パンドラ日記   作:こりど

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14話―至高の宝石箱

「はぁ……降ってきちゃんたか」

 

エンリ・エモットは最悪だなー…と薪を背負いなおした。小さい頃以来だろうか、この辺りで雪が降るなんて。

「すごい、すごーい!」

妹のネムは初めて見る空と村の光景に興奮して走り出してしまった。

「お姉ちゃーん! こっちこっち!」

「あ、ちょっと、走ると危ないでしょネム!」

慣れた場所ではあるが草原と言っても下に何があるか解らない。

「っと、姐さん、自分がちょっと行ってきますわ」

 

お願いします、と言うエンリに頭を下げてゴブリンさんが慌てて道を外れて駆けて行くネムを追いかけていく。

 鉛のような曇天だ。今にも垂れて来そうな空から本当に落ちてくるチラホラと粉のような雪。

すでにカルネ村にめぐらした外敵を防ぐための立派な柵にもうっすらと白くトッピングされたように積もりつつある。ぽつぽつと明かりが各家に灯り、村全体が冬特有の薄暗さと相まって幻想的に浮かび上がる。

 もっとも新村長などと言う彼女の村娘と言うしか無い年齢に対して重すぎる立場にあるエンリにはそんなメルヘンな気分は沸かない。めったに見れない光景に綺麗とか、そんな事よりも、間近に迫った冬の生活がより厳しくなるんだろうな、などと言う厳しい現実が先に見えてしまい溜息しか出ないのだ。

 それでも、と見やると我が家の扉が開くのが見えた。明かりの中から線の細い前髪の長い青年――ンフィーレアがゴブリン達に押出されるように出てきて、サムズアップしている彼らを後ろに、大きく手を振るのを見るとエンリは少し心が温かくなる気がして、死すら身近になる厳しい村の冬をなんとか越せそうな気がして笑顔で手を振り返すのだった。

 

 

 

「ふぅむ……雪か」

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)でナザリックの周囲を見ていたアインズはあれこれと操作していた手を止めていた。

 遠くアゼルリシア山脈を背景に降る雪に見入る。自然と言うのは美しいものなのだな、骸骨の脳裏には遠い遠い故郷の事が思い出される。

「ブループラネットさんじゃなくても何かいいなぁ……」

 自らの超位魔法でも擬似的な事はできるかもしれないが。かつてアインズが生きていた世界は風景のほとんどは擬似だった。スモッグに覆われた空、泳ぐ事のできない海、それが彼にとってリアル(本物)と言うものであり、窓に映る美しい景色は電子見せるの嘘だった。そんな世界しか知らない自分が今アバターの身になって初めて本物の自然に感じ入っていると言うのは何とも皮肉なものだ。

 ふとアインズは雪の舞う光景を見て思い出した。

我が故郷(日本)は別にキリスト教と言うわけでもなかったはずだが、いい加減なもんだったなぁ……まぁいいか」

アインズは額に手を当てるとパンドラを呼び出した。最近元気の無い友人の娘も気になっていたし、上に立つ者として自分が趣向を凝らすのもいいだろうと。

 ごそごそとアイテムボックスから取り出した嫉妬マスク(運営狂ったか)を机の上に置いてコンコンと指先で突いた。

「今回は忌々しいこれの出番は無いな、まったくいい思い出では無かったが」

 

 

 

 

第6階層―ロロロの水辺近く

 

 

「はいはいオーライ、オーライ、切った材木はそっちにまとめて置いてね、ハムスケーもうちょい引っ張って」

 

 はいでござるよー。と響く返事に頷く現場監督。オーライオーライと繰り返す。その意味は未だに良くわからないのだが流石はアインズ様のご指導下さったお言葉、汎用性に優れている。などと考える黄色いヘルメットからは、ちょこんと尖った耳が覗いている。現場監督と言うには小奇麗過ぎる格好と子供なりに均整の取れたすらりとした肢体のダークエルフ姉。

 

「アウラ様ー!あちらの方は下生えの雑草や小石の取り除き完了致しました」

「はいはーいご苦労ーさん、じゃ今度は向こうでエルフ使ってるフールーダを手伝って来てね」

 

図面を片手に手を振る守護者に遠慮がちにブレインは返した。

「……あー、あちらも大体大体片付いたようですね」

「それにしても外はそろそろ冬だと言うのにここは暖かいでござるなぁ」

「外は雪みたいだよーナザリックの偉大さ、引いてはアインズ様の偉大さを常に想ってなさいよね。んー、じゃあそろそろ休憩にしよっか、私やアンタとかはそんなの必要無いと思うんだけどねー」

 

 彼女自身は疲労・睡眠などのバッドステータスを無効化するアイテムを装備しているし、ブレインは吸血鬼である、二日や三日ぶっ通しで使ったところでどうと言う事は無いだろう。大体これ(ブレイン)の主人のシャルティアも潰れても構わないと言ってたし。とアウラはブレイン達を見やり考える。

 だが基本人間種のエルフやフールーダ達は違うのだと。基本平気である我々でさえ適度に休息を取れと言うのが慈悲深いアインズ様の命である。本当はずっと働いていたいのが彼女及びナザリックに生きる者の総意のはずなのだが。主がそう言う以上、全ての部下達をそう扱うのが主の意思であり、アウラに課せられた責任である。

 

「了解です、しかし今度は随分広く切り開きましたね……、ぉわあ!」

 倒木に座りこもうとしたブレインは跳ねるように立ち上がった。

「何かねー子供育てる施設とか作るらしーよ、私としてはあんまり気が進ま……って何? ……うひゃあ!」

 ブレインの視線を追って背後を見たアウラも背筋を伸ばす。

 

「い、いらっしゃいませアインズ様」

アウラは言ってから、しまったと言う表情になる。

「さ、先ほどは思わず声などを上げてしまい失礼を――」と言い掛け。同じく声を上げたブレインは直立不動でヴァンパイアがかくはずも無い背に汗をかいていた。

 

「よい、面を上げよ両名とも、建設作業ご苦労である」

 

 

 

「何か御用でしょうか?」

少し離れた場所で作業していたマーレも呼ばれ魔獣のフェンから降りて横に並んだ。ブレイン達は離れた場所から何が起きるのかと恐々としてこちらを見つめている。

 

「うむ、少し場所を借りたくてな、確かここら辺を広げているのを思い出して、ここが場所的に良さそうだろうと」

「場所、でございますか? そんなナザリック地下代墳墓の支配たるアインズ様が借りるなどと――」

「そ、そうです御命令いただければナザリックのどこであろうと――」

「ああ――いや、よいのだ二人とも、今日は」

 

アインズはきょろきょろと周りを見渡すと一本の巨大な木に目をつけた。横幅はともかく縦の高さは彼女らの住んでる大樹に匹敵するだろうか。

「あれがいいかな、アウラよ」

「は、はい何でしょうか?」

「以前そこのハムスケらと一緒にトブの森の奥で守護者一同で戦った事があるだろう―あれは、そう―たしか魔樹。その時の事は覚えているか?マーレはどうだ?」

「えっ?ええもちろん覚えています」

「は、はい覚えています」

 確か思った以上に弱かったから守護者全員で『手加減』して殺さないようにと、しかし呼吸をあわせた攻撃になるように苦労した戦闘を思い出し姉弟は目を見合わせる。しかしそれが一体何の話に繋がるのかさっぱり予想がつかない二人だった。

 

「その時に最後、あれに星を落として燃やしてしまっただろう、あれの元ネタ……正式なバージョンがあって、そちらはパーティの飾りつけのものなのだが」

「え、えーと?」

 キョトンとして必死に理解を及ばせようとしているアウラとマーレを見てアインズも自分の途中が飛び過ぎる説明の悪さに気が付いた。

「ああ我ながら説明が要領を得ないな……、つまりあれに見える樹に飾り付けをして、その周りで守護者各位の慰労パーティをやりたいのだ。準備を頼めるか?」

「あ、ああ。なるほどそういう事ですか。解りました、ではただちに!」

「ぼ、ぼくはどうしましょう?」

「うむ、マーレは各階層守護者に伝達と、セバスとプレアデスも誘ってみるか……そちらも頼む」

「は、はい承知致しました!」

 

 

 集まった守護者一同とセバス・プレアデスの面々はボードに張られた紙に書かれた図――到底上手いとは思えないものだったが。アインズお手製のものだったので、そんな事は彼らに関係無かったが――を食い入るように見ていた。慰労などと言われてた時は全員が「アインズ様が何をおっしゃる」と固辞したのだが、アインズが是非ともやりたいと言う以上それはナザリックにおいては決定事項である。現地組のシモベの頭として末席に控えるフールーダも含め、すでに皆頭を切り替えて主人の望む結果を完全に具現化するべく、これ以上無いほど真剣な表情になって説明を聞いている。

 

「……と、言うわけでこの図のようにあの樹を飾り付けて欲しい。ナザリックにあるものなら、防衛やよっぽどのものでない限り私の名において使用するのを許す。私はパンドラと別の準備をするので料理は副料理長らに、後の会場の準備は任せたぞ」

御意と平伏する一同。

 

「……では私は皆様のお飲み物などの手配などして参ります」とセバス。

「ふむ、会場のセッティングの監督は私とアルベドで行いましょうか」

「よろしいですわデミウルゴス、フールーダ、貴方以下の者、他に上位者の居ないものはお前を通してえこちらへ指示を仰ぎなさい」

「承知致しました」

「ならばあちしは、コキュートスなどは上背もありますゆえ一緒に飾り付けの手伝いをお願いしますえ、それとプレアデスらもこちらで」

「承知シタ、シャルティア、配下共々、我等ヲ上手ク使ッテクレ」

「畏まりました」とユリ

さてこっちのサプライズも用意するかと、アインズはパンドラと自室に帰って行った。

 

 

 ナザリックの中にもドームの内部に写る日が落ちる頃、アインズは会場に戻ってきた。パンドラはタイミングを見計らって登場させるつもりだ。6階層の森の端の開けた場所はデミウルゴスらの手腕によって絨毯の上に巨大なテーブルや椅子が用意され、会場はお洒落なパーティの雰囲気に整えられている。

 全体は上座と下座のように分かれているらしく、中心部分に守護者らが、そこから遠い場所にハムスケやブレイン達が居るようだ。

 流石はデミウルゴスとアルベド見事な手際だなと感心して仰ぎ見る。巨大な樹もアインズの指示通り順調に立派に飾り付けられているようで周りの人影は最後の調整なのか、こまごまとした整理に入っているようだ。

 

「ふむ思った以上に立派だな」

 アインズ自信はこのようなパーティに実際に参加した事は無いが、皆が思い描く豪華なクリスマスパーティとはこのようなものだろうとご満悦だ。

 綺麗に飾られたテーブルの上には所狭しと豪華な肉料理や林立する酒類、色とりどりの花が飾り付けられている。

 ただアインズが想っていたクリスマスパーティと違うのはよく見るとウインナーのように見えるものが人間の指だったり、フルーツポンチのようなものに入っているのが杏仁豆腐の代わりに色とりどりの目玉だったりするのだが、アインズも流石に毎度の事なのでその辺は適当に見ないふりをして間を歩いて行った。これが皆の好物なのだから仕方ないよな、と。

 だが途中どう見ても人類の生首が7つほどまとめて苦悶の表情で丸焼きにしてテーブル中央に鳥と一緒に飾ってあるのだけは少し好奇心に負けて思わず近くのメイドを呼び止めてしまい「あれは何だ?」と尋ねてしまった。

 結果はメイド曰く。あれはアインズ様のご指示にありました『七面鳥』と言うものが現地におりませんので皆で相談した結果デミウルゴス様にご指示を仰ぎ、あのような形になりました。何かご不満でもございますのでしょうかと言う不安そうな顔だったので、いや、いい」と足早に立ち去る事になったのだが。

 

「あ、アインズ様ぁ」

 頭を振ってツリーの方に来たアインズの前に今日は無礼講と言う事前の指示によって、くだけた感じの口調のプレアデスの一人エントマが和服姿の前を合わせて、とっとと駆け寄って来た。

「どうぞぉこちらへ、シャルティア様ぁアインズ様がおこしになられましたぁ」

「まぁアインズ様、どうぞこちら来て下さいませ、良くご覧下さいませ、私と……コキュートスのシモベも動員してたった今仕上がった所でございますえ」

 相変わらず怪しい廓言葉のシャルティアの後ろでは闇に浮かぶ会場の明かりの中まだヴァンパイアブライドや、大型の昆虫人が忙しそうに片付けに動きまわっている。「さぁコキュートスも」とシャルティアに促されぬっとそれ自体が会場の飾りのように青く輝く巨体が姿を現す。

「オオ、アインズ様、私ナゾハ美的ナ感覚二自信ガアリマセンノデ、シャルティアノ言ウママ二従ッテ居タダケデスガ……」

 

「何、そのように卑下する事は無いぞコキュートスよ、御苦労だな。いや私も自分でツリーを飾りつけた事などは無いし……んんっいや、立派な出来栄えだぞ、見事だなシャルティア」

「お褒めに預かり光栄でありんすえ、しかし材料の調達にはプレアデスの各員、デミウルゴスなども手を貸してくれましたゆえ、後でそちらの者達にもお褒めの言葉をかけて頂ければありがたく」

 褒められて得意になっているのかシャルティアはいつになく気分に余裕があるようだ。失敗の多い彼女だが、こういう表情を見せるのは久しぶりだとアインズも相好を崩す。イベントを開いた甲斐があったと言うものだ。

「ほう、なるほどな殊勝な考えだぞシャルティア。後でみなにも良く言っておこう、私も今日は皆を驚かせるような仕掛け(しかけ)を用意した。特にお前は驚くぞシャルティア?」

「私がでありんすか?それは楽しみですアインズ様」

 

「ふーむ、しかしナザリックによくこんなパーティ用の飾りのボールが大量にあったものだな、ん?」

しげしげと上を見上げ万遍無くキラキラに飾り付けられた巨大ツリーの近くまで来たアインズは友人の残したものかなと。感心して手近な飾りのボールを手にとって見た。そして沈黙する。

 

「……シャルティア、これは?」

「はい、そちらの飾りボールはデミウルゴスが用意してくれた、彼の牧場近くに出没する、なんとか言う亜人間の『干し首』が手ごろなサイズだったのを白く塗ったものでありんす」

「……うむ、そうか」

「ああーそれっ、アインズ様!あたしとナーちゃんが主に塗ったんっすよアインズ様!」

「よしなさいルプスレギナ……申し訳ありませんアインズ様。このような事しかお手伝いできず」

「い、いや……そんな事はないぞ、二人ともご苦労であった」

 まぁこんな事だろうなーとは心のどっかで思ってたけどね、とメイド達の前でアインズはツリーを見直した。 何か異界でも召還できそうなアイテムに見える干し首がたわわに実っているようだなとツリーを見直した。赤や黄色にも塗られているのでこの数は大変だったろう。離れて見れば綺麗だなーうん。

 完全なる狂騒とかひっ被ってたら今頃エライ事になってただろうなとアインズは胸を撫で下ろいていた。

 

 アインズはふと見るとツリー全体にかかっているモールが動いた気がした。

「……何か今動かなかったか?」

「ああーあれは大丈夫ですよぉアインズ様、私が用意したぁ、パールホワイト・ギガリンゴドクガの幼虫ですぅ」

「幼虫……そうか」

 よくよく見るとツリーに掛かっているのは、もぞもぞ動く、人の腕ぐらいの太さと巨大な毛虫であるようだ。ツリー全体に掛かっているそれは雪の代わりのオブジェなのが本来の意味なのだろうが、確かに白い毛はとても繊細で一見するととても綺麗だ。しかし今ギガドクガとか言ったなとアインズは反芻した。

「あれは近づいても大丈夫なのか?」

「はいぃ、あの程度なら人間はともかく(・・・・・・・)私達には無害ですぅ、あ、でもぉ危なそうなあれら(ツアレやフールーダ)とかには、近づかないように言い含めてありますぅ」

 セバスと一緒に飲み物の配膳に動き回っている人間の娘の方を見る。なるほどツリーの周りにハムスケ達が居ないのはそういう事かとアインズは頷く。

 

 他にもキラキラ光るものや、半透明の虹色に輝く結晶なども全部聞いていては多分気が滅入ってきそうなでアインズは質問を切り上げようと思った。

「なるほど、皆大儀であったな……では最後に、あー……あの天辺に付いてるキラキラしたのはあれは何だ?」

星じゃなくて、丸いように見えるんだがと、あーあちらはぁと答えかけたエントマを制してポールゴシックの吸血鬼の少女が前にでる。

 

「あれは私の私物から用意しましたのですえ」

ギガ盛りにした胸を逸らしてシャルティア。

「……で何だ?」

「はい、私の部屋にあった『鋼鉄の処女(拷問用具)』の頭の部分がちょうどいい大きさと思いましたので、捻りとってヴァンパイアブライド(シモベ達)に金ぴかに塗装させて取り付けさせてみました」

可愛く、いかがでしょうか?とたずねる。

 

「う、うむ実に見事な飾り付けだった、(魔除けには最適だなとコメントするわけにもいかず)では今度は私が今回の為に用意したスペシャルゲストを紹介しよう!」

アインズは手を上げた。

 ゲスト?と皆が動きを止め、視線が集中する。彼が指差す方向の暗闇の中に魔法によるものなのかスポットライトが集中して一人の人物を浮かび上がらせた。

 

一瞬の間を置いて全ての守護者、メイドの一人に居たる全てのものからどよめきが漏れた。事情の解らない者達を除いて。

「な、何とあの方は……」

「セバス様、ご存知のお方ですか?」

 尋ねるツアレの視線の先で剛毅なセバスの表情が揺れている。

「お、おおおお、あの方はいやしかし『あれ』は……」

 デミウルゴスが呻く。プレアデス達もざわめく中、ユリとアルベドは目を見合わせた。彼女達は一瞬の驚きからすぐに理解に及んだ。彼女達はこれと似た状況をすでに経験済みであったので。

 

「………あれは一体?アインズ様?」

 呆然と立ち尽くしたシャルティアがのろのろとアインズを振り仰ぎ尋ねた。彼女の最も大事な人の姿がそこにあった、激しい歓喜の中、だがあれは違う(・・・・・・・)と彼女の本能の冷静な部分がその事を伝えていた。

「お前の造物主『ペロロンチーノさんだよ』中身はパンドラだがな」

 

アインズは愉快そうにシャルティアの肩に手を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ナザリック第五階層・氷河

 

 水晶が輪のように連なる中心、大白球(スノーボールアース)で外の監視を行っていた雪女郎(フロストヴァージン)は常時激しい吹雪の為ホワイトアウトしているようないつもの雪原の光景の中に金髪がチラチラとするのを発見して氷のような表情に僅かな驚きを浮かべた。

「まぁ……あれはマーレ様、皆すぐにお迎えに上がりますよ、コキュートス様にもお知らせして」

 その場に居た日本で言う雪女のような外観の全員そっくりな彼女達は目配せしあうと、滑るように移動し彼女の上司のコキュートスに知らせる者とマーレに迎えに行く者とで別れて行った。

 

 

「守護者マーレ、今回ハ何カナ?」

 巨大なテーブルとイスは部屋の主のサイズに合わせたように巨大で氷で出来ているにもかかわらず不思議と溶ける気配の無いものだった。四つの腕の内細い複腕で席を示されマーレはちょこんと座った。

「ああーいえ、そのコキュートスさん、今日はですね、先日の『くりすますぱーてぃ』の件なんですけど」

「オオ、アノ話カ。マッタク、ペロロンチーノ様ノオ姿ヲ見タ時ハ肝ヲ潰シマシタナ、イヤ、アノ時ハ、少々シャルティアガ羨マシク私モ……」

「そ、その事で、ですね、アインズ様から新たにご提案がございました」

「何ダト?……ソレハ一体?」

「ええと、あのぉ」

とごそごそと急いで、しかし大事そうにラミネート加工されたものを腰のポシェットから取り出し、おずおずとコキュートスの前に差し出した。コキュートスの複眼が驚愕で怪しく光った。

「ム?コレハ…写真カ? ナ、何?……コ、コレハ!?」

ガタンと立ち上がり、カギつめのような複腕で傷を付けないように器用に載せたそれを見るコキュートスの手は震えていた。そこには至高の41の一人

 ぶくぶく茶釜を真ん中に双子のダークエルフ、アウラが満面の笑みでピースを、マーレがはにかんだように笑っていた。

 

 

 

 

「ほう、コキュートスの分も撮り終わったのか、どれどれ……」

「はい、こちらになります」

 

 アルベドから受け取り、机の上に広げられた写真をアインズは取り上げた。

 大体解っていた事だが。シャルティアで様子を見たクリスマスプレゼントに彼ら、彼女らの造物主との写真を――計画はアインズの思ってた通り結局全員が希望するものとなり、あの日以来一日一人の至高がナザリックに再臨して地下大墳墓のどこかで撮影会をする運びになっていた。

 

「これは何と言うか……壮大な感じだな」

 写真の中央には雄雄しく剣を掲げる至高の41人の一人である武人建御雷の姿があった。その周りを囲むようにコキュートスとその眷属達がさまざまなポーズで見えぬ軍団に挑んでいるような構図だ。

 これを一枚撮る為に結構なシモベの数を動因して撮影したらしく、恐らくは戦争などをテーマにした勇壮な戦絵巻のようなものなのだろう。しかしアインズが見るに出演してるキャストが怪物揃いなお陰で大昔の特撮映画の怪獣ポスターのように見える。他のものも見てみると全て構図違いの物でありアインズに言わせるとやはり劇場映画っぽい。

「はい、何度も撮りなおしたようですよ、このサイズに引き伸ばしてくれとコキュートスも頭を下げますものですから特別仕様です」

言われて見ると写真にはいくつかサイズがありコキュートスらが武人建御雷を一緒に写っているものは全て大判だった。

「リテイクの嵐か、あれで見かけによらず結構凝り性なところがあるからなぁ…」

 

 別の写真を取り上げる。

 マーレとアウラは個別に撮ったものと。茶釜さんに抱きついているようなものもあったが、ユグドラシル時代にはどちらかと言うと茶釜さんが二人をいじってるような構図が多かったのでアインズにも珍しいものだった。これは中身がパンドラだから遠慮が無いのか、などとアインズは一人納得していた。

 

 シャルティアはパーティの後自分の領域ににパンドラを撮影に引っ張って行ったようで別の写真も撮ったようだ。アインズはそちらも取り上げて2,3枚を見てそっとそれを机の上に戻して顔を骨の手で覆った。

 「ペロロンチーノぉ……いや、これはパンドラのせいもあるのか……?止めろよな」

 最後の辺りは消えるような声だったのでアルベドには聞こえたかどうか。

 上下黒の下着のようなものに着替えたシャルティアが酔っ払っているのか、別の理由なのか頬を染めてパンドラ――ペロロンチーノの腕に抱きついていたり、別の写真ではかつて友が語っていた伝説の旧世紀のスクール水着らしき姿で何のつもりか四つんばいになって妖艶なカメラ目線を送ってきているもの。など彼女の部屋は怪しい拷問道具満載なのでいかがわしい事この上ない――

 

「アインズ様も無礼講とおっしゃいましたし。シャルティアがこうなるのはある程度無理もございませんわ」

 苦笑して珍しく恋敵を擁護するアルベドにアインズは、いや無いだろ、むしろあれはパンドラなのだがと心の中で続けた。しかし、と思う。

 考えてみれば相手がパンドラだからシャルティアもここまではっちゃけてるのかもしれない、行楽地の記念撮影のノリなのだろう。そう信じたいアインズだった。

 

「そういえばデミウルゴスの分も終わったか?」

「はい、デミウルゴスはウルベルト様単独の写真を一枚だけ撮りまして、すでに彼の牧場の方にアインズ様の像と一緒に飾ってあるそうです」

「ほう?一枚だけか? そう言えば見当たらんな」

「ええ、多分あれもアインズ様に気を使ったのかと……本人からは『アインズ様の限り無き深いお心遣いに表現出来る感謝の言葉も無く、今後一層の忠誠を誓います』との事です」

「私に気を? ふむ、そうか……」

 アインズはイマイチ何の事か解らなかったがとりあえず頷いた、こういう時には骸骨は知的に見えて便利だ。ほどなくアルベドが疑問を補足してくれた。

 

「今のナザリックの支配者は唯一アインズ様だけですから、アインズ様の目に付く中では……例え写真であろうとも彼の忠義の第一がアインズ様を差し置いて、例え自分の創造主であっても別の者――ウルベルト様に向いているような御懸念を抱かせてはならない。……デミウルゴスの考えるのは、そんなところではないでしょうか」

「……うむ」アインズはそうだったのかーあいつも堅苦しいほど義理堅いなと思いつつ別の一枚を手に取る。

 

「これはセバスだな、ほう」

 セバスは毅然とした彼の性格らしくかつての友。たっち・みーの斜め後ろに控えるように直立不動の姿。別の一枚はツアレと一緒に写っているものもあり、たっちさんに仲人してもらってる見たいだなとアインズは微笑ましく思った。

 次々に写真を手に取る、プレアデスの面々も源次郎さんの膝で丸くなっているエントマや、一緒に写る恐怖公。いつも通りの無表情を赤く染めたナーベラル、創造主の隣でノリノリのVサインのルプスレギナ。それを嗜めるユリなど、もちろん彼女自身も彼女の造物主と一緒に。皆思い思いの姿で写真に写っている。

 

「今日も撮影はしているのか?」

「はい、本日は9階層でペストーニャや一般メイドが合同でですね、確か今日の至高のお方のお姿は……」

 アインズは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を起動させた。アルベドもそちらを見る。

 

 音声は伝わらないが、食堂を片付けた即席撮影会場が見え、画面を調整すると、シクススやフォアイルら他たくさんのメイド達が5,6人のグループに別れては入れ替わりで何度も写真を撮っているのが見えた。

 今日のパンドラは彼女らメイドのデザインを手がけたホワイトブリムさんに化けているようで、メイド長やエクレアら執事助手らは後ろで監督に回っている。

 見ていると撮影の合間に握手を申し込んで撮影してもらっている娘も出てきたらしく、この辺は相手がパンドラならではなのだろう。

 すぐに現場はアイドルの握手会のような様相を呈して、音も無いのに黄色い声が聞こえてきそうだ。

 ペストーニャ達を慌てさせているが、その彼らも前に押し出されて握手を促されている。エクレアは慌てて整理しているつもりなのか何かを喋っているようだ、くるくると会場の中を走りまわっている。メイド達からは無視されているようだが。

 

「盛況なようだな」

「はい、ここまでの撮影は全てそうでしたが、本来は至高のお方全員のお姿を拝見するのはナザリック全シモベの願い。なのですが、流石に人員も膨大なものになりますので……今日などはこのような形に。皆アインズ様の御慈悲に深く感謝しておりますわ」

「連日あれではパンドラも大変そうだな」

「本人はようやく皆さんのお役に立てて光栄です、と申しておりました」

「……ふむ、そうか」

 

 あれも長い間放って置きっぱなしだったと、アインズは鏡から視線を外して背もたれに体を預けた。一枚アウラ達の笑顔の写真を手に取る。

「こんな事でお前たちに喜んでもらえるならもっと早くにしておけば良かったか……」

 

 言いかけた言葉を飲み込んだアインズは沈黙した。アルベドはそんな主を優しく見つめていた。主がアルベドに語りかけているわけでは無いと判断したから。

 再び口を開いたアインズはとつとつと区切るように言葉を吐き出した。

 

「……パンドラを宝物殿の奥深くにしまい込んでいたのは、ある意味私は、彼らを――私の友人である至高の41人の似姿を積極的に使う事を無意識に避けていたのかもしれん……」

「…………」

「彼らの能力を日常的にパンドラをもって使っているとな……本当に彼らの存在が過去のものになってしまったのを認めたようで……いやそんな事は彼らの帰還と関係無いのにな。そう言えばお前には以前私の作った下手糞なゴーレムも見られてしまっていたな。馬鹿な事だ……お前には恥ずかしい事ばかり見られているな」

「アインズ様がお望みならば至高の御方達もいかようにも残されたお力を振るわれる事に何の異議も無いに違いありませんわ、最後までナザリックに残って私たちを見守って下さるお方……慈愛の御身であらせられるアインズ様のなさりたいようになされば宜しいと思います……」

 アインズは返事をせず賑やかな食堂の光景を写す遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)の映像を切り替えて外の景色を眺めた、今日も雪は降っているようだ。

 

 

 

 

 そして日程は進んだ。守護者のうちでもアルベドだけは自分は最後でいいと言っていたため。最後の日をアインズの自室でパンドラと3人で迎えていた。彼もまたその態度は守護者統括として好ましいものだと感心していた。

 

「さて――最後になったがアルベドよ、待たせて悪かったな、同じ創造主であるニグレドらは先に撮影を済ませたのでお前の番だ、パンドラよ」

「畏まりました」

 了承したパンドラはすでに至高の41が一人、擬人化した水死体の蛸がボンテージを着込んだような外観のタブラ・スマラグディナの姿でアルベドの方に歩み出た。

 

「ご無礼失礼致します、少々お待ち下さいアインズ様、それからあなた(・・・)も」

「ん? どうしたアルベド」

 

 豪奢なテーブルを回り、カメラを持って自ら二人の姿を撮ろうと出てきたアインズは怪訝な表情を――実際には骸骨なので解らなかったが浮かべ、パンドラもまた足を止め主とアルベドの会話を待っている。

 

「私が撮影する事に関して遠慮してるなら事前に言っていたように無用の事だぞ?」

いえ、そうではありません、アルベドは首を横に振った。

「私はタブラ・スマラグディナ様とご一緒に写真に写るのは遠慮したく思います(・・・・・・・・・・)

 

「……なんだと? それはまた……どうしてだアルベド? タブラさんと一緒の写りたく無いと言うのか?」

 

 アインズは驚いていた、それもそのはず。彼がこれまでの支配者として振舞って来た中でさんざん目にしてきたこと。

 このナザリックのどのNPCの誰であれ、その直接の創造主達と例え似姿であれ写真に収まりたいと言う思いは強烈なものがあるはずだ、と思っていたからだ。そしてそれはこれまで十分に確認してきていた。現にこれまでの全員がそうであったのだ、あの沈着なデミウルゴスでさえ例外は無い。守護者の中でもどちらかと言うと情念が激しい方であるアルベドがその親たるタブラさんとの撮影を辞退するなどアインズは想像もしていなかった。

 

「それは一体……?」

 アルベドは奇妙に澄んだような穏やかな表情で淀みなく答えた。

「はい、私は今現在はこのナザリックの守護者統括として最後まで残られたアインズ様をお支えする身です。それはいわば家を出て他家に嫁いだようなもの――これは私の決意表明とお受け取り下さい」

戸惑うアインズにアルベドは微笑を浮かべ続けた。

「むろん創造主たるタブラ様……親への恩情は一時たりとも忘れる事などございませんが。それはつまり心の中にはタブラ・スマラグディナ様は常にご一緒に居られると言う事……ですから私にはご一緒の写真など無用なのです」

「それは……しかし」

「――ですので」

アルベドはアインズの前に跪いた

「ですので私はアインズ様とご一緒の所をタブラ・スマラグディナ(・・・・・・・・・・・)様に撮って頂きたく、そうする事によって我が造物主たる親娘の独立を認めて頂きたい祝って頂きたいと……つまりはそれが私の願いでございます」

 

「むぅ……」

 アインズは跪き顔を伏せたままのアルベドとパンドラ(タブラ)の間を視線をしばらく往復させ、そして彼なりにどこか納得したのか手をあげた。社会人として親の元を離れた事などが彼の心を過ぎったのかもしれない。

 

「……良かろうそれがアルベドの願いならば、パンドラよこちらへ来い」

「はっ」

「それでは……アルベド?」

「今日だけですので、この程度は……よろしいでしょう?」

 悪戯ぽく小悪魔のように微笑みアルベドはそっとアインズに寄り添った。その視線は恋人を自慢してるようにタブラ・スマラグディナに送られていた。少し戸惑ったアインズも、まぁいいかとパンドラに目で合図した。

「では撮ります、お二人ともご準備を」

「うむ」

「はい」

 

 ファインダーをのぞき込んだパンドラは一瞬アルベドが奇妙な笑みを浮かべたような気がして指が止まった。

「どうしたパンドラ?」

「あ、……いえ、これは失礼おば、では改めまして!」

 

 再びファインダーを覗き込んだパンドラは今度はパシャリと問題無く撮影を終えた。

撮った映像を見直す、そこにはアインズの隣でいつも通り(・・・・・)絶世の美女の咲き誇るような笑顔しか無かった。

 

「よし、これで全員終了だな。なかなか大げさな事になったが、やれやれだな……」

「はい、アインズ様、うふふ、腕を組んでもう一枚は駄目でしょうか?」

「んん……ごほん、アルベドよ、今回はこの辺で終了、終了だ」

「まぁ、今回!? という事は次回ならば宜しいのでしょうかアインズ様!? くふふっ!!」

「お、おいアルベド? ま、まぁその何だその話はまた今度と言う事で。よしパンドラ、お前もご苦労だった、今日は下がってよいぞ」

「ははっ畏まりました、ではっ、私は宝物殿へ戻り待機致します」

 

 バッと身を翻すとパンドラはタブラの形から元の軍服姿に戻っていた。膝をつき一礼し立ち上がる。くるりと踵を返し入り口でもう一度頭を下げる。

 はて、と小さく視線を上げる。今またアルベドどのが薄く笑ったような?

 

 入り口を守る巨大な衛兵の虫が頭を下げるのに小さく手で返しパンドラは彼の領域への帰路につく。ふともう一度だけと振り返ると閉じようとするドアの隙間からチラリと室内の様子が見えた。

 今日の守護者統括どのは事の他ご機嫌のようで、今もまた主のそばで楽しそうに戯れている。珍しいと言うべきか受けるアインズもまんざらでもないご様子だ。

 まぁ、それ自体は悪い事では無い。パンドラはこれ以上は主人のプライベートと心得て視線を外した。

 デミウルゴスではないが、お二方の仲の良いのはナザリックの将来の為にも好ましいものには違いない。先ほど胸に沸いた小さな違和感を追い払ってパンドラはコツコツと宝物殿への薄暗い通路を歩き始めた。

 

 今日のような良き日がずっと続くようにと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 パンドラ日記 終わり。




 今回でパンドラ日記は終わりとなります。また作中のアルベドがタブラさんに関してどう思っているかと言うのは独自解釈になりますのであしからず。

 兎にも角にも最後まで書けたのは、拙文をここまで読んで下さり。評価や感想を下さった方々のおかげです本当にありがとうございました。ではまた。
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