俺はお前の親父じゃねえ‼︎   作:星の海

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処女作に続いてある日見た夢にインスピレーションを刺激され、衝動的に書き上げてしまったネギま作品を上げさせて頂きます。


1話 その青年の名は

「兄ちゃん、この時期に麻帆良学園まで行くって事は、もしかして入学生か転入生かい?」

 

市街地の中をゆっくりとした速度で走る一台のタクシー。その車内で中年の運転手が後部の青年に尋ねる。

 

「そうなんですよ、麻帆良学園の男子高等部に転入するんです」

 

青年は愛想良く答え、タクシーのフロントガラス越しに見える巨大な都市を一瞥し、感嘆の息を漏らす

「それにしても、話には聞いてましたけどでっかいですねえこの学園は」

「ははは、此処に初めて来る人は皆そう言うよ。何せ国内所か、世界最大の学園都市だ。つまり世界一大きな学校なんだから大きくて当然だろ?」

 

運転手の言葉に、そりゃそうですね、と青年は笑って返す。

 

「しっかし兄ちゃん日本語上手いねえ、何処の国の人?」

「…あー、会った人皆に言われるんですけど、俺これでもワンエイス…八分の一外国人の血を継いでいるって奴でして、ほぼ純粋に日本人なんですよ」

 

青年の言葉に、運転手は驚く。

 

「へぇ〜!見た目はまるっきり外人さんだけどねぇ、おまけに随分と男前だし、兄ちゃん女の子にモテるでしょう⁈」

 

青年はニヤニヤしながら問うてくる運転手に苦笑して言葉を返す。

 

「育ちが随分と田舎の方でしてね、生憎婆ちゃん達にしか受けは良く無かったですよ。…俺の見た目はなんか、隔世遺伝だかなんだか難しい遺伝子学の現象で、爺さん辺りの血が濃く受け継がれてるらしいですよ」

「ふぅん、化学やら何やらは学の無え俺にはわからんけど、人間ってのは不思議なもんだねえ。……っと、兄ちゃん、そろそろ着くぜ、降りる用意をしときな」

 

運転手に促され窓の外を見ると、確かに麻帆良学園の巨大な門戸がすぐ目の前に見えていた。

 

「じゃあな兄ちゃん、転校先でもしっかりやんな!外に出る機会があったら今後もウチの会社をよろしくな‼︎」

「ははっ!しがない学生ですからそうそうタクシー移動なんて真似出来そうに無いですけど、そうですね、使う機会があったらおじさん指名させて貰いますよ!」

 

青年は運転手の言葉ににこやかに返事を返し、大きめのキャリーバッグを転がしながら歩き去る。

 

 

「…にしても男前な兄ちゃんだったなあ。あんだけ色白で赤毛(・・)混じりって事は、イギリスとかドイツの方のが御先祖様なのかねえ?」

 

 

 

「…やべえ、迷った…………!」

 

三十分後、何処を見渡しても女、女、女が犇いている麻帆良学園女子中等部の朝の通学路中央で、青年は途方に暮れていた。

道なりに点在していた案内図に忠実に従って青年は歩いて来たのだが、ある程度進んだ所で丁度生徒達の通学時間帯とかち合い、人混みに流されて案内図を見失った。新たな道標を探している内にどうやら女子校の方面へ来てしまったらしい。

 

…うわぁぁめっちゃ見られてんだけど、本気でヤバイぞ警備員とか呼ばれたりしねえよな………⁉︎

 

青年は自意識過剰でなく左右前後の女子達から視線を集めているのを感じ、冷や汗を頬に感じながら足早に歩く。

 

 

「…わ、見て見てあの人、スッゴイイケメンじゃない?」

「え、どれどれ?…きゃーっホントだ‼︎何なに、外国人⁉︎」

 

 

…実際の所は青年が視線を集めている理由は、『なんでこんな所に男子が?』的なそれよりも『凄く格好良い男子が歩いてる』というある種の熱が篭ったものが多かったのだが、山育ちで他人の視線に鈍感な所のある青年はそれに気付かない。

 

「…こうなったら最悪自分から詰め所にでも出頭して素直に道聞いた方がいいか……?」

 

青年が後ろ向きに前向きな決意を固め始めた時、青年の暫し前方でどよめきのようなものがが上がる。

 

「…?何だ……っておい!?」

 

青年は驚愕する。青年の視線の先には、スーツを着た赤毛の少年が何者かの両手によって首を掴まれ、宙吊りにされていたのだ。俗に言うネックハンギングツリーの構図である。

 

「おい‼︎誰だか知らねえがガキ相手になんてことしてやがんだ‼︎」

 

青年は女子の人垣を掻き分け、少年と下手人の下まで到達すると、少年を締め上げているツインテールの勝ち気そうな少女の腕を掴む。

 

「っ⁉︎誰よあんた、気安く触らないでよ放しなさい‼︎」

「巫山戯んな放すのはお前だよ!いいとこ小学生位のガキになに晒してんだ‼︎」

 

少女は腕を掴んだ青年を睨み付け、鋭く言葉を放つが青年は怯まず言い返す。

 

「あんたには関係無いでしょ⁉︎このガキはあたしに凄く失礼なこと言ったのよ‼︎」

「だからなんだよお前の言う通りまだガキだろうが‼︎こん位の子どもが歳上に生意気な口訊くなんざ珍しいことじゃ無えよ‼︎お前見たとこ中高生だろ、ムキになって恥ずかしく無えのか!?」

「…明日菜〜、このお兄さんの言う通り、ちょっとやり過ぎやと思うで〜。悪気があって言うたんや無いやろし、放してあげえや〜?」

「う…木乃香……」

 

言い争う両者に割り込み、ふわりとした口調で少女ーー明日菜に声を掛ける木乃香と呼ばれる少女。明日菜は友人の諌めにようやく頭に昇っていた血が下がり始めたのか、気まずそうに言葉を濁す。

 

「げほっ、げほっ…‼︎」

「悪口言われたんならしっかり言って謝らせっから、とにかくその手放せ。こんな首も据わり切って無いガキにこんな真似続けてると最悪首の骨が折れるぞ」

 

ぶら下げられたまま苦しそうに咳き込むネギを見て気遣わし気に青年が明日菜に告げる。

 

「わ、わかったわよ…確かにやり過ぎたわ、あたしも…」

 

明日菜は頷き、そっと少年の体を地面に降ろす。

 

「っ、はぁ‼︎…げほっげほげほっ‼︎」

「大丈夫かガキ?落ち着いてゆっくり息を吸え。返事しなくていいぞ」

 

ようやく気道が確保され、激しく咳き込む少年の背中を摩りながら青年が言い含める。

 

「…明日菜〜」

「わ、悪かったわよ。ちょっと頭に血が昇って……!」

「ウチや無くてあの子に謝らなあかんで〜?」

 

少年の様子を見て、僅かに声に咎めるものを混ぜて名を呼ぶ木乃香にバツが悪そうに返す明日菜。

 

「収まったか?首に変な感じは無いか、ガ…!?」

「……は、はい。大丈夫です。どなたか知りませんが、ありがと…!?」

 

暫しの間を置いて、咳の止まった少年に青年が呼び掛け…ようとして言葉の途中で固まり、少年もまた介抱してくれた青年に礼を述べようとして、言葉の最中に硬直する。

 

 

「…あれ、よう見たらこっちのお兄さん、この子にそっくりやなあ…」

「え、もしかして兄弟かなんか⁉︎…あー、そりゃ怒るわよね…ごめんなさい」

 

 

そう、少年と青年は赤毛に混じった黒髪といい、顔の造りといい、まるで兄弟か何かの様に似通っていた。

 

…え……?誰これ、縮んだ俺……

 

固まっている青年の顔を呆然と見上げていた少年の両眼にジワリと涙が浮かび上がる。

 

「っ!?」

 

何やら凄まじい悪寒を感じた青年は反射的に身を引こうとしたが、それよりも早く少年は青年の両手をガッシと掴み、叫ぶ様に言い放った。

 

 

「父さん!父さんですよね!?僕です、ネギ・スプリングフィールドです‼︎」

 

 

………TOUSHAN?倒産?ははっ、俺が何処ぞの経営不振に陥ってる社長にでも見えてんのかな、このガキは……?

 

青年の思考はそんな益体もない考えが充満していたが、青年が現実逃避気味に脳味噌をジャムらせている間に周りは理解(ごかい)を進めていく。

 

 

「父さんって…え、じゃああの子のパパなのあのイケメン!?」

「えー!?子持ちに全然見えない、若過ぎでしょ‼︎」

周囲で人集りになっていた女子達はきゃあきゃあと騒ぎ立て、

 

「ひゃ〜お父さんやったんかこのお兄さん〜!」

「ええっじゃ若く見えるけど超歳上!?えっとあの、すいませんでした、お子さんとは知らず乱暴な真似を…」

 

「俺はパパじゃ無えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?」

 

青年は絶叫した。彼に与えられたシンキングタイムは思ったより短かったようだ。

 

「えっ?何言ってんの?…ですか?今このガ、お子さんが父さんって呼びましたよね…?」

「知らねえよこんなガキは!?つうか敬語止めろ俺はまだ高二だ‼︎だ、誰だお前は、生き別れた兄弟とかベタなオチは要らねえぞ!?」

 

掴まれた両手を振り解いて逃げ腰になりながらの青年の言葉に、少年ーーネギはガーン‼︎という擬音が聞こえて来そうな程ショックを受けた顔になり、目の端に涙を溜めながら必死な声で青年に告げる。

 

「と、父さん‼︎解らないですか!?僕ですよ、ネギです‼︎あれから背も大分伸びちゃいましたから解らないだけですよね、僕は貴方の息子です‼︎」

 

悲痛なものさえ篭ったネギの呼び掛けに青年は流石に逃げるのを止め、改めてネギの顔を見てきっかり十三秒間思考して、

 

「やっぱり知らん‼︎誰だお前は!?」

 

…矢張り青年に心当たりは無かった。

 

「そ、そんな……!?」

 

ネギは遂に両眼から涙を零し始める。青年としても罪悪感バリバリだが知らないものを知っていると言う訳にもいかない。

 

「ちょっとアンタ‼︎どんな事情があるのか知らないけどこんなガキ泣かせてまで変な誤魔化しする事無いでしょ!?可哀想じゃないこんな悲しんでるのに‼︎」

 

泣いているネギを見て明日菜が怒気を露わに青年に詰め寄る。

 

「誤魔化してねーよ‼︎本気で知らねえんだよこのガキのこと‼︎」

「はぁ!?何いってんのよ‼︎どっからどう見ても兄弟か親子じゃない‼︎」

「あーそうだな逆の立場なら俺もそう言うなぁ‼︎でも俺はこんなガキ知らん‼︎これは嘘でも何でもない、真実だ‼︎大体このガキに何らかの関係があるって認めるつもりが無いならわざわざ助けに入る訳無えだろ‼︎」

「……それは……じゃあ何でそっくりな顔してんのよあんたらは!?」

「俺が聞きてえよ!?」

 

青年は全力で叫び返す。周りを見れば泣いているネギの様子と青年の言動から段々と女子達の青年を見る目が険しくなっている。逃げ出そうにもこの状況を放っておいたら次の日の朝には確実に実の子を認知せずに捨て去った無責任ヤンキーパパ辺りのレッテルを青年は張られている事だろう。八方塞がりとはこの事だ。

 

…何だよこの状況は、何がどうしてどうなってんだ………?

 

青年が自身のキャパシティを越えた事態に少し泣きそうになっていると、そこに新たなる火種が投下される。

 

 

「は〜なんやよう解らん展開やなぁ……あや?高畑先生や。騒ぎ聞きつけて来たんかなぁ?」

「え、高畑先生⁉︎」

 

…今度はなんだ………?

 

向かい合っていた明日菜が慌てふためき明後日の方向へ向き直ったのを見て青年がそちらへ顔を向けると其処には三十過ぎから四十手前の眼鏡に無精髭を生やした男性が人垣をかき分け近づいて来る所だった。

 

「一体なんの騒ぎだい?もうじき完全登校時間を過ぎるよ君達」

「た、高畑先生‼︎これは、あの、ちょっとしたトラブルで……‼︎」

「明日菜君!これはどういう…」

明日菜の側に辿り着いた男性ーー高畑は自らの生徒である明日菜の姿を見て目を見開き、事情を尋ねようとしながら青年の方を見てーー

 

「っな!?」

 

見開いていた目を丸くする段階まで更に開き、驚愕の声を上げて硬直する。

 

……ぉん?なんだこの反応は?………

 

「た、高畑先生?」

「……っは!?」

 

青年が嫌な予感を膨らませていると、明日菜の声で我に返った高畑が、猛然と青年に距離を詰め、両肩を掴みながら激しい口調で問い掛ける。

 

「ナギ!?ナギですよね‼︎こんな所で何をしているんです⁉︎」

 

………増えたぁぁぁぁぁぁ!?!?

 

青年が内心で絶叫している間に話はどんどんと進んで行く。

 

「た、高畑先生のお知り合いですか、この人!?」

「い、いや明日菜君、知り合いというか……」

「タカミチ〜〜‼︎」

「ネギ君!?、こ、この人は…...」

「う、うん!父さんなんだ‼︎」

「っ‼︎違う‼︎さっきから言ってんだろガキ、俺はお前なんざ知らん‼︎」

「な!?何を言ってるんです、ナギ‼︎ネギ君ですよ、貴方の息子です‼︎」

「なんなんだよおっさんそもそも俺はアンタのことも知らねえぞ⁉︎なんだこれ集団ドッキリか⁉︎転校初日の俺に対してフリがキツ過ぎだろ!?」

「何を言って…ネギ君、一体これはどういう状況なんだ!?」

「ヒック…ここで父さんにたまたま会って、僕が息子だって言ったんだ…でも、父さんが僕なんて知らないって…!うわぁぁぁん…‼︎」

「ね、ネギ君‼︎…ナギ!幾ら何でも言っていい事と悪い事がありますよ‼︎ネギ君はずっと貴方を探していたんです‼︎」

「待てやおっさん‼︎勝手に俺がそいつの親父だと決めつけんな‼︎俺はそんなガキ見たこと無えし何処かの女に子供産ませた覚えも無え!従って他人の空似だ人違いだよ人違い‼︎」

「な、ナギ…訳のわからない意地を張ってないでネギ君を抱き締めてやって下さい!やっと出会えた父子でしょう‼︎」

「会話をしてくれよ頼むから‼︎知らねえっつってんだろ!?」

「ヒグッ……!タカミチ、どうしたら……?!」

「と、兎に角場所を移そう、大分騒ぎになってしまってる‼︎ナギ、来て下さい‼︎」

「あ、あの、高畑先生!?」

「すまない明日菜君、授業には遅れてしまうかもしれない‼︎これは絶対に何とかしなきゃいけない問題なんだ‼︎」

「うおお放せおっさん!?俺はこれから転校先の職員に挨拶に行かなきゃなんねえんだよ‼︎」

「まだ言いますか‼︎こっちは積もる話が山程あるんです、何処に雲隠れしていたか知りませんが絶対に逃がしませんよ‼︎」

「痛ででででででで!?どんな馬鹿力してんだアンタ、ギャァァ誰かぁー」

「と、父さん、大丈夫ですか!?」

 

万力の様な力で二の腕を締め付けられ、痛みに悲鳴を上げる青年にネギが心配そうに声を掛ける、が、青年はガバリと顔を上げ、あらん限りの大声でネギに向かって言い放った。

 

 

「俺はお前の親父じゃねえ‼︎」

 

 

 

「…何だったのかしら、あの親子……?」

「ん〜ようわからんけど、後で高畑先生から事情聞いたらええんちゃう?」

 

 

 

「……学園長、これは確かに………」

「う、ううむ。……しかしのぉ…………」

 

チラチラと青年の方へ視線を寄越す高畑及び、人間ではあり得ない後部に発達した頭部を持つ異形の妖怪…もとい、麻帆良学園学園長、近衛 近右衛門。その傍らには戸惑った表情のネギが控え、矢張り青年に視線を向けている。

そして室内の人間の視線を一身に受ける青年は、産まれ落ちて此の方此れ程腹が立ったことはありませんと顔に書いてある、有り体に言ってキレる寸前の顔をしていた。

 

「……それで、人違いだってのはお解り頂けましたでしょうかねえ御二方……?」

ビキビキと額に浮かんだ青筋を蠢かせつつ青年は低い声で問い掛ける。

「…う、うむ。転入届けもしかと学校で受理されているようじゃし、君が持ち込んだ身分証明書や手続き上の書類も本物と確認が取れたわい。…どうやら君は本当に只の転校生、のようじゃな」

「寧ろ只者じゃ無い転校生ってどんな奴でしょうねぇ?」

 

ハッハッハと快活な声で笑う青年だがその目は一切笑っていない。

 

「す、済まなかったね。言い訳になるが余りに知り合いと見た目がそっくりでね……」

 

高畑が今だ戸惑いながらも頭を下げる。

 

「…え、ええと、あの……すみませんでした………」

 

隣にいたネギも謝るが、こちらは傍目にも酷く気落ちした様子である。

 

…連行される前の話からすりゃ生き別れの親父か何かが俺にそっくり、ってことみたいなんだわなぁ……

 

そんな事情を聞けば知らなかったとはいえ盛大な肩透かしを喰らわせてしまった事に罪悪感を抱くが、何せ実際に何の関係も無いのだからこればかりはどうしようもないことである。

 

「う〜む、…それにしてものぉ……」

 

近右衛門が青年の顔をしげしげと眺めながら呆れた様な感心した様な唸り声を上げる。

「…そんなに似てますか?そこのガ…ネギ君、の親父さんとやらに?」

 

青年は一先ず苛立ちを飲み込んで尋ねる。流石に一切責任が無いとはいえ、気落ちさせてしまった子どもの前で拗ねた様に何時迄も怒っているのもみっともないと考えたからである。

「似ているなんてもんじゃ無いのう。あいつ(・・・)を少し若くすればそのまま君の見た目と瓜二つじゃ。高畑君が間違えたのも無理は無いわい」

 

ふむ、と近右衛門は顎髭を撫でながら思案して、

 

 

「……のうナギ?儂等にドッキリ喰らわせ様として今更引っ込みがつかんだけなら、怒りゃせんからネタばらしせんか?」

「違えっつってんだろが爺い!?」

 

 

酷く優し気な笑みと共にそう宣う近右衛門に、とうとうキレた青年は目を剥いて叫んだ。

 

「…いや、本当に悪かったわい。じゃが、此方の混乱も解ってくれい。儂も資料を見比べるまで判別が付かなかった位に君はこのネギ君

の父親に似通っているのじゃ。無礼な真似を正当化するつもりは無いが、どうか許してくれんかのぉ……?」

「……いえ、解って頂ければいいんです。お互い水に流しましょう、この一件は」

 

素直に頭を下げる近右衛門に、流石に学園の最高権力者が謝っているのだからこれ以上は引っ張らず不問に処そうと、大人の判断を下す青年。

 

「そう言って貰えると助かるわい。…麻帆良男子高等部にはこちらから話をつけておく、今日の所は寮でゆっくり休むといいじゃろう」

 

近右衛門は安堵した様に一つ息を吐き、迷惑をかけた詫びとして青年の面倒な手続きの省略にかかる。

 

「それはありがたいです。じゃ、私はこれで……」

 

ケチが付いた訳の分からない一連の出来事をさっさと忘れるべく、青年は足早に学園長室を後にする。

 

「あ、あのっ………!」

「ん?」

 

ネギの声が去り行く青年の背中に掛けられ、振り向く青年にネギは何事かを伝えようとして言葉に詰まる。そもそも自分の父に瓜二つだというこの青年に対して、明確に何が言いたいのかもネギには解っていなかった。

青年はそんなネギの姿に苦笑して、出口に向かっていた踵を返すとネギの元へ歩み寄り、ボスリと頭に手を置き、やや乱暴に撫でる。

 

「あっ…」

「…まあ、なんだ。成り行きとはいえお前さんには悪いことしたな、ぬか喜びさせて済まんかった。そっち側も強引に引っ張ってきた非があったってことで、お互い様にしてくれや」

「……、いえ、こちらこそ勘違いしてすみませんでした」

 

ネギは一瞬何かを堪える様に俯いたが、謝罪を述べる青年に対して顔を引き締め、言葉を返す。

青年は明らかに無理をしているネギの様子に顔を顰め、あー、と困った様に頭を掻きながらもネギに対して忠告をする。

 

「顔形の紛らわしい俺みたいなのに言われたくねえかもしれねえがよ、まだ小せえのに誰とも知れねえ他人にまで気ぃ使わねえでいんだぞ?人間出来てんのはそりゃ悪いことじゃ無えが、お前さんガッカリしたし、紛らわしいんだよこの野郎っ!って腹が立ったろ?それはまあ、俺の所為じゃ無えけど、お前はお前で怒る権利が有るんだ。ンなガキの頃から溜め込んで鬱屈としてっと、碌な大人になんねえぜ?」

 

差し当たっては後ろの瓢箪と眼鏡に八つ当たりでもしとけ、と、最後にネギの耳元で悪戯っぽい笑みを浮かべながら小さく呟き、青年はもう一度ネギの頭を撫でて学園長室を出て行った。

 

 

 

「……………」

 

ネギは青年に撫でられた己の頭にそっと手を触れ、閉じた扉を見つめる。

そんなネギの様子に、高畑と近右衛門は気不味そうに顔を見合わせ、やがて高畑が躊躇いがちに声を掛ける。

 

「……ネギ君、大丈夫かい?」

「……タカミチ………うん……」

 

振り返ったネギは二人が考える程に気落ちはしていない様子だったが、その代わりに眉を軽く顰め、虚空を捉えているかの様に焦点の合っていない瞳は、如何にも何事かを考え込んでいる様子だ。

 

「…何か、感じるものがあったのかのう、ネギ君?」

「学園長先生…………はい……」

 

近右衛門の穏やかな問い掛けに、ややあってネギは頷いた。

 

「あの人が、あんまり父さんに似過ぎていたからかもしれませんけれど………前に、父さんに頭を撫でて貰った時のことを、思い出したんです…………なんだか……」

 

ネギは柳眉を下げて表情を暗いものに変えながら、ポツリと呟いた。

 

「……本当に、父さんに慰めて貰ってる、みたいでした…………」

 

「…………………」

「………ネギ君……………」

 

それきり押し黙るネギに、近右衛門も高畑も掛ける言葉が見つからず、学園長室内を沈黙が支配した。

 

「…………学園長、彼は本当に……」

「………うむ…………」

 

高畑の問いは端的に過ぎるものだったが、近右衛門は意思を汲み取り、重々しく頷く。

 

「彼に関する資料は彼自身が持ち込んだ身分証や、事前に学校に送付されていた身体歴等のものだけじゃ。人をやって調べさせてはいるが一般人、と見るのが妥当じゃろうなあ……潜入や騙りが目的ならば化け(・・)てもあんな態度は取らんじゃろう」

「……ですね…………」

 

高畑も暫し考えた後に首肯する。何かを企んでいるにしては、青年の言動は余りにも非効率にして支離滅裂である。また海千山千の老獪さを備える近右衛門や高畑から見ても、青年の様子は極めて自然体のそれだ。論理的に考えるのならば、青年は極めてナギ・スプリングフィールドに容姿が似通っているだけの一般人なのだろう。

 

「………兎に角高畑君、彼の調査結果は追って伝えるわい。君は当初の予定通り、ネギ君を案内してやってくれるかのう?」

「…解りました。ネギ君」

 

近右衛門の言葉に頷くと、高畑は沈んだ様子のネギに声を掛けて学園長室を後にする。

 

「では、学園長……」

「学園長先生、失礼します……」

「うむ」

 

扉の閉じる音を皮切りに、近右衛門は大きく息を吐いて椅子の背もたれに体重を預け、シミ一つ無い天井を見上げる。

 

「……しかしのう、これで関係を疑うなという方が無茶じゃろうが。何なんじゃあの男は…………」

 

近右衛門は胡乱な眼差しで机の資料を摘み上げ、改めて目を通す。

 

 

「…麻帆良男子高等部、2ーAに転入、年齢は17……いかん、まさかとは思うがギリギリ辻褄が合わんでもない年齢じゃし………」

 

近右衛門はもう一度溜息を吐き、その名前(・・・・)を口にする。

 

「百歩譲って顔が激似なのはええとして、どう考えても狙ってるとしか思えんじゃろこの名は……顔が似とれば名前も似る訳が無かろうに」

 

 

春園(はるぞの) (なぎ)って、偶然とこれを捉えられるかい」

 

 

 




閲覧ありがとうございます、星の海と申します。この作品は作者が見た夢を元に勢いだけで書き上げてしまった完全見切り発車な作品です。折を見て更新し、完結させるつもりではありますが、作者は基本もう一つのネギま小説をメインに執筆を行っていますので、こちらの更新はやや間の開くことが多くなるかと思われます。折角読んでくださった読者の方々、申し訳ありません。単なる暇潰しの駄文と割り切って、期待を掛けずに心の隅にでもお留置下さい。話の規模としては中編を予定しております。余り話を膨らませ過ぎるつもりはありませんので、必ず完結はさせる所存です、お時間のある時にでも見かけた際には、暇潰しのつもりで気軽にお楽しみ下さい。
それでは、お付き合い頂きありがとうございました。

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