剣闘都市スパーダ。
パンドラ大陸に存在する強国である。
ガラハド山脈に囲まれた天然の要塞ともいえる堅牢な守りと、『剣闘』の名の通り各国から手練が集まる事から、パンドラ大陸に存在する数ある国家の中でも抜きん出た戦力を誇っている。
長年何かと手を出してくる隣国であるダイダロスからの攻勢も、その恵まれた地形と戦力によって毎回退いている。
そんな国の一区画。血生臭さと鉄の香りが充満する工房区画を、ネロは歩いていた。
スパーダ神学校の制服をキッチリと着込み、その上から黒い外套を纏っている。目深にフードを被っているが、その隙のない立ち姿は何処からどう見てもネロ・ユリウス・エルロードその人であった。
だが、そんな彼に声を掛ける者は一人も居ない。
冷徹な美貌は無表情であるが、その真紅の双眸は僅かな光を受けて仄かに輝く。
フードで作られた影の下で輝く瞳は、
声を掛けたら、その即座にその左手に収められている霊刀で両断される。そんな危険さを孕んだ雰囲気を、彼は纏っていた。
鉄の匂いが漂う工房区画の中で、彼は目的の工房に到着すると、外套のフードを脱いで扉を開いた。
「いらっしゃい。おや、ネロ坊じゃないか」
そう彼に声を掛けたのは、少し横幅のある中年の女性ドワーフだった。
明らかに危険な雰囲気を纏うネロに、慣れているかのように朗らかな笑顔を彼女は向けた。そしてネロも、ピクリともしない表情と無駄に鋭い目付きのまま、フードから開放された尻尾のように長く束ねられた黒髪を軽く跳ねさせながら頭を下げた。
ネロ本人もよく分からない、何故か体に染み付いた癖である。王族が軽々しく頭を下げるなと言われようと直る傾向は一切無い、難儀な日本人の性質だ。
「ご無沙汰しております」
平坦な口調で言葉を口にするネロに、彼女は二度頷いた。このどうしようも無い程の無愛想さと、見た目に反する礼儀正しさは慣れてくると愛嬌があるように思えるのが不思議である。
「噂はここまで来るよ。また無茶してるんだってね」
「はい。力不足で恥ずかしい限りです」
「ははは、雪原竜を十一体討伐して力不足は謙遜が過ぎるよネロ坊」
流れている噂とは、ウイングロードが依頼にて『雪原竜を十一体討伐した』というものだ。
雪原竜の討伐は雪原竜が繁殖する冬期限定のクエストだ。そして、冬期に行われるクエストの中で毎年最多の死亡者を叩き出すクエストでもある。
雪原竜のクエストはランク4の比較的最初に受注する『荒野に舞い降りる雪原の支配者』というはぐれ雪原竜討伐依頼、『名所観光︰冥土の土産編』というアスベル山脈の安全地帯付近に現れた雪原竜を討伐する依頼、そして冬期限定の『乱闘必至:アスベル山脈のベビーブームを阻止せよ!』が存在している。
乱闘必至とされている通り、この依頼は基本的に前者二つとは異なり、基本的に二体以上の雪原竜と戦う事が前提とされている。
そして、この依頼は受注条件があり、力不足な冒険者は受注出来ないようにされている。条件は前者二つのいずれかを達成している事であり、同時にそれが死亡者を増加させる要因でもある。
「事実です。今回の依頼は妹が居なければ恐らく命を落としていました。
俺の認識不足と実力不足によるものです」
「おやまぁ……ネロ坊がねぇ。何体相手にしたらそうなるんだい?」
「仲間と二人で四体ほど」
「…………はて、ウイングロードは五人パーティだった記憶があるのだけど」
「作戦で二手に別れておりました」
「それで四体も?」
「その後に追加で数体程」
「はぁ……」
アホ王子の言葉に呆れ果てたような溜息を吐き出す。本来なら不敬極まりないが、長く関係を築いている事と、それだけ非常識な事を成し遂げたのだから仕方がない。
どれ程の力量があろうと数の力に勝つことは難しい。ゴブリン等の低ランクモンスターならば十や二十はまだ十分討伐出来る数だろうが、その相手がドラゴンなら気狂いの所業としか言い様がない。
二頭同時討伐ですら難関となっているのだ。その倍の数ともなれば生きていること自体が奇跡といえる。
力不足以前に常識がない。
「ネロ坊、アンタが強いのは分かってるけどね――」
「まだ、足りません」
言葉を紡ごうとした瞬間、間髪入れずにネロの言葉で遮られた。
声を荒げる訳でなく、しかしその言葉には強い意思が込められている。
「……すみません」
「いんや、大丈夫だよ。ネロ坊は初めてここに来た時からそうだったからね。アタシが忘れてたのが悪いんだよ」
突然の言葉に目を丸くしていた彼女の姿を見て謝罪する。そんなネロに自分が悪いと彼女は言った。
ずっと、この男は変わっていない。
単身
休眠中のランク5モンスターである
墓所のダンジョンから無制限に出現するスケルトンと百人組み手したり。
討伐困難なランク4の巨大ゴーレムに悩まされる村を救ったり。
凶悪な盗賊団を一晩で壊滅させたり。
そして今回の雪原竜の複数討伐。ネロを中心としたウイングロードの悪評奇行偉業は挙げればキリがない。
そしてその全てが、ただ只管に『強くなる』ことに繋がっている。
「お得意様が居なくなるのはゴメンだからね、あんまり無茶はしないでおくれよ。じゃあ、主人を呼んでくるよ」
「はい、お願いします」
釘を刺す。そうでもしないとこの男は何処までも頭の悪い戦闘を行い続けて死んでしまいそうな、でも何故だかひょっこり帰ってきそうな不安定さを孕んでいる。
工房で作業をしているだろう夫を呼ぶためにネロへ背を向ける。
ネロの抱く脅迫観念染みた強さへの執着。長くこの男の成長を眺めていてもその原因はよく分からない。
一国の王子が強さを求める必要はない。スパーダのような国柄でないのならば、特に。
それにも関わらず、死に目を見ようが大怪我しようが、ネロは変わらず力を求めた。そして行き着いたのがこの工房。腕利きの鍛冶師であり『
その頃のネロは今でも記憶に残っている。見た目に見合わぬ、決意の籠もった鋭い瞳が爛々と輝いていた。
「少しは落ち着いて欲しいもんだねぇ……」
心配で自分の身が保たない。
夫が作業している施設の手前で、彼女は小さな溜息と一緒に、本音を溢した。
※ ※ ※ ※ ※
おばさん良い人。はっきりわかんだね。
アホ丸出しな行動を聞かされて俺の心配してくれる優しさに頭の下がる思いだ。
まだ神学校に留学していない頃、シャルロットの案内を振り切って自由に探索しているとき、何だか見覚えがあるような無いような女の子を見つけたからストーキン……じゃないな、攫われないように見守ってたいた時に見付けたのがこのストラトス工房だ。
他に比べて小さいなという印象の他に、何となく引っかかるものを感じて、その工房に入った。
そしてどうしようも無い程の既視感に襲われた。
その頃にはもう、黒の魔王に関する所謂『原作知識』などの前世の知識は大半が失われていた。
もともとあやふやな知識であったからか、ネロの無駄に優秀な記憶力でも大体三年しか保たなかった。
たが、人間の記憶力は大したもので、切欠があれば断片的に僅かな原作の記憶を思い出す事が出来るのだ。
凄いね人体。
そんな訳で、このストラトス工房がクロノの『ラースプンの右腕』や『ザ・グリード』を作り上げた工房だということを思い出した。
そしたら通わずにはいられない。てか通わなかったら頭おかしい。
それ以来、いい素材を持ってきては武具を作って貰っている。
今じゃもうすっかりお得意様だ。おばさんは心配してくれる程度には俺を親しんでくれているし、レギンさんとも良い関係を築けていると思う。
ストーキングしてたシモンとはまだ一度も鉢合わせて無いけどね!
見覚えってか既視感を覚えるわけだ。だってシモンだもん。サービスシーン最多のシモンですもん。個人的ペロペロしたいランキング上位のシモンですぞ。
忘れるはずが無い。
だがそんな俺に黒き神々はシモンと話させる機会を与えない。加護も与えない。
下心とスケベ心が満載だと神様からも見放されるようだ。
「やあ、お待たせしましたね」
暇を持て余して過去の記憶を回想していた俺に声が掛けられた。
「いえ、お久しぶりです、レギンさん」
視線を向けると、見慣れた青いツナギを着た小柄なドワーフの男性が、微笑みを浮かべて立っていた。
ストラトス工房の主であり、同時に『
職人らしからぬ営業スマイルが今日も素敵だ。
「大量の雪原竜を倒したんだってね。それじゃあ今回は……」
「お察しの通り、雪原竜の防具です」
「やっぱりか、今回も一式揃えるのかい?」
「いえ、今は手甲だけにします」
「おや、素材は沢山貰えたんじゃ無いのかい?」
「パーティ内でトラブルを起こしてしまいまして」
「それで削られたと」
ソフィールの奴が大半持って行き、俺には僅かな素材しか貰えなかった。僅かと言っても数が数なだけに手甲くらいは作れるけど。
貰えただけ、独断の罰則としては軽いのだろう。ありがたや。
素材を買えれば楽なんだけど、そうすると驚くほどに高いのよね。流石ランク4の竜、余った素材を売る立場だったから、余計にその貴重さが身に染みる。
「じゃあ、手甲だけだね」
「あ、すみません、コレもお願いします」
雪原竜の素材と一部鉱石を手渡して、話を進めようとするレギンさんに静止の声を掛け、ベルトに括った
「これはまた、綺麗な状態だね」
「仲間の優れた手腕による物です」
取り出したのは汚れのない新雪のような毛皮。雪原竜の関節や首などを覆う肌触りが極めて良く、また魔術師のローブとしての性能にも優れた毛皮だ。
普通に買おうとしたら、貴族でも躊躇するレベルの高値で売買される一品だ。
勿論、俺とカイの倒した雪原竜の素材ではない。ネル達女性陣が討伐した個体の素材だ。
これの為に、サフィールにスピニング土下座かましたけど、それだけの価値があったというものだ。金銭を要求してこないあたり、アイツも仲間には優しいよな。
俺の頭を軽く踏ませるだけで雪原竜の超高級素材とか安すぎて笑いが漏れる。
「それで、これはどうするんだい?」
「雪原竜の
「固有魔法を適性無しでか……」
「それを来年までに作成して頂きたいのです」
「来年までか……それなら何とか出来るよ」
マジかっ。流石レギンさん流石過ぎる。
学校で軽く鍛冶の内容やら錬金術の内容をするため、流石に専門学科よりは劣るがある程度知識はある。
モンスターの素材と金属を『錬成』する事でそんモンスターの持つ属性を武器を作成する事ができる。これは原色魔力を持つモンスターなら大概可能だと先生は言っていた。だが、流石にランク4のサラマンダーとランク1の
そして固有魔法の使用については、モンスターごとに異なる。
簡単に言えば複雑か単純かで使えるかどうかが限られてくるのだ。
例えばリザードマンの突然変異種。アレの固有魔法を扱うには光属性への高い適性が求められる。
そういやいつかサフィールが密林に居たリザードマン突然変異種を俺が見つけて伝えたら、血眼になって探させられたな。確か買うと吐血するほど高いとかで。
コイツはその面倒な魔法原理から光属性の高い限られた連中のみが扱えないが、ランク5で有名なカオスイーターの素材を用いた武器は誰が使おうと魔法無効化の固有魔法を行使することが可能だ。
昔コイツに喧嘩売って魔法を撃ち込みまくったらホントに全部無効化されて面白かったのを覚えている。その後レオンハルトのおじさんにぶん殴られたのはいい思い出だ。
雪原竜は前者の高い適性が求められる固有魔法だ。
体内の魔力を体表に吹き出し、高密度に圧縮して凍結させる。上級の防御魔法と同等かそれ以上の堅牢さを誇る鎧を纏う魔法だ。
全力で斬っても、切れ込みしか入らないから、すんごく切り甲斐があった。
そんな魔法を適性もなしに使えるはずも無いが、レギンさんは一年の猶予があればそれを何とかできるという。
これを流石と言わず何と言うのか。
てか、思い出そうとしたら一気にこんだけの情報が出てくるネロブレインも流石だな。
「もう、私に作らせたい物はないのかい?」
「はい。毎度無理を聞いて頂き感謝します」
「それが私の仕事だからね。……じゃあ、次は私の依頼だね」
「承知しております」
答えて、俺はポーチの反対に吊り下げているこれまた空間魔法の付呪された袋をベルトから外してカウンターに置いた。
レギンさんは袋の中身を確認すると、「確かに」と言って袋を懐に収めた。
「いつも助かるよ」
「いえ、良質な武具をお作り頂くのですから当然です」
第三者の目線で見たら、完全に賄賂に見えるのだろうが、実際は素材を渡しただけだ。
俺とレギンさんは清く正しい関係なのだよ。
レギンさんのように武具一つ一つ丁寧に作る鍛冶師は、お客の戦闘スタイルを考慮して細部に様々な素材を使用する。その為に鉱石やモンスターの素材を依頼としてギルドに貼り出し、依頼人は主要な素材を用意する。
その為に結構な値段を要求されるが、それだけに品質や性能は折り紙付きなのだ。
そして俺は依頼で捻出する費用を無料にして引き受ける代わりに、高品質の武具を格安に値引きして貰っている。
俺は安く武具の製作を頼めて、レギンさんは依頼の費用を軽く出来る。長く関係を持つと得な取引が出来るのがいいよね。
「それでは、そろそろお暇させて頂きます」
長居しても迷惑だからね。
シモンが来るまで待つ何てことが出来る程時間に余裕もないし、さっさと帰った方が良いはずだ。
「じゃあ、手甲は大体一週間もあれば完成するから、その頃になったらまた来てくださいな」
「分かりました。では、お願いします」
流石に手甲だけだと早いな、一式だと半月は掛かるのだから当然だろうか。
そんな事を考えて、俺は外套のフードを目深に被ると一度レギンさんに頭を下げてからストラトス工房を後にした。
早くクロノを出したい(ガクガク
でももう数話挟まないとクロノ出さないんだよな……
そんな訳で切りがあまり良くないですが、今回は説明回となりました。
独自の設定も盛られていますので、ここおかしいだろ、この説明は分かり辛い等がありましたらどうぞ罵倒して下さい。