Jumper -世界のゲートを開く者-   作:明石明

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第12話「崩壊の足音」

 クロノたちを見送ってから数日、俺はガッシュに依頼していた非常用転移装置の進捗具合を確認しに海底神殿を訪れていた。

 彼らの戦闘が関係しているのか、地の民の労働者が以前より増えているようで建設が急ピッチで推し進められていた。無論、労働環境に変化などなくいたるところで暴力を振るわれている人たちが目に入った。

 

 

「……おい、そこの指揮官」

 

「あ? ――ッこ、これはシド様! 何のご用でしょうか!?」

 

「あまり彼らを叩くんじゃない。かえって効率が落ちる」

 

「は? し、しかしそれでは他の奴隷どもに示しが……」

 

「二度も言わせるな。効率よく回すなら余計なダメージを与えるんじゃない。他の部署にもそう伝えろ」

 

 

 有無を言わさずにそう通達しその場から立ち去る。

 自己満足な処置かもしれないが、少なくとも以前よりはマシな扱いになるだろう。それにしても、どれほどの犠牲の上で成り立っているんだ、この神殿は。

 ドラクエ5の主人公たちが働かされていた神殿と同じ……いや、年数的に見たらこっちの方が少ないんだろうが、それでも多くの人が奴隷として死んでいるのに変わりない。

 かといって下手に地の民を優遇させると今度はこっちの立場が危うくなる……ままならないな、なんとも。

 静かにため息をこぼしどうにかできないかと耽っていると、いつの間にか目的のエレベーターの前まで来ていた。

 いつものように装置を動かそうと操作盤に手をかざしたところで、何処かともなく風が吹く。

 

 

「やあシド。元気ないね」

 

「……グランとリオンか。珍しいな、二人揃ってここに来るなんて」

 

 

 いつかと同じように風とともに現れた二人だが、こんなところで会うとは正直予想外だ。

 確かに原作でも海底神殿でクロノたちに状況を知らせたり赤きナイフを魔神器に突き刺す役目を持っていたりと重要なポジションにいたが、建設中のここに来る理由がわからない。

 

 

「二人ともガッシュ様に用があるのか?」

 

「違うよ。僕たちは君に用があってきたんだ」

 

「俺に?」

 

「ドリーン姉ちゃんがボッシュの作品をシドに届けてほしいっていうからね。と言うわけで――はい」

 

 

 そう言ってリオンが取り出したのはなにやら赤い鉢巻のようなものだった。だが受け取ってみたところ何か魔法が掛けられているらしく、不思議な力が体にまとわりつこうとしていた。

 

 

「これは?」

 

「動きを速くするヘイストの魔法が込められた鉢巻だ」

 

「魔法の力を防具に封じ込める実験で出来たものなんだけど、防御力が皆無だったから一回作って終わりになっちゃったものなんだよね」

 

「魔法が封じ込められた防具か……すごいな。だが俺が受け取ってしまってもいいのか?」

 

 

 欲しい欲しくないでいえばものすごく欲しい。分類はアクセサリーになるが、おそらく効果はヘイストメットと同じで、常時ヘイストがかけられるものなのだろう。それを加味すればいくら防御力が低かろうと、これは間違いなく価値がある代物だ。

 ただ謎なのが、彼らの姉であるドリーンがなぜボッシュの作品を俺に託そうとしたのかだ。

 正直、ドリーンとは一度も会ったことがないし、サラや弟たちから俺の話を聞いていたとしてもこんなレアな物をもらう理由にはなりえない。それに俺はこの時代のボッシュに会ったこともなければ、なにか繋がりがあるわけでもないのだ。

 

 

「良いから持ってきたんだよ」

 

「けどその代わり、僕らのお願いを聞いてほしいな」

 

「お願い? まあ叶えられる範囲でいいなら構わないが」

 

「「――サラ様を守ってほしいんだ」」

 

 

 二つの口から同時に発せられた言葉に、俺は思わず目を見開いた。仮面をしているので二人にそれを悟られることはないだろうが、それほどその願いが俺には予想外だった。

 

 

「この神殿が完成に近づくにつれて、嫌な気配がどんどん強くなっているんだ」

 

「同時にサラ様がどこか遠くに言っちゃうんじゃないかって思うようになってね……。シドならサラ様とも仲いいし、信頼できるからね」

 

「そういうことか。だけど俺はここに来てまだ一月もたっていないんだぞ? そんな簡単に信用していいのか?」

 

「いいもなにも、サラ様が大丈夫だって言った人だからね」

 

「サラ様が信じた人なら、僕たちも信じるよ。ただし、裏切るような真似をすれば相応の対応をさせてもらうけどね」

 

「……それは怖いな。精々報復を受けないよう努力するよ」

 

 

 俺の答えに満足したのか、二人はニッと笑って風とともに姿を消した。

 それにしても、サラが信じたから信じるか……。どうやら知らぬ間に彼女から信頼を勝ち得ていたらしいが、プレッシャーが重いな。

 

 

「一応あれも使えるようになったから手段の一つに加えられないこともないが……。正直、使いたくないな」

 

 

 ここにきてから出来るだけ月光を当てていたものの存在を思い浮かべ、ステータスを開いて状況を確認する。

 チャージ率は昨晩でようやく100%に達したところだが、ラヴォスがまだ存在している現状これを使用したらどういった結果をもたらすのか全く読めないので、願わくば使うような事態にならないことを祈りたいものだ。

 そんなことを思いながらエレベーターを起動させ、最下層にいるであろうガッシュの元へ移動する。

 ここは最重要区画と言うこともあり、優先度はほかの区画と比べて群を抜いている。

 優先度が上ということはそれだけ人員を割く必要があるということもあり、急がせて建造させているのも重なって状況は上よりひどい。

 慣れたくないものだ、死体を見て吐き気を催さなくなるというのは。

 

 

「ガッシュ殿」

 

 

 目的の人物の後姿を認めて声をかけると、ガッシュはこちらに気づいて歩み寄ってくる。

 

 

「待っとったぞ。例の装置については宮殿からここに来るまでのものを流用したから動作に問題はなく、どこにでも設置できる。あとは出口を選択するだけじゃ」

 

「出口となる場所に対となる装置を設置する必要はありますか?」

 

「まあ必要じゃが、どこに設置するか決めとるのか?」

 

 

 俺は脳裏にこの時代の地図を思い浮かべ、崩壊後にも地形を変えずに残っている場所をリスト化する。その中でも一番扱いやすい場所はと言えば…………クロノたちが通ってきたゲートだな。

 

 

「場所は決めてありますので私が直接持っていきましょうか?」

 

「かまわんよ。ただしこいつは一方通行だからの。設置した先からここに来ることはできんぞ」

 

「当然ですね。簡単に最重要区画に入られたら最重要と言う意味がないですからね」

 

 

 こっちとしては全然かまわないんだが、まあ無理だろうな。

 さて、転移装置と言うことでそれなりに大きなものかと思っていたが手渡されたのは野球ボールほどの大きさの水晶玉がのった台座だった。

 これを置きスイッチをいれるだけでここに設置されるゲートと接続され転移が可能となるそうだ。ここの脱出口は……魔神器が設置される台の裏にしておけばまず大丈夫だろう。設置する時もジール自ら降ろすわけでもないだろうし、万が一見つかったとしても誤魔化すことができるはずだ。

 あと崩壊の時に備えておくとすれば、黒鳥号に物資を溜め込むことくらいか。これはダルトンに説明すれば解決だな。

 受け取った台座を亜空間倉庫に収納するとガッシュに装置の設置場所と脱出口の設置場所について説明をし、ここでの用が済んだのを確認して俺は地上へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 ゲートの洞窟に装置を設置しダルトンへ物資の積み込みを具申しようと黒鳥号へやってくると、今まで見たことのない光景がそこに広がっていた。

 

 

「……ダルトンが、地の民をかばってる」

 

 

 原作だと虫けら同然のように扱っていたあのダルトンが、建造部隊の連中に奴隷扱いされていたであろう地の民たちをかばって説教をしていた。

 と言うか、これ本当にどういう状況なんだ?

 

 

「――む? おお! シドじゃねえか!」

 

 

 こちらに気づいたダルトンが声をかける。状況が気になるので俺もそれに応じて近くへと進む。

 

 

「ダルトン様。何をされていたのですか?」

 

「なに、こいつらが自分でもできることを地の民の連中にさせようとしていてな。忙しいのに余計な手間をかけさせるなと叱ってたところだ」

 

「それはそれは……お疲れ様です」

 

 

 ヤバイ、予想以上にダルトンが綺麗になってる……。これはもしかして民衆の支持を得てダルトン王国が建国されるフラグになるのか?

 

 

「そうだ、シド。ちょうどいい。俺様は少し現場を離れなきゃならなくなったから、黒鳥号の指揮をお前に任せる」

 

「おや? よろしいのですか、私が指揮権を預かっても」

 

「お前なら無駄なことはしないだろ。最後に報告をしてくれりゃそれでいい」

 

「了解しました。御戻りはいつごろに?」

 

「さあな。ま、戻りしだい顔出すつもりだから、それまで頼むわ」

 

 

 それだけ言い残してダルトンは後ろ手に手を振って立ち去った。

 その間、地の民の人たちはしきりにありがとうございますと頭を下げていたとだけ加えておこう。

 

 

「……さて、あなたたちは現場に戻ってください。で、お前たちは進捗具合の報告書を俺のところへ持ってこい」

 

「は、ハッ!」

 

 

 さっきまでお叱りを受けていた部隊の連中は敬礼と共に、地の民の人は礼を言いながら黒鳥号の中へと戻って行った。

 いきなりこんなでかい飛行機の現場指揮を任せられるとは思わなかったが、これはちょうどいい。予定していた物資の積み込みをこっちで勝手にやってしまおう

 それから修繕資材を余分に積みこませてシルバードの改造を確実にさせるようにして、あとは崩壊に備えて避難民の収容スペースを用意させよう。

 光の民の割合が多くなって問題が発生するかもしれないが、流石に世界が壊れた後でも今と同じということはないだろう。

 それに今のままダルトンが生き残れば間違いなくそういった確執を取り除こうとするだろうし、部隊の連中もダルトンを支持し始めているから地の民を庇うようになるはずだ。

 原作を思いっきりブレイクする流れだが、この流れならまあいいか。海底神殿もまだ少しかかるだろうし。

 そんなことを思いながら俺は黒鳥号の中へと足を進めた。

 

 ――この時、俺はあとで自分の見通しの甘さを呪うことになろうとは露にも思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 尊が黒鳥号の引き継ぎをして艦内部に籠っている頃、A.D2300年の未来でガッシュが発明した時を渡る翼『シルバード』を手に入れたクロノたちはその力を借りて再び古代に戻ってきていた。

 途中、尊が残したメモを頼りにメディーナ村の北にある遺跡から同じくガッシュの発明である刀の武器『燕』や未来の封印の扉を開いてゴールドピアスや金のイヤリングといった貴重な装備も回収したこともあり、彼らは嘆きの山に幽閉されていた命の賢者ボッシュの見張りをしていた巨大な魔物、ギガガイアの討伐に辛くも成功した。

 そして嘆きの山から脱出した彼らは地の民の村で今後の対策を練っているところであった。

 

 

「――ラヴォスは海底よりはるか深いところでこの星を食べながら眠っておるのじゃ。魔神器を海底神殿に下ろしてしまえばラヴォスそのものを呼び覚ましてしまうかもしれん」

 

「だったら魔神器を下ろさせなければいいわけだな」

 

「確実なのは破壊することじゃ。手遅れにならぬうちになんとかせねば大変なことになるぞ……」

 

「壊す方法はあるのデスカ?」

 

「ああ。それはこの――」

 

「――さ、サラ様がおいでになりました!」

 

「なに、サラが?」

 

 

 ボッシュの声を遮るように入ってきた地の民の言葉から間もなく、サラがジャキと共に姿を現した。

 

 

「さ、サラ様……。このようなところへ、何故……」

 

「やめてください。我ら光の民も元はあなたたちと同じ……。私たちはラヴォスの力に踊らされているにすぎないのですから」

 

 

 未だ驚きから抜け出せない地の民の長老にそう答え、ボッシュの元へと歩みよる。

 

 

「……汚いところ」

 

「ジャキ?」

 

「……ごめんなさい」

 

 

 ついてきたジャキが部屋の様子を見てそうつぶやくが、少し怒ったようなサラの言葉で――しぶしぶと言った風に――謝罪した。

 

 

「ボッシュ。嘆きの山が落ちたのでここに来ればあなたに会えると思ったのです」

 

「彼らのおかげだ。でなければ、ワシは未だに封印されたままだったろうて」

 

 

 同席していたクロノたちを紹介すると、今度はサラが驚いた顔をした。

 

 

「シドさんが言ったとおりですね……。無事で何よりです、みなさん」

 

「ありがとうございます。それよりサラさん。あのシドと言う人は何者なんですか? あの人から俺たちの味方になるようなメモが渡されたんですけど」

 

「そうですね……。私からは信頼できる数少ない人、としか言いようがないですね」

 

 

 少し困ったような口調でそう答えるサラだが、次のボッシュの質問で表情が一変した。

 

 

「それよりもサラ。宮殿を出たりして大丈夫なのか?」

 

「……それどころではありません、海底神殿が完成してしまったのです」

 

「なんと! 間に合わなかったか!」

 

「ですが私がいなければ魔神器は動きません。私はもうこれ以上、魔神器を……」

 

 

 覚悟を決めたような表情でそう語るサラはクロノたちへと向き直る。

 

 

「天への道を開いておきました。お願いします、女王を……母を止めてください!」

 

 

 葛藤が込められた懇願。手遅れなまでにラヴォスに心を食われた母をどうにかしてほしいという心からの願いであった。

 

 

「申し訳ありませんが、そこまでにしていただきましょうか」

 

 

 ――しかし運命と言うのは非情さを好んだ。

 新しい声に反応して入口を見ると、最近ここによく訪れる男が姿を現した。地の民からしたらまた来たという反応だったが、このタイミングでの出現はサラにとって一つしか考えられなかった。

 

 

「ダ、ダルトン!?」

 

「最近こういうことがあまり気に入らないんですが……女王様がお呼びです。一緒に来ていただきますよ、サラ様」

 

 

 言うや否や、ダルトンは一気に間合いを詰めサラの首筋に当て身を放つ。

 意識を失ったサラはダルトンに抱えられる格好となり、その光景を見たジャキが激昂する。

 

 

「姉上を離せ!」

 

「ジャキ様も、少し眠っていただきますよ」

 

 

 殴りかかろうとしたジャキにも同じことをして意識を刈り取り、そのまま担ぎあげる。

 

 

「ダルトン! お主の好きにはさせんぞ!」

 

「おいおい、俺だって好きでこんなことしてるんじゃねえぞ? 抗えない命令ってのがこの世にはあるんだよ」

 

「なに? ……お主、本当にダルトンか?」

 

「ハッ、俺様がもう一人いるのなら会ってみたいね。――無駄話はここまでだ。こんな下らねえ仕事、さっさと終わらせてもらう」

 

 

 そう宣言するとダルトンは懐から一つの弾を取り出し、それを思いっきり足元へ叩きつける。瞬間、目を焼くような光が部屋を満たした。

 そして光が収まった後に、ダルトン、サラ、ジャキの姿はなかった。


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