咲夜は眉を寄せた。
先日からここで働き始めた秋兎に、幻想郷に慣れてもらいたいのだが、仕事が毎日のように入っているため、あまり外へ出させてあげられないのだ。
霊夢の元へ行けはしたと彼は言っていたが、それ以来外出したという話は聞かない。
美鈴の話によると、彼と話すことはあっても、彼が外出する姿は見たことがないとも言っていた(しかし彼女は基本眠っているので情報が正しいかは定かでない)。
なんとか理由をつけて、今日一日は外で満喫してもらいたい・・・。
そんな風に腕を組んで考え込んでいると、一仕事終えた様子の秋兎が顔を出した。
「咲夜さん」
「あら、秋兎。どうかしたの?」
「今日やることが終わってしまって・・・なにか、することはありますか?」
「んー・・・そうね」
考えるしぐさをすると、咲夜の頭にある一つの案が思い浮かんだ。
一枚、メモ用紙を取り出すと、咲夜は笑みを浮かべて次のように言った。
「暇なのだったら、買い出しに行ってもらえないかしら。貴方、生活用品は大丈夫かしら?ついでに館に今足りないものも買ってきてもらうけれど」
「自分は物に困ることはないですけれど・・・わかりました」
「助かるわ。じゃあ必要な物を書きだすから、先に門へ向かっていて」
「はい」
秋兎はうなずいて、その場を離れた。
咲夜がペンを取り出すと、自分が言った『今足りない物』を探しに館中を回ることにした。
☆ ☆ ☆
「美鈴、今日は―――寝てるな」
やれやれ、と秋兎は溜息をつく。
器用にも、立って眠っている美鈴を起こすのは気が引けたが、このまま放置していては、自分が暇だし、咲夜がやってきたときにひどいものを見ることになる。
つんつんと肩をつついて、「美鈴、美鈴」と声をかけた。
しかし、それくらいでは当然起きない。それはわかっていたことだった。
「あともう少ししたら咲夜さんが来るぞ」
そう言いながら、思い切り肩をゆする。すると、美鈴の目が開く。
「・・・あ、秋兎さん。おはようございます」
「おはよう、美鈴。ちなみにこの会話、今日で二回目だ」
「あれ?そういえば朝会いましたっけ」
「そうだな。そして同じような言葉をかけて起こしたのも自分は覚えている」
照れくさそうに苦笑する美鈴に対して、「何度も同じ手が通用すると思ってなかったんだけどな」とこぼす秋兎。
秋兎がシャツの前をくつろがせながら門にもたれかかり、苦笑していると、美鈴は笑って、
「貴方も、ずいぶんここに慣れましたよね」
そんなことを言った。
秋兎はその言葉を聞いて、自らを指さして聞き返した。
「・・・自分が?」
「ええ。少し前にお話した時、私相手でも多少の緊張はしてたじゃないですか」
「そうか?そんなつもりはなかったんだが」
「慣れない場所だし、仕方ないですよ」
肩をすくめて、「あなたは落ち着いたと思いますけれど」と言う。
思ったよりも自分をよく見ていたらしい美鈴を見上げながら、秋兎は彼女と同じように笑った。
「自分がそういう風に見られてるって思うとなんだか落ち着かないけれどな」
「あはは、普段お話している様子からわかるんですよ。なんとなくですけれどね」
「次からお前と話す時は気をつけておかないと」
「えっ、警戒されたら寂しいですよっ」
「悪い、冗談だ」
そんなやり取りをしていると、足音が聞こえた。
そちらのほうを見やると、そこには書き終えたらしいメモ用紙を持っている咲夜がいて、こちらに向かって歩いてきているようだった。
咲夜の元へ向かって、メモ用紙を受け取る。
「咲夜さん、これを買ってくればいいんですね」
「ええ。お金はこれを使って。送る必要はあるかしら?」
「大丈夫です。前に魔理沙に運ばれた時にだいたいの場所、覚えましたから」
「そう・・・わかったわ。じゃあ、気をつけて」
「それじゃあ行ってきます」
メモ用紙をポケットに入れて、秋兎はそのまま走り出した。
その様を見ていた美鈴がぽつりとつぶやいた。
「・・・心配ならついていけばよかったじゃないですか」
「うるさいわね・・・。別に心配はしてないわ」
「そうですか。ならいいんですけれどねー」
ニコニコと笑う美鈴に対して、咲夜はそっぽを向いて答える。
そんな咲夜の態度に、美鈴は(素直じゃないなぁ)なんて思うのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
いい天気だ。
人里――集落が目に見えるところまで近づくと、秋兎は走る足を止め、少し休憩してから歩きだした。
(少し、咲夜さんに気を使わせちゃったか・・・次からは気をつけないと)
突然行って来いと言われた買い出しの意図が読めぬまま、秋兎はポケットのメモを取り出した。
(これくらいの量ならすぐ買って帰れるだろう・・・そのあと、なんでこんなことを言いだしたのか聞いておかないと)
自分に問題があるのなら改善しなければいけない。
仕事に不備があっただとかならば改善しようがあるだろう。
理由を考えながら、また、どう聞き出すかを考えながら歩いていると、やがて人里にたどり着く。
今は昼を少し過ぎたくらいだ。
活気のあるその里に立ち入り、きょろきょろと見渡すと、一見違った雰囲気の女性が立っているのに気づいた。
ほかの人と話しているが、見慣れない秋兎の姿を見つけたからか、その女性はこちらに近寄ってきた。
銀髪の女性だった。長く、重そうに思える青い服を着ている。
そんな彼女が秋兎のもとに歩いてきて、笑顔を浮かべて話しかけてきた。
「ここでは見慣れない顔だけれど、君は誰かな」
「・・・神居秋兎です」
「神居か。私は上白沢慧音という。ここにある寺子屋で先生をやっているよ」
「教師、でしたか」
「まあそんな言い方もできるけれどな。ところで、ここに何をしに来たんだい?」
先生と聞いて、秋兎の眉間にしわが寄るが、そんなことを気にせず、慧音は質問を投げかけた。
秋兎はどうこたえるべきか少し悩んで、そののちに答えた。
「買い出しを頼まれて。ですから、今から店を探して買おうと思っていたんです」
「そうなのか。しかし、ここが初めてなのなら迷うこともあるだろう。・・・どうだ、ここは私に案内させてくれないか?」
「・・・?なんでそんなことを?」
「いや、君は早く帰りたいだろう?下手に迷うよりかは、少しはマシなはずだ。どうだい?」
確かに、迷うと必要以上に時間がかかってしまうだろう。
ならばここは人に案内をお願いしたほうがいいとは思うが・・・と、秋兎は慧音をちらりと見やった。
(・・・教師、か・・・なんでか、あまりいい感じはしないんだよな・・・)
「私の顔に何かついているか?」
「違うんですけれど・・・」
「?」
「そうですね。慧音さん、お願いしてもいいですか?」
「わかった。それじゃあ行こうか」
歩き始めた慧音の後ろをついていく秋兎は、慧音にメモを見せた。
「買うものはこれだそうです」
「ん・・・?ああ、そうだな。買うものが分からないと案内しようがないものな」
「はい。じゃあ、お願いします」
「任せろ、神居」
☆ ☆ ☆
人里のことを教えてもらいながら、買い出しを済ませる。
少々不安を抱いていたが、案外あっさりと買い出しが終わったのだ。
荷物を抱えながら人里の入り口まで送ってもらっていると、子供たちが集まってきた。
「センセ―、その人誰?」
「ん?ああ・・・この人は外から来た人でな。神居って言うんだよ」
そんなやり取りが聞こえる。
柔らかい笑みを浮かべる慧音に対して、秋兎は(子供が好きなのか)と思っていた。
慧音と子供たちがワイワイと話していたら、子供たちがそのまま走り去っていってしまう。
「・・・子供、好きなんですか?」
「まあな。私は人間が好きだからな」
「・・・?そうですか。ああ、ここまででいいですよ、ありがとうございました」
「いや、かまわないよ。また何か困ったことがあったら、私のところまで来てくれ。力になるよ」
「はい」
私のところ、とは、寺子屋のことだろうか?
うなずいてからそんな風に考えもしたが、まあここに来てまで頼ることもないだろうと思い、頭の隅に追いやった。
慧音とまた軽く挨拶をし、人里を出ていく。
紅魔館に向けてしばらく歩いていると、湖が見えてくる。
薄く霧がかかった湖からにぎやかな声が聞こえてきた。
「大ちゃん!あたいってばさいきょーでしょ?」
「チルノちゃん、すごく楽しそうだね」
「うん!」
・・・子供たちの声だ。
秋兎は嘆息したが、わざわざかかわる必要もないと、素通りすることにした。
「あ!緋乃!」
そんな声がこっちに向かってくると思いきや、湖の近くを歩いていたら唐突に強く押されたのだ。
――やばい、落ちる?!
そう思った時には遅く、荷物を抱えたまま秋兎は湖に落ちた。
「ありゃー・・・?」
「ち、チルノちゃん、なにしてるのっ?その人、緋乃さんじゃないよ・・・?!知らない人だよ!?」
「うん、ちがかったねー。つまんないっ」
ぶぅと頬を膨らませ、唇をとがらせる青い少女――チルノと、大ちゃんと呼ばれた少女、大妖精のそんな会話を聞いてから、秋兎が湖から顔を出した。
やがて、黙って湖から上がると、抱えていた荷物を見やって、深く、とても深くため息をついた。
「・・・せっかく買ってきたのに」
低い声でそうつぶやくと、大妖精はびくりとおびえたように震え、そんな大ちゃんを見てチルノは不思議そうにしていた。
「謝ったほうがいいよ」と言われるが、チルノは「なんで?」と返す。
「・・・・・・あー、いい。仕方がないし、このまま帰る」
「す、すいません、荷物、大丈夫ですか・・・?」
「こりゃ駄目だろうな」
濡れた前髪をかきあげながら、呆れたように荷物を見やる。
使えなくはないだろうが、買い出しに行って帰ってきて、荷物がすべて濡れているだなんて、あの人が許すだろうか。
そんなことを思うときが重くなるが、しかたがないと思うことにした秋兎は、謝る大妖精に対して笑って見せた。
「まあ大丈夫だ。何とかなる」
そう言うと、秋兎はスタスタと紅魔館に向けて歩きだした。
二人のことはもう気にしないことにしたのだ。
(・・・ほんと、どうしようかなぁ・・・)
二度目のため息をつきながら門につくと、こちらを見て驚いている美鈴がいた。
そりゃあそうだろう。少し前に出かけた人がびしょぬれになって帰ってきたんだから。
「どうしてそんなびしょぬれなんですか?」
「いや、・・・・・・」
本当のことを言うか迷った秋兎は、あえて嘘を言うことにした。
「少し、湖の近くで足を滑らせて。すぐ乾くさ」
「でもこの季節に・・・ちゃんと、体温めてくださいね」
「ありがとう美鈴。自分は大丈夫だ」
「なら、いいんですけれど・・・」
そんな会話をしてから、秋兎は自室へと戻る。
こんな格好で咲夜に会うわけにはいかない、と、思っての行動だった。
自室に戻って、机に濡れた荷物を置く。
秋兎はなぜか、ベッドに吸い寄せられていた。
(・・・ちくしょ、これから咲夜さんに―――)
ベッドに倒れ、そのまま意識を失った。
☆ ☆ ☆
「・・・?そういえば、秋兎帰ってきたのかしら」
「どうかしらね。心配なら部屋でも見に行ってあげれば?」
「パチュリー様・・・そうですね。少し行ってきます」
「――――――――――え?」