俺はお前の親父じゃねえ‼︎   作:星の海

2 / 6
お待たせしました、第2話です。


2話 その女の心情は

「……あーもうスッキリしねえな畜生っ‼︎」

 

旅装の青年ーー春園(はるぞの) (なぎ)はその端整な細面を不機嫌そうに歪めて吐き捨てる様に悪態を()いた。

モヤつく原因は無論、先の壮大な人違いによる連行によって無駄な時間を喰った事に関してだが、凪の腹の底に渦巻いているのは怒りよりも罪悪感、と表現すべきものの方が割合として多い。

 

…阿呆臭え、勝手にあっちが人違いして勝手に連れてって勝手に肩透かし喰らっただけじゃねえかよ。俺になんの落ち度が有るってんだ……

 

何とも人の良い己の心情を嗤う凪だが、己に非の無い事を再認識した所で一向に気分は晴れない。

 

「……ムシャクシャするぜ、ったく。熊でも狩りに行きてえなー……」

 

実家の山が恋しいぜ……と早くも遠い目をして郷愁の念を孕みながらカラコロとキャリーバックを引き摺る凪に対して、唐突に横合いから声が掛かった。

 

「ほぉ〜〜う……?ならストレス解消に付き合ってやろーか転校生」

「あ?」

 

凪が声の方向に首を振ると、そこには裸足に空手着を着たオレンジ髪の、後頭部を三つ編みにした男が不敵な笑みを湛えて腕を組み、桜の樹に寄り掛かった体勢で凪を見つめていた。

 

「……誰だてめえは?」

「俺か?俺は中村 達也。女の子と空手に人生を捧げているしがない武道家の一人よ。趣味は覗…ナンパとイケメンをボコるこったな」

 

モロに不審者を見る目付きで胡乱気に問い掛けた凪に惚けた返事をしてから、中村はよっこらせと凭れていた背中を伸ばし、爽やかな笑顔と共に宣言した。

 

「うし、じゃあ闘るか」

「…………何言ってんだお前…………?」

 

色々過程を飛ばしまくっての中村の言に、凪の視線は不審者からキチガイを見るそれに変わった。

中村はそんな色んな意味で冷たい眼光にもめげず、というか気にせず、あっけらかんと言葉を放つ。

 

「なんだよ察しの悪い奴だなオイ……俺のライフワークは顔の良い野郎を半殺しにすることだってさっき言ったろが?」

「通り魔かよ!?」

 

凪は全力でツッコミを入れた。

 

「安心しろ、理由はそれだけじゃ無え……先程チラッと気になる噂を聴いたんだがな、なんでも赤毛の超イケメンが自分のガキを認知しねえとか何とか、そんな糞ったれた噂を小耳に挟んでよお……」

「その噂になってんのは確かに俺だが一から十まで誤解だよクソがぁ‼︎」

 

よく見れば目が全く笑っていない中村の語ったあんまりな話に凪は思わず絶叫した。

 

「トボけんじゃねえヤリ捨て男がぁっ‼︎望まぬ妊娠泣くのは女っ‼︎何時だって性の被害者として泣く羽目になんのは弱い女子供なんだよ!俺ぁ助平な自覚があるが強姦魔痴漢無責任野郎には人権を認めて無ぇんだよ覚悟しろオラァ‼︎」

「人の話を聞けや誤解だって……!?…畜生厄日だ‼︎今確信したぞ今日は人生で一番の厄日だ糞ったれぇぇぇぇ‼︎‼︎」

 

踊り掛かって来た中村を何とか躱した後、ヤケクソ気味な叫び声を上げながら凪は全力で走り出す。

 

「誰かぁぁぁぁっ‼︎火事だぁぁぁぁぁぁっ‼︎」

「他人を集める際の常套句叫んで逃げんなゴラァ‼︎皆さーん、性犯罪者が逃げてます逮捕にご協力をぉぉぉぉぉぉ‼︎」

 

キャリーバックを担いで脱兎の如く凪が走り出し、中村が怒号を上げて後を追うリアル鬼ごっこが幕を開けた。

 

 

 

「うらぁぁぁ、待ちやがれぁぁぁ‼︎」

「待てと言われて待つ阿呆が居るわけ無えだろ阿呆がぁっ‼︎」

 

全力で叫び返しながらも凪は歯噛みする。

 

……存外鍛えてやがる、俺が振り切れねえとはどういうスタミナしてんだあのヤンキー空手野郎………‼︎

 

凪は幼い頃から野山を駆けずり回って鍛えられた頭抜けて強靭な足腰とスタミナを持っており、どれ位強靭かと問われれば齢13にして山中、熊に至近距離で捕捉されてから普通に走って逃げおおせられる程度には人間離れした強靭さである。

更に成長を遂げた現在ならば、素の身体能力のみで(・・・・・・・・・)ある程度障害物が有って入り組んだ地形でさえあればチーターからも逃げ切れると自負していたが、その健脚を持ってして頭の悪いチンピラの様な外見をしている中村 達也という男を、凪は一向に振り切ることが出来なかった。

 

「逃、げ、て、ん、じゃ無えよヤンキーパパ野郎ぁっ‼︎今から振り向かねえと後悔すんぞてめえぁぁ‼︎」

「ンな見え見えの手に誰が引っかかるかボケェ‼︎」

 

ほぼ全力疾走に近いペースで走り続けてもう五分以上になるというのに、息も切らしていない様子で怒号を飛ばして来る中村にこちらも元気に怒鳴り返し、戯けた台詞を一蹴する。

凪にした所でまだまだスタミナは余裕であり、何ならこのままあと一時間は走り続けても良い位である。兎に角詰まらない挑発に付き合わなければ追い付かれる心配は無さそうだと凪は判断し、その内何処かで速度を一気に上げて振り切る算段を立てつつ脚を繰り出す。

 

……このまま単純に直線軌道を走ってても逃げ切れねえ、良い頃合いに市街地が見えて来たから適当な表街道から裏路地にでも………!?

 

思考の途中、背後で生じた異様な気配に背筋が凍り付く様な危機感を覚えた凪は、速度が鈍るのを承知で首を後方に捻じ曲げ、後方の中村の姿を視界に捉える。

 

「…っっ!?......はぁ!?」

 

 

 

そして凪の表情が驚愕に歪み、その口から掠れた悲鳴が上がった。

 

「後悔するっつったろが優男ぉっ‼︎」

 

走りながら右手を開いて体軸の横に構える中村。その掌には光り輝くオーラの様な何か(・・)が収束して、人の頭程もありそうな眩い光弾が生み出されていた。

中村は光弾を浮かべる右手を軽く後ろに引いて掌底打ちの要領で腕を振り抜き、高らかな叫びと共に光弾を矢のような速度で凪目掛けて撃ち出した(・・・・・)

 

裂空掌(れっくうしょう)っ‼︎」

 

大気を裂き、風を孕みながら光弾が凪へと迫る。

 

「ちょ、オイ待て待て待て待てぇっ!?」

 

凪は迫り来る光弾を前に、最早形振り構わぬ全力疾走に速度を切り替え、キャリーバックを放り捨てつつ悲鳴を上げた。

 

……なんだこりゃあ!?明らかに当たったら、唯で済まなそうな……「代物を他人にぶっ放してんじゃ無えよ通り魔野郎ぉぉぉぉぉっ‼︎‼︎」

 

思考の後半を全力の怒喝として口から放ちつつ凪は思い切り斜め前方に跳躍し、その身を投げ出した。

それは着地はおろか受身すらも考慮せず、ただ己が身体が振り絞れる全力を用いてその身を宙に投げ出す捨て身のダイブ。またの名を米国アクション映画式大跳躍(ハリウッドダイブ)という。

下手な保身を考えない全力回避が功を奏してか、ほぼ不意打ちに近い形で放たれた光弾は凪の腰元ギリギリを服に掠めたのみで前方へ抜け、直後に凪はアスファルトの大地に勢いを付けたボディプレスを仕掛ける羽目になった。

 

「ぐえぇっ‼︎」

 

咄嗟に顔だけは腕で庇ったものの腹と胸を同時に強く打ち、凪は潰れた蛙の様な悲鳴を上げる。が、直後に凪は両手両足を地面に叩き付けて跳ね起き、一瞬の停滞も無く疾走を再開した。

 

「っ!おのれ猪口才な‼︎」

「ゔるぜえボゲ‼︎」

 

光弾を直撃させて打ち倒すか、躱してスピードの落ちた所を捕まえるつもりだったらしい中村は眦を一層吊り上げて憎々し気に吐き捨て、負けじと凪は衝撃に濁った声で叫び返した。

 

「っっ〜〜‼︎、あ゛あ゛クソ痛ってえっ‼︎‼︎てめえよくもあんな得体の知れねえ…!?」

 

身体の前面からじわじわと沸き上がって来る激痛を叫んで紛わし、物騒なものを撃ってきた中村へ凪が怒りと共に文句を叩き付けようとした瞬間、何かが爆発した様な破砕音が前方から鳴り響き、凪は思わず走りながら後ろに捻じ曲げていた首を前に向け直して、音のした方を見やる。

すると、人一人が潜り抜けられそうな程の大穴からもうもうと粉塵を上げる、何かの倉庫とおぼしき建物の一面であるコンクリ壁の惨状が凪の目に飛び込んで来た。

 

「…………っっ……!?」

 

洒落になっていないにも程がある破壊跡を半ば呆然と横目に見ながら走り抜け、我に返って声にならない悲鳴を上げた凪は勢いよく首を再び後方に向けて中村へ怒号を上げる。

 

「てめえは俺を殺す気か!?なんてもん飛ばして来やがんだクソ野郎‼︎‼︎」

「五月蝿ぇカスが‼︎大人しく俺様の制裁を受けねえからだよタコ、貴様が鳴かせた……もとい泣かせた女に懺悔の言葉を残してハイクを詠めやぁ‼︎」

「だから違えって言ってんだろが!?俺は単にその噂のガキの親父に顔が瓜二つなだけのしがない学生だボゲ‼︎大体あのガキャ小学生半ば位だろ、ンなでけぇガキが高2の俺に居るわきゃ無ーだろ‼︎」

「ああ⁉︎そんなんてめえが歳誤魔化してるかてめえが自分の息子よりも幼い時期から女襲ってやがったのかのどっちかだろうがこの外道がぁ‼︎」

「なんでそうなんだよ!?」

「五月蝿え沈めや裂空掌(れっくうしょう)ぉあ‼︎」

「危ねえ!?てんめ……‼︎…逃げきったら覚えてやがれよ必ず警察に突き出してやんぞ脳足らずがぁ‼︎」

 

ギャアギャアと互いを罵り合いながら二人は麻帆良のシンボル、青々とした枝葉を繁らせ、都市の一角にてその巨体を雄大に見せ付けている、樹高100m越えの巨木。通称世界樹の方角へと高速で移動して行く。

 

そうして街を駆け、森を抜け、川を越えて。巨大なる樹木の、まるで小山が連なっている様に張り出した根の元へ二人が辿り着いた時には、既に逃走劇(リアル鬼ごっこ)が開始してから2時間近くが経過していた。

 

 

「はぁーっ、はぁーっ、……っはぁっ‼︎…糞が、マジで、しつこいぞてめえ………‼︎」

「ぜぇ…ぜぇ……!……へっ、てめえの、往生際の悪さには、負けるっての………‼︎」

 

優に十数kmの距離を争いながら全力疾走して来た二人は、流石に息も絶え絶えな様子で足を止め、5m程の距離を置いて睨み合っていた。

 

「まあ、いい。あてめえも観念したみてえだしなぁ‼︎安心しやがれ、肋骨全損して1、2ヶ月病院のベッドで呻くだけで勘弁してやらぁ」

「人は、それを半殺しと呼ぶんだよ…どこら辺を勘弁してんだ脳足らず。……生憎だなオイ、どうやっても振り切れねえみたいだしてめえはやり過ぎだし、いい加減堪忍袋も限界なんでよぉ…遅まきに過ぎるがてめえの喧嘩買ってやんよ。記念すべき転校初日からミテラとの約束破らせやがって、てめえ前歯で済むと思うんじゃねえぞオラ」

 

あ゛あ゛!?と完全に喧嘩上級者の如きメンチ切りと共に凪は指をバキボキと鳴らしながら中村に向かって一歩踏み出した。

 

 

「あぁ〜〜ん?遂に開き直りやがったか精巣爆裂男が。上等だゴラそこまで言うならきっちり砂にしてやるわ覚悟しろや」

 

中村は燃える義憤と燃え盛る嫉妬を胸に、目の前の嫌みな程に整った顔をしている優男に向かい拳を構えた。

麻帆良に一定数生息している、良い歳をして世界最強とかその道の頂点とかを目指している少しばかり時代錯誤な生き方をしているBUDOUKAという生き物の一人、中村 達也が早朝鍛錬後の日課である岩砕きを終えて、刻一刻と迫る完全登校時間など気にもせず悠々と学校へ向かう途中、道行く女子達の姦しいお喋りを聞くとも無しに聞いている内にある非常に不愉快な話を知った。

それはとある男が偶然実の子に再会した事に端を発するらしい。自分にきちんと父として接してくれ、自分を息子と認めてくれ、という年端もいかない息子の涙ながらな訴えを素気無く拒否し、俺はお前の親父じゃ無え‼︎などと関係性を全否定したのだという。

中村は怒った。それはもう大層に怒った。話を聞く限りでは、そのあまりな非道っぷりに憤った麻帆良の広域指導員である高畑・T・タカミチ教員、通称死の眼鏡(デスメガネ)によって男は連行されたらしいが、中村の怒りは収まらない。男は息子の母親に対しては完全に遊びであり、子供が出来たと知った途端に蒸発した。その後心労から病に倒れた母を救う為にその息子は父を探して方々を彷徨い歩いたのだという。

 

中村 達也は女が好きだ。もっと言うなら女の子とのチョメチョメに興味津々な思春期のリビドーを持て余す健全なエロ男だ。故にこそ学生たるもの節度ある清き付き合いを〜、なんてお堅い口上など糞食らえと思っているし、それについて自分の衝動を恥ずかしい等と思ってもいない。

しかし、そんな自由恋愛風潮は野郎の方に責任を取る覚悟と能力があってこそだとも、同時に中村は考えるのだ。愛の無いS○Xを否定する訳でも無いが、そうで無いなら羽目を外すのは良いとして、出来たと言われて身に覚えがあるのならウダウダ言わずに覚悟を決めろと彼は常々思っていた。

故に中村は、『そうだ、糞野郎を殴りに行こう』と、旅行に行く様なノリで凪に喧嘩を売ったのだ。

そして人伝てに行き先を尋ね、学園長室のある校舎の周辺で待ち伏せ実際に遭遇してみれば、非常に稀に見るレベルのイケメンだとは聞いていたが成る程、なんだかんだで顔面偏差値の非常に高いこの麻帆良学園都市においても頭一つ抜けた超の付くイケメンであり、これならば弄ばれる女が居てもむべなるかなという感じだ。

 

……なれば制裁を加えねばなるまい‼︎泣いた女達の恨みを晴らす為、これから泣かされる女を作らぬ為、愛されぬ子供の無念を救う為、そして全世界の非モテ男子の怒りの代弁の為、何よりも俺自身のイケメンに対する嫉妬を解消する為にぃっ………‼︎

 

中村は義憤4割、私怨6割の比率で怒りに対して燃料を焼べ、正義は我にあり(と、いうことにして)生き生きと距離を詰めに掛かる。

 

……こいつはかなり鍛えてるみてえだが、俺の放った気弾になんだそりゃあ的なリアクションして驚いてやがったから、気が発現するまで行ってねえか出来てても無意識的にしか気を使えてねえ、って理屈にならあな。ンな若葉マークの初心者恐るるに足りんわ‼︎…………

 

気とは、人が厳しく己の肉体を鍛え上げることによって発現する、『オーラ』や『ストラ』等の別名で呼ばれる超常的な力であり、その存在が人体に与える影響は凄まじい、の一言に尽きる。

それは全身の骨や筋肉をより強靭(つよ)く、頑丈にし、時に全身の神経伝達物質すら操って時間の流れを変えさせ、不壊の鎧、無形の刃と成り武具と成り得る。

中村が追跡劇の際に凪へ放ったのは、その気を弾丸の様に収束させて物理的破壊力を持たせ撃ち放つ、公には『遠当て』と呼称()ばれる基本的な外気の運用法だ。

他にも中村は内気による身体強化をかなりのレベルで行える、真面に勝負をして負ける気は欠片もしていなかった。

そうして中村がジリジリと距離を詰め、一足跳びに襲い掛かれる間合いまで詰めに掛かるのを余所に、凪は肩幅に足を開いて垂らした両腕の肘を軽く曲げ、瞑想でもしている様な姿勢で目を軽く瞑る。

 

「…………あん?………………」

 

目の前の中村を前にしてあまりに無防備なその動作に、中村が思わず疑問の声を洩らした、その時。

 

「……リミッター、解除ぉっ‼︎」

 

カッ‼︎と目を見開いて凪が叫び、その全身が眩く輝くオーラの様な流動する光に覆われた。

 

 

「…………は?」

「死ねオラ」

 

 

予想外の事態に目を点にした中村の眼前に、次の瞬間凪が放った飛び蹴りの靴底が映し出されていた。

 

 

 

凪は全身に纏った光によって湧き上がる圧倒的な全能感に酔い痴れ、気分が高揚するのを感じる。

 

……浸らない様にしねえとな………………

 

脳裏に浮かぶ母の様な姉の様な、自らが唯一慕う家族の心配気な表情を思い出し、凪は暴走気味の感情を抑える。

これ(・・)はとても危ない力だ。怒りに任せて振るえば待っているのは凄惨な結末だと凪は理解している。

そう、簡単に人が殺せる(・・・)力だと。

一つ頷いて感情に折り合いを付け、凪は改めて目の前の中村を見据える。

ポカンと口を開けているその間抜けな面をまじまじと見た凪の脳裏に、この2時間ばかりで中村から仕掛けられた数々の暴虐な仕打ちが甦った。

 

……ああ、うん。やっぱ半殺し位にはしていいやな…………

 

あっさりと自制を取っ払った凪は、五体から溢れ出る力を下半身に集約させ、腰の捻りと足の踏み込みだけで軽々と己が身体を高速で射出する。

空中で勢いを付けて前回りに一回転、回転の終わりに遠心力と身体の勢いを乗せた右脚を槍の様に打ち出す、空手で言う飛翔蹴り、理解(わか)り易く言うならばラ◯ダーキックが中村の顔面に迫る。

 

「……っ!?のあっ!?」

 

しかし中村は蹴りの顔面直撃寸前で我に返り、半身を退き左下方へ仰け反るようにして攻撃を回避した。

 

……なんだ、口だけじゃ無くてマジに強えなこいつ…………

 

凪は格別過剰に手を抜いたつもりも無い飛び蹴りを避けられた事に少しばかり驚いた。驚きつつも、凪の折り畳まれていた逆脚が下方へ突き出される。

中村の頭上をすれ違い様にその顔面を踏み付け、足場として街道横の街路樹へ向けて凪は跳躍した。

 

「ぶげっ!?」

 

仰け反った体勢で上から顔面を踏み付けられた為に、潰れた蛙の様な悲鳴を上げて地面に倒れる中村。

そんな中村を尻目に、凪は街路樹の幹に両脚で横向きに着地した。両脚を撓め一瞬重力を無視して静止、直後上体を斜め下方に降り身体全体を縦回転させながら街路樹を蹴り付け急速射出。倒れた中村に、飛び出した勢いと回転運動の全エネルギーが乗った縦3回転胴回し回転蹴りが真面に腹へ喰い込んだ。

 

「ご……はっ!?」

 

ミキリ、と肋骨(ほね)の軋む音を腹の中で響くのを感じると同時に上がって来た激痛に、中村から苦痛の声が上がる。

 

「ざまあ見晒せトサカ頭が、他人を噂だけで軽々に追い込む様な真似すっからこうなんだよ」

 

軽やかにトンボを切って着地を決めてから、凪は中指を突き立て中村に舌を出しながら言い捨てる。

 

「……上っ等だ糞イケメン、どうやら俺様としたことが見誤ってたみてえだなぁ。()とは違うみてえだがそこま動けんならまあ、関係無えやな……本気(マジ)で闘ったるわ」

 

ゆっくりと起き上がった中村はゴキリ、と首を鳴らし、据わった目付きでそう宣言して、再び構えを取った。

 

「タフだなオイ、熊の顔面に決めたら倒れるくれぇの勢いで蹴りくれたんだがよ」

 

()る気満々に摺り足で距離を緩やかに詰めて来る中村が放つ闘志に凪も憎々し気な笑みで応え、こちらは両腕をだらりと垂らした自然体で無造作に一歩目を踏み込んだ。

 

「「………………………………」」

 

互いに言葉が途切れ、対照的に距離を詰める二人はあっという間に互いを互いの間合いに捉える。

 

 

「死に晒せや女の敵がぁぁぁぁ‼︎」

「違えっつってんだろがボケェ‼︎」

 

 

凪がノーモーションから身を投げ出し気味に放った拳と中村が爆発した様な飛び込みから放った刻み突きが交差し、互いの顔面に突き刺さる。

 

そしてそれが長い喧嘩の幕開けだった。

 

 

 

 

 

 

「痛ってぇなチクショー、此処まで闘りあってバトルの原因がそもそも事実無根とか巫山戯んなよ、ったく……」

「だ・か・ら・俺は誤解だって何べんも言ったろうがトリ頭が‼︎巫山戯んなはこっちの台詞だ糞が人生ン中でダントツの厄日だ今日はコンッチクショァァァァァァ‼︎」

「うぉぉぉい!?悪かった、悪かったから此処であんまり騒がんでくれ頼むから!さっちゃんの店出禁になったら俺ぁ絶望どころじゃ済まねえんだよ‼︎」

 

青痣と裂傷と打撲痕で元の1,2倍程に顔を腫れ上がらせた中村の戯けた言葉に凪が激昂して席を立ち夜空に向かって咆哮する。周りの厳つい御面相をした連中が一斉に凪と中村を睨み付け、中村はやや焦った様子で両手を合わせて頭を下げて凪を宥めに掛かる。

 

あれから騒ぎを聞いて駆け付けた広域指導員に止められるまで延々と半ば殺し合い地味た喧嘩を続けていた二人だが、漏れなく拘束されて広域指導員の詰め所に連行され、其処で学園側に連絡を取ることによって中村の凪に対する誤解は綺麗さっぱり解けた。

メンゴメンゴと軽い様子で謝罪する中村に凪は再びブチ切れる寸前まで行ったものだが、なら晩飯好きなだけ奢っからチャラにしてくれや、との中村の提案に如何にか矛を収め、中村の知る1番美味くてしかも安い店、との高評価を誇る屋台型中華料理店、超包子(チャオパオズ)までやって来て現在に至るのだった。

 

「いいか、言っとくが俺は死ぬ程食うからな、蒼ざめて泣き付いても金はビタ一文出さねえぞ」

「わざわざ断り入れる辺り面に似合わず律儀だねぇお前。心配すんなこれでも本気(マジ)に悪かったとは思ってんだ、お前は女の子じゃ無えから態度は良かねえけどケジメはしっかり付けるのよ俺」

 

こちらも絆創膏だらけの顔で睨みを利かせつつ凄む凪にヒラヒラと手を振って答える中村。

喧嘩をしたら親友(ダチ)等という熱血少年漫画的な理論を信ずる程二人は単純な訳でも無く、凪の方はまだいっそ敵意を覚えている位だった。が、曲がりなりにも二人はここ数時間罵倒が大半とはいえ言葉を交わし、正面からやり合った。結果、何となくだが凪は中村の人と成りが解った様な気になり、良くも悪くも単純なバカなのだと中村の性質気質を理解した。

納得は出来ないしただ水に流すのも癪ではあるが、普通に接していれば悪い奴では無いので、凪はもういいか、と多少投げ遣りな気分で癇癪を抑え込んだ。

 

ー 駄目ですよ、此処は楽しく食事をして頂く為の場なんですから ー

 

と、多少不貞腐れながらも凪が中村と和解を果たしていると、小さく囁く様な、しかし不思議と耳にするりと入り込んで来る不思議な声音をしたコックコート姿のふくよかな少女が、軽く眉根を寄せて凪と中村を叱る様に告げた。どうやら二人の元に料理を届けに来たらしい。

 

「いやーさっちゃん済まねえ!こいつ麻帆良に今日転校して来たばっからしくて暗黙のルールってのにまだ疎いんだよ。紛らわしい話は他所でやっから、どうか出禁は勘弁してつかーさい‼︎」

 

へへー‼︎と中村が丸テーブルに額を擦り付けて迄の低姿勢で少女に謝る。凪も主に自分が騒いでいた手前バツが悪くなり、少女に向かって頭を下げた。

 

「申し訳無い、以後気をつける」

 

ー はい、お願いします ー

 

軽く微笑んで少女ーー四葉 さつきはそう返すと、手際良くテーブルに料理を並べ終え、一礼して屋台に戻っていった。

 

「……あの子は?感じのいい娘だけど此処のバイトかなんかか?」

「お?てめえさっちゃんに目ぇ付けるとは中々解ってんじゃねえか。とはいえ止めとけ、多分ただ顔が良くても靡いちゃくれねえぜ超包子(ここ)の料理長様は」

「そんなんじゃねえよ……料理長?あの娘が?いいとこ中学生位にしか見えねえぞ」

 

したり顔で中村が吐く言葉の中に聞き捨てならないものがあり、凪は顔を顰めて疑わし気に問い返す。

 

「嘘じゃ無えし中学生ってのも当たりだよ。あの歳で厨房を一手に仕切ってるから凄い娘なんじゃねえかよさっちゃんは。万人受けはしないかもしれねえが十二分に可愛いしなぁ」

 

スレンダーはスレンダーで良いがムチッとした娘も良いよなぁ、とニヤつきながら呟く中村を凪は半眼で見遣るが、しばらくして首を振り料理を取り分け始める。

 

「お前の好みはどうでもいい。んじゃ貰うぞ」

「ん、おお。さっちゃんの激ウマ飯食って腰抜かすなよ?」

 

 

 

 

凪は一心不乱に焼飯を掻き込み、青椒肉絲をせっせと口の中に放り込みんで、小籠包をハフハフと口の中を熱しながら頬張る。最早凪は食欲の権化と化していた。

 

「本気に美味えなオイ!」

「だべや。偉大なるさっちゃん大明神様の恩恵をその舌と胃袋でしかと受け止めやがれ」

 

ケケケと笑いながら油淋鶏を頬張る中村を前に、昼から何も食べていなかった凪は三大欲求の一つが上質な食事によって満たされていく幸福に、思わずホウ、と満足気な吐息を洩らす。

 

「…あーあれだ、今日は目の前の馬鹿面の襲撃を含めて1日最悪の連続だったが、飯が美味いと全部許せる気になってくんぜ……」

「そりゃ良かったわ、まあ遠慮しねえでどんどん食えよ。も少しお前にゃ聞きてえこともあっしなー」

 

もしゃもしゃと口の中いっぱいに料理を頬張りながら中村が凪に告げる。

 

「聞きてえこと?」

「ほら、お前と俺捕まえたゴリラが無理矢理人に変態したみてえなゴツい広域指導員がお前になんか態度が変だったじゃねえかよ。あの暴虐教師のあんな様子見たこと無えから気になってよぉ」

 

中村の言葉に思い返すのは、プロレスラーか何かの様に筋骨隆々な体躯をした巌の如く厳しい顔をした教師の言動である。

短い沈黙を挟んだ後に、凪は呟いた。

 

「…………魔力(・・)とか何とか言ってたな、あのゴッツイ教師」

「……あ〜ん?んじゃ何か?お前の力はMP(マジックパワー)消費したバ◯キルトか何かか、若しくはリリ・狩る、本気(マジ)・狩るな魔法少女の血統だってか凪っち」

「ンな訳無えだろ、つぅか馴れ馴れしいな呼び方が!?……冗談か何かじゃねえのか、何でもねえって言ってたしよ」

「あのゴリポン冗談言うようなキャラしてねんだよなー、……ま、いいや、明日にでも問い質しゃあ」

 

新たに炒飯を取り分けつつ中村がそう独りごちる。

 

「スッキリしねえ口ぶりだなオイ………まあ俺にはどうでもいい話だわ、これおかわり頼むぞ」

本気(マジ)に食うなお前…いいけどよ」

 

すんませーん、と中村が店員を呼び、出てきた細身の姿に相好を崩す。

 

「おっ!喜べ凪っち、超包子(チャオパオズ)二人目の看板娘だ茶々丸ちゃんだぜぃ‼︎」

 

その言葉に凪が振り返れば、チャイナ服を着た緑髮の少女が此方に向かってゆっくりと歩んで来るのが目に入る。

凪はその見事に体軸のブレていない静かな歩法をする少女をしばし眺めてから、首を正面に戻す。

 

「……ロボットなんじゃねえのあの娘?」

 

そのチャイナ服の少女ーー絡繰 茶々丸は剥き出しになっている肩や肘、横のスリットから見えている膝等の関節が人形の様な球状関節になっており、耳のあるべき場所にはアンテナの様な角の様なものが一体化している。どう考えても中華屋台に相応しいコスプレでは無い以上、人間がフリ(・・)をしている訳ではない筈である。

 

「そーよ、噂じゃ麻帆良工学部の最新科学技術の集大成により生まれたんだとさ。まあそんな起源(ルーツ)は如何でもいいとしてロボ娘っていいよなロボ娘って!」

「呑気でいいなお前は……頭痛くなって来たぞ俺は、どんな所だよ麻帆良って…………?」

「難しく考えてっと此処じゃ長生き出来ねえぜイケメン野郎」

 

凪が中村のお追従を無視して頭を抱えていると、(くだん)の茶々丸が注文を取りにテーブルの前まで来た。

 

「…ご注文を伺います......っ!?」

 

無表情のまま完璧な一礼を果たした茶々丸が定型通りの文言を唱えた後、何故か凪の顔を一瞥して僅かに目を見開いた。

 

 

………………ん?………………

 

 

この日何度か目撃したその表情、則ち驚愕を意味するその顔に、凪はロボットなのに表情変えられるんだな、等の感嘆が浮かぶよりも早く走った嫌な予感に身を固くする。

最も茶々丸の表情変化には凪以上に驚いたらしく、中村が口をOの字に開いて茶々丸へ問い掛ける。

 

「ち、茶々丸ちゃーん!?凪っちの顔をそんなに見つめてどうしちゃった訳ぇ、やっぱり男は顔、顔なの!?」

「……?、質問の意図が不明です、お客様」

 

既に元の無表情に戻っていた茶々丸が首を軽く傾げて中村に返答し、その後凪の方に顔を差し向けて淡々と言葉を紡ぐ。

 

「失礼致します、お客様のお名前はナギッチ様でよろしいでしょうか?」

「いやよろしく無えよ」

 

ある意味頓珍漢な質問に凪は肩をガクリと傾げながら答える。

 

「それはそこのオレンジ髪が勝手に呼んでる渾名?だ。俺の名前は凪だよ。……それがどうかしたか店員さん?」

「……いえ、特に意図有っての質問ではありません。無粋な問い掛けをお許し下さい」

 

僅かな沈黙の後にそう答えた茶々丸は、その後何事も無かった様に二人の注文を取ると一礼して去っていった。

 

「……なんだありゃ?」

「て、テメェまさか茶々丸ちゃんに一目惚れされたんじゃねえだろうな………!?」

「いやあの娘ロボなんだろ?ロボ娘って一目惚れすんのか?大体そんな感じの反応じゃ無えだろアレは」

 

何なんだおい、と内心で呟き、凪はぐでりと椅子にもたれ掛かりながら脱力する。中村が何か喚いているが努めて無視した。

 

…………あー、疲れたなオイ………………

 

美味い飯のお陰で多少はマシな気分になったし、食い終えたら寮に帰って今日はもう寝よう、と凪がぼんやり考えながら料理を待っていると、何やら後方から話し声が聞こえる。

 

「マスター、彼方の方です。以前に拝見した写真との骨格一致率は91%を超えている為、同一人物の可能性は極めて高いかと」

 

……あれ、これさっきのロボ娘の声じゃね?………………

 

料理が来たのか?と凪が振り返ろうとした瞬間、凪は突然何者かに襟首の辺りを横合いから掴まれた。

 

「あ?」

 

すわ何事かと首を向ければ、其処には小学校高学年程度の腰まで届く綺麗な金糸の髪を戴く、まるで最高級の人形(ビスクドール)が如き完成された美貌を持つ少女が立っていた。

少女は折角の整った面立ちの眦を吊り上げ、やけに尖った犬歯を剥き出しにして口元を歪めている。

 

「…………お嬢ちゃん、なんか俺に用かい?」

 

一種人間離れした美しさと鬼気迫る表情に気圧されていた凪が漸く我に返り、そう問い掛ける。

すると少女は吊り上げた眦を一層見開き、僅かに驚いた様子になり。

その直後に顔が歪み、怒りや悲しみが混ぜこぜになった形容し難い表情を形作る。

 

 

「っ〜〜〜‼︎、ナギィィィィィィィィッ‼︎‼︎」

「っおおああああっ!?」

 

 

次の瞬間、凪の身体から重みが消え去り、綺麗な放物線を描いて地面へと叩き付けられた。

 

 




閲覧ありがとうございます、星の海です。いやはや主人公、まだ麻帆良に来てから1日も経っていないのに散々な目に遭っていますね笑)早速遭遇致しました、エヴァ様です。次回、主人公の長い1日が漸く終わります。先ずは命があることを祈ってやって下さい 何)主人公のスペックに対してもチラリと描写がありますが、詳しくはまた次回をおま下さい。一つ言えるのは、結構並ではありません、この男。
それではまた次話にて、次もよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。