パンドラ日記   作:こりど

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小話その2 
10/7改稿


6話―ハムスケ&ブレインの愉快な仲間達

実験(ケース)―Ⅱ・模擬戦

 

 

 

 

 やあ皆の衆(それがし)は殿の忠実なる僕のハムスケでござる。初めての方もすでに某をご存知の方もよろしくお願いするでござるよ。

 さて今日は知られざる拙者達の日常の一コマを紹介するでござる。我らリザードマンの方々や多くの者を含む新参一同、と監査に来られたパンドラどのとの実験……なにやら嫌な響でござるな……訓練に呼ばれ皆が参集した時の話でござるよ。

 

 

 空気を切り裂き剣線が閃く、そして「おっとと」と言う間の抜けた声。全ては一瞬の出来事、回避され切り上げた鋭い剣先とブレインの表情が、やはりと無念の中間ぐらいで僅かに揺れた。

「やはり専門職のコキュートスどののようにはいきませんな、少しヒヤリと致します」

 言葉の内容とは裏腹に気取った格好で肩を竦め両手を広げる欧州ネオナチ風の軍服を纏ったピンクのハニワ顔の怪人、パンドラである。そして一方の男、柄に見事な装飾のほどこされた『刀』と呼ばれる特殊な武器を降ろすと対峙していた間合いを一歩退がり、溜まっていた息を「ふぅ」と吐いた。

 

「ご冗談をおっしゃいます……いやぁ、流石はお見事、と言うべきなのでしょうね……自分もあるいは、もしかしたらとは思ったんですが」

 彼は刹那の瞬間確かに見た、いや領域による補助を得て視覚外の世界で<観た>と言った方が正しいのだろうか。彼の刃がパンドラの服の一端に当たったと思った瞬間、その切っ先が透明化したようにその軍服を通り抜けていた事を。

 まぁ、流石に甘くない。苦笑して慣れた手つきでくるりと刀の刃を返すとチンと腰に垂らした鞘に収めた。

(ヴァンパイア化して能力向上したお陰と言うべきか……それでも感知出来ただけ、以前のシャルティア様との戦い、いや遊ばれた挙句、なにも解らなかった頃より少しはマシにはなったか……)

 

 クセのある青みのかかった蓬髪を簡単に後ろで縛っている。今でこそ最低限の格好をしろと彼の上司にして絶対の美と称えるシャルティア・ブラッドフォールン命じられ、に渡された簡素な服装。それ以外はある種不精な雰囲気の漂う男であったが、その一連の所作には少しでも武の心得がある者が見れば、そこにある種完成されたと言えるほど洗練されたものを感じたであろう。そして事実彼は人間であった頃は周辺国家最強の戦士と言われたガゼフ・ストローノフに匹敵すると言われた剣士であったのだ、今となっては彼にはどうでもいい過去だったが。

 

 その彼の先ほど放った技、それこそが現在はヴァンパイア化したブレインの能力を最大限まで複合起動させた彼の超級武技。『神域・神速2段』である。――はたった今眼前の人物に事も無げにかわされてしまった。

 

 確かに自分の攻撃速度それ自体は先ほどのあれ(・・)でさえコキュートス様などの通常攻撃の速度でしかないのだが、彼の主人シャルティアに限らず、ナザリックの階層を守護する者のレベルと言うのは――と彼はため息混じりに苦笑する。

 

 本来はおよそ人間であれば英雄の領域にある者であろうと回避はまず不可能の超絶の魔剣、絶技である。基本性能だけでこのブレインの超速攻撃を回避してのけるパンドラ達守護者の存在の方が常識外でおかしいのである。

 もっともそれは今の人間では無くなった彼の価値観としては当然の事だと捉えられており、悔しいと言う思いは余り無い、ヴァンパイア化して本能の部分が変わってしまったというべきだろうか、強さの序列がすんなりと受け入れられるのである。

 それはつまる所最初から立っているステージが違うと言うだけの事であるに過ぎず、例えて言うならコヨーテがライオンの強さを羨むような見当違いの感情であると感じるのである。

 住んでいる世界が違う。だがまったく過去の自分は何と狭い範囲で見当違いな道を生きて来たのかと言う思いはある。だが、それでも現在は栄えあるナザリックの一員になれたのだから結果オーライの人生と言うべきなのだろう。正確に言うと人生は終わったのだが。などとヴァンパイア剣士とでも言うべき存在になったブレインは考えていた。

 

 見学していたリザードマンとハムスケ、デスナイトらから一斉にわっと拍手が沸き起こりブレインもそちらを見る。彼らの雰囲気からはまったく心からの賞賛が感じられ上辺では無い仲間への連帯感を感じる。

 彼らとしても当然の結果かもしれなかった、だが言わばブレインは彼らの代表である。その彼が雲の上の存在と言っていい領域に手が届いたのか、あのナザリック階層守護者に、そこまで行かずとも少しでも近づいているのではないか?そういう想いは彼らにとってもわが事のように誇らしく、もしやいつかは自分達も、と言う想いを胸に抱かせ彼らの心を高鳴らせるのだった。傍目から見る以上の差を感じているブレインに取っては痛し痒しだったが。

 

 スノーホワイトの毛並みの巨大な哺乳類がのそのそとブレインに近寄る、黒くつぶらな瞳。アインズの元居た世界で言う所のジャンガリアンハムスターそのものである―サイズの違いを除けば――生き物は本当に嬉しそうに嬉々として話しかけた。

「いやあ、お見事でござったぞブレイン殿! (それがし)超興奮したでござる!! ……まったく拙者も長い事森の賢王(けんおう)などと呼ばれ数々の闘いを経て来てござったが、こんな強い人間……あ、いや今は違うようでござるが。ともかく未だかつて見た事ないでござるよ!」殿は人間じゃないから除外でござるなと小さく呟く。

 

(注・なお彼の中でエルヤーはナザリック突入時ブレインと訓練しているハムスケ達と戦う事になり、彼の開発中武技<未完成・領域・尻尾>によって遭えなく退場しているので強いと思って居ない)

 

「真にお見事ですな、我らの中では、やはりブレイン殿こそが一番の使い手と言って間違い無いでしょう」

 そう言うのは黒く光る鱗が見事なリザードマンの戦士ザリュース。

「まったくだぜ、あのスピード。正直とてもオレらが何とかできるイメージが沸かねぇわ」

 左右で大きさのまったく違う腕を組みうんうんと言うのはザリュースの親友にして戦友の巨漢リザードマン・ゼンベル。

 そして巨大な角のついた兜のを被り、見上げるような体のデスナイト、彼は血管の浮かんだ全身鎧(フルプレート)に乾いた死体のような恐ろしい表情のまま大きく何度か頷いている。

「おおっブレイン殿、この通りデスナイトどのも絶賛しているでござるよ」

 言われてブレインも仲間内でも最大級の巨躯の同僚を見上げ頭を掻く。

 「そ、そうなのか?(まったく解らんが)そこまで言われると……どうにもこそばゆいな」

 意思疎通がイマイチ良くわからない同僚達であるが付き合いの中で悪いヤツでは無いとブレインも思ってはいた。そして内心は思う、実際は惜しくも無かったんだが)と。だが普段はさしあたって門番しかこれと言った仕事が無く、ご主人からのご命令と言う以前にシャルティアに蹴り飛ばされたりしてる事が多いブレインは久々に人々が自分を絶賛する声に照れ臭そうにしながらも満更でも無いと思うのだった。

 

 

 

 

「それでいかがでしたかパンドラ様?」

「ふむ、リザードマンの諸君は予想通りと言ったところですな、通常技術の延長や身体能力による技など。あとはブレイン殿はヴァンパイア能力の模写(コピー)は可能なのですが肝心の武技は……やはり難しい、と言ったもので」ハムスケどのなどはサイズの問題から当然ながら模写(コピー)できませぬし」

 ついとハニワのあごに指をやり思案するような仕草のパンドラ。

「おおなんと、このハムスケ、パンドラどのは昔よりの殿の直参と聞いておるでござるよ、遥かに格下の某の事など、どうぞハムスケと呼び捨ててかまわないでござるよ?」

「いやいやっ! アインズ様が君を呼び捨てにして隣で私も同じにしていては、まるで小生が臣下の分をわきまえていないようでは無いかね! 君とて至高の御方に認められた栄えあるナザリックのぺっ……シモベなのだよ。新参同士と気にしないでくれたまえよハムスケどの」

 バッとハムスケ達に差し出されたアクションへの評価ともかく、言われた者達の目にはパンドラの態度に感心しているものが浮かんでいる。

「おお、パンドラどのは何とお優しい方でござるなぁ、拙者ますます感服したでござるよ」

(まったく同じ種族(ドッペルゲンガー)とあると聞いているにも関らず、こうも違うのでござるなぁ)

 そう思って、はっとハムスケはキョロキョロ周りを見渡した。常日頃、彼に接する事の多い彼女。まん丸卵が正体の戦闘メイドナーベラル・ガンマは同じ上役でも彼に非常に厳しかったのだ。とブレインが思い出したように口を開いた。

 

「あ、しかし正直、軍服……でしたか? 端ぐらいは掠めるかと思ったんですが、不遜な考えかもしれませんが万が一にも当らなくて良かったです。寸止めするのも忘れて、大事な服にご無礼をする所でした」

 実際はまったく当たる気がしなかったのではあったが、それとこれは話が別である、ブレインが頭を下げた。パンドラはと言うとちっちと一本指を立て振った。

「なになにブレイン君、この私の服は至高のお方たるアインズ様のデザインされたものではあるが、正確には下賜されたものではないのだよ。つまり私の外装の一部に過ぎない、仮にあたったとしても……」

 はあっ!とパンドラは身を翻した。一々芝居がかかったパンドラの仕草ではあるが彼らもいい加減慣れていた、だがおおと言う声が上がる。

 そこには一風変わった都市迷彩をアレンジしたメイド服に赤金色(ストロベリーブロンド)の髪が流れる戦闘メイドプレイアデス(七姉妹)の一人自動人形(オートマン)シーゼットニイチニハチ・デルタ、通称『シズ』の可憐なアイパッチの姿が出現していた。

 

「この通りぉり! ここから元の姿に戻れば何度でも復元可能なのです、お気になさらずに」

「あ、ああ……そうなのですか、なるほど、了解しました」

 

 変身するたびにリセットされるわけか。と思うブレイン。「

し、しかし何故あえて、そのお姿(シズ)に?」

 美少女になったパンドラは表情の無いシズの顔でちょっと考える仕草をした。

「……シズ殿は私の普段守る領域に入れる数少ない方でありますから、アインズ様のお使いでも宝物殿よく来られます、ですので私の外装パターンに残ってる事も多い、とそう事なのですが……?」

 それが何か?とシズ・デルタは可愛らしいアイパッチの顔を傾けた。

「あ、いえ大した事ではありません」

 慌てて手を左右に振る。普段シャルティアの行動に付き合っているブレインは、自分の上役にまたぞろ少女扮装のような変な趣味でもあるのか、ナザリックの内部は色々と彼の常識が通用しないし、などと言う疑念が晴れほっと胸を撫で下ろしていたのだった。

 

 

 

 

 

―第6階層・居大樹下

 

「へっくち」

「なぁにシャルティア? あんたアンデッドのくせに風邪でも引いたの?」

「? 変でありんすね、湯冷めでもしたのであんすかね?」




 パンドラの素早さはシャルティア並みなので、見てから超回避が可能です。ただし動き自体は専門職ほど上手くいきません。

 ※ <領域・尻尾>ハムスケがブレインの指導の元開発中の武技、領域内に入った敵を不可視(ナザリック以外)の一撃が全ての敵を葬り去る、巨体であるがゆえの死角をカバーするオールレンジ攻撃……の予定でござる。ハムスケ侍でござるよ!

 などと言うと馬鹿みたいであるが、訓練ではすでにアンデッドナイトの一撃を弾き返しておりパワーではすでに本家を上回り侮れない将来性を秘めている。
 一本なのにオールレンジとはこれいかにな攻撃は長い尻尾の先をビット(有線)のように使用するイメージ居合い。刀より自由な全方位の角度からの攻撃を可能とし、向かい合っていながら敵の背後への攻撃さえも狙える……あれ?なんかすごくね?

 ただし重量があるのでやはり本家のレベルまでの速度向上は難しそうなのが今後の課題、現在人間ブレインの領域のスピードにも遠く及ばない。

 見ていたパンドラが中二心を刺激され、超音波で暗闇を見通す蝙蝠にちなんで『フレーダーマオス』などいかがでしょう、と技名を付けようとしたが、侍のイメージから外れるので却下されている。


次話、ナーベのポンコツぶりに頭を痛めたアインズはパンドラを見て、一度こいつを連れて行ってみるかと思いつくのだが…

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