一話:公平な狩人と無頓着な巫女
朝。
ちゅん、ちゅんと小鳥が囀るのが聞こえる。
真っ暗な視界でも、『朝』だと理解させられる。
朝にとことん弱いが、背中に感じる柔らかく、弱いなにかに違和感を感じて、嫌々と言っていいほどに気だるそうに。その身を起こした。
光になれない目が光を見るのを拒絶する。
そろそろ、かな。
拒絶が弱まったような気がする目を開かせる。
思っていたよりも眩しい朝日が照りつけて、目を開けるとあまりのまぶしさにまた目を閉じてしまいそうになる。
森に囲まれ、清々しい空気を鼻で吸い込み、まず吐く。
空気は美味しく、淀んだ様子は一切ない。
それは、ずっと感じていた息苦しさなんて無いような、すっきりした空気で。
『汚れた人間』がここを訪れるのは、どこか場違いな気がして。
だけれどこの空気を味わいたくて。
美しいその風景を堪能したくて。
この状況に合わず、ただ、その風景が目に焼き付いていた。
元いた地面ではあり得なかった風景を、今。
ほんの少し足で踏みしめれば、柔らかく、しゃく、と音のする芝生を、手で撫でてやる。
風で、さぁ、と揺れる木々も、芝生も、新鮮で。
自分の喉も、その景色で驚きを隠せないのかひくっと動き。
満点で、雲一つないその空。
もう一度その芝生に寝転がりながら、そのまま空気を吸って、吐いてを繰り返す。
と、急に視界が暗くなったような気がした。
そこにいたのは、獲物を見つけた、というような『オオカミ』の目。
目だけではない。オオカミがそこで獲物を捕らえようと準備を整えていたのだ。
「――――ッ」
喉から声が漏れ出ないし、体が強張る。
見慣れない土地での『狩り』に、慣れていないから。
そっと、『それ』を抱えなおす。
『――――――う、うわぁあああああああああああああああああああああ!!!!!!』
☆ ☆ ☆
朝早くから、神社の前を掃除していて、すぐ近くから聞こえた叫び声。
いや、叫び声なのか?どこか変な声だったような―――いや、気にすることはないだろう。
ここら一体、妖怪が徘徊してるのもあって、今の叫び声はそれが原因なんだろう。
そして、土地勘がなければ、まずここにたどりつこうと考えるものもいない。
おそらく『
そう当たりをつけて、ため息をついた。
(・・・また厄介なことになるわね)
巫女服を着た少女は、箒を木にかけて、小走りでその場所へ行く。
潤い、青々と成長しているらしい木々の合間を駆け抜け、未だも響く叫び声のある場所を目指す。
どん、と叩きつける音を聞き逃さず、その場所を突き止めた。
そこには・・・・・・・・・・・・・・・、
『あーもー、手間取らせやがって!ただのオッカミさんなら大人しく撃たれてろってんだ!』
銃を片手に呆れたように吐き散らす青年の姿。
しかし、その口は真一文字に閉じられていて、先ほどの声はどこから聞こえてきたのか?と首をかしげてしまいそうになる。
アホ毛と癖のある髪がところどころハネた黒髪。
白いパーカーに黒いシャツ、下はジーンズ。
何一つ変わったところもなさそうな平凡な青年に合わぬその長い銃に、少女の目は釘づけ・・・になったのかもしれない。視線がそこから動こうともしない(釘づけだとしても、その目は変なものを見る目であるが)。
『ったく、俺はさっきまで屋上にいて、あいつらと話してただけだって言うに・・・。こんな目にあうとは・・・どこだここ。誘拐でもされたか・・・ありえないな』
一人でぶつぶつとつぶやく青年に、心配したのがバカらしかったかと肩を落とした。
その際、持っていた大幣が茂みに当たり音を鳴らす。
彼はわかっていたかのように笑いながら少女を見る。
・・・銃をぶっ放せる準備をしながら。
そして、彼は少女の姿を完全に視認したのち、ぎょっと目を丸くした。
『巫女さん?!』
「・・・なによ。ってか、あんた誰」
『・・・し、しがない狩人です』
少女が手にしているとがった大幣を見て、冷や汗を垂らしながら彼はそう答えた。
そう、とそっぽを向いて、ふと気になったことを聞いた。
「あんた、口を動かさないの?」
『あー・・・それなんだけどな』
「どっから声を出してるのよ」
『幼いころにいろいろあってさ。声が出なくなっちゃったんだよ』
「・・・どうやって声を出してるわけ?」
『俺の能力さ。【風鈴を鳴らしその音をモノに響かせる程度の能力】って言ってな。【音】ならば何でも作れるわけだ。・・・それで、ね】
「ふーん・・・じゃあ・・・」
少女は理由を聞いてから、視線の端に写ったそれを指さし、口を動かさない青年に問う。
「これ、あんたが?」
『ああ。ダメだったとか、ある?』
「ないけれど・・・。妖怪を銃だけで殺すって、普通の人間じゃ考えないわよ。普通だったら近くのうちに逃げ込むし」
『・・・近く、近くねぇ・・・でも、俺の住んでた都市にこんなところねえよ?こんな空気の澄んだ森・・・』
「ああ・・・あんた、外来人よね。ここ、幻想郷っていうんだけど」
カッチーン。
誰かが怒ったわけではない。
彼が硬直してしまったのだ、致し方ないともいえよう。
次に彼が起こす行動はなんだろう?少々期待しながら彼を見る。
『うう・・・まだ、やり残したことあるのに・・・。ここで別の場所へ行きましたなんてシャレにならねえ・・・』
地面に這いつくばって地面に拳を叩きつけ、懺悔を述べる青少年の図。
それを見た瞬間、彼への期待はガラガラと崩れ、少女は溜息をつくほかなかった。
「・・・なにしてるの」
『いや、なにって、懺悔してるところだよっ!察してよ!』
半分涙目で、青年は訴えかけてくる。
しかし、その行動はいまいち少女には響かず、「はぁ?」とあきれた声で返された。
「誰はこっちのセリフ。察せよって言われても、すぐ察してたら苦労しないわ」
『えっと、俺は篠崎緋乃。お前は?ってかここどこ?』
驚き、少女を見た彼は緋乃と名乗り、少女に質問をする。
「私は、博麗霊夢。幻想郷にある、博麗神社の素敵な巫女をやってるわ」
けだるげにそう問いに返せば、緋乃は「ふむふむ」と銃をしまいながら情報を整理していた。
『博麗か。幻想郷って、世界のこと?国のこと?』
「霊夢って呼んで頂戴」
『お、おう・・・悪い、霊夢』
鋭い眼光でにらまれ、そんなに嫌なのか?と緋乃はしぶしぶ謝った。
それを見た霊夢はやや満足げに息を吐き、言葉を発する。
「・・・幻想郷だったわね、それは世界よ。大規模な。自然豊かないいところよ」
『ふうん・・・どうりで空気が綺麗なわけだ。それにしても・・・脇出てる巫女服は初めて見たよ』
「あっそ、うっさい」
『おや、ひどい』
ニコッとしながら、緋乃はどんどん会話をつなげて行く。
はっきり言って、話していて楽しい。
その声が肉声でなくても、彼はテンポに気をつけているようで、返してくるのが早い。
霊夢は聞き取りやすい声の彼の【
『ねえ、ちょっとさ、泊まれる場所ない?』
「ああ・・・まあ、あんたは来たばっかだし・・・どうしましょうね」
『・・・うーん。ほかにも俺みたいな人がいるところってあるのか?』
「あるにはあるわよ。やさしい人たちもいっぱいいる、『人里』ってところ」
『??』
「この世界には結構あったりするのよ。簡単に言えば村・・・集落よりも少し発達して、活気がある感じかしら?」
霊夢が説明すれば、緋乃が嘆息して続きを求めた。
「そこには宿泊施設もあるし・・・ここから一番近い里には寺子屋もあるわ。やさしいセンセ――」
『寺子屋?!先生?!』
二つの単語を耳にした瞬間、げぇっと嫌な表情をして見せた緋乃に、霊夢は首をかしげる。
「は?嫌なの?」
ニヤッと笑みを浮かべる霊夢に、緋乃は弱ったように言った。
『いや・・・俺のいたところの学校でちょいとセンセイと学校・・・いや、境遇に恵まれなくてナ』
肩をすくめながら困ったように言う緋乃に、霊夢は「あー・・・悪いわ」と謝りながら嘆息する。
「まあ、困った人間を救うのが博麗の巫女の役目だし、いいわ。来なさい」
呆れたように・・・いや、あきらめたように言う霊夢の目は、明らかに別の方向を向いている。
それに気づいた緋乃は、霊夢の言っている意味が理解できず、つい声を上げた。
『え?』
「なによ」
『来るって・・・その、寺子屋に?』
「違うわよ。私の家」
どんな解釈をしたらそうなるのかしら、と毒を吐く霊夢をよそに、緋乃は爛々と目を輝かせて霊夢に声を聞かせる。
『ありがとう!あとでこの世界について教えてもらっていい?』
「いいわ・・・・・・それより、知りたいことはあるの?」
『ああ、結構』
「二・三個言ってみなさい。すぐ着くけど、答えられるものは答えるわ」
『・・・じゃあ、一つ目』
緋乃は人差し指を立てて問う。
『博麗の巫女ってなんだ?』
「・・・妖怪退治を生業とする、私の職業。この先にある博麗神社に住んでるわ」
『・・・妖怪退治?この世界には、妖怪がいるのか?』
「ええ。雑魚からそこそこのやつとか、結構いるわね」
『へえ・・・。そうなんだ』
「ま、どれも私にはかなわないけど」
『そりゃ心強いな』
肩をすくめて、自信たっぷりの霊夢に苦笑して見せる。
妖怪がいるのか・・・そんな風に空を仰いだ緋乃は、「次の質問いいか?」と聞くと、霊夢にうなずかれる。
『さっき、『外来人』って言ってたよな?それってなんだ?』
「ここ、幻想郷は現実で忘れ去られた者たちが集う場所なの」
『ふむ・・・』
「簡単に言ってしまえば、この世界に迷いこんでしまった人のこと。ほとんどが『
『そこらへんはあいまいなのか・・・』
「まあね。何を外来人と呼ぶか、その外来人はこの世界の均衡を崩すような存在ではないのか。そこら辺を考えて、
『帰してもらわなくて結構だ』
緋乃はしっかりと霊夢の顔を見て告げた。
それを見て霊夢は少々面食らったが、「あっそ。じゃあそういう方向で考えとくわ」とそっぽを向いて見せた。
『アンナトコロ、カエルヒツヨウナンテナイカラナ・・・』
「?なんか言った?」
『いや、何も。とにかく、俺は野宿でも一応やっていける。心配は無用だ』
真顔で、そういってのけた緋乃に霊夢は少しイラッと来て、ついいうつもりもなかった言葉を発してしまう。
「さっきはあんたのいい獲物だったみたいだけど、どうするつもり?銃の弾薬なんてそうそう売ってないわよ?」
『作る』
「・・・は?」
『罠を作って、生け捕りにするんだよ。熊とか獣だったら剥げば皮を売れるし。肉は食えるから』
「・・・・・・あっそう」
生命力の強い男だ。
霊夢はそんな風に思いながら、緋乃に忠告した。
「お金、ある?あるのなら・・・前払い千円」
『ほいよ』
「・・・」
『?もう一枚いるか?』
「いえ、いいわ・・・」
手元に軽く渡された千円札。
眺めているだけで少し幸福感を得られる魔法の紙が、緋乃の財布には五・六近くは入っているのだろう。
それがうらやましくもあり、神々しくも思えた。
「・・・ちょっと尊敬するわ」
『え?あ、さんきゅ?』
不思議そうに霊夢を見やった緋乃は、ぽつりとつぶやくように問うた。
『なんだ、泊めてくれるのか?』
「別に。外来人が妖怪のいるような森で野宿なんてできるはずないって思ったからよ。どうせ、そこら辺のいたずら妖精にいじられて終わるわ」
『へぇ・・・妖精までいるのか』
「まあね。ほら、お金はもらったから、神社に行きましょ?」
『了解』
霊夢は緋乃から受け取った千円をひらひらさせて、微笑んだ。
それを見た緋乃は少々驚いたように目を丸くしたが、微笑み返し、先を歩く霊夢の後をついていった。