ヴェルディside
俺はベッドに寝転がって、シーツをぎゅっと握った。
一回でも力加減を間違えればそれを思い切り裂くことになるだろう。
いけない、と自分を制して、ふぅと息を吐く。
張り詰めた緊張や、気持ちの中ではどうにも落ち着いて寝れない。
むくりと起き上がり、俺はあたりを一回見渡した。
ギィ、と開く扉。
俺はそれを暗闇のせいで視認できず、つい声が出る。
「・・・誰だ?」
「ッ!」
びくり、とその人は肩を震わせた。
「お、お兄さん・・・起きてたの?」
その声はフランドールのものだった。
少々戸惑っているような、それでいて困っているような声音が俺の耳に届く。
「こんなところで、俺がまとめに寝れると思うか?」
「たしかに、寝れなさそう」
俺が苦笑しながらそういえば、フランドールも口元を覆ってくすくすと笑った。
『私が、ノアを殺したのよ』
ふと、そんな声がフラッシュバックした。
俺がそれを思い出して顔をしかめていると、暗闇に目が慣れているのか、府r何ドールが首をかしげて聞いてきた。
「お兄さん?」
「・・・・・・・・・ノア」
こちらに近寄ってきたフランドールが、俺の顔を覗き込むと同時に、俺はフランドールを組み敷いた。
きょとん、と彼女は組み敷かれたまま瞬きを何度か繰り返し、やっと状況を把握したようだった。
「なっ、お、おにいさ・・・・・・」
俺の腕を退かそうと奮闘しているのが見てわかった。
だけれども俺もそうそう簡単に退かされるわけにもいかない。
―――――(殺すためにも)
「『借りる』ぞ、フランドール」
「えっ・・・」
「・・・・・・お前の能力は今、俺の手元にある」
フランドールの頭をつかんで、俺はそう低く告げる。
怖いのか?怖いんだろうな、そんなに涙をいっぱい溜めて。
「お前は、お前の能力によって死ぬんだよ。ノアの時と同じように」とつぶやき、ぐっと手の力を強める。
フーッ、フーッと荒い息遣いになる。
血がたぎっている。
俺の全神経が、此奴を殺せと叫んでいる。
俺のすべてが、此奴を拒絶している。
(殺す殺す殺す殺す、殺してやる、そうすればノアも報われるんだ、好きだからといっても悪魔と関わって、そして死んで――――アイツだってまだやりたいことはあったはずなのに、まだまだあいつは頑張れたはずなのに、それなのにこいつのせいで、こいつのせいでノアが、ノアが死んだんだこいつのせいなんだだから俺が仇をとらなければいけないんだそうしなければノアは救われない俺が救ってやるそうすればいいんだ俺もノアもこいつもハッピーなんだそうだそれしか――――――)
『ダメだよ、ヴァル』
呪詛のように、頭の中が殺意一色に染まる。
そんな中、もう聞こえるはずもない暖かい声が・・・幻聴が聞こえた気がして・・・。
あたりを見渡す。そう、いる訳がない。
しかしその声はまだ聞こえる。
俺に呼びかけてくる。
俺の下で暴れるフランドールが(恐怖からかは不明だが)がくがくと震え、涙を流しているのを見てなぜか不思議と冷静になった。
『その子は、フランはダメだ。私のお友達』
暖かい声は冷静になった俺の耳に声を届けてくる。
まるで幼児に読み聞かせるような口調で、声音。
俺はつい口が動いた。
「ウソだ・・・」
その三文字。
半ば呆然としていたが、確かにその三文字は言えただろう。
『その子は、天使の私とも、隔てなく話してくれたの。でも、殺されちゃったのはまぐれ』
嬉しそうな声。
俺はフランドールの頭をつかんでいた手の力を緩める。
その瞬間、フランドールは俺を突き飛ばし、部屋の隅へと走っていった。
何かを拒絶するように耳をふさいで、「ごめんなさい」とつぶやき始める。
『私を【壊した】後、すぐ泣いて謝ってくれた。もう壊さないって言ってくれた』
相変わらずの声音。
その声は―――ノアの声。―いや、ノアは。
『だから、フランを、壊さないで』
俺の行為を否定した。
俺の努力を否定した。
俺の人生を否定した。
なんだか裏切られた気分だった。
いや、ノアならば・・・これが正しい感情なんだろう。
フランドールを見やる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」・・・謝罪する声は止まない。
俺は口を動かす。
「なんで・・・なんでだよ・・・」
『大切なんだ。君もフランも、どっちも――――』
ベッドから足をおろして、俺は嘲笑するように口角を上げた。
あったかいその声に耳を傾けながら、自嘲する。
「はは、俺も?アレも?」
『笑うのかい?もう・・・だから、ヴァルは嫌われ者になっちゃうんだよ。もっと、彼女に歩み寄って。彼女を見て。良い子だから』
久しぶりに呼ばれたその名前に、俺はひどく心を締め付けられた。
胸元でこぶしを作ってそれを胸に殴りつけながら声を絞り出す。
「
『悪気はないんだもん。しかたないじゃない』
苦笑するその声に、耳にこそばゆく感じる。
―――――やがて、彼女の声は、聞こえなくなった。
残ったのは、静寂と、嗚咽と、謝罪の声。
俺は、泣いていた。
「ちく、しょぉお・・・・・・!」
ひどい後悔。
こんなにノアに否定されるような行動を俺は起こしていたのか。
俺のしたことはまるで無意味だったというのか。
そんなにも、俺は殺したくなかったのか。
なぜノアの声が聞こえる前に能力を発動しなかったのか。
―――こんなにも、後悔したことなんて。謝りたくなったことなんて。
ドタバタと足音を鳴らし、俺は部屋の隅のフランドールに近づく。
ひどくおびえた彼女が「ひっ」と息をのみながら声を荒げた。
「ごめんなさい!もう、もう拒絶されたくないの!お兄さんが私を嫌いなら、嫌いなら―――私を、早く殺し」
「バッカヤロウ・・・ッ」
彼女の肩を引き寄せて、フランドールの涙でぬれた顔が俺の胸元に来るように抱きしめる。
ぎゅっと強く、やさしく―――――いつか、ノアがしてくれたみたいに。
「・・・明日、話そう。それまで、眠っていてくれ」
「ふぁ・・・・・・にぃ・・・」
☆ ☆ ☆
朝。
こんなところに鳴きに来る小鳥でもいるのか、ちゅんっというさえずりが聞こえてくる。
「・・・俺も、寝てたみたいだな」
壁に背を預け、フランドールを抱きしめ寝かせ、そのまま俺も眠っていたようだった。
今でも、すぅすぅと眠るフランドールが目前に――――――――――――――俺は、反射的にフランドールをひっぺがした。
そのままベッドに持っていき、そっと寝かせる。
これを誰かに見られてみろ。軽く十回は死ねるだろう。
今回は運もよく誰も来ていないようだったが―――どうだろう?
「・・・危ない、ところだったな」
昨晩を思い出して、俺は頭を押さえる。
殺意が頭を支配していたころ、俺はなぜ動かなかったのか。
それが疑問で俺は「うー」とうなっていた。
と、そのせいかフランドールが目覚めてしまったらしく、「おにぃさ・・・?」という声が聞こえてきた。
「・・・おう」
「おはよ・・・なんでおにいさんが私の部屋に・・・・・・?」
「違う、お前が俺の部屋で寝たんだよ」
「ああ・・・」
こっくりこっくりと舟をこぐフランドールが今にも後ろへ倒れてしまいそうだったから、その背中を支えてやる。
「起きろ」と声をかけると、フランドールの意識はやがて回復してきたのか、また呼ばれた。
「おにいさん・・・・・・ごめん」
「?なぜお前が謝る?」
「だって・・・ノアのこと」
「・・・気にするな。ノアが壊すなと、殺すなというから俺は殺さなかっただけだ」
「嘘」
フランドールの声に、俺の体がびくっと震えてしまう。
いつもよりトーンの低い声。
「・・・嘘?なんでそう言える」
「だって、おにいさん、私の頭つかんだだけだったもん」
「あれは・・・」
「殺すって頭で考えていても、体が追いつかなかったんじゃない?まるで私と真逆」
「・・・お前と真逆?」
俺は首をかしげて見せる。
フランドールはそんな俺を見て微笑みながら言葉をつづけた。
「今まで、私はいっぱい殺してきちゃった。それは私の中にある『狂気』のせい。気がふれちゃってて、なんでもかんでも壊しちゃう癖。私の能力でそれが可能だったから」
手をぐーぱーと交互にやり、フランドールがこちらを見上げる。
「どんなに頭で『殺したくない、殺したくない』って思っていても、手が・・・すーって動いて、ぎゅってしちゃうの。そうするとね?にんげんがただのお肉になっちゃうの」
悲しそうなまなざし。
俺を見ているのに、見ていない遠い目。
指さされた俺は、その手に何の能力もないのに気づく。
「・・・その能力、返してほしいか?」
「本音を言うといらない。でもね、その能力・・・きっといつか誰かの役に立つと思うの。いつかはわからないけれど」
「・・・」
「だから、ちゃんと管理できるまで・・・貴方に見ててほしいの。私を殺すんじゃなくて、私を監視してる。それじゃ、ダメ?」
「いーや、天界を侵した吸血鬼の監視。十分サボりのいいわけに使えるネタだ。採用させていただこう」
「ふふ、ありがとう!それじゃあお姉さまに言わないとね!」
「・・・だなぁ」
がばっとベッドから飛び出し、部屋を出ていったフランドールを俺は黙って見送った。
館から出なければならない。
殺せない理由ができてしまったから。
それがレミリアとの契約。
『ノアを殺した犯人が見つかるまでフランドールの遊び相手でいること』
『犯人を殺すまでここを拠点とすること』
・・・おそらく、この二つだったはずだ。
ならば、もう契約は意味がないだろう―――――。
―――――――
「お姉さま!」
少女が姉を呼ぶ。
「あら、フラン」
姉が笑顔で少女を迎える。
「ねえねえ、あのね、おにいさんが―――――――」
「お嬢様!」
メイドが姉を呼ぶ。
「なに?騒がしい」
「申し訳ありません・・・ヴェルディが、この館からいなくなりました・・・ッ」
「そう・・・もう彼は目的を果たしたのね」
「そのようで・・・妹様?」
「ああ、そうだった。それでフラン。用はなにかしら?」
「おにいさまが・・・いない?」
――――――――――――――――――――――――――――――――
???side
とある町の、とある学校の屋上。
彼らがたむろっていたその場所。
彼ら、というのはあまりにも他人行儀すぎるかもしれない。
正確には
はてさて、僕らが今何をしているかというと。
「・・・ダウトっ!」
「残念だな。これは本物の6だ」
「うっ、失敗した・・・」
僕らはトランプゲームをやっていた。
普段ならもうすでに授業が始まっていてもおかしくない時間帯。
なぜトランプをやっていたかといったら、それは『暇だから』。
授業なんてつまらないもの、サボってしまおう!と提案した人はもういないが、僕らは今でもサボり続けている。
もちろん、評価なんて最悪だ。
そんな風に遊んでいると、屋上の扉が開け放たれるのを、その数秒前に感じ取った。
一人がそれを刹那の間に片づけ、一人が扉を壊し、そして僕は手すりをつかんで逃げられるよう準備を始めた。
「俺らも飛び降りるぞ!」
「オーケー、ちょっと待ってね」
「早く!」
僕は手すりの向こうを覗き見た。
・・・相変わらず高い。
この学校は四階近くあるから――――結構な高さだろう。
それでも落ちなければ―――――――そう思っていると、バキッと嫌な音を立てて扉が蹴り飛ばされる。
その向こうには若い女性の教師と、同級生の青年。
「・・・今日は信か」
「想鵐くんを呼んできてよ先生!」
「白野はダメだろ!お前らをすぐ甘やかす――――とにかくそこに座れ!勉学とは何たるかを小一時間説教の中で身につけるといい!」
「うへぇ、そんなの俺も嫌だよセンセ―」
教師の剣幕に僕は気圧される。
と、手元がぐらついた。
「ッ!う、わぁあああああああああ?!」
屋上の手すりがなぜか外れて、それに寄り掛かっていた僕は体勢を崩してそのまま落ちていった。
ブゥン、と何かの音がしたがそれがなんなのかは僕にはわからなかった。
ただ、わかったのは――――――。
僕もまた、この世界に戻ることはないのではないか。
それだけだった。
今話でヴェルディ編は最後です。
恨みや殺意をもって紅魔館に乗り込んで、なぜか和解して出ていくお話。
リメイク前は三話と短く、序章の癖にヴェルディのことをかなり書いてしまったと反省中です。
とても『殺す』という単語がたくさん出てきたかと思います。
急展開なこともあり、不快な点があったかと。
ですが次回からはヘタレ君の出番です。
新たに幻想郷に迷い込んだ少年。
彼は、いったいどこへ向かうのか?
ではでは、次回もお楽しみに!