「……近くで見ると相当でかいな、これ」
自室で胃の中を空にした後に訪れた黒鳥号を目の当たりにした俺の感想がそれだった。
俺が知る限りこれほど大きな飛行機は自分の世界には存在せず、対抗できるとすれば昔読んだSF小説にでてきた原子力空中空母くらいだろう。
さて、と呟き入口に向かうと丁度進行方向から目的の人物が姿を現していた。
「んあ? なんだ仮面野郎じゃねーか。こんなところにどうした?」
「ダルトン様にご挨拶をと思いましてね。それにしても、素晴らしいですね。黒鳥号は」
「はっはっは! そうだろそうだろ! なんてったってこのダルトン様が現場指揮を任されているんだからな! みみっちい物になるわけねーだろ!」
自分が担当してる物を褒められたことがよほど嬉しいのか、ダルトンは腰に手を当てて人目も憚らず大笑いする。
「しっかし、俺様に挨拶しに来るとは……。おめー、予言者の野郎よりよっぽど殊勝だな。いや、けっこうけっこう!」
ちょっとおだてたらこれか。やっぱりこいつもチョロイな。これならあれをやってもうまくいきそうな気がするな。
簡単に乗せられたダルトンを見ながら内心でニヤリとする。
「ありがとうございます。――そうだ、この後お時間ありますか? よろしければ夕食にでも」
「うん? 男に誘われて喜びはしないが……まあいいだろう。今の俺様は気分がいいからな」
良い店を紹介してやると率先して宮殿へ足を向けるダルトンについて行くと、たどり着いたのはカジャールの中にあった静かなバーだ。
流石にこの時間から利用する者はいないのか、利用者は皆無といってよかった。
店員に連れられ奥の個室を陣取り、適当な酒を注文する。
「しっかし、お前そのマスクは何のためにつけてんだ? 趣味か?」
「まあ、そんなところです。良いでしょう?」
「……俺には分からんね」
運ばれてきたグラスを受け取りぐっと中身を煽るダルトン。つられて俺も一口飲みこむと、じんわりとした熱さが喉を焼いた。
「……おいしいですけど、あまり強い酒ではありませんね」
「そうか? これでもジールでは強めに入る酒だぞ?」
「え、これでですか?」
トマの酒に付き合っていたせいでアルコールの耐性がついたのか、強めでないと物足りない身体になっていたようだ。
「すいません、もっと強いのもらえますか?」
「お前、チャレンジャーだな。俺様ならまず頼まんぞ」
「いやいや、強い酒も慣れれば癖になりますよ。嫌なことを忘れるのには特にうってつけです」
「……嫌なことを忘れるのにねぇ」
わずかに逡巡し、ダルトンは小さく頷いて俺と同じものを要求した。
しばらくして出されたのはウィスキーもどきのロック割といった感じの酒だった。もどき、というのも臭いはウィスキーだが色が琥珀色ではなく不気味なまでの青色だったからだ。無論、こんな酒は元の世界でもこの世界に来てからも見たことがない。
まずダルトンが一気に口に含んだのを見てから俺も自分のグラスに口をつける。色が本当にアレだが、味も香りも紛うことなきウィスキーだった。
「かーッ! お前良くこんなキツイの飲めるな!」
「いやいや、この酒はちびちびと味わいながら飲んでいくものですよ。そんな一気に煽るものではありませんし」
「ぐっ……。そ、そうだったのか……」
もう酒が回ってきたのか、顔が赤らんできたダルトンはまた同じものを注文し、今度は味わうようにちょっとずつ飲み始める。
「……なるほど。キツイが、確かに悪くないな……」
度数の高い酒に味をしめたのか、そこから何杯かウィスキー系の酒をストレートを織り交ぜつつ飲んでいくダルトン。
無論、普段強い酒を飲まない人がそんなに口にしようものなら酔いが回って泥酔状態になるか――――
「ぐが~~~~っ。ぐお~~~~っ」
「――ま、こうなるよな」
酔いつぶれて机に突っ伏しいびきをあげて眠っているダルトンを眺めながら俺は軽い酔い覚ましに水を注文し、万能薬を摂取して体調を整える。
さて、せっかく酔いつぶれてくれたんならジールではなくサラについてもらうように細工をしようか。
寝ている状態でやれる細工と言えば、古今東西これが一番効力を発揮するであろう。
「――俺はサラ王女の手助けをしてこの国を平和で豊な国にするんだ。俺はサラ王女の手助けをしてこの国を平和で豊な国にするんだ。俺はサラ王女の手助けをしてこの国を平和で豊な国にするんだ。俺はサラ王女の手助けをしてはこの国を平和で豊な国にするんだ。俺は……………………」
耳元で呪詛のように囁き続け、魂レベルでサラに協力するように刷り込み洗脳を施す。効き目が薄ければ毎日のように刷り込み続けてやるつもりだ。
さて、反応が楽しみだな。
…………。
……………………。
翌日。
「――なあ、シド」
「おや? どうかしましたか、ダルトン様」
魔神器の間から出てすぐの廊下で遭遇したダルトンが何やら小難しい表情で尋ねる。
「実はな、俺様はこの国をもっと平和で豊な国にしたいと思ってんだが、どうすればいいと思う?」
「……そうですね。私なりの解釈になりますが、まず地の民の扱いを光の民と同等にする必要がありますね」
「あん? 何故そんなことしなけりゃいかないんだ?」
「光の民も地の民も元は同じ人間。才能の優劣だけで人を差別すればそれは人々の関係に軋轢を生み、衝突を招く要因となります」
「……ふむ」
「それを防止するに当たってまずすべきことは、ご自身が率先してその関係の改善に取り組み双方の信頼を得ることです」
「俺様が率先して改善だと?」
「そうです。信頼を勝ち得れば人は自ずとその人についていきます。身近な人で例に挙げるならば、サラ様は間違いなく地の民光の民の信頼を得ているお方です」
「なるほどな。――ちなみに俺様は?」
「申し上げにくいのですが、ダルトン様は今までの行いが原因で民たちだけでなく部隊の者たちからもあまりよく思われておりません。しかしそれを反省し、周りの見る目を変えればまだチャンスはあります。特に兵に対する接し方を変えていくのは民の見る目を変える一役を買うことでしょう」
「…………そうか」
難しそうな顔をして去っていくダルトンを眺め、俺は踵を返すと同時に某新世界の神の如く口元を歪めた。
――――――計画通り!
どうやら刷り込みはうまく作用してくれたようだ。
ダルトンに関してはこれで良しとして、次は魔神器にどうにか細工ができないか考えながら歩みを再開させる。黒の夢でボロボロになるのは確定だとしても、ジールからの連戦の際に魔神器だけすっ飛ばせれば少しは楽になるだろう。そのためにも海底神殿崩壊の時に原形を留めないくらいバラバラにしたいところだ。
と、不意に目の前を小さな影がよぎった。
「……何だ、おまえか」
こちらを見るなりそうつぶやいたのはネコを引き連れた小さな子供――幼少時代の魔王ジャキだった。
「お出かけですか? ジャキ様」
「…………」
なにも言わずにジャキはネコのアルファドを引き連れて走り出すと、通路の角で一度だけこちらを向く。しかしその目つきは家族の仇でも見るかのようにきついものだった。
「……予言者にも言ったけど、お前も姉上に変なことするなよ」
それだけ言い残し、ジャキは今度こそ走り去ってしまった。
「……サラ様に手を出すなってことか。 ――あのシスコンぶり、お前はどう思う?」
「姉を思うことは人として当然のことに決まっているだろう」
正面から歩いてきた予言者こと魔王にそう尋ねるとそんな答えが即答される。うん、やはり同一人物だな。こいつも「サラに手を出したら殺すぞ」と目で訴えてやがる。
「……ところで、さっきまで魔神器を眺めていたようだが、何を考えていた?」
「何、魔神器をどうにか破壊できないかと考えていたんだが、厄介なことに魔法は吸収して並の物理攻撃にもめっぽう強いらしいことがわかった」
原作では魔神器を作る材料となった赤い石なら壊せると聞いていたがそれ以外については触れられていなかった。なので他にも方法があるのではと思い調べていたのだが、本当に厄介なことにマジで赤い石で造られた武器でないと容易に破壊できないことが分かった。
精神コマンドの『勇気』に含まれている『直撃』なら効率よく破壊できるかもしれないが、試しで壊そうものならここでの立場が危うくなるうえに今後の展開が全く読めなくなってしまう。確実にサラを助けるのならば海底神殿でのイベントが必須なんだからな。
「あれを作り出した命の賢者様に話を聞ければいいんだが、肝心の賢者様は嘆きの山に幽閉されてるし」
「ならこちらから出向けばいいだけだ」
「と思うだろ? こっちも面倒なことにかなり強力な魔物が門番をやってるらしい。しかも俺たちはジールたちの客人だ。不用意に幽閉された人物に会いに行けば怪しまれる可能性がある」
「そうなったら潜入した意味がなくなると言うことか……。確かに面倒な話だ」
クロノたちがいれば丸投げして原作通りの救出を頼めるんだが、レベル的にまだ厳しいかもしれないな。それに装備の問題もあるだろうし……。ここで遭遇したらそれとなくアイテムに封印の箱のメモを混ぜて回収しに行くよう指示を出すか? 特に現代で回収できる燕は強力だからぜひこの機会に回収しておいてもらいたいところだ。
「ま、もう少し調べてみるさ。お前は……いつものアレか」
「フン。お前が気にすることでもあるまい」
「いや、そうなんだけど――――って、行っちまったか」
最後まで言わせないまま魔王はさっきジャキが出てきた通路へと足を進めていた。
ちなみに俺が言った魔王のいつものアレ――それは影ながら行うサラの身辺警護だった。
◇
ジールを出発して一日ぶりにカジャールを訪れた俺はまずジールの許可を得て購入できるようになったプラチナベストを入手し、魔法についての調べ物をするために吹雪が荒れ狂う地の道を移動してエンハーサへと向かっていた。一応ジールやカジャールでもできるんだが、あそこの連中って魔力の質だけでこっちを見下すから嫌いだし、エンハーサにはまだ行ったことがなかったからという理由がほとんどである。
ただ一つ、問題があるとすれば――
「ちちチクショウッ!! たた、タバンの火炎放射とか、スペッキオのファイアがここ恋しく感じるとはッ!」
UG細胞改のおかげで凍死や凍傷になることはないが、寒さを無効化にはできないというこの事実、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからん! モンハン印のホットドリンクが欲しいぞ!
サテライトエッジをシールド形態にしながら吹雪を凌ぎ、ざくざくと雪をかきわけて突き進む。こんな極寒の世界をクロノたちはよくあんな薄着で踏破できたものだ。――いや、確か鳥山明の書き下ろしで厚着をしている姿があったからちゃんと防寒対策はしていたのか?
あとゲームでも思っていたのだが、ジャキはあの猛吹雪を移動してジールやエンハーサを行き来していたのだろうか? 間違いなく天の民専用の移動手段を持っているはずなんだろうが、その可能性に気づいたのは間抜けにもこの吹雪の中を移動している最中だった。
結局気合と根性で暴風雪を渡り切り、エンハーサがある大陸と繋がる建物が見えた瞬間『加速』で一気に駆け抜けそのまま天の道で浮遊大陸に上がる。
そして日の下に出た瞬間、大した気温ではないはずなのに体が一気に温まるような感覚に包まれた。
「あー、まさに天国だ。しばらく動きたくない……」
雪を払って近くの芝生で後ろ手に手を組んで仰向けになり、冷えた体を温めるという口実をもって日向ぼっこに興じるとする。
わざわざあの悪天候を進んでいこうとするやつはこの大陸にいないはずだ、人目を気にすることなくひと眠りすることもできる。
というか、マジで眠くなってきたな……ちょっと寝るか。
下がる瞼に身を任せると、ほんのわずかな時間で俺の意識はまどろみの中へと落ちていった。
…………。
……………………。
………………………………。
「――ぅん?」
どれくらい眠っていただろうか、不意に流れた風に顔を撫でられ目を覚ます。
……まて、仮面をつけているはずなのに顔に風?
目を開けてまず視界に飛び込んだのが高く上った太陽と、視界の端で揺れる青い髪だった。
「目が覚めましたか?」
隣から上がった声へ顔を向けると、芝生に腰を下ろしたサラが見覚えのあるマスクを弄んでいた。
というか、俺がつけているはずのマスクだった。
「サラ様。いったいいつから?」
「少し前からですよ。 ――やっぱりシドさん、これがない方が素敵ですね」
その手にしたマスクを見せながら微笑むサラの言葉に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
やはりそのマスクをつけて許されるのは金髪でかつ圧倒的カリスマオーラを放つ人物だけなのだろうか? あと女性に真正面から容姿について褒められることがあまりなかったから、なんか気恥ずかしいな。
「そんなに似合いませんかね、マスク自体は好きなんですけど。 返していただけますか?」
「あ、すみません」
返してもらったマスクをさっそく装着し、付け心地を確かめる。フィット感は悪くないんだがな……。
「それで、自分に何か御用ですか?」
「いえ。特に何かあるというわけではないんですが、近くを通ったらシドさんが横になっていたので何かあったのかと思ったので」
なるほど。要らぬ心配をかけしてしまったようだ。
「日差しが心地よかったので、ひと眠りしていただけですよ。ご配慮、痛み入ります。 ところで、サラ様は何故こちらに?」
「ちょっとジャキ――弟を探していまして。見かけませんでしたか?」
「こちらに来る前にジールでお会いしましたが、そこから先はわかりませんね。急ぎの御用ですか?」
「いえ、大丈夫です。私的なことですので」
ふむ、なら気にする必要はないか。――あ、そうだ。
「サラ様。少しお尋ねしたいのですが、レイズという魔法について何かご存知ですか?」
「レイズですか? はい。知っていますよ」
「それは都合がいい。実は自分も先日それが扱えるようになったみたいなのですが、効果が少しわからなくて困っていまして。よろしければ、ご教授願えますか? 無論、急ぎでしたら別にかまいませんが」
「ええ、いいですよ」
では、という前置きとともに、サラが解説を始める。
「レイズの効果は気絶した人、意識を失った人を呼び覚ます魔法です。この時に若干ではありますが体力が回復し、そのまま戦闘に参加するくらいは可能になります。この魔法の上位互換としてアレイズという魔法がありますが、こちらは体力の回復がレイズより効果が高く、万全の状態まで回復することが可能になります」
「ということは、グッズマーケットで販売されているアテナの水も?」
「はい。同じ効果を持っていますよ。ただあちらは魔法と比べて体力の回復量が非常に低いので、私たちの認識としては応急処置のようなものになっていますが」
なるほど、ほぼ予想通りというわけか。確かにゲームでも戦闘不能というだけで死亡扱いではないし、魔力によって回復量が左右されるのと違ってアイテム復活の方が効力が低いのは妥当なところか。
しかしそう考えるとドラクエの世界ってやっぱりヤバいな。戦闘不能が明確に『死』となってるからな。
「ちなみにお聞きしますが、死んで間もない者を生き返らせたりすることは?」
「……言いたいことは分かりますが、それはできません。死んでしまった人は、どれほど願ってももう会えないのですから。それこそ、あらゆる時間を意のままに操って運命を曲げない限りは」
急に憂を帯びた表情をしたサラをみて、今の質問が地雷だったことに気づく。
おそらく、亡くなってもう会えない人がいるのだろう。こんな悲しそうな
――羨ましいな、その人が。この世界で俺のことを大切に思ってくれる人はいないし、何より彼女に慕われているというのが。
「――私、もう行きますね」
「あ、すいません。時間をとらせてしまって」
「いえ、楽しかったですよ。またお話ししましょう、シドさん」
立ち上がったサラは小さくお辞儀をするとエンハーサへと向かい、俺はしばらくその後姿を見送った。
しかし、サラに慕われる人物か。原作の人物であり得そうな対象は三賢者ぐらいだが、ここで死んだ人物はいない。ということは、それ以外ということになる。
……もしかして、彼女の婚約者的な人物とか?
もしそうだとしても、あり得なくはない話だ。女王の娘にして母親をも凌ぐ力の持ち主なんだから、国家の地盤を固めるのにそれこそ名家の人物と許嫁などになっていてもおかしくはない。
「嫁さんにサラか……。普通にアリだな」
「サラが誰の嫁だと?」
突如、首元に鈍色の鎌があてがわれ地獄の底から響くような低い声が聞こえた。
滝のように冷や汗が流れる中、ゆっくりと後ろを向いた先に奴がいた。
「……ま、魔王」
「答えろ、サラが、誰の、嫁になるといった」
一言ごとに威圧を込めて問う魔王。ヤバい、ヤンデレの如くこいつの目からハイライトが消えてる……。
「た、例え話だ。サラ様がお嫁さんの男は、さぞ幸せ者だろうなと思っただけで、別に俺がどうこうしようとしたわけでは――」
「その割にはさっき呼び捨てにしていたな。つまり、そういう気があるということではないのか?」
「……もしそうだとしたら?」
「決まっている」
目つきがさらにヤバくなり、鎌を振り上げる魔王から何やら怪しげなオーラが噴出する。
瞬間、ぞくりと悪寒が背中を走り、俺はその場から飛び退く。
ほぼ同時に、魔王の鎌が先ほどまで俺の頭があった位置を通過した。
「サラに近寄る害虫は……速やかに排除する!」
「例え話をしただけで殺されてたまるかぁぁぁぁぁぁ!」
結局この後はエンハーサに向かうことはなく、暴走したシスコンと極寒の雪原で鬼ごっこをする羽目になってしまうのだった。