「これで良しっと」
「驚いたな、こんなにもあっさりと檻から抜け出せるなんて思ってもみなかったよ」
「檻から出してやったんだ!感謝の言葉と共に恩義を見せろ!」
「この檻の鍵、ガーズの物ではないだろう?向かいの彼女に礼は言っても、ガーズに言う必要はないと思うが?」
「うがー!!俺様が檻の外で動けるからこそ、こうやって鍵を受け取って開錠することができたんじゃないか!!」
檻の外の通路でガーズとサイが言い合っている。
ガーズより一回り小さい女が一歩も譲らず張り合っている姿は何だが奇妙に映る。
「取り込み中の所悪いがね、ガーズ氏よ、用が済んだら鍵を返してくれないか?」
キリンの声によって二人の会話は中断された。
ガーズはキリンに言われた通り鍵を返そうと檻のそばに近づく。
鍵を返す直前でガーズが止まった。
「どうした?ガーズ氏、早く鍵を返してくれないか?」
「どうにもおかしい気がしてならないんだよ」
「一体何がだい?」
ガーズは檻の方へ差し向けていた鍵を自分の方へと引き戻し、鍵を目の高さまで上げた。
そして鍵とにらめっこをするようにして言葉をつづけた。
「まず何で鍵を使ってキリンは自分で檻から出ようとしないんだ?」
「それは私が罪を負っているからだ」
「そう、キリンはルールや規律を何よりも大切にしている。だからこそ脱獄なんてことはしない」
「その通りだ、ガーズ氏」
「じゃあなんでサイの脱獄を手伝った?」
「単純に興味が湧いて直接話してみたかった、それと黒の奴らが言っていることが本当だとしたら女史が捕まったのは冤罪だと思ったからだ」
「なるほど、剣士を消し去ったのなら剣士として罪を負って捕まること自体があり得ないってことか」
「冤罪も許しがたい秩序の乱れだからな」
「じゃあもう一つ疑問がある」
ガーズは鍵から目をそらし、キリンの目を見つめる。
キリンはその視線から目をそらさずまっすぐ見据える。
「どうしてお前がこんなものを持っている?」
「…。」
キリンは少し間を置いて言った。
「実はこの刑務所の中で鍵を管理する仕事を任されている、そしてこのことは私と管理者しか知らない」
「管理者?それはあの鳥女のことか?」
「違う、ガチコウはその管理者に雇われているだけに過ぎない。管理者は別に居る」
「なるほど、管理者か…そいつならここから出る方法を知ってそうだな」
「ガーズ氏は一度この刑務所から脱走した過去があるのだろう?その方法を使えば良いのではないか?」
ガーズはふーっと息を吐き、首を振った。
「残念ながら、それが記憶にないんだわ」
「また覚えていないことか…その記憶喪失の問題も面倒だな」
「全くだぜ、あのガチコウって奴の能力かも分からねェな」
ガーズとキリンの話を横で聞いていたサイが口を開く。
「そういえばガーズはどういった能力を持つエスペラーなんだい?」
「あぁ?俺は操り師…じゃなかった、エスペラーじゃねぇぞ」
「じゃあ無能?」
「無能ってお前…別な言い方があるだろうが!!」
ガーズはややキレ気味にサイに掴みかかった。
サイは気に留めることもなく言葉を続けた。
「エスペラーによる能力も、剣士による能力も無い、これを無能と言わずなんと言えばいいのさ」
「言い方を考えろと言ったんだ…訂正しろ」
「ふー、記憶喪失だか何だか知らないけど、そういった人たちを無能と呼ぶのは当たり前なんだよ?」
ガーズが拳を握りしめ、サイに殴りかかろうとしたその時だった。
「ガーズ氏は剣士だ」
キリンの一言により、ガーズの動きは止まった。
サイは少し呆れたように言い放つ。
「なんだ同じ剣士だったのか、なら最初からそう言ってくれればいいのに」
「剣士…俺が…」
「ガーズ氏は自分が剣士であることも忘れてしまっているのか…」
キリンも呆れていた。
ガーズ自身が剣士であるというキリンの発言は嘘ではないだろう。キリンは嘘をつかないからだ。
ガーズは剣士。
その事実を知ったことによりガーズの中で激しい思考の波が脳内を巡った。
サイを掴かんでいた手を離す。
(俺が剣士ならばあのガチコウがガーズソードに執着を見せた理由が分かる。それは俺が剣士である証拠の一つとなるからだ)
ガーズはややうつむき気味になり、手を顎に当て更に考え込む。
(だが俺は剣の在りかを知らない、これは俺の記憶喪失の規則性と矛盾する。剣士にとって剣は何にとっても代えがたい存在だからだ。どうでもいいこと、最近起こったことを忘れるという記憶のルールには当てはまらない)
さらにガーズは廊下の壁と壁を行ったり来たり歩き回る。
(ありえないが、可能性としては俺にとって剣がそれほど重要ではないものであること、これならば記憶喪失のルールから外れないし、合致がいく。もしくは…)
ガーズが別の可能性に辿り着くと同時にサイもその答えに辿り着いた。
「もしかしてその記憶喪失ってガーズが剣を失っていることに関係しているんじゃないか?」
「俺もそう思ったところだ」
ガーズが足を止め、顔を上げる
「なるほど、ガーズ氏の記憶喪失が剣と関連している、か。無くは無い話だな」
「剣の中には強力な能力を有するが故に負の能力を合わせ持つ剣が存在すると聞いたことがある」
「私も聞いたことがあるが実際にお目にかかったことはないな」
「私の剣士仲間にもそういった奴はいなかったな、あくまでうわさ程度のものと考えていたが…」
二人が話している間、ガーズは静かであった。
もしこの仮説が正しいとしたら…記憶喪失が剣の負の能力によるものだとしたら。
ガチコウが剣を探していた真の理由は剣士を取り締まることよりも、強力な剣の力、そこに在るということになる。
負の能力を持つほどの強力な剣の存在。
それは黒の民にとって恐怖の対象ともいえるであろう。
そしてその負の能力であると考えられる記憶喪失がガーズに起こっているならば…
(ガーズソードの所有者は俺のまま…つまりガーズソードはまだ現存している!)
ガーズソードの存在を確信した瞬間、ガーズの記憶が呼び起される。
「思い出したぜ…」
「ガーズ氏よ、何を思い出したのだ?」
不敵な笑みを浮かべるガーズの目の奥には怒りの情が感じ取られた。
「黒の飯屋め…やってくれたな」
ガーズは剣の最後の記憶を取り戻した。
飯屋は固い食材を切ったとか言い、ぼろぼろの剣を返してきた。
しかしそれは偽物だった。
偽物だと分からなかったのはおそらく剣を手放した段階で負の能力がガーズに降りかかっていたからであろう。
つまりガーズソードの負の能力とは、規則性のある記憶喪失に加えて、剣に関する情報も失われてしまうこと。
そう考えれば辻褄が合う。
しかしこれだけでは腑に落ちない点がある。
(どうして剣を手放したのか…だな)
ガーズの記憶のピースがようやく一つ埋まりだした。