ガーズは困っていた。
この刑務所から逃げ出すには自分の発明道具か目の前の女の協力が不可欠だ。
キリンの話によれば発明品はウチキが持って行ってしまったらしい。
手元にあるのはさっきウチキからキリンを通じで渡されたモノだけ。
選択肢として残されたのは…
「おいキリン、こっから逃げ出すの手伝え!」
「手伝うのは構わないが何かいい策があるのか?生憎私はここから出られないんでな」
「お前の金属を操る力でこの建物ごとドーンとやってくれ!」
「それは無理だ、他の犯罪者も外に出てしまう。第一私は今力を抑え込まれているんでね」
そういうキリンの首には赤い首輪がされていた。
これをされていると自身の能力が大幅に抑制されてしまうらしい。
今のキリンには軽めの鉄塊を浮かすことぐらいしかできなくなっている。
「使えない奴だな」
「すまないなガーズ氏」
「そうなるとどうしようもないな…」
この刑務所が脱獄不可能といわれる理由。
それは出入り口が無いことである。
建物は巨大な密閉空間を作り出しており、入ることも出ることもできない。
果たして以前の自分はどうやってここから脱出したのか、ガーズの記憶に手がかりは残されていなかった。
いや、自分は知らなくても以前の自分を知る人物はいる。
「ボッケに聞いてみるか」
「ボッケ?誰だそれは?」
「ずっと前からこの刑務所の壁に埋まってる間抜けな男だよ」
「ずっとってどのくらいだ?」
「さぁな、少なくとも俺が1度ここから逃げ出す時には既に埋まっていたな」
「そいつ…能力者か…」
「そういや能力者かどうか聞いたことないな」
「おかしなことを言うなガーズ氏、どう考えても能力者であろう?」
どいういことだ。
キリンはボッケと面識がないのにどうして能力者だと決めつけられるのか。
「どうしてボッケが能力者だと断言できる?」
「はぁ…そんな基本的なことまで忘れてしまっているのか…常識だろうに」
能力者はその特異体質故の共通した性質を持っている。
能力は一つしか保有できないこと。
能力は生まれたとき、あるいは特異的な経験をしたときに発現すること。
能力を有した時点で剣を手にすることができなくなること。
能力者は<剣>か能力でしか死なないこと。
そして年齢が20代前半になるまでに能力が発現すると不老になること。
他にも色々と説明をされたがガーズの記憶にはあまり定着しなかった。
「なるほど、200年も生きているということは不老であり、不老であれば能力者だということか」
「簡素にまとめるとするならばそういうことになるな」
「つまりキリンもボッケもガチコウも…ウチキも能力者、不老だから200年経ってもまだ生きていたんだな」
「さすが、飲み込みが早いねガーズ氏」
なんだか不思議な話だが、それが常識であるならば受け入れるしかなかった。
ガーズは未だに静かな周囲を見渡した。
通路の先、向かいの檻、薄暗い照明、金属質な床。
そのすべてを一通り見終え、再びキリンと向かい合う。
「そういえば俺が脱獄してから誰も追手が来ないのだが、ここの警備は大丈夫なのか?」
「大方、あの監視員一人に任せていたんだろう」
「ふーん、確かにあいつはやたらと強い操り師だったな」
「ガーズ氏よ、もう操り師なんて呼び方は古すぎるぞ」
「そうか、ではなんて呼んでるんだ?」
「エスペラーと呼んでいる」
エスペラーについてガーズがキリンにあれこれと訊いてみた結果はこうだった。
ガーズが寝ている間、<操る>という言葉だけでは説明しきれない能力者が出現し始めたこと。
エスペラーは操り師の性質を引き継いだ上での上位互換的存在であること。
その能力の応用力の高さ故に誰もがトップクラスの力を持っているということ。
「随分とすっきりした呼称になったもんだな」
「誰がそういい始めたのかは存じ上げないがね」
不意に廊下に衝撃音が響き渡った。
どうやら何かが床に落ちてきたようだ。
音のした方向を見るが何も落ちていない。
「どうやら新しい囚人が転送されてきたみたいだな」
「転送だと?」
「転移魔法だよ、この密閉刑務所に犯罪者を入れるにはそれしかないだろ」
「転移魔法は失われたはずじゃないのか?」
「まったく…本当にガーズ氏は何にも覚えていないんだな」
キリンが大きなため息をつくと同時に別のため息がした。
廊下はそれほど広くなかったため、ため息でもよく響いた。
先ほどまでの静寂を考慮すれば、声の主は送られてきた囚人の者であろう。
ガーズはキリンの元を離れ、声のする檻の方へと歩み寄った。
檻の扉には<剣>と書かれていた
「…。」
檻の中の人物は腰をさすっていた、おそらく転送時の落下で痛めたのであろう。
どうやらガーズの存在に気付いている様だが、大した反応を示さなかった。
「ガーズ氏が黒の服着ているから黒組だと思われているのではないか?」
離れた檻からキリンの声が響き渡る。
<剣>の檻にいる人物はそれを聞いて少し顔を上げた。
ガーズは初めからじっと中の人を見ていたため、自然と目と目が合う形になる。
目は煮えたぎるような深いルビーの色をしていた。
「あなた…黒の民じゃないの…?」
<剣>の中からした第一声は消え入るような細い声だった。
緋い目はじっとガーズのことを見据えている。
「おーい、ガーズ氏!そこの檻は何の檻だ?」
たいしてキリンの声はうるさいくらいだ。
先ほどの質問に対する答えを終える前に、会話を遮った。
「扉に<剣>って書いてあるぞ」
「<剣>だって!?そいつは驚きだ!」
「何が驚きなんだよ」
「ホントに<剣>って書いてあるのか?ガーズ氏はそこまで頭がよくないから読み間違えてるんじゃないのか?」
「ンな訳あるか!」
「そいつに私と同じ様な輪っかが着いてないかよく見てくれ!」
「輪っかだぁ…?」
キリンの首に付けられていた輪っかは赤色だった。
それと同じようなモノを<剣>の囚人から見つけ出そうとする。
が、何故かよく見えない。
そもそも檻の奥の暗がりに隠れてしまっていて、暗闇で光る目以外が認識しづらい。
目で探すよりも訊いた方が早そうだ。
「お前、体のどっかに赤い輪っかはめられていないか?」
「いや…特に何も…」
「そうか」
答えを聞いても、ガーズはなおも暗がりに目を凝らした。
そして感じたままのことを尋ねる。
「お前…女か?」
「!…だったらなんだというのだ」
「別に、俺様は女と嘘つきが嫌いだからな、嫌いなモノには敏感なんだ」
「そう…」
「随分派手に体をやられているみたいだが何されたんだ?」
「…」
「答えたくないのかよ、まぁ嘘つかれるよりはマシだ」
ガーズは興味がなくなったのか<剣>の檻を離れキリンのいる檻へと向かった。
<剣>の檻の緋い目はガーズの姿を追っていく。
廊下を歩いている焼けた肌の黒服男がガーズ、檻の中にいると思われる囚人がキリン。
<剣>の囚人はたったそれだけを整理し、瞼を下ろし体を休めた。