インフィニット・ストラトス その選択の果てに 作:ウォーリー
展開が早いかもしれませんが、どうぞ。
日が入らない閉じられた空間。薄暗い明かりが照らされ、埃が漂う古びた部屋で頭痛と共に一夏は目を覚ました。
(──うっ、ここ、どこだ…)
仰向けになっているため、チカチカと光る照明が目につく。
めまいを起こしたのか、すぐに立ち上がることができずにいた。
それでも徐々に治まり始め、今自分の身に何が起きたのかを考える余裕は出てきた。
(何がどうなってんだ──)
休日、買い物に行く途中であった一夏は、偶然にも誘拐現場に遭遇した。
水色の髪の少女が怪しげな黒服の男によって拘束されているところだった。
「───‼」
咄嗟に大声で叫ぼうとした一夏。しかし、背後から接近した男に口を塞がれ、捕まってしまう。
一夏を拘束した男は少女を車に乗せ終えた男の一人に愚痴る。
「おい、お前らがチンタラしているから面倒事が増えたじゃねえか」
「…は、申し訳ありません。ですが、その目撃者はどうしますか?」
誘拐現場を見られたのだ。ここで口封じをしておかなければ、すぐに足がつくだろう。早 急にこの場から離れなければならないが故に上司である男に判断を仰ぐ。
だが、一夏を拘束している男は大層面倒な感じで答える。
「あー、なるべく事は大きくするなとの事だしな。それに子供を殺るのは好かん。一緒に連れていけ」
「かしこまりました」
「────っっんぐ!」
その間にも一夏は何とか拘束から逃れようともがく。だが、そんな抵抗も空しく拘束が緩むこともなかった。
「っち、いっぺん寝とけ坊主」
押さえつけていた男は煩わしくなったのか、黙らせようと一夏の腹に当て身をくらわせる。
一瞬、痛みを感じながらも一夏は意識を失った。
(──女の子が捕まってて、俺もすぐに男に捕まって目の前が真っ暗に…って、あの子は)
捕まった少女がどうなったのか。一夏は何とか体を起こし、辺りを見回すとすぐに見つかった。
誘拐された少女は部屋の片隅で震えていた。彼女は一夏が起きた事には気づいていない。
一夏はとりあえず、少女に声を掛けることにしてみることにした。
「ええっと、大丈夫?」
唐突に声を掛けられた少女はビクッと体を震わし、一夏の方へと顔を向ける。
彼女の顔からは不安の色が見て取れ、体は委縮していた。
「……」
「えーっと、ほら、大丈夫だから。それに、すぐに助けも来るよ」
怯えている彼女を励まそうと声を掛けつつ、無意識に彼女の手を握っていた一夏。
実のところ一夏自身も怖かった。
ただ目の前の彼女の方がもっと怖いかもしれない。それに、自分は男の子だとちっぽけな見栄を張っていたのだった。
それでも、一夏の言葉に少しは安心したのか彼女の顔から不安の色が薄れていく。
しかし、異性に手を握られ続けている状況に恥ずかしさを感じてきたのか徐々に顔が赤く染まってきた。
「あ、あの。…手、離して」
「ああ、ごめん」
すぐに手を放す一夏。
それでも、先ほどの彼女の不安な状態から随分と良くなったことに安堵した。
「名前言ってなかったな。俺は織斑一夏。君は?」
「…更識、簪」
そう名乗った少女は肩に掛かるぐらいのきれいな水色の髪と赤い瞳が特徴的であった。
一夏と歳は変わらないだろうが彼女は随分と小柄である。もともと内気な性格なのか、話し方もややたどたどしい。それらの印象は小動物を彷彿させた。
そんな簪は自己紹介をしてすぐに申し訳ない表情を一夏に向ける。
「……ごめんなさい。こんなことになったの、たぶん私の所為」
簪は自分の家の仕事が関係していることが今回の誘拐の原因だという。
まだ家の仕事については詳しく教えてもらっていなかったが、それが特殊なものだと簪は理解していた。
とても危険な仕事で、人に恨まれたりすることもあると。
だから、いつも外出するときは守ってくれる人と一緒にいなければならないが、今日に限って簪は一人抜け出してしまった。
そして、あの黒服の男たちに捕まってしまったのである。さらに自分の所為で一夏まで巻き込んでしまった。
説明するうちに簪の表情も暗いものになる。
「簪は悪くない。悪いのは簪を捕まえたあいつらだよ」
「…で、でも」
「ほら、気にしないで─」
一夏は気まずい雰囲気になるのはマズイと思い、別の話題を振ることにした。
「そういえば、買い物途中だったんだ。千冬姉、腹空かしてないかなぁ」
一夏の姉は周囲からは完璧超人と思われているが、その実態はずぼらであった。一夏がいないと部屋は荒れる、飯は作れないと、駄目な姉であった。それでも、一人で一夏と共に家を守っている姉はとても尊敬する存在であった。
「…私にも、お姉ちゃんがいる」
簪には何でもできる姉がいた。そして簪をいつも助けてくれる。そんな姉を尊敬していた。
お互いに姉がいて、それが自慢の存在であったことは二人が打ち解けるきっかけとなった。
そうしている間にも、二人の話は進んでいった。
「へぇ、簪も見てるんだ、簪はどのライダーが好きなんだ?」
「う、うん。私は─」
今、二人が話している内容は日曜朝に放送されている特撮であった。
簪はヒーロー物が好きであり、男の子が好きそうな特撮やアニメをたくさん見ていた。
もちろん一夏も男の子であるから話は盛り上がった。
先ほどまでの暗い表情も、今では笑みも浮かべるようになり、明るいものになる簪。
いつしか、誘拐されていると忘れるぐらい話をしていた二人。
だが、そんな束の間の平穏は打ち砕かれることになる。
いったいどれ程の時間が経っただろうか。時計を持ち合わせていなかった二人だが、長らく話をしている最中の事であった。
突然。部屋の外から聞こえる音。
──爆発音。それから、度々聞こえてくる怒声、銃声。
二人は警戒するように静かになる。誰かが救出に来たのか。そんな希望も見えてきた。しかし…。
しばらくするとドアが乱暴に開かれ、入ってきたのは誘拐した男の一人だった。
「おい、嬢ちゃん。こっちにこい」
簪にそう話す男は何処か切羽詰まった様子であった。
先ほど浸入してきた者に次々と仲間たちが倒されていたのである。いつ、自分の下にそれが来るかは時間の問題だろうと考えた男は簪を人質にしようとしていた。
「…あ、いや。こないで」
簪は恐怖で体が竦んでしまう。
「やめろ、簪に近づくな!」
一夏はそれを止めようと男の胴体にしがみ付く。しかし、大人相手にどうにかなる訳もなかった。
「邪魔だ、引っ込んでろ」
男に服を掴まれ、強引に壁へ叩きつけられる。
「─────っぐは‼」
ぶつかった衝撃で肺から空気が無理矢理引き出される。
その直後に簪の悲痛な声が聞こえてくる。男が簪を連れてドアの外へと出ていこうとしているのだ。
一夏は痛みですぐに立ち上がれずにそれでも、這いずるように簪の下へ向かう。
「…っぅ、ま、待て──」
一夏の声は空しく部屋に響く。
簪の声も次第に遠ざかっていった。
「っぅぅ、この」
無理矢理に体を起き上がらせる。
痛みをこらえながら、男が出ていった方向へと一夏も向かう。
時折聞こえてくる音や簪らしき声を頼りに歩みを進めた一夏。たどり着いたのは大きな広間のような場所。そこには誘拐犯と思われる男たちが所々に倒れていた。そして、どうやら助けにきた男は一人で今も誘拐犯と戦っていた。その近くに簪を見つける。
なんとか、近づこうと一夏が動こうとした時、戦っていた男の一人が簪にナイフを突きつけた。
「動くんじゃねえ!」
「簪!貴様」
「──お、おとうさん…」
戦っていた男の一人は簪の父親らしい。
「動けばどうなるか、分かるな」
「っっっ!」
ナイフが簪の首元に近づく。
それを見て、簪の父親は動けなくなる。
簪にナイフを突きつけている男は満足したのか、周りの男たちに命令する。
「おい、さっさとこの男を片付けろ」
(このままじゃ、あの人も、簪も殺される。でもどうしたら)
一夏はどうにか助けようとして、どうするべきか動けずにいた。
「まぁ、おとなしく親子揃って仲良く死にな──」
だが、男が一旦ナイフを大振りに上げた瞬間。
「──簪!!」
一夏が飛び出した。恐怖や躊躇など忘れていた。体が自然と動いていた。
簪を拘束していた男の腕を思いっきり噛みついた。そして、僅かに緩んだところから簪を男から引き離した。
「っがぁ!くそ、このガキどこから」
男の持っていたナイフが一夏を襲う。
「─────‼」
その直後に声にならないほどの激痛に一夏はその場に崩れ落ちる。
激痛で意識が朦朧となる。
その中で見えたのはナイフを持っていた男を倒す簪の父親の姿。
彼の周りにもいたはずの誘拐犯はすでに倒され、床に伏していた。
相手に抵抗する余裕も与えずに制圧する動き。
一瞬の出来事であったが、一夏はスローモーションのようにそれを見ていた。
(──凄い)
一夏はその強さに、姿に見惚れていた。
その間にも意識が遠のいていく。
ふと、簪が一夏の傍にいることに気づく。
涙を流し、何かを言っているようだが一夏の耳には聞こえなかった。
しかし、彼女には目立った怪我はないようだった。
(──よかった、無事で…)
彼女の無事に安堵した一夏は意識を落とした。
「──っん」
目を覚ます一夏。ベッドに寝かされていた。
白を基調とした部屋、消毒液の匂いが漂う。どこかの病室であろうか。
傷が痛みつつも何とか体を起こす一夏。
ふと、右腕側に違和感─寄りかかって寝ている少女の姿─を見て安堵する。
そんな中、一夏に声が掛けられる。
「ん、起きたみたいだね」
自分たちを助け出してくれた簪の父親がいた。
あの時の勇ましさとは打って変わり、今は人の良さそうな雰囲気を出している。
「あ、えっと助けていただきありがとうございます」
一夏はすぐに御礼を言って頭を下げる。
「いや、君に御礼を言われる立場じゃないよ。こっちの揉め事に巻き込んでしまって、簪を 庇って怪我までさせてしまったからね。本当に申し訳なかった」
しかし、簪の父親は申し訳なく、一夏に頭を下げて謝罪する。
そして簪の方へ顔を向ける。
「簪は今まで君に付きっきりだったからね。今はそっと寝かせておいてくれ。…そういえば、名前を言ってなかったね。僕は更識楯無、簪の父親だ」
楯無と名乗る男は一夏に今回のことについて語り始める。
今回の誘拐が、簪の言った通り、楯無の家の事情が原因であること。
偶然とはいえ巻き込まれた一夏に怪我まで負わせてしまった。
「今回君には大変な迷惑をかけた。だから何か僕にできることがあれば言ってくれ」
「ぇと、俺の方が助けてもらったと思うんですが…」
「簪から話を聞いたよ。捕まった時に励ましてくれたそうだね。それだけではなく捕まっていた簪を助けたんだ。君に御礼をしないと僕の気が済まない」
「えっと、いきなり言われましても…」
何かないか。一夏は考える。
ふと、あの時、楯無が見せた動きを思い出す。
自分に力があれば、あの時以前に簪を守れたのではないか。
楯無のような強さがあれば…
そう一夏は思い、言葉を紡ぎだす。
「───強くなりたいんです。俺を鍛えてくれませんか」
一夏の放った一言に楯無は柔らかな表情はそのままだが、その視線は先ほどよりも力強く 一夏を見据えている。
「うーん、それは断るべき、なんだけどなぁ」
渋い顔をしながら考え込む楯無。
「さっき言ったけど、僕の家は特殊な仕事をしていてね。死ぬことだってある。今回のことの様に誰かに狙われることもたくさんあるんだ。君にはそんな世界に来てほしくないんだ。それでも─」
「守られるだけなのは、嫌なんです。後悔したくない。だから守るための強さが欲しいんです」
一時の考えで自分たちのいるような世界─暴力、犯罪、暗殺、人が簡単に死ぬ─へ踏み込んでほしくないと思う。本来ならば、一夏のような少年には死ぬまで関わりのないような世界だ。
しかし、彼が真剣なのも分かる。それと同時にと危うさを楯無は感じた。だが、ここで強引に断ったところで少年は引き下がらない。下手に放っておいても、進んでこちら側へと足を踏み入れてしまう。そう楯無は判断した。そうして一夏にメモ書きを渡した。
「…はぁ、そこに僕の家の連絡先が書いてある。じっくり、考えてから連絡しなさい」
(──甘いな、僕も)
本来なら、一夏をこちら側に関わらせないようにすることが正しいだろう。だが下手に踏み込まれるよりも自分の目が届く範囲で見守ったほうがいいと考えた。それを甘いと楯無は考えながらも、事の成り行きに任せることにした。
「あ、ありがとうございます」
明るい表情を浮かべる一夏。
「…そういえば、簪はこのままでいいんですか?」
「あぁ、連れて帰ろうにも、君の傍を離れなくてなぁ。下手に離すと嫌われかねないからね」
ははは、と乾いた笑みを浮かべた姿は娘に甘い父親にしか見えなかった。