俺はお前の親父じゃねえ‼︎   作:星の海

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大変遅くなりました。感染性の胃腸炎とやらの所為でここ暫くくたばっておりました。更新が遅れに遅れた事を深くお詫び致します。
ともあれ急展開の凪とエヴァンジェリンをどうぞ。


5話 やらかした青年は

「……んーだよ凪っちは風の如く外へ飛び出してきやがって。折角先頃入手したばっかの凪きゅんバツイチ疑惑!!別れた女とのよりを戻せるか否か!?…なゴシップネタがマジなのかを面白可笑しく聞き出してやろうと思ったのによぅ」

「下世話な真似は止めろ阿呆が。からかわれる側は軽挙に囃し立てる側が想像も付かぬ程に気を病むものだ」

「まあ興味が無いか?っつったら否だけどな。中村と良い勝負出来る漢が俺等の歳(高校二年)で妻子持ち疑惑だ、事情云々では力になってやりてえわな漢としてよ」

「ま、下手に囃すと碌な事にならないってのは大豪院に同意だね。……所で春園君はあんなに急いで何処行ったの中村?」

「んあ?まあ詳しくは教えてくんなかったけどこんがらがったアレコレスッキリさせに行く、っつーんだからあれだろ、エヴァたんのとこだべあのエターナルロリータ」

「…ああ、昨日超包子(チャオパオズ)で春園を投げ飛ばした挙げ句に泣いて走り去ったという話だったか?(クー)が朝の対練で喧しかったが……」

「春園の野郎がそれを追っかけてってその後の経緯は不明だろ?まあそれしかねえわな有りそうなのは」

「……ん、あれ?中村の今し方仕入れた噂と整合するとその別れた奥さんがエヴァンジェリンさん?になるんだけど………」

「いや流石に無えべやあのロリータ中3……んーでもあのロリっ娘確か数年前から見た目変わって無んじゃね、って話があるしこの中村様の目を以てしてもスリーサイズに変化は㎜単位で無いんだよなぁ。案外歳誤魔化して中学校に居るだけの幼児体型な成人女(アダルト)の可能性が!?」

「お前の変態的視点と頭の悪い考察はどうでもいいがまあ、噂の元がそのエヴァ何とか、って女子なのかもしれねえのは確かなのか?」

「詮索は止めろ豪徳寺。下衆の勘繰りは相手のみならず己の品位をも貶めるぞ」

「ま、気にはなるよねぇ折角色んな意味で仲良くしたくなってる転校生の話だし……いい加減な話が聞きたく無いなら報道部部長の喧囂にでも聞いてみる?」

「お、いいんじゃね山ちゃん。んでもって凪っちにはあっちが聞いて答えてくれるまで問い詰め口出し手出し無用、って事でよ」

「あのパパラッチ集団がまともな形の情報を伝えてくれるものか、阿呆らしい……」

「いいんじゃねえか手合わせと修行ばっかじゃ暇だしなあ」

「うし決まりー。んじゃたったか行こうぜてめえら」

「こっちが新たな(ゴシップ)の拡散元にならない様に話の持って行き方には注意しようね?」

「当然の配慮ではあるが言葉にするな山下、フラグが立つ」

 

~凪の転校初日、放課後に於ける武道馬鹿達の会話~

 

 

 

 

 

 

「……それで?何をしに来た、貴様は」

 

「こんな事は言いたか無えけど紛らわしい事情があったにしても非があるのはそっちだろうが。その物言いは流石に無いと思わねえかよ?」

 

麻帆良の都市部から離れた閑静な一角にある小さなログハウス。

愛らしいぬいぐるみや精巧且つ美麗な愛玩人形(ビスクドール)に囲まれたファンシーなリビングにてテーブルを挟み、凪とエヴァンジェリンは向かい合っていた。

善は急げの精神かはたまた嫌な事は早く終わらせたい という心境か。

初顔合わせをしたクラスメイト達との交流もそこそこに(中村を初めとして濃い面子が大勢いた)凪は学校を後にし、エヴァンジェリンが住んでいると高畑から聞いた郊外のログハウスへと続く細道前に陣取ってエヴァンジェリンを待ち伏せた。

 

『……何の用だ?』

『あれ、用が無けりゃあ来ちゃいけなかったかね?……とまあ冗談はさて置き、お招きしてくれんかね吸血鬼(・・・)のお嬢様。一応事情は聞いちまったんでよ、話があるんだわアンタに』

 

凪の言葉にエヴァンジェリンは目を細めた後に黙って顎をログハウスへしゃくり、凪を招き入れた後に傍らの茶々丸に紅茶を入れさせ、現在に至る。

 

……まあお世辞にも友好的では無えわなあ、色々気不味いにも程がある出会いと別れと来たもんだ。どうやって話切り出すかねぇ………?

 

凪は己に非が殆ど無いという自負から謙った態度を良しとせず、不敵に言葉を返しつつも内心で困り果てていると、エヴァンジェリンがふと硬く張り詰めさせていた表情を苦笑地味た弧を口元に描かせて崩し、凪に向かって頭を下げた。

 

「……そうだな、今の私は礼儀知らずにも程がある様だ。お前には詰まらん勘違いから多大な迷惑を掛けた、この通り謝罪しよう。すまなかった」

「…………おお?………」

 

その背筋のきちんと伸びている凜、とした姿勢に於いての真っ直ぐな謝罪に、どうあがいても話が拗れる、と暗澹とした心持ちでいた凪が驚く。

 

「……なんだ、随分殊勝じゃないかよアンタ。てっきり俺は貴様に下げる頭など持たんわ紛らわしい面をした苛つく人間風情が、とかそういう傲岸不遜の化身な魔王様的対応を予想してたぜ?」

「文句を言う資格は今の私には無いがあまり私を安く見るなよ小僧。とうの昔に明るい陽の元を歩めなくなった汚れた身の上ではあるが、恩を仇で、義理に不義理を返すような畜生道を信条に置いているつもりも無い。非の無い貴様に誤解と八つ当たりで危害を加えておきながら恥ずかし気もなく偉そうな口を叩けるか」

 

無様な話だ、とエヴァンジェリンは己を嗤い、向かいの凪へとあらためて視線を向ける。

 

「…故に問わせて貰うぞ小僧。貴様は非礼の償いとして私に何を望む?気が収まらぬというなら何度でも頭を下げよう、詫びを形として欲するのならばそれなりに長生きをしている身だ、金銀財宝の類いならば望むだけの財貨をくれてやる」

 

言いながらもエヴァンジェリンは表情に喜色も欲も浮かべる様子の無い凪の変わらぬ佇まいに苦笑を浮かべ、言葉を締め括る。

 

「…最も貴様はそんなものを有難がる俗人にも見えんがなぁ小僧?格別顔に怒りの色も見えん。だからこそ非礼は承知の上ながら今一度問わせて貰おう……何をしに来た、貴様は?」

「…………あー……………」

 

エヴァンジェリンの問いに凪は視線を逸らしてから彷徨わせ、困った様に唸り声を洩らしたが、

 

「……ま、あれか。ウダウダ御託並べてもしゃあねえから単刀直入に切り出させて貰うわ」

 

と、膝を一つ叩いてエヴァンジェリンへと視線を戻し、あっけらかんとその言葉を告げた。

 

 

「あんたが待ってる男だの封印だのってゴタゴタした諸事情の問題解決に対してよ、俺が何か力になれる事はないか?」

 

「……………、…………何?…………」

 

 

凪の発した言葉の内容が余程に予想の遥か彼方にあったからか。

一瞬目を丸くして呆けた様に外見年齢相応の何処かあどけない表情になったエヴァンジェリンだが、暫しして眉間に皺を寄せた顔となり凪へと問い返す。

 

「……どういう意味だ、小僧?」

「だからよ、あんたの力になれねえかって訊いてんだけどよ俺は」

 

なんか出来る事は無えか?と威圧感を増したエヴァンジェリンの様子にも怯まず、凪は再度問いを放った。

 

「まああんたからすりゃ面が自分の訳ありと似てるってだけの単なる男子高校生が何言ってんだ、って思ってんのかもしれねえけどよ、こう見えても俺は色々……」

「そこまでにしておけ」

 

静かに、されど有無を言わせぬ何か(・・)を滲ませた調子の一声で凪の言葉を遮ったエヴァンジェリンは、何時の間にやら険しさすらも抜け落ちた能面の様な無表情で凪へ告げる。

 

「貴様は純粋に善意から申し出ているのだろう、昨夜の対応といい、随分なお人好しなのだろうさ。頭を下げる相手で無く下げさせる(・・・)相手にそんな事を宣う気概自体は嫌いじゃあない……だかなぁ、小僧」

 

エヴァンジェリンは微かに目を見開き、凪を眼光で射竦めながら更なる言葉を紡ぐ。

 

 

「私の様な相手に下手な同情や憐憫から手を差し伸べるのは止めておけ。年経ているだけに誇り(プライド)が高いんだよ、長命種の多くはな。私は全うに人生を歩んでいない分捻くれていてなぁ、憐れまれるのが大嫌いなんだよ。私は私なりに信念を通した結果として今此処にこうして居る。端から見て悲惨だろうが滑稽だろうが、私は少なからず納得(・・)を経て、いる」

 

チリ、と凪の顔を刹那、灼ける様な圧力が叩いた。エヴァンジェリンから洩れ出た殺気とも怒気とも似つかない、気迫にも似た何かであった。

 

「先日の無礼に無礼を重ねてしまうが許して貰いたい、私にとっては譲れん矜持の問題でな。……なぁ小僧、たかだか昨日今日に話を赤の他人から聞き齧っただけの貴様がズカズカと土足で踏み入れられる程に()は安くはないつもりだ。悪い事は言わん、先の言葉は取り消せ……私もこれ以上に非を重ねたくは無いんだよ」

 

何も知らないガキが同情なんて安い動機で首を突っ込むな、と言外にエヴァンジェリンは凪に告げていた。

 

「…………………………」

 

エヴァンジェリンからのはっきりとした拒絶を受けて、凪は静かに両の眼を閉じた。強い視線を飛ばして来るエヴァンジェリンからの無言の催促に暫しの間を置いて目を見開いた凪は、しっかりと目を合わせてはっきり告げた。

 

「撤回は出来ねえ。あんたに俺の思惑が誤解されてっからだ」

「…………小僧…………」

「まずその小僧呼ばわりを止めろや。俺は昨日、あんたに名を告げたぜエヴァンジェリンさんよ」

 

表情を歪めて何事かを言い掛けたエヴァンジェリンを、今度は凪が強い調子で遮った。

 

「俺に自分を安く見んなと言っときながら、他人を安く見てんのはあんたも同じじゃねえかよ。俺があんたの事を、好いた男に放っておかれて何て憐れなんだ、ああ可哀想に可哀想に……なんて考えてると決め付けた物言いだぜあんたの口振りは!」

 

凪は眦を吊り上げ、エヴァンジェリンに言い放つ。

 

「何も知らねえガキだ、何の関係も無い赤の他人だ。ああその通りだぜ反論の余地はねえな。信用出来ねえ、役に立たねえって理由だけで突っ撥ねんなら俺は何も言わねえさ。でも俺の心情を、動機を下衆な代物に貶めて見られてんなら黙って退けやしねえんだよ。俺はあんたの事情を聞いて、不憫に思った。だから何か力になりたくなった、そんだけだ!勝手に人を上から目線の嫌な奴にしてくれてんじゃねえよ!!」

「……不憫に思った、だと?それを憐れんでいると言うんだろうが、ガキぃ!!」

 

エヴァンジェリンは怒りを浮かべる凪に同調するかの様に、遂に顔へ明確な怒りを浮かべて凪を一喝した。その細い身体から濃密な圧力(プレッシャー)と共に感情の昂りから制御を失った魔力が突風の様に物理的な力となって凪の全身を叩く。

凪は心身両面から押し寄せる凄まじい重圧に顔を歪め、微かな恐怖を顔に浮かべる。凪とて何も知らなかった昨日迄とは違い、エヴァンジェリンがどのような存在であるかは高畑から訊いて理解していた。吸血鬼という人の理を離れた化生の存在であり、その力は人一人殺すなど造作もない事である。そんなエヴァンジェリンを前にして態々感情を逆撫でする様な真似をしている事に躊躇いが無かった訳は無く、無論の事凪は命は惜しい。

 

…………でも、放っとけなかったんだよ、なぁ……しょうが、ねえわなぁ……………………!!

 

凪は微かに震える身体を内心で一喝し、俯き掛けた顔をしっかりとエヴァンジェリンに向け直して言葉を返した。

 

「違えだろ!単語の意味合いだけで話をしてんじゃねえだろが!!勝手に人の言葉を悪い様にてめえが取っているだけだろうがよ!!てめえの境遇は一片の余地無く徹頭徹尾てめえの自業自得で同情される謂れは無えのかよ!?違えだろが!!てめえに非が無え訳じゃなくとも、少なくともてめえが今こうしてんのは、あんたが思わず面拝んだだけで投げ飛ばしちまう位に鬱憤溜まってる、傍迷惑にも俺と面が同じな糞ったれた野郎の所為だろうがよ!!」

「っ………………!!」

 

凪の怒号に、エヴァンジェリンが言葉を詰まらせる。

 

「酷え話だと、俺は眼鏡のおっさんから聞いてそう思ったよ!あんまりな話だって思った!!何かおかしな事かよそれは!?可哀想な奴扱いはされたくねえって気持ちは理解(わか)るよ!俺が同じ立場でも勝手に人の生き様の価値を決め付けるような輩はぶっ殺したくならぁ!!……でも俺は、あんたを哀れな女だって、そう見下してるつもりは無えんだよ」

 

不意に凪は語調を落とし、エヴァンジェリンをしかと見据えて噛み締める様に言葉を紡ぐ。

 

「純粋に貴女の力になりたい……なんて、言葉にすりゃあ安っぽいけどよ。偽り無い本心のつもりだよ、それがな。困ってるから手を貸したい、これはそんなにおかしな話かよ?」

「……何故だ?」

 

凪による心情の吐露に、エヴァンジェリンは暫しの沈黙を挟んだ後、心無し圧力を緩めて尋ねた。

 

「何故お前はそうまでして私に協力しようとする?お前は迷惑を掛けたのでなく掛けられた側だ、私は未だ貴様に何も償ってはいない。まさか私に惚れた等と言い出しはすまい?……貴様の考えが理解出来ん」

「…ああ、まあ単純な話だよ。こんなこと言うとあんたはまた怒るかもしれねえけどな」

 

凪は面映ゆ気な表情を浮かべた後、エヴァンジェリンに理由(わけ)を告げた。

 

「あんたはさ、昨日泣いたじゃねえかよ。俺の前でさ」

「…………ああ、思い出したくもない醜態だが、その通りだな」

 

それがどうした、と再び気分を害してか表情を険しくするエヴァンジェリンへ気を悪くしないでくれ、と軽く頭を下げてから、凪は言葉を続ける。

 

「あんたがああして想いを吐き出したかったのはさ、ナギ・スプリングフィールドっつう俺の知らないそっくりさんにであって、俺じゃあない。そんな事は重々承知の上だよ」

 

でもさ、と、凪はエヴァンジェリンの目を見ながらその言葉を告げた。

 

 

「あんたが待ってたのは俺じゃ無くとも、あんたの悲鳴(・・)を聞いちまったのは俺なんだよ」

「………………!!」

 

 

エヴァンジェリンは、凪のその台詞に思わず目を見開いた。

 

「気分を悪くしないでくれ。決して悪い意味で言う訳じゃない。……俺はさ、目の前で泣いてるあんたを見て、こんなに激しく、悲しそうに泣いてる女は見たことが無いって、ただそう思った。俺はナギ・スプリングフィールドじゃ無いからあんたに謝る事も労ることも慰めることも出来ねえ。ただ俺は春園(・・) ()として、あんたをどうにか助けたいと、そう思った。同情も憐憫が欠片も無いとは言わねえよ。ただ、俺のこの心は、そんな偉そうな代物だけじゃ無いって、理解(わか)って貰いたい。俺は魔法なんてもんまるで知らなかったド素人な上に、つい先日田舎から出てきたばかりの世間知らずなガキだ。それでも、生半可な覚悟でこんな事言い出したつもりは無えんだ。どうか真剣に答えてくれ、俺があんたに何か、してやれる事は無いのか、エヴァンジェリンさん?」

 

「……………………………………」

 

短くない時間を、黙ったまま凪と睨み付ける様な視線の強さのままに目を合わせていたエヴァンジェリンは、ふと目を閉じる。

僅かな時間の後に瞼を開いたエヴァンジェリンは、凪を幾分柔らかくなった視線で見据えつつ、はっきりと言い放った。

 

「春園 凪。お前の手を借りる様な事は何も無い。折角の申し出だが、断らせて貰おう」

「…………そうか」

「ああ。お前の言い分は理解した。お前という人間を貶めていた事は謝罪する。その上で、素人のお前に出来る事は何も無い。…その気持ちだけ、頂いておこう」

 

痒い台詞だ、と笑うエヴァンジェリンの姿に、こりゃもう本当に俺が出来る事は無いな、と凪は悟る。

 

「…解った。手間掛けたなエヴァンジェリンさんよ。お茶御馳走さん、帰るわ俺」

「こちらの台詞だよ被害者。非礼を重ねたな、詫びは何れ必ずや入れよう」

 

いいっての、と立ち上がりこちらを見送ろうとしているエヴァンジェリンに苦笑を返しつつ、凪は暗澹たる思いに内心溜め息を吐く。

 

……まあそう都合の良いヒーローよろしく颯爽と助けになれるなんて思っちゃいなかったが現実ってのはやっぱ厳しいモンだわな。妖精だか精霊だか知らねえが、ンなもんの概念も良くは知らねえ俺が助けに、なんてのは虫の良い話なんだろうけどよ…………

 

それでも歯痒いモンだ、と近付くエヴァンジェリンをなんとは無しにボンヤリと見つめていた凪は、直後に思わず声を洩らした。

 

「………………あ?………………」

「あん?…………」

 

呆然と目を見開いて己を見つめてくる凪に怪訝そうに疑問の声を返したエヴァンジェリンだが、凪からの反応は無い。

 

「どうした貴様……?」

「…………いやストップ。ちょっと悪いが黙っててくれ。………妖精だか精霊だか知らんが、何かあんたに纏わってる小人見てえなのが今し方見えて、何か話し掛けて来てんだよ…………」

「…………はぁぁ!?」

 

 

 

時間は僅かに遡り、凪がエヴァンジェリンの肩の辺りにそれ(・・)を発見した時点に戻る。

全体として霞んだ様に半透明な、掌程の大きさしかない人間の子供を2~3頭身程にデフォルメした様な、何処かファンシーな印象を受ける貫頭衣の様なものを纏う小人は、己に視線を向けている凪に気付いて何処かポヤン、とした笑顔を返しながら言葉を紡いだ。

 

『主様、達私(・・)に新しくご命々(・・・)?』

「……あんだって?…………」

 

その小人が発した、意味が通っている様で通っていない言葉に凪は不審気なエヴァンジェリンを宥めつつ尋ね返す。

 

『主様、達私(・・)に新しくご命々(・・・)?』

「……………………?、?……」

 

しかし返ってくる言葉に変わりは無く、凪は(クエスチョン)マークを頭に幾つも浮かべながらも小人の台詞を脳内で咀嚼し、意味を解釈する。

 

……主様ってのは多分俺?で、たちわたし………いや文脈的に自分の事言ってんだろうから、達私、私達?なんでひっくり返ってんだ?……っていうか達って一人?しか居ねえじゃねえか…………!?

 

ふと疑問に思い、エヴァンジェリンに纏わる小人に再度目を向けた凪は驚きの余り仰け反って数歩後退る。

 

『『『『主様、達私(・・)に新しくご命々(・・・)?』』』』

 

樹の蜜に群がる蜂の如く、何時の間にか数十に数を増やしていた小人達が一斉に凪へと同じ台詞を紡いだからだ。

 

「…………おい、おかしくなったか、春園 凪?」

「…………いや、いやいや……ってかあんた聞こえても見えてもいねえの?」

「お前が先程ほざいた妖精云々か?見えも聞こえもせんわ。大体そんなものが居たとして、私に見えず素人のお前にだけ見える道理を言ってみろ」

「…………だわなぁ………………」

 

至極真っ当なエヴァンジェリンの言い分に頷きつつも、到底幻覚とは思えない程にはっきりと見えている小人達を凪はうそ寒気に見やり暫し考えてから質問を小人達にぶつける。

 

「お前等は何モンだ?」

 

達私(・・)?』

『精霊』

『そう、霊精(・・)

『主様と約契(・・)した精霊』

 

「……主様て…………いや、この際いいとして何の精霊だよ?」

 

相変わらず所々で言葉がバグった(・・・・)様におかしくなっている小人達へ尚も質問をぶつける凪。

 

『何の霊精(・・)?』

『何の?』

『何の?』

制強(・・)の精霊』

『学校へか行せる(・・・・)霊精(・・)

『行かせるの校学(・・)を強制の精霊』

 

「……ちょっと待て、えーと………………んん!?」

 

懸命に小人達の言葉の意味を繋ぎ合わせていた凪は、不意に小人達の正体を悟った。

 

……こいつら、まさか登校地獄?だか何とかっつう、聞くだに阿呆臭え響きのこの女に掛かってる呪い?の精霊、って奴なのか…………?

 

その意味と、それが自分にだけ(・・)見えている、という事実を暫く考えていた凪は軈て顔を上げ、胡乱な表情で不審気な視線を突き刺してくるエヴァンジェリンに対して断りに行った。

 

「…エヴァンジェリンさんよ、暫く俺がぶつくさ何かを言ってても、何もしないでじっとしててくんねえか?」

「……いや貴様何を…」

「頼む、それを俺への詫びって事にしてくれていいからよ」

 

ピシャリと手を合わせてそう述べる凪を理解不能という顔で見上げていたエヴァンジェリンだが、

 

「……まあいい、借りのある身だ。付き合ってやるが……本当に何をしている貴様?」

「……ん~、上手くすれば、あんたにとって良いこと、かな?……」

 

尚も怪訝な表情のエヴァンジェリンをとりあえず椅子へと座らせ、凪は小人改め精霊達との交信を再開する。

 

「あー精霊達精霊達。俺を主と認識してんなら俺のお願いを聞いてくれるか?」

 

『お願い?』

願おい(・・・)?』

『お願いお願い……ご命々』

『ご命令、ご命々(・・・)

『聞く~』

『聞くく聞(・・)~』

 

「なあ何かお前等バグってね?それに命令じゃねえよ、お願いって………まあいいや、ほら。お前等が取り憑いて…いや、契約っつーのか?してる女の子な、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルって奴。そいつにやってる仕事な、もう止めにしてくれねえか?」

 

凪の言葉に精霊達は顔を見合わせ、口々に言葉を返す。

 

『主様のご命々(・・・)?』

『女の子を終わらせる事仕(・・)で』

子の女(・・・)を契約で憑り取いて(・・・・・)?』

 

「全然違えよ。つうかご命令な、命々じゃ無くて。もっとシンプルに言うと……あー、この女に対しての仕事は終わり、解散しろ」

 

『ご命令』

ご命々(・・・)?』

『ご命令ご命令』

『仕事を女の子に散解(・・)?』

 

「違う、ご命令、女の子に対する仕事終了、解散しろ」

 

『ご命令?』

『女の子が了終(・・)で解散?』

 

「だからなんでバグるんだよお前等!!」

 

それから暫く、何かしら意味の通らない文章を口にする精霊達と、それを根気良く訂正していく凪という構図がエヴァンジェリンの頭上で巻き起こる。

 

「……おい、まだ終らんのか?」

 

エヴァンジェリンとしては、凪に何かが見えているとして言葉からのやり取りに到底意味があるとは思えない為に、半ば呆れた様に茶番としか思えないやり取りに口を挟むが、

 

「もう少しだけ時間をくれ!この物分かりの悪いチビ共に意地でも正しい言葉を言わしてやるぁ!!」

 

変なスイッチの入ってしまったらしい凪は最早当初の目的を半ば忘れてそう吼える。

 

「ご命令!この女への契約終了、解散!!」

 

『『『『ご命令』』』』

 

幾度目かのやり取りの果て、精霊達が唱和する。

 

『少女への契約を終了する』

『私達は解散する』

『『『『契約を終了する』』』』

 

「ぃよーしっ!!漸くだ良く言えたぞー!」

 

偉い偉い、とご満悦に幼児を褒める様な口振りの凪に呆れ果てたエヴァンジェリンが何事か声を掛けようとした、その瞬間。

 

『契約の終了を了承した』

『解散』

『解散』

『『『『解散~~』』』』

 

「……ん?」

「……あ?」

 

精霊達が声を揃えて解散の旨を告げ、一斉にその姿を宙に溶けさせたと同時に、エヴァンジェリンの全身から光の帯と無数の大小様々な魔法陣が浮かび上がり、一斉にそれらが弾けて光の残滓となり宙へ散った。

 

「「……………………………………」」

 

海よりも深い沈黙が凪とエヴァンジェリンの周りに漂い、やがてエヴァンジェリンが錆びた扉が軋む様な調子で凪へと問いを放った。

 

「…………何をした、貴様…………?」

「………………登校、地獄…………とやらの…………解除じゃね…………?」

「……………………は………………」

 

エヴァンジェリンは力の無い笑みを浮かべて。

 

「……そんな馬鹿な話があるわけ無かろうが阿呆~~!!」

 

猛然と凪に詰め寄りながらあらん限りの力で叫んだ。

 

「俺が何だか解る訳無えだろが!!俺はただ精霊っぽいのが見えて何か会話出来たから呪い解けない?って会話してたら何かいきなり……」

「訳が解らんわ!!大体貴様ナギで無く凪だろうが、何故契約の精霊が見える!?」

「だから知らねえよ!?見えたんだからしょーがねえだろが!!」

 

「マスター!!何事ですか!?」

 

ギャアギャアと言い争う二人の騒音を聞き付け、エヴァンジェリンの命により退室していた茶々丸が何事かと様子を伺いに来た。

 

「茶々丸!この紛らわしい面のガキが何やら訳の解らん……!」

「その面倒臭え呼び方止めろや俺は春園な…………っと、おお!?」

 

口角泡を飛ばしかねない勢いで混乱しつつ激昂しているエヴァンジェリンに抗議しかけた凪は、唐突に襲って来た脱力感に思わず片膝を付き、頭を押さえる。

 

「っ!?おい、どうした貴様!?」

「いや、何か身体が急にだる…く…………ぉお……」

 

顔色を蒼く染めた凪は、言葉を言い終えない内にぐらりと身体を傾け、意識を失って床に突っ伏した。

 

「…………!!、茶々丸!!」

「はっ!!」

 

凪の身体を引き起こしながらのエヴァンジェリンの言葉に茶々丸は素早く応じ、凪の脈拍を計り、瞳孔を確認するなどして、身体状況を確認し始める。

 

「……やや脈が弱い他は身体に異常はありません、顔色等から判断して貧血に似た症状かと。……マスター…………」

「ああ、見て解る程に魔力量が減少している。…症状からして新米魔法使いが一度に魔力を放出し過ぎた事による脱力症状のアレな様だが……」

 

凪が一先ず急を要する状態で無い事を確認して僅かばかり落ち着きを取り戻したエヴァンジェリンだが、未だに状況は欠片も掴めない。

 

………何が、起こった……………!?

 

「……茶々丸、一先ずこいつをソファーにでも…」

「お待ち下さい、マスター」

 

エヴァンジェリンの言葉を遮り、茶々丸は懐で鳴り響く携帯電話(機械音痴のエヴァンジェリンに代わって学園との連絡用のものを茶々丸が所持していた)を取り出して通話状態とする。

 

「はい、こちら絡繰 茶々丸です。お名前と御用件を……」

『……茶々丸君、儂じゃ、学園長じゃ。エヴァンジェリンは今側におるかのぅ?』

「爺い、私も聞いている。何だ?今こっちは立て込んでいるんだよ、手短に話せ」

 

スピーカーモードに茶々丸が切り替えた為に流れて来た近右衛門の声に噛み付く様に返すエヴァンジェリン。

近右衛門は電話の向こうで微かに息を吐き、呻く様に言葉を紡いだ。

 

『立て込んでいる、は此方の台詞じゃ。……のうエヴァ、此方で観測していた、お主にがんじがらめに被さっていた契約の魔法が先程解除された様なんじゃが…もしやと思いネギ君の様子を確認したが無事のようじゃし……何をしたんじゃ、お主?』

「…………………………」

 

近右衛門の言葉にエヴァンジェリンは無言のまま天を仰ぎ、時折呻き声を上げながらもまるで眠った様になっている凪の顔へと視線を下ろしながら呟く様に返した。

 

 

「……それは私が聞きたいわ、爺い…………」

 

 




閲覧ありがとうございます、星の海です。
1ヶ月以上も間を開けてしまいました、最早お詫びの言葉も見つかりません。誠に申し訳ありません。
何やら胃腸炎と風邪を拗らせたらしく、何日も下痢と腹痛が続き更新どころではありませんでした、仕事の復帰もゴタつき長く間を開けてしまいました、申し訳ありませんでした。次回こそは、と宣言したい所ですが、今の状況では確かな事は言えないので読者の皆様を期待させる様な言葉は申し上げずにおきます、期待せずにお待ち下さい。
さて、何やらあっさり解決した様に思えるエヴァンジェリンの一件ですが、当然この後の問題は山積みです。学園とのやり取りやらエヴァンジェリンとの問答やら、何も理解していなさそうな凪君は確実に苦労するでしょう笑)
凪君が何をしたのかはまた次回、ですね。いよいよただ者ではないのは確かなようです。
それではまた次話にて、次もよろしくお願いします。

……ちなみに冒頭の会話はフラグですね 何)

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