秋兎は、廊下を歩きながら咲夜からこの館について説明を受けた。
簡単にまとめると、めっちゃ広くて部屋も多くて注意しなきゃいけない事柄がいくつかあるらしい。
『妹様』のいる部屋には近づくな、が一番気になる内容だった。
妹・・・おそらく、様をつけるところから主人の妹なのだろう。
だとしたら吸血鬼・・・そりゃあ気をつけなきゃいけないだろう。
変わった場所だ、なんて思いながら、自室まで案内される。
館が広いだけあって、部屋は有り余っているようだ。
「・・・さて、今日からここで寝泊まりしてもらうわ。食事はそうね・・・私たちととりましょう。お嬢様方にお食事を運んだあと、一つの部屋に集まって食べるのよ」
「わ、わかりました」
まあ、あのお嬢様と話すことはもうないだろうな・・・そんな風に思いながら秋兎はうなずいた。
咲夜は秋兎がうなずいたのを見て、「ここの説明は終わったわ。それじゃあ、せっかくだし仕事中の服を―――」と、そこで咲夜は言葉を止めた。
どうしてそこで言葉を切ったのかと秋兎は不思議そうに首を傾げたが、すぐ一つの理由が思いつく。
「・・・もしかして、女性の服しかなかったりだとかは・・・」
「・・・そういう可能性があるわ。ちょっとこの部屋で待っていて。見つからなかったら最悪、調達してくるわ」
「ええ、わかりました。・・・・・・あの人、何者だろう」
秋兎が返事したら咲夜はどこかへ行ってしまった。
瞬間的に姿が消え、気づいたころには近くにいる。
扉のノブを回してその扉を開ける。
扉はひとりでに閉じ、部屋を見渡す。
特に『壊れそうなもの』は見当たらない。
物も少なく、しかし生活するのには不自由がなさそうな部屋。
(さすがに綺麗に整頓されてるな・・・まあ、汚い部屋に通すような人でもないだろうし)
出会ったばかりの咲夜を思い出し、クスリと苦笑する。
「・・・待っていてと言っていたけれど、どれくらいで戻ってくるか」
「もう戻ったわ」
彼の背後に、袋を抱えた咲夜が笑顔で立っていた。
「?!・・・の、ノックくらいしてくださいよ」
「ごめんなさい」
彼の反応を見て楽しんでいるのか、咲夜は面白いものを見たと笑っている。
秋兎は眉を寄せて、「どうして笑ってるんです?」と質問する。
「貴方、声を上げて驚かないのね。なんだかどっかの誰かさんを彷彿させるわね」
「?えっと、どなたかはわかりませんが―――結局、服はどうしたんです?」
「ええ、それだけれど」
抱えていた袋の中から数着の衣服を取り出し、秋兎に渡す。
その衣服を受け取って、それを眺めた。
――執事服だ。
「・・・これを」
「あら、メイド服をご所望?そんな趣味があったとは―――」
「失礼!こちらで十分だ!」
「冗談よ。真に受けないで頂戴。さて、さっそく着替えて。そのあと、この館の地図を渡すわ」
「はい、わかりました」
と、秋兎はうなずいてからとりあえずシャツを脱ぐ。
咲夜が彼の視界の端で飛び上がっていた。
「なんだ?」と確認しようとした時には、咲夜はこの部屋からいなくなっていた。
「・・・神出鬼没な人というか・・・出るなら一言言ってくれればいいのに」
自分のせいだとは思わない秋兎なのだった。
☆ ☆ ☆
「あっちがメイドの寝泊りするエリア。その一番手前が私の部屋よ。何かあったら呼んで」
「意外と近いですね」
部屋から出て右手を指し示し、咲夜は説明を始める。
すでに秋兎は咲夜から地図を受け取っていた。その地図と方向とを確認しつつ、借りた筆記用具でその場所を記入していく。
そんな彼の様子を見ながら、その呟きに対して肩をすくめて苦笑した。
「まあね。そりゃあ従者の部屋をバラバラにしてたら管理がめんどくさいし」
「お疲れ様です。・・・と、気になったことがあるんですが、よろしいですか?」
地図を凝視して、秋兎が咲夜に対して言う。
咲夜は「どうぞ」とだけ答えた。
「この部屋・・・危険って書いてあるんですけれど、この部屋が、例の妹様の部屋、ですか?」
「ええ。そうなるわね。でも場所的にあなたが訪れることはないでしょう。心配しなくていいわ」
「・・・わかりました。ですが、咲夜さん。多分、あなたがお世話をなさってるんですよね?危ないのならなぜ」
「私が任された仕事よ。なら、私がこなすのが普通でしょう」
「そうですね」
前を歩きながら、「質問は終わり?」と問いかけてきたので、秋兎は「はい」とだけ答えた。
「じゃあ、次は図書館でも行こうかしら。おそらくあなたの仕事は主に図書館の防衛になるわ」
「・・・図書館に何が迫ってくるのですか」
咲夜の言葉に、秋兎は最近読んだ小説の内容を思い浮かべながら、げんなりとして問いかける。
彼女はその問いかけに対して、困ったように笑いながら、
「生意気にもすばしっこくて気が強いだけの泥棒よ。私は図書館のほうまで手が回らないから、どうせならあなたに任せようと思って」
そう答えた。
はて、図書館は無人なのだろうか。
そう思った秋兎が再び質問する。
「図書館に勤めてる人はいないんですか?」
「勤めているというよりは、住んでいるといったほうが正しい方がいらっしゃるけれど、体が悪くてね。だから別に人を置きたいのよ」
「そうでしたか・・・それでしたら、自分がその仕事、持たせていただきます」
さすがにこの館のこの大きさだ。図書館の広さといったら・・・考え付かない。案外狭いのかもしれないけれど―――。
その相手がどんな輩であるかはわからないが、『命の恩人』である咲夜が任せようとしているのだ。
期待に応えないわけにはいくまい、と秋兎は小さくうなずいた。
「ありがとう。そうね、じゃあさっそく挨拶に行きましょう」
「はい」
やがてたどり着いた図書館の大き目な扉を開けると、そこは広い空間だった。
見渡す限り高い本棚。
これは思っていたよりも広いぞ、
やがて、下の方から声がかかった。
「あら、咲夜。ここに来るなんて珍しいわね」
紫色の髪の少女が、厚い本に視線を落としていた。
体が細く、今にも倒れてしまいそうな彼女は、淡々とした声で咲夜に対して声をかけたのだ。
「この館全体の仕事は請け負っていますが、ここにはあまり近づきませんからね。お茶くらいでしたら淹れますのに」
「いいわ。どうせ本を読んでいたら飲むことすら忘れるもの。飲みたくなったらこあにでも頼むから問題はないわ」
「そうですか。ああ、そうですパチュリー様」
「なによ」
パチュリーというらしい細い少女は、本から顔を上げて、こちらのほうを見やった。
「・・・誰よ?」
「この人は今日からここに勤めることになった、執事の神居秋兎です。図書館の防衛でもお願いしようと思っているので、おそらく関わる機会は多いかと」
「ああ・・・霊夢が言っていたのはその人のことだったのね。・・・そこにいられると話しづらいわ。こっちへ来なさい」
「は、はい」
秋兎はパチュリーの言葉にうなずき、咲夜と共に彼女の元まで向かう。
かなりの数の本の山、ところどころ数冊抜けているであろう高い本棚。
パチュリーがいるところは特に本の量が多く、読んだ後と思われる本が数十冊ほど丁寧に置かれていた。
「えっと・・・初めまして、今日から働かせていただく、神居秋兎です。よろしくお願いします」
「ええ。わざわざありがとう。私はパチュリー・ノーレッジ。かしこまることはないわ。ここの主でもないし。私に対しては気楽に接して頂戴」
「・・・いいん、ですか」
思いがけないパチュリーの言葉に、秋兎は不安げに首を傾げた。
表情があまり変わらないパチュリーは、秋兎に対して、
「いいわよ。ここでかしこまるべきといったら、あなたの場合上司や先輩くらいだもの。私は上司ではないわ」
そう、なんでもないように返した。
秋兎はしばらくぱちくりと瞬きをしていたが、了承されたのを聞いて、深く息を吐いて安堵した。
「そうか、ならよかった。敬語ばかりだと疲れてしまうからな・・・」
「なかなかに態度が急変するのね。さて、ここでのお手伝いは後で説明するから、さっさと案内されてきなさい」
「ああ、わかった。・・・咲夜さん、お願いします」
「・・・・・・」
呆然とその会話を聞いていた咲夜に対し、秋兎が声をかけるが、しかし彼女は何か考えているかのように顔を伏せたままだった。
「・・・咲夜さん?」
「え、ええ?なにかしら」
「いえ、案内の続きをお願いしたかったのですが・・・お疲れでしたか?」
「それはないわ、大丈夫。ではパチュリー様、失礼します」
「ええ」
来た道を戻る咲夜たちを見て、パチュリーはクスリと笑みをこぼした。
(あの二人・・・なんだかおもしろいことになりそうね)
☆ ☆ ☆
「ここがさっき来た通り、お嬢様のお部屋。寝室が近くにあるから、それも覚えておいて」
「はい」
彼の手にする地図も、空白だった部分が埋まってきた。
それを横目で見た咲夜は、『仕事に熱心な人』、と秋兎を評価する。
そんなこともつゆ知らず秋兎は借りた筆記用具で今まで聞いた内容をまとめていた。
「さて、食堂とかもここに来るときに通りかかったし・・・あと行くところといったら」
「・・・あの」
「?」
意を決したかのように、秋兎が口を開く。
「妹様の部屋に、行ってみたいのですが」
「・・・なぜかしら」
「それは、気になるからです。・・・なぜかと問われても、上手く言えませんけれど。ただ、気になるんですよ。どうしてこんなところにいるのかって」
「・・・・・・」
「まるで、隔離されてるみたいに――――」
「秋兎」
冷たい声が、部屋の中から聞こえてきた。
そういえば今目の前にある部屋は、自らを雇った人の部屋だ。
その人の妹の部屋に行きたいと、『隔離されているみたい』と、口走ってしまったのだ。
もう話すことはないと思っていたのに、考え無しに発言してしまったのか―――。
「・・・なんでしょう、レミリア様」
「・・・・・・余計なことをするな」
先ほど聞いた彼女の声よりも低い、冷たい声が秋兎に告げる。
「今、あの部屋に立ち寄ったらお前が死ぬぞ」
自室に戻って、ただベッドに座って思案する。
どうしてそこまでして妹を隔離状態に置いておきたいのか、まるでわからない。
(・・・妹様に、なにがあったんだろう)
それはわからない。
情報がないからだ。
(・・・自分が死ぬから、行かないほうがいい、と・・・主人は言っていた・・・・・・姉がああだから、妹様とやらも小さいんだろう―――どうやって?)
小柄な少女が、自分を殺すイメージが浮かばなかった。
(自慢ではないけれど、自分はそれなりに喧嘩は強い方だ。それなりに″鍛えられているし゛。それなのに、どうして断言されたんだ?)
まるで自分が弱いと言われているようで。
(ここで自分の喧嘩の仕方が通じるかなんてまだわからないけれど、でもあの女―――八雲紫だっけか?あいつの質問で聞かれた『異能』の存在もある。少なくとも、あっさり死ぬようなことにはならない気がするんだが―――)
首を傾げた。
(・・・その妹様も、『異能』を持ってる、とか?)
ボフッとベッドに横たわった。
(だめだな、難しいことは考えないほうがいい。とにかく、一週間くらいは様子を見よう。自分がこの世界でどう立ち回るかなんて、ゆっくり考えればいい)
自然と睡魔が襲ってくる。
その睡魔に任せ、秋兎は眠りについた。
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「咲夜」
「なんでしょう、お嬢様」
「・・・こいつら、どうなってやがるの?」
「?と、言いますと」
「運命が読めないのよ」
「・・・それは」
「アイツと同じ。どうしてこんなぐちゃぐちゃになるの・・・」
「・・・彼のこと、もっと注意して見ておきますね」
「ええ。それと、くれぐれも今のフランに近づけさせないこと」
「はい」
「・・・あの大馬鹿天使・・・何も言わず、なんで黙って出て行ったのかしら・・・ッ」