処刑場に連れて行かれると思っていたガーズは、職員が招き入れた部屋に入って困惑した。
その部屋は小さく、四方を真っ白な壁で囲まれていた。
床と天井はコンクリートで覆われており、部屋の白さを一層際立たせていた。
職員はガーズとともに部屋の中に入り、ドアを閉めその前をふさぐ様に立った。
退路を断たれたガーズは、部屋の中央に目を向けた。
「なんかの面接か?それとも死ぬ前に神への祈りをささげるのか?」
中央にはテーブルが置かれており、それを挟むように椅子が1つずつあった。
テーブルの向こうの椅子には誰かが後ろ向きに座っている。
ガーズは中央に置かれた椅子に手を伸ばした。
「神へ祈りをささげる。か、ガーズ君は神なんて信じていないだろ?」
ガーズはその声に聞き覚えがあった。
いや、その後ろ姿にも見覚えがある。
地味な深緑のコートを着ている。
「それにガーズは神を倒したことだってあるらしいじゃないか?」
「そんな事あったっけかな」
声を聴けば聞くほど記憶が呼び起されていく感覚だった。
「おっと自己紹介が遅れたね、ガーズ君」
頭だけが180度周ってこちらを向く、その不気味な動作は忘れもしない。
「僕はガチコウ、ひさしぶりだね。と言っても君にとってはついさっき会ったばかりだと思うけどね」
「てめぇは俺様がぶっ殺してやったはずだ」
「あーあの一撃のことね、あれは確かに効いたよ」
「じゃぁ何でだ?」
「仮死だよ、仮死。つまり死んだふりってこと」
言葉では効いたと言ってはいるが、態度はそう言ってはいなかった。
「おしゃべりはこのくらいにしておいて本題に移るよ。」
「本題だぁ?俺様は別に用は無いんだよ、こっから出しやがれ!」
ガーズは全く人の話を聞かない。
自分のやりたいように事を進めようとする。
処刑場に連れて行かれる前にここから脱出しなければならない。
だから、目の前の奴を倒す。
それ以上に、自分の一撃を難なく受けていたガチコウを殺してやりたいと思った。
「前にも言ったよね、忘れちゃったのかい?僕には触れないほうが…」
そう言い終わったか否かの内にガーズの拳がガチコウの少し高い鼻をとらえた。
ガチコウは椅子から吹っ飛び、2,3回後ろへ転がって壁に叩きつけられた。
ガーズの危険な行為にも扉の職員は静かだった。
「今度は手前の番だぜ、そこを退こうが退かまいが俺様はぶん殴るけどな!」
ガーズは椅子から離れ、後ろの職員を挑発した。
相手の行動に関わらず、ガーズは行動する。
今の場合だと相手がどんな行動をとってもガーズの選択肢は"殺す"しかない。
「死ぬ覚悟を決める前に殺してやるよぉ!」
「…。」
ガーズの拳が二つ目の鼻をとらえる。
はずだった。
「がっ!?また体が痺れて…」
「本当に人の話を聞かない人だね」
「何故だ?今度は確実にとらえていたのに…」
「だ・か・ら君の攻撃は効かないの!」
ガチコウはまるで小さな子供を諭すように話す。
よろよろと立上がり、椅子を戻し座りなおす。
どこかわざとらしく、体をかばうようにして行動していた。
「僕はね、鳥なの、分かる?」
「どうすればその説明で分かるかってんだよ…」
ガーズはうつ伏せになりながらも、その鋭い眼光でガチコウを睨み続けた。
職員は相変わらず傍観していた。
「鳥にはね、体に毒を持つものもいるんだ、だから君が僕に触れて痺れるのは当然なんだ」
「毒だと…」
「そうだよ、今はその毒の量を調節しているから君はしゃべれるけど、本気出したら殺すことだってできるんだ」
ガーズが初めてガチコウに触れたときにも同じことをされていた。
同じ手段に引っかかったこと、何より手加減されていたことにガーズは益々腹を立てた。
「っけ!それで?どうして俺様の一撃を食らっても平気なんだ、また鳥って奴のおかげなのかよ」
「ご名答!羽毛で君の打撃パンチを吸収していたのだ」
ガチコウはコートの内側を少しのぞかせた。
ほっそりとした腕には羽が生えていた。
顔を見ると同じような羽が生えている。
それを手品のように何度も出したり引っ込めたりして見せた。
「さぁ大人しく言う事を聞いてもらおうか、悪いようにはしないからさ、それに…」
椅子から降り、ガーズの元までやってくると突然しゃがんで耳打ちしてきた。
「(君が協力してくれれば助けてあげることができるかもしれない)」
「!?」
「それで、取り調べを受けてくれる気になったかな?」
「…。」
今の発言にどういった意味が込められているのか思考をめぐらす。
それと同時に後ろの職員に聞かれてはいないか、職員の様子を覗った。
相変わらず職員の様子は変わってはいなかった。
「話するだけだからな…」
「そんなに警戒しなくていいのに、職員さん、ガーズ君を椅子に座らせてあげてくれない?」
「…了解です」
またもや軽々とガーズは運ばれた。
恐らくこいつも操り師なんだろうな、と思った。
しかしそれ以上に気になることがあった。
それは職員の声だった。
初めて職員が発したため、よりくっきりとその声質が耳に残った。
どこかで聞いたことのある声…しかし誰のものかまでは思い出せない。
「わざわざありがとう」
おままごとの人形が座らせられるように、ガーズは椅子の上にちょこんと置かれた。
「(安心して、あそこの職員も僕の仲間だから)」
一体何を安心しろというのか。
これからの行動如何によっては処刑される可能性があるというのに、どこに心落ち着かせる場所があるというのか。
ガーズは簡単には人を信用しない人間だ。
「それではいくつか質問をするね、まず君の名前は?」
「馬鹿にしてんのか」
「決まりなんだよ、僕もこんな話はさっさと終わらせて次に移りたいんだ」
「決まりって何のだよ」
「いいからさ、ほら、次に進めないよ?」
「っち、ガーズだ」
「オーケー」
そういうとガチコウは何処から取り出したのか、紙に書き込みを始めた。
「次の質問だよ、君の所属組は何色?」
「黄色だ」
「へー、服は黒組の服なのに?」
「それも質問か?」
「いや、単に僕が気になっただけだよ?よかったら教えてよ」
上辺だけの個人的な質問だとすぐに分かった。
その発言やこちらの様子をチェックする行動を見ると、ここは協力的にしなければならないようだった。
「黒組の奴から頂いた」
「盗んだってこと?」
「そうだ、俺様は欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる」
「窃盗も辞さない、か。どうして黒組の服が欲しかったの?」
めちゃくちゃしつこいな、と思いながらもここは素直に答えるしかないなとガーズは半ばあきらめた。
「黄組の服を失くしちまって、寒かったからだよ」
「着ていた服を失くしたの?どうして?」
「それは…覚えてねぇ」
「ふむふむ」
何か隠しているのかと疑われると思ったが、あっさりと納得してくれた。
それにしてもどうしたら着ている服を失くすなんてことが起きるのか、自分でも不思議でならなかった。
「どうしてわざわざ黒組の服を選んだの?」
「一番近くにいたからだ」
「その相手の事覚えてる?」
「そんなこと忘れた」
「そう…ところで気付いてる?」
「何にだ?」
「その服、女性用の黒組の服だよ?」
静かな沈黙が取調室を包んだ。
簡素なつくりの床や壁が部屋の寒さを際立たせていた。