白二話 穏やかな日常
「あ~、だりぃ」
此方は欠伸を噛み殺しながら、住宅街を歩いていた。
窮屈そうに着崩された制服が、辛うじて彼が学生………しかも、男性だと分かる。
隣を歩く青年が、呆れた様に溜息をつく。
「此方、少しは服装を正せ。」
「別にいいだろ?俺もお前も、学生なんて年じゃねぇんだし」
「全く……少しは、僕の立場も考えてくれ」
青年は持っていた本を閉じ、少し怒った様に目を細める。
此方とは対照的に、きっちりと着こなされた制服が、彼の真面目さを物語っている。
彼、クローディルは此方の同僚にして、無二の親友だ。
彼に言われ、へいへい、と制服を正す。
「これでいいか?」
「こら、タイが曲がってる」
不満そうに口を尖らせる彼を自分の方へ向かせ、曲がったタイを直す。
これでよし、とクローディルが笑った。
「本当に細かいな、クゥは」
「お前が大雑把過ぎるんだ。彼方が不在なんだから、僕らがキチンと彼女の主を守らなきゃならないんだぞ。あまり目立ちすぎるのは、控えるべきだ」
「了解。いざとなったら、どんな面倒な相手でもプチッと潰してやんよ」
「派手にやり過ぎて、地図を書き換えさせるのは、どこのどいつだ」
軽口で笑う此方を、クローディルが諌める。
これが、彼らの日常。
通常の、普通の、平穏の………
一人間として、一生徒として。
こんな日々が続かないと分かっていながら、二人は歩き慣れた通学路を歩いた。
◇◆◇◆
「おはよ~」
「おう!今日もやる気なさそうだな、此方」
「うるせぇよ、イッセー」
クローディルと別れ、自分に割り当てられたクラスへと入る。
自席の前、彼が来た事を確認して、前に座る青年がニシシッと笑いながら、此方の席の方を向く。
彼は兵藤一誠。
此方がこの学校……駒王学園に入学して以来、ずっと同じクラスの悪友だ。
周りと全く関わり合いを持たなかった此方に、自主的に話しかけ、気づけばこんな腐れ縁の様な関係となっていた。
「よぉ、此方!今日もつまらなそうな顔だな!」
「ふぅ……今日はいい風が吹いてたな。おかげで、パンちらが拝めたぜ」
「うるせぇよ、松田。メガネ破壊されたいのか?元浜」
前者が松田、後者は元浜。
イッセーと合わせて、三大エロ魔人やら。エロの権化やらと呼ばれる……とにかく、この学園での問題児だ。
駒王学園は最近共学化したばかり為、未だに男女比は3:7と、圧倒的に女子生徒が多い。
そんな中で、こんなエロバカがいれば簡単に目立つし、クローディルの所属する生徒会にも覚えがよくなる。
此方は疲れた表情で、溜息をついた。
「あんま、変態行為が過ぎるとクゥにまた制裁され………って!俺の机に何並べてんだ!!このバカ共!!」
「何って、ナニだろ?」
「お前だって、好きだろ?同じ男なんだしな!!」
油断している隙に、机に広げられたR指定の物。
周りからは悲鳴が上がり、避難の視線が自分にまで降り注ぐ。
正直、勘弁願いたい。
「えぇい!騒ぐな!騒ぐな!」
「脳内で犯すぞ、この野郎!!」
「………取り敢えず、お前らその場になおれ」
バキッボキッと、此方の拳が哭く。
その日、教室から馬鹿三人の悲鳴が学園内に響いた。
「朝から災難ばっかだぜ……」
「お疲れ。本当に、此方は変態に好かれやすい体質なんだな」
「クゥ、それ褒めてない」
あれよあれよという間に授業は終わり、現在は放課後。
あるものは恋愛に現をぬかし、あるものは部活動に精を出す。
勿論、此方とクローディルとて例外ではない。
クローディルは生徒会に所属しており、その関係で放課後を費やすし、此方も所属する部活動の元へ行かねばならない。
だるいなぁ、とは思うが、これも『仕事』の内である。
途中まで二人で歩き、渡り廊下の辺りから別々に廊下を歩く。
クローディルの目指す生徒会室は新校舎、対する此方の部室は旧校舎。
位置としては、ほぼ真逆である。
「あ、クゥ!!今日の夕飯どうする!?」
「此方に任せる。遅くなる様なら、メールで一報入れる様にするよ」
「了解!!んじゃぁなぁ!」
軽く手を振り、それぞれの目的地を目指す。
と、此方の足が止まる。
目の前には、頭一つちょっと小さい位置で揺れる白銀の髪。
小さく笑みを浮かべると、気配を消して髪の主に近寄り、ポンッと肩を叩いた。
「っ!?」
「油断大敵なぁんてな!」
よっ!と気軽に挨拶すると、彼女は少し顔を顰めて、どうも、と呟く。
彼女は塔城小猫。
此方の後輩に当たる一年生であり、浅からぬ因縁を持つ少女である。
「……此方先輩、今から部活ですか?」
「ネコちゃんは?」
「…私もです。ご一緒しても?」
「よろこんで」
ニカッと笑い、彼女の横を歩く。
暫し、他愛ない話題で会話をしていると、ふと此方が視線を外へと向けて、立ち止まる。
それに倣い、小猫も不思議そうに足を止めた。
「此方先輩?」
「……変な気配だな。なんか、入ってきた…」
「……はぐれ、ですか?」
「……いや」
問う声に曖昧に答え、此方は視線を彼女へ向ける。
そして、指通りのよさそうな髪へと手を伸ばし、軽く撫でた。
「遠すぎて、よくわからん」
「……そう、ですか」
「まぁ、心配はいらないだろうよ。もし、大変なモノであれば、クゥから連絡きそうなもんだし。と、それより、今日の夜は空いてるか?」
「?」
「久々に、夕飯ごちそうする」
どうよ?と聞くと、彼女は小さく頷く。
無表情ではあったが、その瞳はキラキラと輝いていたから、本当にうれしいのだろう。
なら、メニューはどうするか……
う~~ん、と少し唸った後、小猫に苦笑してみせる。
「何食いたい?」
「なんでも」
「それ、クゥにも言われてさ。正直、絶賛お悩み全開」
「……じゃぁ、和食で」
「和食かぁ……春先だし、冷蔵庫に確か前におでんで余ったつみれがあったから……」
ブツブツと呟いた後、何を思いついたのかガバッと小猫の手を掴んだ。
突然の事で、小猫は目を丸くし、頬を赤らめる。
「な、なにを?」
「部活中止。買い出しに行こうぜ!」
え?え?と混乱する小猫をよそに、此方はポケットから携帯を取り出すと、素早くメールを打ち込み、送信する。
少しすると、すぐに返信が返ってきた。
部長も今日は特に用事がない為、夜の活動に間に合えば、構わないとの事だった。
その答えに、此方は満足そうに笑うと、小猫の手を引いた。
「そういや、今日はタイムセールスの日だったんだ。やっぱ、うまいモノは食いたいけど、値段は安いに限るよな!」
小猫が口を開く前に、此方の中で予定が決まり、彼女は成す術もなくその予定に巻き込まれた。
◇◆◇◆
「いっやぁ~~~、ネコちゃんが一緒で助かったよ」
ほくほくとした笑顔で荷物を持つ此方に、小猫は淡く苦笑した。
彼の持つエコバック(何故今日持っていたのか不明)の中には、どう考えても今日中には食べきれない量の食材。
彼曰く、一週間買い溜めだそうだ。
此方に半ば拉致されてきたのは、商店街のスーパーだった。
駅付近に大きなショッピングモールがあるせいか、あまり繁盛している印象はないが、此方の行きつけだ。
なんでも、ショッピングモールよりも安価に帰るし、品揃えも特殊でない限りは殆ど揃うんだとか。
時折、チラシを鞄から取り出しながら、品定めをする姿は、もうそこらへんの主婦と対して変わらない。
「……先輩、持ちます」
「ん?いいって、いいって。そんなに重くないし。それより、ネコちゃんにお願いした袋の中身、卵だから割れない様に、気にしてくれているだけで、俺としてはすっごく助かるんだよな」
こんだけ買ったら、袋同士がぶつかって卵割れてる事あるんだよなぁ、とどこか遠い視線で笑う。
どうやら、経験があるようだ。
しかし、と小猫は自分の状況を見る。
今小猫が持っているのは、彼と自分の鞄、それから卵パックが2つ入ったレジ袋のみだ。
対する此方は、赤ん坊が二人は入れられるであろう大きなエコバックが4つ。
しかも、中身はこれでもかとギッシリ詰められている。
なんとなく……本当に何となく、この状況が気に食わないのだ。
ムゥ……と、むくれていると、ボスッと通行人にぶつかる。
「……すいません」
「いえ。お怪我はありませんでしたか?」
少し慌てて顔を上げて、相手に謝る。
今のは、どう考えても自分の前方不注意だ。
しかし、相手もどうやら自分と同じく前方不注意だったようで、穏やかに微笑んで、すみませんでした、と謝ってきた。
ぶつかったのは、青年だった。
黒い執事服に身を包み、微かに灰がかった白銀の髪とアメジスト、アクアマリンのオッドアイ。
外人だろうか……そう思っていると、此方が不思議そうに彼を見た。
「連れがすみません。……なにか?」
「あ、いえ。少し知り合いに似ていたもので」
それでは、と一礼して、青年は人混みの中に消えた。
その後ろ姿を見送りながら、ボソッと此方が何か呟いた。
「……此方先輩?」
「ん……なぁんか、引っかかるんだよなぁ。こぉ~……記憶の奥にズキッと来るというか……」
淡く顔を顰めながら、額を抑える彼に、小猫はもう一度あの青年が消えた方向を見る。
既にその姿はないが、ザワザワと胸に辺りが犇めく。
その感覚が何を告げたいのか分からないまま、二人は暫しその場に立ち尽くしていた。
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