Jumper -世界のゲートを開く者-   作:明石明

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第13話「開かれるゲート」

「うーむ、思ったりやることがなかったな」

 

 

 桟橋で黒鳥号を眺めながら尊は引き受けた後の作業内容を思い返す。

 黒鳥号自体は既に完成しており、彼が面倒を見たのは資材の積み込みと各機関のエラーチェックだけだった。

 指示があれば黒鳥号はすぐにでも飛行することができ、広ささえ確保できたら陸にも海にも降りることができる。

 一応軍艦扱いだが、元の世界でも飛行機に乗る機会が少なかった尊は個人的に遊覧目的で乗りたいなどと考えていた。

 

 

「……それにしても、いつもながら手すりがあるとはいえ万が一落ちたらと思うとゾッとするな」

 

 

 この桟橋の手すりの先は虚空の空になっており、空を飛ぶ魔法があるのなら別に恐れることはないのだがそんな魔法を持っていない尊は万が一を思うと背中が震える。もし落ちてしまえばもれなくこの星と熱烈なキスをすることとなるだろう。

 それはさておき、あとはダルトンさえ来ればここに用はないのだが、あれからだいぶ時間がたっているにも関わらず一向にダルトンが姿を見せる様子はない。

 

 

「――済まない、ダルトン様を見なかったか?」

 

「ダルトン様ですか? 先ほど地上から戻られてそのままジール宮殿へ向かうのを見かけましたけど」

 

「宮殿に?」

 

 

 宮殿方面からやってきた技術者の答えに思わず訊き返す。地上に向かうこと自体はここ最近多かったので特に不思議には思わないのだが、それは全てプライベートの時だ。

 ――黒鳥号の作業を俺に任せてまで地上に向かう理由があったのだろうか? 原作だったらサラを連れ戻すために降りてきたのが印象的だったのでそれが考えられたんだが、洗脳したら性格変わりすぎたから全く読めない。

 

 

「そうだ、シド様! お聞きになりましたか!? ついに海底神殿が完成したらしいんですよ!」

 

「…………は?」

 

 

 考え事をしていたところへ放たれた内容が、一瞬理解できなかった。

 

 

「先ほど魔神器も海底神殿に下ろされましてね。これでさらにラヴォス様の恩恵を受けられるようになると思う――――どっ!?」

 

「――どれくらい経った?」

 

「は……あっ……!?」

 

「魔神器が下ろされてどれくらい経ったと聞いている!?」

 

 

 饒舌に話し始めた技術者の襟首を掴み上げ問う。

 突然の出来事に戸惑う技術者だが、二度目の質問を聞いて尊の意図を理解する。

 

 

「ほ…………ほんのいちじ、かん…ほど……!」

 

 

 それだけを聞いて尊は掴んでいた手を離し技術者を楽にし、一目散にジール宮殿へ向けて駆け出す。

 ――早い、早すぎる! 今日ガッシュの場所を尋ねたときはまだ地の民を使って作業をしていた。その様子からまだ掛かると踏んでいたのにもう完成だと!? しかも魔神器を下ろして一時間もたっているとなるとサラが連れていかれている可能性が――――

 

 

「! そうか、それでか!」

 

 

 ダルトンが地上に向かっていた理由。それがパズルのように一気に組みあがり事態が自分の予想を遥かに上回っていることを思い知らされる。

 事態が急に進んだのが自分の存在が原因かと考察しながら一秒でも早く移動すべく、グランとリオンからもらったヘイストがかかった鉢巻を取り出し頭に結ぶ。不思議な力が体中を駆け廻り、自分の身体とは思えないほど体が軽くなるのを感じる。

 

 

「さあ、運命を捻じ曲げに行きますか!」

 

 

 尊は風となり、この時代最大の目的を果たすべく厄災が待つ神殿へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 女王の間に駆け込むなり目に飛び込んできた人物を見て俺は驚いた。

 

 

「ダルトン様!?」

 

「よぉ。来ると思ったぜ、シド」

 

 

 てっきり神殿へ向かったと思っていたダルトンがニヤッと笑みを浮かべて俺の前まで歩み寄る。

 

 

「黒鳥号はどうだ?」

 

「いつでも発進可能です。あと個人的な意見ですが、すぐに人を乗せて発進した方がいいでしょう」

 

「だろうな。魔神器が下ろされてから嫌な予感がビンビンしやがる。 俺は避難誘導やらをしに行くが、お前はどうするんだ?」

 

「……海底神殿へ向かい、可能であれば魔神器を破壊します。あれは、世界に厄災を呼ぶ一因です」

 

 

 その答えにダルトンは少し目を伏せ、やがて口元を緩める。

 

 

「そうか。さっき通してやったツンツン頭の連中にも言ったが、お前は特に気をつけろよ。お前がいなくなったら俺様の飲み仲間とコキ使える人手が減るんだからな」

 

「肝に銘じておきましょう。 では」

 

「おう、行って来い!」

 

 

 激励を受けて海底神殿へのゲートへと足を踏み入れる。

 それにしてもダルトンの変わりようが本当に凄まじい。しかもさっきの発言からクロノたちとは争うことなくそのまま通したみたいだし、ラヴォスの危険性を十分に感じ取っているようだ。

 まあ原作でも永遠の命欲しさにジールについて行ってたけど途中でラヴォスエネルギーの危険性を感じて撤退したから、その辺はあまり驚くようなことではないか。

 そんな考察をしている間にゲートでの移動が終了し、いつもの広場に降り立つ。原作なら目の前の扉にリオンがいたが、今は誰もいない。既にクロノたちが先へ進んだ後のようだな。

 

 

「こういう時、顔パスは本当に便利だ」

 

 

 普段から海底神殿にきていたおかげか、進んだ先で警備をしていたスカウターなどの魔物は特にこちらを気にせずアークメイジなんかは挨拶までしてきた。

 原作でもかなりうっとおしかった長い階段での連戦もない上に鉢巻の効果もあり、いつもの倍以上の速さで移動し大型エレベータに乗り込む。

 

 

「よし、ここを降りればもう最深部は目と鼻の―――!?」

 

 

 エレベーターを起動させた瞬間、下から流れてくる力で背筋に悪寒が走る。

 思わずサテライトエッジを呼び出して辺りを警戒するが、特になにも起こってはいない。

 だが直感で理解した。これがラヴォスエネルギーの一端なのだと。

 

 

「これは……マズイな。クロノたちは既に魔神器のところに到着している可能性がある」

 

 

 おそらく自分が魔神器の元に乗り込んだ頃には事態が大きく動いてしまっているだろう。

 ラヴォスの出現、クロノの死、ジールの崩壊。正直どれが来てもおかしくない状況だ。

 俺の目的がサラの救出とはいえ、肝心の保護対象が無事でなければここまで来た意味がない。

 

 

「急げ……急げ……急げ……!」

 

 

 呪詛のようにエレベーターに急げと繰り返し、最下層に到着と同時に久しぶりに『加速』を使い一気に直進する。

 何者にも阻まれることなく最深部である魔神器の祭壇の間に足を踏み入れ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――自分の死を幻視()た。

 

 

「――ッ!?」

 

 

 部屋に入った瞬間、体が氷漬けになったかのように動かなくなる。

 魔神器周辺の空間が歪んで別の場所と繋がっているらしく、その先には無数の刺を生やしたヤツがいた。

 

 ラヴォス。

 

 この世界――クロノトリガーのラスボスにして原始の時代からこの星の進化を吸収して成長し、用が済めば全てを滅ぼし別の星を求める化け物。

 その姿を見ただけで俺は自分が死んだと錯覚すると同時に、本能的に察した。

 次元が違いすぎる。

 生身一つでティラノサウルスの捕食距離に放り出されたかのような絶望感が体を支配する。

 そんな状態の俺の視線の先――空間の向こう側では満身創痍のクロノが立ち上がろうとしていた。

 

 

 ――よせ、

 

 

 原作を知っていて、幾度となくこのシーンを見てきた。

 

 

 ――やめろ。

 

 

 原作と同じ流れなのに、現実となって突きつけられるとそれを拒絶したくなった。

 

 

 ――そいつに構うな!

 

 

 自分が知っている流れからズレることなく、彼は最後の力を振り絞り怪物へと刃を向ける。

 

 

「行くなクロノぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 飛び出した言葉は届くことなく、

 

 破滅の閃光は一片の慈悲もなく打ち出され、

 

 クロノ()は――――小さな光を残して消滅した。

 

 

 

 

 

 

 気がつけば魔神器の周りは普通の空間となっており、祭壇の前では膝をついているサラの姿と光を放つペンダントだけが残されていた。どうやら魔王たちは既に地上へ戻されたあとらしい。

 

 

「……あれが、ラヴォス……。俺が元の世界に帰るために、倒さなければならない敵……」

 

 

 実際に目の当たりにしてあれがいかに危険なものかを理解させられた。

 同時に、決して生かしてはいけない存在だと言うのも理解した。

 だがやれるのか? あんな怪物を?

 

 

「……考えるのは後だ。今こそ、ここにきた本懐を遂げよう」

 

 

 震える体に渇を入れ鉢巻と仮面を外して倉庫に戻し、サラの元へ駆け寄る。

 

 

「大丈夫ですか、サラ様」

 

「え……ミコト、さん? 何故ここに……」

 

「あなたを助けに来ました。――立てますか?」

 

 

 俺がここにいるのが理解しきれていないサラへそう尋ねるが、彼女は疲労が祟っているのかうまく立てそうになかった。

 となれば……これしかないか。

 

 

「失礼」

 

「えっ――キャッ!」

 

 

 サラの膝の裏と背中に手を回し一気に持ち上げる。そう、いわゆるお姫様だっこだ。抱き上げてるのは本物のお姫様だがな。

 魔王に見られたら殺されかねない光景だが、非常事態なので仕方ない。

 

 

「さ、脱出しますよ」

 

「で、ですがどうやって? 既に神殿も一部崩落が始まっています。私を連れて脱出など……」

 

「建設の段階で手は打っています」

 

 

 長々と説明している暇はないのでそれだけ告げて祭壇の裏へと回る。

 そこには狙い通り、ガッシュに頼んで設置してもらった非常用転移装置が稼働状態にあった。どうやら乗るだけで稼働するものらしく、両手がふさがっている現状ではとてもありがたいものだ。

 

 

「ガッシュ殿に頼んで設置してもらった転移装置です。これでクロノたちが通ってきたゲートのある洞窟へ移動します」

 

「いつの間にこんな物を……」

 

「説明はのちほどで。――急ぎます」

 

 

 それだけ告げて装置の上に立つ。

 光の柱が俺たちを包むように形成され、体が浮遊感で満たされる。

 ひと際強い光が発せられたかと思うと、俺たちは海底神殿ではなく小さな洞窟の中に立っていた。

 

 

「よし! うまくい――」

 

 

 

ボゴォッ!!

 

 

 

「――なっ!?」

 

 

 うまくいったと思った瞬間、洞窟のすぐ傍で大きな爆発が起こり足元が揺れる。

 どうにか踏ん張って揺れに耐え、収まると同時に俺はサラを抱えたまま目の前の入り口から表へと出て――――

 

 

「……ウソ、だろ」

 

「そ、そんな……」

 

 

 ――――自分の見通しの甘さと運命を呪った。

 距離にして2、3キロだろうか。俺に死の恐怖を植え付け、この世界を破壊し尽くそうと破滅の光をまき散らすラヴォスがそこにいた。

 流石に予想外すぎた。一度地上に出てきてジールを落としたのは覚えているが、こんな近くに現れるとは思いもしなかった。

 それよりこんな所にいたら間違いなくヤバイ!

 何か手はないかと頭を巡らせ、洞窟のゲートを思い出す。

 

 

「――サラ様! あなたが施したゲートの結界を解くことはできますか!?」

 

「……すみません。魔力を使い果たしてしまったので、今は……」

 

 

 申し訳なさそうに語るサラの返答を受け、ならばと他の手段で結界を破れないかを考える。

 物理で抜く? いや、そんな生温いものでは多分抜けないだろう。

 魔法で破壊? ガ系も使えない俺の魔法じゃたかが知れてる。

 『勇気』に含まれた『直撃』で破壊――――いけるか!? ゲートの先は原始か最果てになるが、ここよりは数億倍マシだ!

 プランを立ててすぐさま洞窟に戻ると、今まで見たことも聞いたこともない現象が起こっていた。

 

 

「……ゲートに、ノイズが走っているだと」

 

「ここまで、なのでしょうか……」

 

 

 ラヴォスが出現してしまった影響かどうかは不明だが、結界は消滅したもののゲートにノイズが走ってあからさまに危ない状態となっていた。

 この時代のゲートはここだけ。荒ぶるラヴォスの攻撃で今頃ジールは壊滅して落下中。このままだと津波が発生するがここが無事だと言う保証はない。

 万事休すか、と思った瞬間。残された最後の手段を思い出す。

 

 

「サラ様、一度降ろしますが俺から離れないでください」

 

「え?」

 

「早く!」

 

 

 要領を得ないといった声を大声で制し、サラさんの腰に手を回して支える。

 空いた手でサテライトエッジをいつものハルバードモードで取り出し、数回深呼吸をする。

 今から行うのは説明を聞いてから初めてのモノ。ラヴォスの影響がどこまであるかはわからないが、もうこれしかない!

 サテライトエッジをひと際強く握りしめ、大きく振り上げる!

 

 

「――開け! サテライトゲートォ!」

 

 

 サテライトエッジを地面にたたきつけるとサテライトエッジは光の粒子となり、俺を中心に足元へ広がると六角形の扉へと変化した。

 

 

「こ、これは!?」

 

「さあ、どこでもいい! 俺が間違いなくここより安全だと言える場所へと繋げてくれ!!」

 

 

 扉が開いて青白い光が洞窟を満たすと、俺たちの体は扉の中へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (いくさ)渦巻く大陸、フロニャルド。

 戦というと普通は物騒なイメージが強いが、この世界においてそれはかなり異なった印象がもたれていた。

 何を隠そう、この世界での戦というのは――

 

 

『さあ! ビスコッティ対ガレットの戦興業も中盤へと差し掛かりました! 現在、ガレット軍が大きくポイントを稼いでビスコッティ軍を突き放しております!』

 

『ビスコッティ側がこの劣勢を挽回するには、あと一人くらい一騎当千の戦士がほしいところですね。もしくは、総大将撃破ボーナスを視野に入れての作戦を展開する必要があります』

 

『前者はともかく、後者の案は難しいでしょうねぇ。ガレットの総大将ということは、レオ様を倒すということでもありますから』

 

『おぉーっと! ここでビスコッティの騎士エクレールの紋章剣が炸裂ぅー! かなりのガレット兵が"けものだま"となって吹っ飛ばされたぁ――――!』

 

 

 実況席から響く実況に戦場のあちこちから歓声が上がり、空中に表示されたスコアボードが更新される。

 そう、このフロニャルドという世界において戦というのは要約すれば国が主催する大規模なスポーツイベントであり、国民が楽しく思いっきり競い合うことが出来る娯楽の一つなのだ。

 さらに特徴的なのはこの世界の住人の容姿にあり、その体にはケモノ耳と尻尾が備わっている。

 そんな変わった世界に、また一つ新たなイベントが発生した。

 

 

『ビスコッティの皆さん、ガレット獅子団領の皆さん、おまたせしました! こちらビスコッティ共和国、領主のミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティです!』

 

 

 戦場に声を響かせるのは犬のような耳としっぽをした桃色の髪をした少女。ビスコッティの姫君、ミルヒオーレだ。

 突然の放送に参加している兵たちはその手を止めて、彼女の言葉を聞いていた。

 

 

『敗戦続きの我が国でしたが、そんな残念な展開も今日でおしまいです! ビスコッティに希望と勝利をもたらしてくれる、素敵な勇者様が来てくださいましたから!』

 

 

 ガレットに対して連戦連敗を重ねていたビスコッティ陣営の最後の策。

 フロニャルドでは宝剣を持つ国や領主にのみ、特別な儀式によって異世界の人間を勇者として召喚することが認められていた。

 しかし召喚されるのは非常に稀なことであり、一生に一度お目にかかれるかどうかとさえ言われているほどだ。

 そんな稀少な勇者がこの戦場に現れる。この知らせが会場のボルテージを一気に上昇させた。

 

 

『華麗に鮮烈に、戦場にご登場いただきましょう!』

 

 

 宣言と同時にディスプレイの映像が切り替わり、金髪の少年が映し出される。

 櫓の淵の上で微動だにせず身の丈ほどの棒を持ち白いマントと鉢巻をなびかせるその姿は、只者ではない空気を存分に醸し出していた。

 パフォーマンスの花火が上がると同時に少年は手にした棒を放り上げ、勢いよくゲートの前に飛び降りると落下してくる棒を難なくキャッチ。

 そのまま淀みなく、見惚れるような動きで手にした棒を振り回し、堂々と宣言する。

 

 

「姫様の召喚に応じ、勇者シンク、ただいま見参!」

 

 

 少年、シンク・イズミの宣言で歓声が爆発し、ある者は羨望の眼差しを向け、ある者はどこか面白くなさそうにし、ある者は興味深そうに観察した。

 

 

 

 

 ――だがこの後、更なるイレギュラーが発生するなど誰も予想できなかっただろう。




今回でひとまずクロノトリガー編から外れ、次回からDOG DAYS編が始まります。
1期が終了したらまたクロノトリガーに戻ってくる予定ですので、クロノ編を楽しみにしている方はしばらくお待ちください。

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