幻想妖美伝   作:Lan9393

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三十六話:森を出て

 コトン、と持っていたペンを置いて、伝えたいことを書いた手紙を机の上に置く。

ふぅと息を吐いて、満足にした彼は静かに玄関の戸を開けた。

 

「・・・おっと、上海」

 

玄関に置かれていた、アリスの人形――上海の頭をちょいちょいと指で撫でると、彼は言った。

 

「・・・俺が黙って出てったこと、アリスには言うなよ?あの手紙に書いといたからさ」

 

笑顔を浮かべて、動かない人形から手を退けて家を出ていった。

扉を後ろ手で閉めて、何気なく空を仰ぐ。

そこで、晴れている空に若干雲がかかっているのに気づいた。

 

「雨なんか降らないよ。・・・俺、楽しみなんだもん」

 

誰に言っているわけでもない。ただ、ボソリとそう一人つぶやいた。

そういえば、自分から森を出ようとすることはなかった。いや、こちらの世界にきて、見かけた人といえばアリスと魔理沙、そして琴羽くらいだ。

そんな彼が今、自分の意思で出ていく。帰っては来るけれど、でも迷ってしまうかもしれない。――最悪悪いやつらに殺されてしまうかも。

 

(戻ってくるって書いたけれど・・・頭ん中はネガティブだなぁ)

 

つい、笑いがこぼれる。

そして彼は歩き出す。

 

 行方をくらませた兄を探すために。

 

 

☆  ☆  ☆

 

 

 リビングの扉を開けて、やけに静かだと気づいたアリスは、リビングを見渡す。

しかし、いつも見る彼の姿はどこにもない。

いつもなら自分よりも早く起きて、本を読んでいるか近くに置いてある人形を眺めているかをしていて、自分が入ってきたことに気づいたら元気よく挨拶をしてきたというのに。

 

(まだ起きてないのかしら?)

 

首をかしげて、アリスは自分の分と、詩季の分の紅茶を淹れる。

 

(まあ、そのうち起きてくるでしょう)

 

 軽く考え、アリスは近い位置にあった詩季が読みかけのまま放っておいた本を手に取る。

その本は兄弟の話だった。

何を思ってこれを入手したかはわからない。この本を読んだ覚えすらない。

アリスは一枚、また一枚とページをめくっていく。

 

(・・・?ここ、妙にあとがついてる・・・)

 

つけたのは詩季だろう。なんで人の本にこんなあとをつけるほど読んでいたというのか。

なんてことのない、兄弟の話だというのに、彼はこの本を気に入ったというのか?

 

(彼のこと、そこまで知らないけれど・・・兄弟でもいるのかしら)

 

紅茶をすすりながら、リビングの扉のほうを見やった。

いつまでたっても顔を出さない彼の様子が気になってしまったアリスは彼の部屋まで歩いていく。

扉の前に立って、二回ほどノックをして声をかけた。

 

「詩季、起きているの?」

 

しかし、中から聞こえる音はなく、誰かがいるような気配すらない。

不審に思い、アリスは「入るわよ」と一言断って部屋に入っていった。

 

「・・・詩季?」

 

 その部屋には誰もいなかった。

綺麗にたたまれた掛布団と、生活感が感じられない部屋のなか、アリスの視線は一枚の紙に止まった。

 

「これ、・・・」

 

書かれている内容に目を通す。

 要約すると、『人探しをするから、家を出ていく。泊めてくれてありがとう』といったものだった。

 

「・・・」

 

黙ってその紙を折りたたんで、ゴミ箱に(ほう)った。

 

 

☆  ☆  ☆

 

 森を抜けて、視界が開けた。

森の出口から舗装されていない道が続く、その先には人の暮らす村のようなものがあるようで、少し遠くにそれが見える。

さて、どこを歩けば兄が見つかるだろうか。

詩季は考え込みながら、出口からゆっくり歩きだす。

 

(行くアテがないのはわかってたことだしなぁ・・・。さて、どうしたものか)

 

あいにく、この世界に来てから知り合ったのは片手で数えられるほどしかいない。

 なにか人から話が聞けるかもしれない。そう期待するしかないだろうが、村に寄ってみようか。

その考えに至った俺は、スタスタと歩きだした。

 

 

 

 そこは、程々ににぎわっているようだった。

昼間であったためか、人が行き交い、そして談笑し、物をやり取りし、そしてどこか家に帰って行く。

そんな人間の生活のサイクルがここでは行われていることに気づき、なぜか少し、ほんの少しだけ、胸が暖かくなった。

 

(あっちでも似たような光景は見たことあるけれど、なんだか、・・・ここにも普通に人が暮らしているんだってわかったら、少し安心したな)

 

自分の不安を苦笑してどこかへ追いやり、とりあえず誰かに話を聞こうと、その近くで店を営んでいる様子の男性に話しかける。

「どうも、少し聞きたいことがあるんですが、よろしいでしょうか?」と声をかけると、その男性はにっこりと笑って、「なんだい?」と答えてくれた。

 

「・・・その、俺と同じくらいの身長で、黒い髪の・・・その、のほほんとした感じの男の人を見ませんでしたか?同年代です」

「ふむ・・・。悪いな、ここにいるのはほとんど女子供や老人ばかりだ。兄さんみたいな若い男はそう見ねぇな」

 

申し訳なさそうに眉を寄せて、男性はそう言った。

その辺等に、自分も同じような表情をしてうなずくしかできない。

 

「そうですか・・・」

「もしかしたら、妖怪の被害に遭ってるかもしれねぇなぁ・・・」

「妖怪・・・?」

 

聞きなれない単語に、つい首をかしげる。

「妖怪のこともわからずにここまで歩いてきたのか。そりゃすげぇな」とからかうように男性が笑うので、なんだか恥ずかしい思いをしているように感じて頬を掻いた。

 

「んー、兄さん、ここらの土地になれてなさそうだし、博麗神社に寄ってみればどうだ?兄さんに体力と気力があればの話だが」

「博麗神社ですか」

「ああ。あっちの方向にいくと、申し訳程度に整えられた道がある。道なりに行けば、おそらく神社の鳥居が見えるだろうな。ご利益もなさそうな神社だけど、妖怪退治のエキスパートが暮らしてるから、その人に相談してみるといい」

「・・・はい、ありがとうございます。じゃあ神社に行ってみますね」

 

笑顔でそう答えて、その場を後にしようとする。

すると、男性が「あー」と何か言いたげに声を漏らす。

それを聞いて、つい振り返った。

 

「これはちょっとおせっかいかもしれねえが、一ついいか?」

「?」

「・・・家出したのなら、早く帰ってご家族を安心させてやったほうがいい。外は何かと物騒だからな・・・命とご家族は大事にな」

「・・・」

 

男性にそんなことを言われるとは思ってなかった俺は、ぱちくりと目を瞬かせると、つい、口元が緩んだ。

ああ・・・温かい心を持っている人がここにはいるんだな、と、そう思うことができた。

 

「ありがとうございます。用事が終わったら、すぐ帰ります」

「そっか。お前さんの用事が早く終わることを祈ってるぜ」

「はい。では」

「次は客として来いよ~!」

 

見送ってくれる男性に会釈をしてそそくさとその場を離れる。

村から出ようと、来た道を戻っていく。

 そんなとき、ふいに声をかけられた。

 

「すいません、そこの人」

「はいっ?」

 

驚いて飛び上がり、その声に反射的に返事をする。

後ろを振り返る。そこには、銀髪の少女が立っていた。

 

「この村の方ではなかったのですか?」

「えっと・・・はい。人探しをしていて。そちらは?」

「私もこの村に住んでいるわけではありませんが・・・買い出しに来ていました。荷物もこんな具合で」

「大変そうですね・・・」

「いえ、これぐらい。鍛えているので、たいしたことありませんよ」

 

にこっと笑ったその人の言葉に一個ツッコみたい点があったが、初対面の人にぐいぐい聞くわけにはいかないだろう。

グッとおさえて、用件を聞く。

 

「それで、何か用ですか?」

「いえ。ここに住んでいる人だと思っていたので、つい」

「あはは・・・。ここに探し人はいなさそうだったので、とりあえず回ろうかと」

「・・・どんな方を探していらっしゃるのですか?もしよければ、私もお手伝いしますが」

「いや、あなたは買い出しがあるんですよね。大丈夫ですよ、俺一人で」

 

せっかくの申し出だが、丁重に断らせてもらう。

自分の都合で始めた兄探しだ。人を巻き込むのは何か違うような気がする。

 

「そうですか・・・。でしたら、私はこれで。探し人、見つかるといいですね」

「ええ。ありがとうございました」

 

彼女は頭を下げてから、そのまま村へ戻っていってしまった。

自分がその後ろ姿を見ていると、ふと彼女の背中に薄く白い何かが浮いているような気がする。

 

(・・・?あれは、一体、なんだろう?)

 

首をかしげて考えてみたが、答えは浮かばず。

自分も自分の目的を果たすため、早々に出発することにした。

 

☆  ☆  ☆

 

 しばらく歩いて、ようやく赤い鳥居が視界に入ってきた。

あそこを目指せばいいんだな、と疲れかけていた足に気合をいれなおして、休むことなくどんどんと進んでいく。

 

(あそこは森だから気が多いのかと思ったけど、やっぱり自然が多いところだよな、ここ)

 

すぅ、と息を吸って、静かに吐く。

綺麗な空気に、つい口元が緩んだ。

 

(あっちも、ここまでとはいかないけれど、緑化に努めてくれないものかな)

 

溜息をついて、歩く足を速めた。

このペースでは陽が落ちてしまうかもしれない。

夜中歩くなんて危険にもほどがあるだろうし、なによりあの神社にいる人が寝てしまう。

できれば、はやく会って情報をもらいたいところだ。

 

「・・・人間、なのかー」

 

ぽそりと誰かが何か言ったような気がして、その場で足を止める。

ん?

あたりを見渡して、誰もいないことを確認した。

 

「・・・今の声、どこから・・・」

「ここ、だよ」

 

がさり、と茂みの中から頭を出す金髪の少女。

にっこりと笑った瞳が、こちらをただただ凝視する。

 

「えっと、君は?迷子?」

「違うよ。わたし、ルーミア。おにいさんは、人間なのね?」

「うん、まあ、そうだけど」

「じゃあ、たべてもいいの?」

 

その一言に、俺は言葉を詰まらせる。

この子は今なんて言った?「たべてもいい」?

一歩下がってから、この子の正体に気づく。

 

―——あの男性が言っていた存在、『妖怪』。

 

「・・・食べちゃだめだよ。俺にはまだやりたいことがたくさんあるから」

「じゃあやりたいことがなくなったら、たべてもいいの?」

「本当になくなればな。未練らしい未練が残らなければ、きっと大丈夫だ」

「そっか。残念だなー。それで、おにいさんはなにをしているの?」

「今からそこにある神社に向かおうと思って」

「おにいさん、れーむに会いに行くのか―?」

 

れーむ?

はて、それはいったい誰だろうか。もしかして、男性のいっていた妖怪退治にエキスパートの名前がそれなのだろうか。

 

「そう・・・なるのかな」

 

名前からして女性のような気がしてきたものの、きっと大丈夫だろうと思って、とりあえずうなずく。

 

「それだったら、ついていく!」

「ええっ」

「わたしもれーむに会いに行こうと思ってたところなの。じゃあ、いこっ!」

「あ、ああ・・・うん。わかったけど」

 

手を引かれて、つい了承してしまった。

赤いリボンが揺れる少女が先頭に立って、先ほどまでの自分と同じくらいの速さを保って歩いていた。

 

(・・・こんな子供が、妖怪?・・・きっと、ないよな。子供の悪い冗談ってやつ、だよな?)

 

 

 

 

『博麗神社はこちら』

 

 ご丁寧にそう書かれた看板が階段の下に置かれていた。

階段を見上げると、鳥居が見えたのでそのまま上がっていく。

 

「お客様?」

 

アリス以上にこちらに関心のなさそうな声が聞こえてきた。

やっと階段を登りきると、そこには神社と、掃除をしている様子の巫女さんが見えた。

巫女さんはめんどうくさそうに俺の腰ぐらいを見て嘆息してから、「お客様、なのよね」と言ってきた。

 

「え?・・・ああ、えっと」

「違うならさっさとそいつ連れて帰って頂戴。まったく、今日は特につかれてるって言うのに・・・」

「・・・なにか、あったんですか?」

「うちに居候しているやつがまた無断外出して・・・。あんたには、関係ない話ね」

「そうですね。すいませんでした」

 

先ほど銀髪の人には初対面の人にはとか何とか言っていたくせして、すこし聞きすぎてしまったようで、巫女さんは不機嫌になってしまったようだった。

 

「れーむ、おこったのか?」

「怒ったっていうか、怒ってるって言うか・・・。まあいいわ。ルーミア、あんたも早くどっか行きなさいな。ここには食料もなにもないわよ」

「このお兄さんがいるよ?」

「そうやって人を食べようとしない。そしたら私の仕事が増えるでしょ」

 

呆れたような声音で、巫女さんは少女の額を指で突っつく。

ちょっと、嬉しそうな顔。仲がいいんだなと俺はその二人を見ていたら、視界の端に何かが映る。

 

―――手招きするように、ひらひらと振られた手。

 

女性的な手だったと思う。遠目だったから、判別はつかないけれど。

ちらりと少女たちのほうを見やる。こちらの方はもう気にしていなさそうだったので、俺はそそくさと女性の手のほうへ駆ける。

 

「こんにちは」

 

博麗神社の裏手に、空間の切れ目のようなものが浮かんでいて、その中から女性の手が覗いていた。いったいどこのホラー映像だ。こんなの、明らかに人間じゃない。

 

「・・・どちらさまですか」

「あら、この声に聞き覚えはない?」

 

俺はどっかの誰かさんじゃないんだから、音の響きや声の伸ばし方ひとつで「これは○○だ」と判別つけられはしない。・・・けれど、その声には確かに覚えがあった。

というか、話したことあるじゃんか。雨の日に、あの森で。

 

「八雲紫、だっけ」

「ええ。とりあえず、こちらへ招待するから、その中へ入って頂戴」

 

手が指示したほうには、もう一つ人が入れそうな空間の切れ目。

・・・悪趣味なデザインだけど、これ本当に入って大丈夫なのかな。

 

「心配しなくたって、これに入ったことはあるはずよ。貴方がこの幻想郷に来たのも、それのおかげだし。ほら、入りなさいな」

「・・・はい」

 

紫さんはまるで俺の心でも読んでいるんじゃないだろうかって言うタイミングでそう補足した。入るのを渋っていたから、そう言っただけなのかもしれないけれど、わかりやすかったかな?

俺は恐る恐るといった風に切れ目の中に足を突っ込む。

 

 すとん、と体が落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい、八雲紫の部屋へ」

 

 金髪の綺麗な女性が、俺を迎え入れた。

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