琴羽side
「魔理沙さん、ただいま戻りましたー。・・・・・・」
ドアを開け、第一声そう呼びかける。
しかし、反応は一切ない。
なんでだ?
前、緋乃の元へ訪ねた後帰ってきたとき・・・そのときはちゃんと「おかえり」と言ってくれたのに。
少しばかり不安を覚え、少しばかり散らかった部屋をずんずん歩いていく。
魔理沙さんの部屋は本来なら入ってはいけないところのはず、だが。今は仕方ないと思ってもらいたい。
入ってはいけない、と来たときに言われたその部屋のノブをひねり、開けた。
「んなっ?!」
着替え途中の魔理沙さんがそこにいた。
僕はしばしぱちくりと目を瞬かせたのちに、「しつれいしました・・・」と言って扉を閉める。
中で「うわぁあああ!」という悲鳴を聞きながら、僕はぼふっとリビングのソファに座った。
着替え途中といっても、下はちゃんとはいていたし、今まさに着替えが終わりになりそうなときだった。
・・・ただ、白い肌は見えてしまったわけで。
「・・・なに考えてるんだよ僕ってば!」
部屋に流れる空気の流れを操ってソファに置かれていたクッションを自分の顔面にぶつける。
ふんわりと香るこの家のにおい。
そういえば、とソファの近くに小さなテーブルが置かれており、そこには出る前に魔理沙さんがまとめていた資料みたいな何かが置かれていた。
下準備・・・に見ていたあれとはまた違った何かのようだった。おそらく、僕が行っている間にもう実験を澄ませておいていたのか、これはそのレポートに近いものだろう。
中を見る気にはなれないが、先ほど着替えていたのは実験で汚れたからだろうか・・・なんて考えて、そのレポートをテーブルに置いた。
「・・・・・・琴羽」
僕を呼ぶ声が後ろから聞こえてきた。
いつもの魔理沙さんの格好だ、僕は少しばかり気まずく思いながら、「あ、きた」と笑ってあげる。
むすっとむくれた彼女に苦笑しながら、僕は口を開いた。
「さっきはごめんなさい。まさか、着替え中だとは思わなくって・・・」
「・・・琴羽の馬鹿。入るなって言ったじゃないか」
「ご、ごめんなさい・・・。・・・ただ、僕は」
「?」
「・・・いいえ、なんでもないです。そうだ」
僕は顔をそらして、隣に座る魔理沙さんに話しかける。
さっきのことを意識しないように、なるべく話題を選んで。
「さっきアリスさんに会ってきました。お茶菓子を食べさせてもらって・・・良い人でしたよ」
「はー?いいなー・・・つか、腹減った」
「あ、そうでしたね・・・。じゃあ今から作ります。作り置きしてなくてごめんなさい」
「大丈夫だよ、私も何も言ってなかったし」
「そうですか?」
手元にあったらしい本に目を落とし、魔理沙さんは苦笑して僕の謝罪に対して手を振って答えた。
僕はソファから立ち上がり、台所を目指した。
魔理沙さんはさっきの場所から動いていないようだ。・・・軽く軽食を用意しよう。
そう思い、僕は調理を始めた。
☆ ☆ ☆
作った料理を平らげて、魔理沙さんは満足げに笑って「ごちそうさま」といった。
「おそまつ様です、魔理沙さん」
「いやー、やっぱ美味いなぁ・・・。お前をうちに呼んで正解だったよ!」
「あはは・・・八雲さんのいうアテがあなたのことでよかったですね」
「だな!掃除もしてもらえるし!」
軽く散らかったそこを簡単に掃きながら、僕と魔理沙さんは談笑した。
魔理沙さんはさっきの着替えのことを忘れてしまったかのように明るくなり、笑ってくれた。
ぶっちゃけ、怒られたり気まずいままでいられるよりはずっといい。
きっと、空腹で気が立ってたんだろうと、僕はそうやって自分に言い聞かせた。
「それで、お前大丈夫だったのか?・・・ほら、アリスに会いに行ったじゃないか」
「あー・・・」
妖怪に襲われたんです、なんてとても言えない。
僕が視線をさまよわせて言いよどんでいると、いぶかし気に僕を見上げて魔理沙さんは言った。
「・・・まさか、迷子になったーとか・・・妖怪に襲われた、とか・・・言うんじゃねぇだろうな?」
「ま、マサカー・・・」
「・・・琴羽?」
じぃっとこちらを睨みつけるような視線を送られて、僕はがっくりと肩を落とした。
図星すぎる。
迷子になった上に、妖怪に襲われて・・・それでやっとアリスさんに会えた。
僕は苦笑いしながら、追及からどう逃れるか、考えていた。
「隠し通せると思ってんのかー?おい、」
「うぅ、ですよねー」
眉を寄せて、僕はお手上げ、と手を上げて示し、しぶしぶ話した。
図星だということを、洗いざらい。
「・・・・・・・・・ぶっあはは!ほんっとにお前迷ったのかよ」
「そ、そんな笑うことですか?!」
「でもまぁ妖怪にあったってのはいただけねぇよなぁ・・・まさかお前、奥行き過ぎたんじゃねぇの?迷ってたし」
「うっ・・・いや、それはないと思うんですけど」
頬を掻きながら、僕はしどろもどろしながら思考する。
そんなに奥へ行ったつもりはないが、なんだかんだ考えてるうちに、思ってる以上に歩いていたのかもしれない。
気が付いたら、右も左もわからなくなっていたのだ。
「・・・ないのかなぁ?」
「そこは自信持てよ、おい」
あきれながらの魔理沙さんの言葉に、「面目ない」と僕はうなだれた。
そんな僕を見ながら、魔理沙さんはほうっと息を吐いてから、なにやらつぶやいたが、その言葉は聞こえなかった。
しばらくして僕は首をかしげて問う。
「ん?何か言いました、魔理沙さん?」
「ああ、いや、なんでもない。・・・・・・ん?・・・あっ」
何か思いだしたように声を上げる魔理沙さんに、「どうしました?」と問うと、彼女は笑みを浮かべて僕に顔を向けた。
「おかえり、琴羽」
「!・・・・・・今さらですか、もう」
「悪い悪い!なにせ帰ってきてるの気づいてたから急ごうと思ったらあのありさまだからな・・・」
「うぐぅ」
うめき声をあげると、「気にしなくていいって!」と魔理沙さんは笑いながら僕の背中を軽く叩いてくれた。
僕はそれに苦笑してその件はいったん忘れることとした。
僕は聞こえなかった彼女がこぼしたつぶやき・・・その内容はなんだったのか、なんて。そんな話の傍ら、考えていたけれど、なんだかそれはもういいやって思えた。
『・・・お前が、無事でよかったよ――――』