対策をしているのである
かく言う俺はジーパン、Tシャツの上にジャンバーという簡素としか言えない防寒着だ
「五月蝿い。さて、というわけで今日の活動場所は博麗神社よ」
「一掃かよ……。というか博麗神社……?
だからあのオンボロ神社前の林の入り口集合なのか。でもこの前来た時何もなかっただろ」
「まぁ、確かにあの時は何もなかったけど、メリーが結界の境目を見つけたらしいのよ」
結界の境目というのはマエリベリーが見えるという良くある都市伝説のような異次元の門みたいなもの……らしいのであるが、普通に考えて信じられる訳がないので今まで受け流していたものだ
「境目、ねぇ……本当にそんなもんあるのか?」
「……そういえばまだあんたは見たことがなかったわね。ただ本当に存在しているのかで言えば私は幻像にしか思えないけど」
「なんだそりゃ、なら別に行かなくても良いだろ。てか俺寝不足で眠いんだが」
「はぁ……。またゲームして夜更かししてたんでしょ」
欠伸をする俺へマエリベリーが溜息と共に呆れた顔で半目を向けられる
そんなろくでなしを見るような目を向けられても面白い物は辞められる訳ない、と心の中だけに留めておく
どうせ此処でそう反論しても聞いてくれなさそうなので適当な理由をつければ良いと思い顔を逸らすかのように切り替えした
「レアドロップするモンスター狩りしてたから仕方ないな」
「もっと時間の使い方正すべきだと思うのだけど」
「そうね、今度家に取り上げに行きましょうか」
「お前は自分がやりたいだけだろ!?」
この前も急に押しかけて来ては俺のやっていた某RPGゲームを横取りする形でやったという前科があるのだ
いくら隣に住み、馴染みがあるからと言っても人の娯楽であるゲームをやるために押し掛けて来るのはどうなのだろうか
ただ今更言っても確実に取り合って貰えないため言うつもりはないが
「五月蝿いわね……あんたの部屋に私のやりたいゲームがあるのだから良いじゃない」
「良いじゃない、じゃないからな。人の家に勝手に上がり込む時点でどうかしてるだろ」
いつの間に、とはまさにこの事であると思うが、蓮子は俺の家の合鍵まで作ってしまう始末である
もはやストーカーと言っても過言ではないと思うのだ
「ふふっ……相変わらず仲が良いのね二人とも」
「「誰がこんなやつと!!」」
「ほら息ピッタリじゃないの」
不服だが、まさに息ぴったり合ってしまった手前、どう反論しても無意味であるため元々の目的をさっさと済ませようと提案を口にする
「……ほらもう早いとこ行こうぜ。俺は帰ってゲームがやりたい、というかせっかくの休みなのに何でメンバーでもない俺が付き合わされないといけないんだ」
「何を言ってるのよ?」
「え?」
「私がいる時点で貴方がメンバーということは、決定事項に決まっているじゃない」
既に歩き出していた蓮子が此方へと振り向き口を開く
これこそ理不尽というものなのか、と判り切った事のように言い切った蓮子を俺は呆れた顔で見つめ返すしか出来ないのであった
「ほら、二人ともいつまでもイチャついてないで」
「「イチャついてない(だろ)!!」」
「……と、貴方達が仲良くイチャついている間に目的の場所についたわ」
何時ものように他愛もない会話で言い争いながら歩く事、数分
神社の内部、その裏手である薄暗い林をマエリベリーは先程とは打って変わり、真剣な表情で指を差している
「……何もないように見えるんだが……?」
「……私も特にはおかしいところは見当たらないけど?」
「私には彼処に歪む何かが確かに見えるのに……」
やはり皆には見えないのかしら、と項垂れるマエリベリーを尻目に蓮子はその地点へと勝手に歩を進めてしまう
いつもの事ながら好奇心で行動してしまう蓮子に溜息を吐きつつ、俺は後を追った
「蓮子!近づいたら駄目!!」
「え?」
「──なっ……」
突然まるで何かに吸い込まれるかのように目の前を歩いている蓮子の身体が傾き始め、更にそこが別の場所に繋がってる事を示すかのように腕一本が消失しているかのようになっている
「っ……蓮子!!」
混乱し思考停止してしまいそうになる脳を無理やり叩き起こし、目の前のお転婆娘を引き寄せるため手を伸ばす
異常事態に力加減が上手く出来なかったのか、思いの外凄い力で手を引いてしまった
その結果───
「うお……っ!?」
「きゃっ……」
俺が下敷きになる形で倒れこむ状態へとなってしまうのであった
きっと普通であればラブコメのような展開で皆爆発しろと言うだろうが今はそういう場合ではない
「……蓮子大丈夫か?」
「……」
「……蓮子?」
蓮子は何があったのか動かず、俺の上に乗っているのも気にしようとしない
元々そのような事を気にする
「お、おい……蓮子平気か?」
慌てて顔を覗き込む、そこには驚愕をした顔を見せる蓮子が言葉を失っているかのように呆然としていた
「……蓮子?」
「……のよ」
「……ん?」
「何か別の世界が彼処にあったのよ!」
「………………は?」
マエリベリーが駆け寄って来ているであろう足音を後ろから聞き取りつつ、蓮子が発した言葉に呆気に取られるのであった
◇◇◇
「……つまり何かに引き込れかけた時、その奥には林ではなく村が見えた、と?」
「そう、ね。大体あっているわ」
「いや蓮子……。村って言ったって俺が見たところ彼処には薄気味悪い林しかないんだが」
それよりも引き込まれかけた事は良いのであろうか、その事すら気にしない豪胆な性格に感服してしまう
なお、普通に会話していられるのは表の境内に移動したためであるが、そうであっても蓮子の態度には呆れてしまう程である
「ほら!言ったでしょ蓮子。ここに結界の境目があるって!」
自分と同じ物が見えたと思っているのかマエリベリーも興奮気味でまくし立てている
勿論、俺には何も見えておらず更には引き込まれるような事にもなっていないので信じ切れる事はないが
「……よしあんた、調べて来なさい」
「……は?断る」
「女の子に行かせると言うのね!私はそんな子に育てた覚えはないわよ!」
「誰がお前の息子だ!」
「……これが夫婦漫才ってやつかしら」
ぼそっと呟くマエリベリーの言葉を聞き流し、つい先程あった異常事態について思考を傾ける
もしも本当にマエリベリーの言うような境目というものであり、その先に蓮子の見たと言う別世界があるのであれば危険だと思われるものなどには手を出さず、そんな物ある訳ないと一掃すれば良い話である
しかし、ゲーマー兼隠れ厨二病気質な俺としては見てみたいという気持ちもない訳ではないのだ
興味がある、だが危険、そう判断した俺は蓮子へ最終的な結論を口にする
「蓮子……。あれはやめておいた方が良いと思うぞ」
「何よ、怖気付いたの?」
「いや、蓮子もさっき危なかっただろ?もしあれが何処かに通じてるとしても帰って来れる保障もない、そこまでの危険を犯す必要あるのか?」
「でも秘封倶楽部として謎の解明を「ダメだ、やめておけ」──ッ…」
ここでハッキリと言っておかなければ何をするか分からないため少しキツイ口調となってしまう
しかし何故、あの奇怪な事に巻き込まれたのにも関わらず向かおうとするのだろうか、無謀にも程があるというものだ
「で、でも……」
「お隣の
「……大きなお世話よ」
俺の言葉に対して何か感じる事でもあったのか拗ねてしまったようだ
だがこれは好都合でもある、厄介事を持ち込まないで済み二人を危険に晒すような事にならないからだ
「はぁ……ほら何か奢ってやるから拗ねるなって」
「よし、メリー行きましょう。奢りよ」
溜息と共に発した言葉を聞くや否やスタスタと足早に鳥居の奥にある階段へと向かう現金な奴、もとい幼馴染み
立ち直りが早いのは良いのだが此処まで来ると逆に清々しさを感じてしまう
「何にしようか迷うわね……高級ホテルの「断る」何よ、まだ言い切ってないじゃない!」
「今確実に高級って言っただろ!俺の財布事情も考慮してくれよ!?」
「そうね蓮子、私は高級懐石料理が食べてみ「マエリベリーもかよ!?」……奢ってくれるんでしょ?」
どうやらこの二人は俺を死活させたいらしい……
不思議と目の前の景色が歪む、勿論涙という液体で
「仕方ないわね……そこらにある喫茶店で妥協してあげるわ」
「何故、上から目線なんだ……」
ブツブツと愚痴を零しつつ歩いているといつの間にか入り口、朝の集合場所である林の前まで辿り着いていた
これから散財してしまうであろう物を今の持ち合わせで足りるかと財布を取り出そうとポケットへ手を伸ばす、しかしポケットにはあるべきである財布の感触がない
「……ない」
「どうかしたの?」
「……財布を落としたみたいだ」
朝、此処に来た時は確実にあったはずである
つまり落としたとすればその間、おそらく此処までの道のりから神社の中であろう
「あー……先に向かっててくれ、財布回収してから追いつくから」
「全く……仕方ないわね」
「そうね……。じゃあ蓮子何を食べるか決めておきましょ」
頼むから高い物はやめてくれよ、と胸中で呟き、駆け足で今来た道を下を向きながら引き返すのであった
◆◆◆
「さて……と」
キョロキョロとおそらく誰かが見たら不審者扱いされるであろう挙動を取りつつ引き返す事数分、結局神社までの道には無く神社まで続く階段を登っていた
登り切ると漸く目的の物が境内に落ちているのを発見し、ほっと胸を撫で下ろしつつ駆け寄り拾い上げる
「お……良かった、あったあった」
それ程移動した訳でもないので発見にはあまり時間がかからなかったのは幸いのようだ
……あまり遅いとあのお転婆娘が五月蝿いからであるが
──しろいわね──
「……?」
何か聞こえたよう気がし顔を上げ辺りを見渡す、が特に誰も見当たらない
こんなオンボロ神社に人が来るとも聞かない話である
ふと、風が頬を撫でる
此処で俺はある不可解な出来事に気づいてしまう
否、気づかざる得なかった
音がない、まるで俺以外の音だけを世界から切り取ったかのように全ての音が消え失せているのだ
──面白いわね貴方──
「……ッ!?」
今度こそ確かに聞こえた、はっきりと鮮明に
ドッドッ、と鼓動が速まり身体に緊張が走る
「だ、誰だっ……!誰かいるのか!?」
「こんにちは」
「なっ……。い、今何処から…!?」
突如、背後から聞こえた声に振り向くとそこには全体を紫の服で基調とした金の長髪の人物、極め付けに雰囲気が胡散臭さ全開である
妖艶、まるで人間離れした美、それが目の前に立っている
しかし服や雰囲気、扇子などの道具から少し年配のように見え───
「……人間の癖に良い度胸しているじゃないの」
ゴゴゴ、と威圧感を纏いこめかみの辺りに青筋を浮かべるかのように口を開く年配の……もとい胡散臭い人物
「い、いやその、綺麗なお姉さん?」
「……まぁ良いでしょう」
おそらく年配という言葉に反応したのだと思い、言い直す
それよりも今はこの異様な世界がどういう事なのか説明をしてもらいたいものだ
「それよりもこれは一体何なんだ?」
「貴方……本当に人間なのかしら?」
「……は?」
質問とは全くの見当違いな答えに戸惑いを覚える
生まれも育ちも此処日本である俺に何を言っているのだろうか
少なくとも生まれてこの方外国などには一度も行った事などない
「そういう意味ではないわ、何故外の世界である貴方にそこまでの力……霊力。いや、妖力が宿っているのかを聞いているのよ」
「……え?妖力?」
妖力……つまり妖などそういう類の者にあると言うアレだろうか
そして今更なのだが考えが読まれている
「それほどの膨大な妖力……並の妖怪ではない事は確かね……。大妖怪クラスではないとしても……中級以上上級未満はあるわ」
俺の世界では言われる事のないであろう単語をつらつらと発し始める金髪の女性
本来であればすぐにでも逃げ出してしまいたいのだが、先程の雰囲気のように怒らせてしまっては何があるか分からなく背中を見せたら最後である気がし、迂闊に動けないのである
「それにここまで接近しないと気づけないほどの隠密性……もう一度聞くわ。貴方何者なのかしら」
「俺はしがない一般人……のはずだ。それに心当たりもない」
そう、心当たりがないところが怖いのだ
誰かも分からない人物にまるで意味の分からない事を言われる、さらには世界そのものがおかしいこの状況である
恐怖を感じるのも無理はないであろう
「失礼、私は妖怪の賢者であり大妖怪
「……ん?あれ、何かナチュラルに妖怪とか聞こえたんだが気のせいか?」
妖怪の賢者やら大妖怪やらもう非日常としか言えない単語が飛び交う
俺の脳では処理しきれない内容ばかりで混乱している中、目先で一番気になる事を質問としてぶつける
「……貴方、その妖怪のいる幻想郷に来なさい」
「げ、幻想郷……?」
「幻想郷……それは忘れられし幻想が集められた場所とでも言うべきかしら。そしてその幻想となった物の中に『妖怪』が存在する」
「妖怪って……あの座敷童とか?」
座敷童というと家に幸運をもたらすとか色々伝承があるらしいが……実際詳しい事は俺はよく分からない
「座敷童……まぁ概ね正解かしらね。座敷童は精霊や神の類として分類してるから幻想の存在としては間違ってはいないわ」
「ちょっと待てよ、俺は忘れられてもないし幻想の存在でもないぞ」
ましてや妖怪でも神でも精霊などというものでもないのだ
「……それなら、仕方ないわね。諦めましょうかしら」
やけにあっさりと引く八雲さんを見、若干の違和感を感じたが今はあのお転婆娘達のために財布の中身を献上しなくてはならない
そこで俺はふと、八雲さんが誰かに似ているという感覚に襲われる
金髪、という観点からかもしれないがマエリベリーに酷似しているのだ
おそらく杞憂であり他人の空似であると思うのだが……何故か気になる
「えーと、八雲さん。マエリベリー・ハーンって知っているか?」
「……いえ、存じ上げないわ」
「そう、か……。とりあえずこの後用事があるんだ。悪いけどもう行かせてもらうぞ八雲さん」
「そう、ね。それじゃあまた会いましょう『零一』」
また会う事はもうないであろうと思いつつその言葉を聞き流す
背を向け元来た道である鳥居を潜り、階段へ向かうために足を踏み出し───
「なっ……に……!?」
足を踏み出したその先には多数の目が浮かび上がる『穴』があった
すでに足は踏み出している……その先にあるはずの地面はない、つまりそのまま重力によって───落ちる
「───なぁぁぁぁぁ!?」
「ふふ……また会いましょう
八雲さんの言った『また』の意味を理解出来ず、そのまま無数の目が広がる穴へと俺は落ちていった