パンドラ日記   作:こりど

9 / 14
 パンドラは一見派手なアクション以外に欠点が無さそうに見える、だが本当に彼の欠点はオーバーアクションだけなのだろうか?



9話―美姫ナーベ 後編

パンドラ(開けてはいけない)の箱

 

 

「さて、色々聞きたい事はあるだけど、まずは貴方が追ってるあと一体の吸血鬼の事から聞こうかしら」

 十分に距離を取りイリアナは振り返った。赤い瞳に黒く薄いトーガを白い肌に纏った姿は少女と女性の中間の魅力を漂わせその美しさは妖艶でさえあった。残念ながらモモンには性欲が残滓程度しか残って無かったのでこの場では意味を成さなかったのだが。

 立ち止まったモモンは少し考え込むような素振りを見せた後言った。

「……その前にお前に聞いて置こう、お前はズーラーノーンとか言う組織でどの程度の地位にいる?なぜお前の組織は私の事を吹聴して回らなかった?」

モモンは魔力で形成されたヘルムを脱ぎ消し去った。骸骨の貌が顕になる。

 

 むっとした表情に一瞬なったイレアナは現れた予想通りのモモンの容貌に余裕を取り返し、笑みで応じた。

「……いいでしょう、私の名はイレアナ、秘密結社ズーラーノーンのNo2、組織が貴方がリッチだと言う事を吹聴しなかった理由ですって?ずいぶんとつまらない質問ね今をときめく英雄さん?そんな噂一つで築かれた評価がひっくり返るわけないじゃない、世間はそこまで簡単なものじゃないし、私達も暇じゃないわ」

少しは考えろと馬鹿にしたような口調で答える。

 

(ふむ、デミウルゴスが以前似たような事を言っていた気がするが、つまり偉い人(モモン)が問題無いのだと振舞っていれば、周りが勝手にフォローを始めるとつまりはそう言う事か。なるほどな、噂が広まったらどうしようなどと神経質になり過ぎていたか。心配して損した)

「……そうかその程度の問題(・・・・・・)だったのか、なるほどなつまらん質問をしたな」

モモンの上位道具創造(クリエイトグレーターアイテム)による漆黒の装備は全て消え去り、豪奢なローブを纏う死の支配者(オーバーロード)の姿が現れ、ため息をついた。

 雰囲気が一変し黒く周囲の空気が塗り替えられていく、空間そのものが淀んでいくような感覚をイリアナは覚えた。

 

 

 何だこれは?イリアナは一瞬ビクリと反応した自分の体に驚いた。(なぜこの真祖たる私が死者の第魔法使い(エルダーリッチ)ごときに気圧される?)

「顔色が悪いな?」

 何故かため息をついてるモモン(リッチ)にひどく腹が立つ。なぜこのように余裕で居れるのか、力の差さえ解らないと言うのか?それとも第八位階などと言うハッタリと思われるアイテムを、まさか本当に所持しているとでも言うのか?そして同時に後ずさりしそうになる自分にも腹が立った。

 

「今度は私の方の質問に答えてもらうかしら?貴方達の追っている吸血鬼の事だけど……」

「吸血鬼か……ああ、あれは俺のウソだ両方共な」

全部を言い切る前にあっさりとした言葉で遮られた。今こいつは何と言った?

「ホニョぺ……はぁ!?う、嘘って……な、何よそれ?私を馬鹿にしてるのか!」

 

唖然とし次いで激昂するイリアナにこれ以上語る事は無いとアインズは続ける。

「馬鹿になどしてない、いやいや本当に悪かったな、反省はしてないが」

「な、舐めた口を……あたしの実力も解らない雑魚(リッチ)が、少し痛い目を見るがいい、くらえ魔法最強化(マキシマイズマジック)……」

「いきなり地獄の炎(ヘルフレム)

ポッと小さな黒い炎がイリアナの胸先に灯った。

「ギィっ?ギィヤァああああああああぁぁぁあぁぁぁぁ!!!…… …!? 」

 唐突にもたらされた焦熱。彼女(イレアナ)の抵抗値を遥かに超えた地獄の炎が瞬時に全身を包む。即時に消滅しなかったのはさすが高い復元力を持つ真祖と言うべきか。だが白い肌が瞬く間に黒い石炭のように炭化していく。

 消す事も留める事もできない指先からどんどん消滅していく肉体。何が起きているのか理解しきれず、イリアナは恐怖と混乱にめちゃくちゃになりそうな思考の中、渾身の力を振り絞って非実体化して逃走を図った。

「ほう、霧になって逃げるか、まぁ吸血鬼だから想定内なんだがな、本当にシャルティアの劣化バージョンだな。今度こそサヨナラだ、星幽界の一撃(アストラルスマイト)

 無慈悲の高位魔法の一撃が更に追加されイリアナの意識は切れ切れになり四散して行く。物理攻撃の一切を無効化しているはずの自分を更に理解できぬ恐ろしく強大な力が捩れ消し去っていく。

 私はもうただの村娘ではない。死を超越した存在。それが何故こんな事になぜ。実力の一片も示せぬまま何者にやられたのかもさえ定かでなく。全ては彼女の解らぬまま、この日唐突に真祖(ヴァンパイア)イリアナはこの世から消滅した。

 

「……そう言えばサンプル(お土産)の事忘れてたな、いささかやり過ぎ(オーバーキル)だったか、ズーラーノーンの情報でも吐かせて……まぁいいそのうちまとめて潰すとしよう。さて向こうはどうなったかな?」

再び上位道具創造(クリエイトグレーターアイテム)により装備を纏いモモンに戻るとパンドラに『もう片付けてもいいぞ』と<伝言(メッセージ)>を飛ばし死の支配者(オーバーロード)は元来た道をのんびり戻り始めた。

 

 

チェリビダッケは嘲笑した。

―計算外

ナーベ(パンドラ)は細い体に荒く息をついていた。壁面に叩きつけられた体を剣を支えに体を持ち上げる。勇び飛び込んで電撃(ライトニング)でゾンビを打ち倒しこの笑っている獣人(ビーストマン)まで迫ったまでは良かったのだが。

「……くっ」

 ナーベ(パンドラ)の表情には苛立ちがあった。見くびっていた相手戦力の事を、それは認めよう。だがまさか魔法抵抗の手段の無さそうな獣人が不意打ちに叩きつけた広範囲に広がる二重最強化(ツインマキシマイズ)電撃球(エレクトロ・スフィア)を回避したのは想定外だった。広範囲の呪文で体力を削り、優位に戦闘を進めるつもりのはずであったのだが。

ナーベは瓦礫の破片をパラパラと体から落としながらよろりと立ち上がった。

 

「そもそも魔法詠唱者(マジックキャスター)が俺の前に立ったのが間違っている、あほうが」

ぎっと睨みつけられた獣人は可笑しそうだ。

 3位階魔法までしか使えないナーベとしての縛りはあったものの、いざとなればコピー能力の上限8位階の8割、6位階魔法があるという事にいささ心のゆるみがあったと言うのか。至高のお方に直々に創造された身をもって何と無様な慢心だったのか。頭を振ると男が隣の戦闘に目をやった。

 

「ほう、やはりやるではないかあの魔獣、お前よりもあちらの方が強いのではないか?」

 見ればハムスケが武技を発動していた。<領域・尻尾>(未完成)は背後から忍び寄った下位吸血鬼(ヴァンパイア)の首を振り向きもせず一撃の下叩き落していた。なおも空いた爪の横殴りでゾンビを体格差を生かして打ち払い吹き飛ばす。下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)に二人一組で当たっていた七天のフォローにも目を配り、八面六臂見事な働きぶりと言えるだろう。少しづつ戦況はこちらに有利になっている、だが押されているにもかかわらず男はそちらを眺め余裕の表情だった。それがパンドラには屈辱でしかない。

「ナーベどの!」吸血鬼を薙ぎ払いながらもハムスケがこちらに声をかける。

 

 本来のナーベラル・ガンマが魔法詠唱者(マジックキャスター)であるため元々物理防御・物理攻撃のステータスは共に高くない。さらにその基礎能力を80%しか発揮できないパンドラが近接職に劣るのはある意味仕方ない事だ。だがその差がここまでとは。とパンドラ自身の実戦での戦闘経験の少なさもその一因であった。宝物伝をほとんど出た事が無く格下相手しか戦った事が無い事が今更ながらパンドラの戦闘に響いていた。

 

 ハムスケ達がまた心配げに声をかけてくる。よくやってるはずの味方の声が妙にわずらわしい。

「ハムスケこっちはいいからそちらに集中しなさい!」

 自身の声に苛立ちが混じるのを感じる。口調からはいつものパンドラらしい余裕が失われていた。憎憎しげに眼前の敵を睨む。

 

「おのれ……たかが獣人風情が……」

「ふん、弱者の分際でよく吼える。では強がったままあの世に行くがいい貴様がこのザマではモモンとやらも大した事なさそうだ(・・・・・・・・・・・・・・・・)さっさと片付けて後はやつ(ハムスケ)と遊ぶとしよう」

 その一言にぷつりとパンドラの中で何かが切れた、この下等生物(糞の塊)は今何と言った?至高の御方であると同時に我が造物主でもある偉大なお方に対して。

 ナーベの美しい瞳孔が開いたように大きくなり目が見開かれる、チェリビダッケにとっては間の悪い事に、時同じくして彼の主からの命も飛んで来た。

「パンドラよ『もう片付けてもいいぞ』(手加減しなくていいぞ)

(承知……致しました…我が主よ……)

 真珠のようなを歯ギリギリとかみ締められていたのがゆるみ狂気のように微笑んだ。かろうじて残っていた最後のラインを何かが超えた。

 

 目の前の者の気配が一瞬ぶわりと膨らんだ気がしてチェリビダッケは戸惑いを覚えた、しかし瓦礫を背に立っているのはすでに剣を握るのもおぼつかない両腕を垂らした瀕死の女性魔法詠唱者(マジックキャスター)それは依然変化はない。何だ?

「……さっさとお前を始末して残りの連中も片付けて、何っ!?」背中からたてがみがぞわぞわと立ち上がる。

 前に出ようとしたチェリビダッケはナーベから放たれるどろりとした視線に貫かれ、今までの人生で味わった事の無い恐怖を感じた。

 

「ナーベどの今助太刀するでござるよ!」

「ねえ……いらねぇ…んだよゴミカスが…」

「は!?」

「いらねーんだよ糞がぁ!さがってろって言っただろうが、どいつもこいつも、この私の邪魔を、く、くぅ……下等生物(クズ)どもがぁあああああああああああ!」

 

 質量すら伴ったような絶叫が美姫から響き渡り、ゾンビと吸血鬼を粗方片付け助勢に駆けつけたハムスケと七天の半数の面々は突然の事態にギョっとして立ち止まった。

 ナーベの後ろ姿からはゆらめくような鬼気がどす黒い炎のように立ち上がり、対峙している獣人のその顔は蒼白で恐怖に歪んでいる。

「し、しかし」と言い掛けたマッデイに再度怒声が叩きつけられた、大の男が震え上がるような大音量だ。

 

「誰にっ!誰がこの私に、はい以外の返事をしていいと言った!!!このナーベに対して否と言っていいのはモモン様だけだ!!口でクソたれる前と後に私に何か言う時は“Sir”と言え。分かったか、このウジ虫ども!!!!」

仰天したハムスケ、動転する七天八刀の面々。

 

「さがれって言ってんだよ糞どもがぁ!何度も言わせんじゃねええ!!ケツを蹴られたいのか?こいつは私が直々にぶっ殺す!……これ以上下らん駄々を捏ねるなら先に貴様らのタマを切り取るぞ!!」

 ベッと唾を吐き、ぎらりと振り向いたナーベの目に一同はギョッとした。爛々と光り完全に据わっている。

全員の腕に鳥肌が立っていた。

 

「ら、ラジャーでござるよ、退がるでござるよ皆、というか某の本能が逃げろと言ってるでござる!」

全身の毛を逆立たせたハムスケが、もう我慢できないと体ごと後ろに転がって退がる。

「わ、わかりました、引くぞ皆、ナーベさんは俺達のために言ってんだ……たっ多分、任せて信じろ」

「ああ姐さん頑張って!」

命令に従うと言うよりは危険地帯からの退避と言った感じで一行はわっと一斉に後ろに退がった。すでにアンデッドは全て退けたようだ。

 

ぶつぶつと呪詛のようにナーベ(パンドラ)の独り言は続く。

下等生物(クズ)が貴様っ……わっ、私だけならっいざ知らず、しこっ至高の……アイっ…モモンさんの事まで、いい怒りで頭、頭っががっあぁあああああああ!!」

ぐるりと首が回され、瞬間目の前の女の姿が消えた。

「うぉっ!?」

 反射的に背後から閃いた剣先をチェリビダッケの鋼のような拳が弾いた。無意識に反撃の後背撃(バックブロー)を放つち、そして宙を切る。

 狂気のように大きく口を開け笑った表情が薙いだ軌跡から消え、50メートルは離れた中空から長い黒髪とたなびかせ見下ろしていた。

 

「な、なるほど、転移魔法に飛行それが貴様の切り札か、だが残念だったな所詮は女の細腕、不意を突いたぐらいでは俺は倒せん」

 自らの心に沸いた不安を掻き消すように喋る。魔法にそれほど詳しくないチェリビダッケにはその魔法がどの程度すごいものかは正確には解らなかった。恐らくは第5か第6位階、だが凡そイリアナと同格か一回りは下と踏んで幾分落ち着きを取り戻す、それなら相性次第で覆せるはずだ。

 どれほど高位であろうと魔法詠唱者(マジックキャスター)なら自分が有利。多少強力になろうが射線の解る雷の呪文など回避は容易い、現に今不意打ちの剣一撃であれ鍛えた肉体は弾き返した。落ち着いて対処すれば問題は無い、さらなる強力な呪文が来ようと避けてみせる。

 ギリギリと鋼のような肉体を軋ませる、全ての状況に対処するべく。どこに現れようと避わし、その瞬間に捕らえ殴殺してくれると身構える。さらに彼の奥の手の一つ、影分身の術を起動させた。術者の4分の1程度の力しか持たないが、ずるりと這い出した影は死角を無くし、かつ術師の目くらましにはなるだろう。

 

「もう一度やって見るがいい、次に接近した時がきさまの最後、どんなに強力だろうとおれのスピードなら呪文はかわしてみせる」

「ハァ?ハハァアアアアア?テメェええ勘違いしてんじゃねぇええええ!死ね下等生物(ガガンボ)、ここからが本番だ潰されて悲鳴を上げろぉあ!」

ナーベの姿が歪んだ、転移、ではない、なぜなら。

 

「ぐはぁ!」

 とてつもない衝撃が腹部を襲い、チェリビダッケは吹き飛んだ一つ壁面を粉砕して小石が水面を刎ねるように地面を掠め、二つ目の壁に轟音と共に叩きつけられる。

 先ほどまで自分が居た場所に小さなこぶしから煙を上げるナーベの姿があった。見下ろすと自分の腹筋からも強烈な擦過による煙が薄く上がっていた。単純に殴られたのか(・・・・・・・・・)、嘔吐感がせり上げ、内臓に損傷を受けたのかゲプりと血の混じったものを吐き出した。

 

 パンドラのステータス。それは単純な物理攻撃では素手で人を抱き潰し人食い大鬼(オーが)を一撃で両断するアインズをも上回る。そして素早さは階層守護者達の中にあってもトップクラスなのだ。つまり先ほどの一撃は数トンクラスの拳大の物体が音速を超えるスピードで正面から打ち込まれたと言う事である。

 戦車砲の直撃に匹敵する攻撃を受けチェリビダッケはだが尚生きていた。恐るべき強靭な防御力はビーストマンとして人類を基本性能で大きく上回り、更にバトルモンクとして極限まで鍛えた肉体をスキルで強化した賜物だったが。もしこれが普通の人間であったなら彼は熟したトマトを壁面に叩きつけたような有様になっていたであろう。

 

 ヨロヨロと立ち上がったチェリビダッケはだがダメージは甚大だった。彼の本能は頭が痛くなるほど危険の警告を打ち鳴らしていた。先ほどの攻撃は回避できぬと悟り。せめてと再度影分身で二体に分かれる。だがすでに目の前にはもうつるつるの卵に黒絹のような髪を垂らした狂気の笑みを讃えた美姫(ナーベ)が迫っていた。反射的に防御に上げたはずの左腕が宙に舞っていた(手刀だと?)驚愕するチェリビダッケの耳にナーベの声が響き渡る。

「死ね「Hitzeflimmern(ヒッツェシュライアー)!」

 

瞬間チェリビダッケは七体のナーベに取り囲まれていた。(分身七つ身!?馬鹿な)忍者のスキルも持つ彼がそう思ったのは暫時。

 人間の動体視力を遥かに上回る敏捷性によって七体に分裂したナーベの手刀によりチェリビダッケは一瞬にしてバラバラに分解されてその残骸が地に落ちていた。見ていた七天とハムスケの面々からどよめきとやがて歓声が上がる。

 

「なんだありゃぁ!?」「すげええ!」「武技か?」

 「いや忍術ってやつだぜ多分」「おおお最後の技はこの森の賢王の目を持ってしても見えなかったでござるよ!」

「いやったあああ!ナーベの姐さん!」

 口々に叫んで喝采がおき、だがハムスケを含め未だ皆近寄ろうとしない。それは七体に分裂したナーベが次々に消え独り佇む美姫が未だぶつぶつと下を向き目が爛々と輝いていたため。

 

ドドドドドドドドドド、轟音を上げる列車のように漆黒の巨躯が駆け付けたのはその時だった。到着と同時にゴンと言う音が低く響き渡る。ガントレットなのでかなり痛そうだ。ハムスケ達一同から、うっと声が漏れる。

「ぷぎゃっ……」

 アンデッドなのに息を尽いてるように見えるのは多分それだけ中の人(アインズ)動揺が激しいと言う事なのだろう。

「ななな、何をやってんだお前は!、それにっ何だ?今のは何だ?Hitzef……何とかって聞こえたぞ…」

 声をひそめながら怒鳴ると言う器用な事をするモモン。ドイツ語らしきものが聞こえた為自分の中の黒歴史が抉られるように思い出される。しかしパンドラに忍術が使えるなんて設定は無かったはずだ。汗腺機能など喪失しているはずなのにヘルムの表面にびっしょりと汗が流れてるような気がする。一体これはどういう事態だ?

 

「はっ……??これはモモンさま、こ、これは一体??」

 キョロキョロと見渡すナーベ(パンドラ)聞きたいのは俺の方だと心の中で叫ぶモモン。感情がジェットコースターの様に上下してその都度沈静化される。

 

 はっと我に返ったパンドラが説明する

「おおっこれはお恥ずかしい、Hitzeflimmernですな、あれこそは……こんな事もあろうかと宝物殿で練習していましたものでしてニンジャの分身の術を私なりに再現したものでHitzeflimmern(ヒッツェシュライアー)(陽炎)などと一応名付けたのですが……」

「ばか者そんな事は聞いてない、なんだこの事態は!」

「はっ!?ははっ…も、申し訳ございません、そうか……私は何という…至高の御身の前でなんたる失態を、戦闘中に我を失うとはこのパ……ナーベ直ちにこの場にて命をもってお詫びを!」

「よっよせ馬鹿者!今はそんな事を言っているのでは……というかなぜ脱いでるんだお前!」

ナーベはその場に座りこみ上着を脱ぎ捨てて肌着をたくしあげていた。

「こ、この場にて切腹を……」

「なっ……!?ど、どこからそんな設定を引っ張ってきたお前ドイツだろ!」

お前はシュバルツ・ブルーダーか、と昔みた古典アニメのドイツニンジャの顔が頭に浮かんだ

 

「殿お!すごかったでござるよナーベどのは」

「ぐっぐむぅ……」

 モモンの様子からこれはもはや安全と見ておっとり刀で駆け寄って来たメンバーに半裸のナーベ共々囲まれ、モモンもこれ以上詰問を挟む事ができぬと悟り口をつぐむ。

 一方、ナーベ。上着を脱ぎ捨て、マントを広げた上に正座し晒した白いお腹に剣の刃を当てる。どう見ても自害である。その光景にハムスケ達が声を上げる。

 

「おおっ!ナーベどの何だか解らんが落ち着くでござるよ早まってはいかんでござる!」

「あ、姐さん何だか解らないけど落ち着いて」

 慌てて剣を振り回すナーベから光り物を取り上げようと七天八刀のメンバー。だがあらわになったナーベの抜けるような白い肌とこぼれそうな胸に目が釘付けになっていたのを誰が責めれるだろうか。

 

「モ、モモンさんも、姐さんの何が貴方の逆鱗に触れたのか解りませんが落ち着いて、一緒に止めて下さい」

「お、おれは落ち着いている!」

「は放して下さい、モモンさんのお怒りを、今すぐ不肖の身の始末を」

「モモンさん!事情は解りませんがPT内暴力(ドメスティックバイオレンス)はいけませんよ特に女性には」

ちっ、ちがああああああああぁう!!

なおも剣を振り上げるナーベの姿に心の中で絶叫しながら、また精神が何度も安定化する漆黒の戦士モモンだった。

 

 

 

 

 

 

ボコンと地面が盛り上がり腕が突き出した。

 

「はぁはぁ……さっ最後の力を振り絞っての空蝉の術…と土竜の術だったが、逃げ切ったぞ、ちくしょう……なんだあのバケモノ女は」

最後の攻撃を避けられたの奇跡に近い。左手を失ったと同時に攻撃の寸前で全力で逃げ出したのが功を奏したに過ぎない。それでも脱出の際に逃げ遅れた体は一瞬の内に切り刻まれダメージは深かった。

 だが逃げ切った、残った右手で這いずり半身を起こす。生きてさえいればビーストマンである彼なら回復してすぐ歩く程度はすぐできるようになるだろう。逃げて逃げて今は無理でもいつか復讐してやる、たかが人間がこの俺に恐怖を与えるとは許されん。そう牙を剥いたチェリビダッケの頭上に影が差した。

 

 見上げると丘陵地に場違いなオレンジの派手なスーツを着た男が夕焼けの日を背後にグラサンをくいっと傾けた。

チェリビダッケは全身に鳥肌が立つのを感じた。ついさっき感じたものに匹敵する、もしくは凌駕する強烈な悪寒に襲われ冷や汗がとめどなく流れる。

 

「んん?気分転換に少し遠出の散歩に出てみれば……これは珍しい毛並みの羊が居ますね、交配実験が捗りそうです」

「なっ何を……」

「伏せ」

「うおぉ!?」

 デミウルゴスの<呪言>によって何か言いかけたチェリビダッケは地面に体が押し付けられる。渾身の力を込めてビーストマンの彼が身を起こそうとするがピクリとも動けない。まるで背に自重の数十倍もある金属塊でも乗っているようである。これはつまり両者のレベル差の隔絶を示しているのだが、そんな事を彼が知る由もない。

 

 地面に押し付けられブルブルと体を痙攣させるチェリビダッケの頭をデミウルゴスは「ふむ」とガシリと掴むと、ポイとリンゴでも放るように後ろに控えている魔将の方に投げた。

 

「さて思わぬ拾い物もありましたしそろそろ牧場に帰りますか、もう一仕事して来ましょう。アインズ様もきっとこの空の下、今もどこかでお働きなのでしょうからね」

 偉大なる支配者アインズ様のためにも一刻も早く成果を出して行きたいものだ、とスーツ姿の悪魔はチェリビダッケの首を猫のようにつまんだ配下の魔将を従え夕日の中へ消えて行った。

 

 

 

 

―ナザリック地下代墳墓

 

 

アインズの前には戦闘メイド・プレアデスが一人、ナーベラル・ガンマが跪く。

 

「面を上げよ」

「はっ」

 

アインズは色々身に染みた今回の事を思い出し、ふぅと息をつく。そして己の信じる威厳ある主人の態度を崩さないよう注意しながら慎重に言葉を選び声を出す。

 

「ナーベラル・ガンマよ、私はこのたびの実験により……つくづく、そうだな、モモンのパートナーはやはりお前しかおらぬと、そう痛感した」

 無くて初めて解った、今までの方がまだマシだったのだと言うその事実に。

叱責の言葉を待っていた所に予想外の言葉を賜りナーベが目を見開く。

「そんな、何ともったいないお言葉、わが身に余る光栄と存じます。ですが……アインズ様、愚かな私には未だ自分の至らぬ部分が修正しきれておらぬ気がいたします、本当にそのような私でよろしいのでしょうか?」

不安そうな部下の目にアインズは一つ頷くと演技でも無く優しげに言った、彼にも思うところはあったのだ。

 

「良い、良いのだナーベラル・ガンマよ。思えばささいな問題だったのかもしれぬ、謝罪が必要なのはあるいは私かもしれないのだ。そう、私は……お前の、ナーベの悪いところばかりに注目していた気がする。だが、いい所には気がつけていなかったのかもしれぬ。上に立つ者としてそれは失格だな。……ゆえに、お前の全てを許そうナーベラル・ガンマよ」

ナーベラルは全身を感動で震わせた、何という慈悲深さなのか、部下の無能を処罰するどころかわが身省み罰するなど。

「アインズ様が謝罪などと、このナーベラル・ガンマ、プレアデス一人の名に恥じぬよう、これまで以上にこの非才なる身の全力をもって今後もお仕えする事を誓います」

「うむ」

アインズもまたしみじみとした想いを込めて頷いた。

 

 

 その後、アインズにより、ナーベ、パンドラ計画はお蔵入りの封印となり。エ・ランテルの冒険者の間では美姫に関する「素手でビーストマンの首を刎ねる」だの「実はイジャニーヤの姫」などの眉唾ものの伝説が酒場の法螺話に加わる事となったのだった。「姐さんはすげぇ!」と言う一部熱狂的なファンと共に。

 

 

 




 パンドラは製作者のアインズさん(偏執者)の影響を受けてるから仕方ない、思い通りにいかないのと、アインズ様を侮辱されたのが重なり、この事態に。
 アインズ様はすぐ沈静化するけど、パンドラはそれが無いのでクールダウンがちょっと大変と言う設定も。
 普段のパンドラ、宝物殿で日々暇を見つけてはカッコイイポーズ、カッコいい技を研究中、この辺も製作者の影響を受けている。
※もちろんここだけの設定。

 分身7つ身は敏捷ステータスに物を言わせた力業、技ではありません念のため。コキュートス辺りに言わせると「無駄ナ動キガ多イガ意味ガ有ルノカ?」となっております。



次回フールーダさん

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。