俺はお前の親父じゃねえ‼︎   作:星の海

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お待たせしました、今回はほぼシリアスです。


3話 その青年の想いは

人を待つのは耐え難い行為だ。ましてやそれが来るかどうかも解らない者を待つならば尚更に。

 

15年という歳月は、余りに長い化生の生の中では一瞬の微睡みの様な時間でしか無いというのに。

それなのに私には、少しばかりそれが永過ぎた。

 

漸く、逢えたじゃないか、ナギ。私に、逢いに来てくれたのだろう?

いや、最早そうで無くとも構わない。お前が再び、私の前に現れてくれたのならば、もう、理由など如何でもいい。

 

……なのに、何故だナギ。

 

…………如何して、私を他人の様に扱うんだよ……………………

 

 

 

 

 

 

「…………何が、どうなってんだこりゃ?」

 

麻帆良に在籍する学生にして武道家、中村 達也は目の前の光景に思わずそう、言葉を洩らした。

 

 

「もう一度、言ってみろナギ‼︎貴様先程なんとその口から吐いた!ああ!?」

「ガッ…‼︎……お゛い待て…ゔゔんっ!、嬢ちゃん‼︎なんだよいきなり!?……」

 

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

麻帆良女子中等部3ーAの一員にして一部の幼児性愛者(ロリペド野郎共)に熱い人気を誇る絶世の美(幼)女にして何故か同じクラスメートであるロボ少女、絡繰 茶々丸を従者として街外れのログハウスに暮らす謎多き金髪幼女。基本的に無愛想を通り越して排他的にして閉鎖的な性格をしており、他者と殆ど関わりを持つこと無くひっそりとした日々を送っている。

 

それがエヴァンジェリンに対して中村が認識している情報であり、一言で表すならば取っ付きにくいロリっ娘というのが相応しい。

しかしそんな認識を根底から覆すかの様に、現在(いま)のエヴァンジェリンは猛り狂い、激昂していた。鬼女の如く眦を吊り上げ、大地に叩き付けた凪の上に馬乗りになって首を絞めに掛かっていた。

 

「なん、とか、ほざいたらどうだナギィッ!?」

「…………あーそうかよそういう事かよ‼︎糞が事情が大体解っちまったよオイ!また、またあのガキの親父か畜生っ!?」

 

文字通り噛み付かんばかりなエヴァンジェリンだが、勢いとは裏腹に凪がその細い両手を掴んで引けば、簡単に首を絞めていた手は引き剥がされた。

 

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは真祖の吸血鬼である。本来ならば鍛えているとはいえ未だ一般人の枠を越え切らぬ凪の力で太刀打ち出来るものでは無い。

しかし、エヴァンジェリンは学園都市の結界、及びナギ・スプリングフィールドの掛けた呪いによってその力の殆どを封印されている。今や満月の夜だろうと並みの魔法使いを下回りかねない力しか発揮することの出来ない彼女の腕力(かいなぢから)では、凪を拘束することは叶わない。

 

凪は掴まれた両手を振り解こうと暴れるエヴァンジェリンをゲンナリした表情で見上げながら上体を起こし、馬乗りになっていたエヴァンジェリンを抱え込む様に起き上がる。

 

「っ‼︎ナギ、貴様………‼︎」

「お嬢ちゃん、よ〜く聞いてくれ。大事なことだ」

 

熾火の宿る瞳にしかと視線を合わせ、凪は可能な限りの真摯な姿勢でエヴァンジェリンに語り掛けた。

 

「何を言ってる、ってな感じで受け入れ難いというか信じられんかもしれないが俺はナギ・スプリングフィールドじゃあ無い、顔が瓜二つなだけの別人だ。学園長先生辺りに確認を取って貰えば証拠になる。一旦落ち着いて、よく俺を見てくれ。俺は本当にあんたの知っている男か?」

 

「……………………っ‼︎……………」

 

至近距離で眼と眼の合ったエヴァンジェリンの顔が憤怒に赤く染まり、凪がうわヤベぇキレたと首を竦めた次の瞬間。

 

エヴァンジェリンはくしゃりと顔を泣きそうに歪ませて、掴まれた両手のみならず全身から力を抜く。

 

「……え……?…………」

「………ぅ、いい…………」

 

その心底傷付いた(・・・・)様子の表情に、凪は胸の奥に痛みを覚えて、掴んでいた手から同じく力が抜ける。エヴァンジェリンは蚊の泣く様な声で呟いて。

 

 

「もう、いいっ‼︎貴様など、知らん‼︎知らん男だっ‼︎この馬鹿がぁっ‼︎‼︎」

 

 

泣き叫ぶ様にそう言葉を叩きつけると、凪の手を振り解いてエヴァンジェリンは走り去っていった。

 

 

「「「「……………………」」」」

 

 

海よりも深く、重い沈黙が超包子(チャオパオズ)を包む。

凪は奇妙に引き攣った表情で、小さくなっていく金色の姿を座り込んだまま眼で追っていたが、其処にそっと席を立った中村が屈み込むと、静かに優しい口調でそう尋ねる。

 

「凪っちよ……さっきの今だ、俺もいきなり喧嘩腰で問い詰める気は無えさ。話してみればそんなことする奴じゃ無いって俺わかるつもりだからさ…………でもよ」

 

中村は真顔になって凪へ言葉を叩きつけた。

 

「お前エヴァにゃんに一体何した訳?」

「なんもして無えよ俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

四方八方から寄せられる非、友好的な、有り体に言えば害虫を見る様な冷たい視線を全身に、凪はあらん限りの声で絶叫した。

 

「……!マスター‼︎」

「チクショオオオォォォォッ‼︎‼︎」

 

再起動を果たした(我に帰った)茶々丸と跳ね起きた凪は同時に行動を始める。茶々丸は腰のエプロンを取り払うと、五月に一礼してから両脚のバーニアを蒸かし、チャイナドレスの裾を翻しながら高速での飛翔を開始して、凪は五月の元へ転がる様に駆け付けると懐の財布からあるだけの現金を抜き出してテーブルの上に投げ出し、腰を90度に折り曲げた謝罪の姿勢を取る。

 

「注意されたってのに騒がして本当に申し訳ない‼︎重ねて失礼だがあのお嬢さんを追いたいんだ、これにて失礼する‼︎」

 

せめてもの迷惑料だ、受け取ってくれ‼︎と一層深く頭を下げる凪の姿に、五月は僅かな沈黙を置いてから凪の肩に手を置き、優しく頭を上げる様に促す。

顔を上げた凪の眼に映るのは、これ以上無い真剣な表情で凪の顔を見据える五月の姿だった。

 

ー ひとつだけ、お伺いします。エヴァンジェリンさんのあんな様子は、初めて見ました。……貴方は本当に彼女があんなになってしまう理由に、心当たりは無いんですか? ー

 

「……理由は解らねえが原因は思い当たるモンがある。…でも俺はそれに関係無えんだ。……関係してんならどうとでもしてやれる、でも俺は‼︎……関係無えんだよ、クソッタレた事に……‼︎」

 

凪は歯噛みしたがら軋る様にそう答える。

凪だって、あんな顔で女の子を泣かせたい訳が無かった。

五月はそうですか、と一言呟いて、僅かに表情を和らげると、テーブルの現金を手際良く纏めて再度凪の手に押し付ける。

 

「……ん?」

 

ー それでしたらお金は受け取れません、貴方に責任は無いのでしょうから。……それでもお気に病まれるのでしたら、店主としてでは無く、彼女(・・)のクラスメートとしての私のお願いを聞いて下さい ー

 

五月は姿の見えなくなってしまったエヴァンジェリンの方角を見て、その言葉を告げる。

 

ー 彼女を、助けてくれますか?子供先生似の、お兄さん ー

 

「…………ははっ………………‼︎」

 

成る程、金で済ませるよりよっぽど大変だわな。と凪は笑って、

 

「了解した、仲直りした暁には今度こそ有り金全部落としにまた来るぜ‼︎」

 

凪は言葉の終わりと同時に全身へ光を疾走(はし)らせ、そう叫んだ。

 

 

 

「どぉぉぉぉぉぉぉこ行ったあのお嬢ちゃんんんんっ!?」

 

凪は全力で全身を強化しての全力疾走でエヴァンジェリンを捜索していた。最早車道を走る自動車を遥かに上回る速度であり、時折身体の周囲で響き渡る乾いた竹が弾ける様な音からして、下手をすれば瞬間的に音速を超えている様だ。

 

……なんで俺が追っかけなきゃいけねえんだ、とは思うけどなぁ‼︎………

 

凪の脳裏に浮かぶのは、悲痛に歪んだエヴァンジェリンの去り際の顔である。あんなにはっきりと嘆き悲しんだ女性(おんな)表情(かお)を、凪は産まれて初めて見たのだ。

 

「…俺は知らねえ、でばっくれるには寝覚めが悪過ぎんだろうがぁぁぁっ‼︎傍迷惑にも同じ顔と名前した腐れ野郎が‼︎一体全体何やらかしやがったんだ畜生がぁっ‼︎」

 

まだ見ぬナギ・スプリングフィールドに対する怒りを力に変えて凪が縦横無尽に走り回っていると、甲高い風切り音の様なものが耳に飛び込んで来る。凪が音のする方向へ全力で跳躍、踏み台にしたガードレールを捻じ曲げ木々の枝葉をへし折りながら数十mの距離を跳び、木々の合間にひっそりと存在する細道を縫う様にして飛翔していた茶々丸の傍らへ降り立った。

茶々丸は派手な破壊音を撒き散らしながら接近して来た謎の目標に水平飛行体勢のまま身構えていたが、正体が凪と知れると構えていた腕を下ろし、小さく一礼してから前方に向き直る。

 

「お客様、いえナギ様。不躾ながらお聞きしたい事がございます」

「皆まで言わんでいい大体解るから‼︎俺がナギ・スプリングフィールドとかいうタコ野郎本人じゃ無えのかとそう聞きてえんだろうが!?生憎だが完っ全に別人だ‼︎何故か顔と名前が似通っちゃいるが俺は華の17歳!産まれてこの方故郷の田舎を出た事も碌に無えのにあんなお人形さんみたいな外人少女とお近づきになる機会なんざあるかぁっ!?」

 

血を吐く様な凪の断言に暫し茶々丸は沈黙し、軈て無表情のまま言葉を投げ掛けた。

 

「……ナギ様、申し訳ありません。先程の発言に確たる根拠や証拠をご提示頂けない以上、私としましてはナギ様の言を肯定する訳にはまいりません」

「ああ別に即座に切って捨てねえならそれでいい‼︎どうせアンタが納得したところで今追っかけてるお嬢ちゃんに理解してもらわねえことには意味の無えこったからなぁ‼︎」

 

叫ぶ様に返した凪は急激にカーブしている道の先に踊る金糸の先を視認した。

 

「っ‼︎…っシャアァァァァァァッ‼︎」

 

凪は更なる加速を己の身体に命じ、並走していた茶々丸を置き去りに土煙を跳ね上げながらカーブをドリフト地味た勢いで曲がり、

 

「…………っ⁉︎」

 

曲がった先の光景が視界に映し出されるよりも一瞬前、猛烈な悪寒に襲われた凪は、頭が何か判断を下すよりも早く本能に従って両の脚で大地を蹴った。

直後、不安定な体勢から跳躍した為に回転しながら宙を舞う凪の、反転した視界の端を複数の試験管が通り過ぎ。

バギィィィィィン‼︎という硝子の塊が地面に思い切り叩き付けられた様な、甲高い炸裂音と共に凪の眼下の地面や樹々が凍り付き(・・・・・)、粉々に砕け散った。

 

「………はあぁぁぁぁっ!?!?」

 

凪は無意識に体勢を安定させ様と両脚でトンボを切りながら、今し方起こった超常的現象に絶叫する。

 

……何だ!?液体窒素かなんかが……いや試験管が割れただけであんな風に広がりはしねえし、何よりあれっぽっちのガラス管に入ってる量でこんな範囲の凍結は有り得ねえ!?………………っ!?……

 

有り得ないならばなんなのだ、と。

 

己の中で何か(・・)が問い掛けて来た気がして。凪は一瞬思考が停止した。

図らずも無心になった事によって、対処する為の高速思考による集中と危害を加えられた動揺、危機的状況による興奮等により極度に狭窄していた視界がフラットな(本来の)働きを取り戻す。

それにより凪は、回転しながら飛んで来た試験管がひとりでに(・・・・・)爆ぜ割れ、数条の冷たい輝きを宿す氷の矢に変貌(かわ)って己へと突き進むのを正確に知覚することが出来た。

 

「…っ!?っざけ、んなぁぁ‼︎‼︎」

 

着地にそなえて緩やかな回転に移ろうとしていた身体を、反動を付けて振り抜いた手足により再び急速回転。風車の如く回転(まわ)る身の遠心力を乗せて振り抜いた両脚の踵が氷の矢を粉々に打ち砕き、その迎撃を逃れて回転する胴体の中央を狙う残りの2矢を、凪は無理に上体を振り落しながら繰り出した両の手刀で叩き砕いた。

 

「…っはぁっ‼︎…危ねえな畜生ぁ‼︎」

 

ザッシャァ‼︎と、豪快な着地を決めた凪は、身体に付いた勢いを殺す為に前後へ踏ん張りつつ悪態を吐く。

凪が前方を睨めば、遠くに射殺す様な視線を向けつつも足を止めず、試験管(・・・)を片手に走り去ろうとしているエヴァンジェリンの姿があった。

 

……何なんだありゃ、…いや、いい。訳解らん攻撃の正体なんざどうだっていい‼︎……問題はンな真似をしてまで追って来て貰いたくねえってぐらいあの嬢ちゃんがこの面(・・・)に思う所があるってこった‼︎…………

 

知らねえとはいえ俺が誰だお前的な反応して盛大に地雷踏ん付けたってかぁ?と、凪はとことん間と運と巡り合わせが悪いらしい、此処(麻帆良)に来てからの己がホトホト嫌になってくる凪であったが、そんな思考とは裏腹にその両脚は再び走り出す。

 

「……おい、待てよ嬢ちゃん‼︎止まって話を聞いてく「五月蝿い、五月蝿い五月蝿い五月蝿い‼︎黙れぇぇぇ‼︎‼︎」……っうおぉ!?」

 

やはり少女の脚か、見る見る距離の詰まっていく背中へ懸命に呼び掛けるが、皆まで言い切りもしない内にエヴァンジェリンが癇癪を起こした様に喚いて凪の言葉は遮られ、懐を弄り放り出された無数の試験管に凪の呼び掛けは悲鳴に変わる。

バン!バギャァァァン‼︎と氷の練爆が巻き起こる中、凪は全身に纏う光を強化(つよく)して強引に突っ切る。

爆煙にも似た靄を切り裂いて、凪は目の前に迫ったエヴァンジェリンのか細い右手を圧し折らぬ様に加減して、されど離されぬ様しかと握った。

 

「……っ‼︎…は!な‼︎っ…せぇぇぇぇぇぇぇっ‼︎‼︎」

 

激昂した様に吼えるエヴァンジェリンが掴まれた腕を振り抜いた瞬間、凪の身体はまるで人形か何かの様に天高く浮き上がり、脳天からまっ逆さまに地面へと振り下ろされる。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

しかし、凪はこの投げを先程超包子(チャオパオズ)にてエヴァンジェリン自身から喰らっていた。

仕組みを頭で知らずとも凪の身体は、一度味わされた苦痛(いた)みを拒絶する。

エヴァンジェリンの繊手により弧を宙に描いた凪の身体は、軌道が頂点に達する直前に両脚を振り下ろして自ら加速。エヴァンジェリンに加えられた半回転の勢いへ己で更に半転を加える事により、海老反りの様な姿勢で両脚の裏を地面に叩き付け凪は転倒を防いだ。

 

「くっ…………⁉︎」

「聞けっつーのぉ‼︎‼︎」

 

凪の手を振り解こうと身体を捻るエヴァンジェリンの片脚へ、凪は手を掛けると一気にその全身を引き寄せた。投げられた勢いを殺し切れていなかった凪はそのままエヴァンジェリンを抱え込む様にしながら二人揃って地面に転倒する。

 

「っ!離せ、貴様ァッ‼︎」

「五月蝿え暴れんな‼︎頼むから話を……」

「黙れ‼︎愚にもつかん言い訳など聞きたくも無い‼︎」

()ッッ……!?」

 

押さえ付けられ暴れるエヴァンジェリンを凪は抱きすくめる様にして落ち着かせようとするが、エヴァンジェリンの振り回した片手の鋭い爪に頬の辺りを抉られ、血が飛沫く。

 

「…!、テメェガキいい加減に…………っ!?」

 

流石に頭へ血が昇りかけた凪は、エヴァンジェリンの顔を睨み付けて。

その眼に浮かぶ大粒の滴に、思わず息を呑んだ。

 

「私が……っ!私がどれだけ‼︎どれほどお前を待ち焦がれたのか、理解(わか)っているのかお前は!?お前は、約束の時間を過ぎても、現れ無くてぇっ‼︎…この15年間、私が…どんなに…………っ!?」

 

ボロボロと。真珠の様に透明な涙を零しながら、クシャクシャに顔を歪めて凪の胸倉を掴み上げ、エヴァンジェリンは慟哭する。

 

「死んで、しまったと聞いて‼︎何も、かもが‼︎私っ…私には、お前が……お前だけ、がぁ!……ッグ、ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……‼︎」

 

胸倉を掴み上げる手は何時しか弱々しく。小さな頭を凭せ掛けて、顔を己の胸へ埋めて泣くエヴァンジェリンに、凪は何も言葉を掛けられなかった。

色々と、言いたいことは有った。15年ってなんだどう見ても10歳そこそこ位じゃ無いのかアンタ、とか、死んだっていうんなら何で俺にちょっかい出したんだ、とか。

しかし、そんなつまらない言葉を、懐の弱々しく震える少女に、凪は投げ掛ける気にはなれなかった。

そして思う。自分は、此の期に及んでも尚、目の前の少女に真実を告げるべきだろうか、と。

 

………事情を知らない俺でも、何となく解る………

……この娘は、あのガキの親父が好きなんだ…だからこんなに憤って……こんなに悲しんでいる………

 

怒りも憎しみも混ぜ合わされつつ、エヴァンジェリンは再開を、喜んでいる心が確かにある。此れ程までに忘れられていたと嘆き怒りながらも、その忘れた男の胸で哭くのだ。

 

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、此の期に及んでまだナギ・スプリングフィールドを愛していた。

 

だからこそ凪は、エヴァンジェリンに対して、既に傷付き震える少女に対して。この上自分が単なる顔が似ているだけの別人だ、などと絶望の上塗りをして良いのかと、凪は苦悩した。

だが、しかし、それでも。

 

……この娘の、この嘆きを怒りを………

……この言葉を掛けられていいのは、俺じゃねえんだ…………‼︎‼︎

 

安易な同情や罪悪感程度のことで譲ってはいけないものを、春園 凪は履き違えたりはしなかった。

 

「……その言葉を、吐いていいのは、俺じゃねえよ、お嬢ちゃん………」

 

力無く、されど軋る様な震える響きの混ざった凪の小さな声に、エヴァンジェリンが一度小さく震えて反応する。

 

「………ナギ……まだお前は…「俺はナギじゃねえんだよ‼︎」…………っ!?」

 

虚ろな瞳で力無く呟いたエヴァンジェリンの呼び声は、血を吐く様な凪の叫びに掻き消されて。エヴァンジェリンは僅かに目を見開く。

 

「………なにを……」

「違うんだよ‼︎あんたが縋り付いていいのも!恨み言を述べていいのも‼︎()じゃあねえんだ、ナギなんだよ‼︎‼︎」

 

凪は叫ぶ。叫びながら潰れそうな胸の痛みに耐えていた。

 

………なんで、こんなになってまで一人の男待ってる様な娘の所に、俺みてえな紛らわしいのが現れちまうんだよ!?………

 

それが運命か、神様の悪戯か?巫山戯んな!?と、凪は声にならない叫びを上げる。

 

「今すぐ出て来やがれ、ナギ・スプリングフィールド‼︎ドタマ擦り付けてこの娘に詫びやがれ、なんで、なんでこんなことになってんだよ、畜生‼︎巫山戯んな、ふざっけんなぁぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎」

 

何時しか滲む涙を堪えつつ、凪はエヴァンジェリンの身体を抱き締めていた。

 

「…俺は、お前の待ってた、男じゃねぇんだよ………‼︎紛らわしくて、本当に悪い……‼︎……でも、お前も見紛うなよ、ちゃんと、俺の顔見ろよ……っ!お前の好きな男の顔、ちゃんと思い浮かべて俺を見ろよ‼︎………そんなになるまで、想ってる男の顔……見間違えんじゃ、ねぇよぉ……………‼︎」

 

凪は折れんばかりの力を込めて、エヴァンジェリンを抱き締める。エヴァンジェリンは呆然と目を見開きながら、凪の身体に手を回す。

 

「なん、だ……?何を、言ってる、お前、は…………?」

 

なぁ、と、抱き付いて来る力を強めるエヴァンジェリンの顔を一層強く胸に埋めて。

凪は堪え切れずに一筋、二筋と涙を零れさせながら、ただエヴァンジェリンを強く抱き締めていた。

 

 

 

 

 

 

「……………マスター…………」

 

二人の嘆きを前に、茶々丸は離れた場所から声を掛けられずにいた。未だ心を正確に知り得ぬ幼い機械仕掛けの少女には、まだこの圧し潰される様な感情の波を前に、浮かぶ想いをまだ形に出来はしない。

無表情のまま立ち竦んでいた茶々丸は、背後から微かに響く足音を音感センサーに捉え、即座に身体を翻した。

 

「……高畑先生…………」

「……やあ、茶々丸君…………」

 

其処に立っていたのは、沈痛な表情を浮かべた高畑であった。

 

「……済まない、大体の事情は理解している。これは僕達魔法関係者の怠慢が起こした事態だ…………」

「……では、彼方の方はやはり………?」

 

頭を下げる高畑の言葉に、茶々丸は静かに事実を問い合わせる。

 

「……ああ、そうだ。僕にしても未だに信じられないが、彼は全く無関係な一般人なんだ……エヴァには慎重に事実を伝えるつもりだったけれど、裏目に出てしまった………!」

「…………マスター………………」

 

唇を噛み締めて事態の悪化を悔いる高畑を傍らに、茶々丸は言葉も無く己が主人の身を案じていた。

 

 

 

 

 

 

「…………はは、なら、なんだタカミチ。こいつはナギでは無くて、ただ単に顔が似ているだけの、別人だと。……そう言っている訳か?ええ?」

「………ああ、その通りだエヴァ。彼の身元は不完全ながらも確認が済んでいる。魔法で変装したり、妙な術式が掛けられてナギが混乱している訳でも無い。……正真正銘、凪君はナギとは別人なんだ………」

 

奇妙に歪んだ笑みを浮かべながら問い掛けたエヴァンジェリンに、高畑は苦渋に顔を顰めながらもはっきりと肯定した。

 

あれから暫く。タイミングを見計らって現れた高畑の手によって説明の場が用意され、高畑の今朝を始まりとした事情の説明が済んでいた。

エヴァンジェリンは黙ってその話を聞いていたが、事実が直ぐには受け入れられない様子である。

 

……当たり前、だわな…………

 

涙の痕を擦りながら、凪は歯を噛み締めてしみじみと思う。

何せそんな瓜二つの他人が居ることを凪自身が未だに信じ切れていないのだ。到底信じ難い荒唐無稽な話だということは凪もよく理解(わか)っている。

それでもそれは真実であり、真実とは時として残酷な代物だった。

 

「は、はは……そんな、巫山戯た話が有っていいのか、オイ?お前が、ナギでは無い?…ならば貴様はなんだ、一体何だというんだよ、オイ」

 

抑揚の無い調子で途切れがちに笑っていたエヴァンジェリンは、軈て首を捻じ曲げて足を進め、凪の襟首を掴み上げる。

 

「……エヴァ‼︎……!?」

「黙ってろ、おっさん」

 

明らかに平常心で無いエヴァンジェリンの状態を危険と見て止めに入ろうとする高畑を制止したのは、他でもない凪だった。

 

……そりゃこれはアレだ。明らかに八つ当たりだ。冗談じゃねえよ、俺だって………………

 

凪とて聖人君子では無い。エヴァンジェリンを心より可哀想に思うし、心底救われて欲しいとも考えているが、こと現在に於いても自身に非は無いと凪は思っている。謂れの無い暴力など振るわれるのは真っ平御免だ。

 

……でも、なら他に誰が受け止めりゃあいいんだよ。この娘のやり場の無い怒りと絶望を……………

 

己は悪くない、悪くはないが。

己が原因ならば避けてはならぬと、凪は己に課していた。

凪は半ば縋り付かれる様にエヴァンジェリンに襟首を捩じり上げられ、至近距離でその燃える瞳を見据える。

 

「一体何の悪趣味だ?何処まで私が嫌いだよ世界は?……なんとか言ってみろ‼︎その巫山戯た面で!何か言ってみろよ貴様ぁぁぁぁぁぁっ‼︎」

「……あんたにとっちゃ存在ごと否定したくなるんだろうよ、俺はさ…………」

 

ギリギリと首を絞め上げられながらも眉一つ動かさずに、静かに凪は言葉を返す。

 

「悪いが俺も愛されて育った、存在を否定される謂れはねえ。……今回の一件、アンタには気の毒に思うし、俺の対応も上手くは無かった、其処は謝る」

 

……けどそれ以外には、俺はアンタにどうともされてやれねえし、それ以上言える事もねえ、と凪は言い切った。

 

「…………………そう、か………………」

 

至近にあるエヴァンジェリンの瞳が僅かに揺れて。

唐突に突き離される様にして、凪はエヴァンジェリンから距離を置かれる。そのままエヴァンジェリンは傍らに黙って控えていた茶々丸を促すと、無言のまま踵を返した。

 

「……エヴァ」

「五月蝿い」

 

高畑が声を掛けるが素気無く切って捨てられる。思わず立ち上がった凪は、悄然とした背中に声を掛けようと足を延ばすが……

 

「黙れ」

「っ!…………」

 

斬り付ける様な冷たい断絶の言葉に、足を止めて立ち竦む。

 

「………済まんな、八つ当たりだと、理解はしている……しかし、今はお前の面をこれ以上、見ていたくないんだ…………」

「………………………………」

 

力無く振り返ってのエヴァンジェリンの言葉に、凪は返す言葉を持ち得なかった。

 

「…………何れ改めて詫びに行く………済まなかったな……」

 

力無い声のまま再度謝罪をすると、エヴァンジェリンは此方に向けて一礼した茶々丸と共に夜の森へと消えていった。

 

「…………………糞が……………」

 

小さく吐き捨てると、凪はエヴァンジェリンが視界から消えるよりも早く、己も踵を返す。

 

「……凪君、今日の一件は………」

「誰にもいいません、治療も要りません。……説明も今は、いいです」

 

高畑の言いたい事を大体において察していた凪は素早く言葉を紡ぎ、高畑を遮る。

 

「……俺も今は、1人になりたいんすよ…放っといて下さい………!」

「…………済まなかった、失礼するよ」

 

暫しの沈黙の後に去って行く足音を耳にしながら、凪はただ黙々と歩を進める。

そうして数百m程も歩んでから、凪は足を止め、拳を思い切り側の樹木に叩き付ける。

 

「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

拳大に陥没する幹と、血の滲む拳にも構わず、凪は言葉にならない叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……春園、さん………?」

「よう、昨日ぶりだなガキ」

 

一夜明けた日の早朝、ネギは今日から担任として預かる麻帆良女子中等部、2ーAのクラスへと向かう為に校舎へ入ろうとする途中、校門脇に佇んでいた凪に呼び止められる。

 

「………あの…………?」

「……その様子じゃ昨日の顛末は聞いてねえか、まあ、恨み言をお前に吐きたい訳じゃ無えから構わねえがな………」

 

困惑した様子のネギを他所に凪は独りごちると、ネギの顔を見据えて言葉を紡いだ。

 

 

「ちっと面貸してくれよ、子供先生。別に危害を加えようなんてつもりは無え。……聞きてえことがあるんだ、お前に」

 

 




閲覧ありがとうございます、星の海です。連続で此方を2話更新となりました、思った以上に反響が物凄かったので予定変更です。次こそお馬鹿な武道家の方を投稿しますので、こちらを楽しみにして頂いている方々、ご了承下さい。お馬鹿な武道家の方はもう数日中には仕上がります、お待ち頂いている方々、申し訳ありません。
さて、今回も理不尽な目に遭っている我らが主人公ですが、輪をかけて不憫なのがエヴァ様ですね。そりゃあ実はそっくりさんでした、なんてオチキレて当然でしょう。まあ割りを喰った主人公もいい面の皮ですが、今後どうなって行くのでしょうか、今後の展開にご期待下さい。
それではまた次話にて、次もよろしくお願いします。

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