詩季side
和室に通された俺は、辺りを軽く見渡してから、目の前に座る女性―――八雲紫のほうを見る。
当の彼女はというと、今現在は頬杖をついて、暇そうにこちらを見ていた。
「さっそくなのだけど、ここら辺をうろちょろしていたのはなぜ?」
「・・・兄を探していたからだ」
たった一言目から本題に入るのか、この人は。世間話の一つもしないなんて、よっぽど忙しいのかなんなのか。
「ふぅん」と声をこぼすと、「――――天宮理桜のことね」と続けた。
俺はその名前に大げさに反応を示してみせる。・・・なんだ、知ってるんだ、あんたは。
「その人のことだよ。今、どこにいるんだい?」
当然、わらにもすがる思いで、理由なんて聞かずに彼のことのみを聞く。だって、俺がずっと探していたのは彼のことだ。彼女から知りたい情報なんて、それくらいしかない。
すると、紫さんは面白そうに笑顔を浮かべて首を傾げた。
「さあ?あなたの手の届かないところにいるんじゃない?」
「・・・死んでるってことかな?」
「そうじゃないわよー」
「短絡的ねぇ」とため息を吐かれたものだから、俺は困って「どういうことだよ」と再び質問を投げかける。
俺の問いかけに、彼女は少しだけ笑った。
「単純よ。あなた一人じゃいけない場所にいる。それだけよ」
「・・・?」
「あなたは雲の上にひとりで行けるかしら?貴方は宇宙にひとりで行けるかしら?」
「へっ」
彼女のそんな発言に俺はつい気の抜けた声をあげてしまった。
なんで、そんな例をあげたんだろう?
無理に決まっている。俺には羽なんてないし、そんな力を持ち合わせちゃいない。宇宙に行けばあっという間に宇宙の藻屑と化してしまうだろう。
「そういうことよ。あなたがいくら雲を操れても、あなたがいくら雷雨を呼ぼうとも、それは叶わない。あなただけじゃあね」
「・・・物理的に、そこへ行けないってことか」
アリスにも迷惑を掛けないようにああして出てきたというのに、結局戻ることになりそうだ。
手をグーパーと開閉してから、はぁとため息を吐いた。
「そうよ。ただ、周りの人の手を借りれば、もしかしたらってところかしら」
「じゃあ・・・!」
「でも私は手を貸さないわ。頼まれてしまったからね」
・・・『頼まれた』?
俺がぽかんとしていると、紫さんは優雅に扇で口元を隠してから、「口が滑ってしまったわ」とわざとらしく付け足した。
「だ、誰に頼まれたんだ?!なあ、紫さん!」
ぐいっと彼女に詰め寄って、そう問いかける。
誰が、俺と兄さんが会うのを邪魔しているんだよ!
「急に大声を出さないで頂戴な。まったく、誰だっていいでしょう。『今の』あなたには彼のもとへたどり着けないのだから、それを知ろうが結局は同じことよ」
「たどり着けるようになればいいんだ、それは後で考えればいい!」
「・・・・・・あなたは、真実を知ってどうするつもりなの?」
「えっ」
俺は目を丸くして紫さんを見つめた。
紫さんは俺のことを見やってから、「やっぱり、何も考えていなかったんでしょう」と呆れたように言った。
「自分の寂しさを、後悔をどうにかしたいだけでしょう?」
「・・・」
紫さんの口から滑り出た言葉に、俺はつい言葉を失う。
どうして、そんなことを。
なんで、俺の気持ちなんて。
俺が心の中でどう思おうと、彼女の口は止まらない。
「目の前でいなくなった兄を見つけて、自分のせいじゃないと思い込みたいだけでしょう―――――ああ、ごめんなさい。あなたのことをずっと見ていたわけではないのよ。あなたのことは、彼から聞いたものだから」
「・・・・・・兄さん?」
「そうよ。ここまでは善意で教えてあげたけれど、そこからは自分で考えることね。私はもう眠いから」
「・・・ありがとう」
帰れ、と言われたらしいので、俺は頭を下げて礼を言う。
紫さんは「そこにスキマを繋げておいたから、アリスのもとへ戻りなさい」と投げやりに言ってくる。
・・・アリス、か。
残してきた手紙と、彼女のつっけんどんな態度を思い出す。
彼女は優しいけれど、あんなに一方的な書置きを残して、果たして許してくれるか。
そう考えたら、帰るのが嫌―――というか、帰りづらいと思ってしまった。
「・・・森の近くの人里につなげてくれないか?」
「なんでよ。あんたの面倒は彼女に任せていたはずだけど」
「家出をしてきて。・・・その、帰りづらいんだ」
頬をかきながらそう言えば、予想通り紫さんはどうでもよさげに返事をくれた。
「そんなの自業自得じゃない。知ったことじゃないわ」
「だ、だとしても、どうしても――――」
「私はあなたにしてあげたいことをし終えたわ。これ以上ここであなたにしてあげる義理はないけれど」
「・・・」
その通りだ。兄の情報を教えてくれた以上、彼女が俺にしてくれることはもうないだろう。
それに、こうしてアリスのもとへ送ってくれることだって、彼女の厚意だ。・・・これを無下にすれば、きっと俺は帰れない。
俺は「悪い」と謝って、スキマのもとへ歩きだした。
「・・・アリスは、あなたのことをどう思っているのかしらね」
「さあ?・・・もしかしたら、薄情者とでも思ってるんじゃないのかな」
肩をすくめて笑ってから、俺はスキマをくぐった。
★ ☆ ★
新鮮な空気。先ほど―――といっても、もう少し前だが―――まで吸っていた空気だ。
人里のある場所よりも奥にあるこの魔法の森の入り口にたどり着いたようで、俺は困ったなァ、と息を吐いた。
適当に歩いて出てきたので、帰り道を考えていなかったのである。兄のもとへ向かったら兄の場所に(迷惑でなければ)いさせてもらおうと思っていたから、帰る気なんてさらさらなかったからだ。
それにしたって、どうしようか。都合よくアリスがここを通り過ぎることもないだろうし、俺はこのまま迷子になってのたれ死んでしまう可能性だって考えられる。
・・・ああ、ネガティブな方向へ思考が進んでいく。
両ほほを叩いて、思考を軌道修正してから、俺はいざと森を見上げた。
・・・・・・深い。
「詩季じゃないか、こんなところでどうしたの?」
「わっ?!」
今まさに着地しようとしてる琴羽の姿が視界に入って、俺は驚いた。
なんでこんなグッドタイミングで現れたんだよ?!
「迷子になりそうだったから、ここで立ち止まってたんだよ。・・・琴羽は?」
「・・・ああ、えっと、魔理沙さんの付き添いで出かけてたんだよ。大方、君は彼を探しに行ってたんだろうけど、アリスさんは?どうして一人なの?」
「・・・・・・家出してきたから、いない」
「うわあ、また子供なことをしたんだね。あー、なんか似たような話を聞いたような気がするなぁ」
「うっ、もうなにも言わないでくれ」
琴羽の容赦ない攻撃に俺はがっくりと肩を落とす。
そんな俺を見てか、琴羽は「あはは、ごめんごめん」と俺の肩をたたいた。
「さて、近くまで送るよ」
「・・・お前のところに泊めてもらっちゃダメか?」
「もう部屋がないからダメ。それにアリスさんが心配してると思うよ」
「・・・そうか」
「うん。だからほら、行こう?」
俺に手を差し出して、琴羽は笑った。
俺はその手を取ってうなずく。
ぽつん、と家の前に取り残される。
琴羽の話によると、「アリスさんはこの時間帯は外出することはないから、きっと家に居ると思うよ。ちゃんとお話して謝る事、いいね?」とのことだ。・・・謝るよ、ちゃんと!
俺が扉をノックしようとして、そっと手を下した―――ドアノブの、高さまで。
すう、はあと深呼吸してから、俺がドアノブを回して扉を開けようとすると、その途端扉が開いた。
焦ったような、慌てたような様子のアリスが、俺を出迎えた。
「・・・詩季!」
「あ、アリス。・・・えっと、ただいま」
アリスがどこか安心したように俺の名前を呼ぶものだから、俺もアリスの名前を呼んで帰ってきたときの挨拶をする。
すると、俺の頬を引っ張って、アリスは不貞腐れたようにムッとしながら言った。
「なにがただいまよ。いってきますもなにもいわなかったくせに」
「いたいいたい!・・・手紙は読まなかったの?」
痛みを訴えかけると、彼女はあっさりと手を放してくれる。
頬をさすりあがら問いかけると、彼女は一層不機嫌になってしまった。
「読んだわ。戻ってこないって言ったくせに、ひょっこりと姿を現すんだから」
「あれ、戻ってこないって書いたっけか・・・なんか、そんな気がする」
「書いてたわよ。くだらないから捨てたけど」
「ひどいなぁ」
笑ってそう言う。
アリスは納得してなさげに顔を背けた。
・・・そんなとき、琴羽の言葉が蘇った。
『ちゃんとお話して謝る事、いいね?』
それと同時に、はじかれるように俺は言葉を発した。
「ごめん、アリス」
紫さんにしたように、俺は深く頭を下げた。
アリスはしばらく俺のことを見て、「どうしたの」と問いかけてきた。
「勝手に出て行ってごめん」
「・・・」
「アリスが俺のことをどう思っているかわからないけれど、俺は、アリスが――――」
「詩季」
俺は言葉をさえぎられて、「えっ」と声を上げた。
アリスが「私は気にしてないわ」なんて言うものだから、俺は「なんで?」とつい問いかけてしまう。
「・・・そんなことより、人探しは良いの?」
「ああ。どうやら、今の俺じゃあ会いにいけないみたいだから、・・・いつか、会える時が来るまで待つことにしたよ」
「そう・・・。それで、いいのね」
「ああ。・・・アリス?」
アリスはほうっと息を吐いて、「詩季」とまた俺の名前を呼んだ。
「おかえりなさい。これでも、心配はしたんだからね」
「・・・ああ。心配をかけてゴメン。もう、勝手に外出しないって約束するよ」
「それなら構わないわ。勝手に出てって迷われても困るし」
実際、帰れなくなった時はどうしようかと思ったよ。
俺は心の中でそっと溜息をついて、アリスをちらりと見やった。
すると、彼女は温かい笑顔を浮かべていて。
「外が見れてよかったでしょ」
そんなことを言うものだから、俺は反射的にうなずいた。
「・・・そう、だな。多少疲れはしたけど、でも楽しかった」
俺がそう言うと、アリスは「よかったじゃない」と家に入りながら言ってくれる。
家に入るのに戸惑っていると、そっと手を握られた。
「ほら、入りなさい。もうあなたはここの家の人でしょ」
「・・・・・・」
「・・・な、なんかおかしなこと言っちゃったかしら」
「いや、そんなことはないよ。・・・へへ、ありがとう、アリス」
「べつに・・・お礼を言われるようなことじゃ、ないし」
アリスにお礼を言うと、照れたように頬を染めてそっぽを向くものだから、俺はついかわいらしいと思って、アリスの手を握り返した。
「~~~ッ!ほら、とにかく入って!そして手を放して!」
「えー、せっかく握ってくれたのに」
茶化すように彼女のセリフに返せば、彼女はうっすらと赤い顔で反論してきた。
「あなたがいつまでたっても入ってこないから・・・!」
「・・・うん。ちょっとだけ、考えちゃったよ」
「ばか」
俺の手をつかんでいた温かいそれが離れていく。
それを追いかけようかと思ったけれど、しかしあきらめた。
「・・・アリス」
「なに?」
「これからも、よろしくなっ!」
精いっぱい、笑顔を浮かべてそう言った。
すると彼女は少しだけ驚いたような、意外そうな顔をしてから、ふと微笑んで、
「ええ、こちらこそ」
・・・なんて、返してくれた。
――――なあ、兄さん。
――――今の俺を見て、あんたはなんて言うんだろうな。
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「・・・アハハ、本当に成長したね、詩季」
少年が、白い薔薇を一つ手折る。
それは案外脆くできていたようで、一つ崩れれば、また一つヒビを作り崩れていく―――――まるで、雪で出来たものを崩したかのように、あっけなく。
「きっと、詩季なら僕と一緒にいてくれるよ。ねぇ、そうだよね?」
「――――詩季には、僕だけがいればいいはずだよ。だって、僕は―――」
少年は、にっこりと笑みを浮かべた。