詩季side
俺がこの世界――幻想郷に訪れてから、数日が経った。
今は冬の半ばあたりだろうか。まだまだ寒い日が続く。
あっちでは、そこまで寒くはならなかったというのに、慣れない寒さに少しばかり音を上げてる自分がいる。
居候させてもらっている家の主、アリス・マーガトロイドに淹れてもらったホットココアに口をつけながら、彼女の家に置かれていた本を読んでいた。
・・・なんだろう、内容が難しいんだよな。
彼女がそういったものを好きなのはなんとなくわかったのだけれど、俺の読書レベルに合うかというと、合わないわけで。
(・・・うん、俺には読めない)
コップを置いて嘆息する。
読めないものを読んでいても仕方がないよな・・・と本を閉じて、元あった棚に戻そうと立ち上がろうとした時、
「面白かった?」
そう声をかけられて、俺はつい「うわっ?!」と声を上げてしまった。
背後にいたらしいアリスが本を見て聞いてきたのだ。
彼女はどうやら洗濯物を取り込んだところらしく、その両手に抱えたかごの中の衣服が見える。
そんなアリスに、俺は申し訳なさそうに本を見せて言う。
「悪いけれど、俺にはあんまりわかんなかったや。素直に手伝うよ」
「手伝い・・・?じゃあ、そこの窓からのぞいてる馬鹿をどこかへやってくれない?」
「へ?」
アリスが指さす方向を俺が視線を動かして見やる。
そこにはアリスと同じ金色の髪の少女が頭を出して覗き込んでいた。
「・・・いつのまに」
「あんたが本に夢中になってる時からよ」
「・・・とりあえず相手してくればいいんだよね?」
「ええ、お願い」
窓から見ている少女に玄関のほうを指さしてくいっと動かし、そっちに向かえと指示する。
伝わったのか、窓の向こうに人影はいなくなった。
それを確認してから、俺も玄関に向かう。
ドアを開いて、「何の用?」と声をかけると・・・そこには少女でなく、男の姿があった。
俺と同じくらいの身長の、どこか優しい顔つきの――――ん?見覚えがあるような。
寒そうにマフラーを巻いた男の瞳は緑がかった黒。
その両手に抱えているのは、タオルがかけられたバスケット。
ほのかに甘い香りがしたように思った。
「・・・や、やあ、詩季」
彼が笑顔でそう言ってくれるものだから、俺はついぽかんと口を開けて彼を見つめてしまった。
「ん?どうした?知り合いか、琴羽?」
「ええ。僕の友人ですよ魔理沙さん」
彼の後ろからひょっこりと顔を出した先ほどの少女が、琴羽のほうを見上げている。
先ほどはかぶっていなかった魔女っ子の帽子をかぶっており、幼い印象を受けた。
「詩季、だっけか?」
「ん?」
「私は霧雨魔理沙。こいつと一緒に暮らしてる。ま、よろしくな!」
「よろしく、魔理沙」
と、挨拶をした後、俺は魔理沙の首ねっこをひっつかむ。
目の前の二人ともは状況が把握できていないようで、目を丸くしていた。
「とりあえず、アリスにどっかへやってくれと言われたから、連行するぞ」
「ちょ、おいおいおい!そりゃないぜ!」
「それは俺じゃなくてアリスのほうに言ってくれ。俺はお願いされたからやるだけで―――」
「私のせいにしないでくれるかしら」
この場にいなかった声が聞こえてくる。
アリスだ。
彼女が手ぶらで外へ出てくる。
「魔理沙、あんた暇人ね」
「暇じゃあ無いぜ?たまたまお前の顔が浮かんで、私の用事の合間に琴羽連れてきただけだ。もてなしてくれよ」
「・・・まあいいわ、ほら、入りなさい」
俺に持ちあげられて足がプラプラしてる魔理沙がアリスに対して笑って言うと、アリスは溜息をついて許可を出した。
手を離して、自由になった魔理沙は身だしなみを軽く整えてから琴羽をつれて中へ入っていく。
アリスが俺に対して手招きをするのでそれに従って俺もアリスの元へ向かった。
☆ ☆ ☆
俺が腰かけて本を読んでいた机に、俺を含めた三人が座る。
魔理沙は自分の帽子を椅子の背もたれにかけて、琴羽は持っていたバスケットを机の隅において。
唯一座らなかったアリスが立ちあがって茶と菓子を取りに行ったみたいだ。
その間、俺は黙って残った二人の会話を聞いていた。
(・・・元気そうでよかったな)
変わらない琴羽の様子に、心なしか安堵しながら、俺は二人の様子を観察していた。
男女の仲のいい会話。
ただ、魔理沙が琴羽の最近の行動を叱ったりからかったりして、琴羽が謝ったり恥ずかしがったりするだけの、平和な————。
(どこか、魔理沙が琴羽のことを気遣っているようにも見えるけれど、・・・ま、考えすぎだよな)
少し気にかかったところがあったものの、気のせいだと考えることにして、アリスがつまめるものを持ってくるのを待っていた。
・・・いっそ、手伝いに出も行こうか?
そう考えたが、「邪魔」と一蹴されたら悲しくなってしまうのでやめる。
「ねぇ」と俺に話が振られそうだったその時、ちょうどよくアリスがトレイに人数分のコップと、クッキーの乗った皿を乗せて持ってきた。
「おっ、来たかっ!」
「あんまり取り過ぎないでちょうだいね、魔理沙」
「ありがとうございます、アリスさん」
礼を言いそこねた俺は、アリスの横顔をチラッと見やり、小さく「ども」と告げてから、クッキーに手を伸ばす。
俺に話しかけることをあきらめたらしい、目の前の二人はもくもくとクッキーを咀嚼している。
「そういや、アリス」
思い出したかのように魔理沙がクッキーをかじりながら、アリスに声をかけた。
「?なによ」
「こないだ通り雨降ったじゃんか」
何気ない話題を降ったつもりだったのだろう。
俺はつい口にくわえようとしたクッキーを取り落とし、慌ててしまう。
「ええ、そうね。それがどうかしたの?」
「?・・・詩季どうしたんだ?」
「・・・あ、いや、なんでもない!」
手を振ってそう伝えると、魔理沙が首をかしげて不思議そうにした後に話を続ける。
追及されなかったことに俺は安堵しながらクッキーを咀嚼する。
「あの雨が止んだ後、虹がかかってさぁ。お前も見たか?」
「虹は見てないわ。あの雨の時、詩季が来たからちょっとバタバタしてて」
「そうだったのか」
変わらず笑顔でそう返す魔理沙。
なんだ、ただの虹の話か。
(見たかったな、虹・・・)
自分が悲しんだ後にかかる虹を、是非この目で。
(・・・生まれてこの方、こんな体質のくせに虹なんて見たことないんだもんな)
一人苦笑する。
あいにくと自分のせいで雨を降らせてしまう時は決まって虹を見ている余裕がなかったりする。
だから、周りが「虹を見た!」と嬉しそうにしても、申し訳なさでいっぱいで、顔を上げられないのだ。
(いつか、見てみたい気もするんだけれど・・・見れる日はくるのかな)
頬杖をついて、窓の外を見やる。
(こんな体質になってたって気づいたのは、いつごろからだったかなぁ・・・)
ぼんやりと新しく手に持ったクッキーをいじる。
そんな俺を見ていたのか琴羽がどこか寂し気な笑みを浮かべながら、「詩季」と声をかけてきた。
どうかしたのか、と琴羽のほうを見ると、――少し、嫌な予感がした。
「どう?・・・こっちにも、
「・・・」
「・・・そっか」
琴羽の問いかけを黙殺すると、察したのか、琴羽は申し訳なさそうにうなずいた。
今でも容易に思い出せる、その光景。
―――暗い山。
―――目の前の少年。
―――「このまま、一緒にどっか行っちゃおうよ、詩季」
―――――「
―――「いいよ。僕、あの人嫌いだからさ」
―――落ちる雷
「詩季!」
光景を思い出しているうちに、琴羽から鋭く声がかかった。
どうやら、様子がおかしかったらしい、ほかの三人から心配そうな表情をされている。
(・・・またやっちゃった)
過去のことを思い出して様子がおかしくなるのは、元の世界でもよくやってしまったことだった。
そういうときは大体友人みんなで盛り上げてくれるから、つらい気分にはならないのだけれど―――久しぶりに、胸が苦しい。
あの時、どうして兄を止められなかったんだろう。
「大丈夫そうね、詩季」
「・・・ん。心配かけてゴメン」
「ひやひやしたぞ、詩季!急にクッキー片手に身動きもしなくなったんだからな?!」
「そうだったのか?!」
魔理沙の声に俺が少し大げさに返すと、琴羽がくすりと笑みをこぼしていた。
横目に見やったアリスの厳しい表情が柔らかくなったのを確認した後、俺も苦笑する。
(・・・兄さん、どこにいるのかな・・・)
天井を見上げ、嘆息する。
柔らかい笑顔を浮かべて、俺の手を引っ張ってくれたあの兄にいつか会える日がくるのだろうか。
(くるといいな)
目の前で何も乗っていない皿を回収されて、俺は未だに持ったままのクッキーをかじる。
ふと、心に雲がかかる。
(・・・こんな気持ちで、兄さんに会って・・・どうするんだろう、俺)
「じゃあ僕らはそろそろお暇するよ。あ、そうだアリスさん、これ」
「?」
「詩季と一緒に食べてください。それじゃあ、いきましょうか魔理沙さん」
暖かな笑みを浮かべて、アリスにバスケットを手渡すと、魔理沙の帽子を手に取って玄関へ向かって行く。
俺は机に手を置いて立ち上がり、「見送る」と一言言って一緒に玄関まで向かった。
☆ ☆ ☆
side out
(―――あ、曇り空)
詩季たちに見送られながら外へ出て、琴羽は何気なく空を仰ぐ。
さっきのあの詩季の様子のせいか、空は曇っていた。
雨は降っていない。・・・隙間から日の光が差し込んでいた。
琴羽はそんな天気を見ながら、詩季を思い出す。
(・・・アリスさんの、おかげかな)
琴羽は肩をすくめて笑うと、前に立っていた魔理沙から声をかけられたので、そのまま彼女の元まで駆けだした。