「……そか。お前も中々苦労してんなあ、ネギ…だっけ?」
「は、はい……」
完全登校時間まで1時間余りを残した朝の賑わいが喧噪という形を取って空気を穏やかにかき混ぜる中。麻帆良女子中学校の校門から暫らく歩いた先にある小さな公園のブランコに腰掛けた凪のしみじみとした呟きに、隣でやや所在無さ気に腰掛けたネギが応えた。
『お前の親父さんについて知ってることを教えてくれ』
校門前にてそう切り出した凪に対して、ネギはしどろもどろになりながらも難色を示した。ネギがナギ・スプリングフィールドについて他人へ説明しようとすれば、否が応にも魔法関連の話が挟まってくる。
凪についてネギは父親にそっくりだ、という点でどうにも気になる存在ではあるが、エヴァンジェリンとのいざこざを知らないネギにとって、凪の認識はあくまでで騒ぎに巻き込んでしまった一般人に過ぎない。幼い頃から魔法の秘匿を肝に命ぜられて来たネギからすれば当然の反応だった。
しかし、実のところ凪はネギへとこうして会いに来る前に
『あんた方は何者で、そしてあの娘は俺に面がそっくりだって糞野郎と何があったんすか?』
曰く、この世界には魔法と呼ばれる力とそれを扱う魔法使いという存在がおり、高度な科学技術を元に発達した現代社会とは全く異なる文化を世界の裏側で形成している。
曰く、魔法の存在は魔法を知らない一般人には秘匿されており、魔法使い達は公の為にその力を役立てる為に力を磨き、陰ながら社会に貢献している。
曰く、春園 凪に顔立ちの酷似しているナギ・スプリングフィールドとは魔法使いの間では英雄と称されるかつて世界を救った文字通りの救世主であり、ネギ・スプリングフィールドの実の父親である。
曰く、ネギ・スプリングフィールドは
そして。
曰く、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは齢六百歳を越える真祖の吸血鬼であり、かつて600万$の賞金が
……まああれだ、正直とっても理解は追っつかねえが人間ってのは存外ひ弱な生きモンだと本にはあったしなぁ。俺ン所の爺婆やミテラがおかしかっただけっつーオチならまあ、納得はいく話だぜ………
話を聞いてコメントを求められたならば荒唐無稽、の一言で片付けたくなる一連の情報を思い返して、凪は 一つ息を吐く。
ネギは事情を知っている凪を高畑から話を伺った、と聞いた時点で魔法関係者の一員の様なものと凪を認識したらしく、ポツリポツリとではあるが父親であるナギ・スプリングフィールドの情報、ひいては己の出自と事情迄をざっくばらんにではあるが語った。
……正直詳しく話を聞かねえでもこの坊ちゃんが中々に悲惨な半生送ってんのと、随分親父を気に掛けてんのは解る。…当たり前、か。唯一の肉親、ってんならな………
俺はその当たり前じゃあ無えんだろうけどよ、と凪は小さく呟いてからネギへと改めて向き直り、言葉を投げ掛ける。
「ネギ、お前親父さんに逢いたいだろ?」
「……はい」
ネギは凪の顔を一瞬驚いた様に見上げたが、ややあってこっくりと頷いた。
「…だわな。だったら見付けた暁にゃあ8割殺しから半殺し位には抑えてやるか、健気な息子に免じてよ」
「え、え?……」
ポツリと呟かれた物騒な台詞にネギが戸惑った様に疑問符を洩らしているが、そんな様子には構わずに凪はネギへと告げる。
「ネギ、俺はお前も知っての通りお前の親父さんにクローンか、ってレベルで顔が似てる。お前や高畑…先生とのいざこざはその所為で起こったんだよなぁ。……実の所お前さんと別れた後にもこの面の所為で面倒臭い事態に巻き込まれてる。お前の親父さんはどうにも、
悪い事ばかりやらかしたって訳じゃ勿論無えんだろうけどな、と、凪は僅かに言葉の途中で苛立ちの乗った己の空気に萎縮した様子のネギへとフォローの言葉を続けた。
「そんな訳だから俺も、お前と動機は違えどお前の親父さんに会ってみたいんだ。会ってその紛らわしい面ボコボコに……ん゛ンッ!一言文句を言ってやりてえからよ。だからネギ、お前さんは修行の為か何か知らんが、
俺はお前に協力する、だからお前も俺に協力してくれ、と、凪はブランコから立ち上がってネギに頭を下げた。
「な、凪さん!?僕は、そんな……!」
「けじめだよネギ、筋はしっかり通さねえといけねえ。俺とお前は御面相の所為で気になる間柄、ってか親近感みたいなモンがあって、何となく他人とは思えねえ感じになっちまってるけどよ。
「……!…………はい………」
頭を上げた後、やや唐突に突き放すような物言いをする凪にネギは驚いて息を呑むが、言葉の内容自体に誤りは無い為、暫しの間は空いたものの何とか首を縦に振る。表情がやや硬くなったネギを見て凪は苦笑を浮かべると、ネギの頭をわしゃりと掻き撫でる。
「んな怖え顔すんな、別に俺はお前が嫌いな訳じゃ無えよ。…ただ何処まで言っても俺はお前の親父じゃねえし、俺にとってもお前は俺がムカついてる
だから改めて、宜しく頼む、と、凪はネギへ開いた掌を差し出す。ネギはややあってその手に己の掌を重ねると、しっかりと頷いた。
「……解りました。正直何の当ても無い話でしたので、凪さんが協力してくれるなら、此方からお願いしたい位です。宜しくお願いします、凪さん‼︎」
「おう、こっちこそ宜しくなネギ」
一度固くその小さな手を握り返してから凪がその手を放し、お互いに笑い合う。
「…じゃあ、凪さんすいません。僕はそろそろ教師の仕事が……」
「おう、朝時間無いって時に悪かったな」
ぺこりと頭を下げて学校へ向かって行ったネギを見送ってから、凪は些か力が入っていた為に固まった肩を解しつつ、踵を返した。
「……さーて、正直行く気はしねえが、一先ず学校行くか。……聞いた話じゃ、どうせあの娘…じゃねえ超歳上なのかそういえば?……まあ兎に角学校から下校時間までは出れねえらしいしな」
これからの事に対して思案を巡らせる凪は、最後まで傍らの茂みの奥から微かに覗く鈴付きのツインテールと金髪のロングヘアーに気付く事は無かった。
時間は少し遡り、凪が校門前でネギを捕獲して公園へと向かう光景を2ーAクラス委員長あやかが目撃した点から始まる。
朝、校舎へと歩むあやかの心は躍っていた、子供好きなあやかの性へ…もとい感性のストライクゾーンど真ん中を撃ち抜いて来る様なクラスの新担任、ネギの存在によって。
……ああっ何と可愛らしくも礼儀正しい、素敵な少年なのでしょうか、ネギ先生は‼︎勿論高畑先生に何か不満があった訳ではありませんが、あの様な愛らしい存在と共に学び舎で過ごせるなど、これはこの雪広 あやかの全身全霊を込めてネギ先生を盛り立てて行けという神の啓示に違いありません‼︎漲って参りましたわあぁぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎」
「…朝から何トリップしてる訳?キモいわよいいんちょ?」
「はっ!?」
背後から掛けられた冷めに冷め切った明日菜の声に、あやかは何時の間にか胸の内に溢れる想いが口から迸っていた事を自覚した。
「どーせあれでしょ?何故か高畑先生差し置いて担任に納まっちゃったあのガキンチョに対して良からぬ妄想でも焚き付けてたって所?」
「…明日菜さん、貴女のその言い掛かりは私に対してもネギ先生に対しても失礼ですわよ?」
かなり図星に近い所を突かれて焦る内心を抑え、あやかは目尻を吊り上げて反論に入った。負けじと明日菜も口角泡が飛びかねない勢いで言葉を返し、二人は知り合ってからもう幾百回目になるかわからない喧嘩の体勢に入った。
「なーにスカしてんのよしっかり聞こえてたのよ漲る女子中生!道の真ん中でクネクネと奇行晒しといて今更誤魔化せるとでも思ってんの!?」
「あーもう人の行いや趣味嗜好にまでギャンギャンと五月蠅いお猿さんですわねこのガサツ女は!貴方こそ
「なっ……!?言うに事欠いてほざいたわね自分の事棚に上げて‼︎」
「あーら野蛮なお猿さんのお猿さん語は何を言っているのか寡聞にして聞き取れませんわ〜!」
見る間にヒートアップして行き、何時もの如く取っ組み合いに発展するかと思われた二人の争いは、ある意味事の元凶であるネギの登場によって中断される。
「いーわよそこまで言うんなら今日こそ白黒着けて……あれ?」
「上等ですわ売られた喧嘩は……?どうしたんですの明日菜さん?」
唐突にガクリとテンションを落とし、あやかからあさっての方向へ首を向けて驚いた様に目を見開く明日菜の様子に、あやかと一旦矛を収めて明日菜の見ている方向を向く。
「…!あれはネギ先生……と、どなた……!?」
「あれ、いいんちょ聞いてないわけ噂?あたしはちょっと話したけど、何だかあのガキンチョの親父さんだか何だか、って人よ」
昨日の今日、ましてや学校にすらまだ顔を出してはいなかった早朝故に、凪が半ば拉致される様に高畑に連れて行かれたその時点から情報のストップしている明日菜は、後ろに戸惑った表情のネギを連れて足早に道路を歩く凪についてあやかにそう説明した。
「なんですって、ネギ先生のお父様!?何故それを早く言わないんですか明日菜さん‼︎」
「あんた今無茶苦茶言ってる自覚ある?……大体父親かどうかは解んないのよあの男自分じゃ否定してたし。改めて見れば父親にしちゃ若過ぎる気もするしね………」
鼻息を荒げていきり立つあやかに半眼で返しつつ、明日菜は凪の何やら険しい横顔を見やる。
「……にしても何かどっかで「父親である事を否定!?つ、つまり彼の方は自らを父と慕うネギ先生に対して無情にも関係を否定して素気無く扱っているという事ですか!?!?」……え、ええと」
クワッ‼︎と目を皿の様に見開き、全身から怪気炎を上げながら明日菜へ詰め寄るあやかの気迫に明日菜は凪の姿を見て浮かび上がり掛けた
「……ん、ん〜いや何て言うか…あたしが見聞きしてた感じだとそんな風だけど本人は真剣に違うって言ってたし、なんかそれが嘘っぽくも無い感じだったし…高畑先生が連れていったから少なくとも本気で無関係って事は無いとおもうんだけど…」
「ああっ!何て可哀想に、ネギ先生‼︎あの様な幼い身の上にして教職に赴いている事から何か止ん事無い訳のある身だとは薄々感じていましたが……‼︎あのお父上の制服は麻帆良男子高校のもの!つまり高校生にして子を持つ身になってしまった彼の方は無情にもネギ先生とお母上を振り切って……ああ!ならばネギ先生はひょっとして麻帆良に住まうお父上を追って此処へ!?」
「いやちょっと妄想捗り過ぎでしょいいんちょ……まあ正直似た様な感じの想像はしてたけど…」
「こうしてはいられませんわ‼︎どう見ても含んだ所のあるお父上のあの表情‼︎ネギ先生が何をされるか解ったものではありません、追いかけますわよ明日菜さん‼︎」
「ええ!?ちょっといいんちょ、あたし小テストがあるからって久々に早めに学校へ……」
「つべこべ言っている場合ですか‼︎」
「いやだから……っ!?」
「……くっ!この距離では何が何やら判りませんわ…………‼︎」
「だから止めろって言ったんじゃない、こんな馬鹿な真似はって聞きなさいよ馬鹿いいんちょ‼︎」
結局引き摺られる様にしてあやかに引き立てられた明日菜は、公園のブランコからやや離れた茂みの中にあやかと肩を並べて監視という名の覗きの真似事をやらかしていた。
あやかは頬に枝葉が突き刺さりかねない勢いで頭をギリギリまで出して聞き耳を立てるが、元々凪とネギもとりわけ大声で話している訳でも無いので、ブランコから5m以上も離れた位置からあやかの聴力では話を聞き取る事は出来なかった。
「明日菜さん、貴女の唯一の取り柄であるその野生児並の身体能力で何とか話を聞き取れませんか?」
「あんた勝手に連れて来といてその物言い、いい加減引っ叩くわよ?…ったく‼︎」
明日菜は剣呑な目付きであやかを睨み付けるが、こうなれば乗り掛かった船と悪態を吐きながらも耳を澄ませる。
「……んん?……ネギ…に逢いたい…ろ?」
「…逢いたい?」
思わず疑問の声を上げるあやかを手で制止して、明日菜は聞き取れる単語を口に出していく。
「…見付けた………殺し?……抑えて………息子に免じて?………ネギ……知っての通り……親父……………お前や高畑………いざこざ………所為…起こった?………お前……別れた……面倒臭い事態…巻き込まれて?………親父……麻帆良………やらかして?………んん…?」
「あ、明日菜さん………!」
断片的に言葉を拾っていった明日菜は会話がひと段落した所で眉根を寄せて呟きを洩らし、傍らで聞いていたあやかは俄かに緊迫した表情で話し掛ける。
「何やら不穏な会話じゃありませんこと?」
「みたいねえ…殺したとか別れたとか……ちょっと待って?」
再び会話が始まり、明日菜は再び耳をそば立てる。
「………お前………会ってみたい?………文句を言って………ネギ……他に…やる事?……俺……手伝わせ?……探す………情報………解る………っ!?」
尚も不穏な断片を耳で拾っていた明日菜は、徐にブランコから立ち上がった凪がネギへと頭を下げたのを見て目を見開く。
「……頭を下げて……何を謝って……」
「……わかんないけど……なんか聞いた限りじゃそれこそ生き別れた親子みたいな………待って。………筋は通さねえと?………俺とお前は………間柄……があって………他人とは思わ?……今の所……俺とお前……他人だ?」
「……っ‼︎……ね、ネギ先生が頷いて………!?」
何やら真剣な表情で凪の言った言葉に、傍目にも暗い表情でネギが頷いたのを目撃し、あやかの顔が青褪める。
その後二人が見ている中、苦笑を浮かべた凪がネギの頭を撫で、先程よりも柔らかい表情で何かを伝えていた。
「……何か…あの人はあのガキンチョを嫌いじゃ無い、けど〜〜だからそれは割り切って仲良くやっていこう……みたいな会話してた、わねぇ…………」
「……あのお父上はネギ先生を嫌っていない……それでも今迄別れていた……?…………まさか!?」
あやかは何事かに思い至ってガバリと伏せていた顔を上げると、猛然と明日菜へ捲し立て始める。
「これまでの会話の断片から判断すると、あのお父上はネギ先生のお母様である伴侶の方と険悪になって別れられたのでは……!?」
「え?離婚したってこと?……あーあのガキンチョに逢いたいかとか何とか聞いてたのはそれで‼︎」
「そうです‼︎…口ぶりからしてネギ先生もお母様には随分と会ってはいない様子、恐らく御別れになった後にお父上はそれまでの生活に嫌気がさして、ネギ先生を御親戚か何処かに預けられて学生生活を送られていたのでは!?そして成長されたネギ先生が唯一居所の解っているお父上の元へ逢いに来た、と……」
「いきなりの遭遇で心の準備が出来ていなかったからあたしが見てた対面の時は関係を否定したけど、時間を置いて親として接しようと思い改まったから今こうして話をしに来て、お母さんに逢いたいかとか放っといて悪かったって謝ったりとか今後は仲良くやっていこうとか言っている、ってこと……?」
「恐らくは……‼︎」
辻褄は合うかもしれないわね、と唸る明日菜を他所に、あやかは目を潤ませながら天を振り仰いで手を組み、感極まった様子ながら器用に小声で言葉を放つ。
「ああ、何て悲しい話なのでしょうか!正直あの天使の如く可愛らしいネギ先生を子として認知しないなど、天に代わって成敗を下し兼ねない気持ちでしたが……‼︎色々と事情がおありだったのでしょう、葛藤を重ねながらも親子として再び歩んで行こうというその決意は賞賛に値しますわ‼︎それにしてもネギ先生がそれ程にお辛い想いをされて過ごしていたとは……!この雪広 あやか、全身全霊を以ってネギ先生の悲しみを癒やして差し上げる為に今後行動する事を此処に誓いますわよ、明日菜さん‼︎」
「あーはいはい、好きにしなさいよこのショタコ………待った、なんかおかしいと思ったらあのガキンチョ確か10歳よね?あの人高校生でしょ何歳で子ども産ませてんのよやっぱりあり得……」
「こうしてはいられませんわ、行きますわよ明日菜さん‼︎ネギ先生を早速教室で温かくお出迎えしなければ‼︎」
「ってちょっと、だから人の話聞きなさいよいいんちょ〜‼︎」
こうして鼻息も荒くクラスでネギの境遇(推測)を語ったあやかによって、 2ーAでは凪とネギは訳ありながらも実の親子であると認識された。
更に噂好きの面々と麻帆良のパパラッチ、報道部所属朝倉 和美の手によってこの話は学園都市全体に拡散すると思われる。
「ネギ先生!お父様との関係改善おめでとうございます‼︎この雪広 あやか、ネギ先生がこのままお父様との絆を育める様全力でサポートをしていく所存ですわ‼︎」
「え、え…ええぇぇぇぇぇぇっ!?」
「ックション‼︎……糞が何か妙な噂されてる気がすんぜ」
凪はブルリと背筋を走った何とも言えない悪寒に身を震わせながら、凪は教室内から窓の外を見やってひとりごちる。
「……郊外のログハウスっつったか。顔出してみっかな、早速よ………」
閲覧ありがとうございます、星の海です。更新が遅れて大変申し訳ありません、諸事情あって、とは言い訳ですが、兎に角伸びに伸びました、どうかご容赦を。次回はこれよりも早く致します。流石に1カ月間を空けは致しません、本作の様な駄文をお読み頂いている心の広いお方々、どうか次回にご期待下さいませ。
少なくとも今回はギャグ…でしょうか、言うまでも無く噂によって凪はまたしても風評被害を被ります笑)まあヤリ捨て男からバツイチヤンパパにランクアップ?しましたので初期段階よりはマシでしょう 何)次回凪が顔を出すのは勿論あの娘のところです、シリアスですが最後はギャグで終わる…予定です、今暫くお待ち下さい。
それではまた次話にて、次もよろしくお願いします。